永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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異伝 覇王の極楽体験記

 その世界には霊と呼ばれるものが存在していた。

 死という絶対の終わりが、終わりではない世界。

 

 死んでも生きられます。

 どこぞの巫女幽霊が言ったように、生きの良い霊が歌を歌い、相撲を取り、銀行強盗をしたりと、死を謳歌することも出来る極楽世界。

 死を謳歌されては堪ったものではない生者達は、GS(ゴーストスイーパー)を雇って日々の生活を守っていた。GSの方が、よほど阿漕だったりもしたが、それはそれだ。

 これは、そんな極楽な世界に降り立った覇王の愛と涙の物語である。

 

 

 その1。

 

 覇王、目覚める。

 

 

 体が重い。重すぎる! これは何事だ。

 ふと目覚めて体を起こそうとした所、俺の鍛えに鍛え上げた筋肉の一筋一筋が、まるでお相撲さんになったかのように重い。

 必死に体を起こすと、そこはビルが立ち並んだ人気の無い裏路地だ。ここは一体何処だろうか。

 くっ、それにしても体に力が入らん。一体何故……そうか。ここは神剣宇宙外の世界か。

 移動の原因は、膨大な力と文珠の霊力が原因といった所だろうな。あの咄嗟では『天秤』も能力を発揮できなかったのだろう。

 やはりこの世界にはマナが一切存在してないか。神剣で生まれた世界では無いから当然だが。体を構成しているマナは、およそ葉っぱ一枚分と言った所か。

 

 この世界に飛ばされる寸前、体に一枚の葉が張り付いていた。

 そこに含まれていたマナによって俺の体は構成されたのだろう。永遠者は、その世界のマナ量によって力が制限される。

 つまり、俺の力は羽虫以下という事だ。

 

「ふん、面白い」

 

 今の俺は弱者だ。それが実に面白い。

 遠い過去を思い出す。

 胸躍る戦いを求め、ありとあらゆる者に挑みかかったものだ。

 俺より強い奴を殺しに行く。当時の俺は血と戦いに飢えた求道者でしかなかった。

 気づけば覇王などと呼ばれていたな。その辺の棒を振り回しで国家を崩壊させながら旅をすれば、是非も無いが。

 

 それから光臨されたテムオリン様に軽く潰されて、その強さにほれ込み、『無我』と契約して俺は永遠者となった。

 世界の寿命を齢の基準にするような時の流れに生きて来て、弱いという体験は初めてだ。

 いずれテムオリン様が迎えに来るだろうから、それまでこの世界を体験させてもらおう。

 

 俺より強い奴に会いに行くとするか!

 

 巨大な神剣である『無我』を出現させて振り回す。

 如何に俺が弱者になろうとも、この『無我』があれば臆することなど――――

 

 パリン!

 

「ほあ?」

 

 ガラスが割れたかのような軽快な音が響いて、黒の破片が飛び散る。

 『無我』は近くにあった電信柱にぶつかり、その強度に破れ砕け散った。

 

「お、俺の『無我』がぁー!?」

 

 な、何たることだ。

 まさかこんな所に電信柱があるとは!

 おのれ、許さんぞ電信柱め! 俺のせいでは無いぞ『無我』よ!!

 うおおお、風に吹かれて破片が飛び散っていく。いくな、帰って来い!

 

「ママ―、あの筋肉おじちゃん泣いてるよ~」

 

「しぃちゃん。ああいうのを見せ筋っていうの。しぃちゃんはああなっちゃだめよ」

 

 …………なんたる屈辱か。

 

 

 その2

 

 覇王、願う。

 

 

 さて、どうしたものか。

 あれから何とか『無我』を繋ぎ合わせたものの、『無我』は怖がって表に出てこなくなってしまった。

 『電信柱怖い、電信柱やだ』と、うわ言のように言っている。このような『無我』は初めてだ。軽くぶつけて壊れるようでは仕方ないだろうが。一部は欠けたままだしな。

 

 どうやら想像以上に俺は弱っているようだ。

 まさか、この俺の筋肉が見せ筋呼ばわりされるとはな。

 見よ、我がボディ! 力を入れれば山のように隆起する筋肉を……あ、つりそう。

 と、とにかく、覇王として戦いを求めて動かねばな。

 下手に体をぶつけたり、段差に躓かない様に気をつけながら歩き始める。最悪、落ちてきた鳥の糞にぶつかっただけで死にかねない。

 

「出せー出さんか~!」

 

 裏路地を少し歩いていると、どこからともなく声が聞こえてくる。

 どうやらゴミの中にある奇妙なツボから聞こえてくるようだった。

 興味を引かれてツボにしてある紙の栓を引き抜いて見ると、モクモクと煙が立ち上り、それが人の形を作り上げていく。

 

「ボハハハハハーー!! ボハ、ボハゴホ! ゲホゲホ!! カーッぺ!」

 よくぞ我を呼び出した。我は精霊イフリート! 全知全能の精霊なり。さあ三つの願いを言うがよい。どんな願いでも叶えてやるぞ!!」

 

 ふむ、これはこの世界の神と呼ばれる類だろうか。

 ちょんまげ以外は丸刈り。全裸に胸毛ボーボーで下半身は光ってて見えないという、変質者そのものに見えるが、そこ以外はどこにでもいそうな中年だ。大した力を持っているとはとても思えない。

 だが、俺には霊力の有無が分からん。封じられていたようだし、何かとんでもない力をもっているやもしれん。

 

「ならば俺に、この世界の者と対等に戦えるだけの力をくれ」

 

「うむ、いいだろう。シャカシャカヘイ! ……これでよし」

 

 何も変わったような気がしないのだが。

 

「何を言う! さあ、目の前を見てみろ。ワシが見たところ、目の前に居るアシナガアリとお前の強さはどっこいだぞ」

 

 ふん、随分と甘く見られたものだ。

 確かに蟻は強い。自身の体重の何倍もの重さを運べるほどの強靭さが蟻にはある。

 だが、所詮は蟻は蟻。この覇王の敵ではない!!

 

 全力でジャンプして、地面から数センチ高く舞い上がる。

 そして空中から蟻に向かって膝を叩け付ける。ジャンピングニードロップだ。

 如何に蟻とて、この一撃の前にはひとたまりもあるまい――――むう!

 

 止められただと! それも手(足)一本で。

 いかん、前顎での攻撃が来る。噛まれたら致命傷だ。急いで回避せねば。

 ふっ、この緊張感! 久方ぶりに血が滾ってきたぞ――――って!

 

「違う! これは違うぞ!! おい、イフリートとやら、これは話が違う」

 

「は? 何が違う。確かにワシはこの世界のものと対等な力を与えたぞ。それが昆虫であったとしてもだ!」

 

 なんという詭弁か。

 このような輩に踊らされるとは覇王の名折れだ。

 いや、まだだ! まだ終わらんぞ!!

 

「まだあと二つの願いは残っているのだろう!?」

 

「おお、残っておるぞ」

 

「ちょっと待て……よし、まずは俺の力を戻してもらおう。せめてこの世界に来る直前まででよい。そうすればこの世界の連中と熱い戦いが」

 

「あ~それは無理だぞ。何故なら、すでに願いは全て叶えたのだから」

 

「なぬ!?」

 

「まずはお前は質問に答えた。そして『ちょっと待って』やったぞ。これで三つの願いは叶えた! では、さらばだーー!!」

 

 イフリートは自分でツボを持つと、足も無いのにすたこらさっさと駆けていく。

 

「こういうアホな奴らばっかりだと楽なんじゃがな~」

 

 去り際に、そんな事を呟いたような気がしたが、あいにくと聴力まで低下しているようだから、よく聞こえなかった。うむ、聞こえなかったのだ!

 

「ふん、見事な話術だ。俺を欺くとは……き、強者には敬意を表さねばな」

 

 俺は武を身上としているが、決して知を蔑ろにしている訳ではない。

 此度の交渉は、奴が一枚上手だったという事だろう。

 べ、別に俺が白痴だったというわけではないからな!

 

「ママ―、あのおじちゃんの声がふるえてるよ~」

 

「見せ筋なのに、脳みそは筋肉で出来ているのね。しぃちゃんはキチンと勉強するのよ」

 

 

 …………屈辱だ。

 

 

 その3。

 

 覇王、食べる。

 

 

 ぐう~。

 

 むう、腹から音がするだと。これはどういう事だ。何かの病気か。

 いや、そんなはずは……何らかに寄生でもされたか。どうにも先ほどから、体に力が入らず、足元がふらつく。病気になどかかるはずはないのだが。

 これは一体……いや待て。遥か昔、同じような経験があったはずだ。これは確か……そうだ、思い出したぞ。これは空腹だ!

 

 高次情報生命体とも言える永遠者は食事を取る必要はないのだが……この世界はルールが違うのだろう。

 仕方ない。ここは食い逃げや盗みでもするしかないか。

 ふん、この俺が食事の為に下賤な事をしなければならんとは……長く生きてきて初体験だ。これはこれで良い経験になるやもな。

 

 人通りや、昆虫を避けて町を歩く。今の俺は蚊に刺されただけで死にかねないのだ。

 少し歩くと、芳しき香りが漂ってきた。大地の匂い、野菜の香りだ。

 匂いを辿って行くと、大きいが少し汚れた建物が見えてきた。匂いの元は庭からだ。どうやら家庭菜園のようだな。

 この様子なら見張りも無いだろう。よし、食わせてもらうとするか。

 赤い野菜を手にとって見る。実に上手そうだ。

 宝石のような赤く、その皮はみずみずしく生気に満ちている。さらにつぶらな目に、小さな口も愛らしい――――え?

 

『私を食べてー!』

 

 やろうとしていた事をしなさいと命令されると、途端にやる気がなくなるという覚えがあるものは多いと思う。

 だから、食べようとしていたのに、食べようとした対象から食べてと言われると食欲が失せるのも仕方が無い。

 必死に逃げようとするが、周りをナスやトウモロコシ共に囲まれる。

 こ、これが俺の最後か……あ、カボチャは美味しい。

 

「ママー! 大きいおじちゃんがお野菜たくさん食べてるよーー!」

 

「あら、偉いわねー。好き嫌いしないとあんなに大きく立派になれるのよ」

 

「うん、しぃちゃんは好き嫌いしないようにがんばるねー!」

 

 …………褒められた。

 

 

 

 その4。

 

 覇王、治療される。

 

 

 野菜に倒された俺は救急車に乗せられ、病院へと運ばれた。

 

 正直、死んだと思った。

 幼児の乗る三輪車に轢かれて即死するほどの体力しかない俺に、あれほどの力を持った野菜達が群がってきたのだ。

 本来なら死ぬはずだ。だというのに、生きている。これはどういう事か。

 

「落ち着いて聞くのだ! 君はどうやら最新病魔に侵されている!!」

 

 白髪の医者が力強く訴えてくる。

 医者としては、そう判断するしかなかったのだろう。

 採血しようと注射するだけで死に掛けたら、是非もなしか。

 

「だが安心したまえ。この白井総合病院の現代医学は最高だ。君の病魔もノックアウッ!」

 

 これは病気ではなく素なのだが。それにしてもこの医者は熱意に満ち溢れすぎてるな。

 

「君がいぶかしむのも無理は無い。かく言う私も、古い常識に邪魔をされて最新医術の導入には時間がかかったものだ。百聞は一見にしかず、これを見たまえ」

 

 言われてとある部屋に案内される。

 集中治療室か。ここで、この世界の医療技術が伺えるな。さてさて。

 

「タイガー、精神感応最大出力にして、病魔を追い出しなさい!!」

 

「ジャー!!」

 

「よし、病魔が出たぞ! 今こそ白井医術団の力を見せる時、突撃せよ!!」

 

 褐色肌の女が踊り狂い、大柄なトラ男が光を放ち、白衣を着込んだ男達が化け物にタックルを喰らわせる光景だった。

 体術とシャーマニズムを組み合わせた、まったく新しい医術である。

 ……この世界の病気は、気合が入っているのだなあ。

 

「理解できたようだね」

 

 ああ、理解できないというのは理解できたぞ。

 

「では、治療を開始する! 総合格闘……ゲフンゲフン! 医療技を受けるが良い!!」

 

 俺の病気を治そうと突撃してくる医師団。トラが光って、女は踊る。

 医療とは一体何かを考えさせる光景を目の当たりにしながら、俺は逆水平チョップをその身に受けるのであった。

 

 

 その5。

 

 覇王、飛ぶ。

 

 

 一体何なのだこの世界は!?

 歩く端からトラブルが追い降りてくるぞ。なんと治安の悪い……いや、違うか。見たところ、治安は悪くない。きちんと警察機構は働いているようだ。強盗や殺人などは起こってはいない。

 にもかかわらず、命の危機が何度と無く起こっている。

 俺が弱くなったというのは原因の一つだろうが、少しそれとは勝手が違うような。

 とにかく、こんな世界に居られるか! 俺は元の世界に帰らせてもらう!!

 人通りの無い路地に引きこもり、救助を持つ。

 

「ふえ~ん、迷子になっちゃった」

 

 そこへ、一人の女が前方からふらふらと歩いてくる。

 ふむ、大人しそうな少女……いや、見た目や雰囲気は幼いが成人のようだな。

 俺には分かる。この少女は、やばい。本気でやばい。俺の覇王センサーがビンビンだ。

 俺はより強者と戦うために永遠者となった。

 ならば俺がなすべき事は一つ。この少女に戦いを挑む!

 

 と思ったのが、ここは一つ止めておこう。

 きょ、強者には敬意を表さねばならないから、仕方ないのだ!!

 

 目を合わさないように壁に張り付いて、空気のように気配を消す。

 くそ、この二メートルを超す長身とガタイの良さが恨めしい。今の俺に必要なのは、草や空気と同化する能力だというのに!

 

 少女は壁に同化している俺に少し目を向けてきたが、特に興味を持たなかったようで、のんびりと離れていく。

 よし、これで何とかなった。そう、安心した時だった。

 

「ふぇ?」

 

 何も無い所で、少女が転ぶ。膝を僅かに擦りむいた。

 ただそれだけの事で少女の目に涙が浮かび、少女の影から異型の化生が飛び出してきた。

 嗚呼、とタキオスは嘆息する。もう、先の展開は完全に読めていた。読めても、どうしようもなかった。

 

「ふええええええええん!!」

 

 大音量の泣き声をBGMにして、荒れ狂う十二の鬼。

 この世界でも屈指の破壊力と理不尽を併せ持つ『ぷっつん』に、タキオスの巨体は風に舞う木の葉のように空へ吹っ飛ばされた。

 薄れ行く意識の片隅で、タキオスは思う。

 

 強者には敬意を――――払っていいのか?

 

 もっと早くに、その疑問を持つべきだったのだと思いながら、タキオスの意識は消失した。

 

 

 その6。

 

 覇王、癒される。

 

 

 気が付けば、使い古したせんべい布団が身を包んでいた。

 部屋は全体的に古めかしい。障子はボロボロで、ちゃぶ台も年季が入っている。

 古臭くカビが生えたような狭い部屋。そこに、制服姿のおさげ少女が教科書を読んでいた。

 

「あ、気が付きましたか」

 

 目を覚ました俺に、優しく微笑んでくれる。

 状況を考えれば、この少女に介抱されていたのだろう。

 なんとも穏やかで優しそうな女性だ。

 ――――油断するな、油断するなよ俺!

 

「何を企んでいる! 次は何をしてくるのだ!!」

 

 もはやこの世界に安住の地も、安全な人間も居ないと俺は確信していた。

 この女も何をしでかしてくるか分かったものでは無い。おさげを振り回して空を飛ぶぐらいはやってのけるやもしれん。

 

「怯えなくても大丈夫です。きっと辛い目に合われたんでしょうけど、でも太陽はいつも微笑んでくれています。たとえ、空が雲に覆われていても、太陽はそこにあるんです!」

 

 何を言ってるのか分からん。分からんが、助けて慰められているのは分かった。

 

「きっとお腹が空いてるんですね。美味しいものを食べて元気になってください」

 

 そんな事を言いながら、粗末な器を突き出される。

 白米にお茶をかけて梅干を乗せただけの、素朴なお茶漬けだった。

 ずずずと腹にかっ込むと、これが中々に美味い。食事を取るなど何周期ぶりだろう。

 

「美味しいですか……今日の私のご飯なんです。でも、気にしないでください、こまった時は助け合いですから!!」

 

 すきっ腹を抱えながらも、少女は顔を赤らめて微笑む。

 天使はここにいたのか! 

 

 そばかす、みつあみ、巨乳。

 何だか古臭い気もするが、だからこそ与えてくれる安心感は並大抵のものではない!!

 強き者が正義で、弱き者は悪。それが世界の基本原理だ。だからこそ、俺は弱者を喰らい、強者を尊敬して生きてきた。

 でも、たまには弱いのもいいよな! なぜなら俺は覇王だから!!

 

「あ、すいません。これからちょっと用事があるんです。自由にしてもらってて構いませんから」

 

 そうして少女は外に出て行った。どうやらここはアパートだったらしい。

 それにしても、まったく大した少女だ。

 見知らぬ大男を家に連れ込んで介抱した挙句、自由にしてくださいとは……天使だ。

 これは覇王として恩ぐらいは返さなくてはならないだろう。

 

 冷蔵庫を開ける。冷気で凍え死ぬかと思ったが、なんとか耐え切る。

 中身を見ると随分と質素だ。まあいい。食えるものは作れるだろう。

 まず準備と、エプロンを着ようとしたが到底サイズが合わず、服を脱いで無理やり着込む。エプロンの紐が肩に食い込んできて死に掛ける。だが、覇王としてこれぐらいは我慢だ。

 後は材料を鍋に入れて、そのまま火を入れる。すぐに出来上がるだろう。

 

 そこで、後ろから神剣の気配を感じた。

 振り返ると、そこには白い幼女の姿。

 その背後には、空間に亀裂――――テムオリン様曰く、ダストシュートが展開していた。

 ようやく来てくれたか。

 

「迎えに来ましたわ、タキオス……何をしているのですか?」

 

「はっ、世話になった娘に料理を作っています」

 

「……はあっ」

 

「どうされました。テムオリン様」

 

「腹心がブーメランパンツとエプロンだけで味噌汁を作っていれば溜息も出ますわ。どうやら、随分と影響を受けているようですわね」

 

 影響?

 何のことやら分からないが、しかし一つ訂正しておかねば。

 

「申し訳ありません。ですが、これは味噌汁ではなく水スープと呼ばれるものでして……少しいかがですか?」

 

「え、遠慮しておきますわ」

 

 にべもなく断られてしまった。

 確かに味そのものは貧相だが、これはこれでシンプルな味わいがあるのだがな。

 

「迷惑をかけ、申し訳ありません」

 

「それは気にしなくていいですわ。これを取りに、そろそろこちらに顔を出す予定でしたから」

 

 テムオリン様はそう言って懐から指輪ケースを取り出した。

 中を開けると、そこには黒く光る何かがいる。これは昆虫か?

 

「これが最後の決め手になるのですわ」

 

「はあ、その二匹がですか?」

 

 俺が言うと、テムオリン様は「二匹?」と首をかしげて手元を見た。

 そこには、小さな蛍と、もう一匹の虫がいた。

 

 黒くつぶらな瞳。

 艶々と光沢のある脂ぎった表皮。

 素早く動く細長い脚。

 ピコピコ動く触覚。

 彼奴の名はG。

 

 カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ!!

 

 手を這い回る何本もの足の感覚がテムオリン様を襲う。

 

「いやああああああ!!」

 

 テムオリン様が絶叫する。虫が苦手だったのだろうか。

 この御方にも苦手なものあるのだな。揚げれば食えそうなものだが。

 

「このおおおおおお!!」

 

 聞いたこともない大絶叫と共に、テムオリン様はワインドアップからの、豪快なオーバースローで二匹をダストシュートに放り投げて、虫達は神剣宇宙のいずこかへ消えていった。

 

「あ……うそん」

 

 ヘナヘナとテムオリン様はその場で崩れ落ちてしまう。

 このような姿は初めて見る。『法王』として常に超然と、そして飄々と、全てを見下していたのいうのに。

 何だかとても面白い。俺もこの世界で散々ひどい目にあったからな。テムオリン様にも苦労してもらおう。

 しばらく様子を見る事に決めると、テムオリン様に一つの黒い影が近づいて肩を叩く。

 

「あ……そうですわね。こんな所で呆けているわけにはいきませんわ。急いで蛍を追いかけて取り戻さねば。もし広大過ぎる神剣宇宙に放り出されて見失ったら、無限に近い有限世界を駆けずりまわる事になってしまう。今すぐ追いかければまだ時間樹の特定できるでしょう。いきますよ、タキオス」

 

 どうやらテムオリン様は肩を叩いたのを俺だと判断したらしい。

 だが、それは俺ではない。

 

「よう分からんが、美味いもんでも食って元気出したらどうだ」

 

 テムオリン様の肩を叩いたのは、人型のゴキブリだった。

 ゴキブリが差し出したフランクフルトからは芳しい匂いが立ち上る。

 中々に人が良いゴキブリだな。

 

「ほぉーおう!」

 

 妙な掛け声と共にテムオリン様が杖型永遠神剣『秩序』でゴキブリに突きを放つ。

 ポッキーの如く、ポッキンと『秩序』が折れる。ゴキブリの表皮、恐るべし。

 

「私の『秩序』がぁーー!!」

 

 折れた杖を抱えて絶叫をするテムオリン様。

 いやはや、どこかで見た光景だ。まあ、俺の時は砕けはしても折れなかったがな!

 何にしても、ここで見ているだけだと後が怖い。

 

「おのれ! テムオリン様に手を出すとは!!」

 

「いや、俺が出されたのではないか」

 

 ゴキブリはまったくもって正論を述べるが、

 

「問答無用!!」

 

 俺は『無我』を出現させる――――のではなく、部屋に置かれていたゴキジェットを手にとって中段に構える。

 

「ゴキブリ断絶!!」

 

 全身全霊をこめて、ポチっとスイッチを押す。

 プシューと吹きかけると、二足歩行のゴキブリは嫌そうな顔をして、部屋から出て行く。

 ふっ、見たか! これが覇王の実力よ!! 

 やはりゴキジェットは最高だな。二つも三つも攻撃手段を持つ必要は無いのだ。

 

 だが、敵はやはり甘くは無かった。

 あの人型ゴキブリを追いかけるように、何十ものゴキブリが部屋のあちこちから湧き上がって来た。テムオリン様が悲鳴を上げて、部屋から飛び出す。

 俺は鍋の火を止めて、すぐに追いかけた。そこで、俺とテムオリン様はありえぬ物を感じる事となる。

 

「この感覚は……マナ機関?」

 

 テムオリン様が驚いた顔でとある部屋を見る。

 俺も同様だ。どうして、この世界の、こんなボロアパートから、異世界の技術があるというのだろうか。

 幸いにも玄関に鍵はかかっていなかったので、こっそりと覗き見る。

 そこには、小鳩を含めた四人の女性と、一人の老人の姿があった。

 

「ちょっと、カオス! 今度こそは本当なんでしょうね!!」

 

「うむ、このヨーロッパの魔王に失敗があると思うか!?」

 

「もう二度も失敗してるじゃないの! 

 

「はて、そのような記憶はないぞ」

 

「あんたの記憶ほど、頼りにならないものなんて無いでしょ!」

 

「まあまあ、美神さん。落ち着いて」

 

「イエス、ミス・美神」

 

「大丈夫です! 三度目の正直って言葉があるんですから!」

 

「そうじゃそうじゃ! 二度ある事は三度あると言うじゃろう」

 

「……これはダメかも」

 

 ボディコン姿の女が猛っていて、巫女とアンドロイドと小鳩がそれを宥めている。

 それは、別によい。問題なのは、老人の隣にある電球のような機械だ。

 

「まあ、見ておれ! さあ、この天才の発明『小僧の居場所見つけちゃう装置』だ。今まで動かなかったくせに、少し前から急に動き始めてな!」

 

 ドクターカオスなる老人が己の作り出した機械を撫でながら得意そうに語る。

 その機械は、マナをエーテルにするエーテルコンバーターと、エーテルで動くエーテル機関の様相を示していた。

 絶句するしかない。

 ドクターカオスなる人物は、異世界の技術であるマナ技術を作り上げたというのか。

 

 しかし、分からない。そもそもマナ技術は、マナが無ければ動かない。

 この世界にはマナが無いのだから、これはガラクタ同然だ。作った張本人がそれに気づかないはずが無い。今回動いたのはテムオリン様や俺の神剣が砕けて、マナが僅かにこの世界に満ちたからだろう。

 一体、どういう事なのだ?

 

 タキオスもテムオリンも混乱の極地に達し、ただ畏怖を持ってカオスを見る。

 いかな永遠者達と言えども、分からなかった。分かるわけもなかった。

 絶大な創造性と技術を持ちながら、作る端から忘れていくという、天才的トコロテン頭脳。

 馬鹿と天才は紙一重と言うが、カオスはその二つを両立させた天災科学者なのだ。

 当然、マナ機関を作りながらマナが必要な事等、とっくに忘れている。

 

 カオスは得意満面に機械を操作し始める。

 テムオリン様の表情が強張った。もし、あの機械が動作してしまったら、ここで『天秤』の契約者がこの世界に引き戻されて計画の半分が潰れてしまうからだ。

 

 だが、それは杞憂というもの。

 テムオリン様は、この世界の事を、まだ分かっていないようだ。

 小鳩という少女が、はてなという顔で落ちていた一本のネジを手に乗せていた。

 それで、十分に先の展開が予想できる。予想できても、逃れる術が存在しないのだが。

 

 また爆発するのだろう。こんな木造アパートなど木っ端微塵になるほどの爆発が起こって、しかし誰も死なない不可思議な爆発が。

 それが分かっても、俺の体は勝手に動いた。

 

「小鳩よ! 助けるぞ!!」

 

「え?」

 

 俺は小鳩に走りより、ぐっと抱きしめる。

 どうせ爆発で果てるのなら、せめてこの身を盾として恩人に報おうと考えた。

 血煙の中を歩んできたこの俺が、まさか自己犠牲らしき行動を取ることになるとはな。

 まあ、このような戯れも悪くは無い。善い事をした。

 不思議と満足していたのだが。

 

「いっ、やああ!!」

 

 小鳩は絶叫と共に、顎が割れんばかりのアッパーを俺に放つ。

 その破壊力はすさまじく、ピンボールのように俺は部屋を跳ね回った。

 薄れ行く意識の中、俺は考える。

 

 何故だ?

 やはり小鳩という少女も、この恐ろしき世界の一員であったという事か?

 

「いや、ピンクエプロンの筋肉半裸男が抱きついてくれば、そうなるでしょう」

 

 呆れたように言うテムオリン様。

 そういうものか。気にした事は無かったが、もう少し常識を学ぶべきなのかもしれん。

 次回への再戦を誓いつつ、とうとう機械は爆発して、俺は白熱の中に消えていった。

 

 

 

 

 

「酷い目に合いましたわね」

 

「はっ」

 

「タキオス、お互いあの世界での醜態は忘れましょう」

 

「はっ」

 

 あれから、這う這うの体でテムオリンとタキオスは神剣宇宙に戻った。

 戻った後、テムオリンは自分達が通ってきた亀裂を無言でなで上げる。すると、亀裂は見る見るうちにふさがって、ただの空間となった。

 

「これであの世界との繋がりは完全に断たれました……もう彼の世界にいく術はありません」

 

 元々、神剣世界とあの世界は本来つながるはずがない世界だ。行き来できたのはダストシュートがあったから。

 それが消えた以上、如何な技術があろうとも、あちらの世界にはどうやってもいけない。もし繋がるとしたら、またあの世界で天変地異が起き、『世界』が不要な魂を放り出すような事があって、それをこちらが偶然に察知した時のみだろう。天文学的確率に天文学的確率を合わせたような偶然が必要となる。

 つまり、もはや霊力世界へ出入りすることはできないという事。

 

「よろしいのですか。剣にも楯にも属さぬ、完全なる異世界の力……非常に惜しいと思いますが」

 

「確かに惜しいですわ。ですがリスクが高すぎると理解できました。力云々ではなく、世界の仕組みが違いますから、正直何が起こるか分からないないのです。あなたも私も彼の世界では力が弱っただけでなく、思考も不可思議だったでしょう? あれが神剣世界全体に満ちれば神剣世界が崩壊……ギャグ化するかもしれませんわ」

 

「あ~死ぬかと思った……が多発するというわけですか」

 

 タキオスはその様子を想像して、思わず体を震わせた。

 世界の法則が違う。情報の在り処が違う。ジャンルが違う。

 完全なる未知がそこにはあった。

 

「特に私達のような世界に適応する事で、世界を存在できるようになる永遠者は、その影響を受けやすいのかもしれません。つまり、先の私の醜態は仕方が無い事だったのです。繰り返しますが先の醜態を忘れなさい。いいですね」

 

「はっ、承知しました」

 

「では、私は少し休みますわ。まだどのような影響が私達に出るか分かりませんから。貴方は引き続き、力の欠片を集め続けなさい……ふぅ、まさかこんな事になるなんて」

 

 テムオリンはそれだけ言うと、ふらふらと力無く飛んでいく。

 それを見てタキオスは思った。

 

 確かにテムオリン様にとって虫如きでミスを犯してしまった事は甚だ不本意だろう。

 ふむ、ならばここは一肌脱ぐとするか。ここに彼の世界から持って来たピンクのエプロンもある。テムオリン様には、最高の虫料理は披露するとするか。

 やはり素材の味を引き出すには塩が一番だ。楽しみにしていてください、テムオリン様。

 

 





 難産でした。別に見なくても問題ない話で、どうしてこんなに苦しむことになったのやら。
 文字通り世界観が違うので、それ相応の書き方をしないといけなくて、短い話なのに右往左往。一人称も久しぶりで大変でした。
 GS美神の漫画本を読んでいるような作風に仕上がったかな?

 もっと面白く書きたかったけど、このままだと数か月以上は投稿できそうになかったので、覚悟を決めて投稿。

 少し注意! ここから永遠神剣世界のネタばれが含まれる後書き。

 クロス作品で改めて言う必要はないと思いますが、念のため。
 永遠者がGS世界で貧弱でギャグキャラになるのは、『永遠の煩悩者』の独自解釈です。
 設定的には『マナの量で強さが制限される』『ありとあらゆる世界に適応して行動できる』『その世界の法則に囚われる』という原作設定があるので、独自設定ではないけれど、この辺は解釈次第で色々どうなるか分からないので独自解釈だと思います。

 ただ、これら設定と矛盾した描写も原作自身にあるのですけれども、あまりその辺りは触れないでくれると嬉しいです。神剣世界はシステマチックとファジーな設定が絡まりあっていて、さらに息の長い作品なので仕方ない部分が……ね?
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