永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第三十四話 勇者と英雄

 永遠の煩悩者 第三十四話

 

 勇者と英雄

 

 

 

 

 エクの月 緑みっつの日

 

 大陸そのものを破壊しかねないマロリガンの暴走を止めるべく、横島達は砂漠を超えてマロリガン首都に向かって歩を進めていた。

 道中、横島と悠人の喧嘩や、破廉恥な横島の起床により僅かに遅れは出ていたが、それでも問題無しといえる速度で首都に迫る。

 とはいえ、いくら音速を遥かに超える速度が出せるといっても体力はそれほどでもないのが肉体がマナで構成された者の特徴だ。休憩は必須。出来ればマナの満ちた都市で休むのが望ましい。

 

 そこで道中のマロリガン都市の一つであるミエーユで横島辺りが補給物資を購入し、情報を集めて休憩しようという計画があった。敵の妨害も考えられたが、どうせ降伏が出来ないスピリットは全て排除しなくては前に進めないのだから気にする必要はない。

 

 だが、悠人達は都市付近で立ち尽くしていた。

 敵の防備が想像を超えていたから、ではない。敵スピリットは一人も存在しなかった。

 代わりに立ちはだかったのは石壁ならぬ人壁である。

 

「おい! 早く前に進め!!」

「子供がいなくなったんです! 誰か探して!!」

「いやだ、死にたくない死にたくない」

「食い物の店は襲え! 砂漠を越えてラキオスに!」

 

 狂騒。狂乱。正にパニックと言うに相応しい。都市の周りを塀に囲まれた城塞都市であるため、出入り口のある狭い門には人が多くひしめき合っている。誰もが少しでもマロリガン首都から離れようと必死なのだ。パニックの原因は言うまでもなく、首都でマナ消失爆発が起きて、周辺都市も壊滅的被害を受けると伝わっていたからだ。

 

 しかも、この都市を統括する市長や上級軍人がシロ達に殺害されてしまい、この混乱を収める立場の者がいないのも問題だ。混乱が収まるのは期待できないだろう。

 まあ、この市長とやらは大統領の暴走を耳にすると自身だけ早々に逃げ出そうとして、そこを呆れ顔のシロ達に討たれたので、いても混乱に拍車をかけるだけだったのだが。この事件は喧伝されて市民の怒りと混乱は絶頂に達している。

 

 エスペリアは恐慌に陥っている人々を痛ましそうに見つめたが、副官としての立場から平静を装った言葉で悠人に発言する。

 

「これではとても情報は集められそうにありませんね。食料もやめておいた方が無難でしょう。下手に暴動に巻き込まれたら面倒事になりかねません」

 

 スピリットは人間には手が出せない。暴徒の鎮圧も治安維持も出来ないのだ。

 一部の例外はあるようだが、これは大原則だ。もし人間の暴徒に囲まれたらスピリットはどうなるのか、まったく予想が付かない。神剣の力が使えなかったら暴行を受けるだろうし、神剣の力が使えれば撫でただけで人間のミンチが出来上がる。

 

「この状況を放っておくのか!?」

 

 当然ながら悠人は難色を示した。死人も出ているだろう暴動を素知らぬ顔で見過ごせるほど悠人は冷血漢ではない。

 エスペリアはそんな悠人を誇らしく思いながらも、言葉は断固としていた。

 

「ユート様、治安回復は私達の仕事ではないのです。下手に手を出せば混乱を助長するだけでしょう。戦後処理にも悪影響の恐れがあります。私達は姿そのものを見られないほうが良いと考えます」

 

 正論だ。悠人もそれは分かる。

 優先順位を考えろ。デメリットが大きすぎる。隊長として合理的な判断をしろ。

 上に立つべきものとしての責任が悠人に絡みつく。

 

 先日、横島にシロとタマモの件を諦めるなと不合理な判断を下した時もあったが、あれは相手が横島だったからこそだ。

 ただ自身の感情のみを優先するほど、悠人はバカでも子供でもない。

 歯を食いしばる悠人。その目に、一つの光景が飛び込んでくる。

 

「邪魔だ、ガキ共!」

 

「うあ!」

 

 まだ幼い兄妹が大男に突き飛ばされて地べたに転がった。

 妹は足を怪我したのか立ち上がれず、兄は妹を慰め守ろうとするがどうにもならず、泣きながら親の名を呼ぶ。

 親を亡くし、遺産目当ての親族に振り回された過去を思い出した悠人は大男を睨みつけた。

 

 大男は体格の良さを武器に門にひしめく群衆を押しのけて逃げようとしていた。

 だが、その大男も何百人もの人の濁流には逆らう事はできない。人海に飲まれ、押され、潰され、個人では抗えない力の流れに踏み潰されていく。

 

 いい気味だ、とは悠人には思えなかった。ただ空しさを覚え、同時に胸に火が付くのを感じた。

 横島に視線を送る。悠人の決意に満ちた眼に横島は嫌そうな顔をしたが、やるならさっさとやれと顎をしゃくった。

 次の瞬間、悠人は城壁の上に立ち、民衆を見下ろしていた。

 

「マロリガンの民よ、聞け!!」

 

 重厚な大喝が広範囲に渡って響く。

 悲鳴と怒声で埋め尽くされていた辺りを無音にするほどの、大一喝だ。

 

「俺は『求め』のユート! 既にこの町はラキオスに下った!!」

 

 悠人の名はマロリガンでも知られているらしく、誰もが目を丸くする。

 

「このうえは、早々に騒ぎを止め、沙汰があるまで粛々と元の生活に戻るが良い!」

 

 いけたかだかに悠人は言い放つ。

 完全に上からの言葉は民の怒りを誘うには十分だった。今回の自国の暴走は全てラキオスの所為ではないか。そんな考えすら湧き出てきた。

 男は石を投げつけようとして、女は罵声を浴びせかけようとする。

 悠人はそれを見ながら冷笑した。

 

「逆らうならば」

 

 冷たく、重く、鬼のような声を出しながら悠人は『求め』に力を送り込むと、天に向かって神剣を一振りする。

 

 目も眩むような光が刃となって曇天の空を切り裂いた。

 切り裂かれた雲の隙間から太陽の光が差し込み、薄闇に覆われていた辺りを照らす。

 民は言葉も無く、あんぐりと口を開けながら太陽の光を浴びた。

 

 超常の力を発揮させ、さらに偉丈夫である悠人の姿は映えに映えた。全身から白いオーラを放出させて髪を逆立てるその姿は魔神にすら見えた。

 悠人は『求め』の剣先を民に向ける。

 民は恐怖に引きつり、悲鳴をあげて逃げようとしたが、

 

「大統領の暴走は必ず止めます。皆さんはいつもの暮らしに戻ってください」

 

 その声は圧力がありながらも穏やかで、爆発しようとした恐怖を押さえつけるには十分なものだった。人々はうなだれる様に悠人に平伏する。この恐ろしい男を信じるしかないと理解させられたのだ。

 

「うう、ユート様……とても立派です!」

「見事と言うしかありません」

 

 威風堂々たる悠人の姿にエスペリアは感涙を流す。

 ウルカも驚嘆していた。圧倒的な武威を示し恐怖を与え、それが爆発しない程度に抑える。戦闘も逃走も許さない。これは中々できることではなかった。第三詰め所を力で纏めている経験が生きたのだろう。

 また、下手に長々と演説じみた真似をしなかったのも良い。口下手な悠人では、どこかでボロが出たに決まっているからだ。

 

 他のスピリット達も我らが隊長の勇姿に目を輝かせた。

 面白くないのは、当然だがこの男。

 悠人なんぞに負けてたまるかと立ち上がる。

 

「マロリガンの女の子達よ、聞けーい!」

 

 悠人に劣らない大音量で、しかしどこか力の抜ける声が辺りに響く。

 なんだなんだ、と辺りを見回すと、城壁の上にタキシードを着込んだ妙な男が立っている。妙に目がキラキラしていて、妙なポージングを決めていた。

 

「ふっ! 俺が『天秤』の横島だ!」

「あ、あれが!」

「エトランジェ・ヨコシマ!?」

「かの有名な変態!?」

 

 悠人と同じく、横島の名も有名らしい。どう有名なのかは言うまでも無いだろう。

 同じ城壁の上であるが、横島の方が悠人よりも頭一つ大きく見えた。なんと足元に何処からか見つけてきたミカン箱を足場にして、悠人よりも身長を大きく見せていたのだ。

 それを見た兵士はプッと思い切り噴出していた。

 

「女の子達はみ~んな俺が守ってやるぞ! さあ、俺の格好良い所を見るがよーい!」

 

 先の悠人と同じく、横島も『天秤』に力を入れて空に神剣を一振りする。

 光の塊がぐにょんぐにょんと形を変えて雲を吹き飛ばした。

 

 僕ヨコシマ! 現在、彼女募集中!

 

 アホな文が、日本語以上に複雑な形である聖ヨト語で雲に描き出される。圧倒的な力を示したのは悠人と同じ。だけれども、ただひたすらに横島は馬鹿だった。

 

「なんなんだありゃ!」

「あれがナンパ百敗のエトランジェ・ヨコシマか」

「きっと年齢イコール彼女いない歴ね!」

 

 市民達の反応は当然だった。

 まったく格好良く思われていないと気づいた横島は地団太を踏むと、次なる一手を打つことにする。

 

「マロリガンの皆さーん! 悠人はシスコンでメイド萌えで暑苦しい筋肉馬鹿ですよ~。偉そうにして、リクェムを食べて涙目になる子供舌ですよ~」

 

 自分がモテナイのなら、モテル奴を引き摺り下ろしてしまえばよい。

 こうだから横島はモテナイのだが、たとえそれを言ってもモテ男を扱下ろすのを止められないのが横島なのだ。イケ面など爆発すれば良いのである。

 ちなみに、悠人の悪評を聞いた町人達の反応だが、

 

「妹こそ最強。良く理解しているな」

「メイドが趣味か……ふっ、悪くない」

「やはり男はガチムチが理想」

「リクェム食べて涙目とか……可愛い」

 

 概ね好評だった。むしろ株が上がっていた。

 怖い奴が捨て犬を拾ったりすると妙に良い人に見える、あの現象である。

 

「何でじゃ! どうしてコイツばっかりー! 所詮は顔なのかーー!!」

 

 いつもの横島の嘆きが響く。

 その滑稽な響きは、どうしてか周りの笑みを誘っていた。泣いていた兄妹も笑みを浮かべていて、それに気づいた悠人は少し寂しげに笑みを浮かべる。

 嘆いているのは横島。そしてエスペリアだけだ。

 

「あうう、せっかくのユート様の格好良い場面がギャグに……」

 

 悠人の見せ場がギャグ化させられて、エスペリアはがっくりと肩を落とす。横島の目論みの半分は成功したといえよう。

 落ち込むエスペリアとは裏腹に、町人達は活力を取り戻したようだ。

 

「楽しくて面白そうな人だねえ!」

「ラキオスに支配されたら無能な貴族に搾取されて酷い目に合わされるって聞いてたけど……そんな感じにはならないかもな」

「でもよう、あんなんが本当に頼りになるのか?」

「怖そうな奴もいるし大丈夫だろう」

「もうジタバタしてもどうしようもないもんな。後は信じて待つしかないよ」

「そうだな……そういや、今日はまだ飯食ってしなかったな」

「おい、怪我して泣いてる子供がいるぞ。早く医者と親の所に連れて行かなきゃ」

 

 恐怖と笑い。

 その二つを与えられた民は平静を取り戻した。冷静に考えれば、もう逃げたところで爆発からは逃げられないと悟ったのだろう。それならば横島達に協力した方が助かる可能性が上がるとも理解したのだ。

 横島に話しかけようとする兵士や町人もいる。これなら休憩も可能だろう。

 結果だけで見れば最高だ。

 

「ふふ、ヨコシマ様は相変わらずですね~」

「庶民的というか親しみやすいというか」

「要は、馬鹿なのよ」

 

 スピリット達が横島をバカというが、そこに悪感情は無く、むしろ誇りに思っているようにすら感じられる。

 だが、ただ一人。ウルカだけが表情を厳しくしてポツリと呟く。

 

「やはりヨコシマ殿は恐ろしいです」

 

「え? 今のどこが恐ろしいの」

 

「ユート殿以上の力を示しているのは明白ではありませんか」

 

 ウルカが雲を吹き飛ばして書かれた文字を指差すと、皆もようやく気付く。

 雲を切り裂くよりも、文字を作り上げる方が遥かに難度が高い。パワーはともかく、技術は悠人を圧倒していて、思考に至っては別次元だ。

 納得したようなセリア達だが、ウルカはそうではないと首を横に振る。

 

「本当に恐ろしいのはそこではありません。あれだけの力を眼前で発揮しているにも関わらず、誰もがヨコシマ殿を甘く見るという部分です。

 手前も何の情報も得ずにユート殿とヨコシマ殿と相対したのなら、まずユート殿を警戒してヨコシマ殿を放置するでしょう。いや、情報を得ていても油断するやもしれませぬ。

 真に恐るべきはヨコシマ殿と気づいた時には、時すでに遅し。まず倒すべきはヨコシマ殿であったと後悔しながら敗北するのが目に浮かびます」

 

 神妙そうに言うウルカに皆も少し唸る。

 確かにその通りだとは思ったが、どこかずれているとも感じた。

 

「私としては、無駄にヨコシマ様を警戒すると馬鹿を見ることになりそうなんだけど」

 

 ヒミカの言葉にウルカはしぶい顔になる。

 

「100中99回が警戒した挙句に馬鹿を見て、警戒を緩めた時だけ活躍する。ヨコシマ様はそういう類のお人です。敵がヨコシマ殿の知己であるシロ殿やユキノジョウ殿でなければ、もっと戦いは楽だったのでしょうが」

 

 横島の不運は、彼を最も評価しているライバルと弟子が敵に回ってしまった事だろう。

 100中100回、油断をしない彼らではせっかくの持ち味が封じられてしまったのだ。

 

 

 それから悠人達には無償で食事が振る舞われた。少しばかりの休憩の後、すぐに行軍を再開する。このまま順調に進めば多少の余裕を残して首都にたどり着けるだろう。だからこそ妨害が入り込むのは当然だった。

 

「多少の距離はありますが……あちらこちらから見られてますね」

 

「目的地方面にいないんだから無視して先に進む……ってわけにはいかないか」

 

「横腹を突かれる恐れがあります。ですが、こちらから出向くには距離がありすぎます。逃げられて行軍が遅くなっては意味がありません」

 

 地形も碌に把握できておらず、そもそもが敵中にある。いくら神剣反応で敵の気配を読めるといっても、神剣を身から少し離していれば反応を捉えにくくもなるのだ。

 気が付いたら四方八方を囲まれて赤の魔法を打ち込まれたら目も当てられない。

 こういった場合、斥候を出して索敵しながら進むのが常道だ。しかし、今は急いでマロリガン首都に向かわなければならない。周囲を確かめながらのんびり進む時間などなかった。

 悠人は決断する。

 

「合流が容易い程度の距離で部隊を分けて、リスクを分散しながら進もう」

 

「戦力を分けんのは危ないんじゃねえか」

 

「いや、分けても問題ないと思う。敵は俺達を囲むように薄く広く展開しているから、分けた所で有力な敵には遭遇しないだろ。怖いのは、固まって進んで広範囲魔法を受けて、グリーンスピリットが軒並みやられて回復不能になる事だ」

 

 先の戦いでマロリガンの戦力はほぼ消失している。マロリガンに残されているのは少数精鋭部隊である稲妻部隊ぐらいだろう。残った弱兵なら、例え囲んだところでラキオスのスピリットを撃破はできない。とにかく赤の魔法をやりすごせばいいのだ。悠人の判断は理に適っていた。

 

「しかし、どうしてマロリガンはこのような戦術を取っているのでしょう。いえ、そもそもマロリガンは何を考えているのか」

 

 エスペリアがこめかみを押さえながら呟く。

 敵の意図が掴めない。マナ消失爆発で世界を破滅させたいのなら、エーテル機器周辺を要塞化して防備を固めればよい。ただの脅しでも、やはり防備を固めて脅迫してくればよい。

 最悪の爆弾と、それを守れる実働部隊を分ける意義がどこにあるのか。現状は監視されているだけだ。

 

「少しでも俺や横島からスピリットを引き離したいのかもな」

 

「それはどういう意図で……これは!?」

 

 全員がある一点に顔を向けた。 

 隠そうともしない強力な神剣反応が二つが少し離れた所にある。

 間違いなく高位神剣を持つエトランジェだ。交戦経験のある横島と悠人は、これがシロと光陰のものだと気づいた。

 

「時間もそう多くは無い。俺と横島で行く。エスペリアは皆を指揮してエーテルコンバーターを止めに行ってくれ」

 

「まだ戦力には余裕があります。ウルカや私が同行すれば確実に勝利を掴めると思いますが」

 

「それをすれば光陰達は全ての戦力を集めて徹底抗戦するか、最悪の場合は帝国に逃亡して再起するかもしれない。逃げ道を塞ぐほど戦力を割けば都市は攻略できない。俺と横島の二人で行くしかないんだ」

 

「つーか、戦術とがどうかって話じゃないんだけどな」

 

 横島の言葉に悠人も頷く。

 邪魔者無しで決着をつけよう。

 シロ達の意図はそこにある。マナ消失爆発を起こそうとしているのも、大統領の考えは分からないが、シロと光陰の意図は一対一の状況を作り上げるためのものだろう。その意図を無視したのならシロ達もなりふり構わず戦いを挑んでくるはずだ。

 そうなれば敵味方入り乱れて総力戦になる。最終的には戦力差で圧殺できるだろうが、敵も味方も大勢が死ぬだろう。

 

「それに、敵はもう残り少ないとはいえ、まだ少しは首都にいるはずだ。周辺の敵にも万全を期す為に十分な戦力を送りたい」

 

「ユート様……ですが」

 

 なおも反対するエスペリア。

 

「俺を信じてくれ、エスペリア」

 

 悠人はエスペリアの瞳をしっかり見つめながら言う。

 卑怯だとエスペリアは思った。

 こうもまっすぐに見つめられて首を横に振れるわけがない。

 

「……信じます。ユート様」

 

「ウルカは皆を先導して道を切り開いてくれ」

 

「承知」

 

 ウルカは言葉少なく、しかし瞳を燃やしながら返事をする。

 

「アセリアも頼むぞ」

 

 心を消失したアセリアは何も言わない。言えない。それでも悠人はアセリアに声を掛ける。

 本当ならここでもう一人に声を掛けたのだろうが、彼女の存在を覚えているのは横島だけだ。不機嫌そうに横島は悠人を見たが、すぐににやけ面になって自分の隊員達をチラッと見ると、

 

「よし、皆。俺も頑張ってくるぞ!」

 

「はいはい、頑張って~」

「エッチな悪戯をして、ラキオスの恥にならないようにしてください」

「おみやげ期待してるねー!」

「返事するのがめんどう」

 

 第二詰め所の皆は実に軽かった。

 

「なんでじゃー! ここはドラマチックに、エロチックに送り出してくれるもんだろ!」

 

「だって、ヨコシマ様を格好良く送り出したら死にそうですし」

 

「はい。ヨコシマ様のシリアス時の負傷率を考えればこれが正しい選択です」

 

 まったくもってその通りだった。ギャグキャラを生かす最適な方法を、第二詰め所は知っているのである。

 横島も、「そりゃそうだ」と思わず頷いてしまった。

 

「わ、私はもっとロマンチックでも……あぅ、なんでもないです」

 

 こっそりと主張したファーレーンは皆の非難めいた視線で黙らせられる。

 ヨコシマ様を殺すつもりか、と怒っているように見えるが、抜け駆けは駄目、という意思も少しはあるのかもしれない。

 

「そんなにギャグで送り出したいなら、こうしてくれるわ~! それ、お尻ツンツン!!」

 

「ひゃあ! あ、貴方という人は本当にーー!!」

 

「んん~ヒミカの体術も磨きがかかってきましたね~」

 

「あ~もう! ユート様と良い雰囲気だったのに、隣で漫才を始めないでくださいー!!」

 

 最も不幸なのはロマンチックな雰囲気を潰されたエスペリアであるのは疑いようも無かった。

 

 横島達とスピリット達は分かれ、それぞれの戦いの場へと向かう。

 

 

 

 

「来たでござるな」

 

 夕焼けに染まりつつある荒野にシロと光陰が立っていた。

 そして四人は相対する。

 悠人、光陰、シロ。そして、ボロボロの横島。

 

「なあ、シロちゃん。どうしてか横島の奴が既にボロボロなんだが」

 

「気にしちゃダメでござる。ギャグの領域に引きずり込まれるでござるよ」

 

 よく分かっているシロであった。

 とりあえず全員が横島を無視して、悠人は親友に語り掛ける。

 

「なあ、光陰。どうしても戦うのか」

 

「おいおい悠人。ここまできて今更聞く事じゃないだろ。今日子の為、そして俺自身の為に……男の戦って奴を始めようじゃないか」

 

 もはや言葉は無用と、光陰は巨大なダブルセイバー型の神剣である『因果』を構える。

 悠人もいまさら言葉で説得できるとは思っていなかった。後は行動あるのみと、『求め』を構えて戦闘態勢を取る。

 次に、当然のように回復した横島がシロに声を掛けた。

 

「おい、馬鹿弟子。お前もやっぱり戦う気なのかよ。俺達がタマモを助けるって言っても信用できんのか」

 

「信用できぬでござる。拙者も出来うる限りの努力をしました。様々な策を講じて……沢山の人に協力してもらって……でも、どうしようもなかった。

 拙者には分かるでござる。いや、横島殿も分かっているはず。タマモを救うにはマナが、命が必要だと。誰かが犠牲にならねばタマモは決して助からない。これは、もう、どうしようもないのです」

 

 シロの言うとおり、その点は横島も感じていた。今も、感じている。

 自分かシロが死なない限りタマモは助けられない。

 だが、もうそんな感覚はどうでも良かった。犠牲なく助けると決めたのだ。

 

 タマモは助ける。その為には、まずシロを殺さずに無力化する必要がある。

 今のシロは強い。追いつめられ、覚悟と決意で固く凝り固まったシロの表情。現実と戦い続けた戦士が弱いわけがない。

 だけれども、それだけだ。

 数日前に悠人と戦った自分も、きっとこんな顔をしていたのだろうと横島はぼんやり思った。

 

「なるほどなー。確かにこりゃ負ける気はせんわ」

 

 横島はなんとも能天気そうな声を出して、横では悠人が「そうだろ」と首を縦に振る。緊張感の欠片も無いその態度がシロの癪に障った。

 

 自分達がどれほど悲愴な覚悟で剣を握っているか、まるで理解していないのかと。今だに殺される事は無いとおもっているのか。

 シロは失望にも近い気持ちに囚われた。

 

 ――――――ならば、その甘ったれた心根のまま極楽に逝かせてやる。

 

「おーい、馬鹿弟子」

 

 もう弟子じゃない、と改めて言おうとしたが、横島の顔を見て喉を詰まらせた。

 いつものように締まりの無い緩い顔。それでもシロが敬愛しているその表情に、今まで見た事もないほどの覚悟があった。その覚悟は、狂気的にすら感じた。

 思わず身震いをする。自分達は『狂気の中の正気』を持っていると思っていたが、彼等は『狂気の中の狂気』を持っている。

 

「まってろ。いま――――――」

 

 シロは戦慄した。

 この先を聞いてはいけない。聞いてしまったら――――――

 

「いま―――――助けてやる!!」

 

「ウォォォーン!!」

 

 シロは横島の声を掻き消すほどの音量で吠えて、『銀狼』を携えて突撃を開始する。

 背後では光陰が苦笑を浮かべながらも、しっかりと援護の魔法を唱えていた。

 

 2対2の戦いだ。

 単体の力なら、横島に軍配が上がる。

 純粋な力なら、悠人に軍配が上がる。

 しかし、シロと光陰のコンビネーションは先の戦いでも分かるとおり横島達を翻弄した。

 

 となれば、横島達は個人戦に持ち込むのがベストだろう。

 シロ達もそれを想定して、いかに分断されないようにするが考えてきた。

 だが、戦いはシロ達の予想を外れる展開をする。

 

「サイキックオーラフォトン……悠人バリアパンチ!!」

 

「なに!」

「なに!?」

 

 シロと悠人の驚きの声が重なる。

 それは当然だ。横島は栄光の手で悠人の背中をがっしり掴むと、迫り来るシロに向かって殴りかかるように突き出したのだ。切りかかってくるシロの前面に出された悠人は、悲鳴を上げながら必死に強力な障壁を展開する。形としてはシールドバッシュならぬ悠人バッシュだ。

 冗談みたいな攻撃だが、シロ当人は冗談ではすまない。まったく予期しないタイミングで、超強力な壁が迫ってきたのだ。剣を合わせるなど出来ず、必死に身を捻って避ける。

 

「よっしゃ、隙あり!」

 

 横島は悠人をポイと放り投げると、隙だらけのシロに切りかかる。切るといっても峰打ちで、黒のオーラでエーテル結合と霊力中枢を破壊するのが狙いだ。

 だがここでシロの周りを強力な障壁が覆う。光陰の神剣魔法であるプロテクションの効果だ。全力で切りかかれば突破は出来るだろうが、下手に突破すればシロを殺してしまう。殺さないように手加減すれば突破は出来ないだろう。

 どうすればと立ち止まる横島。ここで悠人が動く。横島の足首を掴み上げて、

 

「ちょっ!? おま、待ちやが……」

 

「オーラフォトンサイキックヨコシマンアタック!!」

 

 勢い良くシロを守る障壁に振り下ろす。

 

 ギャグキャラは人を殺せない。

 人はギャグキャラを殺せない。

 つまり、ギャグキャラそのものを剣とすれば誰もしなない不殺の剣と化す。

 横島は咄嗟に障壁を無効化するオーラをその身に纏って、光陰の障壁を突破した。これは超高等技術の一つである。

 

 横島の頭がハンマーと化してシロを吹き飛ばした。

 

「ま、マジかよおい!」

 

 一連の光景を目撃した光陰の声は震えていた。

 奴らの思考も行動も正気ではない。親友の変貌に光陰は戦慄する。

 

 とにかく、初撃は横島達に軍配が上がった。うん、上がったはずである。

 自分達の連携に敵うはずも無いと光陰もシロも考えていたが、横島達の連携に思わず舌を巻いた。

 

「イタタ……お互い、相手の為に命を投げ出す覚悟で無いと出来ない連携でござるな!」

 

「ははっ、色々狂ってやがるぜ……なんて奴らだ」

 

 互いの命を使いあう。どれだけの信頼があれば出来ることか。

 普通なら、こんな戦い方をしたら友情など崩れ去るだろう。

 

「おい横島! いきなりなにしやがる!」

「連携だ連携! 痛みに強くてモテモテ頑丈男は盾にするのが適材適所って奴だ! おまえこそ人でぶん殴るとか殺す気か!」

「ギャグキャラは死なないだろ」

「ギャグキャラでも時と場合で死ぬんだぞ!」

 

 喧嘩を始める横島と悠人。

 友情は脆くも崩れ去ったようだ。いや、始めから無かったのかもしれない。

 

「こ、これも連携というのでござろうか?」

 

 自分達の連携とはまったく違う。

 攻撃の隙を打ち消し、互いの弱点を補うのがシロと光陰の連携だ。

 1+1を5にも10にもするそれはたゆまぬ訓練で得られた賜物だった。

 

 対して横島と悠人の動きは滅茶苦茶としかいいようがない。その場その場の思いつきで行動する。敵どころか、味方すら翻弄している。敵を騙すにはまず味方から、という言葉はあるが、それにしたって限界があるだろう。

 しかし、結果論だけで言えば、その連携はシロと光陰の上を行っていた。

 

「喧嘩するほど仲が良いってやつか」

 

「仲が良いというよりも、遠慮がないと言うべきでござろう。そして」

 

「ああ。お互いの力量を完全に把握してやがるな」

 

 アイツなら大丈夫。コイツならやれる。

 

 これは横島と悠人の根っこにある。だからこそ、良くも悪くもここまでやれるのだ。

 

 シロ達の表情に焦りが浮かぶ。

 個人戦ではやや分が悪いが連携で勝ると考えていた。だからこそ連携で勝負と決めていたのだが、その連携でも分が悪いとなると厳しい。

 だが、シロ達の予想は当たらなかった。戦いを続けていくと徐々に戦いの形勢がシロ達のほうに傾いていく。

 

 悠人が足を引っ張り始めたからだ。

 

 つばぜり合いになれば押され。走り回れば遅く。

 とにかく、鈍い。横島は悠人のフォローに回るしかなく、攻撃どころではなかった。

 

「おいおい。どうした悠人。随分と体が重そうだな」

「はあっはあっ……くそ」

 

 悠人の息は上がっていた。既に疲労の色が見えている。

 パワーと体力が悠人の武器であるはずなのに、その二つに綻びが見えれば押されるのも無理はない。悠人の不調に横島が舌打ちする。

 

「何やってんだ! つーか、さっさとアレを使えよ!」

「アレ?」

「あのエターナルとかいうインチキ魔法だ! あれ使えば楽勝だろうが!」

「あーーあれか。すまん横島、どうやって唱えたか分からん」

「なんじゃそりゃあ!?」

「いや、その……火事場の馬鹿力のような何かだったみたいでな」

「だったらオーラフォトンノヴァとかいうので……全滅するか」

「ああ、全滅だな。俺たちが」

 

 しばし、なんともいえない沈黙が流れる。

 

「はあぁぁ!? 敵の時は強いくせに、味方になると弱くなるとかありえないだろくそ!」

「うぐぐ……いや、戦略シミュレーションゲームとかだと割とあるぞ!」

「えーい、使えんやつめ!」

「は? 元はといえば、お前が変にいじけてたからだろ。あれが無ければ使えてたはずだ!」

「責任転嫁すんなよ!」

「そっちこそ!」

 

 醜い罵りあいだった。

 これが二人で協力すれば何でも出来ると豪語した戦友同士のやり取りである。

 二人のやり取りを聞いたシロ達は、何とも言えない顔をした。

 

「数日前に夜を照らした光は、まさか喧嘩によるものでござったのか?」

「お前ら、俺達と決戦するって時に喧嘩したのかよ……豪気にも程があんだろ」

「いや、それほどでも」

「褒めてねえよ!」

 

 照れくさそうに頭をかいた悠人に光陰が突っ込みを入れる。

 

「まったく……なあ悠人よ。前にも言ったが、お前と戦うのは今日子を助けるためだ。だがな、それだけじゃないんだぞ」

 

 常に飄々とした光陰にしては珍しく苛立ったように言った。

 当然だろう。悠人との戦いに光陰は全てを掛けていた。

 にも関わらず、悠人は体調を万全にせず戦いにやってきたのだ。これでは不快に思って当然だ。

 そんな光陰の気持ちを多少なりとも察した悠人は何かを思いついたようでポンと手を打った。

 

「なあ、光陰。提案があるんだが」

 

「何だよ」

 

「ここで戦いを止めないか」

 

「……ほぁ?」

 

「なんでか知らんけど、お前は万全の俺と戦いたいんだろ。見ての通り俺は万全じゃない。だからさ、ここで一旦戦いを止めて、俺が元気になったらまた戦おう。というわけで、見逃してもらおうか」

 

「み、見逃してもらおうかって……悠人、お前……お前なあ」

 

 悠人の軽口で光陰は呆れすら通り越したように閉口した。

 元の世界で悠人と光陰を知るものがこの光景を見たら、ありえないと叫ぶに違いない。

 言って見れば、お金に汚くない美神でも見ているようなものだからだ。

 しばし呆然としていた光陰だが、面白そうにニヤリと笑って見せた。

 

「悪いな、前言撤回だ。俺は『今の悠人』と戦いたい。出来ればタイマンでな。

 シロちゃんは横島の助けに入るのを防いでくれ」

 

「承知したでござる」

 

「は、誰が助けに行くか。悠人がやられたら俺が第一詰め所も頂くからな」

 

「まったく、酷い友人ばかりだ! まあ、俺が勝つからいいさ!」

 

 相変わらず横島の言葉は容赦ないが、その目は鋭くシロに向けられる。どちらかというと、シロが光陰に助太刀するのを警戒している目だった。横島は悠人が勝つと信じているのだ。それはシロも同じ。シロも光陰が勝利するのを信じて、横島の妨害を警戒していた。

 

「いくぞ!」

 

 先手は悠人が仕掛けた。『求め』を肩に担いで、一直線に光陰に突撃する。何の捻りもない直線的な動き。しかも、速くなければキレもない。

 しかし、光陰は油断をしなかった。冷静に観察を続け、悠人の手に文珠の輝きが存在するのを見つけた。

 

 光陰は文珠の字を予想する。

 『炎』や『止』といったこちらに悪影響を及ぼす類ならば神剣の加護だけで十分に防げる。

 五文字や六文字と連結されたら厳しいが、文珠使いでない悠人に使えるのは一文字が限度だから心配する必要はない。

 有効なのは、『強』や『速』で強化か、『穴』や『滑』などを使って態勢を崩すぐらいが関の山。それだって身構えていれば対処は容易い。

 

 焦らずにどっしりと構える光陰だったが、閃光と共に悠人の姿が煙に覆われて隠される。

 『煙』でも使ったかと思ったが、違う。これは失敗文珠による霊気のカスだ。

 光陰は少し舌打ちした。視界が潰して本命の文珠を使うつもりなのだろう。これでは効力が分かりづらい。だが、やることは変わらない。

 

「勝たせてもらうぜ!!」

 

「――――ほほーこのあたしを相手に言うわねえ!」

 

 煙の中から女の声が響く。

 光陰は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けて、思わず足を止めた。

 煙が晴れて、悠人が姿を現す。いや、現れたのは悠人ではなかった。

 

 学校指定の制服に、手には彼女愛用のハリセン。

 少し癖のあるツンツン頭に、負けん気が強そうな瞳が光を放つ。

 整った顔立ちは綺麗や可愛いではなく、頼れる姉御肌という言葉が似合いそうだ。

 だけど、その性根は寄り掛かる対象を求めているのだと光陰は知っている。

 

「ちょっ!? 今日子……じゃ無くて悠人! 俺は男の戦いを!?」

 

「光陰!!」

 

「は、はい!?」

 

「頭を出しなさい! この変態坊主がー!!」

 

 愛する女性の懐かしき怒鳴り声に、光陰は条件反射のように坊主頭を差し出した。悲しき恋人関係がそこにある。今日子は容赦なくハリセンを勢いよく振り下ろす。

 スパーンと小気味の良い音が響いた、ような気がした。

 実際は重い鈍器で頭蓋を叩き割るような鈍い音だった。ばったりと光陰が倒れる。

 

 光陰が倒れ伏すのと同時に悠人の姿も元に戻る。

 ハリセンは、当然ながら永遠神剣『求め』であった。無論、刃ではなく峰の部分を叩きつけたのだが、それでもひとたまりもない。

 

『惚れた女を救う為に親友と決闘して、親友が惚れた女の姿になって襲い掛かってくる』

 

 悠人の悪辣極まりない姦計に光陰は敗れた。

 シロは慌てて倒れ伏した光陰に駆け寄る。

 

「光陰殿! 光陰殿! 大丈夫でござるか!!」

 

「へへ……なあ、シロちゃん。遺言を聞いてくれないか」

 

「そんな! 遺言など……くぅ……なんでござるか?」

 

「親友が惚れた女になるって……いいぞぅ!」

 

「ふん!」

 

 シロの容赦のない肘鉄が光陰の顔面に突き刺さる。

 今度こそ、完璧に光陰は倒れた。

 『つい殺っちまった!』とシロは苦い表情になったが、すぐさま気を取り直して悠人を睨む。

 

「おのれ、よくも光陰殿を!」

 

「いや、とどめを刺したのはお前だろ」

 

「あ~犬塚さん。よくやってくれた」

 

 横島はお約束の突込みを。

 悠人は不穏な事を言い出した親友を撃沈してくれたシロに礼を言う。

 

 冗談みたいな戦いだったが、決着は決着だ。

 悠人が勝ち、光陰が負けた。

 二対一。シロが圧倒的に不利な状況に追い込まれる。

 だが、シロの戦意は落ちなかった。二対一だろうが勝利すると息巻く。

 しかし、シロはここで思わぬ言葉を聞いた。

 

「よし、シロ。今度は俺達の番だ。一対一で勝負をつけるぞ」

 

 なんと横島は二対一という有利な条件を捨て、シロにタイマンを申し込んだ。

 タマモを救うためにどんな戦法でも取る。

 そう決めているシロにとって、横島の一対一という話は酷く甘っちょろく感じた。

 

 だが、一人の武人としては。

 尊敬する人。愛する人。そんな人と心行くまで打ち合い、そして死ぬ。

 最高の結果だ。愛する人に剣を向けた贖罪の死と、友を助ける為の死でもある。

 

「武士道とは死ぬこととみつけたり」

 

 死に場所得たり。

 満足そうに血笑を浮かべて神剣を構えるシロ。

 

「まったく、本当に手のかかる馬鹿弟子め」

 

 横島は小さく笑って、

 

「それじゃ、悠人。頼む」

 

「了解。マナよ! オーラへと以下略! ホーリー! エレメンタル! インスパイア! パッション! レジスト! コンセントレーション! 横島に補助魔法全力掛けだーー!!」

 

「よっしゃああ! 正々堂々! タイマンで勝負だ馬鹿弟子!!」

 

「ちょっとおおお!! 待つでござるタイムでござるー!!」

 

 悠人の援護魔法を受けて、馬鹿みたいに強化された横島からの正々堂々発言。

 これにはシロも待ったをかける。

 

「わははは! 何を言っとる、俺は一対一で勝負する言ったが、援護は無しなんて一言も言ってないぞ」

 

「そこは常識で考えるでざる! 良識を持つでござる!!」

 

「わっはっはっ! 俺相手に良識を期待するとは愚かな弟子め」

 

 それもそうだ。横島忠夫に良識。美神に清貧を期待するようなものである。

 シロはあっさりと納得したが、しかし出来れば実力勝負で白黒はっきりつけたい。

 

「悠人殿もそれでいいんでござるか!? もっと真面目な御仁ではなかったのでござるか!? 手を出すなといわれて術を使用するなどトンチもいいところでござる!!」

 

「いや、悪いとは思うんだけど、俺もさっさと今日子を助けに行きたいから」

 

「つーか、男の戦いがしたいって言ってた親友相手に、恋人の姿で襲い掛かる奴が真面目なわけないだろうが」

 

「いやその……精神攻撃もボス戦前のバフも基本技……だろ」

 

 歯切れは悪かったが悠人もあっさりシロを見捨てる。

 基本的に真面目ではある悠人だが、戦いの最中で手段を選ぶほどの騎士道精神は持ち合わせてはいなかった。本音を言えば、さっさと二人掛りで安全にシロを無力化したいぐらいだった。

 無論、こうも悠人が柔軟な性質になったのは横島の影響が多々あるのは言うまでも無い。

 

「あれれ~どうした~シロ。二対一でもどんな手でも使って良いんじゃなかったのか~ん~」

 

 横島は神経を逆なでするような声で挑発する。

 元々、二対一でも戦うと覚悟を決めていたシロだったのに、どうしてか心をかき乱される。

 相手の調子を乱し、自分の領域に引き込む。これぞ美神流の基本にして奥義だ。

 

「ぐ、ぐううううう!! 拙者の勇気が悪を貫くと信じて!」

 

 悲壮の覚悟でシロが突撃する。

 この後、滅茶苦茶ボコボコにされた。

 

「む、無念でござる……本当に無念でござるーー!!」

 

 結局、思いっきりパワーアップした状態の横島に勝てるわけも無く、何よりも心が完全に飲まれてしまっていて、シロはあっさりと負けた。描写すら必要も無いほどの負けっぷりだ。

 致命傷は無いが、あちらこちらを峰うち平うちと叩かれてボロボロになった挙句、止めとばかり力を弱める魔法を浴びせられてヘニャヘニャになって倒れる。その隙を突いて、横島はシロの神剣である『銀狼』を取り上げた。完全に勝負ありだ。

 その頃になると光陰も目を覚まして、大の字で倒れながらも、その様子を苦笑しつつ見つめていた。

 

「悠人……お前変わったな」

「まあな。横島みたいな変人がいればストレスもたまるさ」

「おい、何でもかんでも俺のせいにすんなよ。お前は元からそういう奴だったんだろ!」

「本当に仲が良いでござるなあ」

 

 シロは乾いた笑い声を響かせつつ、ポツリと言った。

 負けたでござる。

 横島は『銀狼』をシロに放り投げた。もう、戦いの意思がないのは明らかだからだ。

 勝者達は次の戦いに向かわなければならない。

 

「それじゃあ、今日子を助けてくるぞ。親友」

「はは、悪友の間違いじゃないか?」

「そんじゃあ、タマモを助けてくるぞ。馬鹿弟子」

「弟子なんてもう辞めてやるござるぅ~!」

 

 怨嗟の声を浴びながら、横島と悠人が駆けていく。

 二人の姿が見えなくなると、シロは真面目な顔で横に倒れる男に声を掛けた。

 

「光陰殿、あんな戦いで勝敗を付けて良かったのでござるか……わざと負けるなどと」

 

 シロは光陰という男を知っている。この男は普段はおどけているが、その芯は冷静沈着で合理を突き詰めた生粋の戦士である。

 恋人の姿で襲われたところで、それが偽物だと知っていれば動揺などするはずもない。

 つまり、あの一撃を食らったのはわざとだ。

 

「ん~~まあ、理由は色々あるんだが……負けていいと思ったからだな」

 

 光陰の声は憑き物が落ちたようにさっぱりしたものだった。

 だったら良いのだろうとシロは思う。

 

「シロちゃんこそ、あれで良かったのか」

 

「良いも何も、経緯こそギャグでござったが、あれで拙者は全力でぶつかりました。そして真正面から叩きつぶされた。しかも拙者の腹の底を完全に読まれた上での敗北……完敗でござるよ。流石は先生でござる!」

 

 シロはもう止まれなかったのだ。

 敬愛する師匠にして、女性としても心を奪われた最愛の男に剣を向けてしまった。その罪悪感を原動力として動き始めたシロは、決して地獄への歩みを止める事はなかっただろう。

 シロを止める方法はただ一つ。心ではなく、体を無理やりにでも押さえ付けるしかなかった。

 横島はそんなシロの心情を飲み込み、彼女に全力で出させたうえで力づくで押さえ付けた。それも、笑い話のようにしてだ。

 完敗だと、シロは認めるしかない。

 

 悠人は横島を思い起こすようなトリックプレイで。

 横島は悠人を思い起こすようなパワープレイで。

 

 互いに良い影響を与え合った戦友であり悪友とも呼べる横島と悠人。

 シロと光陰は同じ目的、同じ思考でいた良き同士だったが、それ以上ではなかった。

 喧嘩など、一度もしたことが無かったのだ。そこが勝敗を分けたのかもしれない。

 

「後は信じるしかないか」

「信じられるというのは幸せでござるなあ」

 

 きっと彼らなら何とかしてくれる。

 理屈ではどうやっても不可能とわかっているが、そんなものを吹き飛ばすほどの勢いが二人にはあった。勇者や英雄とはああいう奴らを言うのだろう。自分達は優秀な戦士ではあるが、それ以外にはなりえない。同時に、横島も悠人もただの優秀な戦士にはなれないだろう。

 

「ま、なんにしてもだ、シロちゃん」

「分かってるでござる」

 

 

 ――――動けるようになったらぶん殴ってやる。

 

 

 二人は倒れながらも、不敵に笑いあった。

 

 

 

 その後、横島達はタマモと今日子の気配を分かれているのを感じて、別々に行動していた。

 二人で片方ずつ助けていくのも考えたが、それをすれば『金狐』も『空虚』も逃げ出すだろう。

 

 結局、一人でタマモを救う事になって、横島は悠人に不満を言った。

 皆で頑張れば助けられる、とか言っておいて、結局一人で戦うことになったじゃないかと。

 すると悠人は、心は一緒にある、等と暑苦しく言ってきたので横島は悠人をポカリと叩いてやった。

 

 そして、運命の時は来る。

 

 太陽はいよいよ地に落ちようとしている頃。

 息を切らせてやって来た横島を前に、『金狐』は得意そうに喋りだした。

 

「ふん、『銀狼』が負けたか……好都合だな。ここで消耗した『天秤』を破壊して、負け犬の『銀浪』も破壊する。それだけのマナを奪えば、単体でも『闘争』を砕くことができる。フッ、予定通りだな 漁夫の利を得た。最後に笑うのは、この私だ!」

 

 タマモの体でニヒルに笑う『金狐』を、横島と『天秤』は冷めた目で見た。

 

『なんとも小者臭いな。『金狐』よ、私はおまえが勝つ場面がまるで思い浮かばんぞ』

 

『黙れ! 未来を期待された『本命』の貴様に何が分かる。『大穴』として生みだされて放置され、餌同然として生きてきた我の気持ちなぞわかるものか……贄の運命など覆してやる!』

 

 タマモが『金狐』を構えると、周囲に炎の玉が生まれ、さらに陽炎が立ち上り目をくらます。

 圧倒的な幻覚能力と火力で押しつぶすのが『金狐』のスタイルだ。肉体はタマモのだからか、妖狐の力をより強力にしたかのようだ。

 

 その攻撃は熾烈かつ丁寧で、そして陰険だった。

 

 強力な炎の矢が飛んでくる。魔法に対応した障壁を展開すると、突如として炎が消え去り針が突き刺さってくる。

 ゴキブリの如く逃げ回り針を避けようとすると、何故か真横から炎が飛んでくる。

 魔法障壁を展開しつつ、全力で動き回るという高度な動きをしているのに、ギリギリで避けたはずの攻撃が突き刺さってくる。

 

 幻術なら魔法に特化した障壁で防げるはずなのに、どうしてか上手く機能しなかった。

 

 翻弄されて、横島の体には無数の傷が刻まれていく。

 ここまで振り回される理由は二つだ。一つは攻撃の正体が掴めない事。もう一つは、攻撃が出来ないからだ。攻撃は最大の防御。ただ逃げ回っているだけでは、いつかやられてしまう。

 

 とはいえ、攻撃すること事態が危険なのだ。

 もし誤って『金狐』を破壊してしまえば、囚われたタマモの心も一緒に破壊してしまうだろう。何かしら糸口が掴めなければ、無駄に攻撃しても意味が無い。

 

『横島よ、どうするつもりだ』

 

「どうにかすんだよ!」

 

 炎や雷が幻覚と共に襲い掛かる中で、やけっぱちのように横島は叫ぶ。

 『天秤』は嘆息すると、厳かな声で希望を語りだす。

 

「問おう。己の一部を切り捨てても、この女を助けたいか』

 

「それでタマモを助けられるなら、さっさとやれよ!」

 

『再度問う。例え己の一部が消えても、構わないと言うのか』

 

「何度も言わせんな! 手足の一本ぐらいなら諦めるわい! こっちは必死なんだぞー!!」

 

 飛び交う焔の中で横島は叫ぶ。

 前後左右から襲いかかってくる焔を回避する最中だ。冷静に相手の言葉の裏を察する暇なんてない。

 いや、横島はもう『天秤』をすっかり信頼している。状況がどうであろうと『天秤』の言葉を呑んだだろう。多少の痛みや苦しみなど、シロとタマモと自分の為には許容すると、言ってしまっただろう。

 

 ああ、言ってしまったか。

 

 不思議な喪失感が『天秤』に去来する。

 任務を果たせるという安心感と共に、同時に任務も何もかも忘れて、いっそ全てを破壊したくなる衝動が生まれたが、ふと一人の少女の顔が浮かんできた。

 何の為に彼女は生まれ、そして死んだか。彼女の生き死にを無駄にしてよいのか。

 それを考えると『天秤』に選択の余地などなかった。自分は強くならなければいけないのだ。

 

 ――――すまぬ、横島。

 

 『天秤』は、その能力を使った。

 その能力を使うために必要あるモノと共に。

 

 黄金色の、命の輝きを『天秤』は刀身に帯びた。

 金色の刀身に夕焼けの朱が差し込む。金と赤。生命と刹那が混ざり合った。

 身の毛がよだつほどの美しさに横島は戦慄して声を失う。

 

『ふっ! 私の美しさに声もないか』

 

「あ、アホ言うな! んで、これからどうすりゃいいんだ!」

 

『私で『金狐』を切れ。それで片がつく』

 

「はあっ!? んなことでいいのか!!」

 

『簡単ではないぞ。チャンスは一回きりだ。二度はできん。失敗したら終わりだぞ』

 

「まったく、いつもこんなんばっかしだなっと!」

 

 迫り来る炎を玉を避けながら文句を言う。

 だが、その動きと口調は軽い。ふって湧いたような希望に全身が躍動する。

 金色に輝く『天秤』の姿に気づいた『金狐』は、まるで死神を見たかのように取り乱した。

 

「その力は!? おのれ、来るな! 来るでない!! 我は生きるのだ! 決められた死の運命などに屈するわけにはいかぬ!」

 

 タマモの体が幾つにもぶれる。得意の幻術だ。これから肉薄して切りつけようとするのに、これほど具合が悪い技も無いだろう。だが、何度か食らって横島はその正体は見抜いていた。

 この幻術はどうも三種類あるらしい。

 脳に映像を送りつけるタイプ。光を屈折させて微妙にずらすタイプ。その場に幻覚を生むタイプ。

 この三つを使い分けてくる。同時展開は出来ないらしい。

 脳に干渉してくるのは魔術的防御を展開させれば大体は防げる。光の屈折はすぐ傍にはいるわけだから大きく動けば問題ない。幻覚タイプは気配を読めば良い。対応は出来る。問題なのは、きちんと幻術のタイプを判断できるかどうかだが。

 

『どうも『金狐』は同じ魔術を連続展開は避けるタイプのようだな』

 

 観察していた『天秤』が有益な情報を見つけ出す。

 じゃんけんで例えれば、グーを連続で出す事はしないのだ。

 二択にまでしぼれば、後は経験と勘が答えを当ててくれる。GS時代からの経験は伊達ではない。

 

 野太いオーラの針が正面から襲い掛かってくる。風を切り裂くような衝撃波もきた。

 これは光の屈折。実際は少し横を通るから動く必要は無い。

 

 全方位から凄まじい炎の矢が襲い掛かってくる。熱さも感じるが、いささか大仰過ぎた。

 これは脳味噌が見せる幻。魔法を弾く障壁で対応。あっさりと見破る。

 

 タマモがじりじりと後退して行く。気配は無いし、そもそも後退する理由が無い。

 これは幻覚だ。辺りを探ると、気配を殺したタマモがいた。後ろから狙い打つつもりだったのだろう。

 

「あ、ありえん!」

 

 『金狐』は悲痛な声をあげる。

 見切られにくいはずの幻覚攻撃が、数分もしないうちに見切られたのだ。泣き言の一つも言いたくなるのも仕方が無い。

 

「化け物め!」

 

 幻術は効果が薄いと察した『金狐』は、幻術を取りやめて攻撃魔法だけに集中する。

 四方八方から無数の炎が殺到し、さらに空に浮かんだ魔法陣からは雷が迸った。

 圧倒的な物量。神剣魔法の常識を覆す連続魔術。弾幕ならぬ、弾壁だ。

 

 空間を埋め尽くす炎だが密度は低い。一撃の威力は高くないのだ。変に避けようとすると逆に多く当たってしまうから、防御に集中して足は止めない程度に動く。

 

「この!」

 

 『金狐』は少しずつ近づいてくる横島に舌打ちしながら新たな魔法陣を構築し始める。

 面ではなく、点の攻撃により威力を上げて防御を貫こうという考えだ。

 そう来るだろうと横島は予想していた。姿勢を低くして被弾面積を下げ防御は背中に集中させる。さらに手足に力を集中して地面を高速で這いずる様に移動する。

 その姿は正に、超高速で動き回るゴキブリでしかない。ゴキブリに点の攻撃など無意味だ。

 

「くっ、考えが読まれているか……ならば! おおおおおおおお!!」

 

 『金狐』の咆哮と共に、さらなる魔方陣が周囲に浮かび上がる。

 強力な幻術と魔法を同時に使用し横島を討とうというのだろう。正に必殺技だ。

 そう来るのも横島は完全に読んでいて、そして待っていた。

 

『好機だ!』

 

「おおよ!」

 

 強力な力を持つ、しかも異なる種類の魔法を同時に使用するのだ。

 当然、大きな隙が出来る。その隙が生まれるのを予想できたのなら、これ以上のチャンスはない。 

 

「しまった!」

 

 『金狐』は失策を理解したが、もう遅い。

 横島は猛烈な勢いで『金狐』に迫っていた。

 

『時間の掛かる必殺技なら最初に叩きつけるのが正解だっただろうに』

 

 呟いた『天秤』の声には呆れの色が多くにじみ出ていた。乱戦になり、技を見切った状態で無理に大技を繰り出そうと当たるわけがない。『金狐』は判断を誤った。

 『金狐』にも考えはあったのだ。横島は『銀狼』と戦い疲弊しているから、長期戦に持ち込んで体力勝負に持ち込めば勝てる。幻術はそれには最適だった。誤算だったのは要の幻術があっさりと見切られてしまった事だ。

 

 『金狐』は根本的に戦闘センスが欠けていた。技の精度は良く、考えも悪くない。だからこそ読みやすい。技も性格も素直なのだ。

 つまり、横島との相性は最悪の一語。さらに参謀の『天秤』まで付いているのだ。一人で戦う『金狐』に勝ち目は無かった。

 

 『金狐』の魔法は間に合わず、横島は一瞬で『金狐』の懐に潜り込む。

 勢いそのままに金色の輝きを纏った日本刀型永遠神剣『天秤』を、扇形永遠神剣『金狐』に打ち付ける。ピシリと『金狐』に亀裂が入った。

 

 『金狐』は必死の形相で己が本体である扇に力を込めて押し返そうとする。

 とはいえ、日本刀と扇だ。勝敗は目に見えている――――と思われたが、

 

「ふ、ふふ! 何があったが知らぬが……ぬるいぞ『天秤』!!」

 

 何かにひびが入ったのは間違いない。だが、そこまでだった。

 後一歩が届かない。横島にもうっすらと『出力』が足りないと理解できた。

 

『ちっ! 何度か使ったからか……しかしこれ以上は』

 

「おい、どうなってんだ『天秤』! 何かダメそうだぞ!」

 

「はははは! 我の勝ちだ! 運命は変わるぞ!!」

 

 狂喜したよう『金狐』が叫ぶ。タマモの表情が喜色満面に綻ぶのを見て、横島の中で怒りが湧き上がった。その怒りは『金狐』ではなく、タマモの不甲斐なさにである。

 

「えーい! いい加減……お前も根性出しやがれ!!」

 

 横島は胸から何やら取り出すと空に放り投げる。それは金色で、四角形やら三角形の形をしていて、香ばしい匂いを放っていた。

 だから何だと『金狐』は馬鹿にしたように横島を見て罵ろうとしたが、自分の口から飛び出た言葉に驚愕する。

 

「わ、わ、私の……お揚げーー!!」

「な、なんと!」

 

 タマモの口から二つの声色が聞こえた。

 一つは『金狐』。もう一つは、間違いなくタマモのものだ。

 

「へっ! それでこそ邪な美神除霊事務所のメンバーだぜ!」

 

 食欲で神剣の精神支配に抵抗する。

 これでこそ欲の皮が突っ張った彼の世界の一員だと、横島は食欲全開のタマモの姿に頬を緩めて喜ぶ。

 タマモの意識が目覚めた影響で『金狐』の力が一気に弱まる。

 

『今だ、押し切れ!!』

 

「ち、違う! やめろ!? これは我と貴様にとって唯一のチャンスなのだ!」

 

『やれ、殺せ!!』

 

 『天秤』の絶叫と共に横島は手に力を入れた。途中、『金狐』が何かを言っていたが聞き取る暇などなかった。

 タマモの体を乗っ取っていた扇形の永遠神剣『金狐』はざっくりと切られる。真っ二つに切り裂かれた扇は黄金色のマナへと変わり、キラキラとした粒子となって『天秤』に食われていく。

 

 その瞬間、何かが切れた。横島の中で、何かが終わった。

 苦痛と絶望に塗れた表情の『金狐』だったが、最後に哀れみの視線を横島に向けて、

 

「蜘蛛の糸を渡りきったな。これで、もう、お前はお揚げ食べたい」

 

「なんのこった。さっさとタマモの体を渡せよ……ロリコン的な意味じゃねえぞ!」

 

「は、ははは! 面白いお揚げだな。ああ……お前はお揚げ世界に来るべきではなかった。油揚げを持つべきではなかった」

 

 心の底から同情するような声色に横島は何も言えなくなる。

 『金狐』はタマモの体を奪いとり心を封じ込めていた敵であったが、別に悪逆非道というわけではなく、むしろスピリットからは慕われていたと聞いている。

 『金狐』が何を目的にして戦っていたのかは、誰も知らないのだ。

 

 ただ、横島は『金狐』を哀れに思った。どうしようもない運命に翻弄された悲劇の人物のようにすら思えた。

 しかも、最期の見所といえる『冥途の土産』を語る場面すらも邪魔されているのだから、悲劇にすらなりきれていない。

 

「私は運命に屈する。お前は運命をおいなりさん……どこまでも上り詰めてしまえばいいさ」

 

「おい、なんか知ってるならさっさと言えっつーの!!」

 

「良いだろう。このままいけば貴様は……おいなりさんになるのだ」

 

「おいー!? 肝心な所がダメダメだぞ! つーか、タマモ邪魔すんなよ!」

 

「ふはは……嗚呼、生まれ変わりがあるのなら貴様の世界に生まれ変わりたいものだな」

 

 それが『金狐』の最後の言葉となった。最期の最期まで不幸な神剣である。何だか楽しんでいるようにも見えたので、これはこれで良かったのかもしれないが。

 

 タマモの体が大地に崩れ落ちて、『金狐』は完全に砕け散って金色のマナとなる。マナは『天秤』に吸い込まれ、食われ、一体化していく。命を食らう感覚。それは横島の本能に純粋な満足感を与える。世界がこれで良いと肯定してくれているような気さえした。

 

 戦いが終わり、倒れたタマモの頬に手を当てる。

 怪我は無いかと心配したのだが、

 

「お~いなりさん」

 

「痛ってえええ!! 手を噛むなーー!!」

 

 寝ぼけながら思い切り手を噛まれて歯型がつく。これが横島のおいなりさんでなくて幸いだ。

 横島は仕返しとばかりに眠っているタマモの口元に油揚げを近づける。匂いに反応したかタマモが寝ぼけながらも噛み付こうとするが、寸前でひょいと油揚げを離す。タマモの眉間に皺がよった。

 くくく、と横島はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 

「遊ばないでもらえますか」

 

 冷たい声が後ろから聞こえた。振り向くと、以前に横島を罠にはめたグリーンスピリットが立っていた。

 

「ちょっとだけ偽乳の姉ちゃん!」

 

「誰が偽乳ですか!? クォーリンです! まあ、貴方などに名前を呼ばれたくはありませんが」

 

 冷たい表情と言葉で横島を打ち据える。

 しかし、一転して笑顔となった。

 

「おめでとうございます。その人を助けられたのですね。シロ隊長は喜ばれるでしょう」

 

 笑顔でおめでとうと言いながらも、クォーリンの視線は冷たい。

 恨まれているというのは横島にも分かった。大体、シロ隊長は、などという言い回しの時点で自身がどう思っているのかなど丸分かりだ。

 

「よくも『金狐』隊長を殺しましたね。私は、貴方を恨みますから」

 

 明確な怒りと憎しみをぶつけられる。『金狐』はスピリット達には慕われていた。横島はスピリットに愛されてきた一つの生命を奪ったのだ。

 そこに、後悔は無い。『金狐』は慕われる奴だったのかもしれないが、タマモとは比べものにはならないのだ。ただ、もう少し話をしたかったのは確かだったが。

 

「その言葉はシロには言わんでくれよ」

 

「言いません。だからこそ、貴方に怒りを……え?」

 

 クォーリンの言葉が途切れる。いぶかしげな顔で横島を見ると、ふいと顔を背けた。

 顔をも見たくないのだろう。横島はそう判断すると、クォーリンにタマモを頼むといって、背を向けて走り出した。

 

 セリア達が戦っているであろうマロリガンの首都に向かう。すると、途中で大きな神剣反応が近づいてきた。悠人だ。悠人も今日子の体を奪い取っていた『空虚』を倒したのだろう。その表情は意気揚々で、今日子を助けられたのが分かる。

 だが、やってきた悠人は横島の顔を見て顔面蒼白となった。

 

「まさか、助けられなかった……のか?」

 

「アホか! ちゃんと助けたっつーの! お前こそ助けられたんだろうな?」

 

「ああ、それは何とかなったけど……」

 

 悠人は歯切れ悪く、怪訝そうな顔で横島の顔を覗き込んだ。

 

「それじゃあ――――――なんで泣いてるんだ?」

 

 言われて、横島は目元に手をやった。

 指先が濡れる。どばどばと、まるで涙腺が壊れてしまったかのように涙が流れ続けていた。

 止めようと思っても止められない。どうして自分が泣いているのか分からなかった。恨み言を言われたからではないはずだ。

 

 混乱する横島の目にとある光景が飛び込んでくる。

 それは、夕焼けが地に飲み込まれていく姿だった。

 太陽が落ち、辺りが闇に包まれると、理由のわからない喪失感が胸を締め付けてきて叫びそうになる。

 

 喉の奥から、腹の底から、魂の奥底から、ありとあらゆる絶望が溢れてくるようだった。

 もし、ここが戦場でなくて、悠人が傍に居なかったら子供のように泣き崩れたかもしれない。だけれども横島は膝を屈さなかった。ここは戦場で仲間と大陸の未来が掛かっていて、今の横島はラキオスの副隊長なのだから。

 

「なんでもないわい! さっさと俺達もエーテルコンバーターを止めにいくぞ!!」

 

「おい! 急に走るな!?」

 

 気持ちを切り替えて走る横島だったが、それでも涙は止まらなかった。

 それは一体、誰を想って流す涙なのだろうか。

 分からない。わからない。わかりたくない。わかってはいけない。

 

 

 

 無償の奇跡など存在しない。あるのは、契約を果たす代償のみ。

 

 

 

 

 

 

 




 まず最初に、最後に太字で書かれた『無償の奇跡~』のフレーズは永遠のアセリアにおけるテーマやキャッチコピーの一つで、PVや書籍から引用したことを明記しておきます。

 横島は何故泣いたのか。いつか明かされる日がくるでしょう……まあバレバレなんですが、あまりおおっぴらに言わないでほしいかも。
 それとこの話のタイトルである『勇者と英雄』は横島と悠人を指していますが、どちらが勇者で英雄なのか説明していませんでした。説明しようかと思いましたが止めました。これは読んだ人の判断に任せます。勇者と英雄の違いについては人それぞれでしょうし、それに説明文を書いてたら不思議なほど恥ずかしくなって。
 中高生時の小説を公開できるほど面の皮が厚いくせに、妙な所で気恥ずかしくて不思議。
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