永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第七話 日常=戦い

 うっそうとした森の中、高校生ぐらいの男前と呼べる男が眉間にしわを寄せて、不機嫌そうに立っていた。

 高嶺悠人。それがこの男の名前である。

 少々唐突であるが、ここで少し彼の半生を語ってみたい。彼、高嶺悠人の半生を一言で表すなら、これ以上の言葉はないだろう。

 

 悲運。

 

 悠人は二度、両親を失っている。一度目は実の両親を。二度目は義理の両親を。

 幼い時から悪運だけは強いと言われていた。だが、悠人は気づいていた。自分に振りかかってきた災厄は、すべて自分の周りにいる人たちに降りかかっていることに。

 

 疫病神。

 

 悠人は自分が疫病神で、ただそこに居るだけで周りに不幸を呼び込んでいるのではないかと思うようになっていた。

 そしてある日、事件が起こる。

 両親を失った悠人を、引き取り育ててくれた義理の両親である高嶺夫妻と、その娘である高嶺佳織が乗った飛行機が落ちたのである。

 田舎の家に帰る為だったのだが、悠人は一足先に向かったため無事であった。

 

 高嶺夫妻は死亡。佳織も生死の境をさまようことになった。

 

 悠人は祈った。

 ただひたすらに、一心に。

 どうか佳織が助かるようにと。

 佳織が助かるなら自分がどうなっても、何が犠牲になっても構わないと。

 悠人は祈り続けた。そして、祈りは神でもなく、悪魔でもない存在、異世界の『求め』という神剣に届くことになる。

 

 『我は汝の願いを、汝の求めを叶える力を持つもの』

 

 幼い悠人にはそれが何なのか分からなかった。ただ一つ分かったのはその存在は佳織を助けることができるということ。

 

 悠人はその存在に願った。

 どうか佳織を助けてくれと。

 

『願いを叶えるならば相応の等価がいる。汝の肉体と心、人生の全てが代償だ』

 

 それでもいいと悠人は言う。

 僕はどうなってもいいから、佳織を助けてと。

 

 『ここに契約は成った。汝は時が来るまで、このことを忘れるだろう』

 

 そして佳織は助かった。

 両親を二度も失った悠人は佳織と二人だけで生活を始める。

 遺産はあったが、悠人はそれには手を触れず、自分の力だけで生きていくことを選択した。

 

 血の繋がらない兄妹の幸せな時間。

 

 だが、代償を払うときが来てしまった。

 悠人はこの世界に呼び出され、『求め』との契約の為に戦うことになる。

 佳織を巻き込みながら……

 

 悠人は自分を責めた。

 佳織を巻き込み、苦しませ、平穏な一生を奪い取ってしまったことを。

 悠人は佳織の為に剣を振るう。

 彼が佳織を裏切ることは決してない。

 

 永遠の煩悩者

 

 第七話 日常=戦い

 

「まったく、横島のやつは何やっているんだ!」

 

 横島との待ち合わせをしてから、かなり長い間、待っているというのに横島がやってくる気配はまるで感じられない。

 苛立ち、眉間にしわを寄せていた悠人だっだが、ふと地面に目をやると、ころころとビー玉のようなものが足元に転がってくるのが見えた。それはただのビー玉のように見えたが、そこに刻まれた文字を見て、悠人は思わずビー玉とおぼしき物を手に取る。ビー玉には漢字で『幻』と刻まれていた。

 

「なんでビー玉に漢字が……」

 

 ビー玉を手に取り、久方ぶりに見た日本の字をしげしげと見つめていたが、突然ビー玉が目も眩むような光を放つ。

 

「っ!!」

 

 いきなりことに驚き、目を閉じる。そして次に目を開けたときは持っていたはずのビー玉が影も形もなくなっていた。

 

「な、なんだ、今のは?」

 

 疑問の声を上げる悠人だったが、それに答えられる者はここにはいない。

 そのとき、後ろの茂みはがさがさと揺れる。

 横島が来たのかと思い、振り返ると、そこには、

 

「お兄ちゃん……助けて……」

 

 体にいくつかの傷を負った、悠人の義理の妹である佳織がそこにいた。

 

「佳織!」

 

 突如、現れた佳織に悠人は驚きの声を上げ、すぐに駆け寄った。

 

「どうしたんだ、この怪我は! 待ってろ、すぐにエスペリアの所へ行って傷を治してもらうからな」

 

 悠人は佳織を背負って、エスペリアがいるだろう訓練場に向かおうとしたが、佳織が拒否する。

 

「お兄ちゃん、それどころじゃないの! 気をつけて!!」

 

「気をつけろって何を……っ!!」

 

 悠人は目を見開く。気がつけば周りには四名のレッドスピリットに周りを囲んでいた。その目には感情が無く、こちらに敵意を向けている。敵だ。

 何故ラキオス領の、それも首都に突然現れたのか、どうしてここまで接近を許してしまったのか、疑問に思えることは多々あるが、そんなことを考えている暇は無い。周りを囲んだスピリットたちが、こちらに神剣魔法の詠唱を開始したからだ。

 

(まずい! 俺一人なら突破できても、ここには佳織が!)

 

 『求め』の力を全開にすれば自分一人だけなら囲みを突破できる。だが、佳織を抱きかかえながらの突破はおそらく不可能。佳織を抱えながら高速で動くのは難しく、二人仲良く黒焦げにされてしまうだろう。

 ならば敵が神剣魔法を唱える前に殺すのは可能だろうか?

 それも無理だ。倒せたとしてもせいぜい一人か二人。二人は神剣魔法を完成させて、肉を灰に変え、骨が残るかどうかの炎を放ってくるだろう。狙いが自分なら耐えられるかもしれないが、佳織ならばその時点で終わりだ。

 

 悠人は必死にこの状況を打開する方法を考えたが何も思い浮かばない。そうこうしているうちに、レッドスピリットたちの魔法が完成してしまった。

 

「くそ! 佳織は俺の側に来い。必ず守ってやるからな!!」

 

「うん。お兄ちゃん、お願い!」

 

 倒すのも、逃げるのも不可能ならば守る以外に道は無い。

 

「バカ剣、佳織を、守れる力を寄こしやがれ!」

 

『求め』が輝き、悠人の足元に魔方陣が出現する。

 

「マナよ、我が求めに応じよ。 オーラとなりて、守りの力となれ! レジスト!!」

 

 抵抗を意味するオーラが魔方陣から溢れ、溢れ出した抵抗のオーラが悠人と佳織を中心に強固な障壁と変わる。

 同時にレッドスピリットの魔法が完成した。

 

「ファイアーボール!」

「ファイアボルト!」

「フレイムシャワー!」

「インシネレート!」

 

 四つの魔方陣からすさまじい熱量の炎が生み出され、悠人と佳織を灰にしようと襲い掛かる。炎は悠人が作り出した対魔法用障壁とぶつかり、炎は障壁を破壊しようと、対魔法用障壁は炎を消滅させようと争う。

 結局、炎と障壁の争いは互いの消滅で幕を閉じた。

 

 永遠神剣第四位『求め』というこの世界でも最高の力の全てを、自分と佳織を守るために費やすことによってどうにか敵の魔法を防ぐ事ができた。

 だが、そう何時までも守り続けることはできない。

 

(くそ、応援はまだなのか? ひょっとしたら皆のところにも敵が現れて応援どころじゃないのか!? )

 

 進むことも引くこともできないこの状況では、応援でも来ない限り、切り抜けるのは不可能だった。だが、悠人には今のラキオスの現状がどうなっているのかまるで分からない。

 まったく先が見えない戦いは体力以上に精神を消耗する。

 悠人は心の中で応援を呼び続けた。

 そして、一人のスピリットが森の中から現れる。

 

「ユート様、ご無事ですか……」

 

 現れたのはエスペリアだったが、その体には無数の傷が刻まれており、痛みのために顔を歪ませている。そして、最悪なことにエスペリアは自身の槍型永遠神剣である『献身』を持っていなかった。この時点でエスペリアは戦力から除外される。

 救援ではなく、守らなければいけない人数が一人増えただけだった。

 

「くっ……エスペリア、早くこっちに来い! そのままじゃ危険だ!」

 

 悠人はエスペリアを呼び寄せ、新たに作ろうとしている障壁の中に入れて守ろうとするが……

 

「お兄ちゃん、だめだよ! お兄ちゃんの作れる障壁だと二人が限界。もしエスペリアさんを助けたら私たちも死んじゃうよ!」

 

 佳織の言に悠人は唇を噛み締める。佳織のいうことは正しい。限界まで力を振り絞って、ようやく二人分の障壁を維持しているのだ。ここでエスペリアを助けるために障壁を広げれば、障壁の強度は弱まり敵の魔法を防げなくなってしまう。

 

 まるでカルネアデスの板のような状況だった。

 

(見捨てるしかないのか……くそ! 仕方ないじゃないか! 佳織の命が掛かっているんだから!!)

 

 佳織のため、悠人はその思いだけで戦いを乗り切ってきた。スピリットを殺してきた。

 だが、殺してきたのは何の面識もない敵スピリットだけ。

 一緒に生活して、まるで姉のように思っているエスペリアを見捨て、殺さなければいけない状況に悠人の心が悲鳴を上げる。

 エスペリアは悠人が何に苦しんでいるのか分かったのだろう。

 

「私のことは気にしないでください。私たちは人の盾となることが宿命であり、それが何よりの幸せなのです。……ユート様が護らなくてはいけないのはカオリ様なのですから」

 

 そう言ってエスペリアは儚げに微笑んだ。その顔には自分を見捨てようとしている悠人への恨みも憎しみも存在していない。ただ悠人と佳織の身を案ずる顔だった。

 エスペリアの表情を見て、悠人の心が激しく揺れ動く。

 本当にこの選択は正しいのか?

 佳織のためという免罪符があれば何をしてもいいのか?

 

 だが、何をどう言ったところで助かるのは二人だけ。

 いきなり新たな力に目覚め、三人とも助かるなんて都合のいいことは起こらない。

 

(どうしようもないのか。佳織とエスペリアの二人を助ける方法はないのか!)

 

 悠人は必死に考えた。佳織とエスペリアの二人を助ける方法を。

 

(そうだ……二人は助かるんだ)

 

 悠人はたった一つだけの方法を見つけた、そして決断する。

 

「エスペリア、こっちに来い!」

 

「ユート様……でも……」

 

「いいから早く!」

 

 悠人の語気の強さに圧されてか、エスペリアが悠人の下にやってくる。

 レッドスピリット達の魔法はもう完成寸前だった。

 

「守りの力を……レジスト!!」

 

 悠人は対魔法用障壁を展開させる。障壁は佳織とエスペリアを包み込んだ……悠人には障壁が張られずに……

 

「お兄ちゃん!!」

 

「ユート様!!」

 

 二人が悠人の方を向いて悲鳴を上げる。

 だが、悠人はその様子を満足げに眺めていた。二人を守れた、その安心感が悠人の心を満足させていたのだ。

 そして、レッドスピリット達が完成させた紅蓮の魔法が三人を包み込み……悠人の意識は遠くなっていった。

 

「俺……なんで生きているんだ?」

 

 悠人は気がつくと林の中で立っていた。

 気がつくという表現は適切ではないかもしれない。別に寝ていたわけではない、ちゃんと目を開け、両の足で立っていたのだから。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。自分が何故生きているのか、どうして傷一つ負っていないのかもどうでもいい。

 今重要なのは一つだけ。

 

「佳織、どこにいった! エスペリアも!」

 

 守れたはずの二人は一体どこにいってしまったのか。消えてしまった佳織とエスペリアを悠人は半狂乱になって探し続ける。

 

 そのとき、悠人はふいに人の気配を感じた。佳織かと思い、ふり向くと、そこには能面のような表情をしている横島がいた。俯いていて先ほど会った時とは、あまりにも雰囲気が違うが、悠人はそのことに気づかず横島につかみ掛かるように話しかける。

 

「横島!! 佳織を見なかったか! あとエスペリアも!」

 

「……落ち着け、悠人。さっきの佳織ちゃんやエスペリアさんは俺が見せた幻だ」

 

 横島は抑揚の無い声で今さっきの出来事を説明した。全ては俺が見た幻だったと。

 悠人は混乱して熱くなった頭を冷ます為、深呼吸をしながら横島の言ったことを頭の中で反芻する。

 

(幻……横島が作った幻だったのか)

 

 ようやく悠人の頭に冷静さが戻ってくる。最初に来た感情は安堵。そして疑問とそれ以上の怒りが湧き上がってきた。

 何を犠牲にしてでも守りたい佳織と、この世界に来て言葉一つ解からない俺を親身になって世話をしてくれた、姉のように慕うエスペリア。

 その佳織とエスペリアのどちらが死ぬような幻を見せられたということ。

 何故、横島がそんな幻を見せたのかは分からない。だが、今やらなければいけない事はわかっている。それは……

 

「ふざけるなぁぁぁーー!!」

 

 怒りに任せて横島をぶん殴ること。

 

 悠人は鬼すら殺せるのではないかという憤怒の目をしながら、右手を振り上げて横島の顔面に鉄拳を叩き込もうと一直線に突っ込んだ。

 なんのフェイントも無く、ただ突っ込んでくるだけの動きなど避けるのは容易い。しかし、横島はそこから動かなかった。

 

(こりゃ仕方ねえよな……)

 

 このまま動かなければ悠人の拳は間違いなく横島の顔面に突き刺さるだろう。その事実に横島の腰が引けるが、目を閉じ、歯を食いしばり、来るだろう衝撃に備える。

 

 鈍く重い音が響き渡った。悠人の拳が、無抵抗の横島の顔面に突き刺さる。横島は鼻骨と前歯が折れて顔面が血だらけになり、ダメージが足に来たのか膝がガクガクと曲がり、体を地に伏せようとするが、悠人はそれを許さない。

 倒れ掛かる横島の襟元を掴み、すぐ側にあった大木に横島の体を押し付けて無理やり立たせる。

 

「何を考えて俺にあんな幻を見せた! 俺が苦しむ姿が見たかったとでも言うのか!!」

 

 顔を真っ赤にしながら、横島の襟元掴み激しく揺らす。横島の鼻血と歯が折れたために口から血がだらだらと流れ、手を赤く染めるが、悠人はそんなことは気にもしなかった。

 

「答えろ! 横島!!」

 

 体を揺すられ、飛びかけた意識が戻ってくる。

 悠人の反応は横島の予想通りであり、当然の反応だった。横島だって、もし美神とおキヌのどちらかを見捨てなければならない幻を見せられたら、その幻を見せてきた相手を半殺しにするだろう。だからこそ悠人の一撃を避けずにあえて食らった。

 

 だが、何故こんなことをしたのかを説明して、それで悠人がさらに殴りかかってきたときは本気で抵抗することにしている。こちらに非があるのは分かっているし本当に悪いことをしたとは思っている。しかし、これ以上痛い目に遭うのはごめんだった。

 横島は密かに戦闘体勢に入りつつ、悠人に話し始めた。

 

「……見たかった……いや、確認したかった」

 

「確認……だと!?」

 

「ああ、お前が佳織ちゃんを免罪符にして……本当に何もかも捨てられるのかを。そしてお前が本当に信頼できるかどうかを」

 

 横島の言葉に悠人の息が詰まる。横島の言ったことは悠人が心の中でいつも考えていたことだった。

 

 この世界に来て、スピリットを殺した時に感じた圧倒的な罪悪感。その罪悪感を、佳織の為だからと心に言い聞かせ必死に戦ってきた。佳織の為という免罪符がなければ、一般的な高校生である悠人がスピリット殺しに耐えられなかったからである。

 

「……佳織の為に戦うことを悪いとでも言うつもりか!」

 

「違うって。俺が言いたかったことは善いとか悪いとかじゃない」

 

 横島はここで慎重に言葉を選び始める。

 

「なあ悠人、俺がラキオスで戦う理由を知ってるか?」

 

「逃げたらスピリットを殺されるからって聞いているけど……」

 

「そう、俺だってお前となんら変わらない。セリア達のため……つまりはハーレムのために戦ってる」

 

「……そっか、お前も守らなきゃいけない人達の為に……って! ハーレムってなんだよ、おい!!」

 

「そのために戦って殺したスピリットの数は、両手の指ぐらいじゃ足りないくらいだ」

 

(流した!? 流したのか!!)

 

 いつのまにか横島の襟元を握っていた悠人の手は離れていた。

 横島の方も鼻血が止まり、しっかりと両足で立ち、悠人の方を見て喋っている。さすがに折れた歯までは生えていないようだが……

 

「んで、これからが問題なんだけど、俺はお前の命令でこれから戦争することになる。俺の……まあ部下になったスピリット達も最終的にはお前の命令で戦うことになるわけだ」

 

 横島はあくまで副隊長。第二詰め所のスピリット達の指揮を執るのは横島だが、その横島に指示を出すのが悠人なのだから結局は隊長である悠人の指示でスピリット達は戦うことになる。

 

「お前がもし、敵に特攻しろとでも言えば俺たちは敵に特攻しなけりゃいけない。何故かは知らんがスピリットは人間の命令は逆らえんからな。最悪、お前が死ねとでも言えばスピリット達は死「そんなことは絶対に言わない!!」

 

 悠人は顔を真っ赤にして大声で叫ぶ。声には嘘や偽りの響きは一切感じられなかった。だが横島は、そんな悠人はギロリと睨む。

 

「お前がここで苦しんでいたときこう言ったよな。佳織のためなら何だってできるって。もしスピリットを犠牲にして佳織ちゃんが助かるようなことがあったら……お前はどうする?」

 

 悠人は横島の言っていることを聞き、ようやく横島が何を危惧してあんな幻を見せたのか理解した。横島の求めるものが、悠人が求めるものの為に犠牲になるのではないかと思ったのだ。

 

「だけど、お前は佳織ちゃんとエスペリアさんの二人を守る方法を取った……その選択とそのためにとったお前の行動が、正しいのか間違っているのかは解らないけど、自分の目的の為に仲間を使い捨ての駒みたいに扱うことは無いって分かったよ。だから……」

 

 そして、横島は土下座をした。

 

「すまん。本当に悪かった!」

 

 横島の土下座からは本当に悪かったという思いが伝わってくる見事な土下座だった。

 

 悠人の横島に対する怒りは、まだ残っていた。しかし、大切な人を守りたいという横島の気持ちに共感してしまった。

 これ以上、横島に対して怒り、憎むことはできそうにない。

 ただ、このまま許すというのは少し癪にくるものがある。

 

 悠人は一つ頼みを出すことにした。

 

「横島……悪いと思ってんなら一つ頼みがある」

 

 その言葉に横島は苦虫を噛みつぶしたような顔をするが、仕方がないと首を縦に振る。

 

「俺は決してスピリットを犠牲にしたりはしない。だから、横島も約束してくれ。どんなことがあっても佳織の味方でいると、何があっても佳織を助けると……」

 

 悠人の言葉に横島がポカンと口を開ける。そして心底呆れたような顔で笑い出す。

 

「はは……まったく、なんつーシスコンだよ」

 

「ふん、ハーレムの為に戦っている女好きに言われたくないぞ」

 

 互いに軽口をたたきあう。その様子はまるで十年来の親友のようにも見えた。互いに訳も分からず異世界に召喚されて、殺し合いを強要されることになった者同士。共通点が多ければそれだけ話もしやすい。

 

「そうだ、少し横島に言っておきたい事があったんだ」

 

「なんだよ。別に心配しなくても佳織ちゃんに手を出すつもりはないぞ」

 

「ちがう! そうじゃなくて、俺たちに必要だと思うことだ」

 

 悠人はこほんと咳払いをする。

 

「自分を信じること。それが心の剣なり、楯となる」

 

 その言葉は悠人が殺したとある存在が言った言葉。

 龍という存在が残した言葉だった。

 

「自分を信じる……ねー」

 

 横島はそう呟くと顔を顰め、いやそうな顔をする。

 

「なんだよ、いい言葉だと思わないか?」

 

「あんまり立派な言葉は俺には似合わん」

 

 横島の言葉に悠人はおもわず吹き出しそうになった。

 

「そうだ、さっきの幻はどうやったんだ。マナも何も感じなかったぞ」

 

「ああ、あれは文珠っていう俺の霊能力だ。後で教えてやるから、今は城の訓練場に向かうぞ。予想外に時間を食っちまったからな」

 

 そう言って、城に向かおうとした横島だったが、その時、『天秤』が話しかけてきた。

 

『あまりあのユートという男を信頼せぬ方が良いと思うぞ」

 

(……いきなり何を言いやがる『天秤』)

 

『あの男は隊長には向かん。先ほどの幻を見た際に取った行動も、上に立つ者の行為とは到底思えん。自分を犠牲にして二人を助ける……自己犠牲などリーダーには不要なものだ』

 

 自分の命を顧みず二人を救おうとした悠人にあんまりな言葉をかける『天秤』に、横島がいきり立つ。

 

(言いすぎだ。そりゃ自己犠牲なんて馬鹿馬鹿しい事だし、悠人の決断は最後は……)

 

 横島は悠人の弁護をしようとしたが、その語気は弱まっていく。

 

『そうだ、最終的にはあの決断は三人が死ぬことになる。あの状況であの者が死ねば結局は残った二人も死ぬことになるのだからな』

 

 二人は助かる筈の状況で三人とも死ぬ。それが悠人の下した決断の行く末だった。

 悠人は、自分の思いを優先して、先をまったく見ていなかったのだ。

 

(だけど、あいつの心意気は……)

 

『想いだけではどうしようもないことがあるというのは主が一番よく知っているだろうが。それに、あの者が本当に約束を守るという保障があると思っているのか』

 

(……黙れ、『天秤』。これ以上あいつのことを言うな)

 

『ちっ……警告はしたぞ。せいぜい気をつけることだな』

 

 『天秤』の言葉は横島に心にしこりを残すことになる。

 

 一方、悠人の方も『求め』から話しかけられていた。

 

「気を許すなって……どういうことだ」

 

『そのままの意味だ、契約者よ。あの者は代償なき奇跡が存在しないことをちゃんと理解している。多くを求めれば、より多くの代償が必要になることも知っている……にも関わらず、あの者は求めすぎている!』

 

『求め』の声が悠人の心に染み渡りさざ波を作るが、悠人はそれを強引に無視する。

 

「お前が何を言いたいのか……俺には解らん」

 

『解らない振りをしているだけではないか? ああいった者は一番性質が悪いということだ。……まあいい、忠告はしたぞ。自分が真に何を望んでいるのか……ゆめゆめ忘れぬことだ』

 

 そして『求め』の声がふっと消える。

 

 悠人は妙に心がざわめき、なんとなく横島の方を見てみる。すると横島のほうも悠人の方を見ており、二人の目が合った。

 

「なんだよ、横島」

 

「お前のほうこそなんだ、悠人」

 

 二人はそのまま見つめあい、どちらともなく目線を外す。

 

 共に大切な者を守りあうと約束した男たちは、微妙な距離を空けながら城へと歩いていった。

 

 横島たちは、町中を歩きながら城を目指していた

 街中を歩くと、浮かれた人々がよく目に付く。バーンライトとの戦争が始まり、ラキオスの町は活気に満ちていた。戦争が始まるという高揚感もあるし、バーンライトの領土を奪えばラキオスのマナ保有量が増える。そうなれば国は潤い、市民たちの生活はいっそう楽になるのだ。

 そこには、戦争が始まることへの悲壮感など存在しない。

 どうせ戦うのは奴隷戦闘種族『スピリット』なのだから。

 

「まったく、この世界の人間たちは……」

 

 悠人はまるで汚いものを見るかのような目で町とそこに住む人間達を見ていた。当然といえるが、悠人はこのファンタズマゴリアの世界を嫌っている。スピリットという種族が人間に逆らえないから奴隷のように扱い、戦争の道具にする。

 日本で暮らしてきて、人並みに良識がある悠人には、その考えはたまらなく汚いものに見えた。

 

 町人達からの悠人達を見る目も居心地の悪いものだった。化け物を見るような、触れてはいけない物を見るような畏怖の視線。龍という圧倒的な存在を打ち倒したことによる恐怖の視線。

 あからさまな侮蔑の視線ではないにしろ、好意的とも感じられない視線に悠人はどうにも耐えられず、横島に話しかけて気を紛らわそうとするが……

 

「なあ横島、この世界の人間たちは……って、あれ?」

 

 気がつくと、つい先ほどまで自分の後ろを歩いていた横島の姿が無い。なにか嫌な予感が駆け巡る。横島を探し、辺りをキョロキョロ見渡すと……

 

「おじょーさん! 俺に味噌汁を作ってくれーーー!!!」

 

「きゃあーーー!!」

 

 横島がナンパしていた。

 ズルっとこけそうになるが、なんとか持ち直し、つかつかと歩いて近づき横島をぶん殴る。

 

「あふぃん!」

 

 気持ち悪い悲鳴で横島が倒れる。そのことに突っ込みたい衝動に駆られるが、突っ込むべきことは他にもあった。

 

「横島、さっきのシリアスはどこに行った! 異世界に味噌汁があるわけないだろ! なんで折れたはずの歯が生えているんだ!!」

 

 突っ込みたいことは他にもいくつかあるが、最重要な部分だけ抜き出して突っ込む。

 突っ込みを受けた横島は妙にニヒルな笑みを浮かべる。

 

「愚かなり高嶺悠人! この横島忠夫、シリアスは三分が限界。味噌汁を作ってくれというのはプロポーズの言葉であり、実際に食べたいわけではない。そして、抜けた歯が生えてきたのは、抜けたのが乳歯だったからだ!」

 

 この馬鹿弟子がーー!!とでも言ってくるのではないかと思うほどのノリであった。

 

(よし、一発殴ろう)

 

 あまりにも突っ込みどころ満載の横島に、悠人は突っ込みを諦めて力に頼ることを決める。一つ突っ込めば三つぼける横島に突っ込みは無意味と判断したようだ。

 そして、その決断は正解である。

 

 手を振り上げ、究極のパンチを放とうと構えるが、背中を誰かに引っ張られる。振り返ると、先ほど横島がナンパしていた女の子が顔を赤くして悠人の服を掴んでいた。

 

「あ、ありがとうございます、勇者様!」

 

 女の子を悠人にお礼を言うと小走りに走って去っていった。

 突然、礼など言われて面食らう悠人だったが、すぐ側で凄まじい殺気が膨れ上がる。言うまでもなく、横島だった。

 

「悠人、まさか俺を出しにして女の子をナンパするとは……この腐れ外道が!!」

 

「お前が勝手に出しになってるだけだろうが!」

 

「だまれ!! そして聞け!! 我は横島忠夫、モテル男を切り裂く剣なり!!!」

 

「逆切れするんじゃねえ! この煩悩魔人!!」

 

「ふっ、そう褒めるなよ」

 

「褒めてねえ!!」

 

 永久に終わりそうにない無限のボケに悠人の理性は崩壊寸前だ。

 だが、悠人はいつのまにか自分達の周りの様子が変わったことに気づく。

 畏怖と恐怖が交じり合っていた視線が和らいでいた。話しかけようかと考えている人もいる。

 

(これは……まさか横島のやつはこれを狙って……)

 

 漫才のようなやり取りをすることによって周りの雰囲気を柔らかくなっていた。

 悠人はこのために馬鹿な真似をしていたのかと横島に聞こうとしたが、いつのまにか横島の姿がなくなっていた。

 周りを見渡すと遥かかなたにまめつぶのような横島が少しだけ見える。

 

「悠人、お前は先に城の訓練場に行っててくれ。俺はまだ見ぬお姉ちゃんを探しに旅たつ!」

 

「はあ!? おい、横島! お前どこまでが本気なんだーー!!」

 

 横島は「あ~ばよ~とっつあん~」と街中に消えていった。

 

『それで主よ、何をするつもりだ。まさか本当にナンパをするわけではないだろう?』

 

 『天秤』の言葉に横島はにやりと笑う。そう横島はナンパの為に町に繰り出したわけではない。これから一つの策を実行するのだ。

 

「なあに、今後の為に少し種を蒔こうと思ってな」

 

 どこか得意げな横島の顔を見て、『天秤』は呆れた声を出す。

 

『やれやれ、欲求不満ならばスピリットを使えばいいものを……』

 

「は? 何を言ってやがる、『天秤』」

 

『だから、子種をばら撒きにいくのだろう。まったく『ラキオスの種馬』の名を冠するのも時間の問題だ「誰が子種をばら撒きに行くといったぁぁぁーーーー!!!」

 

 まるでラキオスの町全てに響き渡るぐらいの大声を上げる横島。はっとなり口を押さえるが、時既に遅し。周りにいる町人達は横島の方を見てひそひそと話をしていた……何を話しているのかは想像に難くない。

 

「お、俺のイメージが……『天秤』! よくも俺のイメージを!!」

 

 怒りのあまり肩を震わせる横島だが、『天秤』はそんなことはまったく気にせず、横島に話しかける。

 

『それで、子種でないなら一体何を蒔きに行こうというのだ』

 

 悪びれることもなく言う『天秤』に殺意が湧きかけるが、いまさら何を言ったところで意味がない。なにより下手に『天秤』と話したところで、より深みに嵌っていくのが目に見えるようだった。

 

(……俺が蒔こうとしているは、スピリットと俺の為に必要なものだ)

 

 横島の言葉に『天秤』は首などないのに首をかしげる。

 

『だから、何を蒔くのだと聞いているのだ』

 

『天秤』の質問に横島は答えない。

 

(そう焦るなよ。きっと一ヶ月以内に分かるようになるさ)

 

 そう心の中で『天秤』言うと、横島は街中に消えていった。

 

 ―訓練場―

 

 城の中にある訓練場では、いくつもの剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。

 

「はあっ!」

 

「……ん!」

 

 二人の女性が光の翼をはためかせ、空中で激しく切りあっている。一方は紫の長いストレートのスピリット。もう一人は青い髪を一つに纏め、ポニーテイルのスピリット。

アセリアとセリアだった。

 

 戦いは終始アセリアの優勢でセリアが必死に食らいついている感じだった。

そして、戦いは結局、アセリアの永遠神剣『存在』がセリアの永遠神剣『熱病』を弾き飛ばすことで決着が付く。

 

「ふう……やっぱりアセリアには敵わないわね……」

 

 セリアは特に何でもないと言った口調だったが、どこか悔しさが入り混じった声だった。セリアは吹き飛ばされた『熱病』を拾うと、アセリアに一礼し、その場から去ろうとするが、アセリアは去ろうとするセリアの肩を叩く。

 

「……ん……セリアも強かった」

 

「アセリア……?」

 

 セリアは目を見開いてアセリアを凝視した。

 彼女達は幼少期を一緒に過ごし、親しいと言ってよい。

 だが、アセリアは口数が少ないというか、冷静というか、むしろ何も考えてないんじゃないのかと思うほどのぼーっとした人物で、セリアはアセリアとコミュニケーションを取るのにとにかく苦労したのである。

 あのアセリアが自発的に話しかけてきた。

 その事実はセリアからすれば信じられないものであった。

 硬直したセリアにアセリアは何か言うわけではなく、その場から離れていった。

 

「怪我はありませんか、セリア」

 

 戦うときもメイド服のエスペリアがタオルを持って、近づいてきた。神剣を使っての訓練は血を見ることも少なくないので、常にグリーンスピリットが待機している状態で行われる。

 

「エスペリア……アセリアが少し変わったと思わない?」

 

「そうですね、ユート様が来てから少し表情が豊かになったような気がします」

 

「そう……」

 

 セリアの顔が少しだけ歪む。悠人が来てまだ一ヶ月。それだけの時間でアセリアが少しずつ心を開いてきているというのが、セリアは妙に悔しかった。

 

「でも貴女達だって、ヨコシマ様が来てから少し変わったように感じますよ」

 

「……他の子達はともかく私は変わってないわ! あんな男なんて!!」

 

 セリアは声を荒げ、一瞬エスペリアを睨み、すたすたと歩いていった。

 

「そんなに険悪を表したところを、初めて見ましたよ、セリア」

 

 嬉しさと悲しさが同居した声で、エスペリアは悲しそうに笑う。

 少しずつ何かが変わってきている。だが汚れた自分が変わることはないだろう。

 

 エスペリアは悲しく笑っていた。

 

 訓練場の別な場所では、赤い髪のショートカットの胸の小さい女性と、同じく赤い髪のロングヘアーの胸の大きい女性が話し合っていた。ヒミカとナナルゥである。

 横島とナナルゥを二人きりで会わせた張本人であるヒミカは、ナナルゥが横島とどういった話をしたのか、何か横島に感じるものがなかったか、なにより怪しい事をされなかったか、気になったのだ。

 

「えーと、その……ナナルゥ、ヨコシマ様と会ってなにか感じなかった? というよりもなにもされなかったわよね?」

 

「いえ、裸で押し倒されました」

 

 いきなりの爆弾発言にヒミカ達の顔が硬直する。

 そして押し寄せてきたのは後悔と失望。

 

 やはり人間を信じるべきではなかった。

 信じた自分が馬鹿だった。

 頭の中で自分と横島を呪う怨嗟の声を叫び続ける。

 

「ただ、押し倒されましたが犯されてはいません。私を押し倒した後、自分の性器を突然叩いて気絶されましたから」

 

「……はい?」

 

 ナナルゥの言葉にヒミカが呆けた声を出す。

 女性を押し倒しておいて、抱かずに自分の性器を殴りつけて気絶。

 

 意味不明。

 理解不能。

 

 ヒミカは考えるのをやめた。

 しょせん人の心を完全に理解することなどできない。もし、人の心を完全に理解したという人物がいたら、それは高慢というものだろう。

 今はナナルゥが無事だったことを素直に喜ぼう。

 ヒミカが勝手に自己完結しているとナナルゥが声をかけてきた。

 

「ヒミカに聞きたいことがあります。愛とはなんですか? そしてどこにあるものでしょうか?」

 

「はい?」

 

 本日二度目のヒミカの呆けた声。

 

「ヨコシマ様から愛を探すようにとの任務を受け賜りました。しかし、私は愛とはどういった形状をしているのかすら分かりません。ヒミカが愛を知っているのなら教えてほしいのですが……」

 

(あの人はナナルゥのことをちゃんと考えて……)

 

 横島がナナルゥの感情の不足を知り、なんとかするために愛を探せなどという任務を出したのだろうかとヒミカは考え、横島に深く感謝した。

 自分が二人きりでナナルゥと会わせた意味を理解してくれたのだと。

 実際はナナルゥが勝手に勘違いしたのだが、ヒミカがそれを知る由はなく、横島に対する好感度はかなり上昇することになった。

 

「ヒミカは愛というものがなんなのか知りませんか?」

 

「そうね……確か詰め所の本棚に愛に関する書物があったような……」

 

「書物には先人の知恵が納められているでしょう。……ヒミカ、協力に感謝します」

 

 ナナルゥはそう言うと、少し離れ、座禅を組み精神を集中させる訓練に入り始めた。

 ヒミカはそんなナナルゥを見ながら思った。

 ヨコシマ様に任せればきっとうまくいくと。

 

「う~ん、うまくいかない~」

 

 自信なさげな声は訓練場に響く。

 ツインテールをぴょこぴょこ動かし、刀を振る小柄な人物、ヘリオンである。

 

「どうしたらファーレーンさんみたいになれるのかなー」

 

 そう言ってしゅんと肩を落とす。心なしかツインテールも下がっているようだ。

 人一倍努力家で妄想癖の激しいヘリオンは第二詰め所内でもっとも弱い。だからこそ彼女は努力する。そして得意の独り言を炸裂させているのだ。

 そんなヘリオンになに者かの影が近づく。

 

「おっ、ヘリオンか、どうした元気なさそうだけど」

 

「はえ!? ユート様! どうしてここに!?」

 

「いや……訓練しに来たんだけど……邪魔だったか?」

 

「お邪魔なんてとんでもないです! お茶も出さないですいません!」

 

「別にお茶を飲みに来たわけじゃないから」

 

 どこかずれた二人のやり取り。ずれているのはヘリオンだが悠人も律儀に相手をするので、会話がなかなか進まない。

 

「でもどうしたんだ、何か悩んでいたみたいだけど」

 

「私はとっても弱くって、ヨコシマ様やユート様の役に立てるよう努力してるんですけど……私なんかが努力してもだめですよね……」

 

 ヘリオンのツインテールがペタンと垂れ下がり、顔はしょんぼりとなる。

 まるで小動物のようなヘリオンに悠人の保護欲がむくむくと大きくなって弾けた。

 

「大丈夫だ、仲間の為に剣を振るってるやつが強くならないはずがない!」

 

「ユート様……でも」

 

「大丈夫だ、俺を信じろ!!」

 

 何の根拠もない悠人の言葉だったが、ヘリオンはその言葉に活力を取り戻し、ツインテールが上昇していく。顔も真っ赤になった。

 

「……ヘリオン、顔が真っ赤だぞ。風邪でもあるんじゃないか?」

 

 悠人はヘリオンの額に手を当てる。

 

「はう! だめですユート様!! 私にはヨコシマ様が……」

 

「俺がどうかしたのか」

 

 いつのまにやって来たのか、横島が悠人達に顔を出す。

 ヘリオンは飛び上がって驚いた。

 

「ヨコシマ様!! あの、えーと、違うんです! これは浮気とかじゃなくて……ひ~ん!」

 

 ヘリオンは顔を赤くさせたり青くさせたりとさながら百面相のように表情をコロコロ変えると、「ちがうんです~!」と言いながら吹っ飛んでいった。

 その様子を二人の男は頭を捻りながら見送る。

 

「なあ悠人、ヘリオンはどうしたんだ?」

 

「さあ、結構変わり者みたいだからな、ヘリオンって」

 

 ヘリオン……哀れ。

 

「そうだ、おい横島さっそく戦うぞ!」

 

「悠人……お前まさかバトルジャンキーじゃないだろうな」

 

「そうじゃないって。俺は早く強くならなくちゃいけないし、それにやっぱ女の子と戦うよりは……な」

 

「確かにな、可愛い女の子よりはむっさい男のほうが切りやすいしな」

 

「そういうことだ。変態なら切り捨てたほうが世界にも良いからな」

 

 二人は互いに挑発しながら、戦意を高めていく。

 悠人は『求め』を両手で握り、中段に構える。

 横島は『天秤』を右手に持ち、左手には何も持っていないが、状況にあわせてサイキックソーサーか栄光の手を使う用意をしておく。

 

 二人が対峙すると周りにいたスピリットは訓練をやめ、見物に集まってきた。

 

「う~ん、どっちが強いんでしょうかね~」

 

 のんびりとしたハリオンの声を皮切りに、スピリット達が意見をぶつけ始める。

 

「やっぱりヨコシマ様だよ! バーンライトのスピリットを殺したとき、ものすごく強かったんだから」

 

「だから~」

 

 まずネリーとシアーが横島を推す。もっとも、横島と悠人の戦力を考えたわけではなく、ただ横島のほうが好きだからだろう。

 

「なに言ってるのネリー。強いのはパパだよ! 龍さんだって殺してるんだもん」

 

 反論したのはオルファだった。これもネリー達と同様にただ悠人のほうが好きだからであろう。

 

「う~ん、私はヨコシマお兄ちゃんだと思うよ。テンくんもいるし」

 

 こちらはエニ。エニの場合は『天秤』の存在も大きいようだ。

 

「私は……どっちも強いと思います!」

 

 これはヘリオン。どちらが強いのかを話し合っているのに、まったく答えになっていない。

 子供達がぎゃあぎゃあと叫ぶ中、大人たちは冷静に二人の力を分析していた。

 

「セリア、どちらが勝つと思う?」

 

 ヒミカがセリアに尋ねる。セリアはじっと二人を見ていたが、馬鹿らしいとでも言いたげな顔で答えた。

 

「ヨコシマ様の勝ちよ。どう見てもユート様は戦闘の素人だもの」

 

「そうね」

 

「やっぱり~そうでしょうかね~」

 

「妥当な判断だと思います」

 

 セリアの言葉にヒミカたちが賛成する。彼女達も一流の戦士なのだ。大体の強さを把握することぐらいできる。

 横島と悠人の様子は対照的だった。

 

 横島はしまりのない顔をしていて、傍目には弱そうに見えるが、不思議と隙が無かった。

 対する悠人は気合が乗っていて、堂々した感じがするが、入れ込みすぎといったほうがよさそうだ。

 これは単純に実戦経験の差が現れているのだ。

 横島は今までいくつもの戦場を乗り越えてきた。生きるか死ぬかの戦いなど呆れるほど経験してきたし、自分より格上の相手とも何度も戦ってきた。

 対する悠人は平和な日本で暮らしてきて、戦いの経験などまったく無い。剣を握ったのはこの世界に来てからであり、戦いに関しては素人同然だった。

 戦士としての格は明らかに横島の方が上。ちょっとした動きの端々にも横島と悠人の差は見え隠れしている。

 

「……一撃さえ当てられれば、ユート様にも勝ち目は……」

 

 そうポツリと呟いたのはエスペリアだった。

 頭の中では悠人がどうやったら横島を倒すことができるのかシミュレートしているようだ。

エスペリア自身は気づいてないようだが、悠人がどうやったら勝てるのかを考えているという事は、悠人を応援している事に他ならない。

 

「………………」

 

 アセリアは何も言わない。ただじっと二人の様子を眺めてた。

 スピリットたちが注目する中、二人のエトランジェの戦いが始まる。

 最初に動いたのは悠人だった。

 

「それじゃあ行くぞ、横島!」

 

 大型の西洋剣の形をした『求め』を持ち、一直線に横島に向かっていく。そのスピードは軽く百キロは出ているだろう。

 横島は一瞬そのスピードに驚くが、すぐに表情を戻す。悠人はそのままフェイントも何も使わず、横島の前に来ると『求め』を振り上げ、そして振り下ろした。

 

 聞こえてきたのは『求め』が空気を切り裂く重低音だけ。横島は振り下ろした一撃をサイドステップでなんなく避ける。

 

 悠人は渾身の一撃をかわされ、体制がぐらつくが直ぐに立て直し、『求め』を横なぎに払う。横島はそれをしゃがむ事であっさりと回避した。

 

「っ! この!!」

 

 その後も悠人はぶんぶんと『求め』を振り回すが、横島には掠りもせず空しく空中を無様に切りつける。

 

(本当に素人だな)

 

 横島はそう断を下す。

 剣術のけの字も知らない悠人の剣。小竜姫やシロとは比べ物にならない、剣技とすらいえないお粗末な剣技。だが、それは当然のこと。悠人は剣を持ったのはほんの二週間程度前のことだ。人外レベルの反射神経を持ち、幾戦の戦いをしてきた横島に剣を当てるのは難しいだろう。

 

「どうした、避けてばかりだな。掛かってこないのか!」

 

 剣が当たらず、ただ避けているだけの横島に悠人が苛立った声を出す。

 

「そんじゃ……サイキックソーサー!」

 

 左手にサイキックソーサーを作り出しぶん投げる。サイキックソーサーは勢い良く空中を飛び、悠人に迫る。

 

 そして……

 

「はあ!!」

 

 悠人の気合の声と共にサイキックソーサーが消し飛んだ。

 その事実に言葉を失う横島。防がれる事とは思っていた。悠人の持つ力は単純に考えれば誰よりも大きい。ラキオスで……いや、この世界でもっとも位が高い高位神剣である『求め』の主なのだから。

 だが、それにしても……

 

(オーラのコントロールもせずに、気合一つでぶっ飛ばすなよ……まったく!)

 

 この世界に来て霊力のパワー不足が深刻になってきたようだ。相手が相手というのもあるが、それを差し引いても厳しいものがある。

 文珠でも防御されたら効果はないだろう。

 

 霊力を使わなくても『天秤』という神剣を得て、強力な力を使えるようになっているのだから、問題ないような気もするのだが、やはり霊力のほうが使いやすいし、なにより横島はまだ 『天秤』のことを信用していないのだ。

 使いすぎれば、信用すれば、いつか痛いしっぺ返しを受ける。その予感があった、

 

「今度はこっちから行くぞ!」

 

 横島の攻撃が終わり、今度はこっちの番だと悠人は神剣魔法の詠唱を開始する。

 

「マナよ、我が求めに応じよ。オーラとなりて、刃の力となれ! インスパイアッ!!」

 

 悠人の足元に魔方陣が出現し、鼓舞の名を持つオーラが悠人に流れ込んでいく。オーラが悠人に流れ込み終わると、『求め』からさらに強大な力の波動があふれ出す。

 

「うわっ……」

 

『さすがは第四位の神剣といったところか……』

 

 溢れ出すオーラの波動に横島と『天秤』が感嘆の声を上げる。その力は横島の世界で言えば上級神魔……ルシオラクラスにもダメージを与えられるほどだった。

 

(これで剣術を身につけたら凄い事になるな)

 

 今はまだ力が大きいだけの素人にすぎない。だが、訓練を積めばたとえ才能がなくてもある程度のレベルには到達できる。いずれは相当な戦士になるのは間違いないだろう。

 だが、今はまだ力が大きいだけ。

 横島は大して焦りはしなかった。

 

「凄い力ってのは分かったけど、俺に当てられなきゃ意味ないぞ」

 

 そのことは悠人にも分かっていた。どれだけパワーがあっても当てられなければ意味がないのだ。どうやって攻撃を当てるかが問題になってくる。

 攻撃を当てるのに必要なのは剣術や先読みといった技術、そして戦闘経験。

 だが悠人にはそれがない。ならば方法は一つ。

 

(技術も経験もほとんど意味を成さないぐらいのスピードで攻撃する!!)

 

 そう決めた悠人は周りをきょろきょろと見渡す。そして天井に目を留めるとにやりと笑った。少し助走を付けて、天井に向かって十メートルほどジャンプする。そして体をくるっと反転させ、天井に足をつけて、横島のほうに体制の向きを変えた。

 

(若島津君の三角飛びか!!)

 

 とあるサッカー漫画のキーパーの必殺技。

 簡単に言えば壁を蹴って突進力を上げるのである。

 

「うおおおお!!!」

 

 獣のような雄たけびと共に天井を蹴り、さながら隕石のように横島に降って来た。

 確かにスピードは凄いが、しかし目線で動きがバレバレで、横島はひょいと避ける。

 轟音がラキオス城の訓練場で響きわたり、粉塵が舞う。鉄の床が落下してきた悠人を中心に窪地のようになっていた。本当に隕石が落下してきたといっても疑う者はいないだろう。

 横島の足がぐらぐらと揺れる。いや、横島の足が揺れているのではなく、地面そのものが揺れているのだ。ラキオス城そのものが冗談抜きで傾いたのかもしれない。

 

「くそ! 外したか」

 

 悔しそうな悠人の声が呆然としているスピリットと横島に聞こえてくる。

 横島は顔を真っ青にして震え上がった。

 

(じょ、冗談じゃねえ!!)

 

 万が一、まともに一撃を貰ったら終わり。防御してもやられるかもしれない。

 横島はさっさとこの戦いに決着を付けることを決めた。

 

「おい悠人、この戦いは次の一撃で終わらせるからな」

 

 横島から飛び出す勝利宣言。悠人はどういった攻撃が来るのかと、防御の体制を取って攻撃に身構える。

 

『主よ、一撃であの者の守りを打ち破るのは並大抵ことではないぞ。一体どうするつもりだ?』

 

『天秤』の疑問の声に横島は得意げな顔をする。

 

(まあ見てろ。だてに美神さんに師事していたわけじゃないんだぜ)

 

 そう言うと、横島は悠人に向かって走り出す。

 特に早いわけではない。さしたる力も感じない。それなのに、横島は自信満々な顔で悠人の元へ走っていく。

 その様子に悠人は緊張した顔で、とにかく守りを固める。

 横島は勝ちを確信した。勝負を決する魔法の一言を言い放つ。

 

「あっ! 佳織ちゃん!!」

 

「えっ!?」

 

 悠人はなんでこんなところに佳織がいるのだろうと横島が見た方向に首を動かす。

 だが、そこには佳織などいなかった。

 横島の意図に気づいた悠人だったが、時既に遅し。

 

「があ!!」

 

 次の瞬間、悠人は顎に何かがぶつかったかと感じると、空中に飛ばされていた。

 横島は悠人が横を向いた瞬間、すばやく懐に潜り込み、顎に全力でアッパーを打ったのだ。

空中に浮くほどの脳を縦に揺らされ、地面に倒れこんだときには、足がいうことをまったく利かなかった。動けない悠人に横島が『天秤』を突きつける。

 

「俺の勝ちだな」

 

「……くっ」

 

 そして横島はニヒルな笑いを浮かべスピリット達の方へ向き直る。

 横島の脳内では「きゃあーー素敵ーーもうむちゃくちゃにしてーー!!」と駆け寄ってくるセリアたちが映し出されていた。

 

 さあ、カモン! 子猫ちゃん達!! 

 

 横島は手を広げ、子猫ちゃんを受け止めようとするが、やってきたのは冷たい視線だった。

 

「ヨコシマ様ーかっこわるいー」

「わるーい」

 

 ネリーとシアーが不満そうな声を上げる。他のスピリットもいい顔をしていなかった。

 脳内の展開とは違う展開に横島が焦る。

 

「真剣勝負の最中によそ見をするほうが悪いだろうがー!!」

 

 横島の言葉にスピリット達は複雑そうにする。確かにその通りなのだが、どうにも納得しづらいものがあった。

 だが、意外なところから横島を擁護する声が上がる。

 

「いや、横島の言うとおりだ。真剣勝負の最中によそ見をした俺のほうが悪い」

 

「ユート様……」

 

 本来なら悠人がもっとも納得いかずに怒るところだが、悠人は今の戦いの結果を真摯に受け止める。

 その様子にスピリット達の好意的な視線が悠人に集中していく。

 

「なんでじゃあー! 勝ったのは俺なのにーー!! 褒めてくれたっていいだろーー!?」

 

 血の涙を流して慟哭する横島にヒミカ達の顔が緩む。自分たちの行動一つ一つに一喜一憂する横島が面白いのだ。自分たちのことを意識し、気にかけてくれるのは嬉しいものである。

「まったく何をやっているの」と呆れ顔のセリアでさえ、口元には微かに笑っていた。

 

 横島本人が気づかぬまま、辺りには不思議と穏やかな空気が流れていた。

 そんな中、アセリアが倒れている悠人に近づき、頭をぽんぽんと叩く。

 

「アセリア?」

 

「……ん、ユート、がんばった」

 

 アセリアは悠人の健闘を褒めると、横島に近づき神剣を構え、静かな闘志を横島に向ける。

 

「まさか俺と戦いたいのか?」

 

「……ん」

 

 こくんと頷くアセリアに、横島はどうしたものかと頭を抱える。

 正直戦いたくない。戦いや争いごとはできるだけ避けて通りたい道であった。なにより、アセリアはかなりの美少女。中学三年か高校一年ぐらいの外見で剣を向けるのは正直いって抵抗があった。

 しかし……

 

(今更かな)

 

 周りにはエスペリアやハリオンがいる。もし剣を突き立ててしまっても死ぬことはないだろう。訓練で刃を振れずして、実践で振れるわけが無い。なにより、いまさらだった。

 

「よっしゃ! ドンと来い!!」

 

「……ん、ドンと行く」

 

 二人は神剣を構え、対峙した。

 

「う~ん……今度はどっちが勝つでしょうかね~」

 

 ハリオンの言葉に全員が難しい顔をする。

 

 『ラキオスの蒼い牙』

 

 アセリアに付けられた二つ名である。

 その実力はラキオスのスピリットの中でも最強であり、この世界でも五指に入る実力者だ。

悠人もアセリアと訓練したことがあるが、手も足も出ずに負けてしまった事がある。

 単純なマナ総量なら、神剣の位が高い悠人や横島のほうが高いだろう。だが、剣技やマナの扱いはアセリアの方に分があるのだ。

 

「こんどこそ、ヨコシマ様の力が見れそうね」

 

 ヒミカの言葉に第二詰め所のメンバーが頷く。

 一度、横島の力は見ているが、火事場の馬鹿力ということもありえる。

 先ほどの戦いは回避能力とギャグだけだった。今度こそ自分たちの隊長の力を見ておきたかった。

 

 第二詰め所のメンバーの視線が横島に集中する中、横島はアセリアと対峙して驚愕の事実に気づいてしまった。

 

(この子は……ズボンもスカートも履いてない!!)

 

 そう、アセリアの上はラキオスの戦闘服。下はパンツだけのとんでもファッションだったのである。上に着ている戦闘服の丈が長いためとりあえずは隠れているが、少し動けば間違いなく丸見えだ。

 

(なんでこんなデンジャラスな格好を……まさか! 悠人が隊長特権で!! ……いや、それはないな。あいつにそんな度胸があるように見えん……ヘタレ臭が漂ってるし)

 

 そんな事を考えているうちに、アセリアがウィングハイロゥを背中に出現させ、空中から襲い掛かってきた。

 

(くっ! かなり早いな……つか見えちゃってるよ! 完全に!!)

 

 空中から勢いをつけて永遠神剣『存在』を振るってくるアセリア。その剣は速く、重い。予備動作を可能な限り削り、空中という制空権を維持しながら自重を乗せた剣を振るってくる。その動きは悠人とは比べ物にならない。

 さらに、いやおうなく見えてしまう下着に横島の動きがどうしても鈍ってしまう。

 

(くっ、気にするな。俺はロリコンじゃない! パンツが見えたからなんだって言うんだ)

 

 心の中で自分を激励して、横島は『天秤』を振り上げてアセリアに抵抗する。

 戦いはアセリアが優勢だった。素の身体能力は横島の方が高く、神剣によるパワーアップも横島の方が上なのだが、それでも横島の劣勢であった。

 右手に『天秤』を持ち、左手にサイキックソーサーを展開させて戦っているのだが、その動きはちぐはぐとしか言いようがない。

『 天秤』でアセリアと打ち合っても剣術の差で勝てない。

 サイキックソーサーで攻撃を受け止めたり逸らすことができるのはせいぜい二撃程度ですぐに破壊される。ハンズオブグローリーでは打ち合えそうにない。

 障壁を展開させてもアセリアは巧みに動き回り、障壁が展開しきれてない弱い部分を狙っていく。

 なにより、横島の動きにはキレがなかった。

 理由は簡単。『天秤』の所為である。

 

 横島は戦士であっても、剣士ではない。

 剣を持てば、いやおうなく剣士としての動きが必要になり、それが横島の天衣無縫な戦闘方法を邪魔しているのだ。

 だからといって、『天秤』を捨てることはできない。

 『天秤』を握っていなければ、神剣による力の供給はなくなってしまう。

 そうなれば、アセリアと横島の身体能力の差は大人と子供以上に開いてしまう。どれほど、邪魔であっても『天秤』を握らないわけにはいかない。

 

(おい、『天秤』! あの時の力が全然出せないぞ。どうなってる!)

 

『バーンライトのスピリットを殺った時は、私と主の同調率が高かったからあれだけの力が引き出せたのだ。今の主と私の同調率は正直高くない為、力を引き出すのは無理だ』

 

(シンクロ率が低いってことか)

 

『……そんなところだ』

 

 戦いは続く。

 アセリアの嵐のような剣舞に、横島の体には浅い傷がいくつも刻まれていた。致命傷はないものの、避けるので精一杯で反撃どころではない。

 一発ギャグでも放って流れを引き寄せたいところだが、横島のお笑い本能がアセリアにはギャグが効かないと警告を発していた。

 横島の劣勢は明らかだった。

 

「う~ん、アセリアお姉ちゃんの勝ちかなー」

 

 ネリーが残念そうな声を上げる。

 シアーやヘリオンも横島の勝ちはないと思っているようだ。

 

「……まだ分からないわ」

 

 セリアが厳しい顔で戦闘を眺めながら呟く。

 

 セリアの言うとおり、戦いは変わり始めていた。

 少しずつであるが、横島がアセリアの剣を回避し始めた。

 そう、回避。障壁を張らず、サイキックソーサーで受け止めるわけではなく、『天秤』で切りあうわけではない。ただ避ける。

 

 横島は全神経の九割を回避することにのみ集中させていた。下手に神剣を使ったり、障壁を展開させても、それは経験の差でアセリアには敵わない。

 ならば自分のもっとも得意とする回避に力を入れたのである。

 

 だが、全ての力を回避に入れているわけではない。

 

「突き、突きーー!!」

 

「!! ……ん!」

 

 隙を見て、ハンズオブグローリーを曲げたり、伸ばしたりして攻撃する。

 『天秤』はうまく使えないので出番なし。

 

「本当になんて回避能力……剣も障壁も使わずにアセリアの剣を全て避けるなんて……それに、アセリアの攻撃の間を縫って攻撃してる」

 

 他のスピリット達も戦いの変化に気づき、驚いている。

 戦況は互角になっていた。

 

(よし、勝ってもいないけど負けてもいない。パンツにも慣れたしこれで……っ!)

 

 横島は気づいてしまった、アセリアが仕掛けてきた最大の攻撃に。

 

(な、なんてこった……)

 

 それは歴戦の戦士である横島すら戦慄する攻撃だった。

 

(透けて……透けてきている!!)

 

 衣服は水分を吸収するとすけるのだ。

 戦い続けたことにより、汗が出てくるのは必然。

 そう、アセリアの服は汗を吸い、透け始めたのだ。特に白いパンツは危険なのである。

 見えてはいけない筋が見えそうだ。

 

(ぐうっ……俺はロリコンじゃない!! 見なければいいんだ。見なければ!)

 

 必死に目を下腹部から逸らし、なんとか見ないように心がける横島だったが、アセリアはそんな横島の行動をあざ笑うかの行動に出る。

 空中に飛んで切りかかって来たのだ。

 

「あ、足を上げるな! 飛ぶなぁぁ! 透けるなあぁぁぁーーー!!!」

 

 一体何が透けてきているのか分かったスピリット大人組みは横島に白い目を向ける。まあ大人組みと言っても、ハリオンは「男の子ですぅ~」とにこにこ笑い、ナナルゥは「女性の股間部がヨコシマ様の弱点ですか」と妙な観察をしているのだが。

 互角になっていた戦局は一変した。

 アセリアを極力視界に入れないようにした横島が押され始めたのだ。

 

「くそー! これがセリアやヒミカなら思う存分見られるのにーー!!」

 

 横島はぎりぎり子供に認定されているアセリアのほにゃらら部分を見ても、ロリコンじゃないから煩悩などでないと思っているが、もしもアセリアのほにゃらら部分を見て、煩悩が湧き上がりでもしたら、何かが終わってしまう。

 そう、横島忠夫としての、決して譲れぬ一線が。

 その恐怖のせいで、横島はアセリアを見ることができない。

 ちなみに横島の発言のせいで、セリアとヒミカは鳥肌との戦いに集中する羽目になっていた。

 

 そして戦いはフィナーレを迎える。

 動きが鈍った横島にアセリアがマナを集中させた『存在』で切りつける。

 アセリアをあまり見ることができなかった横島は反応が遅れた。咄嗟にマナの障壁を張ったが強度が足りず、『存在』が横島の腹に食い込んだ。

 

「今度からはスカートを……」

 

 それが横島の最後の言葉だった。

 

「まったく! 本当になんて人なの!!」

 

 モクモクと湯煙が湧くなか、一糸纏わぬセリアが顔を真っ赤にして怒っている。

 

「でも最後までヨコシマ様はアセリアの……その……下着を見ようとはしなかったわ。ひょっとしたらヨコシマ様は紳士なの…かも……」

 

 いつものように横島に文句を言うセリアに、ヒミカが横島の弁護をする。もっともヒミカの弁護の声は弱弱しいものであったが。

 なお、ヒミカも裸である。

 

「ヨコシマ様は~とってもエッチで純情なんですよ~」

 

 ハリオンは豊満な胸がぷかぷか浮かべている。浮かんでいる理由は浮力である。

 

「あれも『愛』の一種なのでしょうか」

 

 ナナルゥがどこかずれたことを言う。ナナルゥは手に本を持ち、興味深そうに本を読んでいた。題名は『色々な愛の形』

 

「ちょっとナナルゥ、こんなところで本を読まないで」

 

 セリアが文句を言う。

 だが、ナナルゥは眉ひとつ動かさない

 

「ラキオスの規定にはこの場所で本を読んではいけないとはありませんでした」

 

「一般常識だからです! それぐらい当然で……きゃあ!……一体なに!」

 

 セリアの頭に何かがぶつかり、ぶつかった物が湯船に沈んでいく。セリアはそれを拾い上げた。それは、T字型の木で出来たものだった。

 

「ああ~竹とんぼですね~ヨコシマ様がネリーたちに作ってあげたおもちゃです~」

 

「ネリー! シアー! ヘリオン! エニ! 風呂場におもちゃを持ち込まないで!!」

 

「はあーい」

 

「あーい」

 

「ふえーん、私は遊んでたわけじゃないのにー」

 

「テンくんなにしているかなぁ」

 

 そう、ここは第二詰め所の風呂場。

 

 ラキオスのスピリットには訓練後に入浴が義務付けられているのだ。

 浴槽は広く、八人ぐらいでも特に狭くは感じない立派なものだった。スピリットは奴隷に扱われようだが所々に妙に良い扱いな部分もあるということだろう。

 

 そこはまさにスピリットの園といえる場所であった。

 だが、そこに大いなる悪しきものが迫っていた。

 

「ぬっふっふ、スピリット達は訓練後に風呂に入る……俺のリサーチ通りだ」

 

 頭にバンダナを付け、邪悪な笑いを浮かべる男。そう我らのヒーロー横島だ。

 彼がこんな素敵イベントを見逃すはずがないのである。

 

 スピリットには有事の際に素早く対応できるよう、神剣の携帯が義務付けられているが、さすがに風呂場まで神剣を持ってくるようなことはない。

 せいぜい脱衣所に神剣を立てかけているくらいだ。

 神剣さえなければ、横島の中にある『天秤』を察知されることもない。

 

 彼はさっそく風呂場の屋根に上り、そこにある天窓から覗き行為を開始する。

 まず最初に目に飛び込んできたのはロリ娘達だった。

 

(ふっ、五年早いわ! 二次成長が始まっているかいないかも分からぬ体で、俺を誘惑できるわけないだろうが!!)

 

 横島はロリっ子に勝利すると、すぐに視界を湯につかっているセリア達に切り替える。

 

(くっ! 湯船に入っているから肝心なところが見えんが……それもまた良し! 

 一体いつ立ち上がるか、このどきどき感が堪らない!!)

 

 横島のテンションがかつてないほど高まっていく。霊力もうなぎ上りだ。これこそ煩悩者、横島の本領発揮といったところだろう。

 

(まったく馬鹿らしい)

 

 そんな横島を『天秤』は一人、冷めた目で見ていた。後々痛い目に合うのは間違いないはずなのに一時の快楽に浸るなど愚かなことだと思っていた。

 

(まあ、私には関係ないか)

 

 横島が痛い目にあっても『天秤』には関係ない。 たとえ覗きがばれても殺されるような折檻はないはずだ。『天秤』は外部の情報を見ないようにして、一時的に睡眠を取ろうとしたが、

 

 ――――『天秤』……何をやっているのですか?

 

 突如、『天秤』に何者かが語りかけてきた。その声に『天秤』は身を固くする。その声は自分が絶対の忠誠を誓った相手だった。

 

(『法皇』様……何故……)

 

 ――――少し貴方の手助けをしようと思いまして。

 

(手助けですか? 一体なんの手助けを……)

 

 ――――彼とエニの仲を進展させるための手助けですわ。

 

 『天秤』はその申し出に歓喜した。正直、どうすれば横島とエニの仲を進めればいいのか手詰まりになっていたのだ。

 

(して、どういう方法を……)

 

 ――――知っての通り、彼はスケベです。彼がまず、相手に好意を抱くのはその肉体から。つまり、彼とエニの仲を進めたいならば……

 

(主がエニの肉体に興味を持つようにすれば良い……ということですか)

 

 ――――その通りですわ。

 

 なるほどと『天秤』は感嘆した。主の特性を生かした良き策であると。

 

 ――――それでは私はこれで、期待していますわよ『天秤』

 

 そう言って声は聞こえなくなった。

 『天秤』はさっそく行動を開始する。

 

『主よ、セリア達の方ばかり見ていないで、エニ達を覗こうとはしないのか』

 

(馬鹿言うな『天秤』。誰がガキの裸なんてみたいものか)

 

 にべもなく『天秤』の意見を却下する横島。だが『天秤』はそう簡単には諦めない。

 植え付けられた知識から何とか横島が興味を引きそうな言葉を引き出す。

 

『大きいよりも小さいほうが萌えるとは思わんのか』

 

(俺が萌えるのはナイスボディなお姉さんだけだ。くびれもないガキに興味はないぞ)

 

 やはり、横島の心は動かせない。『天秤』は負けじと言葉を続ける。

 

『可愛らしいものを愛でる可笑しいことではないだろう!』

 

(それは保護欲とかだろう。俺が求めているのは性欲なんだ)

 

 迷いの感じられない横島に『天秤』は焦り始まる。

 うまく行くかと思った策略だったが、横島の妙に高い倫理観に阻まれてまったく効果がなかった。

 女好きの変態の癖になんでこうも倫理観があるのかと『天秤』は心の中で悪態をつくが、そんなことを言っている場合ではなかった。

 

『だ、だが未成熟な青い果実は良いとは思わんか!! つるつるだぞ!!』

 

 『天秤』は必死になって幼女の良さをアピールする。任務のため、敬愛する上司の為、彼は頑張った。しかし。

 そんな『天秤』に横島は生暖かい視線を向ける。

 

(『天秤』……いや、『ロリ剣』人には色々な性癖があるのは知っている。だけどそれを他人に押し付けちゃいけない。大丈夫だ、そういう奴がいるってことはちゃんと理解してやるから……)

 

 優しさと慈愛、そして哀れみが溢れた横島の言葉が『天秤』の心を深くえぐる。

 絶句した『天秤』を気にもせず、横島はセリア達の覗きを始め、ぬふふと笑い出した。

 そんな横島に、『天秤』の心が激しく燃え盛る。

 

 それは、激怒、赫怒、激昂、憤怒、憤慨。

 微妙なニュアンスの違いはあるがその根本は怒り。

 一体何故、横島に対して怒りを感じているのか『天秤』自身にも分からない。

 だが、とにかく許せなかった。

 

『食らえ、ヨコシマ!!』

 

「なに? い、いだだだだだ!!!」

 

 横島の体に百万ボルトの電撃が流れているのではないかと思うほどの痛みが走り、悲鳴を上げる。

 その声は当然セリア達にも届くことになった。

 

「ヒミカ!!」

 

「ええ、分かってる!!」

 

 ヒミカは側に立てかけていた神剣『赤光』を取ると神剣魔法の詠唱を始める。

 その間、セリアはバスタオルを取り全員に渡す。

 

「永遠神剣の主として命じる。マナよ炎に変わりて、敵を討て! ファイアーボール!!」

 

 ヒミカが放ったファイアーボールは天窓付近を豪快にぶち破り、大穴を空ける。

 そして空から真っ黒な物体が浴槽に落ちてきた。

 セリアはその物体につかつかと近づいていく。それが何のか既に分かっているのだ。

 

「ヨコシマ様はあんなところで何をしていらしたのですか?」

 

 セリアは横島ににこやかに笑いかけるが、目はまったく笑っていなかった。

 

「ふっ、芸術鑑賞だ!」

 

「……これから何が起こるか……貴方は理解してますか?」

 

「当然だろ」

 

 リターンがあればリスクがある。そのことを横島は理解していた。

 だから彼は今更じたばたしない。悟りの境地に横島は既に達しているのだから。

 

「いい覚悟です。最後に何か言い残すことはありませんか」

 

「ちょっとセリア、彼は私たちの上官よ! それに何か理由があったのかも……」

 

 ヒミカが横島を擁護する。上官だからというのも確かな理由だったが、ヒミカは横島を信じたかったのである。

 横島にとってはヒミカの擁護が返って辛いだけだった。

 だから、本当に言いたいことを言ってしまったのだ。

 

「小 中! 大! 極大!!」

 

 ヒミカ達を指差しながら謎の言葉を言っていく横島。

 一体なんの大きさを言っているのだろうか。

 ただ、言えること、横島は一人の味方を失ったのだ。

 

「ヨコシマ様……それが貴方の答えなのですね……『赤光』!!」

 

 ヒミカの永遠神剣『赤光』に炎が宿る。彼女は般若と鬼を足して、隠し味に龍を加えたような顔をしていた。

 

(ここまでか……)

 

『ふん、自業自得というやつだ!!』

 

(なに! ……あ、そうだ!!)

 

 横島は思い出した。自分のほかにも罰を受ける者がいたことを。

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

「いまさら命乞いですか……見苦しいですよ、ヨコシマ様」

 

「違う! もう一人罪人がいたんだ。出て来い『天秤』」

 

『なに?』

 

 横島の手に『天秤』が現れる。そして、横島は『天秤』をエニ達の方に投げ捨てた。

 

「なあエニ、さっき『天秤』……いや『ロリ剣』が何を言ってたか皆に説明してくれないか」

 

『っ!! 待て、エニ! さっきのは!!』

 

 『天秤』がエニに制止の言葉をかけるが一歩遅かった。

 

「えーとね……エニ達のことを小さくて萌えるとか、可愛らしいものを愛でるとか、未成熟な青い果実は良いとか言ってたよ」

 

 そうエニが言うと、大人たちの冷たい侮蔑の視線が『天秤』に突き刺さった。

 その痛いもの見る視線に自尊心が高い『天秤』が悲鳴を上げる。

 

『わ、私のイメージが……ヨコシマーー!! 貴様、よくも私のイメージを!!』

 

「ははは!! 何を言うパートナー。苦楽を共にしてこそパートナーだろうが!共に地獄に堕ちようじゃないか、『ロリ剣』!!」

 

 そして、死の宴(いつものお約束)が始まった。

 

 横島に行われる圧倒的な暴力の数々。

 セリアとヒミカが中心になり、殴る蹴る燃やす冷やすなどの暴行を加えていく。

 その暴行にはナナルゥも混じっていた。

 彼女は横島を攻撃する前、こう洩らしていたのだ。

 

「SMというのは一つの愛の形らしいです」

 

 ナナルゥの愛探しはいきなり暗礁に乗り上げていた。

 

 だが、ある意味一番恐ろしかったのはハリオンだろう。

 ハリオンは横島がぼろぼろになり、三途の川を渡ろうとした時に回復魔法を唱えるのだ。

彼女はにこにこと笑い、「痛いの痛いの飛んでいけ~」と言いながら、永遠の暴行を繰り返す原動力になっていた。

 

 それはさながら無間地獄。

 にも関わらず、横島がギャグ属性のおかげで酷くコミカルな絵になっている。

 擬音にするならポカポカメラメラヒュルルーシャラララーンだ。

 

 その様子を見た『天秤』は震え上がった。

 『天秤』を取り囲む幼きスピリット達は横島にお仕置きしているセリアたちを興味深そうに眺めている。

 いつ、こちらにも暴行が来るかと恐怖した『天秤』は、言葉が通じるエニに助けを求めた。

 

『エニ、私にあのような事はしないよな! お前は私に好意を持っているのだから!』

 

 いつになく必死な『天秤』だったが、エニは『天秤』の方を見ると、悲しげな顔をした。

 

「ううん、大切な……大切な人だからこそエニはテンくんに罪を償ってほしいよ」

 

 なに悲劇のヒロインぶっているんだと『天秤』は思ったが、エニの助けが期待できないことが分かると、何も言えなくなった。

 ネリーやエニ達は笑いながら『天秤』に近づいていく。別に裸を見られたことはどうでも良かったのだが、横島を殴っているセリアたちが楽しそうだったので自分たちもやってみたくなったのだ。

 

 そして残虐は始まる。

 

『くるな! やめろ、熱い! だからといって冷やすな! 熱膨張が起こる!

神剣とて壊れ……落書きするな! 頼む、止めてくれ! 熱い! 冷たい! 熱膨張はいやだ! 『法皇』様! お助けを!!!』

 

『天秤』は上司に助けを求めた、しかし……

 

 ――――見苦しいですわよ、『天秤』。任務に失敗したのですから、それぐらいの罰は当然ですわ

 

 敬愛する上司からの返答は『天秤』を絶望に追い込む。

 それからしばらく、風呂場から横島と『天秤』の叫びは止むことはなかった。

 ちなみに、我に返ったヒミカは「また隊長に不敬を働いてしまった」と落ち込んだらしい。横島が発するギャグオーラに、彼女もまた飲まれようとしているのだろう。

 

 惨劇が終わり、再生が終了した横島は自室に戻り、ベッドへ寝転がっていた。

 

「いやー、痛かったな『ロリ剣』、でもいいもの見れたから良しだな!」

 

 朗らかに言う横島に『天秤』が切れる。

 

『何を言っている主! お前の所為で私まで酷い目に遭ってしまったではないか!! 

それに私は『ロリ剣』ではない!!』

 

 烈火の如く怒り狂う『天秤』に横島がくっくっと笑う。

 

「『ロリ剣』、心を捨てて大局を見ろ。私情に駆られても良いことはないぞ」

 

 以前に『天秤』に言われたようなことを言い返す横島。その言葉に『天秤』は悔しそうに唸ると『私はロリ剣ではない』と言って沈黙した。

 その様子は妙に可愛く、馬鹿弟子を思い起こさせる『天秤』に横島は必死に笑いをかみ殺す。

 

 笑い終えると、横島はため息をついた。

 さすがに色々あったせいで横島も疲れていのだ。

 目を閉じて、羊を数えることもなく眠ろうとするが。

 

 自分を信じること。それが心の剣なり、楯となる

 

 悠人が言った台詞が頭の中に響いてくる。横島は妙にその言葉が気になっていた。

 

「自分を信じろ……か。自分ほど信用ならないのがこの世にあるかよ」

 

 自嘲的な笑みを浮かべる。

 横島忠夫は守れなかった。一つしか手に入れられなかった。犠牲を払わなければ手に入れられなかった。

 

 横島忠夫は横島忠夫を信用してはいない。好きか嫌いかで言えば、大嫌いだった。

 最愛の女を自らの手で殺して、平然とふんぞり返るなど出来るわけがない。

 だから彼は自分を信用しない。

 しかし、いつまでも信用できない自分でいるつもりはなかった。

 スピリットを殺さずに戦いを終えられれば、自分を信じられるようになるかもしれない。

 彼女も、許してくれるかもしれないと思う。

 

 頭の中で先ほど大騒ぎした女性たちを思い浮かべる。

 そして、これから出会い、戦うことになるだろう妖精達に思いを馳せる。

 

「絶対殺さんからな!」」

 

 それは反逆の声。

 このどこか狂っている世界への。

 そして殺す以外に選択せざるをえなくなってしまった過去の自分への。

 ありったけの思いを込めた言葉が空中に浮かび、闇に溶けていく。

 

 闇は笑っていながら、その言葉を飲み込んでいった。

 

 

 

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