コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 70 未来

「来ました!」

神楽耶が、声を上げる。指さした先にあった黒い点は次第に大きくなり、目の前の港に着水した。アヴァロン級戦艦二番艦のそれは、『王』の乗艦となり『エリシオン』と名付けられた。

「久しぶり、神楽耶」

特区成立から、2か月。日本は愛媛県の松山市を仮の首都として、復興の途中にあった。四国の地方都市で戦争の被害が比較的薄かった点と、領土の中央にあるという点が選ばれた理由という。

 

「お久しぶりです、お義兄様」

日本の妹が、抱き着いてくる。日本は六家が中心となり、暫定政権を立ち上げた。とりあえず枢木政権時代の生き残りを大臣に据え、選挙ができるよう戸籍を整理している段階だ。

だが桐原たちにとっては、思っていたほど甘い果実を得られなかった。神楽耶に完全に頭を押さえられてしまったのである。排除しようにも、後ろにブリタニア皇帝すら動かす存在がいては手を出せない。

 

「日本のこと、忘れないでくださいませ」

2か月前、ブリタニアに行こうとする義兄に、神楽耶はそう言った。シャルルは特区成立の際、一つ条件を出した。ライのブリタニア皇族復帰が、それである。

表向きは『王』の末裔、皇族やラウンズ、日本の要人には真相が伝わっている。信じようとしない者も、ネージュがヤルダバオトを召喚してみせると信じざるを得なかった。

一番衝撃を受けたのはコーネリアであっただろう。自分が誰を相手にしていたのか。それを知った彼女は、足腰が崩れてその場にへたり込んでしまった。

 

「忘れないよ、日本に妹がいることは」

そう言って、『蒼』は役目を終えた。同時に、ブリタニアで二人目の『王』が誕生した。領土も持たない、国の主である。

そのブリタニアは、激震のさなかにある。ルーミリアが持っていた、エリス嬢の回想録。シャルルはあれを、大々的に公表したのだ。

「この国について、考え直すべきなのかもしれぬ」

そう言ったが、これまで皇帝としてかぶってきた仮面を外すための方便として回想録を使ったのかもしれなかった。

 

とはいえ、皇帝が言及した『エリスの回想録』は売れに売れた。おかげでルーミリアはかなりの印税を手にしたらしい。もしかすると、シェルト家に対する皇帝の謝罪なのかもしれなかった。

とはいえ、本人はそんな事どうでもいいと断言する。男爵に叙任されたのも受けはしたが、喜んだのは両親の方である。彼女にとって重要なのは、自身がライの副官から外されたことだ。

勿論、ライが彼女を手放したわけではない。『王』の親衛隊の司令官としたのだが、人材不足で軍の統括を任せられるのは彼女しかいなかったのである。本人は恐ろしく不満気であったが、やむなく受けた。

 

ただし、一つ交換条件を出してきた。とある貴族に、口をきいて欲しいと。以前ルーミリアと見合い話が持ち上がり、こっぴどく振ったところ逆恨みされたのだという。

「言ってませんでしたか?それでほとぼりを冷ますため転校することになって、アッシュフォード学園にやってきたのですけど…」

当然ながら、その貴族も『王』相手では何もできるはずがない。平伏して、謝罪を繰り返すだけであった。

しかし彼女が狡猾なのは、何気なく自身を『王』の愛人だと思わせたことである。その貴族から噂がぱっと広まり、それを耳にしたカレンが激怒したのは言うまでもない。…まあ、いつものことである。

 

空いた副官の席には、リディナが座ることになった。『王』の元で使ってほしい。そう、彼女は言ってきた。ルーミリアには及ばないが、それは比較相手が間違っているからだ。

そのリディナを推薦したネージュは、自分に従おうとする嚮団の子を集めて一部隊を編成することにした。放り出すわけにもいかなかったからだが、隊長が最も年少に見えるのが何とも言えない。

一方、ロロはどうしたかと言うと、ユフィの元に残った。ネージュが誘ったのを、拒否したのだ。

「もう少し、こちらに居させてください」

覚悟を決めてそう言ったロロに、ネージュはむしろ笑顔を浮かべた。もし命令だからと了承していたら、もうしばらくユフィの元に放り出すつもりだったのだ。

どうやらユフィの元での日々は、予想以上のいい影響をもたらしたようである。

 

さて、問題だったのがマリーカだ。ギアスのことを知っている者なら話は別だが、式典での銃撃犯として罪に問われるのは避けようがない。

「兄の仇を討とうとした行為、その点は讃えよう」

ライはそう言い、シャルルもユフィも『王』の雅量として美談にすり替え、刑事罰は回避した。しかし通常のエリートコースは閉ざされた。士官学校は、除籍となったという。

当てがないならライが召し抱えてもよかったのだが、ユフィが腹心として拾い上げるつもりだという。彼女にしてはその方がいいだろう。挨拶に困るのは目に見えていた。

 

そのユフィは、エリア11総督に格上げされることが内定している。しばらく様子を見た後、コーネリアは武断派の彼女が必要なエリアに送り込まれることになる。有力候補は、制圧してすぐ離れたエリア18か。

「しかし、あまり過大な要求をしてユフィを困らせてはいけないよ、神楽耶」

皇帝の意向も得たと言っても、やはり特区はこれまでのブリタニアからすれば異端の政策だ。日本が図に乗れば反発する声は大きくなる。その点は、しっかり釘を刺しておかねばならない。

 

問題は、ユフィの軍事能力が未知数であることだ。いくら日本との折衝に最適の人物としても、中華連邦との最前線の総督が戦下手では不味いだろう。

中華連邦の方では、ついに曹将軍が決起した。その混乱が続く間に、情勢を整える。ブリタニアの方でも戦略顧問として信用のおける、実力のある人物を探しているところだ。

「スザクとの連携は欠かさないでくれ。いざと言うときは、僕が駆け付ける」

スザクにとって、神楽耶は従妹で元婚約者(先日、神楽耶の方から正式に破談としたらしい)、藤堂は武術の師匠である。連携はやり易いはずだ。

しかし、ゼロ、ルルーシュが、その中華連邦に逃れたという噂がある。ブリタニアの破壊。彼は、彼なりの『正義』を貫くため行動している。余裕はあまりないかもしれない。

 

ユフィとスザクの二人は、ゼロの正体について何となく予想していたようだ。そうであってほしくないという希望が潰れた諦念と、ルルーシュの心境をよく知るだけに納得したという表情が入り混じっていた。

「彼の境遇に同情する点が無いわけではないし、ゼロと成るに至ったことも理解できる。けれど、僕は賛同しない」

スザクはそう言った。そして、やはり自分はユフィの騎士として、彼女と共に理想を目指す、と。親友と戦いたくないという思いは当然あるだろうが、彼の『正義』もまた揺らぐことはなかった。

 

日本軍は藤堂以下、まず自衛のための戦力を整える段階にある。領土が広がった分規模も拡張しなくてはならなくなった。それでいて、下手な軍拡に奔らないよう歯止めをかけなくてはならない。

『天叢雲』の隊員たちの多くはその日本軍に参加したが、そうしなかった者もいる。例えば扇は事務能力を買われて官僚に転向したし、普通の生活に戻りたいと希望する者もいた。南、杉山、井上あたりがそうである。

なお、ひとまずの平和が見えてきたので、この後特区では祝い事が続いた。『天叢雲』内でも小野寺が例の許嫁と正式に結婚したし、桐生も恋人と同棲を始めるという。

意外だったのは、『王』となったライに付いて行こうと考える者がかなりいたことだ。筆頭が朝倉と小笠原である。朝倉は自分の意思で、小笠原は「井上や桐生と相談した結果、何故かあたしになった」らしい。

 

不幸と言うか、不遇な立場に追いやられたのは片瀬であろう。ルルーシュがかけたギアスはネージュが解除してくれたのだが、本人が与り知らぬ間に退役させられ隠居の身分が決定していた。

それに対し、ディートハルトは狡猾だった。全く悪びれる様子もなく、キョウトの紹介状を持ってライの元に広報の担当として自らを売り込んできたのである。

「乗る船を間違えました。ぜひ、あなたの元で使っていただきたく…」

その席で、ゼロとの関係から自分の目的まで洗いざらい白状した。臆面なく、ここまで言える男も珍しいだろう。あまりの図々しさに、怒るより笑うしかなかった。

その瞬間、彼は賭けに勝った。『王』の番記者という新たな立場を手にしたのである。

 

とはいえ、これで日本からレジスタンスが一掃されたわけではない。一片の辞令で済む問題ではないのは当たり前である。神楽耶たちが粘り強く説得しているが、最後は軍事力の行使も考えねばならないだろう。

その中で特に強硬なのが、やはり房総の『旭日隊』である。ゼロが消えた後、看板を元に戻した。彼らの行動は信念と言うより、もう意固地になっているとしか思えない。

特区の範囲内でも、島根や鹿児島あたりのレジスタンスが怪しい動きを見せている。地理的に、中華連邦と深いつながりがあってもおかしくない。どうするかは、大きな課題となるだろう。

 

他では、アッシュフォード家も男爵に叙任された。ミレイの祖父のルーベン氏にとっては念願叶ったというところだろう。『王』の保護者であった、というのが理由らしい。

ナナリーは、ショックが大きかったようだ。数日、誰も近づけず部屋に籠りきりだった。それを慰めたのはシャーリーだった。彼女も彼女でショックだっただろうが、その彼女の必死さがなんとか立ち直らせた。

一般生徒にはルルーシュ・ランペルージとルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが同一人物だと知らせなかったが、気付く者は気付いたであろう。ナナリーは卒業後、皇族復帰する予定だ。

 

―この2か月で、少しずつ世界は変わり始めたのだろう。

 

「……………」

『エリシオン』の艦上で、二人きりで座っていた。ライもカレンも無言で、夕日に映える日本の姿を見守っていた。これが、これまで行ったことの結果なのだと。

ただ、ここから進む先がいい方向なのかは、誰にもわからない。いい方向に持って行くのが、これからの仕事になる。

「……君は、本当にこれで良かったのか?」

この2か月間、どちらも話題から避けていたことである。2か月前、日本を去ろうとしたライに、カレンは付いて来た。

しかしシュタットフェルトの姓は使わず、紅月で通してきたのである。日本人として生きる、という考えを捨てたわけではないようだった。

 

「……井上さんから言われたの。『もう、あなたにとって日本は希望じゃなくて呪縛よ』って」

本当の幸せは、どこにあるか。それをしっかり考えなさい。その言葉は、扇たちみんなが頷いた。ちなみに小笠原が付いて来たのは、「見知った同性がいる方がカレンも心強いだろう」という理由が第一にある。

それにネージュのことがある。行かないと言っていたら、あの甘えん坊がしょぼんとするだろう。その表情を想像してしまうと、どうにも我を通しにくい。

そこで、ようやくわかったのだ。自分の幸せは、どこにあるか。『日本』という国が、幸せを約束してくれるわけではない。周りにいる人たちとの幸せだった記憶、その舞台が『日本』という国であるだけだった。

なお、井上たちに言わせると「『子はかすがい』って本当だわー」となるらしい。

 

「日本を取り戻して…、私は何をしたかったのかな…」

答えは、何もなかった。『日本を取り戻す』と言っている間だけ、自分で自分を許すことができた。『リフレイン』に逃げた人たちに、偉そうなことを言う資格などなかったのだ。

「……それより、私の方こそ、ごめんなさい」

ライが戦ったのは、カレンが無理強いしたからだ。結果、『王』という立場に逆戻りする羽目になった。それは彼にとって幸せなのだろうか。それが、彼女の引け目になっていた。

 

「……僕は、よかったと思ってるよ」

『王』の立場は、欲しいものではなかった。しかし手にした力は、有意義に使う。そう腹をくくれば、悪いものではない。

「こうなったら、もうやりたいようにやってやるさ。これからは、リカルドの亡霊との戦争だ」

200年、彼に毒された世界。その毒を抜くのは並大抵のことではない。200年前に叩いておけば、もっと楽だったかもしれない。しかしそれは、不毛な感傷だ。

 

「……………それに、その、つ、妻のために戦うのは、夫として当然のことじゃないか」

夕日の中でもわかるほど真っ赤になって、彼が言う。言われたカレンはしばらくきょとんとしていた。これもプロポーズなのだろうか。それならしっかり決めなさいよと思うが、そういうところが彼なのだと思う。

そして、返答ならすでに用意してあった。

「……なら、私の一生を、あなたに預けるわ。……信じてるから。私が嫌いなブリタニアは、あなたが変えてくれるって」

そう言って、カレンは心の底からの笑顔を見せた。それを見て、ライはようやく自分が何のために戦っていたのか、その根本にあった物を理解した。

 

7年前のあの日、赤い髪の少女は今のように笑った。

僕は、それを取り戻したかったから戦ったのだ、と―。

 




ルルーシュを否定した先の、未来。この話はここで完結になります。
読んでくださった方、ありがとうございました。

なお、次回作は一応ネタどまりにならなそうな物を執筆開始してます。が、さてどうなるか…。

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