そこは闇色の世界だった。
上下も無く、地面も無い。ただひたすら闇だけが広がっている。
闇しかない世界に幼女と一本の日本刀が浮いていた。
「それでは、『天秤』報告をお願いしますわ」
白の法衣を着た幼女は幼くも威厳がある声で言った。
日本刀は、『天秤』は幼女に平伏したように「ははっ」と返答する。
『今のところ私の無意識レベルの暗示もあり、誘導通りに動いています………しかし………』
「しかし、なんですか?」
『あの者は我々となにかが違います。対極に位置する……とでも言えばよいのでしょうか。本当に我等の元へ来るのでしょうか? 確実にいかせたいのなら私が……』
そこから先の言葉は続けないが、何が言いたいかは幼女には分かった。
彼は褒めてもらいたいのだ。子供が親に認められたいと、活躍の場を求めている。
これもまた予定通りだと、幼女はうっすらと笑う。
「『天秤』あなたの言うとおり彼と私達は対極の存在かもしれません。彼が"白"だとしたら我々は"黒"でしょうね。ですが……だからこそ塗りつぶしやすい。それに、彼は本質的に正しい。だからこそ、神剣との親和性は高いのです」
その言葉に『天秤』は納得できない表情……もっとも剣なのだから、表情というよりも納得できない空気をだす。
『天秤』の不満は感情は幼女にも伝わってきた。幼女は小さく笑う。
「あなたは彼という存在の天秤を、私たちのほうに傾けてくれればいいのです。そして、彼をあの時のように泣き叫ばせてください」
そう言いながら幼女はうっとりした表情を浮かべ体をくねらせる。頬はうっすらと赤く染まっていた。
『御意』
永遠の煩悩者
第四話 赤と金に染まりて
第二詰め所の居間で、一人の男性と数人の女性が日本語ではない言葉で喋りあっていた。
「ラスト、イス、フラカナ、フラウファ、ヤァ~、アブ~、ヤシマヌ、ソゥ~、ヨコシマ」
大きな胸の女性、ハリオンが横島に聖ヨト語という、この世界の共通言葉を喋る。
その言葉を聞き、横島は頭を抱え考え込んでいた。
(う~ん、まずこの世界の言葉は日本語の文法とは正反対なんだよな。最後から考えていくと、ヨコシマは俺の名前。ソゥ~というのは"様"。ヤシマヌは"女性"。アブ~は"複数形"を意味してたよな。ヤァ~は助詞で、"~が"。フラウファは"とても"。フラカナは"好き"だったけ?イスは、"~です"。ラストは"疑問形"だからそれっぽく訳すと………)
(ヨコシマ様は女性たちが大好きですか?………こんな感じか。だったら俺がハリオンに返す言葉は……)
「イス、フラカナ、フラウファ、ヤァ~、ルルー、セィン~、クトラ、ラ~、ハァガ」(俺は年上のお姉ちゃんが大好きです)
その言葉を聞いて、ハリオンはニコニコと笑った。
これ以後、横島の言葉は基本的に聖ヨト語で喋っていることになります。
「ぎこちないですけど~会話ぐらいなら問題なさそうですね~。一週間でこんなに覚えるなんてすごいですぅ~」
そう言っていつものようにニコニコ笑うハリオン。
筋がいい生徒に勉強を教えることが楽しいようだ。
「まあーちょっとズルしたんで………文法もそれほど難しくなかったし」
横島は文珠の力を借りたといっても一週間で聖ヨト語をマスターした。聖ヨト語は単語さえ解れば、発音や文法は難しくなく、会話には特に苦労はしない。もっとも、その単語を理解するのが一番難しいのだがその辺は文珠によって乗り越えていた。
「何かご褒美を~あげなくちゃいけませんね~」
ハリオンはその豊満な胸を動かしながら考え込む。
横島の目の前でそんな行動をとったらどうなるのか考えるまでもない。
「それじゃーそのナイスボディーで!!」
ぴょ~んとハリオンの胸に飛び掛る横島だが、手が届く寸前で熱き拳が横島を打ち抜く。
「なにをやっているんですかヨコシマ様!………も、申し訳ありません!後でお詫びを………」
ヒミカがセクハラを働こうとした横島に鉄拳制裁を与え、慌てて謝り始める。
彼女は近ごろ突っ込み属性に目覚めつつあるのだが、突っ込み対象が自分の隊長である為、規律や階級を重んずるヒミカの精神状態は悪化の一途をたどっていた。
「ヨコシマ様! お勉強が終わったんなら遊びに行こー!」
「行こ~」
現在、第二詰め所内で好感度ナンバーワンのネリーと、それに引きずられるようにして妹のシアーが横島を遊びに誘う。遊び盛りの彼女達は横島に遊びを教えられるのをとても楽しみにしていた。
「二人とも! いくら規定のトレーニングを終えたからって気を抜きすぎよ! ヘリオンは進んで自主トレーニングしているっていうのに」
セリアが戦術書から目を離し二人を注意する。彼女は人間を信頼できないと言い、横島に監視の目を光らせている。また、横島のセクハラを抑える絶対零度オーラによって彼女は一度もセクハラを受けていない。
ちなみに、自主トレーニングをしているというヘリオンは、
「この技がうまくできるようになったら、ヨコシマ様褒めてくれるかな。えへへへ~~~」
色々な想像をしながら、にやにやしつつ刀を振るっていた。それは恋する乙女の姿である。
正確に言えば横島に恋をしているというよりは、恋に恋しているような状況だ。
彼女の想像力は妄想力といえるぐらいパワーアップしてきている。
「ああ~そうでした。ヨコシマ様~昨日ユート様が任務を終えて帰ってきたんですよ~」
漫才のようなやりとりを笑いながら見ていたハリオンが、思い出したような声を上げた。
「ユート……確か俺と同じ世界からきた人間だったっけ?」
「はい~今は第一詰め所の隊長さんをやってます~。ヨコシマ様の上司にもなるので~一度くらい挨拶に行ったほうがいいと思いますよ~」
その言葉を聞き、どうしたものかと考え始める横島。
(たしか妹を人質にされて戦わせられているって聞いたけど。しかし男に会いに行くってのが……でもスピリットについてどう考えているか知りたいしな~)
「第一詰め所には~美人のメイドさんがいますよ~」
横島が何を悩んでいるのかを察したのだろう。
ハリオンは横島の扱いをマスターしつつあった。
「ではスピリット隊の副隊長として、ユート隊長に挨拶してきます!」
うきうきという擬音が似合いそうな様子で部屋から出て行く横島に、セリアとヒミカはため息をつく。
スピリット年長組からの信頼度はまだあまり高くはないようである。
第一詰め所までの道はまるで獣道のようだった。
スピリットの詰め所は城塞都市であるラキオスの外れにあり、人と触れ合わないようにされているらしい。貧民と富豪の住み分けのようなものだろう。
「なあ『天秤』レスティーナ王女って知っているか?」
横島は話題があれば『天秤』に話しかけるようにしていた。別に『天秤』が気に入ったというわけではなく、何か妙な違和感を感じるからだ。それが何なのかを確かめるためにも『天秤』とのコミュニケーションは欠かさない。
『ああ、現在ラキオス王の代わりに国政をしているものだろう』
ラキオス王はあの文珠を使われた後、自分の自室から出てこなくなっていた。側近がなにを聞いても語らず、時おり「神は死んだ!!」と叫び皆を不安にさせているという。ただ、レスティーナ王女に大まかな指示だけは出しているようだ。
「王宮に行ったときに少しだけ見たんだけど、かなり美人だったし、頭も良いらしい。しかも国民からの人気も高いって話だ」
『………なにが言いたい?』
「あのくそ王を退位させて、レスティーナ王女に即位してもらうってのはどうだ。さすがにいきなりスピリットの解放とは言わんけど、ちょっとはスピリットの環境が良くなりそうな気がするんだけど」
『王がさしたる理由もなく退位すれば国が乱れる原因になりかねんぞ。それに人のうわさなど当てにするものではない。彼女がどういう人物なのか知らんのだろう?』
「そりゃーどういった人なのかは知らんし、話をさせてくれって言っても無理があるだろうけど………夜に王宮に忍び込んで話し合いに行くってのはどうだ?」
横島の言葉に『天秤』は馬鹿らしいとでも言いたげな声をだす。
「主よ、もう少し考えて喋ったらどうだ。スピリット隊の副隊長程度の身分のものが夜中に王宮へ忍び込んで、王女の元にいったらどうなるか。おそらく大声を上げられ兵士がやってきて取り押さえ………られる前に主なら逃げられるだろうが、主の部下のスピリットたちはいったいどうなるかな?」
『天秤』の言葉に横島は沈黙した。もっとも横島自身もこんな計画がうまくいくとは思っていたわけではない。
横島は『天秤』がいったいどう答えてくるのか聞きたかっただけなのだ。何故そのようなことをする必要があるのか。理由はいたって簡単で『天秤』のことが信用できないからだ。『天秤』は今まで間違ったことは言ってはいない。それは横島も分かっているが、どうしても妙な違和感というか疑問があった。自分が当たり前のように『天秤』に聞かなければいけないこと、疑問に思わなくちゃいけないことがあるはずなのにそれが何なのか分からない。
何か忘れているような気がしているのだ。
それも、とんでもなく当たり前で、大事な事を。
そんな事を考えている間に、第一詰所に着いてしまった。
ここで考え込んでいても仕方ないと判断した横島は、さっそくメイドさんとユート隊長に挨拶するべく第一詰め所の玄関を開ける。
「おじゃましまーす」
ノックもせずに第一詰め所に入り込んだ横島は、さっそくメイドさんを探そうと辺りを見回す。
すると少女がじーっとこちらを見ていた。ロングヘアーの紫に近い髪と瞳にブルースピリットだろうと判断できる。幼い雰囲気で横島のストライクゾーンよりやや低めに見える。
そして当然のように美少女だ。あれから少し知ったのだが、スピリットは全て女性で、例外なく美人らしい。
横島としては嬉しい限りだ。
「あ~俺はスピリット隊の副隊長の横島忠夫っていうんだ。よろしくな」
無難な挨拶をするが、少女は相変わらずぼーっと横島を見ていた。
まさか心を神剣に奪われたスピリットかと思ったが、その瞳には何らかの意思がある。
なんの反応もしてくれない少女にどうしたら良いのか途方にくれていると少女がようやく反応してくれた。
「ん……私は……アセリア・ブルースピリット」
少女――アセリアはそれだけ言うとすたすたと階段を上って行った。
見知らぬ男が勝手に家に入っているのにまったく気にした素振りを見せないアセリアだが、横島はまあそういうやつなんだろうと勝手に納得する。変わり者なんて元の世界では見慣れたもの……というよりも変わり者しかいなかったので、いまさら気にすることではない。彼の今の目的はメイドさんだ。
横島は一度外に出て、庭のほうに回りこむ。
そこには洗濯物を干すメイドさんがそこにいた。
綺麗なブラウン色の髪に優しそうな少しタレ気味の目。年は二十歳ぐらいだろうか。そしてハリオンには劣るが、それでもスタイルは抜群。そして漢の夢であるメイド服。
穏やかな笑みを浮かべながら洗濯物を干す美人のメイドさんという、漢の理想郷がそこにあった。
ならば、漢としてやるべきことは一つ、理想郷を目指すのみ!!
(距離は約三十メートル、少し距離はあるけど煩悩が上がってる今の俺なら!)
そして、横島は跳んだ。漢の夢に向かって。初対面の女性にダイブするという、もはや変態というよりも犯罪者だ。
綺麗な放物線を描いて横島が宙に舞う。だが、今回の世界意思の働きは想像以上に早かった。
『主よ! 回避しろ!!』
珍しくせっぱ詰まった『天秤』の声が脳内に響く。
次の瞬間、すさまじい熱量のファイヤーボールが横島にぶち当たった。
「のわーー!!」
メイドさんにはまったく手が届かず、横島は炎に燃やされる。
そんな横島に当然気がつき、メイドさんが走りよってきた。
「だ、大丈夫ですか!? 新しく現れたエトランジェ様ですよね!? 今すぐ治療しますから!」
いったい何故燃えているのか分からないが、このままでは死んでしまう。神剣を構え、魔法の詠唱を始めようとするメイドさん。だが横島はそれを望まなかった。
「だめだ………俺は…ここまでみたいだ……」
「大丈夫です! きっと助かります!!」
「できれば……最後に……」
「最後になんて言っちゃダメです!」
「その胸の中でーー!!!!」
つい先ほどまで虫の息だったはずなのに、いきなり元気になり迫ってくる男にメイドさんは驚き、身動きできなくなる。その柔らかそうな胸に横島の魔の手が迫り、
「エスペリアになにをしている!!」
あと一歩のところで、いきなり現れた男が横からえぐりこむようなパンチを横島に放つ。かなりの力が込められていたようで、横島は十メートルほどぶっ飛んだ。
「エスペリア! 大丈夫だったか? あの男になにかされなかったか?」
「あ、ユート様……私は大丈夫ですが………」
そういってメイドさん―――エスペリアは横島のほうに目を向ける。炎に焼かれ、エトランジェの一撃を受けたらさすがに無事で済むとは思えない。だが、横島は不気味に笑っていた。
「なるほど、俺とメイドさんとの仲を妨害するつもりか……おもしろい。俺とメイドさんのどきどきの新婚生活を邪魔するものには容赦せんぞ!」
いきなり口調が変わり、どこから突っ込めば分からない台詞を言う。殴られて頭のねじが一本取れたのかもしれない。いや、割といつも通りかもしれないが。
ちなみにメイドさんの部分だけは日本語で喋った。その言葉にエトランジェ―――高嶺悠人は驚く。
「『メイドさん』って日本語か! ひょっとしたらお前は俺と同じ……」
悠人が驚いている間に、横島が悠人に飛び掛る。
「俺とメイドさんのムフフな初夜のために滅びるがいい!」
「おい! ちょっと落ち着け!」
二人の男の追いかけっこが始まる。その様子にエスペリアは、
「えっと……私の為に争わないで?」
と妙なことを口走る。どうやらかなり混乱しているらしい。
この騒ぎを収拾するのに結局一時間を要するのであった。
―第一詰め所 居間―
「では貴方が新しく現れたエトランジェ様なのですね」
エスペリアの声には疲れが混ざっていた。まあ無理もないことだろう。
焦げた男がいきなり降って来て、いきなり迫られて、謎の追いかけっこが始まれば気疲れを起こすのは当然だ。
「では自己紹介します。私の名前はエスペリア・グリーンスピリットと言います。以後よろしくお願いします」
「ぼく横島! 現在彼女募集ぢゅうっっ!!」
またもや暴走を始めようとする横島の首根っこを悠人が掴んで、エスペリアから引き離す。その顔には怒りというよりも呆れと、どこか懐かしさが入り混じった表情をしていた。
本当なら恩人であるエスペリアにスケベなことをしようと飛びつく男などぶちのめしてやる、ぐらいに思うはずなのだが、横島の持つ空気がお馬鹿な陽気を放っていて、それが旧友と少し重なるのである。
(きっとロリ坊主にお仕置きする暴力女の気分だな)
ひょっとしたらもう会うことがないだろう旧友たちに思いをはせる。
横島はナンパを邪魔されて機嫌が悪くなるが、すぐに気持ちを切り替えた。
「じゃあ次は俺だな。俺の名は高嶺悠人だ。ハイペリア……いや、日本から来た高校生で今は……スピリット隊の隊長をやってるよ」
針金のような髪の毛にそれなりに整った顔立ち。体格もよく、横島よりも一回りは大きい。年齢は横島と同じだろう。
彼の口調には怒りと悔しさがにじみ出ていた。
仕方ないことだろう。彼はいきなりこの世界に飛ばされて、妹を人質にされて戦わせられているのだから。
「そんじゃ俺も自己紹介せんとな。俺はスピリット隊の副隊長になった横島忠夫。日本でGS(ゴーストスイーパー)見習いとして働いていたんだ。これでもGS業界で注目されている期待の新人なんだぜ」
横島は自分は「すごいんだぜ」とアピールする。GSになれるのは極一部のみなのだ。
きっと悠人が驚き、エスペリアに好印象な事を色々と言ってくれるに違いないと打算が働くが、ここで横島の想定の範囲外が起こってしまう。
「ゴーストスイーパー? 何だよそれ」
「えっ!?」
それから横島は悠人に色々と聞いてまわった。
霊力、神魔、美神令子、核ジャック事件など一般人でも知っているはずの単語すらも悠人は知らないと言った。しかも彼がやってきた年は二〇〇八年という横島よりも十年近く先の時代からやってきたのだという。このことから推測されることは。
「平行世界……ってやつなのかな」
どことなくがっかりしたような声で横島が喋る。
別に同郷の男に興味なんて無かったが、それでも自分の世界との繋がりが少し減ったような気がしたのだ。
「平行世界なんてものがあるとは思えないが……」
「アホか。今、俺たちはどこに来ていると思っているんだよ」
「それもそうだな」
異世界があるのなら平行世界があってもなんら不思議ではない。同じ日本という国でも霊力や神といった存在がある世界やない世界があるのだろう。
だが、それにしてもと横島は思う。
異世界は異世界でも、この世界と元の世界は違いすぎるのではないかと。なにせ霊力が無いのだ。世界の仕組みそのものが違う気すらしてきていた。
「ヨコシマ様、その、できれば霊力というものを見せてほしいのですが」
知的好奇心が旺盛なエスペリアが霊力に興味を示す。
「別にいいっすよ」
右腕に霊力を集中させる。光が集まり、まばゆい輝きを放つと横島の右手に手甲と剣が一体化したハンズオブグローリーが出現する。
「おお!」
「綺麗ですね」
「かっこいーー!」
三人の驚きの声が響いた。
「えへへ、こんにちは! オルファリル・レッドスピリットだよ! エトランジェ様! これなあに?」
気がつくと横島たちのそばに小さな少女がいた。赤い髪に赤い目とレッドスピリットの特徴が現れている。ネリーやシアーよりも幼く見え、つり目で勝気そうな女の子だ。
「オルファ、どこにいっていたんですか」
エスペリアがお姉ちゃんっぽく質問する。
「パパのために魔法の練習してたんだよ。たくさん火の玉飛ばしたんだから」
そういって悠人に近づいていくオルファという少女。横島に当たった先ほどの炎は、この少女が放ちそれが偶然にも当たったのだろう。エスペリアの表情がさっと青くなった。
「ヨ、ヨコシマ様。先ほどの火球がオルファのものでしょうが、どうかお慈悲をください。決して、わざとではないのです」
「いや、燃やされただけだから別にいいけど」
あっさりと横島は言った。
軽い横島の様子に、エスペリアもその程度なら怒らないかと思いかけ、いやいやちょっと待てと首を横に振る。
「燃やされただけって……燃やされたんですよ!」
「ああ、そうだけど」
平然と横島が言って、悠人もエスペリアも何が何だか判らないようで困惑する。
「別にいきなり深海にダイブさせられたり、盾にされて豚になったり、無断でヒットマンにされたり、時給二五五円だったりしたわけじゃないしな』
ギャグ畑の人間にとって、炎で消し炭になるなど珍しい事ではないのだ。
だが、エログロダークファンタジーな世界観からすると、それは洒落になっていなかった。
一体どういう人生を送ってきたのだと、悠人もエスペリアも痛ましげに横島を見る。
そんな視線など分かりもせず、横島はオルファに声をかけた。
「えーと、オルファちゃん。俺はスピリット隊の副隊長になった横島忠夫っていうんだけど……」
「うん! さっきネリーから聞いたよ。とぉっても面白くて強いんだって。あとオルファのことはオルファでいいよ!」
元気はつらつという表現がぴったりな少女だ。
「さっき、悠人のことをパパとか呼んでたけど、あいつとどういう関係なんだ?」
その言葉に悠人の顔が穏やかになる。オルファは悠人が妹と引き離され、さびしがっているのではないかと高嶺佳織(悠人の妹)から聞かされ、さびしくないように家族になるといってくれたのだ。だがここで悠人の悲劇が始まる。
「え~とね、パパとの関係は……裸と裸のお付き合いってやつだよね」
満面の笑みでオルファが言って、横島は血相を変えた。
「なんだとーー!! どことなくロリコンの顔をしていると思ったが、そこまで堕ちているとは思わなかったぞ!」
「人聞きの悪いことを言うな! 風呂を一緒に入っただけだ。エスペリアもなにかいってくれ」
横島の様子に驚いた悠人がエスペリアに助けを求める。しかし……
「ユート様……なさりたい時は私でと言ったのに……」
悲しげな声をだすエスペリア。その声を聞き横島が切れた。
「メイドさんにまで手を出すとは……この女の敵がーーー!!!」
「い、いやちょっと待て! エスペリアはそのなんというか!?」
「オルファも遊ぶー!」
またもや追いかけっこが始まり居間が破壊される。
今度の騒ぎの収拾にも一時間を必要とするのだった。
「居間が壊れちゃいましたね……ああ、愛用のカップも割れてる」
とても疲れた様子のエスペリアの声が居間に響き渡る。
何故このようなことになってしまったのか考えているようだ。
「ヨコシマ様は我々に自己紹介しようとこちらにいらっしゃったんですよね?」
「そのつもりだったんですけど……」
自信なさげに横島が答える。
どこの世界に二時間もの時間を必要とし、部屋を破壊する自己紹介があるのだろう。
「あともう一人紹介しなければいけないスピリットがいるのですが」
「アセリアって子には会ったんだけど……」
その言葉に悠人とエスペリアが驚く。
「アセリアが自己紹介したのですか?」
「なかなか話しかけてくれなくて困ったけど」
アセリアは必要なこと以外は話すことがなく、コミュニケーションをとるのは一苦労なのだ。
「そうですか………ならば第一詰め所のスピリットとは面通しが済んだわけですね。……実は私はヨコシマ様に言わなければならないことがあるのです」
もしや愛の告白か。
その言葉に横島は一瞬喜ぶがすぐに顔を引き締める。エスペリアの表情が悲しみに満ちていたからだ。
「ヨコシマ様が王と謁見したときにスピリットの解放をお望みになったと聞きました」
「ああ、たしかに言ったけど………」
「スピリットは解放など望んでいません。スピリットは人と神剣のために戦い、そして死ぬことが定めであり、人に使役されるのはスピリットにとって喜びなのです」
エスペリアの声には運命とあきらめたからこそだせる優しい響きがある。
その言葉に横島は絶句した。すぐに反論をしようとするが。
「それはち「それはちがう! エスペリア!!」
悠人の声が横島の言おうとした言葉をかき消す。
「俺は知っているぞ。スピリットは優しくて純粋で人よりも人らしい。エスペリアは俺に言葉を教えてくれたり、おいしい料理を作ってくれたりしたじゃないか。スピリットは、エスペリアは、絶対に人形でも奴隷でもないんだ。だからそんな悲しいことをいわないでくれよ」
「ユート様………ありがとうございます。ですがユート様にはスピリットの気持ちは分かりません。スピリットの幸せは人の道具として使われることなんです」
「そんなこと納得できるか!!」
悠人とエスペリアの口論が続いているが、会話に入れなかった横島は悲しさと嬉しさが半々だった。
悲しさに関しては、会話の入れなかったのとスピリット自身が解放に関して望んでいないということ。解放に関してスピリット自身が望まないのであれば、いくら横島ががんばったところで独りよがりなのもいいところだ。
嬉しさは悠人が自分と同じ考えだったことだ。二人で協力すればスピリットの現状を良くできるかもしれないし、スピリット自身を変化させることもできるかもしれない。
横島が珍しく真面目なことを考えていると、オルファが近づいてきてじっと見つめてくる。
「ん…どうした?」
「えへへへ、ネリーが言ってたとおり、ヨコシマ様がとても優しそうで嬉しいんだよ」
ストライクゾーンに入っていないとはいえ、可愛い女の子に笑顔を向けられて横島もまんざらではなさそうだ。
「ヨコシマ様のためにも敵さんいっーーぱい殺してあげるからね」
ただひたすら楽しそうに、オルファは殺人を横島に捧げると宣言する。
「ちょっとオルファ、いまなんて……」
言ったと続けようとしたが、当然乱暴に扉が開けられ兵士達が入ってきた。
この世界の兵士はノックをする事を知らないのかと、横島は自分を棚に上げて思った。
「伝令だ! 第一詰め所のエトランジェとスピリットは至急王宮に向かえ! 第二詰め所のエトランジェもいるのならちょうどいい。貴様は第二詰め所のスピリットを連れてラキオス領であるエルスサーオに向かえ。以上だ!」
やはり唐突に現れた兵士は、言うことは言ったと帰ろうとするがエスペリアがもう少し詳しく事情を聞こうとする。兵士はめんどくさそうにしたが話すようだ。
「第一詰め所のスピリットの召集理由は不明だ。第二詰め所のスピリットは隣国のバーンライトのスピリットがエルスサーオに向かっているから防衛しろとのことだ」
それだけ言うとさっさと戻っていく兵士達。
本当に人間はスピリットを嫌いぬいているのだろう。
スピリットと同じ空間に居ることすら険悪しているように見える。
「まさかもう攻めてくるなんて………」
うつむいて唇を噛むエスペリアだったが、すぐに頭を働かせ行動を始める。
「ユート様、急いで王宮に向かいましょう。ヨコシマ様は第二詰め所に戻り行軍の用意をしてください。ヒミカやセリアに任せれば大丈夫ですから。」
エスペリアの指示に全員が動き始める。
横島もここにいては邪魔になるだけなので、すぐに第二詰め所に戻ることにする。
「おい横島! 気をつけろよ!」
悠人の励ましに手を上げて応える横島。月並みの励ましだが横島にとっては嬉しいものだった。だが彼の心の中は一つの疑問が渦巻いていた。
本当に、スピリットを殺すことになるのか?
本当に、被害者である可愛い女の子を殺してしまうのか?
暗鬱たる気持ちで、横島は歩き始めた。