永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第三十五話 進む世界で足踏みを 後編1

「はあっ」

 

 一人となったタマモは森をうろつきながら大きく息を吐き出した。

 特に当てもなく辺りをうろつく。何がしたいわけではなく、何が出来るわけでもない。町に出て何かしようにも言葉が通じないのだ。

 その気になれば幻術で好き放題できるだろうが、そんな事をすれば自分だけでなくシロ達の立場も危うくなる。これ以上、迷惑を掛けるわけにはいかない。

 

 どうしてこうなったのか。

 タマモは自問自答してみる。

 

 あのバカ犬が、いや、もうバカ犬などとは呼べない。

 心を失っている間に何があったのか、全て聞いている。

 

 シロが自分の為に横島を殺しにかかった。

 

 初めに聞いた時は性質の悪い冗談にしか聞こえなかった。

 だが、それは事実だった。嬉しさとか怒りとか、そんな言葉では説明できないモヤモヤが胸に広がる。

 

 助けてくれ、なんて頼んでない!

 

 思いっきり怒鳴りつけたくなったが、それを言ったら本当に子供だ。だけど、感謝の言葉を述べるのも嫌だった。どんな顔をしていいのかも分からない。

 結局、シロとはあまり言葉を交わしていない。向こうはあれやこれやと気を使ってくれるが、それこそ腹立たしく感じてしまう。シロは妙に大人になった。それが、嫌だ。

 

 だから、横島には期待していた。

 横島が傍にいればシロも馬鹿に戻る。いつもの日常が帰ってくると思った。

 だが、横島も変わっていた。表向きは明るい馬鹿だけど、多くの人に頼られ愛される強い男の匂いがした。

 

 何が何だか分からない。ほんの数日前までは美神の元で破天荒な毎日を過ごしていたはずなのに、気づけば一年以上もの時間が経って、友人が別人のようになってしまった。

 

 いや、違うのは分かっている。シロも横島も別人などにはなっていない。シロは何だかんだ言っても仲間意識が強く責任感も強い。仲間の命を預かる上の立場に行けば、自身を律して大人にもなれるだろう。横島も、あの美神に逆らって白面九尾である自分を助けたのだ。普段はアレでも女の子がピンチという時は強く優しい。スピリットという女の子に厳しい世界で強さと優しさが磨かれたのだろう。

 

 別に悪いことではない。仲間達の成長を受け入れ、誰も死なずに終わったハッピーエンドを喜べばいいだけ。それで終わらせてしまえばよい。こんな所でウジウジしていても意味は無い。

 終わらせてしまえば――――いいのに、

 

「つまんない……つまんないつまんないつまんない!」

 

 とにかく面白くなかった。

 何かが納得いかない。何かに不満がある。それが分からない。

 いや、正確に言えば、理解している。それを認めたくないのだ。

 

「バカ犬のくせに!」

「バカ悠のくせに!」

 

 二つの怒声が森に響く。

 自分のではない怒りの声に、タマモはビックリして声の方に目をやった。

 

 一人の女性が驚いたようにこちらを見ていた。青を基調としたブレザーとスカートを着込み、ショートカットのくせっ毛にパッチリとした目元。歳は横島と同程度か。元気はつらつな女子高生という印象で、まさしくその通りだろう。

 彼女は知っている。マロリガンという所で、自己紹介程度だが言葉も交わしていた。

 

 岬 今日子。

 

 自分と同じく神剣に心を奪われていた女性。話を聞くと、自身と驚くほどに似た境遇だった。

 違うのは、今日子の永遠神剣『空虚』は砕かれなかったという点だ。レイピア型の『空虚』が今日子の腰辺りに吊るされている。この『空虚』は『求め』により精神だけを砕かれたらしい。 

 多少のパワーダウンはあったようだが、おかげで『空虚』はただ力を与えるだけの便利道具となっている。神剣として見るなら異常だが、道具として見るならば真っ当だ。

 

 体を乗っ取られたタマモからすれば、神剣なんて道具で良いと考えている。

 意思を持った道具なんて碌な物ではない。まして、それが使い手を害するものならばなおさらだ。横島やシロを始めとする永遠神剣の使い手たちは、自分の意識ではない思考と絶えず繋がっている現状をどう考えているのか。戦争が終われば速やかに破壊すれば良いとタマモは思う。

 

「あっ」

「あっ」

 

 二人の目が合った。今日子もタマモに気づいたようだ。お互いの嫌な姿を見てしまって、どこか気まずい空気が流れる。

 タマモは誰かと一緒に居たい気分ではなかった。だが、数少ない言葉が通じる人間であるし、今日子の目が妙に気にかかった。鬱屈としたような、どんより雲のような目がそこにある。第三者がここにいれば、タマモも同じ目をしていると気づいただろう。

 

 今日子もタマモと同じように僅かに逡巡していたようだが、すぐに笑顔を浮かべて近づいてきた。

 

「こんにちは! タマモさん……で良かったよね」

 

「ええそうよ。岬さん。私の事はタマモでいいわ」

 

「そんじゃ、アタシは今日子でお願い」

 

「今日子ね。分かったわ」

 

 お互いに相手の癇癪は見ないことしたらしい。

 気安いというよりも、互いにさっぱりとした気性からか、すぐに名前で呼び合うことを許しあった。簡単な挨拶を終えると二人は近くにあった切り株に腰を下ろす。

 今日子は「たはは」と困ったような笑みを浮かべて喋りだした。

 

「ほんと、とんでもない事になったもんよね。異世界よ異世界! マジかって感じよ!」

 

「まったくね。異世界ってのはともかく、言葉が通じないは馬鹿は賢くなるは……変な事ばかりよ」

 

「い、異世界がともかくなの?」

 

「ああ、今日子の世界は私達の世界とまた別なんだっけ。私らの世界は霊能力ってのがあって、神や悪魔や妖怪、二次元の世界や遊園地なんてのがあったのよ」

 

「へええ……世界も色々ねえ……え、遊園地?」

 

「そうよ! 遊園地……人間ってのは本当にバカで最高よね!!」

 

 目をキラキラさせて遊園地を語るタマモを今日子は微笑ましく見つめた。

 見た目通りの年齢ではないと軽く聞いていたが、これなら仲良く出来そうだと胸を撫で下ろす。

 まさか一歳児とは想像だにしていないだろうが。

 

「世界も色々か~。そっちの世界には良い翻訳機もあったのね。それか、霊力って力で言葉を翻訳できたとか?」

 

「え? そんなの別になかったけど」」

 

「あれ、でもさっき異世界で言葉が通じないのは変って」

 

「異世界で言葉が通じるのは当然じゃない」

 

「ええ~」

 

 ギャグ寄りに考えれば通じて当然。

 シリアス寄りに考えれば通じなくて当然だ。

 お互いに色々な意味で世界観が違うのだと認識する。

 

「え、ええと……馬鹿が賢くなったって、なんかあったの?」

 

 この話題には下手に触れない方がいいと判断した今日子は話題を変えた。

 今日子の言葉にタマモは表情を歪めて、少し沈黙した後、ぽつりと呟く。

 

「シロよ。馬鹿犬のシロ」

 

 タマモの言葉に今日子は首を傾げる。

 

「シロ……犬塚シロさんだっけ? こっちに来る前に少し話したけど、随分としっかりした子に見えたけど」

 

「まさか! 肉とサンポと横島。これだけで人生を満喫しているような馬鹿犬……だったわ。それが勝手に変わって……」

 

 怒りと悲しみと不安と不満。

 タマモの声には負の感情が満ちていて、今日子は妙な親しみを覚える。

 

「分かるわ。光陰の奴は変わってないけど、悠は変わったわ! あの悠が立派に隊長をやってんのよ。人っては変われば変わるもんなのねー」

 

 褒めてはいたが、その声には寂寥の響きがある。

 今度はタマモは首を傾げた。

 

「そうなの? 高嶺さんはマロリガンって所で少し見たけど、立派な人に見えたけど」

 

「悠が立派~? あはは、まさか。コミュニケーション下手で、友達づきあいなんてあたしと光陰と……物好きな後輩ぐらい。後はもう妹一直線の、ほんと頑固で困った奴なの」

 

 悠人の高校生活は基本的に灰色だった。

 生活費を稼ぐため、妹に不自由を刺せないため、バイト三昧な日常生活。休む時間は机で体力の回復に努め、学生の青春などまったく手を付けない。金銭に関しては親の遺産を使えば問題なかったはずなのに、自分が妹を守ると息を巻いた結果がこれだ。

 救いようがないのが、この生活で悠人自身が満足している点である。

 

 自立と言えば聞こえはよい。だが、それは結果論に過ぎない。

 結局、人と接するのを恐れたから自立するしかなかったのだ。根性のある根暗と言ってもよい。

 

 人と接するのを嫌がる理由は今日子も知っている。理由は二つだ。

 一つは、幼い妹を抱えたところにお約束のように現れた遺産目的の親族達の影響。

 もう一つは、二度も両親を事故で亡くしておきながら、自分だけ無傷という自己険悪。

 

 幼い心にヒビを刻まれた悠人は、誰彼かまわず噛み付いてしか佳織を守るすべを知らなかった。

 

 小学生の子供が二人だけで生きていく。生活は苦しく、いくつもの試練があった。

 普通なら何処かで力尽きて、誰かに頼っていただろう。

 だが、ここで悠人の頑固さと強情さが発揮された。どれだけ疲れていても周りに頼らずに乗り越えてしまったのだ。

 

 そんなシスコンの捻くれもの。妹以外に眼中に無い――――というわけでもない。何だかんだで真面目で善人なので、妹が関わらなければ普通の男。それでも行動原理が妹なので、どうしても周囲から浮き気味にはなってしまう。

 

 そんな不器用な生き方の悠人を見かねて、実はクラスの皆で世話を焼いていたりもする。裏側で妙な人気があったりするのは横島と同じだ。

 結論として、高嶺悠人という男は面倒くさい困った男と言えるだろう。

 

「そう……困った奴……だったのに」

 

 全て、過去形である。

 今日子もマロリガンで遠目から悠人を見たが、スピリットを立派に指揮し、人の混乱を収め、上に立つものとしての気迫がそこにあった。きちんと仲間に頼る強さと素直さも見て取れた。

 小さい自分の世界だけで完結していた悠人の姿は、もうどこにもない。

 

 それだけではない。人間としてではなく、一人の男としても変わった。

 今日子はついさっき見てしまったのだ。

 アセリアというスピリットを甲斐甲斐しく世話する悠人の姿。その悠人を支える二人のスピリット。

 

 大きな愛の中に悠人はいた。

 あの輪の中に入っていくほど勇気も、そしてとある感情も、今日子には無かった。

 とても『踏ん切り』をつけさせて欲しいなどと言えない。言ってはいけない。

 

「悠……光陰……アタシは……」

 

「今日子? どうしたの」

 

「え? あはは、なんでもない、なんでもない! そっちの横島さんはどうなの。何か色々と噂は聞くんだけど、現実味の無い話ばっかりなんだけど」

 

「いや、横島は困った奴とかそういう問題じゃなくて……」

 

 それからタマモの口から語られた横島物語に、今日子は「アイツ以上の馬鹿がいたのか」と苦笑いを浮かべていた。飛び掛かって来たらハリセンの餌食にしてやると、どこから取り出したハリセンを振り回す。バチバチと放電している辺りが恐ろしい。ハリセンに触れた葉っぱが瞬時に消し飛ぶ。タマモはそっと距離を取っていた。

 

 まだまだ会話は止まらない。話が弾む。話題は尽きない。タマモは和気藹々と会話するタイプではないが、今日子とは妙に馬が合った。互いに物怖じしない性格で、何より同じ境遇にあったからだろう。愚痴を思う存分に語り共感を得られあえば仲良くなるのは容易い。

 ひとしきり自分達の世界や友達を語り合うと、沈黙が降りる。今日子がポツリと呟いた。

 

「おいていかれちゃったわね」

 

 主語は無かったが、タマモには十分に伝わる。

 気が付けば友人達は成長してしまった。受けた恩は大きすぎて、精神的にも差を付けられてしまった。タマモも、それは認めるしかない。迷惑をかけたのも自覚している。だから、やるべき事は明白だ。

 

「ふん、さっさと追いついてやるわよ! 馬鹿犬に馬鹿呼ばわりされるなんて冗談じゃない!」

 

 握りこぶしを作ってタマモは吠える。

 先ほどまでの鬱屈は晴れ気分はすっきりしていた。なすべき事が明確になったからだ。

 

 シロは成長した。ならば自分も成長しよう。対等な友でいる為にも。また、シロをからかい喧嘩をする為にも。

 タマモの不満は、シロと友達でなくなったと感じたことが原因だったのだ。

 

「まずは言葉ね。二人で一緒に覚えましょ!」

 

 タマモが軽やかに笑って今日子に言ったが、今日子はばつが悪そうに目を逸らす。

 

「あ……ごめん。あたしは『空虚』って奴に乗っ取られていた記憶がちょっとあるからか……その、言葉は喋れちゃったり」

 

「裏切り者~~!!」

 

「だからごめんって! 頑張ってあたしが教えるからさ」

 

 二人はすっかり打ち解けあい、またお喋りを始める。

 気づけば日も傾きつつある。夕方には第三詰め所の屋敷に来るようにと言われていた二人は、慌てて夕闇に包まれていく森を駆け出すのであった。

 

 

 

 

 タマモ達がやってきた第三詰め所は元が貴族の屋敷だけあって広く、立派なパーティールームも作られていた。

 中に入ると、沢山のスピリットでごった返している。多くは無いが人間の子供の姿と、僅かに偉そうな人間の姿も見える。壁際には生気のない顔でぼーっと突っ立っているスピリットの姿もちらほらある。

 あれが神剣に心を食われるという奴だと、タマモは内心ぞっとして距離を取った。

 

 食欲をそそる良い匂いのスープ。色鮮やかな果実。きらめくソースが掛けられた肉。

 立食形式らしく、テーブルには様々な種類の料理が並べられていた。

 空腹を覚えてタマモと今日子がふらふらと料理に近づくと、料理を並べていた赤毛でショートカットのスピリットと胸の大きい緑髪のスピリットが声をかけてくる。

 

「ソゥ・タマモ、ソゥ・キョウコ、ナシャリレシス。ヒミカ、ラ、ホロゥ。ハリオン、ラ、ウェスカラス。セム、ワツミテ、リュー、ナスアンカ」

 

「マロリガン、クム、イス、ワツミナステ、セィン、ヤンフ、ユーラス~」

 

 明るい口調で言われる。やはりタマモには意味が分からない。

 今日子は元気よく笑って挨拶を交わしている。

 

「ねえ今日子。なんて言ってるの?」

 

「ええとね、赤毛の人がヒミカさんで、緑髪の人がハリオンさん。これからよろしくねって。このパーティーはあたしとタマモの快気祝いと、マロリガンの皆の歓迎会だってさ」

 

 自分も主役の一員と言われて鬱陶しく感じたタマモだが、成長すると決めた手前、面倒くさいから拒否なんてするつもりは無い。この世界の事を良く知るには会話が一番だ。

 だが、言葉が通じない以上、誰かに通訳してもらうほかない。手間をかけさせてしまうが、仕方がないか。

 そんな事を考えていたタマモの頭に、背後から近づいた横島の玉が二つ乗せられた。

 

 『翻』『訳』

 

 まばゆい光が周囲に満ちる。

 

「あら~懐かしいですね~」

 

「これで会話ができるわね。せっかくのパーティーで話せなきゃ大変だもの」

 

「え、今のなに! 何が起こったの!?」

 

 周囲の会話が理解できる。聖ヨト語が日本語に変化していた。

 これだけの奇跡を起こせるものなど限られているから、タマモは何をされたのかすぐに察した。後ろを見てみると、何故か横島の姿は無い。まず、ヒミカ達と話せという事か。

 

「では、改めてご挨拶を。私はヒミカ。こっちはハリオン。共に第二詰め所でヨコシマ様の元で戦っています。色々と苦労はあるでしょうから、何かあったら気にせず声を掛けてください」

 

「いつでも遊びに来てくださいね~お菓子もありますよ~ケーキとか焼き菓子とか~」

 

「ハリオン! 初対面ぐらいはきっちりして!」

 

「え~初対面だからこそ、美味しいお菓子で仲良くならないと~」

 

 きっちり真面目なヒミカに、ふわふわ柔らかなハリオン。

 性格的にも身体的にも凸凹コンビだ。さて、むやみに敵を増やす必要もないと、タマモは傾国の美女の、いや今現在は傾国の美少女の笑みを浮かべて優雅に礼をしてみせる。

 

「こちらこそよろしくお願いします。私は神剣がないから戦うのは難しいけど、出来ることならやってみせますから」

 

 行儀良くタマモが言うと、ハリオンとヒミカは思わず顔を見合わせた。

 

「はい。私もタマモ様の助けになれれば幸いです……ヨコシマ様の同僚と聞いてどんな変態なのかと心配してたんだけど、杞憂だったみたいね」

 

「可愛くて良い子ですね~これからよろしくです~」

 

 良い子と呼ばれて思わず顔をしかめそうになったタマモだが、愛想よく笑って見せた。化かすのは狐の本分だ。猫かぶりなど簡単なものである。どうせすぐ化けの皮はがれるのに、と何処からか横島がぼやくのが聞こえてきたが無視する。

 

「また後でいっぱいお話してくださいね~」

 

 ハリオンとヒミカは頭を下げて離れると、また料理の配膳をやり始めた。 

 

「ふふふ、どうだ俺のスピリット達は! 美人だろ!!」

 

 天井からバカっぽい声が聞こえた。しゅたっとバンダナ男が地面に着地する。

 謎の登場シーンに今日子は困ったように笑っていた。

 

「なんで上から……というかマジで光陰の声とそっくりだし」

 

「俺は横島忠夫だ。呼び方は何でもいいぞ。美人は大歓迎さ!!」

 

「あたしは岬今日子よ。今日子でいいわ。異世界者同士、仲良くしましょ」

 

 今日子はヒマワリのように笑いながら右手を差し出す。横島も手を差し出した。がっちりと握手する。そして、そのまま離れた。

 驚いたのはタマモである。

 

「あれ。横島、今日子には飛びつかないの? いつもなら飛び掛るのに」

 

「そんな物騒な笑みと後ろにハリセンを構えておいて飛びかかれるかー!」

 

「ちぇ、ばれてたか。残念残念」

 

 今日子は後ろ手に隠し持っていたハリセンを振るう。

 ゴオン。グオン。風切り音が普通ではない。横島も顔を青くする。

 

 そんな横島にタマモは頭を下げて礼を言った。

 

「横島……文珠はありがとね。やっぱり言葉が分からないのはきついわ」

 

「気にすんな。ただ毎回は無理だぞ。文珠の数も限界あるからな。後はしっかり勉強しろよ~」

 

「言われるまでもないわよ。シロやあんたが覚えた言葉なんてすぐに覚えてやるわ」

 

 勝気そうにタマモが言うと、横島はほっと胸をなでおろす。

 

「頼むぞ! 聖ヨト語で書くと読者も疲れるし、作者も聖ヨト語辞典とにらめっこするのはしんどいからな」

 

「何だろう。何だか本当にすぐ言葉を覚えられそうな気がしてきた」

 

 これが世界意思である。

 

「そんじゃ、また後でな。俺は隊長としてやることがあるから」

 

 手をヒラヒラさせて横島は離れていく。

 相変わらず軽い調子だが、その目は油断なく周囲を観察しているように見えた。隊長として周囲に目を配っているようだ。

 

「んー思ったよりもまともな人に見えるわね。手も出されなかったし」

 

 今日子の意外そうな口ぶりに、タマモも確かにと思った。いつもなら酷い目を見ても飛び込んだはずだ。これは思った以上に横島も成長してしまったのかもしれない。シロだけでなく、立派になった横島にも追いつかなければ。

 タマモが決意を新たにしていると、

 

「それでは皆さん。グラスを持って壇上に注目してください」

 

 メイドの美女が言って、一人の男が壇上に姿を現す。

 がっちりとした体形に、精悍な顔立ち。なにより意思の強さが感じられる黒の瞳。

 自然と周囲のざわめきが落ち着いていく。

 

「高嶺さんって、なんかオーラがあるわね」

 

「そう……ね」

 

 タマモの言葉に今日子は複雑そうに答える。 

 悠人は重々しく口を開いた。

 

「今ここで俺の言葉を聞いているスピリットに言いたい。良く、生きていてくれた。本当に嬉しく思う」

 

 いきなりの重苦しい言葉にびっくりする。

 ラキオスに下ったマロリガンのスピリットに向けてだとは思うが、殺した当人が言っても神経を逆なでしかねないだろう。

 

「敵だった俺から言われてもピンとこないとは思う。この中には、俺が妹や友の仇という者もいるだろうから」

 

 悠人の言葉に思わず拳を握りこんだ幾人のスピリット。

 その中にはマロリガンだけでなく、ラキオスに併合されていった国の者達もいた。

 

「言葉に出さないだけで俺が憎い者もいるだろう。戦争でスピリットが死ぬのは当然と割り切っているかもしれないが、それでも怒りや悲しみはあるはずだ。

 忘れろとは、俺は言わない。その感情は皆自身のものだから。それを抱え込むのが辛いのも知っている。だから一人だけで抱えないでくれ。俺は隊長だ。全部、受け止めるから」

 

 実感の篭った声だ。この強く大きな男も、自分達と変わらぬ弱さを持っているのだと、スピリット達は少しだけ悠人を見る目を変えた。

 

「そして、その悲しみと怒りを戦争に対しても向けて欲しい。もうすぐ戦争は終わる。終わらせなければならない。でなければ、幼いスピリットもまた戦場で散ってしまう」

 

 視線が部屋の一部分に集中した。視線の先には、人間の子供がスピリットの幼児に「今は静かにして」と頑張ってあやしている姿がある。信じられない光景に、スピリット達の目が猫のように丸くなった。

 新しい時代が訪れつつあるのを、その目で感じる。

 

「剣を置いて、その手に本や楽器を手に取れる世界が、その手を戦争で失われた者達に向かって合わせられる時代が、目の前まで来ているんだ。その為にあと少しだけ剣を取って俺と共に戦ってくれ!」

 

 悠人の言葉にユーモアやセンスは無かった。ただただ、強く、重い。

 重力が光を捕らえるが如く、スピリットも人も、ただ悠人の言葉に耳を傾ける。その姿は皆に勇気を与える勇者そのもの。

 笑みは与えられずとも、決然と未来を見据える力を悠人はスピリットに与えた。

 

 だが、ここで悠人の言葉が詰まった。視線を右往左往させるたかと思うと、

 

「あ……ええと……というわけで楽しんでくれ! 乾杯!!」

 

「か……乾杯!」

 

 唐突に言葉を打ち切って壇上から降りる悠人。

 他の皆は慌てて乾杯と続いた。

 

「言いたい事だけいって、締めの言葉は考えて無かったわね……不器用のバカ悠らしい」

 

 呆れたように言う今日子だが、表情は柔らかい。

 タマモには今日子の気持ちがよく分かった。成長の影に見えた懐かしい友人の姿が嬉しいのだ。

 

 始まりの言葉も終わり、何はともあれ歓談式が始まる。

 特に決められた流れはないらしく、好きなようにご飯を食べたり話したりすればいいらしい。タマモはなにげなしに辺りを見てみる。

 

 まず目に付いたのは坊主頭の碧 光陰である。

 多くのスピリットが光陰の元に集まって彼の話を聞いている。悠人も隣にいたが、話すのはもっぱら光陰だ。

 ハイペリアでの自分や悠人の失敗談を面白可笑しく話して笑いを取っている。不思議と自虐的な雰囲気はない。行動の端々から余裕と自信が感じられ、しかも嫌味でないのだ。話がいきすぎると悠人が突っ込みを入れている。

 

「盛り上がってますけど、何かお腹に入れないと大変ですよ。片手で食べられるサンドイッチとかお勧めです!」 

 

「温かいスープは冷めないうちに飲んで。片づけるの面倒だから」

 

 そこに長ツインテールと短ツインテールが現れる。

 途端に光陰は話を取りやめ、満面の笑みを浮かべてツインテールの元へ駆け寄った。

 

「おお、ヘリオンちゃんにニムントールちゃん! なんて愛らしい。特にニムントールちゃんのメイド姿……くぅ~最高だぜ!!」

 

「あ、あの、何で私達の名前を知ってるんでしょうか」

 

「ラキオスのちっちゃくて可愛い娘は全て網羅しているさ!」

 

 手を握らんばかりにずずいと迫ってくる光陰に、ヘリオンとニムントールは思わず後ずさる。物凄く好意を持って貰えているのは分かるが、それが妙に困るのだ。

 

「よしよし! 二人も俺の話を聞いて――――」

 

 さらに一歩踏み出そうとした光陰だが、背後から妙な光の塊が迫って来て、

 

「ぐがあ!」

 

 後頭部に突き刺さってばったりと倒れこんでしまう。周囲のスピリット達には何が起きたか理解できなかったようだが、光陰とラキオス勢には全て理解できたらしい。

 起き上がった光陰は痛がりつつも下手人を探すが見つからず、小さく肩をすくめた。

 

「いつつ、俺が認識できない一撃ね。これは第二詰所にだけは手を出すなって警告か。まったく、愛されてるねえ、ヘリオンちゃんもニムちゃんも」

 

「えへへ……はい!」

 

「……ふん!」

 

 ヘリオンは嬉しそうに。ニムントールは頬を赤くしてそっぽを向いた。

 大切な人に気にかけられる幸せを二人は噛み締める。

 

「それじゃあ楽しんでくださいね!」

 

「面倒臭いけど、料理が足りなさそうだったら補充するから早めにいって」

 

 ヘリオンとニムントールは足早に去っていった。どうやら光陰に対して苦手意識を持ったらしい。こうやって大好きな子供との距離が離れてしまっているのを彼は気づいているのだろうか。

 一連の流れを見ていたセリアが、ふと疑問を口にする。

 

「コウイン様は……その、小柄な女性が好みなのですか?」

 

「ちっちゃい子は大好きだが……女って意味なら俺には今日子だけさ」

 

 光陰は清々しいまでに言い切った。何の気負いもなく、ただそれが真実だと万人に納得させるほどの純朴さがそこにある。純愛の宣言にラキオスのスピリットはほおっと目を丸くして、マロリガンの元稲妻部隊スピリットは唇を噛んで小さく目線を落とす。

 そんな微妙な女心に悠人はまるで気づかず、ただ呆れたような視線を光陰にやった。

 

「そこまで言い切って、どうして子供に手を出そうとするんだ。いや、直接に手を出すわけじゃないってのは知っているけどな」

 

 YESロリータ、NOタッチ。

 ロリコン紳士としての当然の嗜みだ。光陰は芯からその実践者である。

 

「おいおい悠人、昔から言うだろうが。甘いものは別腹と!」

 

「ほ~。つまり恋人であるあたしは甘くないってか」

 

「そりゃあなあ。すっぱくてしょっぱくてからい! それが今日子……と、いう話があるとかないとか……はは」

 

 光陰の言葉尻がかすれていく。いつのまにやら今日子が傍にいた。光陰は汗をダラダラと流し、悠人は懐かしいものを見るような目で、今日子は楽しそうに笑っている。今日子の笑みはカラッとした晴天のようだが、雷は時として晴天でも落ちることがある。その時が来たらしい。

 

「悠~この馬鹿ちょっと借りてくねー」

 

「ああ、一発やったら早く戻ってこいよ」

 

「はいはい、分かってるって」

 

 今日子は右手にハリセンを持ち、左手で光陰を引きずりながら何処へとも無く消えた。

 あまりに自然な流れにスピリット達は止める暇すらない。程なくして晴天の青空から突如として稲妻が落ちた。

 ズンと大地が揺れる。

 

「こ、コウイン様は大丈夫なんでしょうか」

 

「まあ、光陰だから大丈夫だろ」

 

 悠人のノリは軽い。

 横島と同じく心配する必要がないキャラクターだと知っていた。

 

「あんな暴力女なら私にでもチャンスが」

 

 元マロリガンのスピリットは今日子の横暴に腹を立て、これなら自分にもチャンスがあると恋心を再度燃やす。だが、その恋心は今日子がプスプスとこんがり焼けた光陰を引きずりながらやってきた事で完全に砕け散る。雷に打たれて黒こげアフロ(何故か髪量が増えている)光陰は物凄く幸せそうで、二人の間に割って入るなどと出来ないと知らしめる事となった。

 

「今日子は美神タイプなのかもね」

 

 その光景を見ていたタマモは思わずつぶやく。

 今日子から強さと弱さを感じたのだ。硬いくせに繊細。そんな理不尽な心に入り込めるのは、柔らかくて図太い心の持ち主なのだろう。今日子と光陰はお似合いだとタマモは思った。

 

 いや、あるいは高嶺さんなら今日子とも良い感じかも。

 

 なんとなく美神と横島とおキヌちゃんの三人を思い出す。

 あの三人の関係は今後どうなるのか。なかなかに興味深い。

 極楽な物語の続きを見るためにも、早く元の世界に帰らなければならないのだ。

 

 そうだ、横島に聞いて見なければならない。

 美神に生殺与奪を握られた丁稚なのだから、元の世界に帰ろうと努力しているのは間違いないはず。どうやって戻るつもりなのか、一度聞いて見なければ――――

 

 ――――余計な考えは身を滅ぼしますわよ。

 

 突如として悪寒に襲われたタマモはぶるりと体を震わせた。

 血の気が引き、世界が止まる。

 

 今、わたしは、死の淵に、立っている。

 

 今は聞くのを止そう。横島は、きっと何かは考えているはずだから、聞く必要は無い。いや、この世界に留まっている以上、まだ帰る方法はまだ見つかっていないのだ。だから、聞いてはダメだ。

 

 ――――そう、それでいいのですわ。

 

 体に熱が戻ってくる。一体自分の身に何が起こったのか定かではない。ただ一つ分かるのは、疑問に思わないことが一番の良薬だという確信だ。

 

「なんなのよ、この世界は」

 

 圧倒的な恐怖に声が震える。

 お釈迦様の掌で暴れた孫悟空のように、途方もないもの存在に全てを握られている恐怖。

 

 帰りたい。

 でも、帰りたいと思うこと事態がダメだ。

 帰りたくない。帰りたくない。かえりたく――――

 

「あれ、私、今なにを考えてたんだっけ? あはは」

 

 痴呆か、とタマモは冷や汗を拭いつつ笑って見せた。

 

 





 すいません、また分割します。
 やはり二万文字を超えると読み疲れるそうなので、越えたら分割する方針で。
 続きは明日。

 それはそうと、こち亀、終わっていたんですね。割とショック。
 とりあえずこち亀の最終話とナルトの続編を見ようと漫画喫茶に行き『ぼくたちは勉強が出来ない』に嵌る。何だかギャルゲーがしたくなってお勧めしてもらったのが『Doki Doki Literature Club』。うん、無料だし皆やろう。そこからUndertaleや東方を勧められてちまちまやってます。フランが強すぎて困る。東方を書いてる人たちは皆フランを倒したのだろうか。とても二作目三作目と出来る気がしない。
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