永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第三十五話 進む世界で足踏みを 後編2

 一瞬、自分が何処にいるのか分からなくなった。

 はてと首をかしげて、辺りを見渡す。料理が並べられ、何処からともなく音楽が聞こえてくる。付近にいるスピリットと呼ばれる種族の綺麗な女性達は、宴というものになれていないのかウロウロとしている者が多い。

 ああ、今はパーティー中だったと、タマモは気を取り戻した。

 

「……何か面白いものないかな」

 

 何かから逃れるように、タマモは辺りを見回して何か目を引くものを探す。すると、一人のレッドスピリットの女性が目に留まった。

 見た目は歴戦の勇士といった感じなのに、まるで会場に紛れ込んでしまった小動物のように、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回している。テーブルに置かれた豪華な食事にも、手を出しては引っ込めるを繰り返していた。見ていて気の毒なくらい、場になれていない。

 

 彼女は第一次マロリガン戦の時の捕虜だ。横島に散々に振り回されて、最後には多勢に無勢で神剣を取り上げられて牢に押し込められたのだ。

 幸いにもメドーサもどきに殺される事もなく、今までずっとラキオスの牢で捕らわれていた彼女だったが、マロリガンが倒れてようやくラキオスの軍門に下れたのだ。

 

 彼女は精神の多くを神剣に食われていたのだが、横島のセクハラめいた何かを食らって、何故か精神がある程度だが回復した。それが良かったとは言いづらい。中途半端に回復したせいで孤独は嫌だが上手く会話も出来ないような精神状態だからだ。今回のパーティーなど、引きこもりが無理やり合コンに担ぎだされたようなものだろう。

 世界に怯える哀れな女の子。そこに飛びつく邪悪な影があった。

 

「おお、その尻はーー!」

 

「ギャーーーー!」

 

 邪悪な影に尻をムニンムニンされたレッドスピリットが悲鳴を上げて飛びずさる。

 そこには、言うまでもなく横島の姿があった。

 

「お、お前は! だからどうして尻を触るんだ!!」

 

「わはは! そこに可愛くて不安そうな女の子のお尻があるからさ!」

 

 欲望全開のくせに、まるで子供のように屈託なく横島は笑った。 

 本当に楽しそうな笑みにレッドスピリットの目が釘付けとなる。どうして自分と向き合ってこんな笑みを浮かべられるのか分からない。いや、もしかすると。

 可愛くて不安そうな女の子。

 なんて言われたかを思い出して、頬に血が集まってくるのを感じる。

 

「も、もう一度言って見ろ!」

 

「ん? ええと……そこにお尻があったからだ!」

 

「違う! そっちじゃない! 大体、なんで尻を触るろうとする!?」

 

「以前に言っただろ。仲間になったらミトリヤ……ちゃんの尻を触るって。本当に仲間になるの待ってたんだぞ」

 

「あ、私の事を覚えて……それに名前も……うわ、変な手つきは止め……あーもー!」

 

 嬉しさに怒りに羞恥に。多くの感情を叩き込まれてレッドスピリットは困惑する。

 とにかく横島にお尻を触られない為、横島に背後を取られないよう気をつける。

 しかし、その背後には卑猥な影が忍び寄っていた。

 

「おお、その尻はーー!」

 

「ギャーーーー!」

 

 またもや尻をムニムニされて慌てて飛びずさる。卑猥な影の正体は、やはり横島だ。

 いつの間に回り込まれたのかと困惑したスピリットだったが、さっきお尻を触った横島も存在している。

 

「え、ええ? まさか……双子だったのか!?」

 

 その言葉に二人の横島は怪しげに笑みを浮かべるだけ。

 嫌な予感を覚えたレッドスピリットはお尻を警戒しようとしたが、一歩遅かった。

 

「おお、その尻はーー!」」

 

「ギャーーーー!」

 

 再三にわたり尻をムニムニされる。

 そこにいたのは、やはり横島だ。

 

「み、三つ子だと……くっ、囲まれたか」

 

 三方向を横島に囲まれ逃げ場を失う。

 だがそれでも逃げ出そうと隙を探るが、横島の悪夢はここからが本番だった。

 

「ここにもいるぞ!」

「ふっ、俺を忘れてもらってはこまるぜ」

「やれやれ」

「チチ、シリ、フトモモーー!!」

「俺は高島だったりするぞ」

 

 周囲からさらに横島があふれ出てくる。その数、五。総勢八人だ。

 八人の横島に囲まれる悪夢。もはや逃げ場などない。

 八方を囲まれてレッドスピリットは混乱して座り込んでしまった。せめて尻だけは守ろうというのだろう。

 

「ミトリヤよ!

 なにゆえ しりを かくすのか?

 おしりこそ わが よろこび。

 ぷりけつこそ うつくしい。

 さあ わが うでのなかで いきはてるがよい!」

 

「くぅ、私の尻はここまでなのか……」

 

 く、ころせ!

 

 とでも叫ぶのがお似合いなレッドスピリットの様子は、横島達をいけない気分にさせてしまう。これはもういっちまうか、と煩悩がささやくが、世界の意思はそんな横島を許さない。

 

「ミズテッポウ隊、撃てー!!」

 

「なに!? ぐわあああーー!」」

 

 突如として横島の顔や体に強力な水が襲い掛かる。スピリットの幼児や人間の子供が自作の水鉄砲で横島を撃ったのだ。

 この水鉄砲。横島がハイペリアから持ち込んで子供達に渡したのだが、子供達はすぐさま分解して、自分達なりに再構築して数を揃えたらしい。彼らにとって玩具は渡されるものではなく、作るものなのだ。

 

 自作の圧力式水鉄砲の威力は高いらしく、水圧で顔が歪むほどである。料理が並ぶ会場で水を使うという暴挙だったが、周りのスピリットが障壁を張って料理はしっかり守っていた。

 

 ずぶぬれになった横島をリュートは満足そうに眺めると、次なる指令を下す。

 

「良し、皆も行けー! 突撃だー」

 

「わーい!」

「ヨコッチを倒せー!」

「チチ―シリ―フトモモー!」

「ぬああ! またお前らか」

 

 リュートの指示を受け、スピリットの幼児たちが横島達に飛びかかり、ばしばしやはむはむをする。しかし、今度は横島も八人いるのだ。そうそうやられることは無い。

 戦力を増加させるために、リュートは余った水鉄砲を呆然と座り込んでいるレッドスピリットに持たせた。

 

「ほら、レッドスピリットのお姉さんもミズテッポウを持って!」

 

「え? その……これはどう扱えばいいのか」

 

「この筒を上下に動かして。圧力が高まって勢いよくでるから」

 

「分かった……おおお!」

 

 気合と共に高速で手を上下させる。

 シュコシュコシュコシュコ!

 筒の内部で圧力が高まり、先端から少しだけ液が漏れ始める。

 

「よし、もう出るぞ。ここを思いっきり握って」

 

「分かった! いけええええ!!」

 

 ビュビューー!!!!

 凄まじい勢いで液体が発射される。

 

 横島は凄まじい形相で水を避けた。

 それだけは食らわないという意思を感じる動きだ。

 彼は戦慄したようにリュートを見つめる。

 

「無知な女騎士にさりげなくセクハラするだと!? 無知シチュとは高等技術を!」

 

「なにを意味不明なことを……やましく聞こえた人は心が汚れているんじゃないですか」

 

 呆れたように言うリュートに、その場の何人かが恥ずかしそうに顔を下げた。特に、第二詰め所のスピリットはハリオンを除く全員が興奮で顔を真っ赤にしている。どうして水鉄砲の発射に興奮しているのだろうか。不思議である。

 何にせよ、ハリオンは汚れのない心を持っているのは間違いない。

 

 ともかく、子供達による横島への攻撃が始まった。

 八人に分裂したせいか、横島達の動きは鈍い。このままではやられてしまうと、横島は助けを呼んだ。

 

「みんな! 救援を頼む!」

 

 しかし、誰もこなかった。

 

「ウワキモノだー! ウワキモノを倒せー!」

「ぐあああ! お前らもか~~!!」

 

 むしろ敵側の増援が湧いてしまう。第三詰め所のスピリット達も横島に飛びかかっていった。当然、ふざけてやっている。横島と取っ組み合って遊ぶ機会を逃さない為だ。

 さらに、マロリガンのスピリット達も参戦してくる。

 

「コウイン様を失ったイライラをぶつけてやるわ!」

 

「それは俺に関係ないだろ!」

 

「うるさい! 死ねぃ!」

 

 中には『リア充許すまじ』の精神で壁ではなく横島を殴ろうとしてくる極悪スピリットもいたが、悪いのは横島なので気にする必要はないだろう。正に多勢に無勢。スピリットと人間の連合に横島達は次々とやられていく。

 

「くっ! このままではやられちまうぞ!」

 

「仕方ない! 合体だ!!」

 

 八人の横島達が一か所に集まる。

 そして、

 

 な なんと よこしまたちが…!

 よこしまたちが どんどん がったいしていく!

 なんと よこしまに なってしまった!

 

「って、やっぱりヨコシマじゃないかーー!!」

 

 純度100パーセントの横島を混ぜれば、横島が出来上がるのは当然である。  

 

「気をつけろよ……こうなってしまったら 前ほど優しくはないぞ。(セクハラを)やりすぎてしまうかもしれん!」

 

「皆! これが最期の戦いよ! セクハラ魔人に死を!!」

 

 人間とスピリットとの連合軍と、真の姿を現した横島。

 最後の戦いが、今始まる!! 

 

 

 

 それらを見ていたタマモは呟く。

 

「なにこれ」

 

 なにこれである。

 隊長としてやる事がある、とは何だったのか。セクハラしまくった挙句、ボコボコされる。いつもと変わらない。いや、いつも以上に酷い。

 

「ふふ、流石はヨコシマ様です」

 

 その様子を熱っぽく見つめるのは、顔半分だけ仮面をつけた大人の女性だ。

 タマモに気づいた彼女は恭しく頭を下げた。 

 

「初めまして、タマモ様。ヨコシマ様の隊員であるファーレーンと言います。以後良しなに」

 

「あ、はい。タマモです。これからよろしくお願いします」

 

 どうして顔半分だけ仮面を付けているのか疑問に思ったが、横島の部下なのだ。きっと変人なのだろう。

 失礼に自己完結したタマモは、ファーレーンと並んで横島と子供達の激闘を見つめた。

 いつのまにか横島の戦闘服ははだけ、ズボンとシャツでスピリット達とプロレスごっこに興じている。

 

「とても素敵な光景ですね」

 

「どこが!?」

 

「マロリガンとラキオスのスピリットに人間の子供達。皆が協力しながらヨコシマ様を脱がし……じゃなくて遊んでるじゃないですか」

 

 ラキオスにマロリガン、さらにはスピリットと人間の子供達。

 この歓迎会の目的は新しく入ってきたスピリット達と親睦を深めるのが目的だ。

 

 スピリットと人間の関係は良くなってきているとはいえ、まだまだ溝は深い。

 ラキオスとマロリガンのスピリットは殺し合いをして、マロリガン側は少なからず死者が出ている。特にマロリガンの稲妻部隊は感情を多く残していたので、どうしても心にしこりを残しているだろう。

 悠人の言葉に心を動かされたものは多いだろうが、しかし仲良くするための第一歩を踏み出すか悩んでいた者も多いに違いない。それを、横島は第一歩を踏み出させるどころか竜巻のように全てを巻き込み飲み込んでしまった。

 

「きっとヨコシマ様はわざと悪役になって皆を協力させあって、皆の仲を深めようとしているんですよ。自分を犠牲にしてまで私達のために……流石はヨコシマ様!」

 

 物は言いようである。

 ファーレーンの目には、横島がわざと悪役を演じて皆を仲良くさせようとする聖人に見えていた。横島が実はスケベであるとは理解したようだが、まだまだ横島に対する色眼鏡は抜けていないらしい。

 

 この人は目が腐ってる。

 

 タマモは容赦無くファーレーンをポンコツと断じた。

 同時に、自分の目も腐っていたことを理解する。

 

 アレのどこが成長して大人になった、だ!

 何をどう言おうが女性にセクハラしているだけじゃないか!!

 

 結局、横島はアホでバカで変態のギャグキャラなのだ。

 

 確かに大人としての対応を取る事はある。シリアスに決めることも増えた。

 それはスピリットに関しては生々しく凄惨な現実があり、時と場合によって笑い話やエロギャグで済ますのは不謹慎すぎるからだ。横島は馬鹿でエロだが、あれで常識人で、決定的な一線は超えはしないデリカシーもある。ギャグと不謹慎を見極めてこそギャグキャラと言えるのだ。

 逆に言えば、それほどの事情が無ければ横島がシリアスに決めることは無いとも言えるのだが。

 

「でもまあ、悪くないけどね」

 

 周囲の熱気が伝わってくる。横島との遊びに加わっていないスピリットも緊張感が解けて来ているようだ。まるで祭りのような雰囲気に、何だか楽しくなってきた。

 今ならシロとも色々と話せそうな気がする。いつもの下らなくも楽しい会話が出来そうな気配。

 キョロキョロと見回してシロを探して見る。すると、何故か人間のお偉いさんと見られる人にペコペコと頭を下げていた。

 二人が離れたところにタマモは近づき声を掛ける。

 

「あんた、なにやってんの」

 

「挨拶回りでござる。拙者と光陰殿の立場は少々危ういのでござるよ」

 

「……そうなの?」

 

「自業自得ではあるが……まあ、これからは従順かつバカでいる必要があるでござる」

 

 シロは自分達が警戒されているのは分かっていた。

 やったことがやったことだ。人間からすれば、いつその刃が自分の身に降りかかるか分からないのだから、警戒は当然である。

 シロと光陰は身の安全の為にも、罪深き亡国の将という立場を忘れてはいけないのだ。

 

「ただ、あの騒ぎに目を奪われて、拙者達どころではなかったようでござるが」

 

 横島達のほうに目を向ける。

 そこには上半身裸になって、ズボンにまで手をかけられている横島の姿があった。

 

「あと2枚! あと2枚!!」

 

「いやじゃ~止めてくれ~!!」

 

 期待するような声が響いている。横島の悲痛な悲鳴もアクセントだ。

 セクハラするものとされるもの。立場はもはや逆転していた。横島はズボンを押さえて半泣きで逃げ回り、スピリット達はサドッ気のある表情で追い回している。女所帯のスピリット達は基本的に男に触れることはない。それゆえ、女と違うといわれる部分に興味津々らしい。それに、逃げ惑う横島がスピリットの本能を刺激したのだろう。

 中には横島の半裸に生唾を飲み込むスピリットもいたが、それは極少数である。

 

 タマモは頭を抱えた。

 本当に酷い光景だ。だけど、鬱々としたものを問答無用で吹き飛ばすほどのエネルギーがそこにあった。

 

 まるで太陽だ。

 シロのシリアス行動など吹き飛ばし、無理やり世界を明るくする太陽。

 それはタマモが望んでいたものだった。

 

 だけど、とタマモは思う。

 今見なければいけないのは暖かい太陽ではない。

 冷たい現実で今も戦っている、誇り高い狼であると。

 

「シロ、聞いて」

 

「何でござる」

 

「私を見てなさい! すぐに追いついてやるから! アンタをバカ犬に戻して見せるから」

 

 突然のタマモの宣言にシロは目をパチクリしたかと思うと、顔を下に向けて表情を見せないようにした。タマモは不信そうに表情を覗き込もうとしたが、その前にシロはパッと顔を上げた。

 いつもの、さっぱりとした笑顔がそこにあった。

 

「期待しているでござるよ。まあ今は料理を楽しむでござる」

 

「だから! 子ども扱いするな!!」

 

「ただ料理を楽しもうと言っているだけでござるよ。そうやって無駄な意地を張るのが成長でござるか?」

 

「むうっ!」

 

 余裕たっぷりなシロに、タマモは唸った。

 まさかここまで大人になっているとは。これは手ごわそうだと気合を入れる。

 

「これなんてどうでござる。ピリ辛油揚げでござるよ」

 

 ここは好意を受け取るほうが大人の対応だろう。

 そう判断したタマモは一気に貰った油揚げを口に詰め込む。

 

 美味い……辛い……否! 熱……痛……水……無……燃!!

 

「ひ、火ィーーーー!!」

 

 タマモは火を吐いた。比喩ではない。口からゴゴォと火噴き男のように火を吐いたのだ。

 あまりの辛さに狐火が暴走したらしい。述べるまでもなく、油揚げには辛さ三百倍というシロの細工がしてあった。

 

 火を噴くタマモに対し、ラキオスのスピリットは一言。

 

「タマモさんは火を噴けるエトランジェなんですね~」

 

「別に凄くも何ともないですけど」

 

 なんとも平然としたものである。それも当然か。

 パンツ一枚の変態に、ハリセンで雷を落とす変態に、雷を落とされてアフロになる変態もいる。

 火を噴いただけでは芸人としてやれるわけがないと、人間もスピリットも目が肥えていた。こんな連中が受け入れられ始めれば、そりゃ一般的なエトランジェが差別されなくなるのも当然だろう。

 

「くくく、あーはっはっは! この瞬間を待っていたんでござる!!」

 

 シロの大爆笑が広いパーティールーム全てに響き渡った。 

 

 タマモをからかう。

 口喧嘩で勝てず、いつもタマモにからかわれていたシロにとって、これは悲願であった。

 タマモの心が戻って、環境の激変に戸惑うタマモの姿に一計を案じたのだ。タマモと喧嘩友達に戻り、なおかつ悲願を達成するために、シロは大人の姿を見せ付けていたのである。

 

「ふ、ふふふ。タマモの言うとおり、バカ犬に戻ったでござるよ! いやはやタマモの友情に胸が一杯でござる……あははははは!」

 

「こ、こ、このクソ犬が--!!」

 

「その顔でござる! その顔が見たかったのでござる~~!!」

 

「待ちなさい! こら!」

 

 タマモの放つ狐火を避けながらシロは笑い転げる。笑いすぎたのか、目頭には涙すら浮かんでいた。それた狐火は当然のように横島に直撃していたりする。

 

 シロとタマモの喧嘩を、マロリガンの元稲妻部隊は呆然と眺める。こんなシロは見たことが無かった。まだ幼い身でありながら、常に周りに気を配り鍛錬を怠らない。強く気高い理想の隊長。

 そのシロが、まさかこんな子供っぽい悪戯をするとは。

 

 シロも横島と同じだったのだ。

 今まではタマモの為、そして部下達の命を預かる立場になったことで、常に気を張っていた。自身の一挙手一投足が仲間の死に繋がるという現状がシロのリーダーシップを高め、幼い心を封じてきたのだ。

 タマモが解放されて、隊長という責務から降りた今、ようやく素の心をさらけ出したのである。素のシロは、勇気があり真っ直ぐでお調子者の子供だ。

 

「良かったな、シロちゃん」

 

 相棒だった光陰は素直に一人の少女に賛辞を贈る。

 

 またタマモと喧嘩がしたい。

 その一念で、シロは歯を食いしばって戦ってきたのだから。

 この瞬間、シロの戦いはひとまず終わったのだろう。

 

 感慨にふける光陰だが、その顔にパシーンとハリセンが打ち付けられる。

 

「良くないわよ、バカ光陰! この惨状、どうするつもりよ! 悠も隊長ならなんとかしなさい!!」

 

「んなこと言われてもなあ……あ、とうとうパンツまで脱げたぞ」

 

「いやーーーー!!」

 

 今日子の悲鳴と怒声が響き渡った。いや今日子だけではない。パーティールームのいたるところで笑いと悲鳴と怒声が木霊する。圧倒的な感情の坩堝と化したパーティーに、感情を殆ど失っていたスピリット達の顔にすら僅かな困惑がにじみ出ていた。

 

 まだ冷静なマロリガンのスピリット達は「こんなところにいられるか!」と死亡フラグを立てながら脱出しようとして、良い笑顔を浮かべた第二詰め所の面々に退路を塞がれていた。

 

 セリア達は最高の笑顔で言い放つ。

 

「ようこそ。ラキオスへ」

 

「マロリガンに帰っていいですか?」

 

「皆さんはラキオスに同化されます。抵抗は無意味です」

 

 どこか得意げなナナルゥの言葉にマロリガンのスピリット達は泣き笑いの表情を浮かべる。勝者に好き放題される敗者たちの悲哀がここにある。どこか楽しそうにもしていたが。

 世界は確実に変貌の時を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 それから二週間。マロリガン戦が終わって早一か月。

 まだまだマロリガンの処理は終わっていなかったが、これ以上は機を逃すと、レスティーナは帝国打倒に動き出した。

 帝国の打倒と佳織の奪還。この二つがラキオスの主目的である。副目的としては、アセリアの救出と、そしてソーマの撃破だ。

 アセリアに関してはヨーティアが全力で取り掛かってくれていて、ソーマに関してはシロとタマモが動物部隊を編成して、全国各地を徹底捜索中である。どちらも糸口を掴むのは時間の問題だろう。

 

 元マロリガンスピリットの編成も終わり、いよいよ大陸の覇権を決める戦いが始まろうとしていた。横島と悠人がレスティーナに呼ばれたのは、そんな祭りが始まる直前の熱気が満ちた夜だった。

 内密の内容らしく、玉座ではなくレスティーナの私室まで直接行く。今更だが、一国の、それも未婚の女王の部屋に二人の若い男が押しかけるというのはどうなのだろう。

 

「来ましたね!」

 

 横島達が私室に入ると、レスティーナが妙に高いテンションで二人を出迎えた。

 珍しく化粧が濃い。肌は妙に白く、唇は艶がありすぎた。艶やかで活力に満ちているように見えるが、眼下が窪んでいる。これは疲労を隠すための化粧だった。

 

 無理もあるまい。この1年で元の10倍以上の領地を獲得してしまったのだ。官吏も領主も足りず、人材が不足していた。そこにマロリガンの併合だ。レスティーナの仕事量は想像を絶するほどだろう。

 この状況下でさらに戦争に乗り出すのだ。睡眠時間など取りようもない。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「うふ、ふふ。大丈夫です……戦争さえ終われば貴方達が……ね?」

 

 レスティーナの両目が怪しく光った。横島も悠人も思わず一歩引いてしまう。

 それは正しく『ブラック企業に来た有望な新人に対する上司の眼光』に違いない。

 

 絶対逃がさない。

 

 鋼の意思がレスティーナにあった。それだけ追い詰められているのだ。

 大国となったラキオスに今必要なのはマンパワー。しかし、ラキオスには失業者すらいないのが現状だ。さらにマナ量の減少に歯止め掛ける為、エーテル機関の停止も実験的に始めている。技術の衰退も始まるのだ。

 ならば、一人当たりの仕事量を増やすしか道はなかった。無論、インフラや官僚制を強化して少しでも仕事がしやすい環境は整えているが、それにも限度がある。この状況下で有能で人気のある二人を逃がそうとする女王などいようはずもない。

 

 ちなみに、ラキオスの今後で最も致命的なのは、マナの枯渇によって将来の人口増加すら見込めない点だったりする。これに関しては根本的な対応策がない。本当に手段を選ばなければ、横島やスピリットを殺害してマナをばら撒き、そこで子作りすれば相応の人口増加は見込めたりもする。するわけないが。

 

「早速ですが本題に入ります。サーギオス帝国より宣戦布告の使者が着ました」

 

「今更かよ」

 

 悠人が呆れたように言った。

 ラキオスは半年以上も前に宣戦布告をしているのにだ。別に宣戦布告をする義務や義理など存在しないが、どうして今更するのか意味が分からない。

 

「いえ、今更では無いのです。見れば意味が分かるでしょう」

 

 巻物のようになっている羊皮紙を広げると、悠人はげんなりした。

 抽象的な、それでいて侮辱していると分かる文が長ったらしく記述されている。

 

「見ても意味が分からないんだが」

 

「文の最後だけを見れば分かります」

 

 レスティーナに言われて面倒臭そうに最後に目をやって、直後に悠人の目が皿のようになった。

 

 神聖カオリ帝国 初代皇帝 カオリ・タカミネ

 

 神聖カオリ帝国とは何だ?

 サーギオス帝国はどうした?

 佳織が初代皇帝とはなんの冗談だ?

 

 悠人は表情と声を失う。

 

「サーギオス帝国は滅びているという噂があったのですが、確かにその通りだったようです」

 

 一体、何があったのか。詳細は定かではない。

 とにかくサーギオス帝国はカオリ帝国と名を変えた。トップは高嶺佳織。誘拐された悠人の妹である。

 打倒しようとしていた帝国は既に消え去っていたのだ。

 

 帝国に誘拐され、これから救出戦を行おうとした矢先に、救出すべき対象が、敵のトップになってしまった。悠人の放心も当然だろう。

 しばしフリーズしていた悠人だが、何かに気づいたようで気を取り戻す。

 

「そうか! 瞬だな! あいつが嫌がる佳織を無理やり女帝にしたんだ!」

 

 なんの根拠もない悠人の言葉だが、妄想とはいいがたい。秋月瞬という男は佳織に歪んだ愛情を向け崇拝していた。

 サーギオス帝国の皇帝を武力により脅し、無理やり禅譲させたと考えるのが自然だろう。とはいえ、エトランジェは王家に対する神剣の強制力があり、逆らうことが出来ないはず。一体どうやったのか。

 

 それらの事情を解き明かすのも大切だ。

 だが、理由はどうあれ佳織がトップに立ったというのは、もう一つ重要な意味を持つ。

 悠人は気づかなかったが、横島は気づいてしまう。

 

 これ、まずくないか?

 

 この世界の戦争は人が死なない。だが、唯一の例外はある。

 降伏して属国にするならともかく、徹底抗戦をするのなら、スピリットの支配権を奪取する為にも王族は殺す必要がある。

 いつもの流れでいけば、佳織は処刑しなければいけなくなるのだ。

 

 とはいえ、一抹の不安はありつつも横島は大きく心配しなかった。

 どう考えても佳織は無理やりトップに据えられただけのはず。名目上のトップだから、まあなんとかなるだろうと楽観的に考える。

 

 そんな二人をレスティーナは厳しく見据えた。

 宣戦布告文書を持ってきた使者の顔には決意があった。瞳には誇りがあった。同じ表情が、横にいた護衛のスピリットにもあったのだ。

 あの表情を作る要因をレスティーナは知っている。主に対する忠誠が、あの誇りを形作る。その忠節は、佳織に向けられたものでは無いのか。無理やりにトップに据えらたのに、忠節にたる王として君臨できるものなのか。

 

 佳織は、本気でラキオスを、兄を潰そうとしているのではないか。

 

 ありえないと思いつつも、嫌な予感はぬぐえない。

 不安な情報はそれだけでなかった。レスティーナは密かにサーギオスの調略に取り掛かっていて、少しずつだが成果を出していた。あと少しでサーギオスの保有する要塞を内部から切り崩せる。その寸前までいっていたのである。

 だが、ある時を境にぷっつりと連絡が途切れてしまった。

 

 その時期が、佳織が誘拐されて数ヵ月してからだ。

 間違いなく何かがあった。それも、ラキオスとしては好ましくない方向に。

 サーギオスには悠人と横島の知り合いであり、大敵になりうる秋月と雪之丞がいる。その二人が何かをしたに違いないのだが、一体なにをやらかしたのか。

 ラキオスも悠人と横島の影響で色々と変貌している。ならばサーギオス帝国も。いや、カオリ帝国も変貌しているのは間違いない。

 

「カオリ……貴女は今、何をしているのですか?」

 

 




 前編で安易なシモネタは駄目と言っておきながら……理由はあるのですが、舌の根も乾かないうちだと少し恥ずかしい。

 次回は攫われた佳織のお話。雪之丞と秋月も出ます。

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