永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第六話 日常と策謀

 一点の光さえ差し込まない暗闇。

 物語の黒幕がよく密談しているような空間。

 つまり、どう考えても会話するには向いてない場所だ。

 そんな場所に、一人の幼女と一本の日本刀が浮いていた。

 

「では『天秤』……どういうことか説明してくださいね」

 

『はっ!』

 

 どこか緊張したような『天秤』の声が響く。彼らの雰囲気は上司と部下のそれだった。

 

『先に送られてきたスピリットは、エニと名づけられました。現在はラキオスにて訓練を行うところです』

 

「名づけられた……ですか? 貴方が名づけたと思ったのですが?」

 

 幼女の声を穏やかそのものだったが、どこか棘があった。

 なにより幼女の纏っている気は物理的な圧力すら持っているようだ。

 

『い、いえ。名づけようと思って、名づけたわけでは』

 

「そのことに関しての説明を求めているのではありません。どうして貴方が贄であるスピリットと仲を深めているのかを説明をしてほしいのです」

 

 幼女の言葉に『天秤』は黙り込んだ。答えようがない、というよりも、『天秤』自身も何故エニが慕ってくるのか教えてほしいくらいだった。

 

『申し訳ありません。すべて私の力量不足です』

 

 下手な言い訳はするものではないと判断した『天秤』は、単純に謝るという決断を取る。もしも、目の前にいる存在の機嫌を損ねれば自分など一瞬で消されてしまう事を『天秤』は理解していた。

 幼女は『天秤』の言葉に少し顔を歪めたが、すぐに表情を戻す。

 

「まあ、これから彼と贄の仲を深めていけばいいのです。貴方の声を、贄が聞くことができるよう調整まで行ったのですから大丈夫でしょう。しっかり誘導してくださいね『天秤』」

 

 『天秤』はその言葉に安心する。とりあえず何らかの処分はないようだ。

 ここで『天秤』はある疑問を聞いてみることにした。

 

『お教え願いたいことがあります。あの者への贄ならば、あのような幼子ではなく、成熟したスピリットを使うべきだと愚考します。いったいどのような意図があって、あのスピリットにしたのでしょう』

 

 幼女は『天秤』の質問を聞き、視線を空中に漂わせる。幼い容姿とは思えないほどの威圧感があった幼女だったが、まるで歳相応の普通の女の子のようになった。

 

「それは……彼の趣味……というよりも性癖の矯正……といいますか……」

 

 その声は小さく、歯切れが悪かった。

 よく聞き取れなかった『天秤』はなんと言ったのか、もう一度たずねようとしたが、

 

「とにかく! 貴方の頭脳程度では及びもつかないほどの理由があるのです。第五位程度の神剣が口を出す問題ではないのですわ」

 

 幼女は『天秤』の質問をはぐらかした。だが『天秤』は別に不満を持つことはない。目の前の存在の言うことに間違いはなく、絶対に正しいと確信しているからだ。

 

『はっ、分かりました。今後も贄と主の仲を深めていくよう死力を尽くしていきます』

 

「それで良いのですわ。………それと『天秤』、あまりうかつな言動は慎んでくださいね」

 

『うかつな言動……ですか?』

 

「そうです。貴方のせいではないと思いますが……彼は私たちのような存在に気付く可能性があります」

 

『なっ!』

 

『天秤』は驚愕する。正直なところ、『天秤』は横島を馬鹿にしていた。確かに戦闘能力は高そうだが、頭のほうは知識や知恵の問題以前に、感情に流されすぎだと判断していた。

そんな横島がどうして我々の存在に気付こうとしているのだろう。そんな素振りは微塵も感じなかったのだが。

 

『あの者が我々に気付くような行動などありましたか?』

 

「ええ、私が何時ものように彼をストーキング……ではなく、監視をしていたのですが……彼に睨まれてしまいましたわ」

 

『本当ですか!?』

 

「まあ、私を睨んだというよりも、私たちが干渉している世界自体を睨んだと言ったほうがいいでしょうね。ですが、どこかで我らの存在を察知しているのでしょう」

 

 『法皇』の言葉に、『天秤』は少し緩みかけていた気持ちを引き締めた。横島は普段あまりにも馬鹿に見えるので、少々甘く見ていたのかも知れない。

 『法皇』様から植え付けられた知識でも、馬鹿をやり、ギャグをやり、相手を油断させてペースを乱すという戦術を得意としていたようだ。

 自分も横島の術中に嵌っているのかも知れないと考え、気合を入れなおす。

 

『分かりました! 今後、よりいっそう精進してあの者の誘導を行います!』

 

「そ、そうですわね。期待してますよ、『天秤』」

 

 妙に張り切った声を上げる『天秤』に、幼女を少し引き気味だ。

 そして掛け声と共に、『天秤』の姿がその場から消えた。

 

「まったく、馬鹿正直と言いますか、単純と言いますか。彼の者から得た知識によって繰り返した実験の影響でもあるのかもしれませんわね」

 

 『天秤』がいなくなり、暗闇に一人になった幼女が呆れた声を出す。『天秤』は彼女が持つ神剣のコレクションの一つだった。

 『天秤』は普通の神剣とは違い、特殊な実験をされて強化された、新しいタイプの神剣である。素直で絶対的な忠誠心は良いのだが、頭が堅い所があり、そこだけが短所のようだ。まあ、そうでなくては困るのだが。

 これから『天秤』がどうなっていくのかは見当がつかない。ただ、調整は完璧であり、何が起ころうと最後に行き着く先は分かっていた。

 

「しかし……」

 

 幼女はもう一度、横島のことを思い浮かべる。世界を睨んだときの憎しみと、絶対に負けないと希望を込めた目をしていた。

 あの希望に満ちた目が絶望に変わったとき、いったい、どのように泣き叫ぶのだろうか。

そう考えただけで、体が熱く火照ってくる。

 

 幼女は熱くなった体を慰めるように秘部に手を当てる。

 

「ああ、早く私の元へ……」

 

 暗闇の世界で淫らな音が鳴り響いた……

 

 

 永遠の煩悩者

 

 第六話 日常と策謀

 

 

 ―第二詰め所―

 

 

「こらネリー! それは俺の分の飯だろーが!」

「へへん、早い者勝ちだよヨコシマ様」

「二人とも、もう少し落ち着いて食べなさい!」

「ヨフアル……甘いの」

「シアー、お菓子は食事が終わってからにしなさい!」

「ヨ、ヨコシマ様は食べ物の中では何が好きですか! 作ります! 私が! 甘くておいしいです!」

「ヘリオン……もう少し落ち着いて」

「セリアお姉ちゃん、『無垢』やテンくんの分のご飯がないよ~」

「神剣はご飯なんか食べません!」

「セリアさ~ん」

「今度はなに! ハリオン!」

「おかわりお願いします~」

「貴女は何でそんなにマイペースなの!」

「セリア」

「ヒミカまで何!?」

「もう少し落ち着いたら?」

「……うぐぐ」

 

 横島達がラキオスに帰ってきて二日が経っていた。今のところバーンライトに動きはない。

 彼らは第二詰め所で招集がかかるのを待つ日々を送っている。血が流れる訓練はあるものの、賑やかな毎日だった。

 横島としては、こんな可愛い女の子達と同じ屋根の下で生活できるだけで最高と言えよう。

 

「まったく、ヨコシマ様が来てからのんびりと食事も取れなくなったわ!」

 

 にぎやかな食事が終わり、セリアとヒミカは台所で食事の後片付けをしていた。

 セリアが手に持った食器を洗いながら、ぶちぶちと文句を言う。

 

 スピリット達は炊事や洗濯など家事全般はすべて自分達でやることになっている。家事などの時間以外は訓練に時間を費やすのが一般的だ。

 ちなみにラキオスの家事は当番制で、食事を作れるスピリットは優先的に食事当番が多くなる。

 

「別にヨコシマ様だけが騒がしいわけじゃないでしょ。彼が来てから不思議と皆がよく喋るようになったのよ」

 

 ヒミカも食器を洗いながら、横島を弁護する。横島をなんだかんだと非難するセリアをなだめるのが、ここ最近のヒミカの日常である。ちなみに、横島のボケに突っ込みを入れるのが一番多いのもヒミカだったりする。

 ヒミカが横島を庇うのが面白くないセリアは、横島から話題を変えようとするが、

 

「そういえば子供達はどうしてるの?」

 

「ヘリオンは自主訓練みたいだけど……ほかの子達はなんでもハイペリアの遊びを教えてもらうって、訓練が始まるまでヨコシマ様と遊ぶみたいね」

 

 その言葉にセリアの顔に青筋が浮かぶ。話題を横島から変えようとしたのに、結局また話に横島が出てきてしまった。なんでいちいち話の中に入ってこようとするのだろうかと心の中で愚痴を言うが、今回は横島のせいではないだろう。

 

「まったく、ヨコシマ様、ヨコシマ様ってみんな彼のことばかり話しているわね」

 

「仕方ないじゃない。女性だらけの場所にいきなり男の人が入ってきたのよ。話題にならないほうがおかしいわよ」

 

 セリアは口を開けばなにかと横島の悪口を言っていた。彼女はまだ横島のことを信頼しているわけではない。それに横島を見ていると意味もなく胸がもやもやしてくるのだ。

 

「それはそうかもしれないけど……ってどうしたのよ、ヒミカ」

 

 気づくとヒミカが自分のほうをじっと見ていた。

 その表情は楽しそうでもあり、嬉しそうでもある。

 

「気づいてないの? 貴女だってここ最近ヨコシマ様の話題ばかりじゃない」

 

 ヒミカの言葉にセリアは一瞬言葉に詰まるが、すぐに顔を真っ赤にして怒りだす。

 

「私は別に彼を慕っているわけじゃない! あんなふざけている人なんて大嫌いよ!」

 

 セリアの言葉に嘘はないのだろう。表情と態度から横島のことが嫌いだということは確かに分かる。だが、セリアのことを良く知っているヒミカからすれば、これほど感情を剥き出しにすることが珍しいのだ。

 

(好きの反対は嫌いではなく無関心。自分自身でも気づいてないだろうけど、貴女だって彼には期待しているはずよ)

 

 あのクールなセリアの感情を容易に引き出す横島に、ヒミカは期待していた。抱く感情が憎しみや苛立ちだとしても、強い思いは神剣に心を飲まれにくくする。

 横島なら、神剣に飲まれかかっている自分の友人の心を救い出してくれるのではないかと思っていた。

 確か彼女は今日にでもラキオスに配属されるはずだ。ヒミカは期待に胸を躍らせて、自然と食器洗いに力が入る。

 その様子が面白くないセリアは、ヒミカにとって禁句を言い放つ。

 

「油断して、また、その小さい胸を触られても知らないわよ」

 

 次の瞬間、台所から皿の割れる音と怒鳴り声が響いた。

 

 セリアとヒミカが食事の後片付けをしている間、ネリーを始めとする子供たちは第二詰め所の庭で、横島に日本の遊びを教わっていた。

 

「だーるーまーさんが……ころんだ!」

 

「わわわ!」

 

「えへへ、ネリーが動いたからシアーの勝ち~」

 

 だるまさんが転んだ。

 日本に古くからある伝統ある遊びである。

 

 横島は訓練が始まるまで、子供たちに遊びを教えるようにしていた。自分たちを兵器であると考え、それに微塵の疑いを持たないスピリット達に、遊びを通して道徳教育をさせようという、横島にしては妙に頭を使った教育法である。

 横島自身も子供は結構好きだし、遊ぶことも好きなので横島も楽しんでいた。

 

「ヨコシマ様ー! やっぱりネリーは体を動かすほうがいいよー。もう一回鬼ごっこしようよ」

 

「だめだ! おまえら捕まえようとすると飛んで逃げるだろうが!」

 

「別に飛んじゃだめだなんて、ヨコシマ様が教えてくれたルールになかったじゃない」

 

 子供との遊びで熱中できるのは、横島の長所の一つである。彼は基本的に子供にやさしく、煩悩も出さないので、子供達からは好青年という横島らしからぬ評価をもらっていた。

 

「さあ、ヨコシマ様。鬼ごっこしようよ」

 

 ネリーはうきうきと横島に鬼ごっこの催促をしてくるが、横島としては勘弁して欲しかった。

 

(このままじゃ身が持たないな)

 

 ネリーたち、スピリットの身体能力の高さは半端ではない。横島たちの世界で言うなら、スピードだけなら超加速なしの小竜姫に匹敵するものがある。当然ながら神剣の加護を得てのことだが、正直なところスピリットと遊ぶのは非常に疲れるのだ。

 

 何かいい方法はないかと考えていると、足元に木片が落ちているのに気づく。横島の頭の上にピコーンと電球が光った。

 その場にあった手ごろな木片をハンズオブグローリーで削りはじめる。

 

「なにやっているの、ヨコシマ様?」

 

「ちょっと遊び道具を作っているんだ」

 

 軽快にハンズオブグローリーで器用に木片を削り取っていく。横島自身は気づいていないが、霊力を彫刻刀のように形状を変化させていた。よく分からないところで進化する男だ。

 さっきまで鬼ごっこと叫んでいたネリーも何ができるのだろうと興味津々に見つめる。

 そして、出来たものは。

 

「た~け~と~ん~ぼ~」

 

 某タヌキ型ロボットのように間延びした声を上げる横島。子供達は見たことのない物体に目を光らせる。

 

「ヨコシマ様、たけとんぼって?」

 

 内気なシアーが珍しく率先して質問してきた。

 横島は待ってましたとばかりに竹とんぼの説明を嬉々として行おうとする。どこぞの科学者は自分の作り上げたメカを相手に説明するときこそ、科学者の浪漫と言っていたが、その気分が良く分かる。

 だが、そういうときに横から口を出されるのが世の常だ。

 

「え~とね、竹とんぼは~真ん中の棒をぐるんと回すと、ひゅーんって飛んでいくんだよ!」

 

 何故か説明をしたのはエニだった。

 

「へぇー! ヨコシマ様、竹とんぼ貸して!」

 

「……あ、ああ」

 

 ネリーが竹とんぼをせがんでくるので、横島はネリーに竹とんぼを手渡す。

 ネリーとシアーとエニが竹とんぼを飛ばそうとするが、竹とんぼは一本しかない。必然的に竹とんぼの争奪戦が起こる。

 

 子供同士のおもちゃの所有権をめぐっての争い。それに一番に負けたのは、やはり内気なシアーだった。「お姉ちゃんに任せなさい!」というネリーの一言ですごすごと引き下がってしまった。

 

「ヨコシマ様……もう一つ作って欲しいの……」

 

 シアーは肩を落とし、横島のところにやってきて、瞳を潤ませながらか細い声でお願いする。その反則的なまでの可愛さに二つ返事で引き受けそうになるが、それではだめだとぐっとこらえる。

 

「自分で作ってみたらどうだ。少し難しそうだけど、神剣を使えばできそうだろ」

 

「……無理だよ。神剣は殺すためものだし……私はスピリットだから」

 

 スピリットだから無理。

 横島からすれば、「ふーん……スピリットなんだ、だから何?」という感覚なのだが、ずっとスピリットは兵器だと教えられてきたスピリットに、ただ口でスピリットは兵器じゃないといっても理解はできないだろう。実際、今まで何を言ってもピンと来ていないようである。

 だからこそ、自分たちは剣を振るだけの兵器じゃなく、何かを作り上げる事もできると実践的に教えたかった。

 

「大丈夫だって!」

 

「あっ……」

 

 横島はシアーの背中にかけてあった神剣『孤独』を取ると、それで木片を削り始めた。シアーはその様子をじっと眺める。横島は少し木片を削ると、それをシアーに放り投げた。

 

「きゃっ! ヨコシマ様?」

 

「そんなに作ってみたいって顔をするなら自分で作れって」

 

「でも……」

 

「別に怒るやつもいないし、作ってみたいんだろ?」

 

「……うん!」

 

 シアーは横島から『孤独』を受け取ると、地面に座り込み、横島が途中まで削った木片を削り始めた。頭の中で竹とんぼの形を思い浮かべ、大型の西洋剣である『孤独』で苦労しながら木片を削り始める。

 その目は爛々と輝き、表情は生き生きとし、真剣そのものといった空気を出す。これこそ子供が遊ぶときの顔だろう。

 

 ネリーもシアーも本当に楽しそうに遊んでいる。こんな子供が殺し合いをするなんて横島には信じられなかった。改めてこの世界の歪みを感じることができる。

 そして、エニは。

 

 エニも竹とんぼを回し、楽しそうに遊んでいた。だが、横島はエニを見て顔を歪める。

 

(やっぱ……なんかあるんだろうな)

 

 『天秤』の声が聞こえることから普通ではないことは分かっていた。だが今回のことで間違いなく何かあるのは確信できた。

 今回のこと、それは。

 

 何故、エニが竹とんぼの存在を知っているのかということ。

 

 竹とんぼは日本の遊び道具である。エニが知っているはずがないのだ。竹とんぼのような遊び道具がこの世界に存在するという可能性もある。

 だが、竹とんぼという言葉は間違いなく固有名詞。

 なにをどう考えても、エニが竹とんぼという名称を知っているはずがない。

 

 一体どういうことなんだろう。

 

 横島が頭を抱え唸りながら考えていると、『天秤』の声が聞こえてきた。

 

『主よ、そう悩むことではない』

 

「どういうことだよ、『天秤』」

 

『この前、エニと遊んだときに竹とんぼという物の形状と性能を教えておいたのだ。ゆえにエニは竹とんぼを知っている。それだけのことだ』

 

 『天秤』の言葉にとりあえず納得しようとするが、その時エニが竹とんぼを知っていた以上の違和感が横島を襲う。

 何かが変だ。何かが違う。だが、その何かが分からない。

 まるで背中に氷柱を突っ込まれたような不気味な感覚が横島を包み込む。『天秤』と話しているとたびたび襲われるこの感覚。

 今回の違和感は今まででも一番気持ち悪いものだった。マジックの種が目の前にあるにも関わらずそれが分からない。というよりも認識できないような気持ち悪さ。

 そもそもが異常なのだ。だが、そのそもそも自体が理解できない。

 エ二のときは。

 それなのに『天秤』のときは。

 

 異常だというのは分かるのに、何が異常なのか分からないという異常事態に横島の混乱した。思考がおかしい。気持ち悪い。

 

「きゃん!」

 

 可愛い悲鳴が突然当たりに響き渡る。その悲鳴に横島は思考の渦から切り離された。

 

「うぅ~痛いですぅ~」

 

 見るとハリオンが頭を抑えて痛がっている。どうやら空高く舞い上がった竹とんぼがハリオンの頭に落ちてきたらしい。

 

「ハリオンお姉ちゃんごめんなさい」

 

「ごめんなさい」

 

 竹とんぼを飛ばしたネリーとエニが頭を下げてハリオンに謝る。ハリオンは大丈夫ですよ~とにこやかに笑いながら二人を許し、自分の頭の上に落ちてきたものを見た。そしてハリオンは竹とんぼを見るとなかなかに危険な台詞を放つ。

 

「ん~、きっとこれを頭に付けたら空を自由に飛べるんですよね~」

 

「いや、そんな某タヌキ型ロボットのポケットから出てくるようなものじゃないんで」

 

「そうなんですか~残念ですぅ~」

 

 本当に残念そうに言うハリオンに横島は冷や汗を流す。今度の冷や汗は気持ち悪いものではなく、別な意味ではらはらどきどきしたものだった。

 ハリオンは竹とんぼをネリー達に渡すと地面に座り込んで、何かをしているシアーに興味を引かれた。

 

「シア~何やっているんですか~」

 

「作ってるの」

 

 シアーは慣れない手つきで自分の永遠神剣『孤独』を使って木片を削っていた。しかし、大型の西洋剣である『孤独』で木片を削っていくのはかなり大変そうだった。

 うんしょこらしょと懸命な手つきで木片を削り、自分の手で遊び道具を作ろうとしているシアーにハリオンの顔が綻ぶ。

 

「ハリオン、どうしたんだ。急に笑って」

 

「いえいえ~私はいつも笑ってますから~」

 

 自分で言うことじゃないだろうと横島は思ったが、事実その通りだ。ぼけぼけお姉さんのやることにいちいち突っ込みを入れてたら日が暮れてしまう。

 

「何か用があってきたんだと思うんすけど」

 

「そうでした~なんでも城から呼び出しが会ったようで~ユート様がヨコシマ様を呼びに来たはずなんですけど~」

 

「悠人が? 見てないけどなー」

 

「ユート様なら、さっき森の中に入っていったよ。ただなにか苦しそうにしてたけどー」

 

 神経を集中させると、確かに森の中から神剣の反応を感じることができる。

 

「しゃーねえな。ちょっと行ってみるか」

 

「気をつけてくださいね~」

 

 気の抜ける声を背に浴びながら、横島は悠人を探しに森の中に入っていった。

 

(何でこんな森の中にいるんだ?)

 

 神剣の反応は間違いなく悠人のものだろう。スピリットの神剣とは比べ物にならないほど巨大な反応を感じていた。草木をかき分け、悠人の神剣反応がある場所に到着する。

そこには確かに悠人がいたが……

 

「がっ、ごっ、おおお!!」

 

 悠人は地面にはいつくばり、苦しみの声を上げていた。その苦しみ方は尋常ではない。

 体は小刻み震わせて、口からは「痛い、苦しい」などの言葉ではなく、くぐもれた嗚咽だけが自分の意思とは関係なく漏れているといった感じだった。

 

 いったい何故こんなにも苦しんでいるのかは定かではないが、その苦しみようは見るに堪えなかった。これは下手すると死んでしまうのではないか。

 慌てて文珠を出現させ「癒」の文珠でも使おうした時、『天秤』の声が頭に響く。

 

『主、この苦しみ方は神剣の干渉だろう』

 

(神剣の干渉……そんなんでどうしてこんなにも苦しむんだ。痛みや苦しみが起こるのは王家の人間に逆らった時だけじゃなかったのか?)

 

『王家の人間に害しよう時に起こるのは神剣の干渉といっても強制力だ。神剣の意思で苦しめているわけではない。今、この者を苦しめているのはマナを奪おうとする神剣の意思だな』

 

「マナを奪う……」

 

 横島は噛みしめるように言う。マナを奪うという言葉は、夢の中で幾度も繰り返されている言葉だった。

 

『マナを求めるのは神剣の本能だ。この者の神剣である『求め』がマナを奪うためにこのエトランジェに苦痛を与え、操ろうとしているのだろう』

 

「もし悠人が苦痛に耐え切れなかったら……」

 

『おそらく『求め』に精神を乗っ取られて、スピリットや主のようなエトランジェからマナを奪おうとするだろうな』

 

 スピリットやエトランジェの体はマナそのもので構成されている。マナを奪われれば命に関わる。よしんば死ななかったとしても、精神に障害が出るのは避けられない。もし悠人が『求め』に屈すれば、悠人に逆らえないスピリット達は屈辱をその身に受けて心を失うのだ。

 

 横島と『天秤』との会話中にも悠人はうめき声を上げて苦しんでいた。横島はすぐにでも文珠を使い、悠人の痛みを取り除いてやりたかった。なにより、悠人が痛みに屈すればスピリット達だって危ないのだ。

 しかし。

 

「『天秤』、この干渉ってやつは一度で済むことはないよな?」

 

『当然だろう。『求め』がマナを求め、このエトランジェがそれに抵抗する限り何度でも起こるはずだ』

 

 『天秤』の言葉に横島は奥歯をかみ締めた。文珠で苦しみを取り除いたとしても、それは一時的なものに過ぎない。

 先ほど、文珠を使おうとは思ったが、よくよく考えるとそう簡単に文珠を使うわけにはいかない。文珠がたくさんあれば使ってもいいかもしれないが、今もっているのはたったの二個。なにより文珠の使うべきところはすでに決めてある。

 横島はどうしたものかと考え込む。そうして出した答えは。

 

「おい『天秤』。出て来い」

 

 横島は『天秤』を右手に出現させる。

 

『どうするつもりだ、主よ』

 

 いぶかしむ『天秤』の声。

 

「保険だ。いざってときのな」

 

 そして横島は悠人に向かって大声で喋り始める。

 

「おい悠人。そんな剣に負けんな!」

 

 横島の取った作戦は激励というシンプルなものであった。実際、文珠を抜かせばこれぐらいしかやれることは無いのだろう。

 

「横島……ぐうっ!」

 

 だが悠人は、横島の言葉に少し反応しただけで、特に効果が無いようだ。

 相も変わらず悠人は獣のような唸り声を上げ、地面に手を叩きつけ苦しんでいる。

 

 激励が効かなかったが、横島は特に慌てない。そもそも男を激励するなど自分の趣味ではないし、悠人だって男から激励されても嬉しくないはずだ。激励がだめなら、やはり挑発だろう。

 

「おいシスコン! お前がここで倒れたら、佳織ちゃんはいったいどうなる!」

 

 横島が佳織と言った瞬間、虚ろだった悠人の目にわずかな光が灯り、足に力を入れて立ち上がろうとする。だが、

 

「か、佳織……ぐううっっ!!」

 

 すぐに苦しみの声を上げ、地面に倒れ付した。

 しかし、横島が激励するよりはずっと効果がありそうである。

 

「どうしたシスコン! そんなことじゃシスコンの名が泣くぞ!」

 

「だ、だれがシスコンだ! くそ!」

 

 相変わらず苦しそうだが、目に光が宿り必死に痛みに耐え、体を起こそうとする。横島は悠人の妹である佳織にはあったことがなく、名前しか聞いてないが、少なくとも悠人が佳織を溺愛しているのは間違いないと分かった。

 

「まあ立ち上がれないなら仕方ないよな。佳織ちゃんは俺が責任を持って幸せにするから安心して寝転がってろ」

 

 シスコンの兄ならばこの言葉に反応しないわけがないと横島は考えていた。そして横島の考えどおり、悠人は立ち上がる。

 

「だれが……貴様なんかに佳織を!!」

 

 体を震わせながら、歯を食いしばり、固く握り締められた手からは血を流しながら、鬼のような形相で横島を睨みつけてきた。

 その形相は横島の体が震えるほどの鬼気を発する。痛みに耐えてるからとはいえ、その目つきは少し異常だった。ちょっと言い過ぎたかなと後悔するが、もう遅い。

 

「俺の佳織に手を……だすなーーー!!」

 

「その台詞はまじでやばいぞ!」

 

「うるさい!!」

 

 悠人にはいまだに『求め』からの干渉を受けていたが、そのような痛みなど持ち前の妹への愛の力で乗り越えたようだ。ああ、すばらしきはシスコンパワー。

 

「おい、バカ剣、こいつに天誅を与える力をよこしやがれ!」

 

『契約者よ……馬鹿をやっている暇があったら、我にマナを……』

 

「佳織を守ることの、どこが馬鹿だ!」

 

 悠人の言葉に『求め』が黙り込む。マナを奪うための激痛がシスコンパワーで乗り越えられたのがショックだったらしい。

 

『興が冷めた』

 

 それだけ言うと、『求め』は悠人への干渉をやめた。

 『求め』の干渉がなくなり、悠人は気が抜けたのか、その場に腰を下ろす。

 

 とりあえずひと段落ついた様子なので、横島はなんで挑発めいた発言をしたのか説明しようとするが。

 

「おい、悠人。さっきの佳織ちゃん云々はお前を助けるために……」

 

「変態が佳織に近づくんじゃねえ!!」

 

「だれが変態じゃー!! このシスコンが!!」

 

 いまだ興奮冷めやらぬ悠人が横島に掴み掛かり、取っ組み合う。

 今まさに、変態とシスコン、いったいどちらが強いのか世紀の戦いが始まった。

 

 そしてあっさりと、十分後。

 

「俺たち……いったいなにやってるんだろな」

 

「お前が飛び掛ってくるからだろうが……」

 

 互いに体のあちらこちらに傷をつけながら、男同士のどーしようもない不毛な戦いが終わった。悠人は横島の必死さから、とりあえず佳織に手を出してくることは無いと判断したようだ。

 

「悪い、ちょっと知り合いのロリコンと少し声が似てたもんだから」

 

「どういう理屈だよ。俺の守備範囲は同い年か年上だっての」

 

 横島の言葉に悠人がほっとした顔をする。その様子を見て、横島は間違いなく悠人は重度のシスコンだと確信した。

 

「しかし、悠人。お前だいじょうぶか? さっきの様子は半端じゃなかったぞ」

 

 悠人の神剣である永遠神剣第四位『求め』。それの干渉と戦っていた悠人の苦しみようは壮絶なものだった。

 男の心配などめったにしない自分が、心配をしてしまったくらいだ。見ているほうまで苦しくなりそうな痛みなどそうはないだろう。

 横島の言葉に悠人は苦笑いを浮かべる。

 

「実際かなりきついさ。こんなバカ剣なんて捨てたいんだけど……そういうわけにもいかないしな」

 

 これから始まる戦いにおいて、神剣の力は必要不可欠だろう。なんといっても、元の世界で戦闘能力だけならトップクラスの横島でも、神剣の加護なしではスピリットの相手をするのは不可能に近いのだ。

 ただの高校生だった悠人では神剣を使わねば戦いにもならないだろう。

 

「横島の方だってどうなんだ、お前も神剣の干渉には苦しんでいるんだろ」

 

「いや、俺のほうは特には……」

 

「なんだって!!」

 

 横島の言葉に悠人が驚く。そして、握っている『求め』を睨み付けた。

 悠人はマナを求めるのは神剣の本能だと『求め』が言っていたので、半ば仕方ないと考えていたのだが、横島の言葉で『求め』への怒りが一気に膨れ上がる。

 

 横島は横島で、『天秤』が突然、苦痛を与えてきて体を乗っ取ってくるかと考えると、そら恐ろしさを感じた。ラキオス王に『天秤』を向けたときの痛みがまた来るのではないかと思うと背筋が寒くなる。

 

(おい『天秤』、お前はマナを奪うために俺に激痛を与えて俺の体を乗っ取ろうしたりはしないのか)

 

『何を言っている。私は主のパートナーだぞ。パートナーを苦しめることなど私にできるわけがないではないか』

 

 『天秤』の声は恐ろしいほど胡散臭かった。あまりの胡散臭さにかえって本当なのかと考えてしまいそうなくらいだった。

 まあ、とりあえず激痛を与える気はないらしいので、今のところは安心といったところだろう。あの激痛は耐えられるものではないと思う。

 

 横島は神剣が強制力の発揮したときの痛みを改めて思い出し、体からねっとりとした汗が噴出してくるのを感じた。ただの高校生だったはずの悠人が本当にあの痛みに耐えられるものなのだろうか不安になる。

 

「なあ、悠人。お前は本当に大丈夫なのか。あんなのが何度も続いたら……」

 

「……大丈夫だ。佳織の為だったら俺は何だって耐えられる。どんな事だってしてみせる!!」

 

 本当に妹を愛しているのだろう。その声には揺るぎのない自信と決意を感じることができる。おそらく、悠人は自分の命と佳織の命のどちらかしか助けられない事態になったら、迷わず佳織の命を選択するだろう。

 

 だが、横島は悠人の台詞と目を見て、顔をしかめた。妹思いの良き兄、それが高嶺悠人という人物であることには間違いない。

 しかし、それが横島には不安だった。

 

(それは妹のためにすべてのものを投げ出すことができるってことなのかよ。もしそうなら)

 

 ――――――俺はお前を

 

「おい横島、なにぼーっとしてる。城から呼び出しが掛かっているらしいから、さっさと行くぞ」

 

「……ああわかっ……あ、悪いちょっと待ってくれ」

 

 横島はこれからやろうとしていることに対して、邪魔者がいることに気づいてしまった。万が一ということもあるので、少し遠くに行ってもらうことにする。

 

(『天秤』、お前がいるとちょっと邪魔なんだ。少し遠くに行ってくれ)

 

『なに? どういうことだ』

 

 『天秤』が疑問の声を上げるが、それを無視して、横島は『天秤』を肩にかけ、槍の投擲のような体制をとる。

 そして。

 

「どっせえええい!!」

 

 掛け声とともに『天秤』を空中にぶん投げた。

 

『なにいいいい!!!』

 

 驚愕の声とともに、『天秤』は空のお星様になった。

 横島は飛んだ飛んだと手をぱっぱっと払い、満足げな様子だ。悠人は口をあんぐりと開け、『天秤』が飛んでいったほうを見ている。

 

「よ、横島、いったい何やって……」

 

「スキンシップだ!!」

 

 力強く言う横島に絶句する悠人。頭に中でスキンシップの定義についてもう一度考え直す。

 

「おら、城から呼び出しが出ているんだろ。さっさと行くぞ」

 

「お、おい! もし神剣がなくなったらやばいんじゃないか!」

 

「大丈夫だって。恋人がきっと助けるだろうから」

 

「恋人ってなんだよ」

 

「いいから、さっさと行くぞ」

 

 いまだ納得できない表情をしていた悠人を尻目に、横島はさっさと城に向かって歩いていく。そんな横島を悠人は慌てて追いかけていった。

 

 ―王宮―

 

「来ましたか、エトランジェよ」

 

 玉座の間にはレスティーナ王女が悠然と立っていた。ラキオス王の姿がその場に無いせいなのかもしれないが、その姿は王女ではなく女王といってもよいぐらいの雰囲気を持っている。

 

 悠人と横島はその場でひざまづく。

 悠人のほうは当然のように王族に良い印象を持っていなかった。ただ、レスティーナ王女は佳織を保護していて、乱暴なことをされてはいないとオルファから聞かされていた為、ラキオス王よりはまだましといった程度の印象である。

 

 横島のほうはラキオス王には敵意を持っているが、レスティーナ王女には特に敵意などは持っていない。直接なにかされたわけではないし、なにより美人だからだ。

 

「このたびの龍退治、ならびにバーンライトの侵略を防いだこと。見事でありました。今後も我がラキオスの為にその力を振るうのです」

 

「はっ、これからも俺の力をラキオスの為に振るうことを誓います」

 

 そう言って悠人はレスティーナに頭を下げる。だが悠人は頭を下げたとき、顔を見られないようにしながら、怒りと憎しみに満ちた表情をしていた。

 

(お前達の為に戦ったわけじゃない! 貴様らが佳織を人質にするから戦っているんだ!!)

 

 悠人はそう叫びたい衝動に駆られるが、叫んだところで何の意味も無いのは分かっていた。ただ自分と佳織の立場が悪くなるだけだろう。

 

「このたびの功績の褒美として、今後、スピリットを好きなように扱うことを許します。無論、ラキオスに害する行為を抜かしてですが」

 

 正式にスピリット隊の隊長として相応の権限を貰ったということだろう。

 

「さらに、『求め』のエトランジェは少しの間、妹に会うことを許しましょう」

 

 悠人はその言葉に小躍りしそうになった。この世界に来て、人質として見せ付けられた時しか佳織に会っていないのだ。唯一、佳織と会えるオルファから佳織が元気でいるとは聞いていたが、やはり自分の目で確かめたかった。

 一瞬レスティーナに感謝の念を抱きそうになるが、兄が妹に会うのにどうして許可がいるのだろうかと考え、感謝の念を打ち消す。

 

 先ほどから悠人だけが褒美を貰い、横島には特に褒美はない。ただ横島からすればかえって好都合だった。下手に褒美を受け取ってしまえば、質問しづらくなるからだ。

 

「レスティーナ王女、質問をしてよろしいですか?」

 

「いいでしょう」

 

 質問の許しが出ると、横島はこっそりと文珠を手に握り、発動させる。

 すいませんと心の中で謝りながら。

 

 一方、そのころ。

 

「テンくん、大丈夫?」

 

『ああ、なんとかな』

 

 空のお星様になったかに見えた『天秤』だが、ちゃんと万有引力の法則のおかげで地上に戻ってくることができた。

 落下の際、地面に埋まってしまったのだが、どこからともなくエニがやって来て『天秤』を救出してくれたのだ。

 

「お兄ちゃんも酷いことするね。こんどエニがお兄ちゃんのこと叱っておくから安心してね、テンくん」

 

『ああ、思いっきり叱って……いや叱らなくて良い』

 

「泣き寝入りはだめだよ」

 

『……別に苛められたわけではない。少し遊んでいただけだ』

 

 『天秤』の今の任務はエニと横島の仲を取り持つこと。エニが横島に不信感を持つことが無いよう、細心の注意を払わなければいけないのだ。

 

 『天秤』の説明でエニはまあいいかと横島を責めるのをやめた。エニは誰かを責めたりしない、お気楽な性格のようだ。

 

(しかし、主は一体何をするつもりなのだろうな)

 

 『天秤』は横島が何かをしようとしてることに気づいていた。横島が何を考えているのかは横島の内部いる時しか分からない。だが意識さえ集中すれば、たとえ離れていても横島が何を考えているのかちゃんと読めるのだ。

 

(私を引き離したということは、王族に何かをするつもりなのだろうな)

 

 横島には神剣を引き離せば王族に対する強制力は起こらないと教えておいた。それは正しいわけでも間違いでもない。なぜなら『天秤』には強制力自体がないのだから。

 『天秤』は離れていようがなんだろうが、好きなときに横島に特上の激痛を与えることができるのだ。そういう力を特別に付与されてある。まあ、この辺りは秘密にしておく。これはある種の切り札なのだ。

 

 とりあえず、『天秤』は横島がいったい何をやっているのか確かめようと、意識を集中させようとするが。

 

「テンくん!!」

 

『っ!!』

 

 身近なところにエニがいると意識を集中させるのは難しいようだ。

 

「テンくん、難しい顔しないで。もっとリラックスしようよ」

 

『……私には顔なんてないのだが……』

 

「えへへ、そうだったね。さすがだよ、テンくん」

 

(なんなのだ。このスピリットは……)

 

 笑いながら楽しそうに語りかけてくるエニに『天秤』はどう対応したら良いのかさっぱり分からなかった。

 何故こうも付きまとってくるのか。付きまとわれるというのはエニが自分に好意があるということだろう。

 だが、『天秤』にはエニに好かれる理由がまったく分からない。確かにエニという名前を付けたが、それだけでこのように好かれるものなのだろうか。このままでは任務に支障が出てしまう。

 

 『天秤』は自分を握りながら、楽しそうに何をして遊ぼうか考えているエニを見る。

案ずるが生むが易し。

 エニがなんで私に付きまとうのか聞いてみるのが手っ取り早いだろう。

 

『エニよ、お前はなんで私に付きまとうのだ?』

 

「わわ! テンくん大胆だね!!」

 

『……いいから答えてくれないか……』

 

「だって、みんなお兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに年上なんだもん。若いものは若いもの同士で楽しんだほうがいいんだよ」

 

 エニはそう言って幸せそうに微笑む。エニの守備範囲は年上ではなく、同年代ということだろう。

 エニの台詞に『天秤』はいったいどこから突っ込みを入れるべきか思案していた。

 とりあえず、若いもの同士の部分だけは訂正しなければならないだろう。

 

『エニ、私は生まれたのは遥か昔のことだ。先日に生まれたお前などよりずっと年上なのだぞ。すなわち、若い者同士で楽しむなどはできないのだ』

 

 『天秤』の言葉にエニが頬を膨らませた。

 いったい何故、私のことを若いなどと勘違いしたのかは分からないが、これでつき合わせられることはもうないだろう。

 『天秤』はそう考えたが、エニはなかなかしつこかった。

 

「う~ん……じゃあ、じんせー経験はどうなのテンくん。女の子と付き合ったことはあるの?」

 

『じ、人生経験か』

 

 エニの言葉に『天秤』は今までの自分の人生を思い起こす。

 

 気がついた時、『法皇』様のコレクションになっていた。『法皇』様から知識と世の理を教わり、任務の為、横島と一緒に行動している。

 言ってしまえばこれだけだ。

 これは人生経験と呼べるものなのだろうか。

 

 黙り込んだ『天秤』にエニは自分の都合の良いように考える。

 

「だいじょうぶだよ、テンくん。私が付き合ってあげるから」

 

『う、うむ。すまないな……ではない!!』

 

 あやうくエニのペースに流されそうになってしまったが、そう簡単に主導権を握られるわけにはいかない。

 ちゃんと理路整然と対応すればエニも分かってくれるだろう。

 

『エニ、確かに私は女性と付き合った経験など無い。しかし、十分な知性と教養を持ち合わせていると自負している。この時点で十分に大人だと思わないか』

 

「思わないよ。女の子と付き合った事が無いのは致命的だよ」

 

 ずいぶんときついエニの言葉に『天秤』は二の句が継げなくなる。

 

(『法皇』様! いったいどんな知識をエニに与えたんですか!!)

 

 心の中で絶叫する。色恋沙汰など生まれてこのかたしたことがない。そもそも自分は剣なのだ。恋などできるわけがないし、生殖活動を行えるわけではないのだから恋愛感情などなんの意味もなさない。

 このままエニに言い負かされるわけにはいかないと思い、怒気を含ませた声をエニに叩きつける。

 

『私は別に誰とも付き合う必要性も感じない。それだけだ!』

 

 珍しく怒気を含ませた『天秤』の声にエニは体がびくっと震える。花のような笑顔がたちまち消えていき、目元には涙がにじんできた。

 

「……ねえ、ひょっとしたらテンくんはエニのことが嫌いなの?」

 

 今にも消え入りそうなエニの声を聞き『天秤』は、あっさりと現状を打破する方法を考え付く。

 

 エニに嫌われればいい。

 

 もう二度と近づくな、とでも言えばもうよってくる事も無いだろう。それでもだめなら、さらに酷い言葉を浴びせればいいのだ。それでエニの心に傷でも負わせることができればさらに良い。

 傷心のエニを見れば、間違いなく横島はエニを慰めるはず。そうすれば二人の絆は強くなり、最後に――――

 

「テンくん……エニのこと嫌いじゃないよね?」

 

 今にも泣きそうな顔で、『天秤』の刀身をぎゅっと抱きしめるエニ。ここで嫌いとでも言えば間違いなくエニの心を傷つける事ができるだろう。

 『天秤』はエ二の心をもっとも抉る言葉を考え、エニに言おうとしたとき、いきなり頭の中に女性の声が流れ込んできた。

 

 ―――――下っぱの魔族は惚れっぽいのよ。

 

 なに?

 

 ―――――図体と知能のわりに、経験が少なくてアンバランスなのね。

 

 これは?

 

 ―――――子供と同じだわ。

 

 っ!!

 

 突如、流れてきた見たことのないイメージに『天秤』は慌てる。いや、見たことはないがなんなのかは知っている。しかし、どうして今のイメージが頭に流れたのか分からない。『天秤』は突如起こった不可思議な出来事にすっかり気が動転してしまった。

 

「テンくん……エニのこと嫌い?」

 

『別に嫌いというわけではないが……っ!』

 

 先ほどの不可思議なイメージのことを考えていた『天秤』はつい本音を言ってしまう。あっと気づいたときにはもう遅かった。

 

 エニは泣きそうな顔から一転して、いつもの花が咲くような笑顔に戻った。いや、戻ったというよりも、それ以上の笑顔になる。今のエニの笑顔は泣く子を笑わせ、飛ぶ鳥を成層圏まで飛ばしそうだ。私も好きだよ~とエニは『天秤』をぎゅっと抱きしめた。

 

『ええい、引っ付くな。どういう耳をしているのだ。私は嫌いではないと言っただけで、一言も好きだとは……』

 

「えへへ~」

 

 馬の耳に念仏……いや、エニの耳に説教。

 いまさら『天秤』がエニに向かって嫌いだと言っても、きっと「恥ずかしがっているんだね、テンくん」としか返ってこないだろう。

『天秤』の策略は失敗したことになるが、何故かそれほど落胆しなかった。

 

(落ち着け。今ここでエニに嫌われたら、後々の誘導に困る可能性がある。つまり、私はエニに嫌われたら不味いと言うことだ)

 

『天秤』は頭の中でエニに嫌われたら今後の行動に支障がでると判断し、今回の作戦を却下する。だが、それはどこか言い訳じみたものに感じることができた。

 

(しかし、さっきのは……どうして)

 

『天秤』の身に何かが起こり始めていた。

 

 

 場面は横島へと戻る。

 

「もう、質問はありませんか。エトランジェ・ヨコシマ」

 

「はっ」

 

 横島が質問した内容は次の三つだ。

 

 一つ目はレスティーナ自身がスピリットをどう思っているのか。

 二つ目はファンタズマゴリアの世界にあるすべての国の状態。

 三つ目はラキオス王について。

 

 レスティーナはそのすべての答えに当たり障りのない答えを返した。

 スピリットは国の財源で奴隷である。

 ラキオスは古く高貴な血筋で、この世界を支配するのが正しい。

 ラキオス王はただの風邪で、すぐに体調は回復する。

 

 言っていることはラキオス王とほぼ同じである。周りにいるラキオスの家臣もレスティーナが言っていることに頷いてる。

 

 そんな中、横島は頭を下げ、顔を見られぬように笑っていた。横島が使った文珠、それは『覗』の文珠。もちろん、レスティーナの裸体を見ようと使ったものではない。彼女の心を覗くためのものだった。

 

(美人に悪人なし……ってことかな)

 

 考えていた以上の最良の結果に心の中で喝采を上げる。少なくとも一つの憂いはなくなった。レスティーナの内心は、実に横島にとって都合がよく、慈愛に満ちたものだったのだ。まあ、一部のスピリットに対して下している特殊な命令に思うところはあったのだが。

 

「他に何か聞きたいことがないのであれば、話はこれまでとする。エトランジェは部屋で妹を待っていよ」

 

 レスティーナはその場にいた兵士に佳織を城のとある一室に呼ぶよう指示し、誰の共もつけず玉座の間を出た。そして人目を忍んで城の中でも人が立ち寄らない古い部屋に向かって歩き出す。

 周りを誰かいないか気にしながら歩く姿は王女には似つかわしくないだろう。だが、それは人に知られたくないことがあるという証明である。

 

 しばし歩き続け、古めかしい扉にたどり着く。扉を開けると、そこにはエスペリアとハリオンの二人がそこにいた。

 

「レスティーナ様ご機嫌麗しゅう存じます」

 

「元気そうで~なによりですレスティーナ様~」

 

「いえ、二人ともこのたびの任務ご苦労様でした」

 

 そう言ってレスティーナはにっこりと微笑む。その笑みは単純な臣下への笑みではなく、友人を労うための笑みだった。

 この世界の人間は皆スピリットを奴隷扱いしている。極一部はスピリットを友人とする人物もいるが、そのような人物は変人扱いされるのがオチだが、その極一部の変人にレスティーナ王女は入っているのだ。

 しかし、レスティーナが笑みを浮かべたのは一瞬のこと、すぐに厳格な王女の顔に戻る。

 

「では、まずエスペリアからエトランジェ・ユートの様子について報告をしてください」

 

「はっ」

 

 エスペリアはその場から一歩進み、事務的な口調で説明し始める。

 

「ユート様の現状は今のところ変わりはありません。いまだに『求め』との干渉に歯を食いしばって耐えております」

 

 エスペリアの報告を聞き、レスティーナは床に目を伏せる。

 

「そうですか。もし彼がもし暴走しそうになったら……分かってますね」

 

「はい。元よりこの体は汚れています。いまさらどう汚れても構いません」

 

 エスペリアの目には優しさと諦めが混じった空虚な光が宿っていた。レスティーナはそのことに気づくが、何を言えるわけではないと唇をかみ締める。

 

「では、ハリオン。貴女も報告を」

 

「はい~」

 

 エスペリアとは違ってハリオンは事務的な口調にならず、いつも通りの口調で喋り始める

 

「ヨコシマ様には~今のところ表立った干渉は受けてないみたいです~」

 

「表立った干渉は……ということは」

 

「はい~ヨコシマ様自身も気づいて無いみたいですけど~寝ているときにうなされている事がありますぅ~」

 

 ハリオンの説明にレスティーナはそうですかと肩を落とす。その顔には安堵と不安が浮かんでいた。永遠神剣第五位『天秤』という神剣はレスティーナたち王族にとって、まったく未知の神剣だった。ラキオス王は、伝説にあるようにエトランジェは王族に逆らえないと決め付けているようだが、それは伝説にある四本の神剣を使うエトランジェのことで、横島の神剣についてはまったく情報がなかった。

 『天秤』とはどういう神剣なのか、ハリオンに横島の事と一緒に見張ってもらってたのだ。

 

「レスティーナ様は~二人に興味があるんですか~やっぱり格好良いですものね~」

 

「ハリオン! あまり無礼なことをレスティーナ様に言うのではありません」

 

「いいのですよ、エスペリア。興味が無いと言えば嘘になります」

 

 レスティーナは王女として責任ある立場にいる。現ラキオス王に何かあればレスティーナが女王としてこのラキオスを統治することになるだろう。そのことの覚悟はもうできているし、愛するラキオスを守るという事に誇りだって持っている。

し かし、普通の年頃の娘のように遊び、恋をしてみたいという当たり前の思いだってちゃんと持っているのだ。

 悠人や横島と友人のように話してみたいと思うことだってある。しかし、王女としてそう気安く話すことができないのだ。

 レスティーナはそこまで考えると、せめてどういう人物なのか知るぐらい良いかと考えた。

 

「エスペリア、ハリオン、ユートとヨコシマについて話してもらえませんか?」

 

「報告は先ほどの通りですが……」

 

「彼らがどういう人か、貴女達が彼らをどう思っているのか聞きたいのです。話してくれませんか」

 

 レスティーナ王女の言葉は命令口調ではなく、友人としてのお願いであった。レスティーナの言葉にエスペリアは嬉しさと悲しさが混じりあった表情を、ハリオンは単純に嬉しそうな顔をする。

 

「はい、分かりました。ユート様は不器用でやさしい……」

「ヨコシマ様は~とってもエッチで明るい……」

 

 女三人寄れば姦しい。三人は二人の男を肴に大いに盛り上がることになった。

 

 

 そのころ、城の一室では、兄妹が感動の再会をしていた。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「佳織!!」

 

 二人はお互いの姿を確認した瞬間、矢のように走りよって、抱きしめあった。

 その様子は涙腺が弱いものなら涙を流してもいいくらいだ。

 

 横島は二人の邪魔をしないように後ろに下がり、佳織をじっと見つめる。悠人の溺愛ぶりから、どのくらい可愛いのか気になっていたのだ。

 佳織の外見は赤茶色のロングヘアーで見た感じ中学生ぐらいだろうか。顔は幼く見え、頭には妙な顔のウサギ帽子をかぶっている。

 容姿は文句無く可愛いが、少なくとも横島の守備範囲に入っていなかった。

 

 ただ、横島には二人の様子にある種の危機感が起こる。

 

(なんつーか……ずいぶん危険に見えるのは俺の気のせいか?)

 

 二人の抱擁は兄妹というよりも恋人の抱擁に見えてしまう。佳織はその小さい体のすべてを兄の胸に預け、悠人はやさしく、それでいて強く妹を抱きしめていた。

 しばらく抱擁を続けて、ようやく二人は互いに自分の体を相手から離す。

 

「本当に無事でよかった……佳織」

 

「うん……ごめんねお兄ちゃん。私のせいで……」

 

 佳織が何を言いたいのか、横島にも分かった。悠人がこの世界でスピリットと戦い、殺し合いをするのはすべて妹である佳織を守るためなのだ。

 自分のせいで兄を戦わせていることの罪悪感があるのだろう。その目には罪悪感からの涙が浮かんでいる。

 だが、悠人は佳織の言葉に首を横に振り、違う、と小さく喋る。その顔には何故か自虐の色が浮かんでいた。

 

 横島に兄弟はいないが、こういう姿を見せられると自分にも兄弟が欲しくなってくる。

 もちろん、男の兄弟ではなく、できればやさしくてムチムチお姉さんなのは当然だ。あの色欲親父ならひょっとしたらどこかに兄弟がいるかもしれないなと考える。

 

(洒落になんねーな……)

 

 実際にありそうな妄想を止める。現実にありえそうな妄想など妄想ではない。

 いつのまにか悠人と佳織の話はひと段落ついたようだ。

 自己紹介するならいまだろう。二人の話が切れたところで、タイミングよく前に出て、自己紹介を始める。

 

「俺は横島忠夫って言うんだ。俺も日本から来たんだけど……」

 

「はい、オルファから聞いています。私たちとは違う日本から来たって。私は高峰佳織といいます。この子はアシュタロスって言うんですよ」

 

 そう言って、佳織はウサギ帽子の名前まで紹介する。

 横島の表情が引きつった笑みに変わった。

 人形に名前を付けるというのは可愛いだろうが、その名前が天敵であり義父になるかもしれなかった魔神のものと同じとは思わなかった。

 というか、女の子がつけるには似つかわしくない名前だろう。

 様子が可笑しい横島に「可愛くないですか?」と佳織は首を傾げる。

 同時に、悠人も首を傾げた。

 

「あれ? その帽子の名前ナポリタンじゃなかったか」

 

「もう、何を言ってるのお兄ちゃん。この子はずっとアシュタロスだよ」

 

 兄妹も互いに顔を見合わせて困惑した。

 なんとも言えない空気が流れたが、まあ大したことじゃないだろうと兄妹と頷きあう。

 横島だけは不気味なウサギ帽子を睨んでいたが。

 

「それと、佳織。こいつどこかロリ坊主と似ているから気をつけたほうがいいぞ」

 

「もう、お兄ちゃん。光陰先輩はロリコンなんかじゃないよ……多分。でも光陰先輩とどこか声が似ているような……今頃、どうしてるだろうね。小鳥も元気かなー」

 

 兄妹の何気ない会話も二人は本当に楽しそうだった。こんな世界に来なければいくらでもこんなたわいもない会話などいくらでもできたのだろうが。だからこそほんの僅かな時間を大事にするのだろう。

 

 笑いあう二人にちょっとしたいたずら心が芽生えてくる。

 

「しっかし、ほんとに仲が良いよな。兄妹っていうよりは恋人に見えちまったよ。案外、血がつながってなかったりしてな」

 

 横島はただ二人の仲の良さを茶化そうしただけだったのだが。

 二人は顔を赤くして困ったように視線を床に落とした。

 

(おい!! まさか……)

 

 二人の様子に横島は一つの結論にたどり着く。それはあってはならないこと。

 

「なあ、まさかとは思うんだけどひょっとしてお前ら……」

 

「いや……その……血は確かに繋がってはいないけど、佳織は俺の妹だ」

 

「……お兄ちゃん」

 

 そう言う悠人に、佳織は複雑な視線を向ける。嬉しいような悲しいような、なんとも言えない視線を。

 

 その様子を見た横島は色々と切れた。

 

「お前はどこのギャルゲーの主人公だーー!!!」

 

「そういうぎりぎりな発言はよせ!!」

 

「自覚してんのか! こんちくしょーー!!」

 

「あはは……ギャルゲーじゃなくてエロゲーだけどね」

 

 横島は悠人のことを真の敵と認定した。義妹にメイドさん、さらに美人ぞろいのスピリット隊の隊長。正にギャルゲーの主人公の要素がおもいっきり詰め込まれている。

 もてない男の代表として、ギャルゲー主人公の倒し、もてない男たちにこの世の美女を分け与える。これこそ俺がこの世界に呼ばれた理由だと横島は確信した。

 

「死ぬのだ、悠人よ! 正義のために!!」

 

「何が正義だ! 暴走するのも大概にしろ!」

 

「うるさい! きっとお前のようなギャルゲー主人公には三年前に意識不明になった恋人がいて、昏睡から覚めたときには水泳部だったその彼女の親友と付き合っていて、にっちもさっちもいかなくなって逃げ出して、それから看護婦さんやバイト先の女の子に手を出して逆襲されて町から逃亡することになって、そして雪の降る町で行き倒れているところを年齢不詳の美人が了承とか言って拾ってくれて、やっぱり女の子に手を出しまくって、ついには十二人の妹がやってきて……ああああああああ!!!!!」

 

「横島!! 落ち着けぇぇぇーー!!!」

 

「そ、そんな……私のほかにも十二人の妹が……お兄ちゃんに対する十三個目の呼び方なんてもうないよ……」

 

「佳織も信じるな! それに突っ込み所はそこなのか!!」

 

 兄と妹の感涙のシーンが混沌とした闇へと堕ちた。闇の力はとどまることを知らず、世界を暗黒へと変えていく。このまま世界は闇へと包まれてしまうのか。暴走を続ける横島とどこか壊れてしまった佳織の前に悠人は膝を屈しそうになったそのとき、救世主は現れた。

 

「なにを暴れているのです!!」

 

 突如、飛び込んできたレスティーナの鉄拳が横島の鳩尾にめりこんだ。あべし! という妙な悲鳴を上げ、横島の体が崩れ落ちる。

 

 その様子を見ていた悠人と佳織はまるで魚のように口をパクパクとさせ、いま見た光景を脳に記憶させようするが、脳は記憶の受け取りを拒否しているようだ。そりゃそうだろう。今まで冷徹な氷の美少女という印象の王女が、いきなり激しい突込みを繰り出したのだから。

 

「わ、私は何を……」

 

 レスティーナが呆然とした声を上げ、横島を殴りつけた手を見る。暴れている横島を見たら、体が勝手に動いたとしか言いようがない。ここでレスティーナは先ほどのハリオンの言葉を思い出した。

 

 ヨコシマ様は~良いとか、悪いとかじゃなくて~人の本性を引き出すような気がしますぅ~

 

(これが、私の本性なの?)

 

 知られざる自分の本性に恐れを抱くレスティーナ。悠人も佳織も一国の王女が見せた動きに声も出せない。いやな沈黙が辺りに満ちるが、その中で動きを見せたのはやはりこの男だった。

 

「突っ込みを入れられてしまったからにはもう! エトランジェと王女の禁断の恋を!!」

 

「きゃっ!」

 

 突如、復活した横島がレスティーナに飛び掛かる。相も変わらずゴキブリのような生命力だ。突っ込みを入れたからなんだというのか。

 

「いい加減にしろ!」

 

 悠人は蘇った横島の頭に渾身の拳骨を与える。横島はひでぶ! という変な悲鳴を上げ、鉄の床にめり込んだ。

 

「レスティーナ様、大丈夫ですか」

 

「え、ええ。ありがとうございます。エトランジェ・ユート」

 

 悠人は横島に襲われ、しりもちをついてしまったレスティーナに手を差し出す。レスティーナも素直に悠人の手を取るがここでちょっとした事件が起きる。

 悠人の手の力が強かったのか、レスティーナが軽すぎたのか、考えていたよりも強く手を引かれたレスティーナが悠人に引っ張られる。

 

「あれ」

 

「きゃっ」

 

「ぐげ!」

 

 レスティーナは悠人の胸に飛び込む形になり、半ば抱き合う形になった、横島を踏みつけながら。意図せず抱き合う形になってしまい、お互い慌てて離れようとするが、その前に相手の顔を見てしまう。

 

 顔が近い。

 

 離れようとしていた動きが止まる。互いに顔を赤くしながら、相手の目を見つめあう。

中世的な背景と服装から、まるでその様子は騎士と姫のワンシーンのようだ。一方は本当に姫ではあるが。

 佳織も突如始まったラブシーンにものすごく複雑な視線を送る。

 いつまでもこのドラマのワンシーンが続くかのような気がしたが、

 

「人の体の上でラブコメするんじゃねえーー!!」

 

 足元から聞こえてきた嫉妬の声に、ようやく二人は我に帰り、体を離した。

 

「め、面会はここまでです。行きますよ、佳織」

 

 いまだ顔が赤いレスティーナが、上ずった声を出し、面会の終了を告げる。その表情を見て、横島は「今度は王女様かよ」と悠人を睨む。悠人のほうもいまだに顔を赤くしていた

 レスティーナは佳織を連れて部屋から出て行こうとするが、佳織があと少しだけお願いしますと願い出る。レスティーナは仕方ないですねと面会時間を延長させた。佳織は横島の前にやってきて、悠人やレスティーナに聞こえないぐらいの小さい声で喋り始める。

 

「横島さん、お願いがあるんです。お兄ちゃんを守ってください。横島さんもこんな事態になって大変だと言うのは分かってます。でも……お兄ちゃんは本当に戦いなんてできる人じゃないんです。私ができることならなんだってしますから……」

 

 本当に兄の心配をしているのが、切に分かる声と表情。自分のせいで兄に人殺しをさせてしまっている罪悪感、苦しんでいる兄を助けることのできない無力感。その二つを同時に味わい続けている佳織はひょっとしたら誰よりも辛いのかもしれない。

 横島はこの少女を少しでも安心させてやりたかった。

 

「ああ、任せとけ。これでも俺は強いからな」

 

 胸を叩き、似合わない不適な表情で佳織を元気付ける。横島の言葉に佳織は本当に嬉しそうな顔をして頭を下げる。

 

「ありがとうございます。お兄ちゃんも横島さんのことをとても気に入っていると思います。お兄ちゃんがあんな大声を出したり、突っ込みを入れたりするのはとても珍しいんですから」

 

 そう言って佳織は横島から離れ、レスティーナ王女の側に行く。レスティーナ王女は佳織を伴って部屋から出ようとしたが、最後に佳織は悠人のほうを向き、

 

「お兄ちゃん、絶対に……絶対に死なないでね!」

 

 心からの叫びを言う。そして、レスティーナと佳織は部屋から出て行った。

佳織が出て行った扉を、名残惜しそうに見ていた悠人だったが、いきなり自分の顔を手でバチンと叩く。改めて妹を守ると気合を入れているのだ。

 

「おい、横島。これから訓練が始まるみたいだからさっさと行くぞ。お前の力を見せてもらうからな」

 

 妹からパワーを貰ったのか、いやに精力的な顔つきになった悠人。声にも力が入っている。

 

「悠人、やる気になっているところ悪いんだが、訓練所に行くのはちょっと待ってくれないか。お前に話したいことがあるんだけど……」

 

「……ここでは話せないことなのか?」

 

「まあ……ちょっとな」

 

 今までとは違う、シリアスな顔つきな横島に、悠人も真面目に対応する。纏っている空気すら変わった横島に戸惑いすら感じていた。

 

「そんなに時間がかからないなら良いけど……一体どこで話すんだ?」

 

「お前が今日、苦しんでいた場所がいいな」

 

「……少し遠いけど……分かった。じゃあ後でな」

 

 悠人はそう言って出て行った。

 誰もいなくなった部屋で横島は一人暗い顔をしていた。

 

「悠人……お前がいい奴なのは分かったさ。だけど……」

 

 そこまで言って横島は深くため息をつく。

 もし、いま自分が悠人にしようとしていることを自分がやられたとしたら、仕掛けてきた相手を半殺しにしてもおかしくない。

 

 しかし、やらねばならないことなのは間違いなかった。

 もう二度と同じ轍をふむのはごめんだからだ。

 

 佳織の為だったら、なんだってやれる。

 そう言ったときの悠人の目はどこか狂気を帯びていた。仕方ないとは思う。その為に、悠人は人(スピリット)を殺したのだから。

 

 悠人はいい奴で仲間だ。しかし、だからといって自分の目的を妨げる可能性があるのは否定できない。

 前から飛んでくる矢よりも、後ろから突き出される槍のほうが怖いということ。

 そのことはあの戦いで一番学んだことだ。

 スピリットのためにも、何より自分の目的のためにも悪魔になることを誓う。

 

 そして、悠人についてはまだ分からないが、レスティーナ王女に関しては最良の結果だった。聡明と言われるレスティーナ王女から、知りたい部分だけの情報を抜き出すことに成功し、彼女の真意も分かった。レスティーナ王女のプライベートな情報を抜き出す恐れはあったが、知りたい部分だけを質問することにより、なんとかプライベートな部分を読まないで済んだ。最悪、下着の色やトイレの回数まで分かってしまう可能性があったのだ。裸を覗くのはいいが、心は駄目という妙な倫理観が横島にはあったりした。

 

 とりあえず悠人が来る前に準備をしようと、一足先に目的地に向かおうとして、城から出ようとしたとき、ヒミカとハリオン、それにエニが向こうから歩いてきた。

 

「お兄ちゃん。元気だった!」

 

「おお、元気だったぞ。なあ『天秤』、エニとのデートは楽しかったか」

 

 にやにやしながら『天秤』にデートがどうだったのかを聞く横島。きっとムキになって『デートなどしていない!』とでも言うのだろうと思っていたが、『天秤』は予想に反した言葉を発する。

 

『ああ……それなりにな』

 

 『天秤』の声には元気が無い。それにデートと普通に認めたことに横島は驚く。何かあったのか聞こうと思ったが、その前に『天秤』は金色の粒子になり、横島の体に吸い込まれていった。

 次にヒミカが横島の前に出てくる。だが、何故か横島の手がぎりぎり届かない位置で止まった。警戒されているようだ。

 

「ヨコシマ様、レスティーナ様との謁見はどうでしたか」

 

「いや、特になんの問題も起こさなかったぞ!」

 

「……起こしたのですね」

 

 ヒミカは疲れたようにため息をつく。

 しかし、さすがのヒミカも、暴れてレスティーナ王女から一撃をもらったとは想像できないだろう。

 

「これから城の訓練場で訓練が始まるのですが……実は一度、第二詰め所のほうに戻って欲しいのです」

 

「別に第二詰め所に戻る必要はないだろ。それにちょっと悠人に用事が」

 

「第二詰め所には~新しい美人なスピリットが待ってますよ~」

 

 風が舞った。

 そして横島の姿は忽然と消える。

 えっと声を上げたときにはもう既に横島は城から出て、疾風と変わりおねえちゃーーんと叫びながら第二詰め所へと走っていった。

 遠くから聞こえてくる声を聞き、ヒミカは不安そうな表情を浮かべる。

 

「ハリオン……ヨコシマ様なら……大丈夫よね?」

 

「あの子と二人きりで会わせよう~と言ったのはヒミカですよ~もっと自信を持ってください~」

 

 ハリオンの言葉にヒミカはそうねと頷く。

 正直言って、彼女と横島を会わせるのは不安があった。横島はスピリットに乱暴などしないと思うが、女好きの部分がある為、何らかの間違いがある可能性は否定できない。

 しかし、ヒミカは横島という存在が、彼女に何らかの良い影響を与えると信じていた。

 メリットとデメリット。その二つがヒミカの中で渦巻く。

 

 その様子を見たハリオンは、期待と不安が入り混じるヒミカを安心させるため、満面の笑みで言った。

 

「大丈夫です~スピリットは子供を生めませんから~」

 

「い、いやあああああ!! ナナルゥーーー!!!」

 

 ヒミカの叫びが城の中に響き渡った。

 

 高速の動きで第二詰め所にやってきた横島はさっそく窓から中を覗き込む。いきなり第二詰め所内に飛び込んで、どうせこんなこっだろうとおもったよーとなる可能性もあるからだ。スピリットは美人だというのは分かっているが、万が一もある。

 こっそりと窓から居間を覗き込むと

 

(きたーーーー!!!!)

 

 そこには、切れ長の目で整った顔立ち、綺麗な赤いロングヘアー、ハリオンには敵わなくても十分に巨乳といえる胸、可愛いではなく、美人と評するにふさわしいスピリットがそこにいた。

 

「美人スピリット、ゲットだぜ!!」

 

 横島の行動は素早い。一瞬のうちにドアを開け、跳躍行動を取る

 空中であやとりと射撃が得意な少年が寝る速度と同じ速さで服を脱ぎ、一瞬でパンツ一丁となった。

 

「おっじょうさ~~~ん!!」

 

 見事な放物線を描くルパンダイブ。それはある種の幻想的な美しさを持ち、一つの芸術と言っても良い。

 そんな倒錯的な美しさを誇るルパンダイブは女性を……見事に押し倒した!

 

「えっ!」

 

 驚いた声を上げたのは何故か横島だった。

 このルパンダイブが成功した例は皆無に等しい。たいてい世界意思が邪魔してきてオチがつくのがもはや通説だった。

 押し倒された女性はゆっくりと自分の上に乗っているパンツ一丁の男を見る。そして特に驚いた様子もなく喋り始めた。

 

「ヨコシマ様ですね。私はナナルゥ・レッドスピリットといいます。以後お見知りおきを」

 

「あ、ああ。よろしく」

 

 社交辞令的な挨拶をする。言っていることはまったく普通だが、パンツ一丁の男に押し倒された状況で言う言葉では断じてないだろう。

 男に押し倒された状態で普通にしているというのも気になるが、横島がもっとも気になったのはナナルゥの目と声だった。

 

 無機質。

 

 その表現がもっとも正しいだろう。

 この間、戦ったスピリット達と同じような目をしている。まるで人形のようなスピリットだった。

 

(このスピリットは神剣に心を飲まれて……自我を失いかけているのか!)

 

 神剣の力を使いすぎると、スピリットの自我は神剣に心を飲まれて人形のようになる。そうなれば、ハイロゥは黒くなり、人間の命令を盲目的に聞き、マナを求めるだけの存在になる。

見た感じ、ナナルゥはその一歩手前といったところだろうか。

 横島がナナルゥのことを分析しているとき、ナナルゥも横島のことをじっと見ていた。

 一体何故、自分達の隊長がパンツ一丁になって乗りかかっているのかを考えているようだ。少し考え、ナナルゥは答えを出す。

 

「私を抱きたいのですか?」

 

 横島はナナルゥのあまりにも直球な言葉に、どう答えたらいいのか分からない。普通に考えればパンツ一丁で女性に飛び掛るなんてことをすれば、抱こうとしているのが自然だろう。

 しかし、横島は抑えても抑えきれない煩悩が爆発し、とにかくいい女に突撃するという本能が働いただけなのだ。

 

「ご命令ならば」

 

 そう言ってナナルゥはゆっくりと目を閉じ、体の力を抜く。

 自分の体の下で目を閉じるナナルゥに横島の心臓は爆発寸前だ。

 

 つまりこれは、オールオッケーって事か!

 

 心の中で歓声を上げるが、なにか気が乗らない。男の本能がはやく抱けと訴え、理性もオッケーを貰ったなら行くべきだと横島会議ではもう答えが出ている。だが、何故か横島は躊躇してしまった。行くべきか行かざるべきか苦しんでいると――――声が聞こえた。

 

 父さん! ぼくは今日、大人になるよ!!

 

(な、息子!)

 

 突然、己が息子の声が響いてくる。股間を見れば息子は激しく自己主張していた。

 パンツは息子の自己主張により、いまにも破れかかっている。

 

(息子よ、落ち着け!)

 

 なに言ってるんだよ、父さん。彼女の体をよく見てよ。ハリオンさんよりは胸の大きさは負けるけど、それでもこのメリハリある体。顔も文句なく整っているし、なによりオッケーを貰ったんだよ。父さん、早く……早く!!

 

 息子の言葉にあらためてナナルゥの体を見る……というよりも押し倒しているので自分の体全体でナナルゥの体を確かめる。

 ナナルゥは暖かく、やわらかかった。ただこうしているだけで色々と出てきそうになる。

 

 そうだ。何を迷う必要がある。抱いてよいと言っているのだから抱けばいいんだ。

 

 抱くと決断した横島は、最初はキスからだと、ナナルゥに顔を近づける。ナナルゥは呼吸一つ乱さず、マネキンのようだった。

 

 まるでダッチワイフだな。

 

 あまりにも失礼な事を横島は心の中で考える。もし、今まさに抱こうとしている女性にダッチワイフみたいだなんて言えば、女性は烈火の如く怒り狂うだろう。だが、ナナルゥならばダッチワイフみたいだといっても「そうですか」の一言で済ませる気がした。

 

 自分の体なんてどうなっても良いと、自分に価値などないと考えているような表情。

 いや、違う。

 そんなことすらも考えていない。

 命令だから従う。

 そこにあるのはただ虚無。

 

 横島の体に震えが走った。

 このままじゃだめだ。これは自分が真に望んだ行為とは違う。これは絶対に良くない!

 

 横島の中で何かが警報を上げる。

 何とかこみ上げてくる煩悩を押さえ込もうとするが、熱く脈打つ息子がそれを許さない。息子が自由である限り煩悩を押さえ込むのは不可能と判断した横島は、息子を倒すことを決意した。

 

 押し倒していたナナルゥの体から離れる。そして、血の涙を流しながら横島は右手に霊力を集中させ始めた。

 

「すまない……本当にすまない! 息子よ!!」

 

 息子は横島が何をしようとしているのか分かったのだろう。

 その身を少し小さくして、震えだした。

 

 父さん? うそでしょ、やめて……やめてーー!!

 

 息子からの懇願の悲鳴が上がるが、それを無視する。心の中では息子にただひたすら謝りながら……

 

「天に滅せよ!! ヨコシマバーニングファイアーパーンチーー!!」

 

 横島は霊気を集めた右手を息子に……♂に振り下ろした!

 

 うああああああ!!!

 

 息子は断末魔の悲鳴を上げる。だがそれは横島も同じだった。

 息子と横島は一心同体。息子を殴ったことによって女には分からない痛みが横島にもフィードバックされ、意識が朦朧としていく。

 自分の息子を殴った罰なのだ。この痛み、甘んじて受けねばならない。

 

(息子……お前一人だけ逝かせるわけにはいかない。逝くときは一緒だ……)

 

 と、父さん……

 

 苦痛の中、横島の目の前が白くぼやけていく。

 薄れ行く意識のなか『天秤』の

 

『主よ……お前は一体……』

 

 という戦々恐々とした声を聞きながら、横島は痛みに身を任せ、意識を手放した。

 

 眠い。

 頭に感じる暖かさと、鼻腔をくすぐる良いにおい。それは究極の枕か、はたまた至高の枕か。このまま死ぬまでこの枕で眠り続けよう。

 人間失格な決意をして、まどろみから、さらに深い眠りに入ろうとするが……

 

「大丈夫ですか、ヨコシマ様」

 

 自分の耳元から声が聞こえてくる。横島が目を開くと、目の前にはキスするのではないかと思うほど、至近距離にナナルゥの顔があった。先ほどの枕と思っていたのはナナルゥの膝枕だったようだ。

 

「はわわー!」

 

 嫌だったわけではないが、突然のことなので似合わない悲鳴を上げて驚き、急いで立ち上がりナナルゥから離れる。ふと気がつくとパンツ一丁だったはずが、いつの間にか服を着ていた。しかも、驚くべきことにパンツが変わっていたのだ。

 

「ナ、ナナルゥ! この服は! パンツは!」

 

 顔面を蒼白にして横島は面白いくらいうろたえていた。しかし、起きたら寝る前とパンツが変わっていたら普通は驚くだろう。

 

「はい。ヨコシマ様が寝てしまわれた後、あの格好ではお寒いと思い、勝手ながら服を着させてもらいました。パンツについては色々と使用が困難になっていましたので、新しいのをご用意させました」

 

 狼狽する横島とは対照的にナナルゥはあくまで淡々と説明をする。

 ナナルゥの説明を受け、自分が人形のように着せ替えさせられる様子を想像し、目尻に涙が浮かんできた。……パンツについては何がどう使用できなくなったのか考えないようにする。

 

 なんとか心が落ち着いてきたので、横島はようやく普通にナナルゥと向き合った。しかし、いまさらどう言った話をすればいいのやら。パンツ一丁で押し倒し、わけの分からないことを喋りながら自分の股間を殴りつけた意味不明な男。

 ナナルゥが自分に抱いた感想はそんなところだろうか。もしくは、権力をかさにむりやり女性を抱こうとした卑劣漢だろうか。それだけならいざ知らず、生まれたままの姿まで見られ、着替えまでさせてもらったのだ。

 

 横島は今まで様々な女性と出会いを体験しているが、その中でもワースト1に入るだろう最悪な出会いだ。

 さすがの横島もどう会話を始めたらいいのか見当もつかない。

 どう話したらよいのか迷っていると、ナナルゥの方から話しかけてきてくれた。

 

「ヨコシマ様、男性にとって性器は弱点と聞いております。みだりにいじるものではないでしょう」

 

 ナナルゥはあくまで淡々としたものだった。

 眉一つ動かさず普通の女性ならば、言えないようなこともあっさりと言いのける。

 横島はそこに痺れるわけでも憧れるわけでもなく、ただどう答えたらいいのか分からず、どう動けばいいのかすら分からず、完全に硬直した。

 

 硬直する横島を見ながら、ナナルゥはまるでロボットのように喋り続ける。

 

「ヨコシマ様、何故わたしを抱かなかったのですか」

 

 その声にはやはりなんの感情もこもっていない。抱かれなくて良かったという安心感も、抱かれたかったのにという残念さもなかった。ただあの状況で抱かないのが不思議に思っただけなのだ。

 

 ナナルゥの質問に横島はどう返答したらいいのか困窮した。横島はナナルゥの体を見て本当に抱きたかった。それはもう血の涙が出るくらい。しかし、何かが足りない、横島はそう感じたのだ。

 一体何が足りなかったのか、大して利口でもない頭で必死に考える。

そうして考え出した答えは……

 

「あ、愛が足りなかったんだ!」

 

「愛……ですか?」

 

「そう! なんつーか……やっぱり愛は必要なんだ!!」

 

 横島は自分が似合ってないことを言っているのを自覚していた。どう考えても愛なんて叫ぶ人種じゃないと自分のことながら思ったが、以前に同じようなやり取りをしたようなデジャブがあった。

 ナナルゥはポツリと愛と呟き、目を閉じ、そして見開く。

 

「分かりました。これより愛を探す任務を開始します」

 

「はっ?」

 

 どういう話の流れでそんな展開になったのだろうか。確かに愛が必要だといったが、探せなどとは言ってないはずだ。

 

「俺は別に愛を探せなんて……」

 

「ヨコシマ様は愛が必要と仰いました。しかし、私は愛というものを現在所持しておりません。ならば探して所持する必要があります」

 

 必要なものがあり、それを持っていないなら見つけ出さなければならない。

ナナルゥの行動はとても合理的で、ある意味純粋なのだ。

 

「ただ、私はこれから城で訓練がありますので、愛を探すのは後日になりますが、期日はいつまででしょうか」

 

「いや、期日なんてないけど……」

 

「分かりました。それでは」

 

 ナナルゥはそれだけ言うと、さっと身を翻し、城に向かって歩いていった。

 

「凄い子だな……」

 

 横島は嘆息をつく。

 今まであってきた女の子の中でもかなり……凄い部類に入る。どう言ったら良いのか分からないが、とにかく凄かった。まあどう凄かろうが美人である以上、問題なしだ。後は愛さえ見つけてくれれば、そのとき心おきなく十八禁に入ればいい。

 

 第二詰め所のスピリットはすべて城の訓練場に行ったようなので、横島もすぐに訓練場に向かおうとするが。

 

『ふむ、主よ』

 

「なんだよ『天秤』」

 

『主は確か、悠人に用事があると言っていたような気がするのだが?』

 

 横島はしばし沈黙し、

 

「ああ! 忘れてたー!!」

 

 そのころ悠人は、

 

「横島の奴……遅いな」

 

 横島が指定した場所で一人、横島を待っていましたとさ。

 

 

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