遼太と凛の間に、会話はなかった。それどころか、遼太が避けるように、凛から距離をとっていた。
「遼太」
「! た、武か……なんだ?」
「アレから、様子がおかしいぜ? なんかあったのか?」
親友だとしても、話していいのか、迷った。状況は、それなりに理解しているはずだ。これから起こる戦いに、山本は参加する。それが、ボンゴレファミリーの次期ボスを決める戦いであるということも、遼太はさすがに理解していた。
「……」
「近衛のことか?」
山本は、フェンスに体を預けると、空を見上げた。
昨夜のあの二人のやり取りを、本当に理解できたのは、きっと当人たちだけだ。山本も遼太も、まったく理解できなかった。だが、ただひとつだけ、凛は両親を“いなくなった”と言っている。その事実しか、なかった。
「……俺、クラス一緒じゃなかったし、詳しく知らなかったけど、近衛って、虐待されてるんじゃないかって噂あっただろ?」
噂どころか、ほとんど確信だった。当時は、意味を理解できていなかったが、さすがに中学になれば、意味はわかる。
「あいつは、されてないって言ってるけどな。でも、あいつの親がいなくなってから、凛がケガして学校に来ることはなくなったし、多分本当だったんだと思う」
「……」
「夜逃げじゃないかって、言われてたんだ。実は凛を売ったんじゃないかって言ってる奴もいたし……」
あまりにもひどい憶測に、遼太はそれを噂していた人を殴り、大喧嘩になった。原因こそ、個人の特にデリケートな問題なこともあり、教師によって伏せられたが、当時の喧嘩については、山本も知っていた。
「家族、なんだぞ?」
本当の親がいない遼太にとっては、欲しくても絶対に手に入らないもの。
「でも、近衛のことを傷つけてたんだろ? だったら、今の方がずっといいと思うぜ? 中学からしかほとんど知らねーけど、楽しそうじゃん。近衛のやつ」
「……あぁ、そう、なんだよ……俺も、それで、いいと思ってた……いなくなったなら、それでいいって……でも」
昨日、見てしまった血のついた袖。信じたいのに、信じられなかった。
「遼太……」
「信じたい。信じたいけど……!」
「……ダチだろ? ちゃんと、話そうぜ? 潤也に先に聞いといたり、俺もなんなら一緒に行くからさ!」
本人に聞くのは、怖かった。わかっているようで、全員が全員、ある一線から踏み越えないように距離を取っていたのだから、何が出てくるかわからない。
それは、潤也であってもだ。
「はぁ~~……そんなに睨まれても、困るよ」
潤也は応接室で、ため息をついていた。視線の先には、リボーン。
ヴァリアーがイタリアで、また活動を始めたという話を聞いてから、リボーンは明らかにヴァリアーと凛を接触させないように動いていた。ベルフェゴールと面識があることは、キドニーからすでに聞いていたからだ。
「前に、俺が凛を殺したら、ファミリーに入ってもいいって言ったよな?」
「言ったね」
「黒曜の時は、お前自身があいつを殺そうとした」
「できなかったけどね」
「……おめーは、なにをしたいんだ? 凛の何を知ってる?」
「知らないよ。知っていることと言えば、お茶とかコーヒーとかの収集癖があることとか、自分に危害が加わりそうになると体調が悪くなることとか、長老と妙に仲がいいとか、嫌なことはすぐに忘れることとか、それくらいかな」
笑いながらそういうと、携帯を開く。
「それこそ、店長に聞いたほうがいいんじゃない? きっと、知ってるよ」
当時のことは、少しは覚えている。並森に少々厄介、つまりベルフェゴールがやってきていて、キドニーも調べを進めていたのだ。
そして、その直後、凛がやってきた。
「カサブランカ見て、妙に納得してたし」
「……」
「もちろん、ベルフェゴールも知ってるだろうね。僕の知らない凛のこと」
携帯の画面に映るのは、カサブランカの花ことば。
「純粋、無垢、祝福……」
なんとなく、理解できたかもしれない。
言葉なくかわされた、その会話を。
***
ルッスーリアは軽く運動をしながら、ソファに横になるベルフェゴールに声をかけた。
「あの子に会いにいかなくていいの?」
「あ? 別にあとで会うし」
「んまっ! 昨日、あんなにかっこよく決めたクセに」
「しししっあたりめーじゃん。俺、王子だぜ?」
「さらってくるなら、早いうちがいいんじゃないかい?」
この作戦が終われば、関係者は皆殺しだ。もし、ベルにそういった感情があるのであれば、早々にさらってくるのがいい。レヴィ雷撃隊の二人を、一瞬のうちに殺せるほどの腕前だ。十分、ヴァリアーでも通用する。
「うっせーよ。チビ。王子に口出しすんな」
だが、ベルはそんなアドバイスを無視した。
「だいたい、そういうのじゃねーし。ただあいつを……助けてやるだけだし」
不思議そうに首をかしげたルッスーリアとマーモンに、ベルはいつものように笑うだけだった。