晴れのリングの対決は、驚くことにルッスーリアが負けた。
ゴーラモスカに撃たれたルッスーリアは現在、療養中。ヴァリアーにしては、随分と優しい対応だが、幹部だからか、それともまた別の理由か。ベルフェゴールも、作戦の全てを知っているわけではない。ただ、自分は嵐のリングの対決に勝てばいい。それだけやれば殺されないし、好きなだけ切り裂ける。
「この辺か?」
凛を連れていった情報屋が構えている店に行けば、凛はこの山にいるという。
探してみれば、確かに凛がいた。気づかれないように、ナイフを投げれば、首の薄皮を一枚切り裂いた。
「?」
「もっと慌てろよ」
「……ごめん? 十分驚いてるよ」
「そーかよ」
ベルは、ナイフを回収すると、ポケットにしまった。
その様子をじっと見つめる凛に、おかしそうに笑う。まるで子供のようだ。
「前にも、失敗したんだ。きっと、運がいいんだね。私」
「運が悪いの間違いじゃねーの?」
「どっちでもいいよ。私も、どうもしないから」
「あいっかわらずだな」
ふと、感じた殺気に振り返れば、狼が威嚇していた。
「んだよ。やる気――」
先程しまったナイフを取り出し、その狼へ投げようとしたが、その手がナイフごと握られる。
「ダメ」
「……あっち、やる気みたいだけ?」
「長老は、いてほしいの。長老は……」
「別に、あいつが襲ってこねぇなら、なにもやんねーよ」
「……うん。ありがとう」
手を離せば、ベルはまたナイフをしまった。
凛の目は、どこも見ていない。あの時と同じ目だ。
***
ゆりかごのあと、ベルは他に比べれば、自由が多かった。子供だということもあったのだろう。監視こそついていたが、自由に活動していた。ボンゴレも、天才的な戦闘能力をこのまま眠らせたくはなかったのだろう。
でなければ、今はもう活動していない殺し屋の元へ行くことを許してはくれない。
その男は、そこそこ名の売れた殺し屋だったそうだが、なんでも自分の妹に大怪我をさせられ、殺し屋を続けられなくなったそうだ。今は、日本に暮らし、妻と子供が一人いるそうだ。
いったい、どれほどのものかと、楽しみにしながら、情報にあった家へ侵入すれば、誰もいなかった。
「逃げた?」
だが、それにしては台所にある鍋はずいぶん最近に使われているし、流しに置かれたハンバーグの食べカスが少し残っている皿は、まだケチャップは乾いていない。
がさっ……
奥でなった音に、目を向ける。部屋は汚く、空き缶にゴミ袋は積み上がっているが、明らかに人が何かをしている音だ。だが、気配はない。
ナイフに手をかけ、慎重にリビングのドアを開ければ、玄関にいたのは、少女だった。白い何かが入った袋をランドセルに詰めている途中らしい。驚いたようにベルを見上げていた。
「泥棒……?」
最もなことを言うが、慌てるわけでもなく、叫ぶわけでもなく、本当にただ驚いたように見上げるだけ。
「……父親は?」
「お父さんの知り合い?」
「ま、そんなとこ。どこにいるわけ?」
「ごめん……知らない……いなくなっちゃったから……」
そういって、顔をうつむかせる少女に、ベルは持っていたナイフを投げ、腕を切り裂く。
「もっかい言うぜ? 隠すなら、お前切り裂いて――――ッ!?」
その瞬間、世界が反転した。後頭部に走る痛みに、視界が眩しく光るが、目の前に迫った刃物に、ほぼ無意識にその刃物を握る手首をつかむ。
「だから、いないんだってば……」
少女の声が聞こえ、頬にかかったの、冷たい涙。
「痛いのも、苦しいのもいやなの……助けてよ……」
「は……? 助けてほしいのは、こっちだっての……!」
完全にマウントポジションを取られ、喉元まで包丁が迫っているこの状況。いくら男と女とはいえ、子供ではそれほど力に差はないし、上を取ったほうが圧倒的に有利だ。
なぜ、その状況で、圧倒的有利の少女が泣きながら助けを求めているのか、全くわからない。
「痛いのはやだ……消えて……なくなればいい……」
「っ……」
切っ先が、薄皮を貫く。無理だと思ったその瞬間、少女は体を震わせると、包丁を大きく後ろに振った。
おっと、なんて気の抜けた声に、少女はようやくその人物がだれか認識すると、首をかしげた。そのできた隙に、ベルは抜け出すと距離をとる。
「駄菓子屋さん?」
「どーも。覚えててくれて、光栄ですよ。凛ちゃん。それから、ベルフェゴールも。子供がそんな物騒なものを持たない。降ろしなさい」
キドニーの殺気に、ベルも構えていたナイフを降ろす。
「いい子ですね。さて、凛ちゃん。ご両親は?」
「いないの」
「それは困りましたね。おかえりはいつごろです?」
「知らない。たぶん、ずっと先……」
「そうですか。では、私の家で待ちますか? あなたのお友達も泊まっていますし」
「いいの?」
「えぇ。女の子を一人で置いておくのは、怖いですからね。それで、ベルフェゴールは、凛ちゃんのお父さんに用があったのでしょう? 残念ながら、もういないそうなので、諦めてイタリアに帰りなさい。九代目も心配していらっしゃる」
「……」
色々言いたいことはあったが、九代目の名前が出ては、何も言えない。一応、監視され、謹慎を受けている身だ。あまりやりすぎでば、他と同じように監視が厳しくなる。
キドニーが少女を連れていっていなくなった部屋で一人、舌打ちをすれば、今さらになって感じた鉄の匂い。
よく知った臭いだ。気がついてしまえば、この部屋と台所の方から臭っていた。
「……いなくなった、ねぇ」
とんだ嘘つきだ。いや、嘘つきだとすら、認識していないのだろう。でなければ、あんな涙を流すはずがない。
***
「なぁ」
「何?」
「お前殺したら、あいつも殺してやろっか?」
「……ううん。長老は、ここのリーダーだから、いなくなるとたぶん、いろいろ大変だろうから」
「ん……わかった」
ベルはポケットに手を突っ込むと、山を出ていった。
一人になった凛の手に擦り寄ってきた、長老に、凛は屈むと、長老を抱きしめた。
「今日は、甘えただね」
じんわりと暖かい体。
「うん。ここにある」
やわらかい毛並みに、幸せそうに顔をうずめた。