永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第五話 新スピリット登場!

 横島は気が付くと不思議な空間にいた。

 空は形容しがたい色をしていて、地面には見たことのない花が咲き乱れている。

 ひょっとしたらと思い当たった場所があったので川を探すが見当たらない。

 

「う~ん……美神さんに殴られて何度も渡りかけた、あの川はないみたいだな」

 

 『あの川』とは三途の川の事だ。横島は三途の川の常連で、渡し守とは美神の守銭奴のひどさを共に話し合ったことさえある。死にそうで死なないギャグキャラには馴染みの友だった。

 横島はしばらくぼーっとしていたが、何かを考え付いたようで、手で自分の頬を掴んでぎゅっと引っ張った。

 痛みはない。

 つまりこれは夢だ。

 

 もしも夢の中で自分は夢を見ていると判断したら、そのとき人はどのような行動をとるだろうか。

 現実世界では普通はできない行動をとる人もいるだろう。夢だとしれば興味をなくし、夢から覚めようとする人もいるだろう。この横島という人物が夢の中でとった行動。それは、

 

「いくぜ、妄想具現化! 綺麗なお姉ちゃんカモン!!」

 

 このうえなく正常な煩悩少年の発想だった。

 

 ほどなく横島の前に素晴らしい美女が現れた。年上、美人、巨乳、露出度の高い服など横島の好みど真ん中である。横島が作り出した産物なのだから当然といえよう。

 ちなみに現れた女性は綺麗な青い髪をしている所から、ブルースピリットと判断できた。顔立ちはどことなくセリアに似ている。現実世界で飛びかかれないから夢の中でということなのだろうか。そうだとしたらなかなかに哀れである。

 

「それじゃーいただきまーーす!!」

 

 横島は本当に欲望に忠実な男だった。まず服を脱ごうとするがここで動きが止まる。ボタンを外そうした手に剣が握られていたからだ。

 

「なんで俺は剣なんか握っているんだ?」

 

 こんな無粋なものはこれから始まる桃色世界に必要ない。

 

「こんなもんさっさと捨てて、俺はこのおねえちゃんの…マナ奪わないと………えっ?」

 

 横島は自分の口に手を当てて驚いた。マナを奪うと確かに自分の口でそう言った。だがその声は自分の声であり、自分の声ではなかった。

 

「俺はいったい何を言って……なんだ!!」

 

 気が付くといつの間にか剣を振り上げていた。このまま振り下ろせば……

 

 ――――マナを奪え。

 

「ちょいまて! マナなんて別に欲しくないぞ! そんなのより姉ちゃんが欲しいっーの」

 

 横島は振り上げた剣を必死に離そうとするが、手はまったく言うことを聞かない。そして振り上げた剣を目の前の女性に向かって。

 

「や、やめろーー!!」

「ふにゃあ!」

 

 どんがらがっしゃーーんと横島は勢いよくベッドから転げ落ちた。

 

「ったく! またこんな夢かよ……」

 

 横島の夢見はここ最近妙なものばかりであった。「マナを集めろ、マナを集めろ」と言う声が何度となく繰り返される気味の悪い夢ばかり。久しぶりに見れそうだった十八歳未満お断りな夢も最後にはああなった。

 

「ふにゅう……重いよ~」

 

「ああ、ごめ……ん?」

 

(今の声……誰だ?)

 

 あたりを見渡すと、そこは覚えのない部屋だった。おそらくあの戦いの後、エルスサーオの宿舎にでも運ばれたのだろう。しかし、先ほどの声の主の姿は見当たらない。

 

「下だよ~」

 

(下?……そういえば床に落ちたとき妙に柔らかかったような)

 

 何かいやな予感が駆け巡る。いまの横島の体勢はうつぶせの状態だ。床にうつぶせている状況だと思っていたが、床が人肌ぐらいに暖かく、動いている気がする。

霊感が「下を見るな」と激しく警報を鳴らすが見ないわけにはいかないだろう。恐る恐る自分の体の下を見る。

 

 見たことの無い6~7歳ぐらいの裸の女の子を、押しつぶしていた!

 

 OKOK分かっているぞ世界意思。いったい俺がどれほどの戦場を越えてきたと思っている。まず、いま俺は裸の幼女を押し倒しているわけだ。ならば次に起こることは。

 横島は部屋のドアに視線を向ける。すると、

 

「ヨコシマ様、大丈夫ですか!悲鳴が聞こえ、たので……」

「いったい、どうしたのです、か……」

 

 ああ、分かっているさ世界意思! こうなることは想定の範囲内だからな。部屋に入ってきたのはヒミカとセリアか……まあこれも予測通りだ。ぷるぷる震えてどこぞの犬みたいだぞ、殺気さえなければな。このままではバッドエンドに直行してしまう。バッドエンドの回避する方法は、俺が裸の幼女を押し倒していてもおかしくない理由を作らなくちゃいけないわけだ。

 ふっ、やってやるさ!!

 

「え~と、この子は俺がお腹を痛めて産んだんだ! つまり、これは親子のスキンシッブガアアア!!」

 

 俺が最後に見た光景は……炎と氷の刃だった…………

 

 

 永遠の煩悩者

 

 第五話 新スピリット登場!

 

 

「それで、この子はいったい誰なんですか!」

 

 あれから当然のように復活した横島は全員の前に引きずり出され、スピリットたちに周りを囲まれた。その様子はさながら裁判に臨む被告人のようである。ちなみに謎の幼女はハリオンがどこからか持ってきたスピリットの服を着せられて、笑いながらこちらを見ている。

 

「だから、この子は俺が産んだ「バン!!」ひっ!すんません!嘘です!!」

 

 横島の嘘にセリアが机を叩き黙らせる。地べたに頭をこすりつけて謝る姿はかなり堂に入っている。

 

「いったいどこから盗んできたのです! それもこんなに幼い子を!!」

 

「盗んでなんてないんやー! 起きたらそこにおったんじゃー!」

 

 横島は必死に弁明した。このままでは人攫い、しかもロリコン……いや、ぺドフェリアに認定されてしまう。横島は周りを見渡し、助けを求めたが全員が冷たい目で横島は見つめていた。ヘリオンなどはえぐえぐと泣き出しそうになっている。ちなみにみんな神剣を持っていた。

 

「折檻はいやーーー!! いまほんとに体が痛いんです! これ以上やられたらマジで死んじまうって!」

 

 その言葉を聞いてスピリットの面々はとりあえず神剣を床に置いた。昨日の疲れも残っているのだろうし、守ると決めた翌日に殺してしまうのは、さすがにやばいと感じたようだ。まあギャグ状態の横島を殺せるのかは疑問が残るが。

 

「本当に知らないのですか、ヨコシマ様」

 

「本当っす! マジっす!」

 

 信じて~とお星様が入っている瞳で懇願する横島。セリアはそれを見て、チョップでもしたい衝動に襲われるが、嘘はついてないというのは分かった。

 

「じゃあ、この子はいったいどこの誰で、なんで貴方の部屋に裸でいたのですか」

 

 そう言いながら、この事態が分かっていないだろうニコニコしている幼女を指差す。幼女の外見はさらっとした金色のロングヘアーに、顔はぽやぽや顔のハリオンをさらにぽやぽやにした幼い顔立ちだった。

 

「それは……」

 

 その言葉に横島は唸りながら考えたが、やはりまったく実に覚えもなく分からない。

 

「その子に聞いたほうが早いんじゃないかな」

 

 シアーがおずおずと提案する。

 その提案に一同は確かにと納得した。これ以上なく妥当で、当たり前の考えだ。

 

「君の名前と、どうして俺の部屋にいたのかお兄さんに教えてくれないか」

 

 横島が気味の悪い優しい声で幼女に質問する。幼女はう~んと考え込みながらポンと手を叩き元気いっぱいにこう言った。

 

「わかんない!!」

 

 答える様子は自信に満ち、いまにも褒めてといってもらいたそうだ。結局何も分からない。

 一同が落胆して肩を落とすが、幼女が何かを思い出したような声を上げた。

 

「よく分からないけど……きっと私は生まれたての出来立てだよ!」

 

 その言葉は全員を混沌の渦へと叩き込んだ。セリアは「いつの間に種付けをしたのですかー!」と横島に切りかかり、ヒミカは横島が実は女で、本当に産んだのかと恐怖し、ネリーとシアーは子供の作り方をヘリオンに聞き、ヘリオンは顔を真っ赤にして逃げ出した。

 宿舎の居間は阿鼻叫喚の地獄絵図になったが、いつもマイペースなハリオンは幼女の言ったことが分かったようだ。

 

「なるほど~スピリットさんだったんですか~」

 

 ハリオンの言葉に全員の動きが止まる。

 

「なにを言っているの。スピリットには髪の色や瞳の色に特徴が出るのよ。金色の髪のスピリットなんて聞いたことがないわ。」

 

 スピリットの見分け方は基本的に髪の色か瞳の色で分かる。レッドスピリットなら赤色になるし、グリーンスピリットなら緑色になる。ブルースピリットもブラックスピリットも同じことだ。

 

「例外もあるじゃないですか~。私たちの周りにも彼女がいますし~」

 

「でもこの子がスピリットでいま生まれたばかりなら、教育も受けてないのに会話できるのは変だわ」

 

「きっと発育が良いんですね~」

 

 発育が良いと会話できるのか。

 

 全員の考えが見事にそろう。ハリオンの天然系お姉さんのボケっぷりに一同は冷や汗を流すが、このメンバーでハリオンがもっとも頭の回転が早いといえた。

 幼女がスピリットかどうかを判断する方法を考え出したからだ。

 

「あなたが生まれたとき、近くに剣はありましたか~」

 

 スピリット言う存在は神剣と一緒にどこからともなく生まれてくる。いったい何故、どうして生まれてくるのかは一切不明だ。

 幼女はその言葉を聞くと、トテトテという謎の音を出しながら横島と一緒に寝ていた部屋に走っていった。そして小さめの槍を持ってくる。

 

「お姉ちゃん! きっと『無垢』のことだよね。」

 

 そういって槍型の神剣『無垢』を得意そうに見せ始める。ミニチュアサイズといっても幼女と同じぐらいの大きさはあったが、それを簡単に振り回していた。

 その強力だけで十分スピリットと判断できる。なによりグリーンスピリットの特徴であるシールド・ハイロゥが出現していた。

 

「ほら~やっぱりスピリットじゃないですか~」

 

「……確かにスピリットみたいね」

 

 いつものように笑みを浮かべるハリオンだが、セリアは落ち込んだような声を出した。

 生まれたてのスピリットを痛ましい目で見つめる。

 

(よりにもよって戦争が始まってしまったときに生まれてくるなんて……)

 

 セリアはこの新しく生まれたスピリットの未来を想像して心を痛めた。スピリットに人権など存在しない。戦乱に突入して一人でも戦力を欲しているラキオス王国は、幼くて訓練不足でもスピリットを戦場に駆り出すだろう。

 せめて言葉さえ解らなければ勉強期間を設けてくれただろうが、何故か言葉をちゃんと理解して喋っている。

 暗い顔をするセリアの心中を察したのか、ヒミカが声をかけてきた。

 

「セリア……あの子のこれからを考えているのね?」

 

「ええ、死ぬまで剣を振りつづけるのがスピリットの宿命。分かってはいるけど」

 

 目の前でネリーたちと無邪気に笑いあっている幼きスピリットの姿を見てため息をつく。

 ヒミカはセリアの宿命という言葉に反応した。

 

「スピリットの宿命か、確かに私達には剣を振る以外に道はなかった。でもヨコシマ様がいれば」

 

 何かが変わるかもしれないとヒミカが言う。その声には期待と希望が込められていた。

 

「敵を殺して泣く人間に何かできるというの?」

 

「私は……そういった人間だからこそ何かできると思うわ」

 

 そこまでいうと二人はネリーたちと笑っている横島に目を向ける。スピリットと楽しそうに話している横島の姿に、二人は期待と不安の感情を抱いていた。

 セリアとヒミカがシリアスな会話をしている一方で、子供達は新しいスピリットの名前の話題で盛り上がる。

 

「やっぱりネリーみたいな『くーる』な名前を付けてあげないとね」

 

「ネリーの『くーる』ってどういう意味か分からないの……

 

「え~と、その……ふわーーん! 名前なんてぜんぜん思いつかないですー!」

 

 ネリー、シアー、ヘリオンの三人は新しいスピリットの姉貴分として良い名前を考えようとしているが、なかなか思いつかず四苦八苦していた。

 その様子を新しきスピリットは楽しそうに眺めていた。これから自分の名前が決まることをちゃんと理解しているようだ。

 どんなカッコイイ名前が付けられるのかワクワクしている。

 

「うーん……名前付けるのって意外と難しいもんだな」

 

 横島も色々と考えるが「これだ!」といった名前は考え付かない。

 いつもなら勢いで名前を考え付くのだが、さすがに一生のことなので横島も慎重になっていた。

 

『まあ、主のネーミングセンスでは当然だろうな』

 

 『天秤』の馬鹿にした声に横島がムッとする。もっとも『天秤』の言う通り横島のネーミングセンスはお世辞にも良いとはいえない。サイキック猫騙し、ハンズオブグローリーといったどこか常人では考え付かない名前をつけることがある。

 

(じゃあお前ならどういった名前を付けるんだよ)

 

『そうだな……』

 

『天秤』は自分の知識には自信を持っていた。名前などあっさり考え付くだろうと高をくくる。

 ………それから三分経過。

 

(お~い、『天秤』まだ考え付かないのか?)

 

『…………もう少し待て』

 

 『天秤』は苦しんでいた。『天秤』の知識量は確かに豊富だが、その中に名前の付け方の知識は存在しなかったのだ。

 

 見かけで判断するのなら金色に関することだが、それではあまりに安易と笑われそうな気がする。かといってあまり気取った名前を付けるのも笑われそうだ。

 どうすれば褒められる名前を付けられるのか。承認欲求の強い『天秤』は恥をかくのを酷く恐れる。

 

(くそ、まさかこんな事になるとは)

 

 どうやら『天秤』は想定の範囲外に弱い男らしい。いや、この場合は想定の範囲外に弱い剣と言うべきだろう。考え付かないものは仕方がないとギブアップしようとするが。

 

(なんだ『天秤』、いつも偉そうにしているのに名前のひとつ考え付かないのか)

 

 横島はニヤニヤしながら『天秤』を馬鹿にする。いつも『天秤』には説教されて色々と鬱憤が溜まっていたようだ。ようやく見つけた弱みをここぞとばかりに攻め立てる。

 

(名前を考えるには学が必要らしいからな。まあ仕方ないよな~)

 

『私に学が無いというのか!』

 

(お前に学が無いなんて一言も言ってないぞ)

 

 横島は『天秤』にねちねちと攻め続ける。常に冷静沈着だった『天秤』が感情をあらわに出しているのが横島には新鮮で、面白いものだった。横島にからかわれたと感じた『天秤』はさらに怒りの声を上げる。

 

『だいたい、このスピリットに名前など必要ないだろう!!どうせこのスピリットはすぐに……』

 

(すぐに……なんだよ?)

 

 そこまで言って『天秤』は自分の失言を悟る。

 横島は『天秤』を疑わしげな目で見ていた。

 

(まったく! 何で私がスピリットの名前などで……いや、このスピリットの名前ならば)

 

『主よ、エニという名前はどうだ?』

 

(エニっていったいどういう意味だよ)

 

『意味などどうでも良いではないか。とにかく私は名前を考えたぞ!』

 

 それだけ言うと『天秤』の声がしなくなった。さっさとこの話題から逃げたかったのだろう。『天秤』の思わぬ弱点の発見に笑いがこぼれる。こんど『天秤』の弱点探しをしてみるのもいいかもしれないと横島は思った。

 

 とりあえず名前候補を考えたので、ネリーたちの調子はどうなのか見てみる。すると。

 

「じゃあさ、ネリアーとか良い名前じゃないの。ネリーとシアーとセリアの名前を組み合わせたんだ。きっと三倍すごいんだよ!」

 

「ネリー、その名前がくーるなの? それに三倍すごいって何が?」

 

「この子はグリーンスピリットなんですから~エスペリアと私の名前を組み合わせてエスペリオンなんてどうですか~」

 

「えーと……ファリオンなんてどうでしょうか……」

 

 どうやら名前と名前を組み合わせているようだ。正直なところ芸が無いように思われる。さっきまで自分の名前が決まるのを楽しみにしていた幼女も、気に入った名前がないのか頬を膨らませている。

 

 横島はとりあえず『天秤』の考えた名前を幼女が気に入るか聞いてみようとしたが、その前に幼女が答えを決めたようだ。

 

「う~ん……決めたよ。私の名前!」

 

「やっぱりネリーの考えたネリアーだよね」

 

「お姉さんが考えたエスペリオンですか~」

 

「ファリオンじゃないですよね……」

 

 幼女はその声を聞き、首を横に振る。そして横島を指差す。

 

「私の名前はテンくんが考えてくれたエニにしたよ」

 

(………テンくんってだれ?)

 

 横島を除く全員が首をかしげる。横島はエニが言ったテンくんが『天秤』だと気づいたが、少々おかしいところがある。

 何故『天秤』の考えたエニという名前を知っているのか。横島はまだエニという名前のことを喋ってない。『天秤』の声は横島にしか聞こえないし、横島は『天秤』との会話のときは声を外に出さない。

 どう考えても、エニという名前のことを知ることはできないはずなのだ。

 

「え~と、エニちゃん、テンくんって言うのは『天秤』のことだと思うけど……『天秤』の声が聞こえたのか?」

 

「うん、テンくんが一生懸命考えてくれたんだよね!」

 

 どうやら『天秤』の声を聞いていたのは間違いないようだ。

 

「なあハリオン、確か神剣の声ってのは持ち主以外には聞こえないって聞いたんだけど……」

 

「……そのはずなんですけど~」

 

 どうもこの新しく生まれてきたスピリットは例外が多いようだ。セリアやヒミカが不思議そうにエニを眺めているが、当の本人はネリー達とお喋りをしている。

 

「とりあえず、この子のこれからも考えなくてはいけないので、一度ラキオスに戻りましょう」

 

「おいセリア、俺たちの任務はエルスサーオの防衛だろ。ここを離れて大丈夫なのか?」

 

「私たち、というよりも貴方があれだけ殺し、いえ、撃退したのです。しばらくは攻めて来ないでしょう。それにバーンライトの動向を監視してくれる者もいますから」

 

 セリアは殺しの部分を撃退に言い直した。横島を気遣ってのことだろう。こういう不器用なやさしさは横島の雇用主に近い部分がある。

 この気遣いに心を打たれた横島は。

 

「今なら、今ならあの無愛想で不器用なセリアに飛びかかれる!」

 

 セリアが放つ絶対零度のツンツンオーラのせいで、横島は一度もセリアに飛びかかれてはいなかった。だがいまは-273.15℃の冷気が-263.15℃ぐらいに上がっている気がする。

 大した違いはないような気がするが、それでも物体が動けるようになったのは確かだ。

 

 いける!!

 

 横島は跳躍行動を取ろうとしたが、誰かに背中をつねられた。ヒミカだった。

 

「俺がセリアに飛びかかろうとしたのが分かったのか?」

 

「声がでてましたが」

 

 どうやら「思ってた事をうっかり言っちゃったよ~」というお約束なスキルが発動したらしい。ネリー達はこの先の展開が読めたのか「逃げろー」といいながら一目散に横島から離れていく。その様子がいやに楽しそうで、横島は後でリクェム(ピーマン味の野菜)を食らわせてやると誓った。

 

「ヨコシマ様……誰が無愛想で不器用なんですか?」

 

 とても良い笑顔でセリアが近づいてくる。だが横島はその笑顔の裏に般若を幻視した。

 

「ち、ちがうぞセリア! ついうっかり本音が……ああしまったー!」

 

 どう考えても相手を怒らせようとしているようにしか聞こえない横島の弁明に、セリアの笑顔が引きつっていく。

 『熱病』を握り、背中にはウィング・ハイロゥが出現した。殺る一歩手前だ。

 

「俺が悪かったから折檻は勘弁してーーー!!」

 

 恥も外見もなく必死に謝る横島。すると意外にもセリアは『熱病』を離し、戦闘体制を解除する。さらに般若の顔から無表情になった。

 

「ヨコシマ様、それはご命令ですか? スピリットは命令には逆らえません」

 

 それだけ言うとじっと横島を見つめてくる。その瞳には様々な感情が込められていると感じたが、それが何なのかまでは分からなかった。

 

「その、命令じゃなくてお願いなんだけど」

 

 その言葉にセリアは微笑む。

 

「やはり貴方は普通の人間とは何か違うようですね」

 

 あたりの空気がやわらかくなっていくのを横島は感じた。ひょっとしたらバイオレンスの嵐を回避できたのだろうか。だが現実はそれほど甘くはなかった。

 

「ですが! それはそれ、これはこれです。だれが無愛想で不器用で可愛げがないのですかーー!!」

 

「そ、そこまでいってないぞーー!!」

 

 ギリギリとセリアは横島の背中をつねり上げる。

 横島は痛がっているが、しかしどこか楽しそうだ。あのセリアとやっと自分らしいやり取りが出来たのが嬉しいのだ。

 ヒミカは人間の隊長にスピリットが手を上げるという行為そのものは好ましいと思わない。だが、それでもセリアと横島の距離感が縮まったことは喜んだ。

 

(人間には感情を表に出さなかったセリアが、彼には随分と自分を見せるじゃないの)

 

 いい傾向だとヒミカは思う。セリアは第二詰め所の纏め役といえる存在なのだから、隊長と不仲で良いわけがない。なにより人間不信の激しいセリアが厳密に言えば違うとはいえ、人間と仲良くできるのはスピリットの希望だと感じていた。

 

「勘弁してくれ~~!」

 

「私のことを、無愛想で、不器用で、可愛げがなくて、女っぽくないなどと馬鹿にするからです!」

 

「だーかーらー、そこまで言ってないって。少なくともヒミカよりはずっとスタイルは良くて、女っぽい……はっ!?」

 

 そこまで言って横島は口を手で押さえる。顔には「つい本音を言っちゃった」という表情が如実に現れている。

 ヒミカの笑みがプルプルと震えた。

 

(落ち着け……落ち着け! 私!! 彼は私たちの上官なんだから殴ったり、切ったりなんてしちゃだめよ(朝一番に切りつけたような気もするけど)………なにより本当のことなんだから)

 

 ヒミカは必死に理論武装を固め、上官である人間に反抗しないようにする。彼女はスピリットがこれから変わっていくことを願っていたが、自分自身が変わろうとしているわけではなさそうだった。まだスピリットと言う枠に囚われているのだろう。

 だがスピリットの枠など、

 

「あ~、ヒミカにはボーイッシュな魅力とか、強くて硬そうな魅力とか………」

 

 横島にかかればあっさりと破壊される。

 

「ふ、ふふふふ。強くて硬そうな魅力って……いったいなに?」

 

 とても良い笑顔でヒミカが近づいてくる。だが横島はその笑顔の裏に鬼を幻視した。

 セリアはネリー達に混じって観戦を決め込んだようだ。完全にさっきと同じパターンである。

 

(まずい! このままじゃまた折檻コースだ。……だがそうそう何度も!)

 

 横島は必死にヒミカの怒りを静める方法を考えた。そして出た答えは、

 

 むにゅ。

 

 何故かヒミカの胸を掴むことだった。

 

「っ!!」

 

 あまりにも突然のことで悲鳴ひとつ上げられないヒミカ。

 

「大丈夫だってヒミカ。ちゃんとやわらかい部分もあるし、小さくても需要があるって聞くぞ」

 

 横島の頭の中では体の柔らかい部分を示し、女としての魅力が十分あると伝えたらしかった。さらに煩悩が増幅して霊力の回復にもなる、正に一石二鳥の作戦だと横島の脳内では判断した。

 

「そうですか、ありがとうございます……なんて言うとでも思ったのですかーー!!」

 

 吹き荒れるバイオレンスの嵐。剣閃の熱風の嵐が横島と部屋を破壊していく。突っ込み気質のヒミカはセリアよりも遥かに強烈だ

 その様子をネリーやエニ達はヒーローショーを観戦している子供のように見ていた。しかし、エトランジェとスピリットのヒーローショーに建物は耐えられなかった。

 

 エルスサーオ・スピリット宿舎は崩壊して、横島達はそれを敵スピリットが襲撃してきた所為と嘘を言って難を逃れる事となった。

 

 

 ―ラキオスに向かう途中の道―

 

「ヨコシマ様~大丈夫ですか~」

 

「うう~何とか……」

 

 横島は疲れてふらふらと歩き、それをハリオンに心配されていた。

 あれからセリアに説教され、ヒミカは泣きながら謝られるわで大変だったのだ。

 

「後でセリアとヒミカには色々と言っておきますから~」

 

「問題ないっすよ。俺も悪かったし、特に珍しいことじゃないんで」

 

 元の世界でのハチャメチャに比べれば、この程度どうということはない。

 それに、セリアもヒミカも少しずつ遠慮が無くなって来たみたいで嬉しかった。

 もっと笑顔も怒った顔も見て見たい。あの、能面の美人達のようになってはいけないのだ。

 

「ふふふ~ヨコシマ様は優しいですね~」

 

 ハリオンはそういって横島の頭を撫ではじめる。本来ならここでハリオンに飛びつくべきなのだろうが、ハリオンの手の暖かさに飛びつくのが勿体無いと感じてしまった。少しの間、撫でられていたがハリオンの手が急に止まる。そして顔つきが少しだけ真面目になった。

 

「ヨコシマ様~苦しい時やおかしいな~と思ったときは、まずお姉さんのところに来るんですよ~」

 

「えっ?」

 

「ですから~苦しい時や我慢できない時はお姉さんの所に来てくださいって言ってるんですよ~ヨコシマ様相手なら構いませんから~」

 

 苦しい時とはどのような時を言うのだろう。何か悩みを抱えている時のことを言うのだろうか。だが何かしっくり来なかった。我慢できない時と言うのは、そもそも何が我慢できないときを言うのだろうか。

 正直どういう意味なのいまいち掴めなかったが、美人に気にかけてもらっていると思えば気分は良い。

 

「返事は~」

 

「ういっす!」

 

 返事をするとハリオンは、ぽやぽやの笑みを浮かべて離れていった。

 すると今度は『天秤』の声が聞こえてきた。

 

『ふむ、主は特に悩みがないのか?』

 

(別にないぞ……それがどうしたって言うんだよ)

 

『なに、昨日あれだけ殺しておいて平静を保っているというのは少々予想外でな』

 

 その『天秤』の言葉に横島の足が止まり、体が震える。だがそれは一瞬のことだった。すぐに何事もなかったかのように歩き始める。

 

(『天秤』……俺はアイツが言ってたほど優しい男じゃないんだよ。本当にどうしようもない時は、何かを得るために何かを捨てることだってできるさ)

 

 横島は『天秤』に自分とはどういう人間なのかを語る。いや、『天秤』に聞かせるというよりは自分自身に言い聞かせているようだった。

 

『ならばこれからは普通にスピリットを殺せるわけだな』

 

(どうしようもない時は殺すさ……そしてどうしようもない時なんてもうこないぞ!)

 

『どういうことだ?』

 

(敵のスピリットを殺さず、そして俺たちも死なないようにするんだよ)

 

 今回の戦いは準備も心構えもできていなかったと横島は振り返っていた。

 ただ殺したくない殺したくないと言うだけで、その為にどうするかと全く考えてなかったのだ。

 次は違う。どうすれば殺さずに勝利できるか、対策を練っていく。

 

 横島の言葉に『天秤』は心底呆れた。この世界のことをまだ何も分かっていないのだと。

 

『主よ、いい加減諦めたらどうだ。二兎を追うものは一兎をも得ずという諺が、主の世界であっただろうが』

 

(それは一兎しか追えない奴が、二兎を追おうしたからだろ。ちゃんと二兎を追える準備をしていけば大丈夫ってことだ)

 

 呆れるほどポジティブな横島に『天秤』は深いため息をつく。

 

『そこまで言うからには何か策はあるのだろうな』

 

(まずは情報を集めるさ。正直やりたくない方法なんだが、皆の命が掛かっている状況でモラルなんか考えてられないしな。)

 

 その答えは少しだけ『天秤』を満足させた。個人の感情などを優先させて、部隊を危険に晒すなど、上に立つものとしては最悪だからだ。

 少しずつ効果は現れ始めていると『天秤』は感じていた。

 

『一応は期待させてもらうぞ』

 

(一応は余計じゃ! そうだ、あのスピリットの名前はお前の考えたエニで決まったぞ)

 

『そうか』

 

 どうでもよさそうに『天秤』は答えた。

 

「なんだよ、名付け親のくせに随分と冷たくないか」

 

『名前など相手を呼ぶための記号にすぎん。名前などに執着する必要はないだろう』

 

 その言葉を聞いた横島はニヤリと笑う。『天秤』の言うことは横島の想像通りだった。

 

「そんじゃーこれからお前のことをテンちゃんって言うからな」

 

『……ふざけているのか』

 

 『天秤』のいらだった声を聞き、ますます横島のテンションが上がっていく。いつの間にか心の中で会話するのではなく、声を出していた。

 

「なに言ってんだ、別に名前なんてどうだっていいんだろ。怒ることなんかじゃないだろうが。それにテンちゃんってとても可愛い名前だと思うぞ!」

 

『くっ!』

 

『天秤』の悔しそうな声が実に心地いい。このままからかい続けようと思ったが……

 

「テンくんをいじめちゃだめーー!!」

 

 幼く高い声が響き渡った。

 

「お兄ちゃん!テンくんをいじめたらだめだよ!」

 

『天秤』にとって救いの女神になれるのか、エニちゃんが現れた。

 

「いや、俺は別にいじめてたわけじゃ……」

 

「ほんとうに~」

 

 そういって横島をじっと見つめてくるエニ。横島は妙なプレッシャーに襲われていた。エニの目を見つめていると、不思議と自分が悪人のような気がしてくる。

 そして横島はそのプレッシャーに負けた。

 

「ちょっとだけいじめたかも」

 

「いじめちゃったら謝らないといけないんだよ~」

 

 生まれてまだ一日もたっていない幼女に諭される横島。正直なさけない。

 

「うっ……悪かったな『天秤』」

 

 横島が『天秤』に謝る。だが『天秤』はエニのことが気になるようだった。

 

『お前は私の声が聞こえるのか?』

 

「うん、くっきりと聞こえるんだよ。あと、私はお前じゃなくてエニだよ」

 

 どこか喋り方がおかしい気もするが、神剣である私の声を聞いているのは確かのようだ。少し驚くが、理由はなんとなく想像がついた。

 

(『法皇』様の計らいなのだろうな)

 

 エニを誘導するなら言葉が通じたほうが便利なのはたしかだ。

 

『主よ、エニと遊んだらどうだ』

 

「はっ? いきなりなに言ってんだよ『天秤』」

 

『主は子供が好きなのだろう。ならば遊んで、友情や愛情を育むのが筋というものではないか』

 

 あまりにも真面目に言う『天秤』に横島が唖然とする。ここにきて『天秤』の性格がまったく掴めなくなって来た。思慮深い性格と感じるときもあるし、皮肉屋にも感じるときがある。それでいて妙にむきになる子供っぽい性格のときもあるし、いきなり子供と仲良くしろ言い出す。

 性格に一貫性がないのだ。大人なのか子供なのかさえ分からない。

 横島が『天秤』について考えているとエニが声をかけてきた。

 

「ねえねえ、遊ばないの?」

 

 そう言って横島をじっと見つめる。その様子はロリな人たちだったら、間違いなくお持ち帰りするぐらい可愛いかった。横島がロリでなかったのは幸いだった。

 

「う~ん……いまはちょっとな~」

 

 いまはラキオスに向かって行軍の真っ最中だ。敵の襲撃はないだろうがさすがに遊ぶわけには行かなかった。

 

「お兄ちゃんじゃなくて、テンくんと遊びたいんだよ~」

 

「えっ?」

『なんだと?』

 

 意外な言葉に横島と『天秤』が驚く。だが横島が驚いたのは一瞬で、すぐにニヤリと笑った。

 

「よっしゃ! 出て来い『天秤』!」

 

 横島は右手に『天秤』を出現させる。そして『天秤』をエニに手渡した。

 

『……主、どういうつもりだ』

 

「こんな可愛い女の子が遊びに誘っているんだ。乗らなきゃ男じゃないぞ」

 

『天秤』は頭もないのに頭痛を感じていた。このままでは望む展開にはならないと感じて、なんとかエニを説得しようとする。

 

『お前は「エニだよ!」……エニ、私を誘っても面白いことなど何もな「テンくんは綺麗だね」そうか? ありが……いやいやいや』

 

 どうにもエニに主導権を取られっぱなしだった。すぐそばで主が腹を抱えて笑っているのもどうにも気に食わない。憎しみなどという非生産的な感情が生まれてきそうだった。

 このままでは埒があかないと、もう一度エニに聞いてみることにした。

 

『エニは主と私とどちらと遊びたいのだ』

 

「私はテンくんと一緒に遊びたいよ」

 

 あまりにも直球な返答に『天秤』は何もいえなくなった。

 

(いったいどういうことだ!主は人外の子供に好かれると聞いたぞ。『法皇』様、話が違います!)

 

 『天秤』が心の中で『法皇』なる人物に文句を言う。だが、そんなことはお構いなしに横島とエニは遊びについての話をしていた。

 

「じゃあ、俺たちからあまり離れないこと、危ないことをしないこと、これさえ守れば何したっていいから」

 

「うん。それじゃテンくん、『無垢』も待ってるから色々話そう」

 

そしてエニはぶつぶつ文句を言っている『天秤』をもって走っていった。

 

「一人になっちまったなあ」

 

 いまは横島の周りには誰もいなかった。ラキオスに行軍といっても敵はいないと分かってるし、たとえいたとしても神剣の気配のおかげで奇襲などはまずありえない。そのことを知っているから、全員は特に固まらずに一定の距離を保ったままラキオスを目指していた。

 

 ラキオスに戻ったらやらなければいけないことは多い。『天秤』には二兎を追える準備をしていけば大丈夫と言った。自分がやらなければならない準備と。

 

「まずはレスティーナ王女。次は高嶺悠人か……」

 

 そこまで言って横島はため息をつく。正直ほめられたやり方ではない。だが捨てるべきものをしっかりと把握して、捨てていかないといざというときに本当に大切なものを捨てなければいけなくなる。

 周りを見れば守らなければいけない女性だらけだった。

 そして敵スピリットたちでさえ、横島は守りたかった。

 無茶は承知の上だ。だがそれでもやるしかない。

 横島は空を見る。いや空ではない、この世界を見ているのだ。

 世界はまるで横島をあざ笑っているように感じた。

 横島は負けじと世界を睨みつける。

 

「ぜったいに……誰も死なせんからな」

 

 誓いというよりも、どこか呪詛めいた言葉が有限世界に響いた。

 

 


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