綱吉たちが押し込まれた部屋は、清々しいほどの晴れだというのに、朝から重苦しい空気が立ち込めていた。
「ジュン。お前、凛のこと、どこまで知ってんだ?」
少なくとも遼太よりは知っているはずだ。
「さぁね。僕もそれほど知ってるってわけじゃないよ」
「そもそも、あいつ死にたがってたってた風には見えなかったぜ」
山本が言うとおり、この場にいた全員が潤也の言ったそれに疑問は持っていた。
切りかかってくるヴァリアーを容赦なく殺していたのを見たあとに、凛は死にたがっていて、だからこそベルに殺してもらう約束をしていて、二人はよく話していたのだと言われても信じられない。
「だいたい、死にてーだけなら、勝手に死ねるだろ」
「獄寺……」
「うーん……そうだね。別に話すのは構わないけど、これはあくまで推測だってことは、覚えておいてね」
「う、うん」
「それに、目を覚ましたとしても、たぶん凛は話せないし」
「どういうことだ?」
山本が不思議そうに首をかしげた。今は無理でも、目を覚ませば会話はできるはずだ。なのに、潤也はほぼ絶対に無理だと言う。
「だって、凛は嫌いなこととか嫌なことは忘れちゃうから」
喧嘩に巻き込まれた時は、特に顕著だ。喧嘩を売ってきた相手を病院送りにしたとしても、数時間後には忘れてしまっている。
今ここにいる全員が疑問に思っていることは、全て凛が記憶の奥底に封じてしまった感情と記憶だ。封じた本人がわかるはずもない。
「勝手に死ねって言ってたけど、まず凛はすごく臆病だから、自殺する勇気なんてないよ」
「え゛!?」
「というか、生半可な自殺方法だと無意識に助かっちゃうしね」
初めからもう理解が追いつかなくなり始め、綱吉が慌てれば、潤也は笑った。
「だからさ、凛は死にたいって思ってるけど、生きたいとも思ってるんだよ。理性と本能みたいな感じかな?」
「は、ハァ?」
「まぁ、そういう反応だとは思うよ……だから言ったじゃん。嫌なことは忘れるんだよ。凛はさ」
生きていることが辛いなら、生きたいという感情すら、凛にとっては消してしまう感情だ。たとえ、本能が生を望んでいても、その感情には封をされ、理性が望む死を優先する。
しかし、本能を完全に抑えることはできず、結局溢れ出てきた生への執着が、苦痛となって彼女を襲い、それから逃れるように思うままに動けば生き残る。
「い、意味がわかんねぇ……」
「それで、あの時泣きながら笑ってたんだ……」
「十代目?」
「近衛さんが戦ってた時、笑ってたんだ。でも、泣いてた」
生きたいと死にたいが入り交じった、本当の感情。
「結局、凛の親は……」
「ごめん。それは僕もわからない。推測はできるけど、絶対じゃないし」
はっきりと拒否した声色だった。きっと、潤也は確信しているが、そればかりは凛が自分から言わない限りいうことはない。
「いなくなった、ってことにしておいて」
「しかし!」
バジルが声を出すが、遼太が止めた。
「……わかった」
「遼太……」
遼太は一度息を吐くと、頷いた。
「俺は、また前みたいにみんなでバカして、笑ってたいだけなんだ」
なにも今始まったことじゃない。ただ今までみんなが偽って隠していたものが、表面に現れただけ。それでも、今まではなんの違和感もなく過ごしていた。
嘘と偽りで、取り戻せる世界。
「リョウ……?」
ディーノが言っていた。このままでは苦痛を伴うと。きっと、このことだったのだろう。
まだ選択枝はある。どちらを選ぶかは、自分次第。
「……ダチだろ。俺らは」
心は決まっていた。
「だ、大丈夫かな?」
アレからすぐに、ちょっと用事を思い出したと、明らかな嘘をついて出ていった遼太に、綱吉が心配するが、山本も困ったように笑い、
「今は信じるしかねーって。昨日まで、俺らのこと信じて応援してくれたんだぜ? 今度はこっちが信じてやろうぜ」
「そうだね」
きっと、また三人がいつものように笑い合えると、信じるしかない。
潤也は、凛が眠る部屋に向かっていれば、恭弥が部屋の前に立っていた。
「兄さん……?」
見舞いなんてする人じゃない。驚いていれば、不機嫌そうに眉をひそめられる。
「逃げられたよ」
「え?」
「赤ん坊」
「……えっと、戦うつもりだったの?」
まさかとは思うが、そのまさかだった。確かに、リング争奪戦で恭弥がちゃんと勝ったということは少なかったから、多少フラストレーションは溜まっていたのかもしれないが、病院で戦い始めるなんてことは、さすがの兄でもしないと思っていた。
しかも、相手がいないと知るやいなや、帰ろうとしている。
「あぁ、そうだ」
足を止めた恭弥に、潤也も振り返れば、
「学校で死人が出るのはごめんだよ」
「……うん」
それだけ言って、また歩きだした。
潤也は、凛の傍らに座りながらため息をついた。
「遼太が跳ね馬のところに行ったよ。凛が嫌がってたことだけど、止められないし、もう仕方ないね。起きなければ、これも知らずに済むし、凛なら眠ったままかな?」
嫌なことには蓋をする。それでも溢れ出した感情を吐露しても、その上で自分の望みを叶えてくれるそんな人、そんな状況を探していた。
ボンゴレ最強の暗殺部隊ヴァリアーの天才もマフィア最強の殺し屋にも、本気で殺されそうになった。
「それでも、生きてるんだから……もう諦めなよ」
視線を下に向けながら、潤也は目を伏せた。
「また、みんなでくだらないことしようよ」
心からそう願っていた。
***
ぽっかりと月が浮かぶ、空の下、病院の屋上で、寝間着を着た凛は、フェンスの外にいた。
「月がきれいだ」
しかし、その表情はこわばっていた。一度、大きく深呼吸をすると、外に向き直る。鼓動が早く強く鳴って、息が苦しい。全身の筋肉が、自分の意思に関係なく動きそうになるが、それも抑えられる。
「……」
ゆっくりと体重を外へと傾けた瞬間、苦手な大きな音と衝撃が、全身を打ち付けた。
目を開ければ、夜空に浮かぶきれいな月が二つ。
「ば、バカじゃねぇの……? 王子のことビビらせんな。つーか、ドッキリすんじゃねぇよ……」
いつもの得意げな表情はなく、凛の傍らに座り込んだベルは、大きくため息をついていた。
「……あ、アハハハハッ!」
「?」
突然、笑い転げ始めた凛に、ついに頭がイカれたのかと心配したのだが、しばらく座りながら様子を見ていれば、息も絶え絶えになりながら、涙目で笑いながら空を見上げる。
「やっぱりムリかァ! 寝ぼけた頭なら行けるかと思ったけど、ムリだった! あーもう、なんでこううまく死ねないんだろうね! あーもういい! 諦める! ムリゲーだって! 神は言ってるのか? ここで死ぬ運命じゃないって! あ、いや、悪魔か!」
「……死にたがんのやめんの?」
「やめない! でも、死ににいくスタイルやめる! ただ痛いだけだもん!」
「なら、殺してやろっか?」
ナイフを取り出したベルに、凛は笑いながら頷いた。
「おう。やれやれ! 殺ってみろ! リボーンですら殺せなかったんだぞ。最強のヒットマン(笑)って煽ってやる!」
「しししっなにそれ、おもしろそー」
ベルはナイフを下ろしながら、肘をつきながら見下ろした。
「今度は、ちゃんと助けてやるよ」
「うん。そうして。こんな辛いのもうイヤだし。あぁ、でも、ありがとうね。ベル」
そう言って、凛は微笑んだ。
次回、ヴァリアー編完結になります。
もうすでに、だいたい終わってはいますが、退院までがヴァリアー編です。