永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第三十五話 進む世界で足踏みを 中篇

 第三詰所の近く。

 シロ達が横島がいると聞いてやってきた場所には奇怪な人型がいた。

 人型は少しずつ形を変え轟き、凄まじい奇声を辺りに撒き散らしている。

 

 なんだこの化け物は、とシロ達は遠くから恐々と観察して正体が判明する。

 7人ほどの幼児スピリット達が横島に群がっているのだ。幼児達は横島の体を上り下りして、叩いたり舐めたりしながら叫びまくっている。少しだけ年長の子供スピリットが横で「ダメだよ~」と困ったような声をあげていた。

 タマモは何かを思い出したようで、ポンと手を打った。

 

「あ~こんな感じの場面、テレビで見た記憶があったわ。確か、ススメバチに群がるミツバチがこんなだった」

 

「子供は汗をかいて体温が高い……これは拷問でござる」

 

「おお、なんという。コレが噂に名高い幼女ハンター横島の力なのか」

 

 光陰は尊敬と羨ましさの余り、仏にするように合掌した。自他共に認めるロリコンである光陰にとって、幼子に包み隠されるというのは天女に包まれているに等しい。

 しかし、大多数の人間にとって幼女包みはただの地獄に過ぎない。

 

「カンチョーを食らえー!」

「虫さんをヨコッチの服にシュー!」

「はむ、はむはむ!」

「ヨコッチー! きいてきいて~あのね~今日ね~ゆめでね~」

「チチーシリーフトモモー!」

 

 横島の体を全力で触り、叩き、吸い付き、弄ぶ。まるで遠慮というものが感じられない幼児スピリットの群れ。横島を全力で遊べる玩具とでも思っているに違いない。しかし横島もただ玩具にされるだけではない。

 

「ヨコシマン幼子分離霊波光線!!」

 

 ピカーと横島の全身が光り輝く。

 光に押され「ぬわ~!」と横島から弾き飛ばされる幼児達。

 だが、その程度で幼児達が玩具を諦めるはずもなく。

 

「のりこめー!」

「チューしよ~!」

「毛をむしろ取れ~!」

「前にも後ろにもカンチョーだ!」

「ゆめでね~どーんってなってね~そしたらね~」

「チチシリフトモモー!」

 

 砂糖に群がる蟻のように横島を登り始める幼児達。

 もう服はヨレヨレで、顔は涎でべたべた。すね毛は毟られ、尻は割れ、乳首を抓られる。

 幼児達はエンジョイ&エキサイティングを横島で満喫していた。

 

「ヒギィィィあああぁぁぁ! 離れろ、このクソガキ共がーー!!」

 

 ヒギィィィまで言わされた横島はとうとう切れた。

 群がってくる子供達をちぎっては投げちぎっては投げの無双を見せる。

 とはいえ、子供に優しいイメージを崩さないのと怪我をさせない為に、優しく投げ飛ばす程度しか出来ない。子供達からすれば投げて遊んでもらっているだけだ。

 より歓声をあげてアトラクションに向かうが如く横島に突撃していく。

 

「もー! みんな~ダメだよー! うう……でも楽しそう……」

 

 唯一、止めようとしていた子も、手をうずうずとさせて今にも飛び掛っていきそうになっている。

 どうしてこうなったのか。説明するまでもない。

 

 この幼児スピリット達はある目的の為に各地より集められた。

 いつも冷たくあしらわれている遊びたい盛りの子供が、同じような子供達と合流し、そこに遊び上手な横島が現れる。火にガソリンをぶっ掛けるようなものだ。

 哀れ横島は、このまま幼児達の慰み者に――――

 

「何やってるんですか、ヨコシマさん」

 

「あはは、ヨコシマ様ベトベトー!」

 

「ベトベト~」」

 

「遅いぞお前ら! 早く助けんかい!」

 

 そこに新たな集団が現れる。

 人間の子供であるリュートに、ネリーとシアーだ。

 彼らの後ろには人間の子供達の姿もちらほらとある。歳は12歳前後といったところか。3,4歳程度のスピリットから見れば、一回り以上も体格差があるだろう。幼児スピリット達は横島の後ろに隠れて、人間の子供達を警戒する。

 自分達よりも一回り近く年の差があるというのも理由の一つだが、やはり人間というのが大きい。人にどういう扱いを受けていたのか、これだけで察せられるだろう。

 

 だが、こうなるのは横島とリュートの想定内だ。

 

 しっかりやれよ!

 言われなくても!

 

 アイコンタクトを交わすと、リュートはスピリットの幼児達に近づいた。

 

「こんにちは」

 

 腰を屈めて幼児達と同じぐらいまで目線を下げ、やさしく微笑を浮かべて挨拶する。

 幼児達はおっかなびっくりといった様子だったが、一人の幼児が勇気を出して前に出た。 

 

「こ、こ、こんにちは」

 

「うん。挨拶できて偉いね」

 

 リュートが挨拶できた子を褒める。褒められた子は凄く嬉しそうだ。

 それを見ていた子が、意を決したように横島の後ろから飛び出した。

 

「こんにちはー!」

 

「おお、元気が良いな! 凄いぞ!!」

 

「えへへ!」

 

 幼児達は顔を赤くてモジモジしながら挨拶を始める。横島の時と違って暴れることもなく、借りてきた猫の様に大人しい。正統派美少年の爽やか王子様スマイルは効果抜群だった。芸人と王子様なら、そりゃ対応が違う。それが真理である。

 異世界であろうと変わらない残酷な真実に、横島はいつもの如く世界を呪った。

 

「おのれー! ガキでも女か!? 所詮はイケメン好きか!? おい、リュート。こいつら猫被ってるから気をつけろよ。さっきまでカンチョーだウンコ投げたりとか、やべえ連中だからな」

 

「ヨコッチのバカー!」

「やってないよ! やってないからね!」

「チチーシリーフトモモー!!」

「お前はもう少し猫被れよ!」

 

 やはり横島の周囲はこうなるのか。

 このままでは収拾がつかなくなると、リュートは柏手を打って幼児の注目を引いた。

 

「みんな、これからお兄ちゃんやお姉ちゃんと学校に行こう」

「おー学校!」

「べんきょーだべんきょーだ!」

「いってみたい!」

 

 幼児達はノリノリである。

 人間の子供達が楽しそうに学校に行っているのを見ていたのだろう。

 

 だが、意気揚々な幼児達の中で、少し年長のスピリットだけは違った。

 怯えたように震えて横島の足に縋りつく。

 

「あの、その、わたし達はがんばって神剣を使います。戦いでもかつやくします。だからヨコッチ様! わたし達の隊長になってください。学校は……ダメ!」

 

 まだおぼつかない言葉遣いで、必死に頼み込む。

 

 学校はいやだ。調教はいやだ。

 

 真っ青になり震える唇から、そんな言葉が小さく漏れた。

 彼女は偶然だが見てしまったのだ。勉強をして、最低限の生活を出来るようになったスピリットの行く末を。

 

 酷いことをされて心を壊されるくらいなら、例え死ぬとしても信頼できる隊長の元で戦いたい。

 これが、まだ生まれて一年の幼児がした決意だった。

 

 横島の芸人魂はすぐさま幼児を元気づけ笑顔にする方法を考えつく、だが、強い意志で自身の行動を押さえつけた。足に縋りついてくる幼児の肩に手を置きながら、チラリとリュートを見る。出来ればリュートになだめすかして欲しかった。この幼児達と付き合いが多くなるのはリュート達だからだ。頼りになる仲間は多いに越したことは無い。

 

 だが、リュートは困惑したような表情を浮かべたまま動かない。否、動けない。

 リュートはどうして彼女がここまで恐怖しているのかを知らない。知らない為に、どうやって安心させれば良いのかなど分かるはずもない。

 教えればよいのかもしれないが、スピリットの調教云々は、どうしてもえげつない話になってしまって、リュートが変にスピリットに同情してしまう恐れもある。それにリュート自身もまだ子供だ。無理に暗部を見せたくもない。

 

 やっぱり俺がやるしかないか。

 

 横島はそう思った時だ。

 青の姉妹が飛び出してきた。

 

「ねえねえ、これを見て!」

 

 ネリーがポニーテールをふりふりしながら筒状の何かを差し出す。

 

「なに、これ?」

 

「マンゲキョウだよ! ほら、見てみて!!」

 

 幼児に万華鏡を覗き込ませる。

 眼に映るは幻想の世界。

 

 赤、青、黄色、

 丸、三角、四角。

 くるくる回すとくっ付いたり色が変わったり。

 色取り取りの光迷宮。

 

「きれー」

 

 幼児は、もうそれしか言葉に出来ない。

 得意げにネリーが胸を張った。

 

「このシアーが作ったんだよ! どう、凄いでしょ!!」

 

 何故かネリーがドヤ顔を披露する。

 妹の活躍も姉の物、という事だろうか。

 シアーは恥ずかしそうに頬をかいている。

 

 だが、そこで幼児の顔が険しく変化した。

 

「嘘つき! スピリットのぶんざいで! きたならしいせんとうどれいが!」

 

 幼児は目に涙を溜めながらシアーを罵る。

 悲しい言葉だと誰もが感じた。

 その言葉が何度となくこの幼児を打ちのめしてきたのだろう。

 

 シアーはにっこりと微笑む。一年前の自分が目の前にいた。

 スピリットであることに悲しみしか感じない。自己を卑下しながら、ただ生きているだけ。

 自分は幸運にも姉や仲間が周りにいたが、それでも世界は冷たく空虚だった。

 

 今は違う。世界は万華鏡のようにキラキラと輝いている。

 どうして世界が変わったのか。無論、人がスピリットを受け入れ始めている現状があるからだが、それ以上に自分が自分を肯定できるようになったからだ。どれだけ戦闘奴隷と人から貶められようが、自分の手で綺麗で面白い物を作り上げ、その現物が目の前にあるという事実がシアーの心を強くした。

 

 今度は私の番だ。

 以前にヨコシマ様に与えられたものを、今度は私が与えないと。

 

「万華鏡……ちょっと借りるね」

 

 シアーは万華鏡を手に取ると何やらいじりだす。

 そして、もう一度、幼児に万華鏡を差し出した。

 

「もう一度見て」 

 

 静かだが強いシアーの言葉に逆らえず、幼児は万華鏡を受け取って覗き込む。

 すると、世界が変わっていた。緑、紫、橙。星型、菱型、六芒星。

 

「うわあ! すごいすごい! 色が変わったよー!」」

 

「自分で綺麗なものが作れるんだよ」

 

「自分で!? スピリットでも?」

 

「今、目の前で見せたでしょ」

 

 ここで幼児の顔つきが変わった。

 希望を目の前に置かれ、ふつふつと燃えるような気力がわいてくる。

 好奇心と行動力に満ち溢れた子供の顔だ。

 

「学校に行って勉強したら、これ以上に綺麗なのが作れるよ」

 

「行く! 学校に行きたい!!」

 

 シアーは見事に幼児を説得した。

 その手際の良さは横島も感心するほどだ。

 

「シアー……いいよな」

「うん。良い」

 

 そんなシアーに人間の男子達は鼻を伸ばしている。

 それも当然か。男子達の泥団子作りや弓矢作りにシアーは夢中になって笑顔を向けてくれるのだ。おしとやかな性格もあり、一種のアイドル的な存在になりつつある。

 そんな男子達に女子達は鼻を鳴らす。

 

「もうもうもう! 男子共! 何をデレデレしてんのよ!」

 

「デレデレなんかしてねえよ!」

 

「ふっふっふ! まあネリーはクールだから仕方ないね!」

 

「ネリーは関係ないでしょ!?」

 

「ネリーはないよなー」

 

「がーん! クールなはずなのに!」

 

 ネリーのおバカな言動は男女共に笑いと元気を与えていた。

 彼女の行動力は人間とスピリットの子供の架け橋になりうるだろう。ハリオンという特異点を除けば、青の姉妹は最も人に近しいスピリットだ。

 そんなシアーとネリーの活躍を誰よりも喜んでいたのは横島だったりする。これが俺の第二詰所だと鼻高々だ。

 

 なにはともあれ、スピリットの幼児達は人間の子供達と学校を見に行くのに賛成した。

 これで子守から解放されると、横島もほっと胸を撫で下ろす。

 

「おう、リュート。それとガキ共も、また後でな」

 

 手をひらひらさせると、

 

「やだー! ヨコッチも一緒にいくのー!」

「わたしがべんきょー教えてあげるよ~」

「らくだいせーだもんね!」

「何でこんなガキにまで馬鹿にされなきゃいけないんじゃー!!」

「ヨコシマさんだからな~」

 

 さもありなんとリュートは頷く。

 結局、またすぐに会えるからと宥めてなんとか落ち着かせる。

 

「そんじゃあ、また後でなー」

「うん! またねヨコッチーー!」

「ぜったいにまた遊ぼうねーー!」

 

 人間の子供達とスピリットの幼児達は二人一組となって手を繋いで、学校に向かって歩き出す。その光景は新たに小学校に入った一年生が六年生に手を引かれていく光景そのものだった。

 

「これも仕事だ」

「何で私が」

 

 一部の人間の子供達はスピリットと手を繋ぐことに不満そうだが、それでも幼児達には嫌そうな顔は見せていない。その辺りの分別はしっかりついている。

 大体上手く行ったと、横島は満足そうに見送る。そして、ここでようやく彼らに視線をやった。

 

「んで、お前らは一体いつまで遠くで見てるんだよ」 

 

「いやいや、なかなか近づくタイミングが掴めなかったのでござるよ」

 

 今まで騒ぎを見守っていたシロ達が横島に近づいた。

 

「二週間ぶりでござるな。横島殿」

 

 横島殿。

 

 シロの言葉に横島とタマモの眉がピクリと動く。

 横島は不満そうな表情だが、どこか諦めたように息を吐くだけだった。

 

「二週間ぶりって言ってもマロリガンじゃ殆ど話せなかったけどな。タマモも元気だったか」

 

「あ……うん……その、横島は……」

 

 歯切れ悪くタマモは何を横島に伝えようとする。どこかオドオドした様子は、いつものタマモらしくない。

 結局、タマモは何も話さなかった。タマモ本人も何を話したらいいのか分からなかったのかもしれない。どこか微妙な雰囲気が漂ったが、そこで坊主頭が発射された。

 

「ぬわあ!」

 

 横島の胸にねじれこまれるように坊主頭が突き刺さる。

 これで寺の息子である光陰は仏にすがりつくが如く、横島に抱きつく。

 

「横島! いや、横島様……いや違う。幼女ハンターと呼ばせてください!」

「なんじゃ、お前はー!? つか、幼女ハンターてなんだそりゃ!」

「俺も幼女達に噛まれたり舐められたりされたいんです! どうか幼女にモテル秘訣を!」

「えーい! 意味分からんこと言いながら男が近づくんじゃねえ!」」

 

 縋りついてきた光陰をボコボコと殴るが、しかし光陰はまったくめげない。 

 

「だってよ! 俺が小さい女の子と仲良くしようとすると、嫌がられたり引かれて逃げられるんだぜ! もっと『こーいんおにいちゃ~ん~だいすき~~!』って言われたいんだ! 頼む、何でもするからさ」

「ん? 今なんでもするって言ったでござるか?」

「ああ、言ったさ。ちっちゃい子の為ならなんでもするぞ!」

 

 本気の咆哮だった。これが碧光陰という男である。

 光陰に何か近しいものを感じた横島は、かなり呆れながらも問題点と思わしき部分を指摘する。

 

「よ、よー分からんけど、がっつぎ過ぎなんじゃねえか。ガキ相手にするなんて普通にすればいいだけだろ」

 

 この勢いで子供に近づけば、そりゃ怖がられて嫌がられるだろう。

 そもそも、子供に好まれる秘訣なんて横島は知らない。横島からすれば子供の、しかもスピリットの子供なんて普通にしていれば滅茶苦茶に懐いてくるとしか思えないほどなのだ。その『普通』が出来ていれば彼は元来の魅力で大人相手にも好かれる可能性が高いのだが、そこに気づかないのだが横島が横島たる所であろう。

 

「普通にか……くそ! モテる奴ってのは普通にしているだけでモテるのかよ!」

 

 涙を流しながら力説するロリコンの姿に、流石の横島もタジタジである。

 

「横島ぁ~さっきの子達を紹介してくれよ~」

「良く分からんが、流石にやばいと思うんだが」

「ええ~い! この幼充が!」

「幼充っなんじゃい!?」

「幼女が充実しているって意味だよ。言わせんな」

「まるで意味が分からんぞ!!」

 

 横島は本気で頭に?マークを浮かべている。

 今まで見たことが無いタイプの男にどう対応していいのか分からなかった。

 

 まったく横島と会話できなくてタマモが頬を膨らませている。シロは笑顔を浮かべながら光陰の首に手を添えた。コキャッと首から小気味の良い音がして、光陰は大地に沈んだ。

 

「復活までに後10秒はあるから、その間に話すと良いでござる」

 

「う、うん」

 

 それでもどこかタマモの様子はぎこちなかったが、横島は空気を読まずに声を掛けた。

 

「よっ、タマモも散々だったな」

 

 色々とあったというのに、力の抜ける緩い笑顔と言葉でタマモを労う。

 そのバカっぽい笑顔を受けて、どこか余裕がなかったタマモの表情に、ふっと柔らかいものが入り込んだ。

 

「まったくよ! 何が永遠神剣よ! 中二神剣って改名したらいいんじゃない」

 

「うおぉ、誰もが思っても口に出さなかった言葉を!」

 

「はん、言いたいこと言うだけよ。横島もあんな子供に良い様にされて情けないわねえ」

 

「泣く子には勝てんって奴だ。特にあの子は大切に見てやらんといけないしな」

 

「へえ~随分と気に入っているみたいだけど、とうとう幼児趣味になった? だからそいつに紹介したくないんじゃない」

 

「俺はロリコンじゃないっつーの」

 

「どうだかね~」

 

 タマモはからかう様な笑みを浮かべていたが、その瞳には安堵が宿っていた。

 馬鹿でアホでエロイけど、楽しくて、まあ優しい。横島はそのままだ。いつもの、横島だ。とても安心する。

 そんなタマモの思いとは裏腹に、横島の視線にはどこか鋭さがあった。

 

「それに、あのガキ共にはきちんと役目があるんだよ」

 

 そう言った横島の目に合理的な光が見え隠れして、タマモは思わず息を飲む。弾みだした心が、またすぼんでいくのを感じていた。

 シロと復活した光陰はそんな覇気ある横島を気にもせず疑問を口にする。

 

「結局、あの子供達はなんでござるか?」

 

「スピリットの学習計画と交流計画の一環だな。子供の間に仲良くすれば険悪は薄れるだろうって考えで、スピリットを学校に通わせる計画があるんだ。今の子達はその前段階って所だな」

 

「しかし、そう上手くいくでござるか? 子供同士だって問題あります。いくら神剣抜きでも人間とスピリットの身体能力は差がありすぎるでござる。幼ければ幼いほど加減は難しく怪我をさせる恐れも」

 

「それだけじゃないぞ。男だと、自分よりも小さな女の子に力負けするのはきついだろ。女だって、容姿の整いすぎているスピリットは面白くないはずさ」

 

 子供だからとって甘く見るのは危険だ。

 

 二人の言葉に横島は頷く。

 スピリットは『人間ではないが、人間の心を持つ可愛い女の子』だ。完全に人と同じように扱えば、人にとってもスピリットにとっても不幸な事態になる。

 

 まず身体能力に関しては二人の言うとおり危険が大きい。

 心に関しても、子供だからこその問題もある。

 

 子供は幼ければ幼いほど純粋だ。しがらみが少ないから感情だけで動きやすい。良くも悪くも獣と言える。

 上手くいけば一瞬で仲良くなれるが、失敗したら目も当てられない事態になるだろう。

 もし子供の内に『スピリットは逆らえないから、何をしても良い』などという意識が生まれたら、後の悲劇が約束されたようなものだ。純粋と善性は別物なのである。

 

「だから人間の子供達は選別してるんだよ。ある程度は体が出来ていて、そして自制できる奴らだ」

 

「なるほど。さっきの子供達も仕事と割り切ってた奴がいたな」

 

「むう、理屈は分かるでござるが、出来れば同年代が良いと思いますが」

 

「俺も同い年ぐらいの子と友達を作って欲しいんだけどなー。レスティーナ様が慎重に行けって」

 

「重要な時期だからな。ここでトラブルが起きて欲しくないんだろ。今がスピリットの運命を決める転換点かもしれんぞ」

 

 タマモを除く三人は色々と意見を言い合う。日本語で喋っているのでタマモも理解できているが、話題の背景が分からないので何も言う事は出来なかった。

 

 スピリットと人間の融和には、やはり二つのネックが大きすぎると結論が出る。

 人は意味もなくスピリットを嫌う性質が強い。

 スピリットは人には逆らえない。

 

 この二つの特性がある限り、人とスピリットの交流は危険が過ぎ、どうしても制限が必要になってくる。

 この部分の原因を突き止めてどうにかしなければいけない。

 それさえどうにか出来れば、きっと全ては上手くいくはず。

 

『スピリットが人間に逆らえれば』

 

 それが横島達の結論だった。

 だが、それに待ったをかける者もいる。

 

「そう簡単な話じゃないと思うけどね」

 

「今度はお前たちか」

 

 二つの人影が横島達に近づいた。

 第三詰所の隊長であるルルー・ブルースピリットと、その副官とも言えるルー・ブラックスピリットである。ここから、使う言葉が聖ヨト語に戻る。

 ルルーはシロ達の姿を認めると、見事な敬礼をして見せる。 

 

「第三詰め所の隊長であり、タダオ・ヨコシマ隊長の妹のルルーです。今後ともよろしくお願いします」

 

「拙者は元マロリガン隊長であり、元横島殿の弟子のシロでござる」

 

「俺は元マロリガンの光陰だ。立場的には備品みたいなもんだから、好きに扱ってくれ」

 

「び、備品って……」

 

「俺達は一番の下っ端だからな」

 

「光陰殿は肉盾に最適でござるよ」

 

「ううむ、シロちゃんは過激だなあ」

 

「えと……体が大きいから頼りになる肉盾だと思います」

 

「はは、ありがとうルーさん」

 

 和気藹々と話すシロ達にルルー達の緊張も抜けたようだ。

 タマモだけが聖ヨト語についていけずに不満そうに黙り込んでいたが。いや、それ以前に話の内容そのものについていけなかったか。

 

「しかし、兄さんって。横島もあいつと同じく義妹萌えか~」

 

 スピリットを妹扱いする横島に、光陰はニヤニヤと笑って見せる。

 横島は特に表情も変えずに鼻を鳴らした。

 

「あのシスコンと一緒にすんな。こいつは何となく妹っぽいから妹なだけだ」

 

「なるほど……ふ~む」

 

 光陰は少し唸りながらルルーを上から下までジロジロと見てみる。

 ルルーは何を思ったか腰に手をやってポーズを取った。基本的にノリが良い性格なのだ。横島は必死に笑いをこらえている。

 

「うーむ。あと3才若ければなあ」

 

「違うだろ。あと3才年取ってりゃいいんだよ」

 

「なるほど、まったくダメというわけでござるな」

 

「あれ、何だろう。いきなりダメだしされたんだけど」

 

「もっと頑張って、ルルー」

 

「ルーお姉ちゃんまで!? ボクが悪いのー!?」

 

 やはり弄られ性質なルルーであった。

 笑い声が響き渡るが、それに反比例するようにタマモの機嫌は下がっていく。自分はまったく会話できず、横島とシロが機嫌良くお喋りすれば仕方がないだろう。

 

「後で通訳するでござる」

 

 それを察したシロの耳打ちに、タマモは不快そうに頷いた。

 シロに頼らねばならないという事実が、どうにも我慢ならないといった風だ。

 言葉が通じないというのは大きなハンデである。

 

「それでルルー。お前らは何してんだ」

 

「ボク達は第二詰め所に行くところだよ。そろそろ指揮をお願いしますってね」

 

「指揮……ああ、そういえば応援でノーラさんがきてくれるんだっけな」

 

「ノーラ殿と思しきご老人なら第二詰め所にいたでござるよ」

 

「もういたの? 待たせちゃ悪いし、急がないと。じゃあ、また後で」

 

 そのままルルー達は第二詰所に行こうとする。

 それを、横島が呼び止めた。

 

「あ! おいルルー、ちょっと待て。さっきの言葉はどういう意味だよ」

 

「さっきの……ああ、スピリットが人間に逆らえればってやつか。簡単だよ。スピリットが人間に逆らえたら、また別の問題が出るんだ」

 

「つ~と?」

 

「人間がスピリットに何をしてきたか分かるでしょ。もし逆らえるようになったら……後はわざわざ言う必要もないよね」

 

 復讐。

 分かりやすいほど分かりやすい。

 

 だが、横島が見た限りではスピリットが人間に怒りや憎しみを示すのは極一部のみだ。仕方がないと、諦めていたのが大半だった。最近は人間と仲良く出来るのを楽しみにしているスピリットも増えている。

 特に心配はないと考えていた。だから、何気なく聞いてみた。

 

「ルーちゃんは、人間が嫌いか?」

 

「嫌いです」

 

 間髪いれず答えられた。

 正直なところ驚く。そこに確かな憎悪が感じられたからだ。今まで人に対して明確な憎しみを漏らすことなど無かったのに、一体なにがあったのか。

 何か悪いことでもされたのかと心配した横島だったが、少し考えて見れば驚くことではないと分かった。

 

 嫌いになった理由は、心が解凍されたからである。

 豊かな心の情動を取り戻したからこそ、今までの冷遇に腹を立てているのだ。

 怒りは、別に良い。むしろ歓迎するべきだろう。スピリットは怒るべきなのだ。人に逆らえないという特性があるとしても、不平不満を人々に訴えていかねばならない。

 

 今までは言えなかっただろう。

 文句を言えば殴られるか、喋るなと命令されて終わりだ。どうせ調教されて私語すらできなくなる。

 

 喜びも楽しみも与えられず、怒りと悲しみも奪われて、人形に至る。

 

 それがスピリットの調教だ。

 今ここで人間を嫌いと言えるのは悪くは無い。怒りと悲しみは心を構成する大切な感情だ。ネガティブは決してマイナスだけを意味しているわけではない。

 

 横島はそう思う。だがここで、彼は脳裏に一つの光景を見た。

 それは少し先の未来の話だ。この戦乱の終結。サーギオス帝国と雪之丞を下し、大陸統一を成し遂げるラキオス王国。

 そこに、この大陸を動かしてきた黒幕達が現れる。

 

 さあ、一致団結して黒幕と立ち向かおうとした時、突如として『スピリットは人に逆らえない』という特質が消えるのだ。

 

 この恨み、晴らさでおくべきか。

 

 人に恨み骨髄のスピリットがどういう行動に出るのか、考えるまでも無い。

 そうなれば一体どれほどの悲劇が生み出されるのか。正直想像もつかない。最悪の場合、スピリットが人間を虐殺する未来すらあり得る。そんな状況で黒幕と戦って勝利するなど不可能だ。

 仮に黒幕との戦いに勝っても、人間とスピリットの間には消えない溝が残って未来に暗い影を落とすだろう。

 無論、これはただの妄想であるが横島には確信が合った。

 この悪意に満ちた大地を生み出した黒幕達が悲劇を演出しないわけがない。

 

 余談ではあるが、横島がこの世界に訪れなかった場合のif、あるいは正史とも言うべき未来ではこの問題は出なかった。

 スピリット達は人に逆らえるようになったが、レスティーナが掲げた『人とスピリットの融和』という理想を信じ、恨みを飲み込んだのだ。

 

 では、どうして恨みを飲み込めたのか。その理由は呆れるほど明白で残酷である。

 人に恨み骨髄のスピリット達は、ほぼ全滅したからだ。

 

 戦争を生き残ったのは、レスティーナの威光に靡いたラキオスのスピリット。

 光陰やクェド・ギン大統領の薫陶を受けて生き残った稲妻部隊。

 配備を免れた子供のスピリット。

 僻地に配属されて難を逃れたり、あるいは研究対象で戦線に出なかった少数のスピリット。

 

 レスティーナを信じられず人に危害を加える可能性があったスピリットの大半が、ラキオス王国の進撃で死に絶えた。人間に恨みを持つスピリットも少数いたが、それ以上に人間と歩もうとするスピリットが多数派を占めたことにより、スピリットは人と共に歩め始めたのだ。

 

 黒幕達が定めた殲滅戦争にしかなりえないスピリットの特徴が、皮肉にも黒幕の陰謀を打破する一要因となったのだ。

 

 だけど、この世界には横島が来た。

 全てを救うなんて出来なくて、辛く悲しい悲劇はいくつもあったが、それでも正史より遥かにスピリットは死ななかった。命を希望と言い換えるのは珍しくも無いが、正に横島は希望を作り上げてきたのである。

 その横島の努力と奮闘で生き残った希望が、今度は絶望を生むのだ。

 

 

 ――――クスクス。貴方はどちらに味方し、誰を殺すのでしょうね。

 

 

 阿鼻叫喚の未来を、幼くも邪悪な笑い声を、幻視幻聴した横島は顔面蒼白になる。

 顔色の変わった横島に、ルーは慌てて首を横に振った。

 

「あ、嘘です! 嘘……私は人間様が大好き! だから……嫌わないで」

 

 自分の答えが横島を苦しめたと察した彼女はすぐさま前言を撤回した。それが嘘だなんて誰でも分かる。親の前で良い子を演じようとする子供の姿そのものだからだ。

 そんな彼女が横島にはいじらしくして仕方が無い。

 

「嫌うわけないだろ。よしよし……そうだよなあ、いっぱい酷いことされたんだもんなあ」

 

 優しく抱きしめて、背中をさする。

 そこにあるのは煩悩ではなく、ただ純粋な慈愛の念だけである。

 

 ギュッと抱きしめられたルーは、心の内から湧き上がってくるものを感じていた。

 この人なら何を言っても受け入れてくれる。決して裏切ったりはしない。

 だから彼女は心からこみ上げてきた思いをぶちまけた。

 

「だって、だって人間様は酷いんです! 

 剣も魔法も、一杯一杯がんばって訓練したのに、全然褒めてくれない! それどころか酷いことを言ってきたり、殴ったり閉じ込めたりして!

 それでも……それでも人間様を信じていたスピリットもいたのに……それを調教師が!」

 

 悲しい。悔しい。憎い。

 横島はルーの憎悪を否定せずに、ただ彼女を優しく抱きしめながら話を聞いてやった。

 その様子にタマモは信じられないものを見るような目で、シロと光陰は微笑ましく見守る。

 

 ルーはひとしきり泣き吼え終わると、甘えるように彼にもたれかかり上目遣いで見つめた。

 

「人間様は、嫌いです。でも、ヨコシマ様が人間様と仲良くなれるように頑張っているのは知っています。だから、私も人間様と仲良くできるように頑張って見ます」

 

「うう、本当に、本当にルーちゃんはええ娘やなあ~! ええ娘やな~~!!」

 

 横島は感極まったように涙を流しながら、ルーをさらに強く抱きしめた。

 抱きしめられてルーは天使のように笑うが、内面では『計算通り!』と腹黒く笑う。

 別に嘘をついたわけではないが、若干の演技は入っていた。こう言えば横島がさらに優しくしてくれると知っていたからだ。

 

 感情を爆発させながら、それでいて切り替えが早く計算高い。

 

 どこかずる賢い気がするが、ある程度の腹芸は生きていくのなら必須である。それは感情のコントロールや、周りの空気を読むという能力に繋がっていくのだ。美女ならば横島をいい様に扱えなければ話にならない。

 

 しばしルーを抱きしめていた横島だったが、我に返ったようにルルーに向き直る。

 

「なあ、ルルー。他にも苦しんでる娘っているのか?」

 

「うん、いるよ。優しくて強いスピリットほど酷くて……その、色々されたから」

 

「分かった。これから第三詰所の皆を抱きしめてくる」

 

「へ?」

 

「歓げ……っと。集まりには人間も来る。妙なトラブルを起きないように……じゃないな。俺が抱きしめてやりたいんだ」

 

 横島はキラキラと輝くような笑みを浮かべる。

 イケ面横島であった。略してイケ島である。

 

「に、兄さん……ボクの兄さんがこんなに格好いいわけがない! 兄さんを何処に隠した! この偽者め!」

 

「え~い! またこの流れか! 俺は本物だっつーの!!」

 

「へへ。からかわれたお返しだよ!」

 

 ニカッと楽しげに笑うルルーに、横島は冷や汗をぬぐう。

 下手に格好良くすると偽物と言われ水攻めされたり鍋で煮られたりする。格好悪いとやっぱり怒られる。ギャグキャラの苦悩がここにある。

 

「俺としても可愛い女の子を合法的に抱きしめられる機会を逃すわけにはいかんからな」

 

「うん、実に兄さん的で安心したよ。でも、何人かは……その」

 

「分かってる。むやみに抱きついたりしないさ。言葉に音楽に遊び……方法は色々あるしな!」

 

 スピリットの微妙な按配を分かってくれる横島に、ルルーはほっと息を吐く。

 

「本当にありがとね。だけどもう時間が無いよ。もうすぐノーラ様に指揮を執ってもらって準備しないと」

 

「大丈夫だ。時間を操って俺一人が十人がかりでやる。分裂の術だ……ニンニン」

 

 何言ってんだコイツ、とは思わない。

 時空間制御ぐらいなら高位神剣使いなら出来るかもしれない。

 分裂に関しても、横島である。分裂ぐらいするだろう。

 

 どうしてここまで慌てているのかルルーには分からないが、第三詰め所に心を砕いている横島の姿は嬉しかった。

 

「分かったよ。お願い、兄さん」

 

「よし、シロは俺の護衛に来てくれ。分裂は危ない危ないって『天秤』がうるさい」

 

「護衛ですか……しかし拙者は神剣を持ってきていませんが」

 

「呼べば来るんだろ。緊急時なら使用も許可されてるはずだ。せっかくの利点をレスティーナ様が使わないわけないもんな」

 

「流石はお見通しでござるか……しかし」 

 

 シロは不安そうにタマモを見た。

 例えるなら、子供を始めてのお使いにいかせる母親のような目をしている。

 

「タマモちゃんは俺に任せておいてくれ」

 

 光陰がタマモの護衛を買って出た。言葉の分からないタマモを一人にさせない為だ。

 ルルーが来てからはずっと聖ヨト語で喋っているため、タマモには言葉が分からない。

 だが、それでも狐の超感覚もあって空気を感じ取ることは出来た。

 

 シロ達に心配され、光陰に心配され、完全に子ども扱いされている。迷惑になっている。

 この世界で目覚めてからずっと感じていた疎外感が遂に限度を超えた。

 

「なによ、その目は!? ちょっといい気になってんじゃない!」

 

「む、どうしたのでござる」

 

「どうしたもこうしたもあるか! 私はそんなガキじゃないわ! もう一人にして!!」

 

 タマモは目と髪を吊りだたせて吼えた。突然の癇癪だが、横島としてはそりゃそうなると頷くしかない。ちらりと驚いたような顔をしてみせているシロに目をやって、面倒くさそうにガリガリと頭をかいた。

 

「別にいいじゃん。一人になりたい時だってあるだろうしな」

 

 軽く言う横島に、タマモの心が少し落ち着く。

 変な心配をされないのが心地よかった。過保護など、狐に対する侮辱なのだと胸を張る。

 

「横島の言う通りよ! 私は一人で遊んでくるからついてこないでよね!」

 

「ほいほい。あ、夕方にはあそこに見える屋敷に来るんだぞー」

 

 横島の声にタマモは鬱陶しそうに手を上げて、あとは大股開きで森に向かって歩いていく。

 完全にタマモの姿が消えると、横島は眉を顰めてシロに向き直った。

 

「おい、シロ。そろそろ……」

 

「これぐらいは勘弁でござるよ」

 

 心配そうな表情をさっと変えてニヤリと笑みを浮かべたシロに、随分と性格が悪くなったものだと、横島はシロの成長を認めつつも嘆く。

 シロが何を求めているのかは察しが付いている。その求めのために、今は風船に限界まで空気を入れているような段階なのだろう。

 

 やり方はあくどいが、それでも相手の心中を察して問題を解決させようとしている。これがあのバカ弟子なのかと、その成長が寂しいやら嬉しいやらだ。当の横島も、シロのやっている事を理解できているという時点で十分に成長しているだろう。人の上に立ち、彼らの生死を握るという環境は否応なく心身を成長させてしまった。

 

 ここで宙ぶらりんな状態になってしまったのは光陰である。

 

「ううむ、タマモちゃんに振られてしまったなあ。俺はどうしたもんか」

 

「そんじゃあ、さっきのガキ共の所にいってくれ」

 

「そいつは嬉しいけど、何か理由はあるのか」

 

「知っているとは思うけど、俺と悠人は一度おまえらの世界に吹っ飛ばされてな。そこから色々と持ってきてるんだ。あいつらには文字が分からなくても楽しめる動物図鑑をやったんだけど、やっぱり名前やどういう生き物かぐらい知っているほうが楽しめるだろうしな。膝にでもガキを乗せて解説してくれや」

 

「ちびっ子を膝に乗せて本を読んであげるとか……これが幼女ハンターの実力か!」

 

 横島が拳を振り上げる。光陰はバレリーナのように回転しながら距離を取った。そのまま回転しながら子供達の後を追っていく。笑みを浮かべた男が回転しながら子供に寄っていく姿を思い浮かべて、これはまた嫌がられるだろうと横島は呆れた。よく今まで通報されてこなかったものである。

 

「どうでござる。光陰殿は横島殿そっくりでござろう」

 

「んなわけあるか!」

 

「いやいや、確かに違う点は多々あるでござるが、似ている点も多いでござる。尊敬できる御仁です。拙者の本音で言えば、エトランジェで誰よりも正道で強いのは光陰殿だと思っているぐらいで」

 

 信頼と尊敬に満ちた目で光陰を見つめるシロに、横島は不満そうに唇を突き出す。元弟子が他の男をべた褒めするのが面白くなかったのだ。

 そんな横島にシロはにやけて見せる。

 

「むむ、横島殿、嫉妬でござるか。ふっ、拙者も良い女になったものですなあ」

 

「良い女ってよりも悪い女だと思うぞ。ひねくれおって」

 

「素直で良い人が、戦争をやる隊長などやってはいかぬでしょう?」

 

 まったくもってその通りではあるのだが、ああ言えばこう言うシロの姿に横島は苦笑を返す。

 

「まったく。それと、その横島殿っての止めて欲しいんだが」

 

「けじめでござる」

 

 短く一言で言い切る。

 何でもないと言った口調だったが、だからこそシロの意思が強く浮かび出ていた。

 

「……そっか。しょうがねえか……しょうがねえよなあ」

 

 横島も深くは追及しない。大きな決断は人を変える。横島にも覚えがあった。

 仲間の為、愛する人に剣を向けた。その事実が、どれほどシロの心に影響を与えたのだろうか。理由があったとか、全て上手くいったからいいではないか、等という言葉は無意味だ。寂しいし悲しくもあったが、横島はシロの想いを尊重する事にした。

 

「それじゃ、時間もなくなってきたし、行くとすっか」

 

 横島とシロは第三詰所に。

 光陰は幼女を追って。

 ルルー達は第二詰所に。

 

 皆それぞれ動き出す。

 だが、ルーはボンヤリと離れていく横島の視線で追っていた。

 

「ねえ、ルルー」

 

「なあに、ルーお姉ちゃん」

 

「ヨコシマ様って凄いの。胸が軽くなって、頭がすっきりしちゃった! 魔法みたい!」

 

 童子のような笑みを浮かべて跳ねるルーの姿に、ルルーは顔をしかめた。

 

 アレだけ愚痴を言って泣けばすっきりするのは当然でしょ、このぶりっこめ!

 

 そう口走りたくなったルルーだが、何とか口をつぐむ。

 少しイライラしていた。横島の、兄の言葉の意味も考えず、子供の様に扱われて喜ぶ姉の姿が妙に腹正しい。

 どうして兄がスピリット達を学校に行かせて、人間との仲を取り持とうとしているのか、自分の頭で考えて欲しかった。

 

 もうすぐ戦争は終わる。戦争が終われば、スピリットは用済みだ。処刑されてマナを畑にでも撒かれる――事はもうないだろう。きっと一市民として生きていくはずだ

 人権や戸籍を貰って市居で生活が可能になるとはどういう意味か、まるで分かっていないのだ。

 

 このままでは勉学も出来ず、家事も出来ず、仕事など出来ない状況で税金を持っていかれる状況になってしまう。最悪、飢え死にである。

 無論、レスティーナがスピリットに何も配慮せず、ぽんと町に放り出すことはないと知っている。これで何度か話したのだが、本当に優しくて思慮深い、敬愛できる女王だ。変装して町で食べ歩きする食欲……もとい胆力もある。

 

 同時に、公平かつ公正な人物でもある。えこ贔屓もしない。

 もしスピリットが上手く町に適応できず法を犯せば、スピリットだからと許してはくれまい。ある程度は考慮してくれても、法の下に対処されるだろう。

 

 つまりだ。スピリットは早く大人にならなければならないのだ。

 それなのに、まるで幼児に等しい隊員達にルルーは腹を立てているのである。

 

「あんな子供みたいに扱われて恥ずかしいって思わないの」

 

「ヨコシマ様の子供かあ……ふふ」

 

「……お姉ちゃん。年齢だけなら兄さんの方が年下だと思うけど」

 

「そんなの知らない。えへへ……胸が暖かい……あったかいよう」

 

 横島に抱きしめられた温もりを思い出したのだろう。

 ルー・ブラックスピリットはふにゃふにゃでほよよんとしている。

 

 情けない。

 そんな姉の姿に、ルルーは悔しさを覚える。

 

 確かに横島が、兄が、第三詰所に向ける言葉は温かい。純粋で綺麗な愛情を注がれているのが分かる。それはつまり、まったく邪な感情を向けられていないことを意味していた。

 なんて素晴らしく、同時に屈辱であろう。

 あの女好きに、まったく女として見られていないのだ。これが子供なら分かるが、ルーや、他の第三詰所のスピリット達は良い大人だ。

 

 最初の頃は、まだ女として見てくれていたような気がする。

 姉達のエッチな姿に悶えてくれていた。今は、もう、微笑ましく見られるだけだ。

 

 保護者と被保護者。親と子の関係。愛溢れる素晴らしい関係。

 

 そこに、邪はない。

 

 だからこそ。

 

 だからこそである。

 

 ルルーは横島と第三詰め所の別離の未来を予感していた。

 




 色々ともやもやを展開していますが、それは後編で。

 少し困っているのが一部の伏線の回収方法が存在しない所。本編に関わるくせに全容を示す手段がないというのが酷い。最悪、本編が終了したら設定集でも投稿するしかないのか。
 何でこんな設定を考えたのか、過去の自分に物申したくなりますが、過去に戻っても二次小説まで書いちゃう中学生の妄想を押しとどめるのは不可能だろうなあ。

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