居間にあがれば、顔に座布団を押し付けているのか、乗せているのか、よくわからない寝方をしている凛が横になっていた。
「ん……」
くぐもった声に、慌てて銃を後ろ手に隠したが、座布団が顔の前にあっては見えはしないだろう。
「ジュン……? 帰ってきた……?」
「うん。やっぱり、体調悪い?」
「スゲェ……悪い」
本当に体調が悪いらしく、座布団を抱きしめる力が強くなる。ひんやりしている座布団が、気持ちよかった。
潤也は、ゆっくりと銃を構えると、凛に狙いを定める。
「なんで潤也君が!?」
綱吉が画面の前で叫ぶが、バーズは笑いながらそれを見つめる。
「その驚く顔、最高ですよ。彼の困惑した表情も」
「て、テメェ……!!」
綱吉たちの表情に、興奮していたバーズは、気づいていなかった。あの時言ったように、潤也が凛の手足ではなく、頭に狙いを定めているということに。
「さぁ、撃て! やってしまえ!」
持たせている通信器に叫べば、潤也の表情が歪む。
「……安全装置、外れてない」
「ぇ?」
くぐもった声に、手元の銃に視点を落とせば、投げつけられた座布団。
「イタッ」
「イタッじゃないっての。いつまで、狙い定めるのに時間かけてんの? バカなの?」
「き、気づいてたんだ……」
「体調最悪なんだよ」
「あぁ……うん、そうだね」
自身に危険が近づけば近づくほど、凛は体が不調だと警告を発する。
体を起こすのが億劫なほど、だるかったのだ。さすがに自分でも、自分を狙っている人がいるくらいわかる。
「で? やるの?」
「やらないよ……今の状況じゃ、返り討ちにあうの確定じゃない」
「……一応、待った」
「待ったね。ごめん」
凛は立ち上がると、頭をかきながら潤也の方を見つめた。
「お前が、体調悪い原因……?」
納得が言っていない様子で聞くと、背後から鳥が羽ばたく音。
「最初から、信用はしてなかったんだよ! ボケ!」
バーズが叫ぶと、画面が突然凛たちに近づく。
「凛、鳩が――ッ!」
潤也の目が途中で見開いたのと、ほぼ同時に、画面の周りが赤く輝きだし、大きな音と共に画面が消えた。
一瞬の出来事で、綱吉には何が起きたのかわからなかったが、リボーンの目にははっきりと、潤也の持っていた銃がカメラに向いているのが見えていた。
「な、なに……?」
バーズも何が起きたのか、理解できていないようだ。
「凛のこと、舐めすぎたな」
「た、たかが中学生ごときが!?」
「そ、そういえば、近衛さん、喧嘩ランキング二位だった……」
確かに、時折喧嘩に巻き込まれているのは見たことがあるが、強さというよりも、ほとんど不意打ちで容赦なく急所に攻撃して、気絶させているおかげで、強いのかどうなのかは、いまいちよくわかっていなかった。
「とりあえず、無事みたいだし、よかったんじゃね?」
「そ、そうだね」
何が起きたのかわからなかったが、バーズの様子からして、無事なのだろう。
となれば、やることは、ひとつ。逃げようとするバーズを倒すことだ。
***
その頃、一発の銃声が、店に響いていた。時折、倉庫が爆発するようなご近所さんでなければ、何事かと思うだろうが、もはやこの辺では、爆発音はたまに聞こえてくる、隣の家のおばちゃんの大爆笑の声くらいの認識だ。
「……安全装置、外したっけ?」
もう、全く標的を見ずに撃って当てたことに、驚く気力もなかった。
「リボルバーにはないよ」
「あ、嘘つき。泥棒だ」
「じゃあ、今度、潤也の宿題盗む」
「うわぁ……リアル……」
重ねられていた手を離し、凛はようやく振り返れば、火の玉と化したそれを見下ろす。
突進は止まり、すでに死んでいるが、火はまだ燃えていた。そして、落ちているのは、木造の廊下。
「「消火器ィ!!」」
今更慌てて、二人は台所に走り込み、消火器を手にとって、吹きかける。
「火災報知器は!?」
「カバーしてあるから、鳴らない!」
「意味ねぇ! でも、ナイス!」
廊下にこんもりとできた粉の山。掃除が大変そうだ。凛がその粉の山に屈むと、それを手につけては、じっと見つめる。
「山に埋める? それとも、庭に埋める? それ、たぶんバーズのやつだから、カメラとかついてるし、それは回収するけど……」
「……さすがに、これは長老もいらないだろうし、庭でいいんじゃない?」
手についた粉を払いながら立ち上がれば、廊下の近くに置いてあった、遼太のバットのケースも粉まみれになっていた。
「あーぁ……」
「まぁ、払えばいいんじゃない?」
「そういえば、もう、戻らなくていいの?」
「……うん。戻ったところでって話だし」
情報屋としての役目は、もう果たし終わってる。
もう一つの目的も、失敗しているし。
「それより、凛。体調は?」
「少しラクになった。そうだ。遼太が心配してたから、顔見せに行ってくれば? ついでに着替えも持っていって」
「帰ってきたら、いきなりパシリ?」
困ったように笑っていれば、店の引き戸が開く音が響き、久々に聞く声が聞こえてきた。
「ただいま戻りましたよー。おや、シャマルさんじゃないですか」
「……おせーよ」
「それは申し訳ありません。とはいっても、私はもう現役じゃないんですから、許してくださいよ」
店の前では、銃声を聞きつけたシャマルが来ていたが、キドニーの帰宅に、店に入るのはやめた。
キドニーは二週間ぶりの我が家に上がると、居間の先にある廊下が粉まみれになって、消火器を抱えている居候たちに、困ったように笑った。
「あまり、遊びすぎないでくださいよ?」
「「ごめんなさーい」」
「ほら、掃除したら、遼太に着替えと、お見舞いに賞味期限切れかけの駄菓子でも持っていってあげてくださいね」
さらりと、今の状況をすべて理解していたという発言に、潤也も凛も呆れながらも、消火器を片付け始めた。
***
「よかったァ!!!」
半泣きで喜んでいる遼太は、ケガのおかげでベッドの上で暴れているだけ。
「比賀さん! 何度言ったらわかるんですか!」
「す、すみません……」
また怒られた遼太に、呆れながら、二人はお見舞い用にもってきた駄菓子に手をつける。
「それにしても、お前、どこに行ってたんだよ?」
「遼太を襲ってた黒曜の人のところ」
「は!?」
「兄さんの連絡はしたけど、負けちゃってね」
「えっ!?」
「今、ツナたちが殴り込みに来てて、その間に出てきちゃった」
「えぇぇぇええ!?」
「驚きの三段活用かな?」
個室じゃなかったら、また看護師に怒られただろう。
「つ、ツナたち、大丈夫なのかよ!?」
「さぁ? 大丈夫じゃない? あと、店長帰ってきたよ」
「マジか……なんか、色々起きすぎて、一気に疲れが……」
「とりあえず、はい。お見舞い」
明らかに在庫処分だとはわかるが、持ってきてくれただけありがたい。受け取って、袋の中を見れば、ひとつだけ酸っぱいハズレのガムが入っている友達と一緒に食べるようなガムに、水に溶かして飲むジュース。それに、お湯が必要なカップ麺型のおかし。
「半分嫌がらせじゃねぇか!!」
「半分じゃない」
「グミとかチョコとか、入ってると思ったの?」
「思わねぇよ! いや、少し期待したけどさ! お前らやっぱ、お前らだったわ! クソ!!」
少しは期待したのだ。先程から二人が食べているスルメイカとかが、この袋に入っていないかと。
この二人にそんなもの、期待してはいけなかった。