永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第四話 後編 赤と金に染まりて②

 ―王宮―

 

 

 贅沢品や高価そうな美術品がこれみよがしに置いてある部屋で、初老の禿げた男と美しい黒髪の女性が激しく口論していた。

 レスティーナ王女とラキオス王だ。

 

「龍退治など無理です! 少し頭を冷やしてください」

 

「頭なら冷え切っておるわ!」

 

「テミ(タコ)のように真っ赤になっているじゃないですか!」

 

「うるさい! バーンライトが攻めてきておるのだぞ! 今すぐ龍を殺し、マナをラキオスのものにしなければならないのだ。王として国家を守るためにも!」

 

 この世界には龍が存在している。龍はすさまじい力とマナを保有しているのだ。

 龍を殺せば莫大なマナを得て、スピリットやマナ施設などの軍備に当てれば相当な強化が見られるだろう。

 

「今はラキオスに現在いるすべてのスピリットで防備を固めるべきです。そもそも龍を殺せるかどうかすら分からないのですから。しかも何故『求め』のエトランジェを龍退治のほうに送るのですか。戦闘能力については『天秤』のエトランジェのほうが上だと思われます」

 

 その言葉にラキオス王はいやらしい笑みを浮かべる。

 

「簡単なことだ。あのエトランジェが死んでも代わりがいる」

 

 その代わりにという存在が何か分かったレスティーナは、顔を青くした。

 

「カオリに……いえエトランジェの妹に剣が使えると思えません」

 

「神剣は主を求めると聞く。それにエトランジェの妹も兄が殺されたとなれば復讐に燃えて剣を使えるようになるだろう」

 

 人を人と思わない冷たい言葉にレスティーナの額に冷たい汗がながれる。

 元々、父は情の薄い人間だと理解していたが、二人のエトランジェが来てから外道に拍車が掛かっている。

 

「話は以上だ。早く『求め』のエトランジェに伝えて来い。ワシは生やすのに急がしいんだ」

 

 そういって王の寝室からの退室を命じるラキオス王。

 レスティーナは拳を強く握りながら退室した。

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ。

 

 

 横島たちはラキオス領のエルスサーオに向かって行軍していた。到着に約四日ほどの日程が必要だが、隣国のバーンライト王国のスピリットよりは早く到着できそうである。

 

「ヨコシマ様ー元気ないけど大丈夫ー?」

「だいじょうぶ~?」

「まあ……大丈夫だ」

 

 横島の声は誰がどう聞いても大丈夫に聞こえないだろう。顔色も良くないし、何より目に力がない。これからスピリットという、無理やり人間に使役された見た目麗しい女性を殺さなくてはならないことが横島の心を重くしていた。

 

(ムキムキマッチョでキザでロンゲで女にモテモテな奴なら迷わず殺せるんだが)

 

 心の中で愚痴を言う。

 

「あの、そのヨコシマ様はとても疲れているようですが」

 

 ヘリオンが心配そうな声を出す。第二詰め所のスピリットは全員でエルスサーオに向かっていた。しかし、横島に元気がないせいで士気がまったく上がらなかった。

 

「だ、大丈夫です。きっと私がヨコシマ様を守ってみせますから!」

 

 おどおどしているが、ヘリオンは横島を守るという。とはいってもヘリオンは今回が初陣らしい。しかも第二詰め所内では恐らく一番弱いだろう。それでも彼女は横島を守ると宣言した。横島の心は嬉しさとそれ以上に情けなさでいっぱいになる。

 

(こんな小さい女の子に守られるか……情けないよな)

 

 改めて回りを見る。ヒミカ、セリア、ハリオン、ネリー、シアー、ヘリオン。この六人の命は自分が握っている。そして自分には彼女たちを守れる力がある。

 

「ああ、俺もきっとみんなのことを守るぞ。なんつっても美人と将来間違いなく美人になる子たちだしな」

 

 その言葉にヘリオンは顔を赤らめて嬉しそうにする。ツインテールを暴れさせながら喜ぶ姿はけっこう不気味だ。

 必ず守ると決心する。ただその決心の中には「たとえ相手のスピリットを殺してでも」という、みんなを守る方法については抜け落ちていた。

 

 

 エルスサーオについた一同は、スピリット用の宿舎で作戦会議を始めていた。

 

「我々はこれからエルスサーオから少し離れた地点で防衛線を張ります。情報だと向かってきているスピリットの数は六体です。」

 

 作戦の説明はセリアが行っている。横島ではまだこういった芸当はできない。

 

「私たちは七人、個々の力量に関しては敵方より上だと考えられます。ただネリー、シアー、ヘリオン、の三人は初陣でもあり、まだ訓練不足と言えるでしょう。ヨコシマ様に関しては神剣の位が高いこともあってマナの総量も高く、どのような場面でも部隊の中核になれると思います」

 

 力を発揮できればですが、と最後に付け加える。

 そこまで言ってセリアは横島のほうへ向く。

 

「どのように戦ったほうがよいと思いますかヨコシマ様?」

 

 セリアは挑発するように横島に言った。

 横島が本当に指揮を行える器であるか試そうというのだろう。

 何とかセリアの信頼を勝ち取らなければならない。無様な答えは返せなかった。

 

「ネリー、シアー、ヘリオンは後方で神剣魔法の援護をしてもらおうと思う。敵のレッドスピリットが放つ赤の魔法を防ぐにはブルースピリットが使う青の魔法が必要だし、まだ前衛は早いと思う。ヘリオンの黒の魔法は青の魔法で防げないから必要で、やっぱり前衛はまだ早い」

 

 そこまで言って横島はセリアの顔色を伺う。ぶすっとした顔をしているが特に不満はなさそうだ。

 

「セリアとヒミカは前衛で……敵を倒してもらう。俺とハリオンは中衛で敵の攻撃から皆を守ったり、場合によっては攻撃したりオールマイティーに動こうと思う」

 

 そこまで言って全員の様子を見てみる。ネリーは少し憮然とした顔をしていたが納得してくれたようだ。シアーとヘリオンも特に不満はなさそうだ。ハリオンはいつものようにニコニコと笑っている。セリアは相変わらず機嫌が悪そうだが、特に悪いところはなかったのだろう。ただヒミカだけは少し驚いた顔で横島に意見する。

 

「ヨコシマ様、レッドスピリットは基本的には後衛なんですが……」

 

 レッドスピリットは強力な攻撃魔法を得意としていて、後衛で魔法を唱えるのがセオリーである。ヒミカもレッドスピリットだ。

 

「あれ? ヒミカは前衛が得意だったと思ったけど」

 

 その言葉に聞きヒミカは顔をほころばせる。

 

「いえ、そのとおりです。私たちの戦力を把握してくださってありがとうございます」

 

 ヒミカは嬉しそうだった。ただ教本を読んだのではなく、自身のレッドスピリットとしては珍しい特性を理解して使ってくれるのだと理解したからだ。

 

「それでは、戦いに向いましょう。バーンライトのスピリットも迫ってきているようです」

 

 そういって、セリアが自分の神剣である『熱病』を構え、神剣の力を発揮したときだけ現れるハイロゥ(天使の光輪)を出現させる。

 

「まだ戦闘態勢を取るには早いんじゃないか?」

 

「馬鹿なことを言っている暇があったら、貴方も神剣を出して周りの気配を探ってください。敵が近くまで来ています」

 

 横島の質問にセリアは冷たく返す。

 さすがに少しむっとくるが、とりあえず神剣をだすことに決める。

 

(あまり使いたくないんだけどな………)

 

 自身の永遠神剣『天秤』を呼び出して、握りしめて力を引き出す。

 だが、あまり多くの力を引き出したりしない。

 

「っ! おい、随分と近くに神剣の反応があるんだけど」

 

「だから言ったじゃないですか。すぐに迎撃に向かいましょう」

 

 スピリットの面々が人の目では捉えられないほどの速さで敵の迎撃に向かう。横島も慌てて後を追おうとするがハリオンに呼び止められる。

 

「ヨコシマ様~無理をしちゃいけませんよ~。お姉さんが守ってあげますから~」

 

 彼女の緑の瞳には深い慈愛が満ちていた。そして、よしよしと横島の頭を優しくなでる。

 その母性を感じるしぐさに横島の顔が赤くなる。めずらしく飛び掛りはしなかった。

 

「それじゃ~行きましょうか~」

 

 そうして横島たちは戦いの場へと向かった。

 

 戦場は遮蔽物などがない平原になるようだ。

 罠を張ったり、奇襲などはできそうになく、単純に力と力の勝負になることが見て取れる。

 

 横島は『天秤』によって霊力を除く、全ての力が増大していた。視力すらも人を超越しているようで、かなり離れたところにいるバーンライトのスピリットの顔の細部までしっかり見える。その顔には表情というものがなく、ハイロゥは黒色と灰色で光っていた。

 

 スピリットの心がどれだけ神剣に飲まれているかの度合いは、ハイロゥの色で判別できる。心の力で神剣の力を引き出せれば色は白に、神剣に心を飲み込まれるほど黒になる。バーンライトのスピリット達は少しは心が残っているという中途半端なものらしい。

 

 神剣に心を飲まれるというのは、簡単に言えば自我の喪失。ただ神剣の本能であるマナを集めること以外に何の意思も持たなくなる。機械のように人の命令を聞いて、スピリットを殺し、マナを集める。この状態のスピリットは戦闘能力が上がるため、人間達はスピリットを調教して神剣に心を飲ませようとするのが普通だ。当然スピリット自身が望むことではない

 

「フォーメーションはヨコシマ様が言われたとおりでいいわ。さあ迎え撃つわよ」

 

 セリアが全員に号令をかける。こういった役目は隊長である横島のはずだが、彼は戦いが近づいてもぼうっとしてた。

 本当に戦いが始まってしまうのかと、地に足がついていなかった。

 

「ヨコシマ様! 呆けていないで戦闘の準備を!」

 

「あ、ああ」

 

 横島はまだスピリットを殺すことを躊躇していた。というよりも自分がスピリットという女性を殺すというイメージがまったく生まれないのだ。

 メドーサや死津喪比女といった女性を殺したことならある。だが彼女らは本当に悪党だったし、女性だとか考えている余裕もなかった。

 しかしスピリットは違う。人に心を砕かれた犠牲者。国同士の戦争で善悪も無い。しかも横島よりも若いのも居て、あげく横島よりも弱い。逃げようと思えば逃げられる相手だ。

 とにもかくにも、横島の戦意が下がる要因ばかりが積み重なっていく。

 

 横島とて向こうの世界では高いレベルの戦士だったのだ。自分の状態を把握するぐらいはできる。この状況のまま戦えば殺されかねないと理解していた。死にたくは、ない。

 

(もう仕方ないだろ。殺すしかないんだ、集中しろ!! 殺さなけりゃ……みんな殺されちまうんだ!!)

 

 現状を自覚し、必死に自分の戦意を高めようとするが、うまくいかない。

 彼の力の源は煩悩である。ただ相手に付け焼刃の殺意を抱いたところで強くなれるはずもなかった。

 

 横島は悩み苦しんでいたが、敵にとってはそんなことは関係ない。

 むしろチャンスだ。敵のスピリットたちが風をまいて襲い掛かってきた。

 

「ヨコシマ様! 迎撃を!!」

 

 ヒミカの激が飛ぶ。周りでは各自がそれぞれ個別に敵と相対していた。敵のレッドスピリットの魔法はネリーとシアーの魔法で防ぎ、ヘリオンは黒の魔法でみんなを援護している。セリアたちは一対一の形で敵のスピリットと戦っていた。さしたる連携もないが、個々の能力で上回っているのなら悪い作戦ではないだろう。横島が戦況を分析していると、一人のグリーンスピリットが槍を持って突撃してくる。

 

「サイキックソーサー!!」

 

 左手で天秤を持ち、加護を受けながらサイキックソーサーで身を守る。

 一撃でサイキックソーサーは粉砕された。いくら加護を受けて身体能力が神魔並になっても、霊力そのものは向上しないのだ。

 グリーンスピリットはそのまま連続で突いてくる。

 

 その突きは音速に近い速度が出ているが、横島から見れば遅い。元から人外の反射神経を持つ上に高位の神剣を持っているからだろう。身体能力は横島が圧倒していた。

 さらに槍の軌道そのものも直線的で回避は容易い。型どおりに槍を振るっているだけのようだ。槍の速さにも慣れた横島は、回避しつつチャンスを待つ。

 攻撃があたらないスピリットは、仕切りを直そうと後退しようとするがその瞬間、虚をついて『天秤』を構え前に出る。今まで一度も攻撃を仕掛けてこなかった相手がいきなり剣を向けてきた為にスピリットの反応が鈍った。

 

 こういった「虚」をつくのは横島の十八番だ。たとえ剣術や格闘術を知らなくても敵のタイミングを外すのは戦闘においてもっとも重要なファクターのひとつである。別にギャグじゃなくてもこれぐらいはできるのだ。

 

「はあ!!」

 

 スピリットは横島を引き離そうと槍で刺突を仕掛けてくるが、スピードもなく大振りであるために隙だらけだ。横島はその一撃を難なく避け、『天秤』を構える。日本刀型である『天秤』をまだまだ扱いこなせてはいなかったが、それでも威力は文珠を超える。

 

(狙うならのどだ!!)

 

 グリーンスピリットは回復の魔法を得意としている。体を切り裂いても喋ることさえできれば傷を癒してしまう可能性があった。のどさえ潰してしまえば魔法の詠唱もできないし、なにより殺すことができる。

 

 『天秤』を両手で構え、スピリットではありえないほどのマナを乗せ、高速の突きをスピリットに放つ。

 守りが優れているのがグリーンスピリットの特徴で、強力な障壁を張るが、『天秤』は障壁を打ち破って喉元へ迫る。だが、『天秤』の刃は止まってしまった。止めた理由はいたって単純。敵スピリットの顔を見てしまったのだ。

 

(小鳩ちゃん?)

 

 横島が『天秤』を向けた相手は15,6歳ぐらいのそばかすが残る少女だった。ライトグリーンの髪を二つに纏め、胸はかなり大きい。そして横島の隣に住んでいる隣人にそっくりだった。

 

 殺し合いの最中に敵を想う。決してやってはいけないことを、横島はしてしまった。致命的な隙が横島に生まれる。

 

「死ね!!」

 

 グリーンスピリットが再び刺突を仕掛けてくる。

 迫ってくる槍を見て横島の顔色が変わる。槍の穂先を見て避けられないと分かってしまった。

 

 槍が肉を突き破る。

 ハリオンの肩からは槍が飛び出していた。

 

「ハリオン!?」

 

 ハリオンが横島を庇ったのだ。横島が声を上げるがハリオンは気にせず、自分の神剣である『大樹』を敵に向けて振るう。敵スピリットはバックステップで避けるとそのまま後退を始める。見れば他のスピリットたちも後退を始めていた。第一ラウンドが終わったというところだろう。

 

「お、おい! ハリオン! 大丈夫か!!」

 

「心配無用ですよ~」

 

 のんびりした声で応えるハリオンだが、肩からは痛々しく血が流れている。セリアたちもその様子に心配になって駆けつけてきた。彼女らには傷はなく、戦いに苦労した様子はなかった。

 

「ハリオン! 怪我は大丈夫!」

 

「はい~ぱっぱっと治しちゃいますから~」

 

 そういうとハリオンは魔法の詠唱を開始する。

 

「回復します~ア~スプライヤ~」

 

 なんとも間延びした声で回復魔法を唱えるハリオン。しかし、威力はかなりのもので一瞬にして傷がふさがった。その様子にみんなが安心するとセリアが横島のほうを向いて睨みつける。

 

「ヨコシマ様、先ほどの行為の説明を願います!」

 

 先ほどの行為。殺せたはずの敵スピリットを殺さなかったことだろう。それは結果的にハリオンを傷つけることになった。

 

「…………」

 

 横島は何も言わない。というよりも言えない。その理由はあまりにも単純で馬鹿らしいからだ。他のスピリットはセリアの剣幕に押されて会話には入ってこない。

 

「なにか言ったらどうなんですか!!」

 

 セリアが顔を真っ赤にして怒っている。

 

「ヨコシマ様は~スピリットを殺したくないんですよ~」

 

 答えたのはハリオンだった。

 

「そ、それは本当ですか、ヨコシマ様」

 

 セリアが横島に確認を取る。横島は自分の心情を言い当てられて驚いたが、相手がハリオンなら納得できるような気がした。

 

「ああ……俺はスピリットを殺したくない」

 

「何故ですか、理由を言ってください」

 

 それはあまりにも単純な理由だ。それは。

 

「スピリットはみんな可愛い女の子じゃないかーーー!!」

 

 いきなりの大声に全員が驚く。その声には魂がこもっていた。

 

「人間に逆らえないから戦っているだけなんだろ! なんでそんな女の子達と戦わなくちゃあかんのじゃーー!!!」

 

 可愛い女の子とは戦いたくない。あまりにも馬鹿らしく、だからこそ横島らしいといえる。

 セリアは横島の言葉に呆気にとられた顔をするが、すぐに無表情に戻る。

 

「スピリットはすべて女性です。いまの貴方の言葉が本当なら、貴方はだれも殺せない………戦力として数えることはできません」

 

 セリアの声は淡々としたものだった。

 

「殺せなくてもやれることは………」

 

 回復や補助も戦闘には必要なことである。

 しかし。

 

「敵を殺す覚悟がないことが問題なのです。殺し合いの場で、敵を殺したくない戦士がどれほど役に立つと思っているのですか! なにより、そんな人が隣にいることだけで迷惑です!」

 

 セリアの言葉を聞き、横島は黙り込んだ。その通りだったからだ。横島も生きるか死ぬかの戦いを何度も経験してきた。セリアの言うことは正しいと横島も判断できる。

 

「貴方はなにも守ることなどできない。むしろ守らなくてはいけない存在を殺してしまうかもしれません」」

 

 横島の心に彼女が浮かび上がる。自分が殺してしまった――――最愛の女性が。

 

「う……ぁぁ」

 

 横島の表情に絶望が入り込む。

 

 セリアは思わず顔をしかめた。

 何か入り込んではいけない部分に踏み込んでしまったのかもしれない。

 そんな辛い表情をするなら、戦場に立たないでほしいとセリアは嘆息した。

 

「貴方の力がなくても、あの程度の敵なら問題ありません。貴方はエルスサーオで待機していてください」

 

 セリアは仲間たちに声をかけ、敵の追撃に向かおうとする。

 他のスピリット達も、今の横島を戦場に立たせるわけにはいかないと、セリアの言葉に頷く。

 

「初陣なのですから気を落とさないでください、ヨコシマ様」

「お姉さんは強いから大丈夫ですよ~」

「気を落とさないでヨコシマ様。く~るなネリーにまかしてよ!」

「シアーもかんばるの」

「失敗は誰にでもありますから気を落とさないでください。私なんてしょっちゅう失敗してます」

 

 誰も彼も横島に慰めの言葉をかけていく。そこに侮蔑や蔑みの視線などは含まれていない。ただ共通していたのは、彼をどこか哀れんでいた事だった。

 ズキリと横島の胸が痛んだ。

 このくそったれな世界で、可愛くて哀れな女の子を守る。彼はそう考えていた。

 その考えは、敵も味方もスピリットである以上、無理難題である事を横島は分からされた。

 

「みんな! 追撃するわよ!!」

 

 セリアの号令に全員が敵スピリットを追撃しようと駆け出す。

 横島はその後姿を見ることしかできなかった。

 

 ふらふらとした足取りでエルスサーオにやってきた横島はそのまま地面に座り込む。

 

(俺………なにやっているんだ?)

 

 心の中で情けなさと悔しさが入り混じる。

 

(少しは成長したんじゃなかったのか?)

 

 彼の戦いが終わり、彼女が誇れるような男になってきていると思っていた。だが現実は。

 

(結局なにも変わってなかった。また俺のせいで女性を犠牲にしてしまうところだった!)

 

 悔恨と絶望が横島を包み込む。そんな横島に『天秤』が声をかけてきた。おそらく罵倒されると思っていたが、『天秤』は横島を罵倒などしなかった。

 

『主よ、お前は優しいな』

 

「はっ?」

 

 はっきり言って意外だった。

 間違いなく責められると思っていた横島は呆けた声をだす。

 

『殺し合いの極限状態で相手の身を案じるのだ。正直たいしたものだと思うぞ』

 

 しかし、だからこそ戦えないのだが。

 

『主ほど優しい男がよく愛する女を殺せたものだ』

 

 ―――――――いまこいつはなんて言った?

 

「お、おい『天秤』愛する女って!!」

 

『主が愛した女といえばルシオラ以外にないと思うが』

 

 ルシオラの名を聞いて横島の頭が真っ白になる。

 

「『天秤』! なんでお前がルシオラの名を知っている!!」

 

 右手に握っている『天秤』に怒鳴り、睨みつける横島。

 普段の彼とはまったく違う、すさまじい形相だった。

 

「私は主のパートナーだぞ。なにより私は主を導かなければならないのだから、それぐらいは知っている」

 

 答えているようで、まったく答えになっていない『天秤』の返答。そして横島が何かを言う前に『天秤』が喋り始める。その声は妙な響きをもっていた。

 

「主よ、何故お前はルシオラを殺したのだ? お前は何のために戦ったのだ?」

 

 その言葉は横島の心を深く貫く。

 

「世界がかかっていたんだ。だから俺は世界のため……に?」

 

 違う。それは違う。あのとき俺はそんなことを思っていたのか? 人類のため、世界のためになど戦っていたか? 俺はそんな人間だったか? 違う。

 

 ―――私は金のため………あんたは女のために戦う―――

 

「そうだ……俺は女の……ルシオラのために戦ったんだ」

 

『ならば何故、最後に世界を取ったのだ。女を取ればよかったではないか』

 

 横島の目が少しずつ虚ろになっていく―――

 

 最後の決断。世界と女を天秤にかけ、そして世界を取った理由。それは何故か?

 

 ――――アシュタロスは俺が倒す!!

 

「約束をしたんだ………アシュタロスは俺が殺すという約束」

 

『そうか……主はアシュタロスを殺すという約束……いや、目的のために愛するもの殺したのか』

 

 その言葉に横島は違うと言い返そうとしたが、何故か言葉が出ない。頭に霞がかかっているようで思考が混濁する。

 

『私は責めているわけではないぞ。犠牲もなく成し遂げられることなどないのだからな』

 

『天秤』の優しげな声と共に、何かが、得体の知れない何かが横島の心に侵入していく。

 

『ルシオラという存在がなくなったからこそ、本懐を成し遂げられたのだ』

 

 横島の心が何かに犯されていく。

 意識が遠ざかり、横島の目から光が消えようとしたとき。その声が聞こえた。

 

 ――――――横島……私たちは何もなくしてないわ―――――

 

 最愛の女性が最後にいった言葉が横島の心に力を与える。次の瞬間、横島の目に光がともり、急激に意識が覚醒した。

 

「『天秤』! いったい俺に何をしようとした!!」

 

 心が乗っ取られていく感覚。自分が自分じゃなくなっていく感覚。間違いなく『天秤』の仕業だと確信した横島は左手に栄光の手を出現させる。

 

『ちっ……多少の効果はあったと思うが……』

 

「いったいなにを言ってやがる!? なにが目的だ!『天秤』!!」

 

 そういって『天秤』に栄光の手を近づけていく。

 『天秤』を壊さなくてはならない。この神剣は危険だ。横島はそう思い始めていた。

 『天秤』は少し黙っていたが、いきなり喋り始める。

 

『神剣の気配を探ってみたらどうだ……主よ』

 

 いきなり会話の流れを切ろうとする『天秤』を睨むが、胸騒ぎを感じ神剣の気配を探る。すると近くに二十以上の神剣の反応があった。

 

「な、なんでこんなに神剣の反応が!?」

 

 セリアたちと敵のスピリットは合わせても12人。二倍以上の反応などありえない。

 

『簡単なことだ、敵の増援が現れたのだろう』

 

 セリアたちは六人、敵は一四人以上という倍以上の戦力差になっているということだ。横島は急いでセリアたちの所へ向かおうとするが『天秤』に止められる。

 

『行ってどうする、主はスピリットを殺せないのではなかったか? まあ私を破壊すればどうやっても仲間たちは救えないがな』

 

「うっ!」

 

 横島の足が止まり、そしてまた悩み始める。自分はいったいどうすればいいのか、そもそも何を悩んでいるのか。

 

『主は約束をしたのではなかったか。妖精たちを守ると約束をしたはずだ。主の目的は仲間のスピリットを守ることなのだろう? アシュタロスを殺すために恋人を殺した男が何故、仲間を守るために敵のスピリットを殺せないのだ?』

 

「ぐうっ………ぐうううっ!!」

 

 心が痛い。この痛みは感じたことがある。この痛みは最後の戦いのときの選択の痛み。

 

『悩むことなどない。主はどちらを取るべきかを天秤にかけているだけなのだ。仲間の命と敵の命………いや、女性を殺したくないという主の優しい気持ちのどちらを取るのか……』

 

 それはあまりにも単純なことだった。『天秤』の言うとおり、セリアたちの命と女性を殺したくないという自分の思い、どちらを取るか。ただそれだけのことである。だがそれは横島がもっとも嫌う行為、何かを得るために何かを捨てるということだ。

 

「『天秤』……俺は!!」

 

 選ばない訳にはいかない。それは逃げだ。ルシオラに相応しい男になるのなら、逃げるわけにはいかないのだ。

 

『さあ主よ、仲間の命か! 女性を殺したくないという思いか、どちらをとる!』

 

 

 

 

 

 セリアたちの戦いは明らかに劣勢だった。

 

「マナの支配者である永遠神剣の主として命ずる! 炎よ、雷をまといて敵を滅ぼせ!ライトニングファイア!!」

 

「すべてを止めて、凍らせる! アイスバニッシャー!!」

 

 敵のレッドスピリットが放とうとしていた炎が冷気を纏った魔法によって打ち消される。だが、詠唱されていた魔法はそれだけではなかった。

 

「マナよ、炎になりて敵を焼き尽くせ! フレイムシャワー!!」

 

 別なところで魔法の詠唱をしていたレッドスピリットの魔法がセリアたちに襲い掛かる。

 

「全員散開!!」

 

 セリアの号令に全員が逃げようと動くが、完全には避けられず炎の雨をあびてしまう。

 

「きゃあああ!!」

「くうううう!!」

 

 炎の雨に打たれたネリーとヒミカが悲鳴をあげる。

 

「ハリオン! 回復魔法を!!」

 

「は、はい~………ハーベスト~」

 

 癒しの風が全員を癒していく。しかし、全快とまではいかずいくつかの傷は残っていた。敵スピリットは休まず襲い掛かってくる。

 

「このままじゃ全滅するわ! 後退しましょう、セリア」

 

 ヒミカが撤退を促す。二倍以上の戦力差に新米スピリットが三人もいるのだ。勝敗は火を見るより明らかだった。

 

「分かってるわ! でも隙がないのよ!」

 

 ひっきりなしに敵は襲い掛かってくるのだ。

 不用意に背など向けたら一瞬で殺されるだろう。

 

(私のミスだ………エルスサーオを防衛するだけでよかったのに!)

 

 今回の任務はエルスサーオの防衛だった。だがセリアは追い払った敵スピリットを追撃してしまったのだ。スピリットの力を高める装置が設置されてあった都市で守りさえ固めていれば、こんなことにはならなかっただろう。

 

(このままじゃヒミカの言うとおり全滅する。でも撤退する隙がない………ならば隙を作るしかない!)

 

 セリアは決断する。それは仲間を守るために―――――

 

「ヒミカ! 私はこれから敵陣に突っ込んで暴れるから、その隙にみんなを連れて逃げて!」

 

「ちょっとセリア! それって……」

 

 自分の命を捨てるということ――――――

 

「はあああああ!!!!!」

 

 気合の声を上げてセリアが敵陣に突っ込む。敵スピリットたちは突出したセリアに集中攻撃をかけていく。セリアは必死に抵抗した。敵の剣を受け流し、槍を弾き、刀を受け止める。体にいくつもの裂傷が刻まれるが、それでも敵陣に突っ込んだ。すると唐突に敵の攻撃が止まる。何事かと思ったが次の瞬間、自分の最後を悟る。極大の火球がセリアに向かって飛んできたのだ。

 

(避けられそうにないわね………ここまでか)

 

 仲間たちは逃げ切れたのだろうか。目を閉じたセリアの脳裏に仲間達の顔が思い出される。その中にしまりのない顔をしたバンダナの男がいた。

 

(まったく………最後になんであの人の顔なんか……)

 

 セリアに極大の火球が迫っていく。だがセリアと火球の間に何かが割り込んだ。

 

「サイキックオーラバリア!!」

 

 すさまじい轟音が鳴り響く。

 

(あれ? 私……生きてるの?)

 

 あの状況で生き残れるはずがない。そう考えていたセリアは何故自分が生きているのかを確かめようと目を開ける。そこには。

 

「セリア! 大丈夫か!」

 

 しまりのない顔した隊長がいた。

 

「……あ、はい私なら大丈夫で…………な、何で貴方がここにいるんですか!?」

 

 本来いないはずの人物がいきなり現れたことに驚愕するセリア。急いで立ち上がろうとしたが体中の痛みに顔をしかめる。

 

「いま治してやるから無理すんな」

 

 そう言うと、横島は『天秤』を構え魔法の詠唱を開始する。

 

「欲望のオーラよ、俺が欲する存在にその力を分け与えてくれ! ディザイア!!」

 

 横島の周りに魔法陣が形成され、そこから生まれた光がセリアを包み込んでいく。

 

(すごい……傷が治っていく)

 

 ハリオンの回復魔法にはやや劣るが、それでも十分な回復力だった。

 

「怪我は治ったみたいだな………行くか」

 

 そう言って『天秤』を敵スピリットに向ける横島。その様子にセリアが驚く。

 

「貴方は女性を殺せないと言ったのではなかったですか?」

 

 セリアの言葉に横島は自嘲的に笑った。

 

「みんなを守るって約束しただろ。それに俺は……」

 

 そこまで言って、横島は全身にマナと霊力を回して敵スピリットに突っ込んでいった。

 

 人間ではありえないスピードで一番近くにいるスピリットを目指して走る。近くにいる小鳩似のグリーンスピリットが標的だ。グリーンスピリットが横島の接近に気づいて、身体の周りに高密度の大気の壁を作ることで身を守ろうとする。

 

「『天秤』………全力で行くぞ………栄光の太刀!!」

 

 『天秤』の刀身にオーラと霊力が集中していく。オーラと霊力によって光り輝く刀身を、小鳩似のグリーンスピリットに向かって全力で突く。なんの音もしなかった。『天秤』と大気の壁がぶつかり合う音も、肉を貫く音もしなかった。

 

「えっ?」

 

 唯一聞こえたのは何がおきたのか分からない声だけだった。それも当然だろう。なぜなら気がついたら刃が自分の胸部を貫いているのだから。マナと霊力が込められた『天秤』は圧倒的な切れ味で、自分の体を貫かれたことすら気づかせなかったようだ。

 別のグリーンスピリットが回復魔法を唱え始めた。それを見た横島は、残酷な正解を選択する。

 

「マナも霊力も………爆ぜろ!!」

 

 ボンという音とビチャッと言う音が鳴り響く。彼女の体に突き刺さっていた『天秤』を通じて、体の中でマナと霊力を爆発させたのだ。彼女の体が爆発し、横島が愛するチチもシリもフトモモもただの肉片になってばら撒かれる。これで回復魔法は無駄となった。

 

 彼女の体に一番近くいた横島は全身血まみれだった。だがそれは一瞬のこと。スピリットやエトランジェは死ぬと金色のマナになり消滅するだけなのだ。横島の体にこびりついた血や、周りの肉片は金色のマナに変わり消えていった。何も残らない、残せないのがこの世界の法則だ。

 

(目を閉じるな! 逃げるな! これが俺の選択したことなんだ!!)

 

 横島は目の前の凄惨な様子に胃液が逆流しそうだった。だがこんなところで吐いたら命を落とすことになる。

 

「死ねー!!!」

 

 すぐに別な敵のスピリットが現れる。ブルースピリットがウイングハイロゥを展開して空から神剣を振り下ろしてきた。ブルースピリットの一撃は重いが連続ではない。横島は右手にサイキックソーサーを作り出し、斜めに構えて重い一撃を受け流す。一撃に力を込めていたブルースピリットは体勢を崩す。その隙を突いて横島は腹部をおもいっきり蹴り上げる。

 

「がはっ!」

 

 血を吐きながらぶっ飛ぶブルースピリットだが追撃はしない。というよりもする暇がない。いつの間にか接近した、ブラックスピリットが居合いの構えをとっていたからだ。

 

「栄光の手!!」

 

 右手のサイキックソーサーを霊波刀型の栄光の手に変えて、振るわれた刀をぎりぎり受け止める。だがブラックスピリットは焦らない。ブルースピリットと違ってブラックスピリットは速さと手数を優先する。たとえ一撃を防がれても次々と連撃を放つのだ。しかしこのブラックスピリットが連撃を放つことはできなかった。

 

「な、なんだこれは!!」

 

 霊波刀が手の形に変わり、敵の刀を握っていたのだ。ブラックスピリットは驚き、必死に栄光の手から神剣を引き離そうとするが、横島はその隙を見逃さなかった。

 

「はっ!」

 

 掛け声とともに『天秤』を一閃する。ブラックスピリットは栄光の手から神剣を引き離そうとしていたから何の防御もしなかった。『天秤』の刃はブラックスピリットの首を捉えてあっさりと切断した。頭がコロリと地面に落ち、頭を失った首からは血が吹き出る。

 

(いやだ! もう逃げたい! 殺したくない!! だけど俺は!!)

 

 横島の心が悲鳴をあげる。それでも彼は逃げることはない。仲間たちを守るという約束と彼が過去にとった行動がスピリットを殺せる原動力となっていた。

 

「全員後退して密集隊形!」

 

 バーンライトのスピリットの隊長が号令をかける。横島の戦闘力を警戒して防御陣形を整えるようだ。

 

(『天秤』………一気に決めるぞ!!)

 

『主よ、さっきからマナと霊力を全開にして戦っているのだぞ。しかも同時に使うという無茶までしている。これはまだ早い。これ以上無理すればどうなるか分からんぞ』

 

(いいから! さっさとこの戦闘を終わらせるんだ!!)

 

『………承知した』

 

 横島は右手に2個の文珠を出現させる。『天秤』を左手に持ち、いま使えるすべてのマナをオーラに変えていく。

 

(この一撃でどれぐらい女の子たちが死んじまうのかな)

 

 遠くのほうに集まっているスピリットたちを見る。美女と美少女たちが密集隊形をとり、攻撃に備えていた。

 

(飛び掛ってナンパして、セクハラして殴られる世界もあったのかな?)

 

 文珠に文字を入れ、マナをオーラに変えて、殺す準備を整えていく。

 

(殺したくないけど………大丈夫だ。きっと殺せる。だって俺は……)

 

 ――――――恋人さえ殺せる男なんだから。

 

「いくぞ!!」

 

 敵が密集しているところに『爆』『発』の文珠を投げつける。さらに魔法の詠唱を開始する。

 

「マナよオーラに変われ。滅びの雨となり降り注げ! オーラフォトンレイン!!」

 

 バーンライトのスピリットたちは飛んできた文珠を警戒していなかった。マナをまったく感じなかったからだ。だがそれは間違いだった。密集隊形の中心まで来たとき、突然爆発して破壊を撒き散らしたのだ。

 

「がああ!!」

「ぐうううう!」

「い、痛い!!」

 

 障壁を張らずにいたため、スピリット達はもろに文珠の爆発をくらってダメージを受ける。それでも死者はでなかった。高い身体能力のおかげで死をぎりぎりで免れたのだ。急いで回復魔法を唱えようとするが、攻撃はこれだけではない。上空からオーラの弾丸ともいえる雨が降り注いできたのだ。

 

「っっっっああああ!!!!」

 

 スピリットたちの絶叫が鳴り響いた。文珠で受けたダメージは大きく、防御も逃げることもできないまま滅びの雨をその身に浴びた。スピリットたちは全身が穴だらけになり絶命していく。滅びの雨が止むと、そこに動くものはなかった。ただ黄金のマナだけが漂っていた。

 

『見事だ、主よ』

 

 いくら伝説のエトランジェといっても一人で二十を越えるスピリットを殺したのだ。その力は異常とすらいえた。

 

『だがもう少し力の配分を考えることだな。常に全開の力で戦うなど愚か者のすることだ。それだけではない。敵が後退したときに私たちも味方と合流するべきだった。全員殺しきれたから良かったが、もし敵が生き残っていたら、いまの主では危なかったぞ』

 

『天秤』は今の戦いの反省点を喋るが、横島はまったく聞いていなかった。ただ身体を震わせていた。

 

「う、うええええ!!」

 

 横島は胃の中のものをすべて吐き出し、膝をついた。

 殺しに殺しまくった、最後は、女の子たちが穴だらけになってミンチになるのすら目撃してしまった。

 

 越えてはいけない一線を越えてしまったと、横島は恐怖したが、しかしすぐに思い返す。

 俺は恋人を殺したのだ。とうに一線は超えていたのだと。だが、そうであったとしても。

 

『早く妖精に回復させてもらうことだ。しかし聞いていたようにマナとは旨いものだったのだな』

 

 横島の葛藤など、どうでもよいという風に『天秤』は言って、金色の粒子に姿を変えて横島の体の中に吸い込まれていった。

 

「ヨ、ヨコシマ様……その、大丈夫ですか……」

 

 ヒミカが震えた声で横島に声を掛けた。彼女達は横島の戦いぶりをしっかり見ていた。援護をしようと思ったのだが、その戦いの凄まじさに援護どころではなかった。誰もがその強さに呆然としていたのだ。恐る恐るといった感じに横島に近づいていくが、突然横島が叫びだした。

 

「ふざけんなよ! なんで俺が可愛い女の子を殺さなくちゃいけないんだ!! あんなに若くて、綺麗で、剣を振る以外にもたくさんやれることはあったのに!!」

 

 その叫びには力があった。ヒミカたちはその叫びを聞き入ってしまう。

 

「なんで! 俺何かが! 彼女たちの未来を奪わなくちゃいけないんだよ!!」

 

 喉から血を流さんばかりに嘆き、横島は泣き声を上げる。ヒミカ達は、スピリットの為の泣き声に聞き惚れた。これほどスピリットを想っているとは思いもしなかった。

 

「ヨコシマ様~ありがとうございます~。私たちのことをそんなに想ってくれて……」

 

 ハリオンがいつもの笑みを消し、静かに目を伏せて、横島を優しく抱きしめた。

 

「感じますか~お姉さんのぬくもりを。ヨコシマ様が守ってくれたんですよ~。だから……今はお姉さんの胸の中でゆっくり休んでください」

 

「う、うあああああああ!!!」

 

 横島がハリオンの胸の中で最大の泣き声を上げる。聞いている者まで涙を流してしまいそうな悲痛と悲しみに満ちた泣き声だった。

 柔らかな胸に包まれて、横島は夢の中へと落ちていく。そこで、彼はぼんやりと理解した。

 こんな悲劇、この世界にはいくらでも転がっている。そして、この先はもっと多くの戦いが持っているのだと。

 

 ――――次は絶対殺さない。今度こそ助けて、心を取り戻して、笑わせて見せる!

 

 このくそったれの世界に、横島は宣戦布告した。

 初戦は敗れたが、次は必ず反逆してみせると。一人でも多くのスピリットに、セクハラをかまして殴られてやると!

 この誓いを以て、長きに渡る横島の戦いが始まる事となる。

 その為にも、横島は柔らかな胸の中で一度の安らぎに入っていくのだった。

 

「あらあら~寝ちゃったみたいです~可愛い寝顔ですね~」

 

 その言葉を聞いて、ヒミカたちはようやく動き始める。泣いている横島と抱きしめるハリオンから目を離せず、動くこともできなかったのだ。

 

「私たちも~がんばらないといけませんね~」

 

「がんばるってなにを?」

 

 ハリオンの発言にヒミカが疑問の声を上げる。そしてハリオンは同性であるヒミカでさえ見惚れる笑みを浮かべる。

 

「こんなに優しい人を泣かしちゃお姉さん失格じゃないですか~強くなって少しでもこの人を泣かせないようにしないと……きっと、私達は絶対に死んじゃ駄目になっちゃったんですから~」

 

 そういって横島を見るハリオンは聖母というにふさわしい顔だった。ヒミカも横島の顔をじっと見てみた。涙でくしゃくしゃになった顔は年齢よりも幼く見え、鼻水で塗れていても神聖なものを感じさせた。

 

「そうね……強くなって彼を守りたい……ううん、彼の助けになりたい」

 

 ヒミカもハリオンに同意する。

 

「うん……ネリーもヨコシマ様のことを守るよ。強くなって絶対に!」

 

「シアーも……ヨコシマ様が泣くの見たくないの。私も頑張る!」

 

 いつも調子が良いネリーと内気なシアーも横島を守ると誓う。その声には慢心も弱さもない。その声には強い力があった。

 

 ヘリオンはこの戦いが始まる前に横島を守ると宣言した。だがそれは力強い発言ではなかった。しかし、今は違う。

 

「私もヨコシマ様を守ります! こんな良い人を泣かしちゃだめです!!」

 

 あんな泣き声はもう聞きたくありませんと、ヘリオンも横島を守ることを誓う。

 

 そしてセリアは。

 

(本当にスピリットのために涙を流しているの? 彼は人間なのよ)

 

 根強い人間への不信感がセリアにはあった。きっといつか裏切ると思い、横島を見張っていた。そうしなければ仲間たちが傷つくと思ったからだ。だが、

 

(彼なら信じられるの? 彼は人間なのに)

 

 信じられるのか、信じられないのか。セリアが悩んでいるとヒミカが声をかけてきた、

 

「セリア………人間は信じられなくても、彼のことは信じてあげられない?」

 

 その言葉を聞き、セリアは横島の顔をあらためて見る。スピリットのために流した綺麗な涙の跡が見える。セリアはそれを見るとぷいっと顔を背けた。

 

「強くはなるわよ………戦場でいちいち泣かれたら面倒だから」

 

 素直に守るといえないセリアにヒミカが苦笑する。

 ヒミカはふと空を見上げた。空遠く、雲が流れていく。

 

(きっとこれから時代は動いていく。国も、人も、そして………私たちスピリットも)

 

 どこからか龍の咆哮が聞こえてきたような気がした。

 

 

 

 

『さて、第一段階終了か。次は贄を転送してもらわなければならんな』

 

 

 

 

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