永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第八話 不協和音

「またかよ……勘弁してくれ……ほんと」

 

 花咲き乱れる幻想的な草原が広がり、そこにその場には不向きの一人の青年がぽつんと立っていた。横島だ。

 しかし、その様子は普段の彼ではなかった。周りをきょろきょろと見渡し、顔からは血の気が引いて真っ青だ。さらに横島は自分の頬を引っ張りながら、ぶつぶつと何かを言っている。

 

「早くこの夢から覚めないと……早く!」

 

 横島は頭をぽかぽかと殴りつける。その様子は危ない人のようだ。

 そんな横島の後ろに突如人影が現れる。

 

「何やってるんですか~ヨコシマ様~」

 

「!?」

 

 振り向いた先にいたのは、巨乳天然お姉さんのハリオンだった。

 いつものように人を脱力……ではなく、安心させる笑顔で横島に近づいてくる。

 本来なら飛び掛るかナンパするかのどちらかを選択するのが横島だろうが、ここで横島が取った行動はハリオンから後ずさることだった。

 

「何で逃げるんですか~ヨコシマ様~」

 

「こっちに来るな! こっちに来たら……」

 

 女性に向かってこっちに来るなという横島。このことがどれだけ異常なことか彼を知る者なら良く分かるだろう。

 そのまま後ずさっていた横島だったが、ふいにその足が止まる。足を止めた理由は簡単。後ろが断崖絶壁になっていたからだ。一面草原だったはずなのに。

 さらに、いつの間にか右手には『天秤』が握られていた。

 

「だからどうして」

 

 苦りきった顔で『天秤』見つめる横島。

 『天秤』を握った右手は横島の自由に動かない。右手は勝手に動きはじめ、大きく振りかぶる。

 

「ハリオン! 俺から離れろ!!」

 

「どうしてですか~? 早く私を再生の剣へ~返してくださいよ~」

 

「な、なにを!?」

 

 ハリオンが意味不明なことを言い、横島を混乱させる。分かったことは唯一つ、ハリオンは 『天秤』で切られることを望んでいるということだけ。

 そして、ニコニコと笑っているハリオンの首めがけて『天秤』を振り下ろして―――――

 

 切り落とした。

 

 自分の右手を。

 

 左手で作ったハンズオブグローリーで。

 

 永遠の煩悩者

 

 第八話 不協和音

 

「くはっ!」

 

 ぽにょん。

 

 肺に溜まった空気を吐き出し、ベッドから飛び起きる。体からは嫌な汗が噴出し、心臓は早鐘のように鳴り響く。汗を吸った衣服がべっとりとしていて気持ち悪い。

 横島の目覚めは最悪だった。

 

(またかよ……)

 

 バーンライトのスピリットを撃退してから三週間、横島はこんな夢ばかり見ていた。自分がスピリットを傷つける夢を。

 夢は人の潜在的欲望を表すという。横島はそのことを思い出し、げんなりとした。

 

(俺って……超弩級のSだったのか)

 

 思わぬ自分の性癖の発見に心が重くなる。別にMが良いというわけではないが、なんとなくショックあった。

 

(ちがう、そうではないだろう! 何故、そんな結論になるのだ!?)

 

 密かな突っ込みを受けた横島だが、ここで妙なことに気づく。

 視界が真っ暗だった。しっかりと目を開けているにも関わらず一寸先も見えない。さらに顔全体に何かやわらかいものが当たっていた。

 

「ひゃんじゃほにぇわ(なんじゃこれは)」

 

 何かが口に当たっているため、思うように発音できない。その何かから顔を離せば済むことなのだが、何故か体が動くのを拒否していた。

 

「やん、動かしちゃだめですぅ~」

 

 聞き覚えがある声が聞こえてくる。横島はその言葉を聞いて一気に覚醒した。自分の顔に当たっている物体。それは神秘にして魅惑、男にとっての理想郷、その名は。

 

「……胸! おっぱい! マシュマロ~」

 

「あらあら~朝から元気ですね~」

 

「元気とかそういう問題じゃないでしょうが!」

 

 どうしたことか、横島の部屋にはハリオンとセリアが入ってきていた。ハリオンはいつも通りにこにこ笑い、セリアもいつも通りというか怒っている。

 パフパフ、朝の生理現象、目の前にいる二人の美女という三つの力が一つになった横島に恐れるものは何も無い。伝説の怪盗の力が今目覚める。

 

「ふーじ○ちゃ~ん~」

 

「や~ん、ヨコシマ様~」

 

「……滅!!」

 

 お約束どおりハリオンに飛びつこうとした横島に、これまたお約束どおり迎撃するセリア。

 横島の首に過不足ない力で手刀を打ち込む姿は既に手慣れたものだった。その一撃は悲鳴一つ上げることさえなく横島を昏倒させる。

 

「酷いじゃないですか~セリアさん~ヨコシマ様を叩くなんて~」

 

「何言っているの! 貴女は襲われる寸前だったのよ!」

 

「でも~セリアさんが助けてくれたじゃないですか~」

 

「私がいなかったらどうするつもりだったの!」

 

「その時は襲われないですから~」

 

「はあっ!?」

 

 ハリオンと話しているとセリアの頭はどうにかなりそうだった。ハリオンの言っていることがまったく理解できない。

 

(私がいなければ襲われないって……私がいたから襲われたって事!? 馬鹿馬鹿しい!)

 

「でも~ムスコさんも元気そうで何よりですぅ~」

 

「はっ?」

 

 ムスコとは一体何だ。

 ハリオンが見つめる先を目で追う。

 

 そこに、それはあった。

 圧倒的な質量と存在感。空に向かって突き出ているその姿は、さながら舞い上がろうとする竜のごとし。まるで我を褒めよ、讃えよと言っているような威圧感。

 生命力と躍動感満ちるその存在。

 

 そそり立つ姿はまさに、力強き生命を示すキノコの山!!

 

「きゃあああ!!!!」

 

 それは理屈ではなく、本能だった。

 腰だめから神剣『熱病』を引き抜き、キノコに切りかかる。

 

 めきょお!!

 

「!!…………(白目を剥いている)」

 

 父さん……ぼく……もうだめみたいだ……

 

 キノコの山……完全沈黙!!

 

 ただ幸いだったのは、焦っていた為か剣の刃ではなく、平らの部分で叩いたことだった。

切られたわけではないので、再起不能ではないだろう。

 

「なんてことをするんですかぁ~セリアさん~男の人にとって~ムスコさんは大切な場所なんですよ~」

 

「知らないわよ、そんなこと!!」

 

 珍しく怒った感じで、セリアを叱りつけるハリオン。まあ、怒っているといっても全然怒っているようには見えないのだが。

 一方、セリアは顔を真っ赤にして怒り狂っていた。朝っぱらから生命の力強さを見せられてしまえば、この反応は当然だろう。

 

「ああ、もう!! さっさと、行きますよ。もたもたしている場合じゃないんですから……まったく、何で私がこんなことを……」

 

 セリアは怒りと羞恥のため顔を真っ赤にしながら、泡を吹いている横島の首根っこを押さえてずるずるどこかへ引きずっていく。その姿をハリオンは首を捻りながら見送っていた。

 

(大丈夫なんでしょうか……ヨコシマ様。色々と……)

 

 自分を見たときの横島の表情、一瞬の戸惑い。そしてここ一ヶ月の彼の様子。どうにもハリオンには不安が拭いきれないものがあった。

 

「あとで~私の作ったお菓子でも持っていってあげましょうかね~」

 

 第一詰め所の一室。

 

 横島は目覚めてすぐに着替えさせられると、そこまでずるずると引きずられ、イスに座らされた。部屋には悠人とエスペリア、それに横島を運んだセリアがいる。

 いつの間にか復活した横島はエスペリアの姿を確認すると早速、肉体的な挨拶を開始しようとしたが、部屋の雰囲気が余りに重く、ここでふざければ悠人とセリアのマッスルドッキングを食らいかねない事を理解した。息子の調子が悪いこともあり、肉体的な挨拶はお預けのようだ。

 今この場にいるのはスピリット隊のなかでも重要な人物ばかり。

 

 悠人はこの場でもっとも権限が強く位も高い隊長。

 エスペリアは悠人の副官という立場。

 横島は悠人の次に権限が高い副隊長。

 セリアは横島の副官に近い立場といえる。近いというのは、横島には厳密に言えば副官は存在しない。ただ、第二詰め所の中のまとめ役だからという理由で会議に出席していた。横島のお目付け役も兼ねているとも言える。

 

 この四人が戦いを、戦争をする上での作戦を決める陣容だろう。だとすれば、おのずとここに連れてこられた理由も分かるというもの。

 

「バーンライトに動きがありました」

 

 エスペリアの言葉に悠人と横島の顔がピクリと動く。

 朝一番にこんな重苦しい雰囲気の場に呼びだされた時点で、うすうすはそのことに気づいていたが、心のどこかでその可能性を否定したかった。

 戦争が始まるという可能性を。

 

「ですが、バーンライトとの作戦を決める前にユート様とヨコシマ様に現在の国々の状況を説明しておこうと思います」

 

 立ち位置から考えるとエスペリアが話し合いの進行役になるようだ。

 その顔にはいつもの人を安心させるような笑みではなく、険しいとまではいかなくとも、非常に真面目な顔をしている。普段とは違う雰囲気のエスペリアに悠人の顔は自然と引き締まる。

 一方、横島はきりりとしたエスペリアとメイド服のギャップに鼻息を荒くしていた。もし、セリアがテーブルの下で横島の足を踏んづけていなければメイドさん危機一髪!!な事態が引き起こされていたのは間違いない。

 

「では、ラキオスと関係が深い北方五国について説明します。大陸のなかでラキオスはもっとも北部に位置する小国家です。」

 

 エスペリアはテーブルに置かれた地図の中で、大陸の上部に位置するところを指差す。そこには聖ヨト語でラキオスと書かれていた。

 

「次にラキオスの西方に位置するサルドバルド国。この国はラキオスとは"龍の魂同盟"という軍事同盟を結んでいます。次に西南方に位置するイースペリア国。イースペリアもラキオスとは"龍の魂同盟"を結んでいます」

 

「でも軍事同盟っていってもイースペリアが戦争の援助とかしてくれないんすよね」

 

 発言したのは横島だった。悠人たちは横島の発言に驚く。

 なんでそんなことを知っているのかと。

 

「はい、サルドバルド・イースペリアとも軍事関係の援助は期待できません。"龍の魂同盟"は事実上の相互不可侵条約のようなものです。よくご存知ですね、ヨコシマ様」

 

 エスペリアは感心の目を横島に向ける。悠人とセリアも驚いたような目で横島を見つめていた。横島は褒められて少し顔を赤くし、ぽりぽりと頬をかく。

 

「いや~なんでもイースペリアって女王様が治めてるって聞いたんで少し調べたんですよ」

 

 横島の言葉にエスペリアの顎がかくんと落ちる。悠人とセリアは横島の言葉にそういうことかと納得していた。横島という人間像はちゃくちゃくと皆の中で出来上がりつつあるようだ。

 

「で、では次はラキオスの東南方に位置するダーツィ大公国。この国はラキオスとは敵対していますが、山脈によりラキオスとは遮られており、今のところ戦争などは起こりえません」

 

 悠人はエスペリアが言った言葉の一部分に引っかかりを感じた。

 

 今のところ戦争など起こりえない。

 

 つまり後々戦争が起こるということなのだろうか。

 悠人はそこの所が気になったが、エスペリアは悠人を気にせず話し続ける。

 

「そして、目下ラキオスの敵国であるバーンライト国。ラキオスの東方に位置して、ラキオスとは長年の宿敵とも言える国です……ここまでで何か質問はありませんか?」

 

 一本の手が挙がる。横島だ。

 

「エスペリアさん、質問があるんですけど」

 

「はい……あの、ヨコシマ様。私にさん付けをする必要はないのですが……」

 

 エスペリアの言葉に横島の目がかっと見開いた。

 

「何を言うんです、エスペリアさん! 年上の美人メイドさんを呼び捨てには出来ませんよ!」

 

 勢い込んで言ってくる横島にエスペリアの顔が困惑と恐怖に彩られるが、なんとか後ろに下がるのを我慢する。

 

「は、はあ……ですがユート様も私を呼び捨てになさっていますから」

 

「悠人! 年上の美人メイドさんを呼び捨てにするとは何事か! まさか、二人っきりの時にはご主人様とか呼ばせているんじゃないだろうな!!」

 

「そんなわけあるか!」と怒鳴ろうとした悠人だったが、頭の中でご主人様と言っているエスペリアが浮かんでくる。

 

 おはようございます、ご主人様。お着替えをお手伝いします、ご主人様。あ~んしてください。ご主人様。お勉強の時間です……優しく教えて差し上げますね。お昼寝の時間です、膝枕をお望みですか? ご主人様。お背中お流しします。ご主人様。御休みの時間です……夜伽もお望みでしょうか。

 

 ご主人様。

 男なら一度は言われてみたい魅惑の言葉に悠人のロマン回路が作動する。むっつり仮面が崩れ落ち、目じりが下がり、にへら~とした顔になるが、視線を感じてはっとした。

 横島とセリアはじと~とした目で悠人を見ている。エスペリアはそんな悠人の様子になにやら考え込んでいるようだった。

 

「ご、ご主人様だなんて呼ばせるわけないだろうが!」

 

「考えたな! 絶対に考えたな、このむっつりスケベ!!」

 

「ユート様が望むのならご主人様とお呼びしても……」

 

 横島と悠人が激しく言い合い、エスペリアは真剣な顔で不穏当な事を口走る。国の行く末を左右する会議が一転して、ご主人様に関する話にすり替わってしまった。

 もはや正常な会議は期待できないかと思われたが、そこに救世主が現れる。

 

「三人とも……話を進めませんか?」

 

 セリアがにっこりと笑いながら、三人に静かな声で話しかけた。セリアの目に宿る青白い光に、三人はこくこくと頷く。立場的には一番弱いはずのセリアだったが、三人をしっかりと威圧している。その様子は、さながら影の支配者と言ったところか。

 

「……で、では、ヨコシマ様。質問があるのならお願いします」

 

「はい、それじゃあ質問なんですけど、なんでエスペリアさんはこんなときでもメイド服で……いぎ!」

 

「話を す す め ま せ ん か!」

 

 グリグリと妙な音が聞こえてくる。

 セリアは相変わらず笑っていたが、頬はぴくぴくと引きつっていた。横島は机に突っ伏して悶絶している。

 悠人とエスペリアの視点ではテーブルが死角となって良く見えないが、セリアが横島に攻撃を仕掛けているのは間違いなかった。

 

「え~、特に質問はないみたいなので話を続けます」

 

 エスペリアは横島の質問をなかったことにした。懸命な決断と言える。

 

「では諜報部から送られてきたバーンライトに関する説明します」

 

 聖ヨト語で書かれた数枚の資料を取り出す。

 

「バーンライト王国の動きが慌しくなっています。スピリットの半分をリーザリオというラキオスの国境付近の町の近くに配置して動きも活発化しています。ラキオスに侵攻しようとしている可能性が非常に高いでしょう」

 

 エスペリアの言葉は、ほぼ間違いないと断定する口調だった。

 

「バーンライトが所有しているスピリットの数はおよそ40前後……我々が現在戦力の3倍ほどです。しかし龍を倒したことにより、マナの保有量はラキオスのほうが多く、マナをエーテルに変換して、私達も強化されているため個々の実力では我々のほうが上でしょう。

 それに我々には伝説のエトランジェが二人もいます。さらに敵は戦力を二つに分けている……十分に勝てる戦いです」

 

 量では負けているが質では勝っている。悠人が殺した龍のマナで、セリア達が強化されているのも大きいのだが、それにしてもセリア達は強くなっていた。

 特にネリーやヘリオンなど、まだ若いスピリット達の成長は著しいものがあった。少なくとも他の国のスピリットと比べても遜色ない力を既に持っているだろう。その一因に横島や悠人が関わっているのだが、当人たちはまったくそのことに気づいていなかったりする。

 

 エスペリアは不確定な発言をする人物ではない。

 冷静にラキオスとバーンライトの戦力を比較してその上で勝てると言っているのだ。その事実は少なからず横島達を安堵させた。不安の全てがなくなったわけではないが、それでも自分たちのほうが優位に立っていると分かれば、安心できるというものだ。

 

「ここまでで、何か疑問に思ったことがあるのなら、何でも聞いてください」

 

 エスペリアが質問を促す。そして一本の手が挙がる。またもや横島だ。

 すると、悠人とセリアが横島を半目で睨んだ。エスペリアも額に汗を流し、困った表情を作っている。先ほどの行動や普段の行いなど、場を混乱というかカオスに導こうとする横島を警戒するのは当然といえるかも知れない。

 

「今度は真面目な質問をお願いします……でないと貴方はムスコを永久に失うことになりますよ……」

 

「は、はひ……」

 

 父さん……怖いよ……

 

 セリアの目は真剣と書いてマジと読むと言うに相応しいものだった。まだ息子には一度も親孝行をしてもらっていないのだ。こんなところで失うわけにはいかない。

 横島は一度、自分の質問内容が真面目か、不真面目か自問自答して、大丈夫だと判断した。

 

「それじゃあ質問ですけど、そもそも戦争はどうやったら勝ちになるんすか?」

 

 とりあえず真面目な質問にエスペリアは胸をなでおろす。

 

「そうですね……基本的にはその国が所有する全てのスピリットを排除すれば戦争は終わります」

 

 その言葉に悠人と横島の顔が引きつった。顔も血の気が引き、青くなる。

 それはつまり、40人以上の美しき女性達を皆殺しにしなければいけないということだ。

 その中には、十にも満たない子供も含まれるかもしれない。

 

「ちょっとまてエスペリア。基本的には全スピリットの排除ってことは、例外もあるってことだろ」

 

「はい、スピリットを全排除しなくてもバーンライトの首都を守るスピリット達だけを全滅させれば戦いは終わるでしょう……ですが」

 

 エスペリアはそこで言葉を区切ると、地図を指差し厳しい表情を作る。横島達も地図を覗き込んだ。

 

「現在、ラキオスとバーンライト首都を繋ぐ道は二つあります。一つは敵国の拠点があるリーザリオ・リモドアを経由していく道。もう一つはラキオスの拠点であるラセリオを経由していく道」

 

 地図ではリーザリオ経由でバーンライト首都に向かうよりも、ラセリオ経由でバーンライト首都に向かうほうが早くバーンライト首都に到達できるようだった。

 

「ただ、ラセリオ経由の道はバーンライトの工作兵によって寸断されています。つまり……」

 

「つまり一本道だから、バーンライト首都に向かう道筋にいるスピリット達を全滅させていかなくちゃいかないわけか」

 

「その通りです」

 

 悠人が悔しそうに納得した表情を見せる。だが、横島は納得していなかった。

 

「ちょっと待った! 別にそんなに殺さなくてもある程度こっちが勝てば向こうだって投降してくるんじゃないか?」

 

 横島の質問にエスペリアは首を横に振る。

 

「それは無理だと思われます。スピリットは投降しません。人が命じれば死ぬまでその命令を守ろうとします。人間が投降を命じれば別ですが、人間が投降を命じることはまずありません」

 

 戦うのは自分達ではなくスピリット。たとえ大勢が決まり、勝敗が決しようと人間達はスピリットを戦わせる。人間がスピリットに投降を命じるのは、首都が落ちて王が倒れてからなのだ。

 悠人はこの世界の人間達の性根に心底、嫌気がさしていた。そして、こんな人間達に使われている自分に腹を立て、スピリットに心から同情する。

 

 横島もこの世界の人間に腹は立っていたが、それ以上にスピリットという存在を不思議に思えた。

 スピリットには自我がある。人間によって心を神剣に飲まれたスピリットは自我が消失するが、本来、スピリット達は人間とまったく変わらない喜怒哀楽を持っているのだ。それにも関わらず、人間には逆らえない。人間を遥かに凌駕する力を持っているのに。

 

「スピリットが人間に何故か逆らえないのは知ってるんですけど……エスペリアさんは人間に逆らおうと思ったことすらないんすか?」

 

「……ありません。スピリットは人間の道具です。それ以上でも以下でもありません。

 ユート様もヨコシマ様も我々、スピリットのことは道具として、駒として扱ってください。それが正しいスピリットの運用方法です。その結果壊れてしまってもどうという事はありません。

 道具が一つ壊れるだけなのですから……」

 

 自分が道具として扱われ死んでしまったとしても、それが当然のことのように言うエスペリアだったが、悠人も横島も気づいていた。エスペリアが感情を押し殺し、声が震えるのを必死で押さえているのを。その様子はあまりに痛々しかった。

 

「いい加減にしてくれ、エスペリア! なんでそんなにも無理をするんだ。本当は怖いんだろ! 駒として扱われたくなんて無いんだろ! だったらそう言ってくれ。俺が出来うる限り守るから!!」

 

 真摯な声と目を受けて、エスペリアの心臓が跳ね上がる。だが、跳ね上がった原因は声だけではない。悠人がかつてエスペリアの慕った人と重なったのだ。

 

 吐き出せば楽になれるかもしれない。

 

 心情を吐露したくなったエスペリアだが、そこを別な男の姿がよぎった。全てを奪った男の姿が。

 熱くなっていた心が、一気に冷える。動こうとした心が完全に止まった。

 

「スピリットは道具……それが事実であり、真理です」

 

「まったく! なんでいつもいつもそうなんだ!」

 

 悠人とエスペリアは互いに意見を、思いをぶつけ合う。話は互いに譲ることなく平行線を辿っていた。

 会議は完全に中断して、悠人とエスペリアの話し合いの場になっている。そんな中、セリアは悠人を不審げな顔で見つめていた。

 

 その顔には本当に悠人が本当にエスペリアのことを想って言っているのか、信じられるのかと疑っているのがありありと見て取れた。セリアの人間不信はかなり根深いものがあるようだ。

 横島もセリアに聞いてみることにした。

 

「セリアは人間のことを憎んで、反抗しようとは思わないのか?」

 

 横島の言葉にセリアは憎憎しげに空中を見つめ、感情を抑えた声で喋りだす。

 

「……憎んでも、恨んでも、私たちスピリットは人間には逆らえないんです……

 ユート様! エスペリア! 作戦会議中なんだから静かにしなさい!!」

 

 セリアが口論している二人を宥めかかる。

 横島はセリアの搾り出すかのような声を聞き、頭を抱えていた。どうしてスピリットが人間に逆らえない理由は分からないが、前々から考えていた問題が横島の中で表面化してしまった。

 

(文珠の説明は……無理かな)

 

 正に切り札とも言える文珠。その利便性の高さはもはや反則と言っていいかもしれない。さらに凄いのは、一文字なら誰もが使えるということだ。横島としては文珠のことをセリア達に教えて、戦争においての有効な使い方や、持たせるなどしてより生存率を上げたいところなのだ。

 しかし、もしセリア達に文珠の説明をして持たせて、それが他の人間にばれたらどうなるだろうか。いくら文珠のことを口止めしても、誰かが文珠の存在に気づいて聞かれでもしたらスピリットは答えるしかなくなる。そうなったらどうなるか。

 おそらく、文珠作りを強制されて搾取されることは目に見えてる。断ればスピリットはどうなってもいいのかと脅しを掛けてくるに決まっているのだ。

 そして、文珠はとある王を筆頭に一部の男たちに使われていくだろう。

 一部の男達はカミの為に命をかけることも出来るのだ。

 

「――――次に、我々の戦力の確認を……」

 

 横島が悩んでいる間に、悠人とエスペリアの討論も終わり、作戦会議が再開していた。

 

「現在ラキオスにいるスピリットで、戦力と数えられるのは11名です。本当はもう何名かいるのですが、今は別任務に着いていたり、訓練中なので此処にはいません。それにユート様とヨコシマ様の二人のエトランジェを足して、13名が戦争に参加することになります」

 

 悠人は頭の中で今ラキオスにいる戦えるスピリットの数を数えてみる。

 アセリア・エスペリア・オルファ・セリア・ネリー・シアー・ヒミカ・ナナルゥ・ハリオン・ヘリオンの計十人。それにエトランジェである、横島と自分を足すと十二人だ。あと一人足りない。その一人には確かに心当たりはあるが、正直なところ戦えるとは思っていなかった。

 

「なあ、戦えるスピリットは十人の間違いじゃないのか。まさかエニまで戦わせるわけじゃないよな」

 

 悠人の言葉に少し目を閉じるエスペリア。そしてゆっくり頷いた。

 

「はい、エニ・グリーンスピリットを戦争の一兵として運用しようと思います。どうやらエニはかなり力があるらしく、既に低級の回復魔法、および防御補助魔法を習得しています。また、エニの神剣である『無垢』はどうやら第六位であるようで、スピリットが所有できる神剣のなかでは最高位です。足手まといにはならないでしょう」

 

 エスペリアは冷静にエニの力を把握していた。その上で戦力になると判断したのだ。だが悠人はそもそも戦力になるとかならないとかを問題にしていたわけではない。生まれてまだ一ヶ月の子供を戦場に駆り出すことを問題にしているのだ。

 

「横島はそれでいいと思うか。エニはまだ子供……赤ん坊と言ってもいいくらいだぞ」

 

 ここで悠人は横島に意見の同意を求める。スピリットを大切に考えている横島ならエニを戦いに出すという暴挙を許すとは思えない。だが横島は悠人の考え通りには動かなかった。

 

「俺は……戦場に出すべきだと思う……」

 

 反対するだろうと思っていた横島が賛成するというのは、悠人にとってかなり予想外だった。スピリットを第一に考えているはずの横島がエニを連れて行こうと言うとは信じられない。悠人は怒りを覚えながら、何故エニを戦場に連れて行くのかと聞こうとしたが、その前に横島が喋りだした。

 

「エスペリアさんが戦力になるって言うからには十分戦える力は待っているんだと思う。それに回復魔法が使えるグリーンスピリットは味方の生存率を高める為には必要不可欠だ。それに万が一俺たちが負けたら結局エニだって……」

 

 誰に話しかけるわけでもなく言葉を連ねていく横島。だが、その声には覇気が無く、悔しげな声をしていた。当然だが、横島がエニを戦場に連れて行きたくなど無い。そして、それはエニに限ったことではないのだ。セリアもナナルゥもシアーも全員、戦場などに出したくない。無論、自分も含めてだ。

 しかし、敵は問答無用で襲い掛かってくる。あの欲にまみれた王は降伏など考えもしないだろうし、たとえ降伏しても無事で済むか分からない。

 

 戦うしかないのだ

 

「だけど、最終的に判断するのは悠人……お前だ。エニを連れていくのか、連れて行かないのか。俺は悠人の判断に従うぞ」

 

 最後には隊長である悠人が決めることなので、横島は悠人の判断に任せることにした。もし、悠人が連れて行かないといっても反対することはない。連れて行ったほうが良いとは言ったが、心情的には連れて行きたくないのだから。だから悠人に判断を任す、そう横島は決めた。しかし、それは横島が悠人に判断を委ねる表向きの理由に過ぎない。

 

 横島が悠人に判断を任した裏向きの理由、それは心の防衛の為である。もし、エニを連れていくと決めて連れて行き、エニが死亡するなんてことがあったら。連れて行かず、回復魔法の使い手がいなくて誰かが死んだら。そのときは間違いなく、横島は自分を責めるだろう。自分の判断ミスで死んでしまったと。

 だから横島は悠人に判断を任せたのだ。もし誰かに万が一があったとしても、それは自分の責任じゃないという為に。

 

 責任逃れと、卑怯だというなかれ。横島はこの裏向きの理由を自分自身で理解していない。自身の精神状態についてまったく理解していないのだ。

 

「……くそっ。エニは……連れて行くことにする!」

 

 しばしの黙考の後、悠人はそう結論を出した。一人でも多くの戦力を連れて行ったほうが、最終的に全体の危険度が下がると判断したらしい。かなり口惜しく思っているようであるが、悠人はそう決断した。

 

「大丈夫だって。俺らがきっちり守ってやれば済むことなんだから。悠人のロリコンパワーを見せてやれ!」

 

「……ああ、そうだな。俺たちで守ればいいこと……ロリコンパワーって何だ!」

 

「んじゃ、シスコンパワー」

 

「ああ、それなら……よくねえ!!」

 

「自覚症状が無いのはまずいと思うぞ」

 

「変態に言われたくない!」

 

 エニの扱いについては決まったが、しょーもないことで言い争いを始める二人。だが、その争いをセリアはたった一言で止めてしまった。

 

「ムスコがどうなってもいいのですか、ヨコシマ様?」

 

 横島は「ひいっ」と言って何も言わなくなった。目に怯えの色が見え、恐怖に囚われているのは誰の目にも明らかだ。

 

(なるほど、本当にムスコは弱点みたいね。後で皆にも教えてあげようかしら)

 

(なんで、セリアは俺の息子を狙うんじゃー!!)

 

 負けないよ、セリアさん。いつかこの槍で突き刺してやるからね!

 

 セリアと息子の間にライバル関係が結ばれました。

 

 セリアは特殊能力、ライバルを習得した。

 ムスコへの攻撃力が1.25倍になった。

 

 ムスコは特殊能力、ライバルを習得した。

 セリアへの攻撃力が1.25倍になった。

 

「では、次に戦力をどう動かすかですが……作戦は極めてシンプルです。今ある戦力の全てを一点に集中させてリモドア経由の道をとってバーンライト首都になだれ込む。敵は戦力を二分しているので、戦いはだいたい14対20の戦いが二回ほどあるでしょう。先ほども言いましたが、勝てる戦いです」

 

 エスペリアは三人と場の雰囲気を無視して、強引に話を進める。このままではいつまでたっても話が進まないと危惧したのだ。

 

 エスペリアが示した作戦は、まったくもってシンプルな作戦だったが、だからこそ分かりやすく、効果的な作戦である。

 悠人たちはその作戦で良さそうにしていたが、横島だけは納得というよりも困った顔をしていた。

 

(この作戦じゃ、ほんとに敵のスピリットが全滅しちまう。美人の女の子達が全員死ぬ……殺す。冗談じゃねえ!)

 

 先の戦いで横島は20人近いスピリットを、美しき女性達を殺しつくした。そのときはセリア達が死ぬか、敵が死ぬかのどちらかしか道が無かったのだ。だが、今は違う。ちゃんとした準備が整えられる。全員を助けるなどと傲慢なことは言わない。

 それでも、これ以上殺したくなどないし、世の中から綺麗な女性達が一人でも減るようなことがあったら世界の損失である。

 世界のため、自分のため、女の子たちのため、この作戦を認めるわけにはいかない。

 

「なあ、この作戦やっぱりだめじゃないか?」

 

(主……お前は実に馬鹿だな……)

 

 横島からの作戦の否定に悠人とエスペリアが驚いたような表情を見せる。セリアは挑発的な目で横島を睨んだ。

 

「今の作戦にどこか不備がありましたか?」

 

 穏やかな声のセリアだったが、目だけは横島に鋭い視線を送っている。悠人とエスペリアは今の作戦のどこに不備があったのか横島の言葉を待っている。

 

(不備ってもなあ……なんか言わないとあの作戦に決まっちまいそうだったし)

 

 横島はさっきの作戦に不備が無いかと必死に考える。その間にもセリアが横島を見つめる表情はますます険しくなっていき、悠人とエスペリアも不信そうな顔をしていく。

 焦った横島は、とにかく何か言わなければと思い、頭の中で浮かんだことをとにかく口に出してみることにした。

 

「なんつーか……敵がわざわざ戦力を二つに分けたのっておかしいような気がしなくも無い……ような気もするような」

 

 最後のほうは果てしなく自信なさげに言う横島。セリアは「それが何なの?」というような顔をしていたが、エスペリアは難しいような顔で何かを考え込んでいた。

 

「……確かに戦力を二つに分ける意味はないですね、戦力の集中は戦術の常道ということを知らないわけがない。バーンライトもラキオスに龍殺しのエトランジェ、二十近くのスピリットを一人で全滅させたエトランジェがいるのを知らないはずない……にも関わらず、戦力を分けるというのは……」

 

 エスペリアが一人でぶつぶつと呟く。横島としてはそれほど難しく考えたわけではなかったのだが、思っていたよりは重要なことだったようだ。

 エスペリアの独り言が続く中、悠人は何かを思いついたように声を上げる。

 

「なあ、首都を落とせば勝ちなんだよな。ひょっとしたら敵は……」

 

「私たちをリーザリオ経由の道を選ばせておき時間を稼いでいる間に、敵はラセリオ経由の道を進んで空になったラキオス首都を落とす……こういう作戦ですか」

 

 悠人の話をセリアが横から掻っ攫う。悠人はじと目でセリアを睨んだが、セリアはまったく気にしない。

 エスペリアはセリアの言ったことを頭の中で整理していた。

 

「そう考えれば確かに整合性は取れますね。ラセリオ経由の道は寸断されて通行できませんが、元々道はバーンライトが寸断したんです。案外すぐに復旧できるかも知れません……いえ、おそらくこの作戦の為に道を寸断した可能性が高いです。

……凄いですねヨコシマ様。敵の作戦をあっさりと読みきるなんて」

 

「えっ……そう! 俺にかかればこんな作戦なんてちょろいもんだ。孔明の罠なんかに引っかかりはしないっすよ!!」

 

 エスペリアの賞賛に横島は鼻高々だ。……実際はちょっと疑問に思ったことを言っただけなのだか。

 その様子に、悠人は「いや、俺が考えたんだけど……」といじけたり、セリアは「ほんとにそんなこと考えてたのか」と横島をぶすっと睨んだりと、和やかに会議は進んでいた。

 

「とりあえず、バーンライトがその作戦を取ってくるという前提で話を進めていきましょう。敵がその作戦を取ってきたら、どのように対処するべきか、何か考えはありませんか」

 

 エスペリアの言葉に全員がう~んと考え込む。

 

「こっちも戦力を分けたらどうだ。リーザリオにいるスピリットを抑えつつ、ラセリオ経由でバーンライト城を落とすとか」

 

「リーザリオに駐留しているスピリットを疾風迅雷の速さで撃破したら、返す刀でラキオスに向かってくるスピリットを撃破するのが良いと思うわ」

 

 悠人とセリアが意見を出す。二つとも基本的な作戦であり、妥当な作戦といえる。どちらの作戦にも短所があった。

 悠人の意見である戦力を分けるというのは、当然のことだが戦力が落ちる。今ある戦力を二つに分ければ敵スピリットの戦いのときに20対7の戦力差で戦うことになってしまう。質で勝っているといっても、厳しい戦いになるのは間違いない。

 

 セリアの意見である戦力を集中させて、疾風迅雷の速さでリーザリオのスピリットを撃破して返す刀でラキオスに向かってくるスピリットを撃破するというのは、確かに戦力的には問題ない。しかし、もし速攻でリーザリオが落とせなかったら空になったラキオスはラセリオから進軍してくるスピリットにあっさり落とされるだろう。

 

 エスペリアの中では二つの提案のどちらが良いのかは結論が出ているが、他に何か意見がないかと場を見渡すと、横島がまるで小学一年生のように手を上にびんびん挙げていた。その顔には満面の笑みが浮かんでいて、よほど良計を考えたと分かるくらいだ。

 

「え~それじゃあ、ヨコシマ様。どうぞ」

 

「ふっ、聞いて驚け、見て笑え。俺が考えた案……それは! 乾坤一擲、猫に小判。3、4がなくて四捨五入。豚に真珠で東西南北中央不敗! 

これこそ正に深遠にして「早く言いなさい!」……へ~い……」

 

 いやに意味不明な前口上だったが、とにかくすごい自信なのは間違いなかった。

 へのツッパリはいらんですよ……といったところか。

 

 そして、いよいよ横島の策が言われる。

 

「戦争をしない! これが一番安全な策だ!!」

 

 辺りに沈黙が満ちる。悠人もエスペリアもセリアも、何がなんだか分からず頭上にはてなマークが飛び交っていた。ぶっちゃけて言えば、

 

 ――――何言ってんだ、こいつ。

 

 という心境だ。

 悠人達の心は完全にシンクロしていた。

 まったく作戦を理解していないと気づいた横島は慌てて説明を始める。

 

「だから、敵の作戦は俺たちが戦いに向かうことを前提にしてるんだろ。戦いに出向かずに城に篭ってればバーンライトはなにも出来ないってわけだ」

 

 バーンライトの作戦はサッカーでいえばカウンターのようなものだ。敵を懐におびき寄せている間に相手ゴールを狙う防御重視の一発逆転作戦。この作戦を仕掛ける前提は相手が攻撃を仕掛けてこなければいけないのだ。敵が攻撃してこなければ、カウンターはそもそも成立しない。

 

 横島の策を理解した悠人とセリアは悪くない考えだと密かに感心していた。

 悠人達は、どう戦うか、どのように戦争するかばかり考えていたが、横島はより広い視野で物事を見ていたことになる。

 

 いや、その言い方は正しくはないだろう。

 横島はただ殺し合いをしたくないが為に考えた策であり、広い視野で物事を見ていたわけではない。しかし、敵と戦うための策を決める会議で、敵と戦わない策を考える横島は非凡な視野を持つ人物といえるだろう。

 

「俺は横島の策に賛成だ。しなくてもいい戦いなら極力回避するべきだと思う」

 

「私も賛成です。敵が防備を固めているところに攻撃する必要はありません。ここ最近、ネリー達の実力も急上昇しているので、いずれ戦うことになるとは思いますが、今は戦力を蓄えるべきです」

 

 悠人とセリアが横島の策に賛成の意を表す。横島は自分の策が認められたことが嬉しそうだ。しかし、その中でエスペリアだけが暗い顔をして反対した。

 

「その作戦は不可能です」

 

 横島達はエスペリアの反対に不審げな顔をする。

 別に悪い考えではなく、むしろ良計に属する作戦だと思うのだが、何故反対するのか。横島達はエスペリアの次の言葉を待つ。

 

「ラキオス王は早期のバーンライト攻略を望んでいます。その作戦ではバーンライトをいつ占領できるか分かりません。私たちがここで時間を潰せばラキオス王は間違いなく出陣を要求してくるでしょう。ですから、ヨコシマ様の策は不可能です」

 

 ラキオス王が早期のバーンライト攻略を望んでいるから却下。予想斜め上の理由に3人が頭を抱える。エスペリアも深いため息をついていた。

 悠人は顔を歪め「あのくそ王が」と怒り、セリアは「これだから人間は」と呆れている。

横島などは「『禿』の文珠じゃなく、『臭』の文珠で臭くしてやればよかったか。いや、『脱』『毛』でありとあらゆる毛を消せばよかった」と洒落にならないこと言っていた。

 

「はあ……他に何か意見はありませんか。ないならばユート様かセリアの案のどちらかに決まりですが……」

 

 溜め息を一つ吐くと、エスペリアは会議を再開させた。そして沈黙が続く。どうやらもう、良策等はだれも思いつかないようだ。

 

「ないならば、ユート様かセリアの案に決定されます。それでは、ユート様の案に賛成の人は手を挙げてください」

 

 エスペリアの言葉に二つの手が挙げる。横島と悠人だ。悠人は発案者としては当然だろうし、横島はセリアの案ではバーンライトのスピリットが全滅してしまうからだ。

 

「ユート様とヨコシマ様が賛成ですか……ならばこれで決まりですね。ユート様の案で決定します」

 

「ちょっと待って、エスペリア。貴女の考えはどうなのよ!」

 

 エスペリアがセリアの策に賛成すれば2対2で同じ投票数になる。そうなれば別に悠人の案に決めることは無い。そして、エスペリアは内心ではセリアの案に賛成だったのだ。だがエスペリアは結論を出した。

 

「ユート様とヨコシマ様の意見が合致している時点で結論は出ています。私やセリアの意見は意味をなしません」

 

 スピリットの考えよりもエトランジェの考えのほうに重点を置く。考えが正しいとか間違っているとか関係なく。それがエスペリアの考えだった。そのことが分かったセリアは憎憎しげにエスペリアを見やり、ため息を一つ吐いて諦めた。こうなったら頑固なエスペリアは意見を変えることは無いと知っているからだ。

 

 横島も悠人も今のエスペリアの発言は首を捻るものだったが、とりあえず自分たちの意見が採用されたので良しとした。

 

「では。ユート様の作戦において重要なのが戦力の振り分けです。13名の戦力をどのように振り分けるか、これが作戦の成否においての焦点です。リーザリオに向かう者たちには、それほど戦力を振り分ける必要はないと思われます。作戦上、敵はリーザリオの防衛に専念するはず。こちらもリーザリオを占領する必要が無い以上、こちらに戦力を割く必要性は薄いと思われます。

戦力を割かなくてはいけないのは、バーンライト首都に向かう部隊です。こちらは間違いなく、ラキオスに向かう敵と鉢合わせになり、大規模な戦闘を繰り広げることになるでしょう」

 

 エスペリアはそこでいったん言葉を切る。まだまだ言うべきことはあるが、あまり多くを言っても横島や悠人が混乱してしまうと思ったからだ。実際、横島も悠人も入ってくる情報量の多さに混乱ぎりぎりだった。しかし、なんとか混乱せず、エスペリアの言っていたことを全て理解することに成功する。ここら辺の見極めは流石エスペリアと言ったところだろう。

 

「では、続けます。この作戦の一番危険なところはリーザリオにいる敵スピリットたちが、ラキオスに進軍してきたらという部分です。敵はリーザリオの防衛を目的としているでしょうが、もし私たちが本気でリーザリオを落とすつもりがないと分かれば、敵は私たちの作戦を看破してしまうかも知れません。ラキオス本城が空になっている事に気づけばリーザリオにいる敵は防衛など止めて、疾風怒涛のように襲い掛かってくるでしょう。そうなれば事実上、ラキオスの敗北です」

 

 ふむふむと横島と悠人がエスペリアの言っていることを頭の中に叩き込む。

 

「この作戦のキーポイントはどれだけ少ない戦力で、バーンライトに『敵は本気でリーザリオを落とそうとしている』と思わせることです。これが出来ればラキオスの勝利は見えてくるでしょう。そして、リーザリオに向かう戦力はユート様、ヨコシマ様のどちらかは入ったほうがいいと思われます。伝説のエトランジェが入っていれば、敵も我々が本気だと勘ぐるはずです。……ここまでで、何か疑問に思ったこと等があるのでしたらいってください」

 

 悠人はなんとかエスペリアの言ったことを理解した。もともと悠人が考えた案だったのだが、これほど深く考えていたわけではない。だが、エスペリアは悠人の案を細かいところまで補完してくれたのだ。参謀と名乗っても誰も文句は言わないだろう。

 

 結局、特に疑問などは出なかったので、戦力の割り振りについての話し合いに入った。悠人、エスペリア、セリアが一番効果的な戦力の割り振りについて意見を言い合う。そんな中、横島は話し合いに参加せず、地図の一部分を凝視していた。

 

「エスペリアさん……ここって一体なんですか?」

 

 地図上でリーザリオの近くに町でも城でもない妙なマークがあったのだ。横島はその地点が不思議と気になっていた。

 

「はい、ここは坑道ですね。鉱石などの資源を掘り起こすところです。ただ現在は使われてないようですが……」

 

 横島の頭に天啓が降りてきた。この考えがうまくいけばリーザリオにいるスピリットを一人も殺すことなく抑えることが出来るかもしれない。本当に最小限の戦力で。

 

「もう少し詳しく教えてほしいんですけど」

 

「詳しく……ですか。ええと、かなり広い坑道で……入り口は一箇所しかなくて……すいません。正直これ以上は……」

 

「いえ、十分っす。……これならいけるか……」

 

 考えた案を頭の中で手持ちの文珠の数と相談しながらシミュレートする。そして出てきた答えは成功の二文字だった。横島は決断する。

 

「リーザリオには俺一人で行く」

 

 騒がしかった場が一気に静かになった。熱くなっていた空気が冷やりとしたものに変化する。セリアはまた馬鹿な冗談かと横島を見たが、その顔は真剣そのもので、冗談を言っているのではないと分かった。

 

「……ヨコシマ様、もう一度言ってくれますか」

 

「だから、俺が一人で行く」

 

 今度こそ、場は水を打ったように静かになった。まるで誰かの息遣いが聞こえてきそうなくらい静かで、空気が重くなる。

 

「あの、ヨコシマ様。確かにヨコシマ様の力はラキオスの中でもトップクラスなのは間違いありません。しかし、いくらなんでも一人というのは少々厳しいかと……」

 

 エスペリアが控えめに反対する。エスペリアはリーザリオに行くのはエトランジェのほうが良いとは言ったが、一人で行けなどとは一言も行ってない。

 全員の視線が横島に集中する中、横島はここにいる全員を納得させようとする。

 

「大丈夫だって。ちゃんと考えがあるし、それに俺には皆には言ってない秘密の力があるからな」

 

 悠人は横島の言った秘密の力が何なのか分かった。

 万能という言葉に最も近い奇跡の力。文珠である。横島は悠人には文珠の存在を教えていたのだ。そして悠人は誰にも文珠のことを言わないと約束した。

 悠人は、確かに文珠があれば一人でもなんとか出来るかもしれないと考えたが、セリアやエスペリアは文珠など知らない。彼女らからすれば、自分たち仲間にすら教えられていない『力』を横島が隠していたということだ。

 

「それで、私たちに秘密にしていた『力』とは何なのか、教えてくれませんか?」

 

 セリアがにこやかに、非常に丁寧な言葉遣いで横島に聞いてくる。だが、それは噴火直前の火山のようなものであった。

 

「いや、秘密の力は秘密だから言うわけにはい「ふざけないでください!!」

 

 怒りの声を上げ、横島を睨みつけるセリア。当然だろう。これから団結して戦争するというのに、仲間にすら力を隠していたのだから。

 特にセリア本人も気づいていないが、彼女は横島を信じかけていた。いくら人間不信でも一ヶ月も同じ屋根の下で生活すれば情も湧くというもの。

 

 信じかけていたからこそ、辛かったのだ。

 

 しかし、横島だって辛かった。喋っていいのならすぐにでも話したい。だが、文珠という強力で便利すぎる力はあまりにも危険。万が一にも情報の流出は防ぎたいところだ。

 

「お願いですから教えてください。ヨコシマ様の『力』が何か分からないことには、私どもとしても如何したらよいのか……」

 

「うっ……」

 

 エスペリアが頭を下げてくる。想像以上に文珠のことを言わなかったのは不味かったらしい。セリアは凄い形相には睨まれ、エスペリアは悲しそうな顔で懇願してくる。悠人はどうしたらいいのか分からずおろおろしている。

 

 喋ってしまおうか。

 

 ふと、そんな誘惑に横島は駆られた。後々、何らかの問題が起こる可能性や、他国に文珠の情報が漏れる可能性もあるかもしれない。だが、セリア達からこのような目で見られるのは嫌だった。

 

(喋れば楽になれる。喋れば……!)

 

 そこまで考えて横島は頭を横に振る。

 ただ、セリア達から嫌われたくないからといって、後々に続く災厄の種を埋めるわけにはいかない。

 

(そんな目先のことばかりに囚われていたら、いつか本当に大切なものを失くしちまう……あの時の様に!!)

 

 私情に囚われれば、大局を見失う。以前『天秤』が横島に言ったことだ。まったく望んだことではないが、大局を見て行動しなければいけない立場になったのだ。こんなことで大局を見失うわけにはいかない。

 

「すんません。やっぱり言うわけには……」

 

 怒り、憎しみ、不満、悲しみ。いくつもの負の感情が場を包み込む。セリアやエスペリアは何故横島が力を秘密にするのか分からず、ただ不満の感情を横島にぶつけていた。文珠を知る悠人だけは横島の気持ちを察する。確かに不用意に喋れることでは無いのは当然だが、文珠の説明抜きでエスペリアたちが納得するのは難しいだろう。横島の気持ちとエスペリアの気持ちの両方が分かる悠人にとって、この状況は板挟みのようなものだった。

 いくら横島が一人で行くといっても、悠人が許さなければ横島は一人でリーザリオに向かうことはできない。悠人は横島の考えを承諾するか悩み、そして決断した。横島を応援しようと。

 

「横島……一人で大丈夫なんだな?」

 

「ユート様、お待ちください! 本当にヨコシマ様に隠された『力』があるのかも分からないのですよ!」

 

「……俺は横島の力が何のか知っているし、見たこともある。その力を使えば一人でも何とかできると思う」

 

「へえ、なるほど。そうですか、エトランジェ同士では話し合っていたわけですね……ふふ」

 

 セリアが冷たく笑う。

 もうこれ以上重くならないと思われた空気が、さらに重くなった。まるで空気が鉛のように重い。海に耐圧服なしで潜っているようなものだ。空気が質量を持ったら、こんな感じなのかもしれない。

 この空気を作った横島は何とか空気の正常化をするために、一発ギャグでも言いたいところだが、さすがにここで一発ギャグを放つほど横島は空気の読めない男ではなかった。

 

 重苦しい沈黙が続く。

 1秒が10秒以上に感じられるような沈黙の中、動いたのはエスペリアだった。

 

「……ヨコシマ様が一人でリーザリオに向かうと言うことは、ヨコシマ様を除いた全ての戦力をバーンライ首都に送れるでしょう。それは喜ぶべきことです。

ヨコシマ様、ユート様。決断権はお二人にあります。私たちは出た結論に喜んで従いましょう。……それで、いいのですね?」

 

 そして出た結論は――――――

 

「ぐおーー!!! セリアに嫌われたーーー!! 

 

 会議が終わり、自室に戻った横島は頭を抱えてベッドで転がっていた。それはもうとんでもない転がりようだった。例えるなら機関銃を乱射されて転がってかわす、どこぞのカンフーヒーローのようだ。

 そして、ごろごろと転げまわり終わると、生気のない目で天井を見つめながら呟く。

 

「成長……してるんだよな?」

 

 横島は自分の今までの姿を思い起こしていた。

 

 うぎゃーと叫びながら美神に隠れる自分。

 恐竜の霊とカップルぶっ殺し隊をする自分。

 人型ゴキブリと共生する自分。

 格好良くキックするはずが、キンタ○直撃する自分。

 女風呂の覗きを失敗してしまった自分。

 

 恋人を殺した自分。

 

 思い起こすその姿は、あまりにも情けない。

 穴があったら入れたい……ではなく入りたくなるほどだ。

 別にそのことが嫌だったわけではない。むしろそっちのほうが自分にあっていると思う。

 しかし、このままではいけなかった。

 このままでは……

 

(女にもてない! ……だけじゃなくて、俺の目的が達成できない!)

 

 横島の目的。それはこの世界でセリア達と共に生き残り、奴隷同然のスピリットを解放して、あわよくばハーレムを形成すること。スピリット達は純粋で男に免疫がなさそうなので、本当に不可能じゃないと横島は考えていた。

 栄光のジョニー・B・グッドを歌うのも不可能ではないかもしれない。

 その為にも強くならなくてはいけなかった。心身共に。

 以前の情けない自分とはおさらばして、最高にクールな男に生まれ変わるのだ。

 

 バタン!

 

「ん?」

 

 突如、乱暴に扉が開けられた音が響く。首を扉の方に動かし、見てみるとそこには誰もいない。ただ閉まっていたはずのドアだけが開いていた。

 横島の第六感が警報を鳴らす。前方、後方、左右、どこにも異常は見られない。

だとすると……

 

「ヨコシマ様ーー!!」

 

「ぐはっ!!」

 

 ジャンプして上空にいたネリーのフライングボディプレスが横島に炸裂。シリアスモードだった為、効果は抜群だ。

 ネリーはそのまま横島の上でマウントポジションを取り、絶対的に有利な体勢になる。

 

「ヨコシマ様、一人でバーンライトのスピリットと戦うって本当なの!!」

 

 どこから聞いてきたのか、ネリーは横島が一人でバーンライトのスピリットと戦うことを知ったらしい。腹の上にのっ掛かられて苦しいが何とか喋る。

 

「あ、ああ、本当だけど……別に戦うってより抑えるっていったほうがいいような……つかどいてくれ~」

 

「だめだよ! 危ないよ、ヨコシマ様! 行くならネリーも一緒に行く!」

 

 ネリーは横島の顔を掴み、がくがくと揺らすネリー。横島は何とかネリーを落ち着かせようとしたが、気がつけばそこにいたのはネリーだけではなかった。

 

「シアーもがんばるから……連れてってほしいの」

 

「わ、私は小さくて、ヨコシマ様と比べると弱いですけど……でも少しはお役に立てると思います!」

 

 いつの間にやらシアーとヘリオンが部屋に入ってきていた。

 シアーとヘリオンのお願いに横島の心がぐらぐら揺れる。可愛く、健気で、自分の身を案じてくれている二人を、一も二も無く連れて行きたくなった。なにより、横島自身も実際はかなり心細いのだ。しかし、連れて行くわけには行かない。横島の考えた策は、別に人数を必要としていない。もし、ネリー達がこちらに来てしまえば悠人達の戦力が下がってしまう。なにより、ここで誰かを連れて行けば、また誰かの影に隠れて応援する以前の自分に逆戻りだと考えてしまった。

 

「俺は一人でも大丈夫だから。これが戦略・戦術的に正しいはずだし。いくら俺が好きだからってわがままは駄目だぞ」

 

 最後のほうは冗談めかして言ったのだが、シアーもヘリオンもそこら辺はまったく聞いていなかった。二人にとって重要なこと、それは、

 

「ヨコシマ様~」

 

「そんな……」

 

 横島から拒絶されたということだけだ。

 

「……ヨコシマ様はネリーが隣にいなくて平気なの?」

 

 目を真っ赤にして、ネリーは横島の上に乗りながら悲しそうに見つめてくる。

 ちくちくと心が痛むが、仕方ないことだと自分に言い聞かせた。

 

(あれ……でも今のネリーの言葉、どこかで聞いたことがあるような……いや、言ったことがある?)

 

 横島には今のネリーの言ったことにデジャブを感じ、不思議なほどネリーの気持ちが伝わってきた。

 

『ネリーが隣にいなくて平気なの!』

『ヨコシマ様にはネリーが必要ないの!』

 

 役に立ちたい。

 ネリーの思いが痛いほど良く分かる。

 

 ネリーの頭を撫でたい。抱きしめたい。一緒に戦おうと言いたい。

 心がそう求める。だが、横島は自分を無視した。

 

「……ごめん」

 

「ヨコシマ様のバカ! もう知らない!!」

 

 横島に拒絶されたネリーは憤慨し、鉄砲玉のように部屋から飛び出していった。目に大粒の涙を浮かべながら。

 

「ネリー、待って!」

 

「どこ行くんですかー」

 

 その後をシアーとヘリオンが追っていき、部屋から出て行った。その姿を横島はただ見ることしか出来ない。追いかけたいという衝動もあったが、追いついたとしてもなにも言うことがないのだ。どうしようもない。

 

(もてる男は辛いぜ……ははは…は………はあ~)

 

 セリアからは睨まれ、子供たちを泣かしてしまった。まったくクールじゃない。正しいと思っている行動を取っているはずなのに、ものすごく悪い行動をしている気がする。

 

「女の子を泣かすなんてだめなんだよ。お兄ちゃん」

 

「!?」

 

 いきなり真後ろから聞こえてきた声に横島は飛び上がらんばかりに驚く。いったい誰だと振り向くとそこには不思議そうに首をかしげているエニが立っていた。

 

「ねえ、お兄ちゃんはなんでエニ達を連れて行ってくれないの?」

 

 エニの言葉には不満や悲しみは含まれていなかった。単純な疑問そのものだ。

 

「エニには少し難しいだろうけど、戦略・戦術的にこれがベストなんだよ。それに皆が来るときっと甘えちまって、強くなれないからなー」

 

「う~ん……じゃあ、エニたちはお兄ちゃんが強くなるのに邪魔なんだ」

 

「……あれ?」

 

 そういうことになるのだろうか。そういうことになってしまうのか。

 横島忠夫という男にとって、可愛い女の子が傍に居るのが、強くなるのに邪魔になる。

 何かが決定的に違う気がする。あまりにも馬鹿げた矛盾がある気がする。だが、それが何なのか分からない。

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

「あっ……いや、何でもない」

 

「もう、お兄ちゃんしっかりしてよ。お兄ちゃんの命はお兄ちゃんの物だけじゃないんだよ」

 

 どくん!

 

 横島の心臓が大きく跳ね上がる。

 

 そう、この命は自分だけのものではない。この命は自分と彼女の命だ。

 なんでそのことを知っているのだろう。

 

「テンくんだっているんだからね」

 

 ずるっとこけそうになった。少し考えすぎている自分に呆れる。そして、からかうネタが出来たことを喜んだ。

 

「いや~愛されてるな『天秤』」

 

『……お得意の嫉妬でもしたらどうなのだ。主よ』

 

「いやいや、こんな微笑ましい子供カップルに嫉妬なんてしないっての」

 

『だれが子供だ!』

 

「二人とも喧嘩は良くないよ」

 

 どーでもよさそうな横島と『天秤』の会話が始まる。こういったところの『天秤』のメンタリティは確かに子供と変わりないといえるかもしれない。横島に遊ばれているのがいい証拠だ。

 

「じゃあ私はもう行くよ。セリアお姉ちゃんが訓練してくれるんだって」

 

「セリアは怖いからな~気をつけろよー」

 

「うん、気をつけるよ。またねテンくん」

 

 そしてエニはとてとてと謎の擬音を残して部屋から出て行った。

 

「可愛い子やな~『ロリ剣』 あんな子に好意を向けられたらお前がロリ道に入ったのも仕方ないか」

 

『だれが『ロリ剣』だ!! その呼び方をやめよ!!』

 

「悪い悪い。エニのほうが年上だものな。確かにロリじゃないか」

 

『私がエニより子供だと! 笑わせるな! それに私は剣だ。誰かと懇意になるなどありえん』

 

「何を言う。愛があれば人間と魔族も、有機物と無機物も、実体と霊体も、果てはお面同士だって仲良くなれるんだぞ。お前とエニだって恋人同士になれるはずだ」

 

『それほど性に開放的なくせに、なぜ幼子を愛でないのだ!!』

 

「俺はロリコンじゃねえって言ってるだろうが」

 

『年齢の差のほうが、種族の違いよりも重要というのか!!』

 

 一人と一本が奇妙な恋愛観を語り始める。途中で怒鳴り声も響いているが、傍目から見れば楽しく話しているようにしか見えないだろう。本人たちは否定するかもしれないが、友人同士の意味のない馬鹿話のような会話だった。

 

 コンコン

 

 ドアのノックが響く。どうやらまたお客がきたようだ。

 

「入っていいっすよー」

 

「失礼します、ヨコシマ様」

 

 ヒミカが非常に真面目な顔をして入ってくる。さらに後ろにはナナルゥの姿も見えた。

 固い雰囲気を纏っていることから、艶っぽい話でないことは確かなようだ。

 

「ヨコシマ様、お一人でリーザリオに向かうと聞いたのですが……」

 

 予想通りの質問に心が重くなる。また文句や小言を言われるのかと。心配してくれているのは分かる。気にかけてくれるのは嬉しいものだが、お説教は食らいたくないものだ。

 

「確かに一人で行くけど……」

 

「勝算はあるのですね?」

 

「……ああ、ちゃんとある」

 

「ならば私から言うことはありません。御武運を祈るだけです」

 

 ヒミカはその場で一礼するとくるりとその場で向きを変え、部屋から出て行く。怒られたり、悲しまれたりしなかったのは良かったが、ほんの少し寂しかった。ただ、ヒミカは部屋から出て行くときに、横島に聞こえないくらいの声で呟く。

 

「ヨコシマ様は死んではいけない人……私もやれるだけのことはやらないと……」

 

 ヒミカが出て行き、部屋には横島とナナルゥの二人だけになった。ナナルゥは感情の薄い瞳で横島を見つめ続ける。一体何をしにきたのかさっぱり分からない。

 

「え~と……」

 

「……私は命令ならば従うだけです」

 

 ただ一言、それだけ言うとナナルゥは部屋から出て行った。ナナルゥは必要のあること以外は口に出さない。話しかければ応対してくれるが、必要最小限しか話さないのだ。ならば、今言ったことには何らかの意味があるはずなのだが、特に意味があったようには感じない。今の言葉はナナルゥにとって始めての意味のない言葉だった。

 

 コンコン。

 

 またもやノックがなった。第二詰め所の面子で横島の部屋に来ていないのはセリアを除けば後一人だけだ

 

「ヨコシマ様~入っていいでしょうか~」

 

「いいっすよー」

 

「それでは~失礼します~」

 

 ハリオンが手にお盆を持ちながら部屋に入ってくる。お盆には甘い匂いのする饅頭のような物が乗せられていた。ちょっとだけ形がいびつな饅頭は、手作りということを示している。ハリオンはお菓子作りが大の趣味なのだ。趣味を持つスピリットというのは珍しいことだったりする。

 

「おおーうまそうだ。いっただっきまーす」

 

 無遠慮に横島は饅頭に手を伸ばしたが、ハリオンはお盆をひょいと上げて伸びてきた手をかわした。そしてにこにこと笑う。

 

「お姉さんの~質問に答えたらお菓子をプレゼントします~」

 

 どうやらお菓子でつる作戦のようだ。

 質問の内容がなんとなく分かった横島はしぶい表情を作る。

 

「……んで、なんすか、質問っていうのは」

 

「もう~そんなに怖い顔しないでくださいよ~私はただヨコシマ様が無理をしていないか聞きに来ただけなんですから~」

 

 どうやらハリオンは横島が一人で戦いに行くのを咎めにきたわけではないらしい。

 

「それで~ヨコシマ様はつらいなあ~とか思ってないんでしょうか~」

 

 深い慈愛を湛えた緑色の瞳が横島に向けられる。

 ここで辛いといえば慰めてくれるかもしれない。本当は怖いといえば楽になれる。だが、横島は弱音を吐かなかった。自分自身の心の弱さを見せてはいけないのだ。クールな男は。

 

「大丈夫っす。これでもこの世界に来てから鍛えてるんですから!」

 

「……そういうことを聞いたんじゃないんですけど~」

 

 どうにも空気が良くない。横島と一緒にいると馬鹿らしくも暖かい気持ちになるのだが、どうしてもあまり良い空気にならない。妙な空気が充満していた。

 

「う~ん……良くないですねえ~お姉さんパワーも効かないなんて~だとすると~

……ファーレーンさんが好きだったお菓子はなんでしたっけ~」

 

「はっ?」

 

「いえいえ~こちらの話です~それじゃ~お菓子はここに置いていくので~」

 

 そう言ってハリオンはドアを開けて部屋から出ようとしたのだが、最後に残念そうな表情を浮かべ、

 

「ヨコシマ様が~自分のことをどう思っているのか分かりませんけど~お姉さんは~いつものヨコシマ様のほうが好きなんですけどね~」

 

 そう言い残して部屋から出て行った。

 

 ぽつんと一人残された横島はハリオンが置いていった饅頭を一口食べてみる。饅頭は甘かった。だが、美味しくなかった。間違いなく美味しいといえる味をしているのに美味しくない。

いまの横島には味を感じる余裕すらもないのだ。

 

「成長……してるんだよな?」

 

 先ほど言った言葉を繰り返す。

 自分の為、スピリットの為、ハーレムの為、恐怖に耐えて自分らしくも無い行動を取ることを選択したのだ。情けなく、馬鹿で臆病な自分と決別し、スピリット達を開放してモテモテ街道をばく進するヒーローになるのだと。その為に冷静になり、先を見通す大局的な視点を手に入れる。

 

 最後にはハッピー&ハーレムエンドに到達する為に。

 

「見える! 見えるぞ!! 目の前に広がるばら色の未来が! がっはっはっは!!」

 

 一体何がおかしいのか。一人、部屋で高笑いをする横島。

 そんな横島を『天秤』は冷めた目で観察していた。

 

(ふん……偽善……いや、自己欺瞞か。虚の使い手が自ら虚に囚われるとは……愚かとしか言いようが無いな。

 しかも、私が殺しに慣れさせようと、毎晩スピリット殺害映像を流し続けているのに抵抗する始末。人の好意を無にするとは困った主だ。

 しかし、どうも情緒不安定なところもあるようだな。あまり強力な暗示は避けたほうがよいかもしれん)

 

 部屋では横島の笑いが響き続けていた。がっはっはと俺様笑いをする横島は凄まじく不似合いで、滑稽そのもの。しかも、俺様笑いが似合っていない事を自覚しているにも関わらず、横島は笑いを止めようとはしなかった。

 

 その日、空は荒れに荒れた。まるで横島の心の中を示すかのように……

 

 そして出征の日が来る。

 

「見送りは……なしか~」

 

 あれから、二日。あの後、第二詰め所のメンバーとはどうにもギクシャクした日々を送っていた。特に年少組のネリー達は口も聞いてくれず、少々さびしさを感じている。かなり怒らせてしまったようだが、それでも見送りぐらいは来てほしかった。今頃、セリア達は悠人と一緒にブリーフィングでもしているのだろう。

 横島は一人、リーザリオを目指して出陣する。

 

 GSの時の荷物持ちのように背中に必要な大きな荷物を背負い、ラキオスに背を向けてリーザリオに向かおうした時、後ろから誰かが駆けてくるのに気づいた。

 

 女の子たちが見送りに来てくれたのか!

 

 期待に胸を膨らませて振り返る。そこにいたのは……

 

「おい、横島。もう行くのか」

 

 悠人だった。

 その瞬間、横島は一瞬で悠人の懐に潜り込む。えっと悠人が驚いたときはもう遅かった。

 横島は拳を作り、そして……

 

「悠人かよ!!」

 

 悠人の胸に突っ込みという名の裏拳を叩き込んだ。

 

「ごふ!!」

 

 突っ込みという名の暴力の前に、悠人はその儚い命を散らした。

 

「勝利など容易い!」

 

 戦いは終わった。二人の戦いは未来永劫語り続けられるだろう。

 しかし、いつかまた第二、第三の悠人が現れるかもしれない。だが、そのときはきっと彼が現れる。超絶美系戦士。その名も横し「ざけんなあああ!!!」

 

 悠人、復活。

 

「生きてたのか、悠人」

 

「人を勝手に殺すな! しかも、何わけ解んない事を言ってやがる!!

それに、話すときはちゃんと「」の記号を使って話せよ! 変なナレーションに聞こえるぞ!!」

 

「その発言はぎりぎりだ! メタな発言は嫌われるぞ!!」

 

「お前が言うな!!」

 

 漫才としか思えない二人のやり取り。これから戦争に行くのだというのに、悲壮感が微塵も感じられない。

 

(まったく! こいつと話していると大声ばかり出すことになるな)

 

 悠人はあまりにぎやかな人物ではない。学校でもあまり目立たず、友達も少なかった。特に暗いというわけではなかったが、生活費を稼ぐためのバイトが忙しく、学校ではもっぱら体力の回復に努めており、友人を作る暇などなかったのだ。

 何より、悠人自身が友人を作ろうとせず、佳織にばかり時間を割いていたのも友人が少ない理由だろう。仲の良い友など5人もいない。心を開くことが出来ない悠人にとって、人付き合いというものが苦手であった。

 

 だが、横島と話している時だけは別だった。横島と話していると勝手に地が出てしまうのだ。どんなに取り繕った人物でも、横島の前では素を引き出されてしまうのではないだろうか。レスティーナ王女の一件でもそのことが良く分かる。おかげで悠人はレスティーナ王女のことを少しは信頼できるようになっていた。

 

「ったく。せっかく見送りに来てやったのに……」

 

「へーへー、それはどうもご苦労なことで……男に見送られても嬉しくないんだっつーのに。何で女の子たちが来てくれないんじゃー!!」

 

「……見送りたくないって言ってたぞ」

 

「うう……女なんか、女なんかーーー!!」

 

 ぶつぶつ文句を言っている横島に悠人は肩をすくめた。

 多少というか多分に変態な所がある横島だが、根は優しく善人だというのは十分知っている。これからも力を合わせて協力していかなければいけない人物だ。

 その横島が一人で戦いに向かう。

 いくら文珠があるといってもやはり不安はある。そして、最終的に横島を一人で行かせる決断したのは悠人だった。悠人には横島を戦場に向かわせる責任がある。だからこそ、悠人は横島のところへ来た。上司として、友人として、見送るために。

 

「がんばれよ、横島。……文珠もあるし、大丈夫……なんだよな?」

 

「まあなんとかなるだろ。色々と考えもあるしな」

 

 横島は楽観的だった。ネガティブというか自分に自信がない部分が横島にはあるのだが、成長しているから、いや成長するのだからと、むりやり決め付けて心のゆとりを保っているのだ。本来の横島なら「もうおうちに帰るー!」とでも言って逃げ出しているかもしれない。

 

 悠人は自信ありげな横島を見て、少し不安になった、普通、自信があるように見えたなら安心するところなのだろうが、何か変だった。なんとも言えないような違和感を感じる。

 

「おい横島。やばそうだったら逃げるんだぞ。命あっての物種なんだからな」

 

 悠人の言葉は一人の友を純粋に心配するものだった。だが、横島はその言葉を聞いて顔を歪める。

 

「……悠人、俺が逃げたらどうなるか……分かって言ってんのか?」

 

 横島は悠人をぎろりと睨みつけた。

 

「俺が逃げたらラキオスは負ける。別にそれはかまわないけど、そうなったら間違いなく王族は殺される。エスペリアさん達もどうなるか分からない。佳織ちゃんにも命の危険があるかも知れないんだぞ。お前が俺に言うことは、死んでもスピリットをラキオスに入れるなってことだろうが。優先順位をしっかり決めておけっての」

 

 横島の言っていることは正しい。悠人の一番の目的は佳織の安全である。次いで横島に頼まれたセリア達スピリットの命だ。横島の命と佳織の命を天秤に掛けることがあったなら、悠人は躊躇なく横島を見捨てなければならない。実際、そういう事態が起こったら悠人は横島を見捨てて佳織を助けるだろう。しかし、そう簡単に命の優先順位を決めることが出来るのだろうか。

 

「そんなに簡単に優先順位なんて決められるかよ……横島だってどうなんだ。自分で言うように優先順位をしっかり決めてるのかよ! そして本当にいざって時に決めた優先順位通り動けるのか!」

 

「……俺はできるさ。一度……いや、二度経験しているからな。だからこんなことだって言える。もし、お前を殺すことでセリア達や佳織ちゃんが助かるようなことがあれば……殺すぞ。例え佳織ちゃんに恨まれたとしても」

 

「なっ……!」

 

「……お前に死んでほしいとか言ってるわけじゃないからな。ただ、お前の命よりセリア達の命のほうが大切だってことだ。……不必要なものを切り捨てていかないと、本当に大切なものが守れなくなっちまうからな」

 

 悠人はただ驚いていた。横島という男が、ここまでクールでドライだとは思ってもいなかったのだ。確かに横島の言うことはもっともかもしれない。本当に自分たちにとって大切なものを守りあう。そのことは悠人にも異論は無い。横島が言ったように、もし自分と佳織のどちらかしか助けられない事態になったら、横島には佳織を助けてもらわねば困る。逆もまたしかりだった。

 

 ただ、悠人は横島に対してますます違和感を強く感じ始めていた。別に嘘を言っているようには感じない。しかし、何か変な気持ち悪さが横島から感じていた。まるで横島なのに、横島じゃないようだ。

 本当に横島を一人で行かせて良いのか、悠人も少し不安になっていた。

 

 そんな中、『天秤』は嘲笑と感嘆を横島に送っていた。

 

(やれやれ、自分の心すら誤魔化している男がよく言う。下らん理由付けだ。

だが、先を見通す力や洞察力は意外と優れている……素材としては最高と言ってもいい。しかも下地は十分に出来ている。本当に導きがいのある主だ)

 

 『天秤』は横島の様子にご満悦のようだ。

 

「……そんじゃあ行ってくる」

 

 横島はリーザリオに向かって歩き出す。

 

 リーザリオに向かっていく横島の姿を睨むように悠人は見ていた。

 

(確かに横島の言うとおりかもしれない。こんな世界では自分にとって大切なものだけを考えていけばいいのかも知れない。必要ないものは切り捨てたほうが良いのかも知れない。でも……それでも!)

 

 小さくなっていく横島の姿に向かって、あらん限りの声を上げる。

 

「横島、死ぬんじゃないぞ!! 大切な人を守るのに、代償なんて必要ないはずなんだからな!!」

 

 それは激励の言葉だった。その激励は横島が一番言ってほしい言葉であり、一番言ってほしくない言葉そのもの。愛するものを守り続けて、失ってもいないから言える台詞。

 横島はそんな悠人がたまらなく憎くて、たまらなく羨ましかった。

 何か悠人に言おうかと横島は思ったが、何も言わないことにする。

 

 今はただ前を見つめ、歩を進めるのみ。

 

 自ら望んだ孤独な戦いが始まる。

 

 

 


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