妙なポイントで憐れまれるおじさん。
「雁夜さんってばマジかわいそう…」
その日も、間桐雁夜は例によって例のごとく、ゴミ捨て場にて力尽きて倒れていたところを年下の友人である東勇太によって回収されていた。そして意識のないままシャワーによって身を清められ、着替えも済んだところでベットの上にて意識を取り戻し、今に至る。
気を失う前と違い石鹸の香りに包まれてサッパリした気分であった雁夜は、横たわった自分の頭上からポツリを落とされた言葉にぼんやりと目線を上に向ける。
そこには、こちらを見下ろしながら何とも言えない物悲しい表情の勇太の顔があった。
東勇太とは雁夜にとって年下の友人である。また、今ではバーサーカーのマスターとして俄か魔術師ながらも聖杯戦争に参戦している雁夜の協力者であり、余命いくばくもない雁夜の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれる頼りになる介護要員でもある。
そんな彼には、聖杯戦争に参加した理由や今のような身体になってしまったわけ、間桐の闇…それらのほとんどを語ってあった。とはいえ、彼は魔術なんてものとは無縁の世界で生きてきた人間だ。どこまで正確に理解しているのかは大変心許ない。雁夜としては、彼には魔術の世界には関わってほしくなかった。
実際、劇的ビフォーアフターin蟲蔵の後に再会し、「いったいなんでそんな姿に!?」と追及された時についポロリと零してしまった後、雁夜は大慌てで勇太を魔術とは関わりのない世界へと帰そうとした。これでまでの人生で培ったすべての経験を総動員してなんとか言いくるめようと試みたのだ。
しかし、どんなに言って聞かせても当の勇太は「こんなズタボロで瀕死の恩人を放っておけるわけないでしょう!」の一点張りで、よく理解もしていないくせにいっこうに帰ろうとしない。どころか、どこまでもついて回って世話を焼こうとする勇太に、ついに雁夜は折れてしまった。
最後の意地で、なんとか間桐の家には近寄らないようにさせてはいるが、魔術とは無関係だった友人を巻き込んでしまったことを、雁夜は深く後悔していた。だが、既に彼の手助け無しではどうにも立ち行かない状態になってしまっているため、どうしようもなく流されてしまっているのが現状だった。
基本的に善人である勇太は、これまでも雁夜の話を聞きながら、あるいは雁夜の現状を目にしては、「もっと自分を大切にしてくださいよ」と雁夜の身を案じるようなことを言ってくれていた。雁夜には、そんな風に自分のことを気にかけてくれる存在があることは何よりも嬉しかったが、度々「いっそすべてを捨てて逃げちゃいましょうよ」と誘いかけるようなことを言うのは勘弁してほしかった。どんなに自分のことを心配してくれるのを嬉しいと感じても、そんな道は決して選べないのだから。
とはいえ、自分のために零された言葉に反応しないわけにはいかない。雁夜は、疲労で今にも閉じられそうな瞼を押し上げて勇太の顔を見上げた。
「唐突になんだ?」
俺の現状なんて、一年近く前からよく知っているだろうに。
不思議そうな雁夜の声に、勇太の眉はますます情けなく垂れ下がった。そうして、自分の膝の上の雁夜の白髪頭を優しく撫ぜた。その眼には、慈愛と憐れみと悲しみが広がっている。
もしかしてまた、自分自身では当たり前すぎる何かが、勇太の優しい心に影を落としているのだろうか。雁夜は心配になった。自分なんかのために、ここまで尽くしてくれて、心を傾けてくれる友人の気持ちを思って。
「…あー、ん、と…その…」
勇太は自分の気持ちをなかなか上手く言葉にできないようで、少しの間言い淀む。雁夜は勇太が話し始めるまで、先を促すでもなく静かに待った。
と、結局上手い言葉は見つからなかったのだろう。彼は素直に思いのままに言葉を零す道を選んだようだ。「なんていうか」と小さく前置きをしてからポツリを口を開いた。
「野郎の膝枕でこんなに安らぎを見つけちゃう雁夜さんが不憫すぎて…」
「大きなお世話だこの野郎」
間髪無く言い返した俺は絶対悪くない。
間桐雁夜(男)、現在の状況。
ラブなホテルの一室のベット上で、年下の友人・東勇太(男)の膝枕にて休息中なう。
そこに至る流れとしては、ゴミ捨て場での生き倒れから始まり、連絡用につけた蟲を頼りに駆けつけた勇太がゴミと一体化した雁夜を回収し、運び込んだホテルで一通りの世話を受けて今、である。 ちなみに、なぜ避難先がよりにもよって恋人たちの逢瀬がなされるホテル(十八歳未満お断り仕様)なのかといえば、いかにも込み入った事情ありといった態の雁夜を運び込むのに他に選択肢がなかったから、とは勇太談だ。一般的なホテルでは何かと拙かろうという判断は確かにその通りとしか言えないが、でもこれはちょっと無いだろう…と思いつつも言い返せなかった雁夜である。
一気に憮然とした顔つきになった雁夜に、勇太はなおも言いつのる。
「いや、だって可愛い女の子や美人なお姉さんのムチムチふわふわいぃ臭い~な太股ならともかく、野郎のかったい太股っすよ? それで安らげちゃうって、普段どんだけ悲惨なんだよって思ったらなんかもう止まらなくって。…あ、言葉にしちゃったらなんかもうより一層…雁夜さんてばマジ哀れ」
自らの頭を預けていた野郎のかったい太股とやらを、なんとかまともに動く右手でもって渾身の力で抓りあげた雁夜は決して悪くない。悪いなんて言わせない。
これまでほとんど触れることができなかった、他人の温もり。それに触れることができて、こんな状況だというのに安らぎを覚えていた。それをたった今、何とも腹立たしい年下の友人の言葉で自覚してしまった。自覚させられてしまった。とはいえ…。
―――「お前の膝枕、実は結構気持ちよかったぞ」なんて絶対言うもんか!
そう固く心に誓った、ある日の間桐雁夜であった。
ちなみに。「なぜあの時、あえて男の膝枕を選択したんだ?」と尋ねた雁夜に、モブ介護要員はこう答えた。
「いや、なんか寝苦しそーだなーって思って。あと、俺一回猫飼ってみたかったんスよ。そんで膝の上に猫のせて撫ぜ撫ぜしたかったんス。けど俺の住んでるアパートってばペット禁止で、夢叶わず」
「いや待て、それがなんで俺を膝枕に繋がるんだ。さっぱりわからない」
どことなく、照れくさそうに笑いながら勇太は雁夜の髪を一房手にとって指に絡めて答える。
「なんか今の雁夜さんの髪って猫っ毛っていうか、結構まじに猫の毛っぽくないスか? なんか痛みまくってるとこが逆にしばらくシャンプーしてない飼い猫っぽいっていうか。で、なんか試してみたくなっちゃって…」
「お前もう口を開くな」
―――なんて。嘘じゃないけど、それだけじゃない話。
本当は。
身を清めても、着替えさせて柔らかなベッドに身を横たえても。それでも、意識は無いのに苦悶に満ちた表情が浮かんだままなのが悲しくて。
思わず、少しでも楽になるなら…と膝にその頭を抱えてみただなんて。それこそ、なんだか哀しくて言葉にできなかった。
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