永遠の煩悩者 第二十八話
ラキオスの猛威
「これはどういう事でござる!」
マロリガン稲妻部隊の副隊長であるシロは、机を強く叩いて眼前の坊主頭を睨み付けた。
「そんなに怒んないでくれよ、シロちゃん。俺が決めたわけじゃないんだから」
坊主頭の青年、碧光陰はシロに強く睨まれて両手を上げる。
シロは表情をしかめて、すまないと謝った。だが、腹の虫が収まるわけではない。
「とにかく、説明を。どうして手前らが先陣を切れないのでござるか?」
シロが怒っているのは、これからマロリガンの戦略や戦術についてだった。
ラキオスとの戦いはマロリガンの最精鋭である自分達が先陣を切ると思っていたのに、別の部隊に任されたのだ。
最強のカードを切らない理由を知りたかった。
「稲妻部隊は大将の直轄部隊だからな。俺らが活躍すると、大将の活躍になっちまう。それを嫌がる連中がいるんだろ」
一番槍や大将首を落とすのが名誉になるのは分かる。
それゆえの足の引っ張り合いも、馬鹿らしいとは思うがシロにもまだ理解できる。
だが、問題はここからだ。
「しかし何ゆえ、こんな小規模な部隊を送るのでござる!!」
戦いに赴くのは、10にも満たない少数の末端部隊だったのだ。
これでは死にに行くようなものだ。
「それが出世に繋がるからだろ」
「どういうことでござる?」
「基本的に軍属の連中は権力闘争に敗れた連中が落ちてきた所だから、まだまだ出世欲は旺盛なわけだ。でも、スピリットって嫌われ者を指揮して戦功を上げてもまず人気に影響しない。だが、よほどの戦功があれば別だ。少数で戦果を挙げれれば、次の選挙で勝ちも見える」
他にも思惑は色々とあるのだが、これは結局の所、権力闘争に過ぎないと光陰は説明した。
シロは思わず「馬鹿か!」と議会を罵った。
そんな軽い気持ちでスピリットの命が消耗させられようとしている。
部下に死ね、殺せと命令するのが指揮官だが、その指揮官に命じる連中の頭がゆる過ぎた。
スピリットの扱いは軽すぎる。ただの駒。いや、玩具のようだ。
命を大切に、とはシロは立場上言えない。しかし、命を有用に使って欲しいと思った。
魂を失い誇りある死すら迎えられなくなったスピリット達にとって、残されているのは意義のある死だけなのだから。
「……勝つ気があるのでござるか?」
「国の勝利よりも、国内での権力争いが優先って感じだな。ま、あのマナ障壁のおかげで負けが無い……と信じているからだろうが」
あまりにも志が低いマロリガン上層部に、シロは情けない気持ちでいっぱいになった。
眼前に敵がいるというのに身内で足の引っ張り合いだ。そんな連中に剣を預けているのか思うとがっかりする。
それにシロはどうにもマロリガンに住む人たちが好きになれない。
戦が始まり、つい数日前には電撃的な奇襲を仕掛けられあわやという事態になったにも関わらず、町人達はどこかのほほんとしている。戦えば必ず勝つ、という自信に満ち溢れているのではない。ただ『なんとかなるだろう』というぼんやりとした考えがそこかしこに満ちていた。
しかしこのお気楽さはマロリガンだけでなく、人が死なない大陸に共通したことだ。流した血の量が絶対的に少ないからこその弊害と言えるだろう。
ただ人的被害があったラキオスだけはそのお気楽さからの脱却を成功していたが。
また、シロはマロリガンの部隊を率いる指揮官達を信用していなかった。
以前に少し話してみたが、軍や議会からのお墨付きらしく確かに頭は良いのだが、どこかひ弱に感じてしまう。
「どうにも頼りない同胞……いや、同僚でござる」
「参謀官僚タイプ……って奴なんだろうな。戦術は頭に叩き込まれていて、スピリットの知識も豊富。テストの点なら百点って秀才君だ。それに戦争は政治の延長であると考えているのさ。議会の思惑を読み取り、高度な政治的問題や駆け引きにも対処できる優秀な奴らだろう」
シロの表情から考えを読んだ光陰が、皮肉を苦笑交じりに言った。
「優秀でござるか? 守りはマナ障壁で完璧なのに、都市防衛に戦力を割いている訳の分からん連中なのに?」
「奴らの理屈だと、マナ障壁は完璧だが、でも本当に完璧かどうか分からない。スピリットは自国民の安全と権益を守るためにある。故に都市にスピリットを配置するのは間違ってはいない。こんな感じだな。マナ障壁が完璧でないって前提があるとすれば筋道としては間違っていないんだろうが……国民に向けてのパフォーマンスだな」
説明をしながらも、光陰は苦笑を漏らす。おかげで全体の六割以上が遊兵となってしまった。いくらなんでも、後方都市にまでスピリットを多数配置するのは馬鹿だと思うのだが、民がそれを望んでいるのだから仕方がない。そうしなければ選挙に勝てないのだ。
そして政治的判断のせいで最強の稲妻部隊はお留守番。最強こそ国民の盾にすべし、という理屈だが大統領直下の稲妻部隊に手柄を立てさせたくないのは丸分かりだった。
ただこれは、最強の戦力であるエトランジェを四人とも大統領のお抱えにしてもらったせいでもある。これには諸々の事情があるとはいえ、首輪付きである大統領にいわくつきの精鋭が集中しすぎていて酷く警戒されていた。
ただラキオスもサーギオスへの警戒のため、スピリットの半分以上はサーギオスとの国境沿いに配置している。戦力は互角か、ややマロリガン有利か。
まともにぶつかり合えば、勝率は五分五分と考えられる。
だが、それは稲妻部隊が正面に立った場合の話。マロリガンの二線級の部隊とラキオスの第一、第二詰所の精鋭が同数でぶつかった場合、勝敗は火を見るより明らかだ。
それならせめて数だけでもそろえなきゃいけない時に、少数とはいえ無駄にスピリットを消耗しようとしている。
「こんなことで味方が命を散らすことになるなんて……悔しいでござる」
「しゃあないさ。これは、一度やられなきゃ目が覚めそうにない。そうすれば議会の連中も大将にある程度は裁量を持たせるさ……敗北したら全ての責任は大将に向かわせる為にもな」
「それが、老人どもが求める俺の役割だからな」
クェド・ギン大統領は皮肉げに笑ってみせた。
大統領など、この国を裏から牛耳る老人達のトカゲの尻尾。いざとなれば全ての責任を負って辞職しなければいけない。それでいながら、結局は老人の言いなりなのだから堪らない。
だからこそ、俺はマロリガンのトップに立てたのだ。
そう笑いながら言うクェド・ギンに、二人は表情を曇らせた。
虚無感と怒り。この二つがクェド・ギンを構成している。この男は爆弾を抱えている、というのが光陰とシロの見解だった。
それから少し実務的な話をして、シロは部屋から出た。
正直、肩がこる話ばかりだったので、思い切り体を動かしたくなってくる。
そこに、元気そうな部下のブルースピリットが目に映った。
「あ、隊長! こんにちわ!! 隊長は今何を……」
シロに笑顔で話していたスピリットだが、彼女のお尻でパタパタと動く尻尾を見て泣きそうな表情になる。
「散歩だけはご勘弁を~!」
「まだ何も言ってないでござる」
「じゃあ散歩じゃないんですね! やったー!!」
「無論、散歩でござる」
「散歩じゃないですか、やだーー!!」
泣き始めるスピリット達に、シロは部下の軟弱に鼻を鳴らした。
「まったく、せんせ……横島殿は神剣などなくとも毎朝毎晩五十キロの距離を付き合ってくださったのに」
「……それ神剣使うどころか、マナじゃなくで肉で体が作れられていたときですよね? そのヨコシマって人は人間ですか?」
「それが、次の相手でござる」
シロの目が強く光って部下のスピリットを見つめる。
スピリットは顔をしかめたが、はあっと溜息をついてヤケクソ気味に頷いた。
「うう~分かりましたよ。でも、私だけなんて不公平……じゃなくて寂しいので、皆も呼んできますね」
意地の悪い笑みを浮かべて、ブルースピリットは生贄を増やそうと駆け出す。
その様子をシロは苦笑して見送ったが、やって来たスピリット達に混じる一つの顔に、思わず顔をしかめた。
「鍛錬なら付き合おう」
タマモが、いや『金狐』が抑揚の無い声で言う。
シロは湧きあがる黒い感情を必死に押さえつけた。
「鍛錬ではないでござる。楽しいサンポでござるよ」
「あの惨劇がか? フッ、スピリット達は散歩という単語を、地獄の行軍と呼んでいるぞ」
タマモの顔で、『金狐』は小さく笑みを浮かべる。
体を乗っ取っておきながら、ぬけぬけと話しかけてくることに腹が立つ。
だが、ここで断ってもしょうがない。シロにとっては敵同然だが、マロリガンとしてみれば仲間なのだ。
「あ、タマモさん……じゃない、『金狐』さんもサンポするんですね。
「うむ。苦しくなったら助けを呼ぶか良いぞ」
「え? おんぶでもしてくれるとか!?」
「いや、幻術で鼻先にステーキをぶら下げてやろう」
「もー隊長じゃあるまいし~!」
スピリット達と『金狐』は楽しげに喋りあう。それがシロには面白くない。
『金狐』はスピリット達に人気があった。
礼節があり、ユーモアもある。そして、非常に努力家だ。実力も、特殊な力を除いてスピリットより少し強いぐらいで、訓練相手としても人気がある。シロは訓練相手としては強すぎて容赦がないため、鬼や悪魔と呼ばれていた。
「『金狐』、無駄口を叩くなでござる」
「まったく、シロは心を開いてはくれないな」
「拙者に好かれたければ、タマモの心を返すでござる」
「……それはできんさ」
――――私自身でもどうにも出来ないのだから。
自由などありはしない。未来も、期待されていない。
求められているのは、歯車としての役割のみ。
望まれて生まれてきた『天秤』と『闘争』。未来を期待される、その二本が憎かった。
この二つを、なんとしてでも破壊して、運命を打破し生き延びて見せる。
『金狐』は、ただ生きたいだけだった。
デオドガン商業組合。
マナの希薄な砂漠の中で、何故かマナが濃いオアシスがあって、そこを中心にこの地域は発展してきた。
商人たちが集まって生まれたこの自治区は、スピリットと天然の要塞を駆使して強固な防衛線を構築して、大国の干渉を撥ね退け自治を貫いてきた。
だが、それももう終わろうとしている。
マロリガン共和国が2人の強力なエトランジェを陣頭に、侵略を仕掛けてきているのだ。
どうにかしてマロリガンを撃退せねばならない。
その切り札になると期待された二人の少女が、檻の中に入れられていた。
シロと、タマモである。
「ラスト・ラーリク・ムスル・レナ・ヤァ・ロロヤシマヌ・テハン」
(本当にこの尻尾女がエトランジェなのか?)
「ハキウス・アクリネ・ヤァ・シミハオ・ラスレス・カウート・クタ・ライ・レ・ラナ・レナ・ナム」
(ああ、スピリット共が言うには神剣反応が出ているらしい)
「ラスト・デスウフゥ・ヒナゾス・ラ・シミハオ・ラスレス・カウート。ラスト、テステール・ソタメイ・ハテンサ・ニハ」
(神剣は見当たらないぞ? それに、どうやって服従させる?)
「ハケニテス・レテングス・セム・クワセル・スロフ・アムナ・アーン・ソラニサ」
(なあに、いざとなったら戦場に突っ込ませれば自然と闘うだろう)
男達はこちらを見ながら何かを言っている。
何を言っているのかは分からないが、碌な事ではないだろう。
どうしてこうなってしまったのか。
あの時、横島が光の渦に吸い込まれていくのに手を伸ばして、気がついたら砂漠にいた。
分けも分からずシロとタマモはさ迷い、ようやくオアシスを見つけたら言葉の分からない連中と出会って、檻の中に入れられてしまったのだ。
抵抗はしたのだが、流石にスピリットには勝てる訳も無かった。
檻の中から逃げ出そうにも、いつの間にか狼にも狐の姿にも戻れなくなって、人型に固定されてしまった。
自分達は、どうやら人狼でも妖狐でも無くなってしまったらしい。
状況の変化についていけず、二人は途方にくれる。
――――我を握れ。我を求めよ。
弱気に付け込むように、頭に声が響く。
何かが、自分達に住み着いたのは分かっていた。
それが凄まじい力を持っているのも、感覚的に理解できる。
この状況を打破できるなら。シロはその言葉に応えたくなったが。
「やめなさい、馬鹿犬!」
誘惑に乗りそうになったシロを、タマモが一喝する。
「いい、これは絶対に良くないものよ! 乗ったらただじゃすまないわ!」
「分かってるでござる! しかし、この状況を覆すにはこれしか……」
永遠神剣の危険性。それに二人は本能的に気づいていた。
これは興味本位で触れてよいものではないのだと。
だが、状況が力を求めないことを許さない。
「マネ・ヤァ・マロリガン。ムスル・ワ・レナ・テカイン」
(マロリガンが来た! エトランジェを放て!)
檻が開くと、スピリットに剣を突きつけられて強制的に歩かされる。
着いた先は白刃と炎が支配する戦場だ。
二人は必死に戦いを逃れようと走るが、運命は彼女らを逃さない。
一人のブルースピリットが風を巻いて襲い掛かってくる。
シロは霊波刀で神剣を何とか受け止めるが、衝撃で吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「シロ!?」
「タマモ……お前だけでも逃げ……せんせぃ」
頭を強打して意識が朦朧となったシロに、止めを刺さんとスピリットが剣を振りかざす。
「ふざけないで! 皆で戻るのよ! 私は、あそこが気に入ってるの!!」
言いながら、タマモは右手を振り上げて何かを握る動作をする。
タマモの体から金色の光が溢れて、扇が彼女の手に握られられた。
「せめて、その想いには応えよう」
タマモが言って、扇が振り下ろされる。
爆発的な衝撃波が巻き起こり、シロに止めを刺さんとするスピリットを吹き飛ばした。
驚くシロに、彼女は言う。
「シロと言ったな。早く逃げるがいい。そうすれば、あるいは私も」
「お前は……タマモではないな! タマモをどうしたでござる!!」
「諦めろ。もうどうしようもない……せめてお前だけでも……む!」
タマモの姿をした何かは、いきなり膝をついて苦しみだした。
「お、おのれ! やはり私はただの駒だというのか!? ぐうう!」
もだえ苦しむタマモの姿をしたなにか。
そこに、スピリットの集団がやってきて剣を向ける。
このままではタマモの肉体は殺されるだろう。
(先に約束を破ったのはお前でござる……人狼は、狐に借りなど作らないのでござる)
そうして、シロは剣を取る。
言葉が通じる光陰が来るまで、シロはタマモを守り続けた――――
そこで、シロはパチリと目を開けた。固いベッドの上で伸びをする。
寝汗が酷い。思い出したくも無い悪夢に、シロは溜息を吐いた。
「夢でござるか……まったく、過去を懐かしんでなんていられないというのに」
あの時、もっと良い決断があったのではないか。
そんな事を考えてしまう自分を、シロは恥じた。
過去は戻らない。そして、受けた恩義に報いるのが人狼の生き方だ。
必ずタマモを助ける。借りを返す。その覚悟を揺るがすわけにはいかない。
窓から外を見ると、ようやく明るくなり始めた程度。
まだ朝早い。二度寝をするか。だが、ノックの音がシロの耳に届いた。
「お~い、シロちゃん。起きてるかー」
「おきてるで~ござるよ~」
ガチャリと扉が開いて、光陰が部屋に入ってくる。
「普段のカッコいいシロちゃんもいいけど、やっぱり間の抜けた顔もいいなあ」
起き抜けで、ぼーっとしたシロの姿は光陰には眼福だったらしい。
嬉しそうにうんうんと頷く。
「一体どうしたでござるかー」
「報告だ。ラキオスにやられたぞ、シロちゃん」
「負けたのでござろう。分かりきっていた事でござる」
寝ぼけ眼でぼんやりと言うと、光陰はフルフルと首を横に振って両手をあげてみせた。
「遭遇戦で勝っちまったらしい。ラキオスは都市を捨てて後退。議会は攻め時と判断して、稲妻部隊を除いた、戦力の大半を送り込むと決めちまった……このままじゃマロリガンの……いや、俺たちの負けだ」
事の重大さに、寝ぼけた頭が一気に冴えた。至急、話し合う必要がある。
寝巻きを一気に脱いで軽装の戦闘服に着替える。
尻尾のところにちょうど良い穴が開いている特注の戦闘服だ。
「こらこら、シロちゃん。男の前でそれは駄目だろ。俺は眼福だけどな」
エロいことを言いながらも、光陰は下着は見ないよう、さっと後ろを向いた。
こういう部分は先生によく似ているとシロは思った。助平なわりに純情な所があるのだ。
まあ、横島なら大人の女性だった場合、間違いなく目を皿のようにして見るだろうが。
着替え終わったシロと光陰はすぐに美味しく話し合える場所へ――――つまりは大統領の執務室に向かった。
「どうしてここに来る」
クェド・ギンは憮然とした表情で言うが、二人は笑みを崩さずソファーに身を沈めた。
「堅いことは言わない約束でござる」
「そうそう。秘書さん。俺はいつもので」
「あ、拙者も拙者も」
「いつそんな約束をした……まったく」
いつもの、で通じてしまう現状にクェド・ギンはしかめっ面になるが、最後には諦めたようにため息をついた。せめて最高級の茶葉を使わないことを秘書に祈るだけだ。
大統領の仕事場が愚連隊のたまり場になってしまっている。それなりに信頼している秘書も随分と慣れているようだ。
出されたのは最高級の茶で、クェド・ギンは秘書に目を向けたが、秘書にはしれっとした顔で席に戻り書類仕事を始めていた。
溜息を一つして、改めて先の戦いを纏めていくと、その異常さに全員が頭を抱える。
結論をだけを言えば、十名程度のスピリットでエトランジェを含む敵精兵を撃破、全滅。勢いそのままで都市ランサを占領。
そして増援を求めて、合流したら一気にラキオス全土を征服するつもりらしい。
「んなわけあるか、でござる」
「いやーこの報告者面白いなー。下級魔法数発で悠人達が全滅してるぞー。ラキオスはスピリットだけで龍を二体も倒してる猛者なのになーわははは」
今回の戦いについての報告書を読み直して一通り笑いあった後、シロも光陰も真顔になった。
「こりゃ洒落にならん。一発殴られたら本気出そうっていうのに、一発目でKOされるぞ」
常に余裕を持っている光陰だったが、今回は声に焦りが滲んでいた。
今回の件についての報告書を見ると、希望に満ち溢れた情報のオンパレードに泣きたくなる。
徒然といかにマロリガンは強くラキオスは弱いか、と書き記されているが、結局のところ三行で求めるとこうだ。
敵弱し。
速やかに増員してラキオス全土を蹂躙すべし。
必要最低限の守りとして稲妻部隊は本土に配置すべし。
何もかもが間違っていると光陰もシロも思った。
敵は弱くない。これは間違いなく罠だ。横島達は壊滅などしていない。彼らは奇跡の珠で夢を見たのだろう。
その罠を見極める前に突撃などありえない。
しかも、このごに及んで最精鋭であり霊力に対抗できる自分達を防衛に使うという。
意味不明だ。
「議会では既に全軍上げての攻勢が決定したそうだ。俺はまず足元を固めたほうが良いと反対したのだがな」
クェド・ギンは笑って言う。
その笑みは余裕の笑みでも絶望の笑みでもない。全てに対しての嘲笑だった。
破滅的な笑みに、光陰とシロは顔をしかめる。
「なあ大将。その増員の中に俺たち稲妻部隊が含めることは出来ないのか?」
一縷の望みにかけて、光陰が聞いてみるが
「無駄だ。俺も提案したのだがな……どう反対されたか聞きたいか?」
「ま、想像ついているから簡便だ」
光陰は両手をお手上げとばかりに上げて、苦いブラックコーヒーを飲み込んだ。
どうせ、大衆向けの心地よい言葉が聞こえてくるだけだろう。
だが、シロはまだ諦めてはいなかった。
「拙者達が出れないのはひとまず脇に置いて、どうして急な攻勢に出るのでござるか?
まずはランサを橋頭堡にするべく拠点を作って、地形を調べて、万全を期して侵攻すれば良いでござろう」
拙速よりも巧遅をシロは主張する。
敵の庭にいきなり踏むこむのは危険と考えていた。狩りを得意とする人狼らしい。
「エーテルジャンプ装置が、ラキオスが撤収する際に破壊された。慌てて機密保持を考えたのだろうという見解だ。これが罠じゃない証拠らしい。時間はラキオスの味方だろうから、混乱しているうちに一気に攻めようという事らしい」
「そんなの事前に準備してればいいだけの話ではないでござるか。むしろ罠の疑いが高まったような気がするでござる」
「それでも都市捨てて、最新技術の塊を捨てるなどありえない思われる。返答はこの一点だ。」
実に強気な発言だ。
今までに守勢を貫いてきたマロリガンだったのに、ここにきて急に攻めっ気をだしている。
「それは分かったでござる。だが、霊力に関してはどうするでござる。罠が敷かれている可能性が高すぎるでござる。拙者達がいなければ、感知できない罠に突っ込むだけなのに」
文珠の罠がある可能性が極めて高い。確かに文珠の攻撃程度ならスピリットには効かないだろう。しかし、それは神剣の力を引き出してこそだ。もしも、神剣を持たずに団欒しているところへ文珠を投げ込まれたら壊滅だ。
そうじゃなくても、幻覚や洗脳の類もある。いや、考えられるかぎりの戦術が文珠は可能なのだ。
その罠を見破るには、霊力が検知できて、なおかつ強力な永遠神剣を持つシロかタマモが必要不可欠なのである。
「その点も、戦術参謀様は答えてくれてるな。まず、根本的に霊力にはスピリットを撃破する程の力はないだろう。幻覚や催眠などは範囲が広くないからはずだから、部隊を小分けにして進めば被害は軽微で済むらしい。なにより油断せずに神剣の力を引き出していれば文珠の効果は薄いと『金狐』はレポートを出しているからな」
それは確かに嘘ではない。だが、その程度の弱点は少し工夫すれば補える。工夫と言う点では横島はかなりのものだ。
何よりも問題なのは、横島を甘く見ていると言う所だ。
先生を甘く見るのは絶対にいけない。甘く見たら、確実に負ける。
「敵地で戦力を分散させるのは危険でござる。そもそも、拙者達がいけば済む話なはずでござる。
それに先程から『だろう』とか『のはずだ』とかばっかりで、ちっとも信用できないでござる。そもそも、話の前提として敵が弱いなんて理屈が変でしょう。散々、拙者達が戦力を分析して、送った資料はどうしたのでござる!?」
「今回の結果を見るに、間違っていたのだろう、の一言だ」
シロは、もう言葉も無かった。
「そもそもだ、こんなものは茶番なのだ」
クェド・ギンはふんと鼻を鳴らす。
「議会は見たい現実を見たという事だ。敵は弱くあってほしい。だからきっと敵は弱い。それならば急いで出兵させなければ、戦機を逃したとして次の選挙が危うくなると判断したのだろう。
軍の連中はこれで戦功を上げれば議員の道も開けるだろうから、出兵が危うくなるような情報を得ようとは思わない。
財務担当のやつらなどは戦費を抑えられるというだけで正義だ。早期に出兵してくれと駆けずり回っているだろうさ。
俺たちがいくら戦術や戦機で現実を見ろと言っても、奴らは目を閉じるだけだ。そして頭の中で都合の良い妄想を描き、それを現実に落とし込もうとする」
「もう、どうしようもないのでござるか?」
「今回の戦略は政府で決めたものだ。例え作戦に不備があろうと、お前ら軍人が何かを言って覆ることはない……まあ、俺もではあるがな」
クェド・ギン大統領は皮肉そうに言って、歪に笑った。
軍は政府の下にある。全ては議会の決定でしか動けない。あくまでも指揮官にあるのは現場での采配のみだ。
あの横島が手ぐすね引いて待っている所に、何の警戒もしていない軍団を送り込む。
結果の見えた戦いに、シロも光陰も頭を抱える。もう負けた後を考えるしかない。
もしも今回の戦いで出兵したマロリガン全軍がやられたとしたどうなるか。
最低限の都市防衛を考えると、戦える部隊は稲妻部隊しかいなくなる。戦力の補充は簡単には出来ない。
残された稲妻部隊は確かに精兵だ。エトランジェ四人に加えて、シロと光陰が鍛え上げたスピリット達は強靭な心を持っている。
だが、とにかく人数が足りない。ダーツィとバーンライトのスピリットを吸収したラキオス相手だと、数の差で押し切られてしまう。
というよりも戦い以前に、戦力が低下しすぎて国としては完全降伏しか道はなくなるだろう。上手くいって条件付講和が限界だ。
このままでは光陰やシロの手の届かない所で彼らの負けが確定してしまう。それが、横島達の望みなのだろう。戦わずして、シロ達を捕らえるつもりなのだ。
「あの女王様は半端じゃないな。マロリガン上層部の実態……いや国の気質を見切ってやがる。それに、思い切りも良い」
リスクを背負うことに躊躇がない。これはマロリガンには無い強みだった。
マロリガンは強気で押していくべき所を弱気で、弱気で押す所を強気で向かっている。
「なあ、大将。どうにかして稲妻部隊と俺達を出せないか。最悪、俺とシロちゃんだけで良い。そうすればまだ勝機はあるんだぞ」
「……ここで俺の独断でお前たちを出せば、俺は大統領を解任させられるだろう。そうなれば、お前たちは奴隷に落とされるぞ」
エトランジェであるシロ達の人権が保障されているのは大統領の庇護があるからだった。
頭が挿げ替えられたら、そのときは非人道的な扱いを受けることになるのはシロも光陰も承知している。
それでは戦いに勝っても意味がない。
「参ったな。こんなんで負けるのか」
「冗談じゃないでござる! 戦力は互角で、厄介な砂漠を突破して橋頭堡となる都市を制圧! 罠があることも分かっている。勝機が転がっているのに負けるなどと!」
「だからこそさ、シロちゃん。ピンチがチャンスになるなら逆もまたしかり。ま、あれだけの大部隊だ。全滅ってことはないだろ。多少負けたら早めに撤退してくれればまだ大丈夫なはず」
「甘いな。今度の指揮官は頭が良く諦めが悪くて絶望せずに、どんな時でも勝利を目指す事ができる……現実を直視できない典型的マロリガン軍人だ。最後の一人まで希望を抱いての全滅もありえるぞ」
「大将は悲観的だなぁ。全滅した場合は、大将はどうなると予想している」
「間違いなく講和だな。いくらなんでも稲妻部隊だけで勝利できるとは老人共も考えまい。あの女王も二面、いやソーマという男の部隊も考慮すれば最悪三面作戦か。それを考慮して講和を受け入れるだろう。広大かつ政治思想が違うマロリガンを併合などという苦行を請け負うとは思えん。
もっとも、お前たちはそうはいかないか。マロリガンを抜けて、四人で暗殺者のようにターゲットを狙うしかなくなるだろうな」
「最悪の場合、RPGよろしく四人で国相手に喧嘩かよ。難易度スーパーハードにも限界があるっつーの」
二人の男は悲観的に笑いあう。
シロは、それはそれで良いかも知れないと優しく微笑んだ。
人狼は仲間を決して裏切らない。受けた恩は必ず返す。だから、何があってもタマモは助けなければならない。
その為には、先生を、愛する人を殺さねばならない。
この現実にどれほど苦悩したことか。悩んで悩んで、シロは一つの答えにたどり着いた。
友の為に命を懸けて戦い、愛する人に討たれる。
武人として、女として、そうすればきっと悔いの無い最後を迎えられるだろう。
万が一にも先生を討ち取ってしまったら、タマモを助けてから、腹を切って後を追えばよい。
シロは完全に覚悟を決めていた。
だが、別にわざと負けるつもりはない。隊長として仲間のためにも勝利を目指すつもりはある。死力を尽くして戦った上での敗北が、シロの理想だ。この危機をどうにか乗り越えなくてはならない。
困難に直面したとき、思い出すのは美神除霊事務所で過ごした日々の事だ。
あの破天荒な日々を思い出すだけで勇気がわいて、そして悪知恵が浮かんでくる。
さっとシロは立ち上がる。それを怪訝な表情で見る男二人。
「どうするつもりだ」
「なに、ばれなきゃ犯罪ではないのでござる!」
当然の表情でシロは言ってのけた。
数日後。
悠人は迷彩を施した塹壕で体を休めていた。
彼の隣には、歪な刀の人形が張り付いた、一本の刀がある。『天秤』だ。『天秤』には霊力の糸が巻きつけられて、それが遠くまで伸びている。
霊力を伸ばして神剣の力を引き出すことによって、神剣反応を遠ざけながらその加護得る。
こうすることによって、最強の力を得ながら最高の隠密性能を備えることが出来る。偵察には最適だろう。
相変わらず反則な奴だと、悠人はもう達観の領域に突入していた。
しばらくして、塹壕内に偵察を終えた横島が降りてくる。
「横島、どうだ」
「確認できたのは、全員心を失っているな。稲妻部隊ってのは神剣に心を飲まれていないって話ならこっちには来てないだろ。シロタマもお前の友達もいなかったぞ……上手くいったぽいな」
上手くいかなければ困るさ。悠人は心の中でそう答えて、今回の作戦を振り返る。
敵の大群を懐近くまでおびき寄せて、総力を挙げて速やかに勝利する。大雑把に言えばこういうことだ。そうしなくてはいけない理由があった。
敵がマロリガンとサーギオスだけなら、まだ一方を守りつつ、もう一方を攻撃するのも可能だったかもしれない。だが、敵はこの二つだけではなくなった。
この大陸にはソーマという爆弾がいるのだ。本人はラキオスと敵対する理由がないとは言っていたが、逆に言えば理由さえ出来れば容赦なく襲い掛かってくるだろう。あのスピリット達の実力は相当なものだ。
マロリガン、サーギオス、ソーマ。この三つの勢力を同時に相手する力はラキオスにはない。とは言っても、どれとも話し合いは不可能。ならばどれか一つを早急に叩くほかは無かった。
まずは一個人に過ぎないソーマを倒すべし。私怨もある横島はそう主張したが、まずソーマが見つからなかった。
ラキオスは一年前の五倍以上の領地の獲得したのだ。正直、まだまだ目の届かない土地が多すぎる。そもそもラキオスにいるかどうかも分からない。ソーマを探すのは困難を極めた。
そうこうしている間にマロリガンの部隊が迫ってきて、それが少量というのが分かった。どうして無駄な斥候を送ってきたのか、マロリガンという国を調査、解析して明らかになっていたので、レスティーナは博打に出た。
適当に戦ってわざと敗走して、対マロリガンでの最重要である都市ランサを放棄。さらに破壊したエーテルジャンプも置き去りにする。こうやって無理な攻勢を誘ったのだ。
また、横島によって敵の情報源が確定できたのが大きかった。
まさか犬猫や鳥などの動物がスパイになっているなど考え付くわけが無い。
事実が明らかになって、必死に敵の影を追っていた諜報部のあんぐり顔を横島は思い出して、笑った。
敵の正体が分かれば、所詮は動物。誤情報を流すのも難しくない。
それでも、相当なリスクは背負った。大博打を打ったと言って良い。
なんと言っても一都市を放棄して、壊れたとはいえ最高のエーテル機器を渡してしまったのだ。これで何のリターンも得られなければ相当まずいことになる。
ラキオスは追い詰められていた。それだけ、ソーマ、マロリガン、サーギオスとの三面作戦になるのを恐れていたのだ。
だが、ラキオスは賭けに勝ったのだ。
「この戦い、同数以上の敵を壊滅させて、こちらの被害はゼロにする。さらに、可能な限りスピリットを生かして無力化する」
高いリスクを払っただけのリターンも得る機会が得られた。
圧倒的に優位な状況で一戦して、ここでマロリガン戦を終えようと言うのだ。
これなら砂漠という慣れない地形と、マナ嵐による防衛装置を突破すると言う労力を負わずに済む。
何から何まで、こちらが有利。正直、負ける要素はない。
「作戦開始だ!! 悪いな、光陰……おまえとは戦わない! これで決着だ!」
こうして、マロリガンの歴史において最悪の悪夢が幕を開ける。
始めに悪夢を見たのは、前軍だった。
敵の姿はどこにもなく順調に進軍を続けていると、突如として敵の神剣反応が現れた。
その数、約80。前軍の倍以上で、包囲しながら向ってきているという。
「は?」
スピリットから報告を受けた指揮官は呆けた声を上げた。
その数は、ラキオスに所属するスピリットの全軍に近い数だ。
半分はサーギオスとの国境に配置されていると聞いていた指揮官は、あまりの事に頭が真っ白になったが、すぐに頭を切り替えて戦術を考える。現状を打破するにはどうすべきか。
だが、考えれば考えるほど、どうしようもないと分かった。
奇襲され、半包囲されて、質量とも負けていて、それが連携を保ち襲ってくる。
これを挽回できる将官がいたのなら、それは名将という括りすら超えているだろう。
「密集して耐えろ! とにかく耐えるんだ。敵襲は想定内だ。すぐに増援が来る!!」
指揮官はそう言ってスピリットを鼓舞する。いや、心を失ったスピリットは士気の高低はないのだから、自分自身に言い聞かせているのだ。
マロリガンにとっては絶望的な、ラキオスにとっては勝利の約束された戦いが始まった。
中軍には人間の兵士が付いておらず、多少の自意識を残したレッドスピリットが指揮を執っていた。
彼女は前軍がとてつもない戦力に襲われてることが分かって、慌てて救援に向かっていた。
一刻も早く合流するため、ウイングハイロゥを持つブルーとブラックだけを先行させる。本来、色を統一させるのは多様な戦略に対抗できなくなるために悪手なのだが、このままちんたらしていたら前軍が壊滅してしまう。
機動力のあるブルーとブラックは羽をはためかせながら救援に向かう。
この機動力がある打撃部隊がラキオスの横腹を突けば、戦況は好転するはずだ。
それは正しい答え。だからこそ、読みやすい。
ブルー・ブラックスピリット達を隠蔽された塹壕から見つめるスピリットが二人いた。
ヘリオンとハリオンだ。
「襲われた前軍を助ける為に急いで合流する必要があるから、きっとウイングハイロゥを持つブルーとブラックだけ突出して助けに向かうだろう……ふふ、ヨコシマ様の言ったとおりです!」
「まるっとお見通しですね~」
流石はヨコシマ様!
そう笑うヘリオンだが、別に考えたのは横島だけじゃなく悠人やイオ・ホワイトスピリットも含まれていたのだが、彼女の脳内で横島一色に染まっているらしい。
ヘリオンの上空を通過しようとするスピリット達。
そこでヘリオンは神剣を握って力を引き出す。
同時に上空のスピリット達が一斉に眼下を見た。だが今更気づいても、もうおそい。
「レッツ墜落! バニシングハイロゥです!!」
陽気な詠唱と共に神剣魔法の効果が発動する。同時に、ブルーとブラックスピリットのウイングハイロゥが消失して、飛行力を失った彼女らは地面に落下を始める。
バニシングハイロゥとは、ハイロゥを打ち消して行動を制限する神剣魔法だ。防御不可回避不可の強力な魔法だが、場に展開する魔法だからヘリオン達も等しく効果を受ける為に、使いどころを考えなければいけない魔法である。
上空からの落下だが、ハイロゥを失っても神剣の加護を失ったわけではないので、落ちても痛いですませられるだろう。
着地したら走って魔法の影響下から抜け出せばそれでおしまいだ。
だが、それを分かっていればやれることはあるのだ。
「ふっふっふ! さあ、ヨコシマ様の奇跡の結晶たる力です。くらいなさ~い!!」
満面の笑みを浮かべてヘリオンは敵の落下地点へ文珠を放り投げる。
『沼』
ズボッ! ズボッ! ズボッ! ズボッ!
空中から勢い良く落下してきたスピリット達は、胸の辺りまで泥に埋まっていく。
中には空中でバランスを崩したのか、昔の漫画のように顔面からダイブして、人型の型抜きを作り上げる者もいた。
最悪の足場に、これでは走る所か歩くのもままならない。魔法の影響で飛び上がることも出来ないだろう。
「うわぁ~泥だらけですねーえへへ!」
「後でお風呂ですねぇ~」
ヘリオンは楽しそうに、ハリオンは能天気に、それぞれ笑顔を浮かべる。
しかし、マロリガンのスピリットは完全に心を失っているようで、怒りも焦りもない。
ただ眼前の敵を屠ろうと、えっちらおっちらとヘリオンに向って歩き始める。
沼は広範囲に広がり、ヘリオンの足元も同じだった。
しかし、ヘリオンは身軽とまでは言わないが、マロリガンのスピリットよりもスムーズに沼を歩いてみせる。その秘密は彼女が履いている円型の靴にあった。
いわゆる水蜘蛛だ。流石に水は歩けないが、しかし、泥の中を歩くには十分だ。
こうして泥の中の追いかけっこが始まる。
機動力が奪われ持ち味の接近戦が出来ず、ブルーとブラックが使える神剣魔法では碌なダメージを与えられない上に、もし与えてもハリオンの魔法で回復できる。これは敵にはブルースピリットがいるので、ある程度離れなければいけないが、距離を取るのは簡単なので問題ない。ハイロゥを封じる魔法は効果が切れそうになったら、また張りなおせばよい。
こうして、たった二人に、数十人のスピリット達は足を完全に止められることになった。
その間に、前軍の苦闘は続く。
マロリガンのスピリット達はいくら守りを固めても少しずつ削られて、セリア達に手足を落されていった。ヒミカなどは切った瞬間に断面を焼いて止血を施してダメージを軽くする。
手足を切られたり、神剣を吹き飛ばされて無力化されたスピリットは、すぐさま捕まってラキオスの陣地に運ばれ治療を受けた上で縛られた。味方どころか敵にすら死者が出ない凄まじい戦場だ。
援軍が来ないことを悟った指揮官は、やぶれかぶれに突撃の命令を出した。
形勢が少し変わる。いくら圧倒的に有利でも、ひたすら神剣を振りかざしてくる相手を無傷で捕獲するのは難しい。
やがて、一人のブルースピリットが第二詰め所が作った囲みから抜け出して、後方で魔法の援護をしていた第三詰め所に突撃した。
第三詰め所のスピリット達は、それでも殺傷力の低い魔法を連打して、殺さずに捕らえようとする。しかし足を止めることが出来ず、ついに剣を振り下ろされてしまう――――が、そこで悠人が現れた。
彼は『求め』で神剣を軽く受け止めて、返す刀で相手の神剣ごとブルースピリットを叩き潰す。ここに来て、初の戦死者だ。
第三詰め所のスピリット達は悠人を睨みつけた。
「ヨコシマ様に褒めてもらえなくなるのに!」
彼女らは強く文句を言う。悠人は思い切り顔をしかめた。
言いたいことはいくらでもあった。
だが、悠人はグッとこらえる。体は大人でも、心が子供同然の彼女らを前線に立たせているのは自分らなのだ。今はとにかく、言うことを聞かせるだけだ。
「一人でも死ぬか、致命傷を受けたら横島は褒めないぞ」
「う……でも!」
「とにかく、敵が第二詰め所の囲みを抜けたら、強力な魔法で殺せ。これは命令だ!」
冷たく、強い口調で悠人は命令する。これが必要だった。
下手に命を助けようとすれば、首をはねられるのは自分の方だ。
第三詰め所のスピリット達は面白く無さそうだったが、しかし命令には逆らえないので嫌々ながらも首を縦に振った。
それからは危なげなく進行して、前軍は壊滅した。人間の指揮官も捕らえられる。
死者はゼロにはならなかったが、それでも大半のスピリットはラキオスに捕縛されることになった。
「さあ、次はヘリオン達の所に行くぞ!」
悠人の号令に、皆が頷いて動き出す。
その頃、中軍で救助に向ったブラック・ブルースピリットを除いたレッドスピリットとグリーンスピリット達は、仲間と合流しようと走って前線に向っていた。
だが、その足は一人の男の出現によって止まることになる。
レッドスピリットはサイキックソーサーを足場にして、空中で立っている男を見上げた。
「ラキオスの……『天秤』のエトランジェか」
黒い羽織と、赤いバンダナ。そして、日本刀型の永遠神剣。
話に聞き及んでいた横島の特徴だ。相当にやっかいな相手であるのは間違いないが、しかし、彼は一人だった。
「まさか、たった一人で我らを相手にする気か?」
「ふっ! 俺一人で十分だってことさ!」
しまりのない緩い顔で言い放つ横島に、レッドスピリットは眉を潜めたが、それだけだ。
空を飛べない緑と赤のスピリットでは空中にいる横島に神剣は届かない。
だが、レッドスピリットには羽や足がなくても、強力な遠距離攻撃がある。
「永遠神剣の主が命じる。炎よ、火球となりて――――」
レッドスピリットの集団が詠唱を開始する。だが、それが発動する前に横島は動いた。
失敗型の文珠を数個ばらまく。
文珠は爆発して、霊気の煙を周囲にばら撒いて視界がゼロとなった。横島の姿は完全に見えなくなる。
視界がきかなくても、神剣反応は分かる。
空中にいる横島に炎の矢をぶつけようと詠唱を開始するレッドスピリット達。しかし詠唱を開始した途端、神剣反応が地上に降りてきた。
これは接近戦になる。グリーンスピリットが横島を囲もうとしたが、それは出来なかった。
「え?」
なんと神剣反応は空中から地上どころか、地中にまで潜って行った。
地面の中にいる横島に対して、スピリット達の動きが止まった。地面の内部にいる敵に対してどう戦うかなんて教わったことがない。
ほぼ感情を失ったスピリット達は機械的に訓練どおりのマニュアルをこなすことには優れている。決して恐れることもなく、戸惑うこともない。ただ目的に向かって進むだけ。下手な挑発やギャグでも心を乱さない横島の天敵だ。
しかし、それは同時に思考能力の低下に繋がる。だからこそ、足手まといであっても人間の指揮官や必要になるケースがあるのだ。
指揮を取っていたレッドスピリットも困惑したが、横島が潜ったと思われる穴を見つけて決断した。
「ここに魔法を打ち込むぞ」
横島が地中に潜った穴に向かって、炎を流し込む。それは、アリの巣に液体を流し込むようなものだ。炎を流し込むと、地中の神剣反応が激しく動いた。
レッドスピリットの唇が三日月形につりあがる。
あの緩い顔が地中で熱に苦しんでもがき苦しんでいるのだと思うと、非常にたまらない。
「……ふふ、これで奴も生きてはいまい」
指揮を取っていたレッドスピリットは、息を切らしならも得意げに笑って見せた。
地中からの神剣反応が消失したのだ。地中で蒸し焼きにでもなっただろうと、彼女は笑うが、その尻に邪な手が伸びる。
グニン!
「ひぃん!」
お尻から立ち上ってきた感覚に、思わず変な声が漏れる。何事かと尻を見ると、光る妙な手が尻をグニグニと握っていた。
光の手が伸びてくる方向を見ると、空中に一人の男の姿があった。
右手から伸びた光の手は尻を、左手から伸ばした光の手は地中に突き刺さっている。
「う~ん、やっぱり直接触らんとつまらんなー」
そんな事を言っていた。
唖然としていると、地中から一本の神剣が飛び出してくる。そちらは、左手から伸びた光の手で握られていた。神剣は横島の手に収まる。
やられた!
こっちが必死になって地中の神剣を追い回して土まみれになっているのを、あの男は空中で笑いながら見ていたのだ。
完全に手のひらで転がされていた屈辱に、紅潮するレッドスピリット。
そんな彼女を見て、横島はニタニタといやらしく笑う。
「ふふ、これで奴も生きてはいまい……だってさ! うひゃひゃ! 格好良いぞーー!!」
「う……ぐううう!」
「しかも、お尻を触られたら、ひぃん! だからな。いやあ、可愛いなーー!!」
「ううう! この痴れ者が!」
「え~あんたらが勝手に俺が地中に居るって勘違いして地面耕したんだろ」
「黙れ黙れ!」
火球を飛ばす。他のレッドスピリット達も炎を飛ばし始めるが、横島は空中でカサカサとゴキブリのごとく動いて回避し続ける。
「どうしたどうしたー!! 乳が重くて動けないかーー!」
「重くなんてない! 死ね、死ね、死ねー!!」
レッドスピリット達は赤の魔法を唱え続ける。
空を埋め尽くさんとする赤い壁に、流石の横島も表情に焦りが生まれた。その時だった。
スピリット達の周辺が歪んで、そこから黒い針が飛び出してくる。ブラックスピリットの扱う魔法だ。レッドスピリットは突き刺さってくる針に慌てて詠唱を中断する。
隠れ潜んでいたファーレーンの姿を見つけて、また騙されたとレッドスピリットは横島を睨みつけた。
「仲間を潜ませてたか! 一人で十分と言ったのに……嘘つきめ!!」
「ふっ、敵の言うことを真に受けるとは愚か者め!!」
「ぐうう、むうううう!!」
レッドスピリットの顔が怒りで真紅に染まって、地団太を踏む。彼女のスフィア・ハイロゥがますます黒から灰色に変わり始めていた。
そんな彼女を、横島は嬉しそうに見つめる。馬鹿にされてるのだとレッドスピリットは思ったが、実際はこのスピリット集団で一番横島の好意を受け取っていたりした。
それが怒りであれ、感情の無いロボットのごとき女の子よりは、ずっと魅力的だ。
だが、レッドスピリットの憤怒はファーレーンには我慢できなかったらしい。
「卑怯者など……その言葉、取り消しなさい。本来ならヨコシマ様は一人で貴方たちを殲滅することが出来たのです! ですが、ヨコシマ様は貴女達を哀れに思い、少しでも多く生かそうと頑張っているのですよ! ですよね、ヨコシマ様!」
「お、おう」
ファーレーンはキラキラした表情で横島を見た。
尊敬とか敬愛とかをひっくるめた目で見られて、横島はどこか引け目を感じてしまう。
間違ってはいないが、助けたら後で尻を触らせてもらおうと考えていた横島にとって、この輝かしいばかりの信頼は重かった。
「我らを生かして捕らえるだと? ふざけたことを。お前ら2人は、ここで我らが殺す……さあ、掛かって来い」
「いや、選手交代だ」
さらりと横島が言って、そこでレッドスピリットも気づいた。
前軍のスピリット反応が消滅している。救援に行ったブルー・ブラックスピリット達の反応も、既に無い。圧倒的な数の神剣反応が、すぐ間近まで迫っていた。
圧倒的な戦力差に、自分が死ぬであろう事が分かった。
別に死ぬのなんて怖くない。生きるも死ぬもどうでも良い。いや、最近はそういう事すら考えていなかった。
だが、レッドスピリットは横島とじゃれあって少し心を取り戻してしまった。
「いやだ、やっぱり死にたくない」
思わず呟いてしまう。
「大丈夫、死なないさ。これから一杯良い事が待ってるんだからな」
横島はニカッと笑って言う。レッドスピリットは思わずその笑みに見惚れた。
こんなにも優しい笑顔を、こんなにも温かい言葉を、生まれてこの方貰ったことはあっただろうか。
ぽーっとレッドスピリットは横島を見つめる。
やってきたネリーがその様子を見て、頬を膨らませて横島のわき腹に頭突きをかました。
「ヨコシマ様は、ネリー達の隊長なんだからね!」
「いきなり現れて何を言ってんだお前は」
グリグリと頭を押し当ててくるネリーに押されながら、横島は周囲を確認した。
第二詰め所に第三詰め所の皆が周囲を囲んでいる。これなら万が一もないだろう。
後は、最後の詰めだ。
「仲間になったら、また尻を触らせてくれな!」
「だ、誰が触らせるか!」
「ぐっふっふ! それじゃ、ファーレーンさん、それとネリー達も、怪我はないようにな」
「お任せください」
「うん! もちろん!!」
スピリット達をネリー達に任せて、横島は前へ走り出す。
隣には、いつのまにか悠人が並走していた。
最後に残った後軍は、状況の変化についていけなかったのか動く様子はない。
こうなった時のプランは、既に考えてある。
後軍を逃がさず仕留めればマロリガンは完全に終わるだろう。
「そんじゃ、最後のつり出しだな。悠人、いくぞ」
「ああ!」
こうして、二人の隊長は敵の元へ向う。
敵に、最後の希望を与えるために。
「これが現在の状況です」
「馬鹿な……こんな」
その頃、後軍にいたマロリガンの総司令官は、神剣反応探知役のスピリットの報告に頭を抱えて呻いていた。
まったく敵に打撃を与えることなく、こちらだけが一方的に叩かれていく。悪夢としか言い様がない。
敵は弱いはずではなかったのか? スピリットの半分はサーギオスとの国境沿いに配置されているのではなかったか? どうして万全の態勢を整えていたのだ?
予想と違う。予定と違う。これでは戦いにならない。機動力は発揮できず、戦力は分断された。スピリット単体の質は完全にラキオスが上で、今現在は量でも負けている。
前軍は壊滅状態。中軍は半壊して全滅は時間の問題。後軍をこのまま進軍しても勝ちの目を拾うのは不可能といえた。一応、都市ランサに配置したスピリットを呼び寄せて合流させるという手もあるが、それでも厳しいだろう。
「ランサへ撤退しましょう。これ以上被害が大きくなれば……万が一全滅ともなれば、マロリガンは終わります!」
真っ青な副官の言葉に、その通りだと胸の内で頷く。
撤退するべきだ。ここで無理をして全滅すれば、マロリガン全戦力の七割が消失する。そうしたらせっかく奪ったランサも奪い返されるだろう。
文珠対策と戦力を上手く出し入れする自信があったから部隊を小分けしていた。そのせいで各個撃破の餌食になったが、逆に言えばまだランサの部隊を含めれば半数近くは無傷で残っているのだ。
今すぐ逃げれば自分たち後軍は無傷で後退できるはず。そうしたらランサに引きこもって、本国の救援が来るまで篭城すれば良い。それが現実的な戦術だ。
だが、ここで逃げれば俺はどうなる?
これだけの損害を出したのだ。派閥も擁護しきれないだろう。左遷は当然として、最悪、責任を取らされての処刑もあり得るのではないか。
なんとか一矢報いたい。そうすれば名誉ある撤退が望める。
それに今後の外交にしても、一矢も報いなければ講和の際にラキオスから大譲歩を要求されてしまうだろう。
それを民衆は飲めるだろうか。議会がよほど上手く情報統制しなければ民衆の反発は必死だ。和平など不可能になり、より厳しい状況でラキオスと戦争になりかねない。
だとすれば、やはりここで起死回生の策をとるべきだろう。
少しでも希望を見出せないか、物見のスピリットを呼び寄せる。
報告によると、手足を傷つけられて身動きが取れなくなったスピリットがあちらこちらで泣き喚いているとか。報告してきたスピリットは青い顔で残酷だと罵っていた。
奴隷ごときが、しかも役に立たない無能が何をほざく。
殴り飛ばしたい衝動に駆られるが、何とか我慢する。今は少しでも戦力が欲しい。
司令官は考えた。何か方法があるはずだと。諦めなければ道は開かれると、必死に考える。
それでも希望は見つからない。もはや逃げるしかないか。
絶望にくれながら撤退を指示しようとする司令官。
そこに一つの情報が飛び込んでくる。
ラキオスのエトランジェが二人だけで、こちらに向かっているというのだ。
これは罠だ。すぐに理解した。
ラキオスの立場からすれば、ここで我らを逃して篭城されるのが一番面倒だろう。
しかし、だからこそこれはチャンスだ。釣り出しが目的なら、ある程度は突出してくるはずだ。
エトランジェの首があれば、まだ名誉ある退却と認められるはずだ。ここまで追い詰められた以上、勝利するには賭けに出なくてはいけない。罠を食い破るという賭けに。
負けが込んでいるのに撤退しない。最後まで希望を持って勝利を目指す。損を損として認められず、得の為の投資と考える。
この司令官の思考はギャンブルで素人が大敗するパターンそのものだった。
半端に頭がよく、未来が読める上に勝利への道筋が見つけられるのだから、どうしても諦めがつかない。
残された全スピリットを横島と悠人に突撃させる。
それから、数分後。朗報が脳内に舞い降りる。
「司令、ラキオスのエトランジェを撃破しました!」
「おお!」
「指令、ラキオスのスピリット共は算を乱して逃げ出しました!」
「おおお!」
「指令、我らの勝利です。民が英雄の帰国を待っていますぞ!」
「よくやった! マロリガンへ凱旋するぞ!」
絶望を乗り越え、男は勝利し、民の喝采を浴びることになる。
この結果を前にして、男は政治家となり、マロリガンで最高の大統領と歴史に名を残すのであった―――――――
「見せた私が言うのもなんだが、本当に人という生き物は見たいものだけを見るのだな」
抵抗どころか、嬉々として幻術を受け入れた司令官に、『金狐』は呆れたように言った。
周りにいる参謀達も、虚ろな目で立ち尽くしている。
――――マロリガンへ帰国する。
とにかく、その言葉を言ってもらえればよかった。
指示を受けたスピリット達は撤退の準備を始める。
虚ろな目で涎を垂れ流す司令官を、『金狐』は少し哀れに思った。
酷な様だが、万が一にも『金狐』に幻術をかけられたとばれたら稲妻部隊の立場が危ないので、この人間達はこっそりと処理しなければならないだろう。どうせ敗戦の責任を負わされるだろうから、罪悪感など抱く必要はないのだが。それに戦死に見せかければ、彼の名誉も少しは保たれるだろう。
ようやく撤退に移るが、しかし敵との距離が縮まりすぎていた。
このままでは猛烈な追撃を受けてしまう。
「シロよ、後は頼む。どうか運命を打ち破り、我らに未来を」
『金狐』は祈るように言った。
一方、遠ざかり始めた後軍の様子に横島達は慌てていた。
「ここで引くのかよ! おい、悠人!」
「ああ、釣り出しは失敗……それなら全力で追撃だ!! 多少の犠牲が出ても、ここで全部無力化させて決着をつけるぞ!!」
横島も悠人も歯を食いしばって決断する。
予定では横島や悠人を囮にして敵を誘い出し、あとはじりじりと引いて仲間と合流して安全に敵を無力化する予定だった。
だが、逃げられてしまってはこの方法は使えない。ならば、後退する敵に対して二人で攻撃を仕掛けて足を止め、仲間と合流して倒すしかない。被害は増えるが、仲間の命のためにも仕方ないだろう。
それに倒せなくても、追撃しなくてはならない理由がある。
遠くに見える、成功を意味する赤色の狼煙。
それを意味する事柄からも、ここで追撃をしないわけにはいかなかった。
二人はさらに足を速める。アセリア達もそのうち追いつくだろう。
だが、ここで横島達の足が止まった。
「『金狐」は上手くやってくれたようでござる」
「だな。後は俺達が通せんぼするだけだ」
シロと光陰が、横島達の思惑を阻止すべく立ちふさがる。
間違いなく、マロリガンで最強の殿だろう。
悠人は歯噛みした。
「ちっ、後一歩って所で」
「はっ、ギリギリセーフって感じだな」
「つーか、大統領派が勝手に出てきていいのかよ!?」
「その辺りは誤魔化せば良いってシロちゃんがな」
「え~い、それでも俺の弟子か!!」
「いや、お前の弟子だからだろう(ござる)」
三人の突込みが横島に送られる。
ここだけを切り取れば、歳が近いこともあいまって仲の良い級友にしか見えない。
だが、彼らはこれから殺し合いを始めるのだ。
「くそ、終わった勝負に今更出てくるなよ」
「へっ、勝負はまだ終わってないさ」
「それでは、いくでござるよ!」
戦闘が始まった。
戦いの構図は、自然と決まる。
横島VS光陰。
シロVS悠人。
四人の思惑が全て重なってこうなった。
横島は、悠人ならしばらく耐えられる。
悠人は、横島なら光陰を殺さず捕らえられる。
シロは、光陰ならしばらく耐えられる。
光陰は、シロなら悠人に勝てる。
互いに相手を信頼しているからこそ、一対一の戦いとなった。
「あの光陰殿に勝ちたいと言わしめる実力……見せてもらうでござるよ!」
シロは嵐のごとき剣舞を悠人に叩きつけた。
日本刀でありながら、その重さはアセリアの剣に匹敵し、その鋭さはウルカを超える。
悠人は早々にまともに剣を合わせるのを放棄した。格上の横島と戦う時と同じく、ひたすら敵を攻撃を見極めながら分厚い障壁を張り続ける。
瞬く間に悠人は全身を血で染め上げ、マナの霧を纏い始めた。到底、全て防ぐのは不可能なのだ。シロは無傷で悠人を追い詰めていく。
だが、圧倒的に優位な立場のシロの顔には苦いものが滲んでいた。
手傷は負わせているが、しかしどれも致命傷には程遠い。危険な一撃は障壁で、浅い一撃は我慢されてしまう。
シロはフェイントを駆使して障壁外から切りつけようとするのだが、悠人はフェイントを見破って強力な攻撃だけをしっかり防いでみせた。
この芸当は、横島と模擬戦を繰り返してきた悠人だからこそだろう。
変異自在の戦闘方法にして、ギャグとシリアスを織り交ぜた横島と戦い続けてきた悠人は、少々の事で取り乱すことはない。想定外の攻撃など、いつもの事なのだ。
パワーだけなら最強の神剣である『求め』を使えば、下手に剣で受けたりせずに障壁で防御を固めれば、まず攻撃を防げる。体力は消耗するが、そこは重点的に鍛え上げてあるのだ。
勝てはしないが、しかし一定の時間を稼ぐには適した戦い方だ。
一方、横島と光陰の戦いも似たような展開だ。
光陰は本当に一年前まで普通の高校生だったのかと、疑問符がつくほど落ち着いた動きを見せていたが、その程度では横島に勝つことなど出来ない。
身体能力とセンスで光陰を押していく。しかし横島は剣術の未熟さから致命傷を与えることが中々出来ない。
明確な隙が必要だと判断した横島は、丸い珠を取り出す。
その数は五つ。
「文珠か。厄介だけどな、使える数は一個か二個が限界だろ。それは偽物さ」
「そりゃどうかなっと」
数個の文珠を光陰に投げつける。
「悪いが、そりゃ知ってんだ!」
失敗型の文珠が爆発して、周囲を霊力の塵で覆って視界をさえぎる。
だが、同時に光陰の神剣魔法が完成した。
「永遠神剣『因果』の主が命じる。守りの気を放ち、敵を退けよ……トラスケード!!」
光が集まり、大きくはじける。霊力の塵が一気に吹き飛ばされた。
光陰は失敗型の文珠の特徴を知っていて、すでに対策を考えていたのだ。
この文珠は文字が込められない。だから、投げられた文珠を良く見れば見分けるのは簡単だ。
「ちっ! もういっちょ」
横島はまた文珠を投げつける。
「何度やっても無駄だ……っお!?」
今度の文珠には、何かが刻まれている。込められていた文字は『縛』
もういっちょ、何て言いつつ今度は本命だ。
嫌らしい奴だと、光陰は慌てて距離を取って、全力で障壁を展開する。
だが、落ちた文珠はうんともすんともいわない。恐る恐る近づいてよく見ると。
「こりゃあ……文字の彫られたビー玉かよ!」
「へっへ! や~い、怖がってやんの~!」
子供のように横島が挑発して、光陰はやや引きつった苦笑を浮かべた。
下らない小技であるが、下らないからこそやられるほうは溜まったものではない。
「ほら次行くぞ!」
また文珠を放り投げる。今度は文字が込められていない。
失敗文珠と判断した光陰は、また魔法で霧を吹き飛ばそうとするが。
「いくぞ新技! 文珠式サイキックソーサー!」
失敗型の文珠が炸裂したかと思うと、矢のようになって光陰に向う。
また霊気の煙かと思った光陰は、またもや意表を突かれた。
慌てて弱い障壁を張ったが、新サイキックソーサーは僅かながらに障壁を突き破り、光陰の顔面にぶつかった。精々文珠程度の威力なので、ダメージは薄いが目の前に火花が散る。
「伸びろ、栄光の手ー!!」
そこに間髪いれず、栄光の手が飛び出してくる。
霊波刀なら、なんとかなる。シロと共に訓練していた光陰は、その威力を理解していたから適度な障壁を張ろうとして、猛烈な悪寒が背筋に走った。
「おおおお! プロテクション!!」
勘に従って、全力の防御魔法を使用する。
集中する間も無かったから非常に疲れるが、その選択は正しかった。
全てを分かつような光の壁を、栄光の手は僅かに突き破っていた。よく見ると、栄光の手の先端は金属の刃となっている。
『天秤』を栄光の手で覆って、その姿を隠していたのだ。
「ちっ!」
変幻自在の攻撃に、光陰はたまらず後ろに下がった。
同時に、ニヤリと横島は笑う。その場所に足をつけるのを待っていのだ。
「サイキックトランポリン!」
次の瞬間、光陰は飛んだ。
密かに足元へ薄く延ばしたサイキックソーサーを仕込んで、空へ飛ばしたのだ。
ただのサイキックソーサーはもはや攻撃にも防御にも使い物にならない。
だったら、攻撃にも防御にも使わなければ良い話。横島のやりたい放題の戦闘方法は、霊力が弱いからこそ輪をかけて磨かれ始めている。
「よっしゃ! 貰った!!」
空中に吹き飛ばされて身動きが取れなくなった光陰に、横島が空中を階段のように駆け上がって襲い掛かる。空を自由に動けない光陰では、これに対応しようが無かった。
腕の一本は貰ってふんじばる。悠人並みに頑丈そうだから死にはしないだろう。
横島が『天秤』を振りかざす。
その瞬間、後方で悠人の神剣反応が急速に高まった。
咄嗟に空中で固定したサイキックソーサーを蹴って、横に飛ぶ。すると、光の矢が腕を掠めていった。もし、避けなかったら胸に大穴が出来ていただろう。
矢が飛んできた方角を見ると、シロの弓を構えていた。神剣反応は弓から出ている。
矢を外したシロは、そのまま光陰の落下するだろう場所に走り出す。その最中、弓が輝いて刀へと変化していた。
「刀が弓に変形した? まったく、横島の世界の連中はどいつもこいつもでたらめだ」
絶好のチャンスを反則技で潰されて悠人は舌打ちする。
だが、舌打ちは悠人よりもシロの方が大きかった。
とっておきの隠しだまを晒してしまった。距離を置いて、ほっと一息を付いたときに必殺の一撃を叩き込む。
それが必勝法だった。ばれてしまえば有効性は薄れてしまうだろう。
シロが落下してきた光陰と合流する。
悠人も横島と合流した。仕切りなおしだ。
「すまん、シロちゃん。耐え切れなかった。流石シロちゃんの先生だけあるな。正直、何が何だか分からないって感じだ」
「いや、謝るのはこちらでござる。まさか悠人殿がああまで粘るとは……流石は光陰殿が勝ちたいというだけはあるでござるよ」
互いの好敵手を褒めあう。
「おい悠人! もう少し抑えとけなかったのかよ!」
「無茶言うな! 剣が弓に変わるとか分かるわけないだろ!? そっちこそ、時間をかけすぎじゃないか!?」
シロ達と違い、こちらは言い争いをしていた。
こちらは主に横島が原因だ。まあ、男同士で和気あいあいとするなど彼の趣味ではないのだ。
その様子を見て、シロ達はニヤリと笑う。
確かに、一対一では負けた。だが、戦いはそれが全てではない。
「光陰殿、いくでござるよ!」
「おうよ!」
今度は二人同時に仕掛ける。
二対二のタッグマッチだ。
まずシロ達は悠人に攻撃を仕掛けた。それは息のあった連携で、悠人はたちまち追い詰められる。横島は慌てて悠人を助けに向うが、シロ達は悠人を無視して横島に襲い掛かった。
「のわああああ!」
シロ達は絶妙なコンビネーションで横島を襲う。
上空に逃れる隙すらない。必死に避けるも二人の刃が体を擦り始める。
「横島!? この……オーラフォトンビーム!!」
悠人が慌てて横島を援護しようと魔法を放つが、それはあっさりと避けられて、横島の足元に直撃した。
「このアホ!! 俺に当たりそうになってどうする!?」
「すまん!」
「連携はてんで駄目でござるな」
「ふっ、俺とシロちゃんの愛の連携が凄すぎるのさ!」
「いや、愛とか無いでござるから」
シロと光陰の漫才に、横島達は苦い顔となった。
タッグマッチは分が悪すぎる。どうやらシロ達は集団戦に長けているらしい。
「チャンスでござる! いまこそ先生得意の必殺技を見せる時!!」
「いくぞ、悠人!」
シロ達の神剣反応が爆発的に高まる。
特大の攻撃が来ると思った横島達は必死に守りを固めた。
そして、
「「ゴキブリの如く逃げる~~!!」」
なんとも情けない声が響く。
あっという間に遠く離れ、豆粒のように小さくなった二人が、笑いながら手を振っていた。
後ろからスピリット達の反応がやってくる。あと少しで全員でタコ殴りにできる所だったのだ。
「後一歩だったのに、やられたな」
悠人が言って、横島は苦い顔になる。テストで百点が九十八点になったような感覚だ。
いち早くやってきたヘリオンが、腰を下ろした横島を心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫ですか、ヨコシマ様!!」
「……ヘリオンとだったら上手く言ったかもな~」
「へ? それは一体……は!? まさかいつの間にかフラグが立っていたりとか!?
『俺のパートナーヘリオンしかいないよ』なんちゃってなんちゃって! きゃ~どうしましょうーー!!」
顔を真っ赤にして妄想世界に飛び立つヘリオンを、横島は過去の自分を見るような優しい顔で眺める。
その間に、悠人は他のスピリット達を纏め上げていた。
「ユート、無事か」
「ああ。大丈夫だ。もう追いつけないだろうけど、追撃するぞ」
そうして全員での最後の追撃が始まる。
追いつけはしないが、これが決め手になると隊長達は知っていた。
その頃、シロと光陰は撤退の時間は十分に作り出したと、ほっと胸をなでおろしていた。
「とにかく、どうにかなったでござる」
「ああ。後はランサに防御施設でも作って防衛すればまだ何とかなるな」
酷い被害をこうむったが、最悪は免れたとシロ達は安堵する。だが、それは僅かな間だけだった。
スピリットを伴ったマロリガンの兵士が正面から走ってくる。
その顔からは血の気が引いていた。
「何があったでござる」
「それが、ラキオスの兵士達がランサで反乱を……驚いた司令官どのが、スピリットの武装解除させてしまって……」
人間が戦うことはない世界だ。
ランサに駐留していたラキオス兵士の武装解除などもさせることはない。
人間による反乱など、そもそもありえないという前提が成り立つ異常な世界。
レスティーナはタブーを犯すことを決めたのだった。
「……つまり」
「ランサは奪い返されました。詰めていた兵士もスピリットも全て投降しました」
シロは気が遠くなるのを感じが、頭を振って必死に気を保つ。
「拙者らでランサを再度奪い返せば!」
「シロちゃん。それは無理だ。制圧してる最中に、後ろから来てる悠人達にやられちまう」
光陰が冷静に言って、シロはがっくりとうな垂れる。
こうなったら砂漠を渡って本国へ引き返すしかない。物資もないので、これも地獄の行軍になるだろう。
あまりの事態に、二人は変な笑いが浮き出てきた。
「こ~いんどの~拙者泣いてもいいでござるかー」
「よ~し、俺の胸を貸してやろう~」
「わ~乳毛が生えてるでござる。抜いちゃえ~ふんでござる!」
「いでえ!!」
光陰の乳毛が金色のマナに変わっていく。
「それー『銀狼』、ご飯でござるよー」
『これほど食べたくないマナがあるとは驚きだ』
現実逃避が終わって、二人は顔を見合わせる。
「まったく、厳しい展開だな」
「まずい戦でござった」
マロリガンがこうむった被害の大きさに、光陰とシロはこの先の苦難を思って空を仰ぎ見るしかなかった。
今回の攻防戦で、マロリガンは全軍の7割以上の大損害を出して後退する事となる。
対してラキオスはまったくの無傷で、さらに大量のスピリットと人間の捕虜を獲得。しかも人間の部隊が都市を奪い返すと言う前代未聞の大金星に、ラキオスは人間とスピリット対しての議論を活発させる事になる。
マロリガンは士気が最低にまで低下し、さらにまとも戦えるのは少数の精鋭部隊のみという、敗北の一歩手前まで追い詰められることになった。
マロリガンの説明や描写必須と思われる部分を最低限書き出しました。面白くは無いけど、書かなきゃいけないのが辛いところ。
シロ関連は、まともに書くと数話にはなるので、かなり略しました。今更、デオドガンの歴史背景を説明するとか誰も求めてないでしょうし。
聖ヨト語博士の方は、聖ヨト語に関しては間違いあってもお目こぼしください。
助詞が怪しく、人種や立場で同じ意味の言葉でもガラリと変わるなど難易度が高く、私にはこれが限界。
マロリガンとの戦いをオリジナル展開にした結果、実はこれでマロリガン戦は8割がた終わりです。原作での持久戦もマナ障壁の無力化も三都市解放戦もなし。だって、敵がもう殆どいないので。