「横島は、横島はどこだ!」
悠人は『求め』を握って、必死に横島の神剣反応を探してた。
事は一刻を争う。そう長く命は保っていられないはずだ。
横島の神剣反応を察知して第三詰め所の屋敷に行くと、横島はスピリットに埋もれていた。
美女にもみくちゃにされるという男の夢を叶えた横島だが、その表情は喜びが五割、困惑が三割、恍惚が二割と言ったところだ。
悠人の登場に苦笑いをしていたルルーは血相を変えた。
「もうお姉ちゃん達! 恥ずかしいでしょ、いい加減離れて離れて。ユート様が来てるよ!」
不満そうな表情で横島から離れていくスピリット達。
「…………あと五分」
それでも横島から離れようとしないルー・ブラックスピリットは、まるでコアラの赤ちゃんのように横島にぺったりとくっ付いていた。
それを見た他のスピリットは自分も自分も、とまたもや横島に張り付こうとして、ルルーが無理やり剥がしていく。
「うう~」
唸り声を上げながらも、ルーはルルーに引っ張られて横島から離された。
引き離されたルーは元凶となった悠人をキッと睨みつける。
「一体、何なんですか! 今忙しいのですが!!」
「お姉ちゃん! いい加減にして!!」
ラキオスの総隊長ともいえる悠人に対して、あまりにも礼を逸した隊員達にルルーは本気で怒る。ようやく辺りは静まった。
「なんというか……凄いな」
悠人の感嘆に、横島は困ったように頬をかく。
「ほんとに子供だろ? まあ、しょうがないんだけど」
子供の間に心を凍結させられたから、こうなるのは仕方が無い。彼女達は肉体は大人でも、心は子供なのだ。
横島はそう納得する。あくまでも幼稚園児に好かれているにすぎないと。
確かにそれは間違いないのだが、真実は微妙に違っていた。
「兄さんが居ない時は、もっと大人っぽいんだけどね」
ルルーは複雑な表情を浮かべながら、横島に聞こえない程度の声でポツリと言った。
確かに心が戻り始めた時は幼子同然に過ぎなかったが、今は少なくとも小中学生程度には情緒は発達しているのだ。
横島が居ない時は、それなりに大人をやっている。
現在、甘えんぼになっているのは、所謂、子供帰りを起こしているのだ。それだけ横島に甘えて構ってほしいのだろう。
「それで悠人。今度は一体何のようだよ」
「すまん、ちょっと来てくれないか」
「またかよ。スピリットに関わる事だろうな」
「それは……ああ、関わる事だ」
少し言いづらそうに悠人は答えた。
さて、どうしたものかと横島は考える。
悠人の用件は分からないが、なにやら随分と真剣だ。面倒事が発生したのは明らか。隊長としては悠人に付き合うのが正しいだろう。
しかし、第二詰め所と違って、第三詰め所はコミュニケーションの機会が限られる。あまり我慢はさせたくない。
体は二つあれば良いのだが。
そんな事を考えて、ふと思い出す。
――――お前はまずありとあらゆることが出来るようになれ。
少し前に筋肉超人に言われた言葉が蘇る。
滅茶苦茶としか言いようの無い言葉だが。しかし神剣は滅茶苦茶な力を持っている。
それに、分裂というのは既に体験済みだった。元の世界において、月でベルゼブルと退治した時に何十人にも分裂したことがあるのだ。
あれは竜具をつけていたからこそ出来たことだが、しかし今は神剣がある。
やってやれない事は無い。そんな実感が確かにあった。
意識を集中する。自分自身の内側に潜り込み、魂を感じる。
人間であった時とは違い、今や魂が身体そのものを作り出しているようなもの。
元の世界でルシオラが『神魔とは魂が皮をかぶったようなもの』と言っていたが、肉を失いマナで構成された今の横島は極めてその状態に近い。
元の世界では幽体離脱だってしたことがあるのだ。
魂を意識するというのは難しいことではなかった。
自身の魂を意識すると、魂に混じる『彼女』を感じた。
色で例えれば、闇夜を仄かに灯す光。
味で表現すれば、甘く苦い、青春の味。
胸で言えば、貧乳。
――――こいつは俺のだ。
『彼女』を自身の魂で抱きしめて、それ以外の自分の魂を分離して、目の前に置く。
それはミルクの混ざったコーヒーを、ミルクとコーヒーに分離しなおして、さらにコーヒーを二つに分けて一方にだけミルクを入れたような作業だ。
後は分離した魂は勝手に周囲のマナを吸収して、マナで身体を作り上げる。
悠人達の目の前に、もう一人の横島が出現した。
顔も体もそっくりそのままで、服も『天秤』すらも同じ。
違いがあるとしたら、分裂した横島はバンダナを身に付けていないぐらいか。
皆が声を失う中、ルルーだけは不思議と驚かず、ただ嫌そうな顔をした。
「兄さんが二人も……うぇー」
「何がうぇーだ、まったく。それと本物! 俺が第三詰め所を相手するから、お前は悠人の用件に付き合えよ」
「はあ!? 偽者の分際で何言ってんだ」
「ふざけんな本物! 俺の女を取ったんだ。これぐらい良い目は見させろっーの」
二人の横島はにらみ合うが、結局は本物が折れた。
本物も魔法で作られた分身も思考や能力は完全に同一だ。『天秤』すらも分裂している。
はっきり言えば、記憶も魂が同一である以上、偽者も本物も無いのだ。
唯一違うのはルシオラの魂だけ。その有無だけが、横島本人達に本物と偽者とを分類させている。『ルシオラの魂が無い横島は横島では無い』と彼本人が認めていた。
それだけ横島にとってルシオラという存在は重要なものなのだ。
「ちっ! おい悠人、俺はどこに行けばいいんだ」
「あ、ああ。第一詰め所まで頼む」
偽者を残して、二人は第一詰め所へ向う。
「え、ええと……ヨコシマ様?」
何が何だか分からないのは第三詰所のスピリット達だ。彼女らは残ってくれた横島の名を不安そう呼んだ。
横島はにやりと笑って、わき腹を擽ってやる。黄色い悲鳴が響いて、そして楽しげな笑い声に変わっていった。
ルシオラを取られた分、良い目に合わなければやってられない。
爽やかにイチャラブしてやろう。
「よし、皆。何でも言ってくれ! 沢山イチャイチャするぞ!」
「何でもいいの? だったら私達の隊長に……じゃなくて!」
途中で困った顔になった横島に、スピリットは慌てて訂正する。
「だったらヨコシマ様のこと、お父さんって呼んでいいですか? 肩叩きやお手伝いもちゃんとするから」
期待と恐怖を足した幼子の瞳で、長身のスピリットは横島を僅かに見下ろしながら言う。
第三詰め所が横島忠夫に何を求めているのか。これだけで分かるというものだ。
いじましさを感じた横島は精一杯の笑顔を作ってみせる。
「……アア、イイゾー……イチャイチャってよりも家族サービスだなこりゃ」
『良いではないか。これがハーレムという奴だろう』
「ハーレムっつーのは、ちちしりふとももを触れてこそハーレムなんだよ! こんな無垢おっぱいを触れるか! 恥じらいおっぱいこそ至高だ」
『そうか? 個人的には、おっぱいを触ってキョトンとする小さい子が……いいような』
「おまえ……ガチで壊した方がいい神剣かもな」
そんな事を話していると、いきなり乱暴に扉が開いた。
そこには、ネリー、シアー、ヘリオン、ニムントールの四人が目と顔を真っ赤にして、息を荒げている。
やっちまった、と横島は内心で叫ぶ。
「第二詰め所に居てって言ったでしょーー!! 馬鹿馬鹿馬鹿ーーーー!!」
「す、すまん。ついうっかり」
「つい!? うっかり!?」
鬼の形相のネリーに、横島もたじたじだ。
シアーとヘリオンは怒りながら半分泣いていて、ニムは神剣に手をかけている。
ルーはニヤリとネリー達に笑いかける。
「……第二詰所よりも、第三詰所の方がいいんだよねーお父様」
「がるるるるる!!」
それは大好きな家族を巡る子供の戦いだ。
どちらの味方もできない横島はどうしたものかと困っていると、
「ヨコシマ様! はいこれ!!」
ネリー達は怒りの余り顔を真っ赤にしながらも、何かを差し出す。
それはバンダナだった。ネリーとシアーは青。ヘリオンは黒。ニムントールは緑。
それぞれの色に対応したバンダナだ。一つ一つ、微妙に形が違う。
「これ……ひょっとしてお前らが作ったのか!?」
「えっへん! そうなんですよ、布地を頂いて、セリアさんに教えてもらったんです」
「やるもんだなー! どうだ、似合うか」
「うん、とっても似合うよ!」
どうよ!
横島に褒められた子供達は見事なドヤ顔を披露する。
ドヤ対象は無論、第三詰め所だ。ぐぎぎと歯軋りする第三詰め所のメンバー達。
そこで、また玄関が開く。そこには一人の優男が立っていた。
「ヨコシマさん、皆が会いたがっているので『病院』まで来てほしいのですが……ひぇ」
ネリー達とルー達が現れた男を睨みつけて怯えさせる。
場は、横島争奪戦の様相を呈していた。
『愛されてるな』
(愛されてるわね)
『天秤』とルシオラは呆れたようにモテモテぶりを眺める。
横島の芸人気質と、笑いと救いを求めたスピリット達の相性は決まりすぎていた。
美女美少女―――子供と幼児と病人の集団に求められた横島は、
「チチーシリーフトモモーチチーシリーフトモモー」
虚ろな表情で鳴き声を上げていた。
これだけ女の子に慕われているのにエッチが出来ないのだ。健全な男なら発狂もやむなしか。
この時、ヒミカ達に一心不乱のセクハラを仕掛けようと、彼は決心を固めていたりする。
まあ、一ヶ月も留守にした反動というものだろう。しばらくはモテモテの禁欲ライフを体験することになる横島だった。
偽横島が重苦しい愛情に押しつぶされている頃、真横島は悠人と並んで走っていた。
「よく体が二つあればって発想が出来て、しかもあっさり実現できるよな。おまえは忍者か孫悟空かよ」
賛美とも畏怖とも違う声色で、悠人が言う。
「神剣持ってりゃ不可能って気はしないだろ。元の世界で分裂した経験はあったしな。それと、猿……孫悟空は俺の師匠みたいなもんだ」
軽く答える横島に悠人はむっつりと押し黙り「急ぐぞ」とだけ言って走り出す。
悠人との会話がなくなると、今度は『天秤』が喋りかけてきた。
『横島、分かっているとは思うが情報の……魂の分裂は危険すぎる。よほどのことが無ければ使うなよ』
「そうなのか?」
『気づいてなかったのか!? どちらかが死んだら、その情報は分かれた側にもいってダメージを受けるのだぞ! やるとしたら繋がりを完全に絶つことだが、それでは同化できなくなって完全に独立されかねん。今の横島には早すぎる技だ』
戦闘能力は半分以下にまで落ちて、どちらかが死んだら無事なほうも死ぬ。
これは戦闘に使える技能では無い。無理にでも使うとしたら、よほど弱い分身を作って本体を安全な場所に置いておく必要がある。それに、分身のほうにも意識がしっかりあるのも問題だ。下手すると女をめぐって造反される恐れもあった。
現状、この『分裂』は使いどころが極めて難しいと言わざるを得ない。
『分裂』について認識を深めていく、その最中だった。
「あ、向こうの俺がまた分裂したみたいだぞ。今度は三人に分かれたみたいだな」
『おいいぃぃ!!』
『天秤』の絶叫を聞きながら、ようやく目的地に着いた。
第一詰め所の庭。そこに、赤毛の小さなスピリットが何かを持って立ち尽くしていた。
「オルファちゃん?」
呼びかけると、オルファはゆっくりと横島へ向き直る。
彼女は白と赤のまだら模様の毛むくじゃらを抱えていた。
ハクゥテだ。白い毛は赤く染まって、体には穴が開いている。息はしているが、虫の息だ。
「ハクゥテは狩りの対象になったんだ」
悠人の言葉に、そういう事もあるかと思ったが、
「オルファがね、やっちゃったの」
続く言葉に耳を疑った。
オルファは魂が抜けたような声で、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「友達の男の子達から、オルファは狩りに誘われたの。そこにハクゥテがやってきたの」
男の子達は獲物が来たとはしゃいで、勇んで弓を放った。
そして親切にも、オルファにも弓を渡したのだ。
「オルファも弓を借りて撃ったんだ。だって遊びだから。遊べば皆が笑顔でいてくれるから」
最初、横島にはオルファの言っている意味が分からなかった。
どうして大切なペットを狩りの獲物にしたのかと。
そして思い出す。オルファの倫理観が他とはかけ離れた異常なものであったと。
「ハクゥテと遊ぶのはとても楽しかったよ。目を撃つと良い声で鳴いて、足を撃つと変な風に歩き始めて。でも、おかしいんだ。こういう時はね、ハクゥテは逃げなきゃいけないんだよ。なのにオルファに向かってくるの。足を引きずって、目が潰れてるのに!!」
ハクゥテは射られながら、何を考えていたのか。
大好きな飼い主が、笑いながら酷いことをしてくる、
この絶望的な事実を前にして、その小さな脳みそで何を考えていたのかは分からない。
一つ確かなのは、ハクゥテはこれほど酷い目に合いながらもオルファを信じて、彼女の元へ歩いたのだ。
「オルファ! もういい、もういいから!」
悠人はオルファを後ろから強く抱きしめた。
嗚咽で、もはや声にならないオルファに変わり、悠人が言葉を紡ぐ。
「最後に、オルファはハクゥテを庇って撃たれたんだ。傷は俺が癒しておいた……くそ! どうしてオルファが!!」
やりきれない怒りと悲しみに、悠人は吠えた。
オルファの歪な死生観が、彼女の大切な家族に牙を向いたのだ。
俺の責任だと、力不足だったと、悠人は嘆く。
元々、オルファの倫理観が異常な教育を受けて捻じ曲がっていたのは知っていた。だが、戦争という非常時があって、オルファの倫理観を矯正するのも躊躇われた。
オルファは戦士の心得を学ぶこともなく、ただひたすら優しさと歪みを植え付けられている。
この状況で正しい倫理観など身に着けたら、戦いに迷いが生まれて命が危ない。
このような理由はあった。
しかし、どのような理由があろうとも問題を先延ばしていたに過ぎない。
最悪な事件が起きるのは必然と言えた。
「横島……文珠が切り札で、簡単に使えるものじゃないのは分かってる。けど、今はこれしかないんだ……頼む! ハクゥテを治してやってくれ!!」
普通なら死ぬしかない。獣医がいても、内臓が損傷してればどうしようもない。
だが、文珠なら希望はあった。
獣一匹に貴重な文珠を使って良いのか。
そんな思いも無いわけではない横島だったが、基本的に彼は馬鹿なので、目先の可愛い女の子が泣いてるのなら躊躇はしなかった。
ハクゥテに『治』の文珠を使おうとして、
『本当に癒すつもりか』
『天秤』が怪訝に聞いてくる。
文珠を使うのが惜しいとでも言うつもりか。
確かに文珠は貴重だが、それでもここで惜しむつもりは無かった。
『ふん、文珠が惜しいのも理由の一つだがな、それだけではない。
もしここでこの獣を助けると、この……スピリットは命を理解するチャンスを失うぞ』
意外にもオルファの事を考えていた『天秤』に横島は驚いて、そして言っていることの正しさに顔を顰める。
子供が生き死にを学ぶのに役立つのは、ペットの死であると横島は聞いたことがあった。
ハクゥテが死ねば、オルファは間違いなく命の尊さを学べる。
だが、それはオルファの心に消えない傷を刻み込むと同時にだ。
しかしここでハクゥテをあっさり助けてしまったら、彼女は狂気を抱えたままになってしまうかもしれない。
どの選択が、これからのオルファにとって正しいのだろうか。
『選択肢が多いというのも考え物だな』
選択肢が多いということは、それだけ多くの取り捨て選択を強いられる。
助けられる者が多いということは、助けられるのに助けないという見捨てる覚悟もしなければならなくなるのだ。
もっとも、力が無いものは取り捨ての選択肢すら与えられないのだが。
面倒な事件を持ち込みやがって。
悠人を睨みつけるが、何の意味もない。
考えに考えて、横島は決断した。
『治』
文珠の光がハクゥテを癒していく。
光が収まると、そこには傷一つないハクゥテがオルファの胸の中で眠っていた。
オルファは表情を明るくして、横島に礼を言おうと顔を上げる。
「ぐあ~~!! じ~びょうの~じゃぐが~!!」
横島は全身を痙攣させて絶叫する。
さらに鼻からは血を噴き出して地面を転げ回った。
「おい! どうした!?」
「大丈夫! ヨコシマ様!!」
いきなり苦しみ始めた横島に、悠人とオルファは慌てて駆け寄る。
すると、横島はオルファから見えないようにそっと悠人に耳打ちした。
悠人は怪訝な顔をしたが、すぐに表情を戻すと
「すまん、横島。俺達の所為でこんなことに!!」
「そ、それってオルファがヨコシマ様にハクゥテを治してもらったから?」
「そうだ!」
険しい表情を崩さず、怒鳴るように悠人が言うとオルファは泣きそうになった。
「ご、ごめんなさいヨコシマ様。でも……でもオルファは……」
「言い訳はいい! 俺は横島を医者の所まで連れて行くから、オルファはここで待っていてくれ」
「一緒に行く!」
「駄目だ! オルファは部屋で待ってろ!!」
有無を言わさぬ剣幕で悠人が言って、横島を肩に担いでその場を離れる。
後ろからは、オルファの「ごめんなさいごめんなさい!」と謝罪の言葉が聞こえてきた。
オルファから見えない所まできて横島を下ろす。横島は何事もなかったかのように立ち上がった。
言うまでも無く、横島の苦しみは演技だったのだ。
「それで、どういう事か答えてもらうぞ」
「簡単に命が助かるのを見たら、また命を軽視するかもしれないだろ。だから俺が苦しんで、冷や水を浴びせたんだ。まあ、オルファちゃんは頭が良いから念のためだけどな」
ここで横島が苦しめば、何のリスクも無しで助かるという勘違いはなくなるはずだ。
後は上手く事後対処すれば、ハクゥテが助かった上で命の大切さを学べるだろう。
悠人は感心したように頷いて、少し顔を悔しそうに歪ませた。
「お前……スピリットに関しては本当に色々考えてるよな……サンキューな」
「男に褒められても嬉しくないっーの。それと俺がやるのはここまでだぞ。後は」
「お前に任せることじゃないさ。オルファの事は俺に任せろ」
「流石はパパだな!」
「ああ」
横島の皮肉にもまったく動じず、力強く頷く悠人。
熱血モードだ。これに関わると面倒くさくなりそうなので、横島はあとの全ては悠人に任せることに決めた。
悠人はオルファと話そうと詰所に戻る。
オルファは自室で、ベッドに眠るハクゥテを愛おしそうに撫でている。
悠人に気づくと、慌てたように駆けてきた。
「パパ! ヨコシマ様は大丈夫だった!?」
「ああ、大丈夫だ」
良かったとオルファは胸を撫で下ろす。
すると彼女はある柱の前に立った。柱についている幾本もの線を指でなぞる。
悠人が前に見たときは二本だったが、今は四本に増えていた。
それは戦士の勲章の数であり、同時に人としての業を背負った数でもあった。
「パパ、このお姉ちゃんは胸が大きくて力が強かったんだ。この子はオルファと同じぐらいの小さい子だよ」
溝を一本一本なぞりながら、今までの相手を言っていく。
「全員……覚えてるのか」
「うん、大切な遊び相手だもん。友達だから」
大切な遊び相手。友達。
残虐に殺し尽くした相手を、そう呼ぶオルファ。
殺戮が遊びで、良い事で、しばらくしたら遊んだ相手が戻ってくる。
倫理観が、そして知識そのものが、歪められてしまったのがオルファだった。
その歪んだ知識も、とうとう終わりを迎える時が来た。
「パパ……教えて。今までオルファが遊んだスピリットさん達は、いつ帰ってくるの? 本当に帰ってくるの? ううん……それよりもオルファは、遊んでたの? 遊ぶのは……良い事なの?」
オルファはズバリと確信を突いてきた。
幼くて感情の抑制が苦手でも、頭は良くて機転が利く少女だ。一度、疑念が出てくれば答えにたどり着くのは容易だったのだろう。
もう嘘などつきたくない。
悠人は真実を言う覚悟を決めた。
きっとオルファの心には消えない傷が残る。だけどここでうやむやにしたら、オルファの小さい体にますますカルマが溜まっていく。
「オルファ」
名を呼びながら彼女の肩に手を置いて、目線を合わせるために膝をついた。
オルファは何かを覚悟するように強く唇をかみ締めた。彼女も答えはうすうすは分かっているのだ。
「死んだ人は戻ってこないんだ。オルファも、俺も、皆も、遊んでるんじゃない。とっても酷いことをしてるんだ」
スピリットは死ねば再生の剣に帰ると言われている。
だが、再生の剣とやらを確認したもの誰もいない。横島の世界では輪廻転生が存在するらしいが、この世界はどうか分からない。
死は絶対だった。
真実を知らされたオルファは、記憶を過去へと飛ばしていた、
物心がついた時、思い出されるのは血と悲鳴。鮮血とマナ。
赤色と金色の海の中で、優しく頭を撫でてくれる手。
悲鳴と笑みはセットだった。
よくやったね、上手だね。
遊べば遊ぶほど、皆が喜んでくれた。それが、周りにいる人間が喜ぶ唯一の方法だった。
笑顔が好きだから、喉を切り裂いた。誰かが喜んでくれたから、臓物を引きずり出した。
――――みんなの笑顔の為に、苦しんで死んでね。
それが、オルファの戦う理由。
そのすべてが偽りとなって、絶望的な過去がオルファを覆った。
「どうしよ。謝らないと……でも、死んじゃったから、オルファが殺しちゃったから謝れないよ! うああ!!」
知らなかったでは済まないと、オルファは知った。
泣きすがるオルファを悠人は強く抱きしめる。
胸の中で「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝るオルファを見つめて、悠人はある決意をしていた。
次の日、悠人はレスティーナに謁見を申し込んだ。横島も色々と心配だったらしく悠人に付き添う。そして悠人は、オルファを戦闘に参加させないよう具申した。
周りに居る重臣達は怪訝な顔で悠人を見る。
この反応は悠人も想定済みだ。だが、スピリットに優しいレスティーナなら、きっと分かってくれるはず。
悠人は期待を込めてレスティーナを見つめたが。
「アセリアの時と同じです。戦闘が可能ならば、使わぬ理由にはなりません」
冷然とレスティーナは言い放った。
まるで物を扱うような言葉に、悠人の怒りが一気に膨れ上る。
「ふざけるな! 誰のせいでオルファが苦しんでいると思っているんだ!! あんなに優しい子に殺しを楽しい事だと教えて、殺してもいつか帰ってくるなんて目茶苦茶を教えて! もう取り返しがつかないって、オルファがどれだけ泣いているか知っているのか!!」
決して消えない十字架を、オルファは無理やり背負わされた。
ラキオスのスピリット隊で手を血に染めていない人物はいない。
だけど、自分や彼女らは、どのような理由があろうとも業を背負うことを自分の意思で決めることが出来た。
だが、オルファは善悪の区別すらつかず、生死観すらも狂わされて罪を背負わされた。
誰かを責めることもできないオルファだ。ただ懺悔することしか出来ない。
そのオルファに戦いを強要することは出来ない。そもそも、戦いに出せる精神状況ではないのだ。
「その点については私も思うことがあります。
しかし、今は戦時です。戦時には戦時の計があるのです。もう一度言います、戦闘が可能なら使います」
レスティーナは同じ答えを繰り返す。
――――この分からず屋が!!
拳を強く握りしめ、悠人は立ち上がってレスティーナに歩を進めようとして、コテンと倒れた。
膝カックンで悠人を転ばした横島は、その隙に動き出す。
「レスティーナ様、俺からもいいでしょうか」
「発言を許します」
「俺が見た所、オルファリルは現状、まともに神剣の力を引き出すことが出来ていません」
「ではオルファリル・レッドスピリットは戦闘が困難な状態であり、足手まといになる、と」
「はい。弾避けにも使えません。居ても連携を乱すだけでしょう」
「使えぬスピリットに録を与える必要は無いのですが」
「今回の不調は精神的なショックが大きいのが原因で、いくらかの休養を与えれば戦線復帰は可能です」
「分かりました。では、オルファリル・レッドスピリットの運用については貴方達に任せます。もう下がりなさい」
「はっ!」
横島はきびきびした動きで片膝をついて頭を垂れる。
返答も、まるで準備していたかのように流暢だ。
そして何が何だか判らず目を白黒させている悠人の服を掴んで、そのまま引きずる形で謁見の間から出る。
玉座の間から出ると、未だ事態を飲み込めていない悠人に横島は鼻を鳴らした。
「お前はアホか! どうしてレスティーナ様が『戦闘できるなら』って散々強調したと思ってるんだ!?」
「えっ?」
「あの場で、女王様が「私たちが悪かったから戦わせません」なんて言えるわけ無いだろうが。そんな事をしたら、スピリット一人の為に大事を見誤る、なんて陰口を叩かれるに決まってるだろ。オルファちゃん自身にも悪意がいく可能性もあるしな。
だからレスティーナ様は、オルファちゃんを戦わせないために『戦闘できるなら』って何度も言ったんだよ。勿論、オルファちゃんの状態を把握して言ったんだろうな。お前はただ戦闘で使えないって言えばそれで済む話だったんだよ」
ようやく事の理解に及んで、悠人は自分を恥じた。
レスティーナの真意を読めず、いや読もうともしていなかった。ただ自分の感情を爆発させてしまった。
――――俺が、俺だけがオルファを守らなければいけないんだ!
まるでオルファを守れるのは自分だけのような錯覚に陥ってしまった。
あれだけ可愛くて良い子のオルファなのだから、味方が沢山居て当然だ。
レスティーナは厳格な指導者だが、非常に優しい人間でもある。彼女もオルファを助けようとしていた。
ただ、皆それぞれ立場がある。堅苦しい社会があって、大義名分を必要とする。だからどうしても言葉や行動に違いは出てしまうが、目指すものは同じだった。
悠人を貶す事が出来て横島は満足した笑みを浮かべている。
横島は不思議なほどに悠人を意識していて、優位に立てるように立ち回っているらしい。
悔しい思いをしながらも悠人は横島に礼を言った。
「でも、お前だって、もしネリーやニムが同じような目に合ったらそんなに冷静でいられるかよ」
「ふっ、俺はお前と違って冷静だからな」
余裕綽々と言った様子で横島はそう答えた。その口調は『天秤』を彷彿させるような自信と嫌味に満ちている。
後でそれがまったく見当違いだったことが分かるのだが、それはまた別な話だった。
ともかく、オルファの一件はひとまず終わったようにみえた。
ようやく訓練漬けの日常が戻ってくる。
その合間合間に第二詰め所とイチャイチャするのが、横島の望みというものだった。
「これがカメラというものなんですか?」
「そうっす!」
横島が持ってきた道具の一つ。インスタントカメラだ。
現代人でカメラを利用したことが無いというものはいないだろう。
カメラに皆は興味津々といった様子で、すぐさま第二詰め所全員で撮ることに決定する。
「それじゃ、ヨコシマ様が真ん中だね」
カメラを置いてタイマーをセットする。
横島を中心として各人それぞれのポーズを決める。
そこで横島は気づいた。ファーレーンは顔を赤くして、随分と離れている。
「何でそんなに離れてるんですか! それじゃあ体半分しか写らないっすよ」
「だ、だって……恥ずかしくて」
見えなくても顔を真っ赤にしていると分かる声で、蚊の鳴くような声のファーレーン。
非常に可愛い。純真可憐な乙女っぷりに横島は鼻息を荒くする。それにムッとするヒミカ。
純情と褒め称えられて、ファーレーンは恥ずかしがりながらも横島に近づく。
そんなファーレーンにヒミカがこっそり近づいて耳打ちした。
「も・う・ふ。も・う・ふ」
「うあーーん!!」
ファーレーンは泣きながらポカポカとヒミカを叩く。
ヒミカは「染み付き染み付き」と言いながら邪悪に笑う。
横島には何がなんやら分からなかったが、ファーレーンは近くまで来てくれないらしい。
ならばと、横島は当たりを見回して、獲物を見つけて邪笑した。
「よし、ヘリオン。俺の隣に来い」
「え、えええ! 何でですか!?」
「いいからいいから」
「はわわわわ!」
くっ付くように腕を組む。
ヘリオンは慌てながらも『ついに人気投票第一位の私の時代が来たか!』と内心でガッツポーズだ。
「なあ、ヘリオン。実はな……」
「は、はいいぃ。私もヨコシマ様の事が……」
「カメラって真ん中の人物の魂を吸い取っちまうんだ」
「ふぇ?」
パシャっとカメラが音が鳴って、写真が出てくる。
写真の中央には、大口を開けてマヌケ顔になったヘリオンが堂々と写っていた。
「うわああぁ~ん! ヨコシマ様ーー!!」
「冗談だ、冗談!」
ヘリオンは泣きながらポカポカと横島を叩く。
それから横島はラジコンやら白のスクール水着やらを取り出して、イチャイチャとセクハラに全力に取り組み始めた。
お陰で第二詰め所からは数十秒と声が途絶えることは無い。
笑い声と怒鳴り声が響きあう。
「まったく、せっかく最近は静かだったのに」
文句を言うセリアだが、彼女も頬は緩んでいる。
「幸せですね~」
ハリオンは本当に幸せそうに言った。
第二詰め所で賑やかな騒動が巻き起こっている頃、悠人はヨーティアに呼ばれて研究室に居た。
研究室は相も変わらず足の踏み場を見つけることすら困難な有様だ。
「それで、何のようなんだ。俺だって急がしい――――」
「オルファの事でちょいとね」
「分かった。聞かせてくれ」
すぐに態度を変えた悠人にヨーティアは苦笑いを浮かべる。
「オルファの心を癒せるいい方法を思いついたのか!」
聞かせてくれと言ったくせに、質問を浴びせてくる悠人。
その暑苦しさに、ヨーティアは室温の上昇を実感していた。
「いや、そういうことじゃない。確かに私は自他共に認めれる大天才だが、誰かの精神衛生を整えるなんてのは畑違いだからね。今回、分かった事はオルファリル・レッドスピリットの特異性についてだ。一体これが何を意味しているのか……この天才にも分かっていない。でも、とりあえずはユートには言っておこうと思ってね」
「特異性?」
「ああ、結論から言う。オルファリル・レッドスピリットは、全てのスピリットの雛型だ……たった一人を除いてね」
「……雛型?」
「そう。全てのスピリットはオルファの因子を劣性として持っている……簡単に言えば、オルファは全てのスピリットの母親さ。さらに言うなら、オルファの年齢は百年や千年どころか、最低でも万年単位。場合によっては億や兆でも足りない可能すらある」
「…………はあ?」
「さらにさらに言うのなら、オルファの神剣が過去に保有していたマナ量は、この世界の全てのマナを集めても足りやしない。過去にオルファが持っていた力は、この大陸全ての命を生み出しても指一本分程度だろう」
「………………」
悠人は言葉を失っていた。
言っている意味が分からないのではなく、いきなりそんな事を言われても困る。
正直よく分からなかったが、とにかくそういうものなのか、と無理やり納得した。
今はただ知識を詰め込むだけだ。そこにオルファを癒す鍵があるのかもしれないのだから。
「それで、たった一人の例外ってのは?」
「ウルカだ。ウルカ・ブラックスピリット。彼女だけはオルファの因子を持っていない。スピリット全てがオルファから生まれているとすれば、ウルカは厳密にいえばスピリットではないね。
ただ、それでいながらウルカとオルファは妙に神剣の波長が合う。まるでそう作られたように相性が良すぎる」
そういえば、オルファは不思議とウルカを慕っている。ウルカも、オルファを気にかけている姿は見かけられた。
仲が良いとは思っていたが、二人の間には何らかの縁があるのかもしれない。
ウルカはウルカで神剣が『拘束』から『冥加』に変化するという特異性もあったのだ。
二人はスピリットでは無いのかもしれない。何か特別な存在である可能性が高い。
そんな情報を得た悠人は、ただ落胆した。それが何だというのか。役に立つ情報ではない。
期待ハズレに悠人はため息を一つ吐いて、ヨーティアに視線を送る。
「何であろうとオルファはオルファ。ウルカはウルカだ。それで、俺は二人の隊長で仲間だ」
静かに、しかし辺りに重く響く声で言った。
ヨーティアは眼を細めて微笑する。そう言うだろうと分かっていたようだ。
「ま、そうだね。ボンクラな答えだが、ボンクラなりの正答だ」
「いちいち人をボンクラ呼ばわりしないと気がすまないのかよ」
「ボンクラにボンクラと言って何が悪い。
あれだけの天才が傍にいて、自分のボンクラを理解できていないわけじゃないだろう」
言われて悠人は表情をしかめた。
ヨーティアが言う天才とは彼女自身のことではない。
同い年で、同じ境遇にいる。しかし凄まじい才能を持つエトランジェ。
「俺が天才じゃない……ボンクラだってのは分かってるさ」
横島との差は戦闘訓練のたびに思い知ってきた。
何度も何度も素振りしてミリ単位でフォームを矯正したり、必死に走りこんで体力作りをして、魔法も繰り返し練習して精度を高めている。
この世界に来た当時とは比べ物にならないほど強くなった実感はある。
だが、横島はそんな自分の努力をあざ笑うかのように、苦も無く先に進んでいるようにしか見えなかった。
必死に階段を一段ずつ登っている最中に、三段飛ばしで駆け上がっていくのを見る気分だ。
目を見張るような技を開発していく横島を前にすると、地味で目立たない努力を続けている自分が酷く滑稽に思えてしまう。
それは戦闘だけではなく、仕事や日常生活においてもそうだ。
周りを陰から陽に変えていく性格。
豊かな発想と凄まじい行動力。
何でも器用にこなす才能。
地味で真面目で不器用な性分の自分では真似しようが無かった。
ラキオスの総隊長という立場は横島に譲ったほうが良いのではと考える事もある。
「悩んでるねえ。ま、この天才には分からない悩みだけど」
いつものように上から目線でヨーティアが言う。
はいはい天才天才、と悠人は鬱陶しそうに相槌を打った。
そこで少し驚く。ヨーティアは真剣な表情で此方を見つめていた。
「私は以前、帝国の大学で研究者をやっていた」
唐突に過去を語られ、悠人は何を言えるわけもなくただ聞き入る。
「始めはチームで動いていたけど、他の奴等はボンクラ揃いで、すぐに独りになった」
ヨーティアはただ一人で他のチームよりも結果を出し続けた。
憧れや嫉妬など、色々な理由で接触はあったが、結局は一人に戻った。
誰もヨーティアに付いてこれなかったのだ。
殆どの者がヨーティアと向き合い話をすると、話についてこれず劣等感に苛まれて自爆していくのである。
そんな折、ヨーティアの前に一人の男が現れた。
――――君の実験結果と違う反応が出たぞ。天才も大したことがないのだな。
「その男は研究者としては並みのボンクラだった。特徴なんて、ガタイが良くて頑丈だったぐらいさ。そんな凡才が、私が数回で切り上げたマナ実験を数百回とこなして、私の知らない反応が出たことで論争を吹っかけてきやがった」
取っ組み合いの論争の末、最終的にはヨーティアが勝利した。
ヨーティアは男を散々なじったが、研究論文にはヨーティアと男の名が刻まれていた。
それからだ。
男は検証に検証を重ねて、ヨーティアの論文にある小さな穴を見つけては論争を仕掛けた。
どれほど才能の差に打ち倒されようと、根性と体力と、何より不屈の精神で凡人は天才に挑み続けた。
「気が付いたら、私とあいつと……は、チームを組んでいた。
その時に私達が仕上げた論文が、帝国のエーテル技術を支えていると言って良い」
ヨーティアの言葉に悠人は耳を奪われていた。
自他ともに天才と認めていて、周囲を凡人と見下す天才が、凡人を愛おしく語る。
天才科学者が、何を見て、何を経験してきたのか。その一端に触れていると理解する。
「ヨコシマの力を引き出せるのは女性体であるスピリットだろうさ。でも、アイツの隣で剣を振るって対抗心を引き出せるのは、やる気のある凡人じゃないかね。それに……天才って言うのは、稀に凡人が考えもしないミスをするもんだ。誰かは、付いていってやらないとダメなのさ」
そこまで言われて、悠人はようやく自分が慰められているのだと気づいた。
いや、慰められているというよりは、年長者からのアドバイスと言った方が適切か。
「あ、ありが――」
「さあ、天才は色々と忙しいんだ。出てった出てった」
礼など言わせず、蹴飛ばすように研究室から追い出す。
悠人を追い出した後、ヨーティアは途端に表情を厳しくして溜息を吐いた。
敵は、余りに強大すぎる。
横島と話をして、そしてオルファリルの特殊性を見て、ヨーティアは黒幕との間に絶望的な戦力差がある事を理解していた。
これはただの力の差だけではない。
敵は記憶を、歴史すらも操ってくる。反則としか言いようがなかった。
突破口があるとすれば、それは横島以外に無い。
だが、それは敵も理解しているのだろう。『天秤』という枷を嵌めているのも納得だ。
それに横島の心には特大の闇があるとヨーティアは睨んでいた。いつか致命傷になりかねないほどの、特大の地雷が横島にはある。
その闇を癒せるのは女だ。しかし、闇を暴きだせるのは悠人しかいない。
横島が妙に悠人を意識していることからも、それは明らかだ。
「私らみたいな結末にはなってくれるなよ」
天才と凡人の行く末を思い、天才科学者は強く酒をあおった。
その頃、黒幕の頭領である幼女はとある映像を見て頭を抱えていた。
遺跡の広間に浮かぶ映像には、赤毛の少女が写りこんでいる。
幼女の目には旧知を見るような、懐かしさと忌々しさが同居していた。
「まさか覚醒寸前とは。この大事な時にまた面倒な」
幼女は本当に面倒そうに言った。
そこに焦りはないが、しかしいつもの余裕も感じられない。
どうもここしばらく予定外の事態が重なってきているから、何事も無く予定を消化させたい、というのが幼女の本音であった。
幼女の周りには、優男と黒の布で目を覆った女がいる。
二人は幼女の困りようを楽しそうに眺めていた。
「万が一も『再生』が目覚める事はない、って言ってたような気がするんだけどねぇ」
「億に一つはありうるという事でしょう」
二人は軽口を叩き合う。
ギロリと幼女に睨まれて、女は肩をすくめた。
「問題はそれだけじゃないですよ。想定より遥かに『再生』にマナが循環していない。大地にマナの満ちてない。いくら最後にジェノサイドって言っても、これじゃ時間が掛かり過ぎちまう」
言いながら鞭の持ったSM女が遠くを見やった。
そこには何十メートルもありそうな巨大な神剣が輝く大地に突き刺さっている。
「死者が、嘆きが、余りにも少なすぎますねえ」
二振りの剣を腰に差した優男がつまらなそうに言う。
すると、幼女はにんまりと笑った。
想像以上に横島が頑張った結果だった。まさか、これほどスピリットが死なないとは思いもしなかった。バーンライト、ダーツィ、マロリガン、そして人間に秘密裏に飼われていたスピリット。
いずれもが殆どがマナの霧となって、一定の割合で『再生』に流れ込むはずだった。
だが、予定の八割以上が生き残るというトンでもない結果が生まれてしまった。
彼の周りでは、希望と笑いが生まれる。
だからこそ、最後が地獄となるのだ。
横島の笑顔と苦悶を想い、幼女は悦に浸る。
楽しげな幼女の笑みに、女はうんざりした。
「最後のお楽しみに取っておくのも限度があるよ。想定より手間取れば、カオスの連中がテコ入れしてくるかもしれないんだからねえ」
女は警告のように言った。
幼女はどうしたものかと考えて、ポンと手を叩く。
「来なさい」
その一言だけで、ローブに身を包んだ巨体の隠者が出現した。
どうにかしなさい。
幼女は現状を説明して、ただそれだけを命じる。
隠者は軽く頷いて、そして掻き消える。
「うふふ、本当に霊力というものは便利ですわ」
幼女は機嫌良さそうに笑う。
空気の緩み具合がSM女には気になった。
「アイツが何者かは知らないけど、ちょっと権限を与えすぎじゃないかねえ」
「使えるものに裁量を与えるのは当然ですわ」
部下の抗議にあっさりと答える。
それで話し合いは終わった。
幼女は日課の『横島・ザ、ベスト集』の作成の為に部屋へ戻る。
「どうにも嫌な予感がするねえ」
「同感です」
色ボケ上司に、正体不明の力を持つ隠者。
長く生きてきた二人には、綻びの予兆が見えていた。
「ま、楽しいならそれでいいさ」
「同感です」
諌める家臣がいないというのが、一番の問題かもしれない。
不穏の兆候は、黒幕達にすら覆いかぶさろうとしていた。
それから数日後。
それは、本当に唐突だった。
午前の訓練が終わり、ヒミカと一緒に第二詰め所に戻ろうとしていた時のこと。
やや離れたところに、強力な霊力が現れたのを横島は感じた。
自身よりも遥かに強い霊力。これは上級神魔クラス。
しかも、この霊圧には覚えがあった。もしもアイツなら、この距離でも危ない。
「こい! 『天秤』!!」
すぐさま神剣の守護を受ける。
同時に、世界が切り替わった。
鳥は空で羽ばたきを止めて静止し、風で揺らいでいた草木は凪いだまま動きを止める。
明らかな異常だ。隣で歩いていたヒミカもピタリと動きを止めていた。
いや、よくよく見ると、少しずつは動いている。
「ふむ」
横島は今までに無いほど真面目な表情になった。
ヒミカの胸に手を置く。
フニフニフニ。
『最低だ』
(最低ね)
最低としか言い様が無い行為を終え、一仕事を終えたような晴れやかな横島は『天秤』を振り上げる。
「永遠神剣第五位『天秤』の主が命じる! 時間の刻みを俺の元へ。タイム・アクセス!」
魔方陣が周囲に広がって、そこから草木や鳥が普通に動き始める。
横島の唱えた神剣魔法は、場魔法の一つだった。
効果は、周囲一帯の時間の流れを正常にするというものだ。
謎の巫女、倉橋時深の術式を見て、とりあえず作った神剣魔法である。
本当は対象の時間を早くしたり、遅くできる魔法を開発しようとしたのだ。
だが、自分に魔法をかけようとしても、神剣の守護で弾かれてしまう。魔術の耐性を弱めればいけるかもしれないが、それでは炎の槍を一発喰らうだけでお陀仏だ。
敵に魔法を掛けようにも、よほどの力の差がないと効果はないだろう。それなら、力を弱める魔法を掛けたほうが何倍も効率的だ。
結局、対象にかけるのを諦めて、フィールドに展開する方式を採用した。
一応、フィールドの時間を操作することも出来たが、殆ど意味がない上にマナ消費が激しくなるので操作するメリットは薄い。
はっきり言って使い所は無いと横島は考えていたが、まさかこんなにも早く活躍するとは思いもしてなかった。
時間の流れが戻り、ヒミカも動き出す。
「ヨコシマ様、いつの間に神剣を?」
「ヒミカ、話は後だ! 霊力の方向は……急いで第一詰め所に行くぞ!」
「何だか分かりませんが、分かりまし……たあ!!」
ヒミカの拳が横島に突き刺さる。
きりもみしながらぶっ飛んでいく横島。
何故殴ったのかヒミカもよく分からなかったが、きっとまた知らないところで横島が馬鹿をやったに違いないと納得する。
極限まで突っ込み属性を強化されたヒミカには、時間を操られたセクハラすらお見通しだった。
場面は第一詰め所に移る。
「オルファー帰ったぞー」
「あ、パパ! お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
訓練を終えた悠人を、メイド姿のオルファが出迎えた。
戦えなくなったと言っても、オルファは働き者だ。炊事家事洗濯と、訓練しないのだからと全て一手に引き受けていた。
庭先でエスペリアのハーブに水をやるオルファを、悠人は優しく見つめる。
「ねえ、パパ。オルファね、最近、夢見るんだよ」
「へえ、どんなのだ」
「夢の中のオルファはとても大きくて、胸もボインボインなんだ。とっても強くて、たくさん仲間が居るんだよ」
「そっか。オルファが大人になったら、きっと美人になるさ」
「えへへ。ありがとね、パパ」
珍しく女性を褒める悠人。
子供相手というのもあるが、それ以上にオルファなら間違いなく美人になると確信しているからだろう。
オルファは恥ずかしそうにして、水まきを再開する。
しばらくして、オルファはまた悠人に声を掛ける。
「パパは、ママってどういうのか分かる?」
不思議な質問だったが、悠人はしっかりと考えた。
生母は覚えていないが義母は覚えている。
血の繋がりは無くとも優しくしてくれた、大切な母だ。
「子供にとって一番優しくて……絶対の味方って奴かな」
自分にとっての印象を答える。
悠人の答えに、オルファは視線を伏せた。
オルファの手は震えていた。
「ねえパパ。オルファね……オルファはひょっとしたら」
まるで罪を告白するように、オルファは何かを言おうとしている。
ふと、ヨーティアの言葉を思い出す。オルファは、全てのスピリットの母親だと。
思わずぞっとした。
まさか、そんな、あるはずがない。もしもそうだとしたらこの世界は。オルファは。
そこまで残酷な事、あってよいはずがない。
心配になった悠人はオルファに向って一歩を踏み出して、横島の神剣反応を強く感じた。
すぐさま『求め』を握って力を引き出す。これは神剣使いの嗜みだ。
次の瞬間、オルファに二又の槍を突き出す銀髪の女が現れていた。オルファは完全に動きを止めて、気づいた様子もない。
その距離は、もう一メートルもなかった。
考える間もなく、気合を入れてオーラフォトンを放出。女を吹き飛ばす。
「これは一体なんだ!?」
時が止まったようにオルファは動きを止めていた。
悠人は混乱したが、それでもやる事は分かっている。
動かないオルファの守るように女の前に立つ。
銀髪の女は17,8歳ぐらいの、悠人と同い年ぐらいの見た目だ。
強気で勝気で、殺意に満ちた目でオルファを睨んでいる。
「はん、妙な力を使う男だね。悪いがあんたに用は無いんだよ。そのおチビちゃんを引き渡しな」
日本語で言われて驚く。
さらに、どうやら神剣のことも知らないらしい。
しかも、この妙な現象。となれば察しはつく。
「お前は横島の世界の住人か」
「……ふん、その通りだよ。そうか、ソイツもこの世界に来てるんだね」
「ああ、お前の後ろにいるぞ」
「なに!?」
慌ててメドーサは振り向く。
だが、そこには誰も居ない。
「横島の世界の住人にしちゃあ、随分と単純だな」
「貴様ぁ!」
射殺すような目で睨まれるが、恐怖など感じない。
今のでこの女は脅威になりえないと分かったからだ。
「おい、横島。こいつは知り合いなんだろ?」
悠人が呼びかけると、さっと横島とヒミカが現れる。
神剣反応から、すぐ傍まで来ていたのは気づいていた。
気づいていなかったのはメドーサだけ。
さっきの嘘に騙された時点で、永遠神剣を持っていないのは確定だ。
「いや、久しぶりだな……やっぱりピチピチ状態が一番やな!」
「お前が横島……メドーサを、あたしを殺した男か……覚えてるよ」
メドーサは呟く。
妙な違和感に横島は首を捻った。まるで他人事のように聞こえる。
メドーサの言葉から怒りは感じ取れても、どうにも強い憎しみを感じとれなかった。
それに、あの程度のペテンに騙されるほどメドーサは馬鹿だっただろうか。
とにかく捕まえて、色々と話を聞く必要がある。
「はん。確かに人間とは思えないほどの霊力を身に付けたみたいだが、所詮は人間。その程度じゃ勝負にならないね。超加速を無効化する力を得た程度でいい気になるんじゃないよ!」
どうやら神剣に関して、何一つとして知識を持っていないらしい。
「いやまあ……かかってこいや」
「その余裕面、引き裂いてやる!」
メドーサが横島に飛び掛る。
戦闘は一瞬で終わった。
ブラックスピリットが使う、物理衝撃を反射するタイプの障壁を張る。
二又の一撃を受け止めて、メドーサが自身の衝撃を喰らって硬直した瞬間に、軽くオーラの波を叩き込んだ。
メドーサは地面に大の字になって倒れる。
「ば、馬鹿な! パワーアップした、この私が!?」
「いや~この世界は少年漫画以上にインフレが激しくてな。再生怪人がちょっとパワーアップした程度じゃどうしようもないんだ」
バトル物は世知辛い世界だ。
一度でもやられた敵キャラなど、大抵はかませキャラに転落していく未来しかない。
というか、神剣もなしに放り出されてはどうにもならないだろう。
戦闘ロボットと世界最高のスポーツ選手を戦わせるようなものだ。まあ、特殊なテニスプレイヤーなら、また別かもしれないが。
「そんじゃあ、縛り上げて色々と聞き出しちゃる!」
「それは良いですが、ヨコシマ様? どうして手を気持ち悪く動かしているのでしょうか」
手を気持ち悪くワキワキさせてメドーサに近づく横島をヒミカは冷たい目を向ける。
くっ、殺せ! とばかりにメドーサは横島を睨みつけて――――心臓を貫かれ果てた。
「は?」
横島達は目を丸くする。
前触れなく天から降ってきた槍が、メドーサを突き殺した。即死だ。
慌てて回復魔法を唱えようとした横島だが、なんと自分を突き刺した槍をメドーサは引き抜く。
その目は、ただひたすら虚ろだ。
メドーサを貫いた槍から、悠人すら超える強力な神剣反応が放たれる。
「危険ですヨコシマ様! 下がってください!!」
ヒミカが飛び出し、横島の前に立つ。
横島は止める間もなかった。ヒミカも、メドーサも。
メドーサは凄まじい勢いで永遠神剣と思わしき槍で薙いだ。
音速を遥かに超えた一撃をヒミカは『赤光』でギリギリ受け止める。
だが、なんと受け止めたはずの槍が大蛇に変化した。
マリオネットの糸が切れるように、メドーサが倒れる。
「え」
想像を超える事態にヒミカは呆けた声を出して、それが最後の言葉となった。
大蛇は素早くヒミカの首に絡みつき、一気に締め上げる。
ブチブチブチブチン!
肉が一気に引きちぎられる音が響いて、最後に骨すら切断される。
引きちぎられた首が、オルファの足元に転がった。
蛇は倒れ伏していたメドーサに寄生虫の如く絡みつくと、また槍の姿を戻る。
メドーサがゆらりと立ち上がった。メドーサの瞳は、やはり何も見ていない。まるで人形だ。
「メ、メドーサァァァァーーーー!!」
殺意の塊となって横島はメドーサに切りかかっていった。
メドーサは横島と激しく打ち合いながら、オルファへと足を向けようとする。
どうやら、狙いは最初と変わらずオルファらしい。
悠人は怒りと悲しみに襲われていたが、とにかくオルファを守ろうと周りに障壁を張り続ける。
そこで気づいた。
オルファはヒミカの首を抱きしめていた。
首が黄金色のマナに変わっていくのを、涙を流して見つめる。
その涙は、ただ仲間が死んだ悲しみだけでなく、もっと深い悲しみが含まれているように悠人は感じた。
オルファの手には、いつの間にか彼女の神剣である『理念』が握られている。
「『再生』よ」
オルファが『理念』を胸に当てて呟くと、膨大なマナがオルファに集まっていく。
横島やメドーサとは比べ物にならないほどのマナ量。
そしてオルファの永遠神剣『理念』が少しずつ形を変えていく。
「『再生』の炎リュトリアムの初期覚醒を確認。自爆による次元幽閉を実行します」
メドーサだったものは機械のような声を出して、周囲のマナを取り込み始めた。
明らかに自身の限界を超えるほどの勢いでマナを集めていく。
「おい横島! 何だかやばい、離脱するぞ!!」
「クソクソクソ! こいつは俺が絶対に!!」
ヒミカの死によって横島は我を失っている。
オルファの様子も可笑しい。
このメドーサという女は爆発寸前の爆弾のような有様だ。
全滅という言葉が悠人の頭をよぎる。
「大丈夫だよ、パパ」
まるで幼子を安心させるような、慈愛に満ちた声。
いつものサイドテールがほどけて、オルファの豊かな髪が波動を受けてたなびく。
今のオルファは、小さな女神のようにすら見えた。
「オルファは、パパに会えて幸せだったから」
心臓が跳ね上がる。
その言葉が。その笑みが。アセリアと重なった。
「やめろ、止めるんだ! 止めてくれ!!」
悠人は目に涙をためて懇願した。
しかし、いくら頼んでもオルファの覚悟は揺らぐことは無い。
皆の為に、自分の為に、全てを捧げる。
――――さよなら、パパ。
メドーサが槍もろとも破裂する。
膨大なエネルギーが横島を、悠人を、全てを飲み込んで崩壊させていった。
その最中、悠人は見た。
オルファから放たれた金色の炎が横島を、ヒミカを、自分を、包み込んでいくのを。
遠い昔。
母の胸に抱かれているのを思い出しながら、悠人の意識は消失した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なあ横島。このメドーサって女の素性を教えてくれ」
横島は、目をぱちくりした。
目の前に悠人とヒミカがいた。
地面には、粒となって消えていくメドーサの姿がある。
手には『天秤』が握られていた。
――――これは一体何が起こった?
ゆっくりと記憶の整理を始める。
ヒミカがメドーサに殺されて。
敵を討とうとメドーサに切りかかって。
最後にメドーサが爆発して。
いや違う。
俺は襲ってきたメドーサを打ち据えて。
倒れても抵抗を止めずに霊波砲を乱射してきて。
しかたなく俺が止めを刺した。
そういう記憶はある。
だが、違う。違うはずだ。
記憶の混乱で吐き気を催す。
「どうしたんです、ヨコシマ様。もしや傷でも?」
ヒミカが、生きて目の前にいた。
それだけで横島は良かった。
衝動のままヒミカを強く抱きしめる。
「貴方と言う人はまた!!」
いつものセクハラだとヒミカは思い、手を振り上げる。
だが、拳を振り下ろすことは出来なかった。
「ヒミカ……ヒミカ! 良かった、生きてる……うううぁ」
何が何だか分からなかった。
襲い掛かってきたメドーサとか言う女を切り倒した後、急に泣きながら抱きついてきたのだから。
それでも、わかる事はある。
横島は、ヒミカ・レッドスピリットの命がある事を心から喜んでいるのだと。
「大丈夫です、大丈夫。私は生きてます。生きて、ずっとあなたの傍に居ますから」
「う……うあ。ああ、ああ!」
嗚咽のような声で、何とか返事をする横島。
ヒミカはたまらない切なさを覚え、横島に負けないぐらいの強さで彼を強く抱いた。
どれほどそうしていただろうか。
「あーその……もうそろそろいいか」
居心地の悪そうな悠人の顔を見て、ヒミカはようやく人前で抱き合っているのを自覚した。
「よ、ヨコシマ様! ほら、もういいでしょう……どうしてもというなら、また後で抱きしめるから」
どうしても、から先の言葉は、悠人に聞こえないように囁くように言った。
横島はようやく我に返ったようだ。
「うおおおお!! ヒミカーーこうなったもう、青空の下でーー!!」
「正気に戻っても、結局それかーー!!」
ヒミカの昇竜拳(強)が横島に突き刺さる。
これがいつもの平常の日常だ。
呆れ顔の悠人が倒れ伏した横島を見下ろす。
「それで、横島。あのメドーサとかいう女について、どういう関係だったのか知りたいんだが」
「ああ、分かった……って、ちょっと待て! オルファちゃんの姿が見えないぞ!!」
間違いなくメドーサの、正確に言えばメドーサを乗っ取った神剣の狙いはオルファだった。
まさか少し目を離した隙に殺されてしまったのではないかと、横島は慌てる。
だが、悠人とヒミカは首を捻るだけだった。
「いや、オルファちゃんって誰だ?」
「オルファちゃんはオルファちゃんだろ! お前がパパって呼ばせていただろうが!」
「……すまん、何を言ってるか分からないんだが」
本気で悠人が言っているのが分かって、横島は血の気が引いた。
ヒミカにも聞いたが、オルファリル・レッドスピリットなんて聞いたことがないと、首を横に振るだけだ。
んな馬鹿なと、横島は第一詰め所に入ってオルファの痕跡を探す。
「ま、マジかよ」
愕然とする。
文書からも、写真からも、オルファリル・レッドスピリットの存在は消えうせていた。
オルファの部屋はもぬけの殻となり、彼女が付けていた傷跡も残っていない。
『記憶』の文珠まで使ったが、それは『心』の時と同じく効果を発揮しなかった。
「おい、横島。本当に大丈夫か。少し休んだらどうだ?」
病人を気遣うように、様子の可笑しい横島を心配する。
間髪いれずに、横島は悠人をぶん殴っていた。
「何しやがる!!」
「うっさい、この馬鹿が」
「いきなり殴って来てなにを言って」
「馬鹿が!!」
怒りと、悲しみと、やるせなさと。
誰よりもオルファの幸せを願っていたのは、悠人だったはずなのに。
一体何が起こったのかなんて横島には分からない。どうしようもない事態が発生しているのかもしれない。
それでも、横島は悠人を罵られずにはいられなかった。
どうしてお前が、他の誰でもないお前が忘れてしまうのだと!
理不尽に殴られ、罵られた悠人だったが、横島の剣幕を前にして言葉を無くす。
とても大切な何かを失くしてしまったのではないか。
何かが、魂に訴えてくる。
しかし、いくら記憶を揺り起こしても『何か』の影すら浮かんでこなかった。
だが、それは仕方がないこと。
今の悠人は、オルファに出会わなかった悠人なのだから。
あれから誰に聞いてもオルファを覚えている者はいなかった。
唯一、何故かルルーだけが違和感を強く覚えていたが、やはり思い出す事はない。
文書すら、オルファの部分の記述が摩り替わっているのだ。
横島は『書いた覚えは無いのに、書いた記憶がある状態』に困惑した。
最後に横島はレスティーナとヨーティアの元へと向う。
覚えているのは期待していなかったが、しかし二人にはある事情を伝えていた。
そう、記憶を操る黒幕の存在を二人には話していたのだ。
何か良い案を考え付いてくれるのではないかと期待したのだが。
「記憶を操る黒幕? 一体何の話でしょう、エトランジェ・ヨコシマ」
「いやいやレスティーナ様、話したじゃないですか。黒幕は記憶を操るって」
「私達がヨコシマから聞いたのは、この世界に戻ってくる時に犬耳の巫女に世話をしてもらった、ぐらいでしたが」
忘れたのはオルファだけじゃなかった。
少し前に横島が話した、タキオスや時深といった、この大陸を影にいる黒幕達。
それらをどうにかしようと話し合ったことすら忘れている。
いや、厳密に言えば忘れたではない。無かった事になっていた。
横島はもう、どうにでもなれ、としか言いようがない。
だが、ヨーティアだけは頷いていた。
「ふむ、なるほどね。そういう事か」
「思い出してくれたんすか!」
「いんや。だけど、この異常な世界に疑問を持たないのは、思考を誘導されているだけじゃなくて、真相に近づくと消されちまってるのかもね。そうでもなけりゃ、何十年何百年もこんな状況を維持できないさ」
絶対者による完全な箱庭。
それがこの、有限世界の正体。
「しかし、どういう手を打ったらよいもんか。対策を考えようとすると、対策を考えていない状況に戻されちまう……参ったねこりゃ」
流石の天才も、無かった事にされてしまうのでは打つ手がないようだ。
打開策が見出せないまま、局面は進む。
数日後。
横島はレスティーナに呼び出された。
「エトランジェ・ヨコシマ。良くない報告が二つあります。
まず一つ、マロリガン戦で捕虜にしたスピリットの半数が殺されていました。
看守の報告によると、犯人は二又の槍を持った長髪の若い女。貴方が撃破したメドーサに間違いないでしょう」
撃破したのは、俺じゃないんですけどね。ま、言っても無駄みたいですけど。
心の中で、皮肉っぽくレスティーナに返すのが精一杯だった。
神剣使いは戦力のほぼ全てを神剣に依存している。神剣を取り上げられた捕虜のスピリットでは、神魔のメドーサに対抗できるわけもなかった。
あれだけ皆で協力して、苦労したのに、あっさりと半分を無しにされてしまった。
命も、記憶も、存在すらも。黒幕は好き放題に弄り回してくる。
「もう一つ、マロリガンが動きました。
詳しい経緯は後で説明しますが、最後の攻撃を仕掛けてきます。
エトランジェ・シロ・タマモ・コウイン。キョウコ。彼らが先頭に立ち、特攻をしかけてくるでしょう」
黒幕は意地にでも俺たちに殺し合いをさせたいらしい。
使い捨てにされたメドーサの姿が目に浮かんでくる。
メドーサは許せないが、だけど全ての元凶は黒幕共にあるはずだ。
――――GSを、俺達の世界をなめんなよ!
横島は決心した。
黒幕の思惑を叩き潰す為ならば、なんだってやってやると。
「俺に任せてください」
唇を三日月型にして、圧倒的な覇気を纏った微笑で横島は言った。
レスティーナは未だかつていないほどの悪寒に身を震わせた。
話がごちゃごちゃしている印象。視点が移動しすぎなのが原因かな。
どれも必要な話なんだけど、もっと上手く纏められないものか。
割と悲壮感溢れる話だったかも。
原作だと世界改変で大切な人が消されても、誰も覚えていないから悲しむ人はいない。
敵は皆殺しするしかない状況だから、助けられなかったとか苦しむこともない。
横島が希望と笑いを振りまくからこそ、ダークな世界観が輝いていい感じです。
勿論、横島もやられてばかりではありません。次話は横島の反撃で、諸々の事情で色々と弾けます。エロにギャグに大暴れの巻き。
そして次次話でヒロイン決定。こっちは本気でどうしようかな。二つのルートを書いて見比べてますが、どちらが良いのかまだ判断できない。