笑って、群れて、失った    作:こっここーまん

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28 失いたかった少女

 大きな声も痛む体も、何もかもが嫌いだった。いっそのこと消えてしまえばいいのに。

 でも、この体はそれを許してはくれない。だから、私はできるかぎり、波風を立てずに水の中でじっと待つように、それが過ぎ去るのを待つ。

 静かになった部屋は、散らかるなんて言葉が生易しいほどに、床になんでも転がっていた。

 

「……」

 

 食べ物もひっくり返ってしまっている。窓を開けて、庭にご飯を撒けば、いつも遊びに来るスズメがやってきてはそれを食べている。

 人はもう食べないものだけど、鳥達は楽しそうに食べている。

 

「おいしい?」

 

 窓辺に座ってそれを見ていれば、食べ終わったスズメがお礼なのか、一度近くの植木に飛んでいくと青虫を窓辺に置いた。

 

「うん。いらない」

 

 食べていいよ。といえば、またひとつ近づけてくるが、もう一度断れば、自分で食べた。

 

「ありがとう」

 

 いろいろな意味で。スズメは、窓辺に登ってくると、じっと見上げて、擦り寄ってくる。遊びたいのだろうか?

 手を差し出せば、小さく鳴いて擦り寄ってくる。そして、次の瞬間、その姿が無くなった。目に写ったのは、見覚えのある足がスズメを蹴り飛ばしたところ。耳に入ったのは、手羽先を食べる時になるような小さな破裂音。

 

「家に動物いれてんじゃねェぞ!!」

 

 今度の狙いは、私だった。

 

「だいたいっ! テメェは、あいつに似てて、むかつくんだッ!!」

 

 私は、お父さんの妹に似てるそうだ。ただ仲は最悪。

 お母さんがいうには、私はお父さんに似てる。結局、お父さん寄りなんだってことしかわからない。もし、その妹に会うことがあるなら、お父さんと仲良くして欲しいものだ。

 

「……」

 

 体は重くて、痛くて、苦しい。床に寝転がりながら庭を見れば、まだいるスズメ。

 体を起こして、庭に出てその子に触れれば感じた“無”の感覚。

 

「君のお家は山かな?」

 

 連れていってあげようと、並森山に行けば、罠にかかった狼が倒れていた。威嚇するわけでもなく、ただじっとこちらを見つめていた。近づけば、少しだけ唸ったが、噛み付いてくるようなことはしない。

 

「変なの」

 

 足を見れば、変わった形をした罠に足を取られていた。スズメを置いて、罠に手をかけてみるが、すごく硬かった。開けられる気がしない。そもそも、これだけ変な形なんだし、誰かの自作なのかもしれない。

 よく見てみれば、ストッパーがかけられてる。なんだか、なぞなぞを解いてる気分になりながらも、それを外せば、狼は鼻先で動かないスズメを撫でていた。

 

「食べてもいいよ」

 

 そういえば、驚いたように目を見開きながら振り返り、すぐにスズメに噛み付いた。

 

***

 

 教室に戻った時、その人だかりに足を止める。人の隙間から中をのぞき込めば、散乱した教科書に倒れた机と椅子。野球友達に抑えられている遼太。

 

「ぁ……」

 

 誰かが声を上げた瞬間、一斉に視線が集まり、人が離れていった。

 

「……」

 

 人の視線を集めるのは苦手だ。どこか息苦しくなる。このままどこかに走り去ってしまいたい。

 

「バカだねぇ。遼太」

 

 その声に、ふと息がラクになる。そこに立っていたのは、潤也だった。

 

「自分のことじゃないのに、そこまで怒る必要ある?」

「うっせーよ! 怒るだろ! 普通!」

「まーまー落ち着けって」

「怒らないよ。普通。ねぇ? 凛」

 

 にこりと笑いながら、首をかしげられる。状況は全くと言っていいほど飲み込めていない。

 

「ふざけんなッ! クソ! コイツが親に殴られてんのは本当だろ! ギャクタイっていうんだよ! オヤジが言ってたし! コイツは親に嫌われてんだよ!」

「――ッ! お前ッ!!」

「りょ、遼太!」

 

 顔にあざを作っているクラスメイトは、私を指さして何かを叫んでいた。

 私の脳は、随分と優秀で、融通が利く。その言葉の先に嫌なことがあるなら、フィルターがかかったようにそこから先の思考が止まる。そして、そこを避けるように思考が進んでいく。

 きっとそうしなければ、とっくの昔に私は耐え切れなかった。

 

「私は好きだよ」

 

 これが正解なんだ。

 

「だって、家族はみんな大好きなものだよ?」

 

 家族は互いに好きで、愛し合って、それが当たり前。

 

「なんの騒ぎ!?」

 

 先生が慌ててやってくると、怪我したクラスメイトを保健室に連れていき、去り際に遼太に職員室に来るように言い残していった。

 

「あーぁ」

「な、なんだよ……」

「職員室によくいくなぁと思っただけだよ」

「本当だね。遼太、これで何回目?」

「う、うっせぇ! 笑いたきゃ笑えよ!」

 

 野球で窓を割ったりして、何度も呼び出されている。本当に懲りないな。

 

「……」

 

 目を見開く遼太に、首をかしげれば、

 

「凛が笑ったの初めて見たかもしんねぇ」

「そう? 時々笑ってるよ? わかりにくいとは思うけど」

「そ、そうかぁ?」

「兄さんよりわかりやすいよ?」

「お、お前の兄ちゃんは、わかりにくいよな……」

 

 遼太と潤也は楽しそうに話していた。

 あの二人と話すことが日常になり始めた頃、その人は突然現れた。

 

「りーんちゃん」

 

 振り返れば、どこかで見たような雰囲気の女性。ぞわりと背筋に何かが這うような感覚。

 

「……確かに、似てるかも」

「なにか用、ですか?」

「えぇ。そうよ。あなた、好きなものとか大切なものはある? 私はあるの。大好きなお兄ちゃんがいるの。大好きだから、守ってあげたいの。絶対に。絶対によ。あなたは、そんなものある?」

 

 思考がブツブツと切れて、まともに頭が働かない。それでも、ようやく出した答えは、

 

「あるよ。大好きなもの。たぶん」

「そう。それは、よかったわ。大事なもの、ちゃんと守らなきゃね」

 

 全身に雷に打たれたような感覚。

 

「うわぁあッ!!」

 

 気の抜けた悲鳴に、女は勢いよく振り返ると、階段から落ちてきたであろう少年に目をやり、表情を歪めた。

 

「大丈夫か!? ツナ!」

 

 慌てて降りてきた父らしき男は、泣いている少年を抱きかかえると、持ち上げた。

 

「ほらいたくなーい! いたくなーい。ほら、女の子が見てるぞぉ? いつまでも泣いてかっこわるいところ見せるなよ」

「ぅ……」

「お、さすがはパパの子だなァ!」

 

 小さな舌打ちが聞こえたような気がした。知らない女は踵を返すと、足早にその場を後にした。

 

「近衛さん?」

「なんだ。ツナ、知り合いなのか?」

 

 ツナに手を振ると、泣きじゃくった顔で振り返してくる。私もそのまま家に帰った。

 玄関を開ける前から、また喧嘩しているのは察しがついた。少し静かになるのを待ってから、玄関を開けて中に入る。リビングは相変わらず散らかって地面に物は散乱していたが、今日は一段と赤い。それに、くさい。

 

「凛……! 助けて……!」

 

 足元から必死に腕を伸ばして助けを求める母は、初めて見た。

 母の足を掴んでいるのは、これまた知っている顔で、恐ろしい顔をした父だった。その手にはギザギザのナイフ。よく見れば母の傍らには、料理で使う包丁が落ちていた。

 そして、母の足をつかみながら、父はじっと私のことを見ていた。体が先程から震えっぱなしだ。息だって苦しい。思考も残り少ない回路を使って、必死に答えを探し続ける。

 

 守らなきゃ。大好きな、大切なものなんだから。

 

 誰にも触れさせない。

 

 絶対に安全な場所に。

 

 息がラクになった時には、思考は全て打ち切られていた。





これ書いてる最中、頭の中にしまっちゃうおじさんが在住してました(笑)
はいはい。しまっちゃおうね。
ホント、アレは普通に怖い
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