しかし、誰が悪を裁くのか?   作:SKYbeen

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シャッハさんが好きすぎてついつい。ウォッチメンはほんとに傑作や……。


第1話

 

 

 

 

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 ロールシャッハ記 xxxx年 x月x日

 

 

 俺がまず目覚めて取った行動がこの日誌に書き記すことだ。そうでもしなければこの訳の分からない状況において冷静でいられる自信が、ない。

 

 あの時、俺は死んだ。地球でたった一人の超人によって葬られた。カルナックの刺さるような寒さの中、跡形もなく。あの男のことだ、俺は肉片にでも変えられたのだろう。奴の力ならば息を吸うことと同じように容易い。

 

 今、俺が立っている場所はあの世なのか? だが、到底そうは思えない。辺りを見渡す限り、ここがそうだとは考えられない。広がるのはどこまでも続く深い森だからだ。ニューヨークでは決して見ることのない景色が俺の目に飛び込んでくる。新聞売りの男も、充電池にもたれる黒人の少年も、ここにはいない。

 

 オジマンディアスの陰謀は?

 

 ダニエルの安否は?

 

 世界は本当に滅亡の危機から解放されたのか?

 

 偽りの平和の為に死んでいった彼らの魂は、奴を裁いたのだろうか?

 

 しかし、俺がそれを知る手段は無い。ここはニューヨークでも、ましてやアメリカでもない。大気に流れる空気そのものがまるで異なっているのが分かる。

 

 確かに、俺は消えて無くなった。俺という存在が元から無かったかのように。それでも俺は今こうして日誌を書いている。

 

 これが意味することは一つ。俺はもう一度生まれ変わったのだ。このマスクの中でほんの僅かに燻り続けていた「コバックス」があの時完全に消え失せ、一切混じりけのない「ロールシャッハ」として。

 

 どうやって新たな生を享受したのか……。気になる点ではある。だが、それも今となっては些細な疑問に過ぎない。どこにいようとも俺のすべきことは決まっている。

 

 とにかく今は情報が必要だ。どこでもいいから人がいる場所へ向かうべきだろう。ささやかだがこの土地の人々が腐っていないことを祈る。最も、そんなことはあり得ないだろうが……。

 

 

 

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「HURM……」

 

 

 日誌を書き終えたマスクの男。白地の布に蠢く黒のインクは彼の顔そのものだ。

 ロールシャッハは日誌をトレンチーコートの内にしまいこみ、周囲を見渡した。

 

 視界を埋め尽くすのは一面に広がる深い森。日誌に書き記したようにニューヨークの喧騒の中でクズ共を倒していた時では絶対に見ることのない光景だ。彼は今、丁度その真ん中にある道路らしき場所に立っている。しかしその道もかなり長く続いているらしく、果てしない地平線が飛び込んでくる。後ろを振り返ってみると、高くそびえる山々が覗いていた。

 

 

(どうやら余程の田舎に来てしまったらしい。マンハッタンめ、もう少しまともな所に飛ばしてくれればいいものを……)

 

 

 長い散歩になりそうだ。ロールシャッハは内心毒づいた。

 

 ロールシャッハを殺した男。アメリカで唯一の超人、Dr.マンハッタン。世界で一人だけの、たった一人の"スーパーマン"に彼はバラバラに砕かれ、肉片と化した。だというのに、彼は今こうして果てなき道を歩んでいる。こんな芸当が出来るのは他ならぬマンハッタンだとロールシャッハは確信していた。でなければ自身が生きている辻褄が合わない。

 

 神の悪戯だとでもいうのだろうか? しかし生憎、神なら一人で事足りている。

 

 

「…………?」

 

 

 歩き続けていると、ふいに妙な気配を感じた。ロールシャッハは足を止め、周囲に気を張り巡らせる。

 

 この肌を舐めるような嫌な感覚……ニューヨークで日がな浴びていた悪党の視線そのものだ。それに一人ではない。あらゆる方向から視線を感じる。

 

 こんな何もない田舎道にクズ共がいるとは。大方ここを通る者をわざわざ待ち伏せしているのだろう。あまりにも非効率的だというのは赤子でも理解出来る。悪党らしい、何とも小賢しい手法だ。

 

 

「出てこい。いるのは分かっている」

 

 

 挑発。その場から身じろぎもせず、ロールシャッハは言い放つ。

 

 その直後だ。右の森林から猛スピードで影が飛び出してくる。それを皮切りに左、後方、そして前の茂みからも同じように影がロールシャッハ目掛け飛んでくる。

 

 やはり小賢しい。この程度の奇襲、クライムファイターとして何回も、何十回も経験してきたことだ。

 

 まずは真っ先に飛び出してきた右。自身と同じか、もしくはそれ以下の小柄な男だ。下手をするとビックフィギュアに匹敵するかも知れない。なるほどこれなら奇襲には最適だろう。ロールシャッハはその男の腕を容易く掴み、そのまま左へと放り投げる。小柄だけあって、やたらと軽々しく感じた。

 

 

「ぐえっ!」

「ぐおっ!?」

 

 

 ストライクだ。ぶん投げた男は見事に左の男に命中。勢いのまま茂みの方へと沈んでいく。そのまま死んでしまったのか、単に気絶しているだけなのか。両方ともピクリとも動かない。もし前者であるならばなんと軟弱な連中んのか。

 

 これで終わりではない。前後から攻めてくる男たちを避けるべく、懐から銀に輝く銃なようなものを取り出す。マスクを被った時から愛用しているフックショットだ。迷うことなくそのトリガーを引き、近くの木を突き刺す。射出されたワイヤーを高速で巻き取るこの銃はロールシャッハを刺さった木の方向へと送り届けるのだ。

 

 

「へぇ、意外とやるじゃん。俺らの奇襲を対処するなんて」

「奇襲? あんなお粗末なものがか? HUH.お前らは随分と程度が低いんだな」

「ッ……てんめぇ……生きて帰れると思うなよ白黒野郎!!」

「こちらのセリフだ。クズ共め」

 

 

 ナイフ……だろうか。見たことのない形状をした刃物を取り出し、男たちが一斉に飛び掛かる。安直な連中だ。数で勝っているからと油断しているのが丸分かりだ。こちらの単純な挑発に乗る時点でたかが知れている。

 

 微塵も焦ることなく、ロールシャッハはカウンター気味に前の男の顔面に渾身の右ストレートを繰り出す。その拳は完璧に男を捉え、腐ったトマトの如く顔を吹き飛ばした。

 

 …………"顔を吹き飛ばした"?

 

 

「ひ、ひぃぃぃ!?」

「………………」

 

 

 目の前で仲間の顔が破裂して恐怖におののいている男を差し置き、ロールシャッハは血に染まった右手を見つめる。

 

 

(どうなっている? 確かに腕力にはそれなりの自信はある。だが頭をはじき飛ばすなどという芸当は出来なかった………)

 

 

 

 この身体の中で何が起こっている? 何度も何度も同じ疑問が脳内を駆け巡る。自分もあの男のように超人となってしまったのだろうか? 無論、この程度では足元にも及ばないが……。だがよく考えてみれば、先の小柄な男も以前ならばああも容易く投げることは不可能だ。それにも関わらず、自分はまるで小石を投げるかのように……。あの二人が動かなくなったのは気絶しているからではなく、死んでしまっているからだと、この瞬間ロールシャッハは確信した。この不自然な怪力はかのコメディアンさえ上回るだろう。

 

 だが、この力ならば。

 

 蠢く黒が、腰を抜かしている男を捉えた。

 

 

「!! ま、待ってくれ!! お、おおおお俺たちが悪かった!! 頼むから命だけは!!」

「……」

 

 

 ゆったりと、しかし確実に。ロールシャッハは男へとにじり寄る。

 

 

「人殺ししか頭にないクズ共が……」

「お、おおお願いだ!! 命だけは!!」

「己の罪でがんじがらめになったお前は天に向かってこう叫ぶだろう」

「た、頼む!!」

「「助けてくれ!」……とな」

 

 

 ジャリ。

 

 ロールシャッハは男の目の前に立った。

 

 

「そしたら俺はこう答えてやる」

 

 

 

 

 

"いやだね"

 

 

 

 

 

 

 生温かい感触が、ロールシャッハの右手を覆った。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「………」

 

 

 道に転がる死体。鼻を突く血の匂い。小さな混沌の中、ロールシャッハは依然として手を見続ける。

 

 やはり、この身体は普通ではなくなってしまったらしい。目も、耳も、筋肉も。身体の全てが化け物じみた何かに変貌を遂げている。普段なら見えない遠方も鮮明に映り、聞こえない筈の微量な音も逃さず捉えている。そして何より、人の頭を砕く異常な力。どういった変化がこの身に訪れたのか。どれだけ考えようとも答えは見つからない。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。

 

 

(好都合だ。何があったのかは定かではないが、この力ならば今まで以上に戦える。悪党共を裁く力が、今の俺にはある)

 

 

 ロールシャッハは歩き続ける。拳を強く握り締め、長い道を。

 

 ニューヨークで歩んだ固く冷たいコンクリートが、なぜか無性に懐かしく感じた。

 

 

 

 

 

 

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