河原をランニングしていると、「危ない!」という子供の声と共に、カラーボールが飛んできた。
「おっと……」
顔面ギリギリでそれをキャッチすると、山本はそのボールを打ったであろう少年の方に目を向け、隣で手を振ってる親友を見つけ、声を上げた。
「遼太!」
「悪ィ!」
「ごめんなさい!」
「いーってことよ。それより、あんなとこまで飛ばすって、なかなかいい腕してるな!」
先程まで、ボールが当たりそうだったにも関わらず、怒るどころか褒めている山本に、妙な感動を覚えたが、それは心にしまっておいた。
周りを見てみれば、遊んでいる子供たちは、どの子も見たことがあった。
「施設の手伝いか?」
「まぁな」
遼太は、物心つく前に両親を失い、施設で育てられていた。今でこそ、キドニーの家で居候しているが、こうしてよく施設の子供たちと遊んだり、手伝いをしていたりする。
「ばあちゃんが健康診断でさ、今日は一日、俺がこいつらの世話、任されてんだ」
「じゃあ、俺も手伝うのな」
「え……いいのか?」
「いいっていいって! ダチじゃねーか」
「武兄ちゃんも一緒に遊ぶの?」
何度か、山本も手伝ったことがあったため、子供たちも覚えていたらしく、嬉しそうに声を上げた。
「……あいつらとは、違うなぁ」
楽しそうに子供たちと遊ぶ山本に、遼太は頭に居候の二人がよぎったが、実はあいつら同じ人間じゃないんじゃないかと思い始めたところで、考えるのをやめた。
「あららのら? 誰の許可でここ勝手に使ってるんだ? お前」
聞き覚えのある声に、遼太と山本が声の方を見れば、見覚えの有りすぎる牛柄のシャツの子供。
「なんとも、テンプレなガキ大将のセリフだな……」
遼太ですら、少し呆れたが、ランボに絡まれた少年はというと、持っていたバットでランボのことを叩いた。
「うぉおお!? いつの間に、そんないけないこと覚えたんだ!?」
「やったなァ!! もうランボさん怒ったもんね! 許してやんないもんね!」
「うっせー! もじゃもじゃ! やれるもんならやってみろ! ボールとって!」
「喧嘩はダメなのな」
「そうだぞ」
「弱いのに絡んできたのはそっちだし! 千本ノックの的にする!」
「誰!? そんなこと教えたの!?」
心当たりはあるが、あの二人がわざわざそんなことを教えるなんて、想像ができない。
「遼にぃの読んでた漫画に書いてあった」
「俺のせいだった! と、とにかく、喧嘩はダメだって!」
「喧嘩じゃないよ。ただの打球の練習だよ」
「人のいる方にヒット打ったら取られるだけだから!」
「た、確かに……」
この子が大きく、もっと無駄に知識を持ってしまったような人と一緒に暮らしているせいか、この程度で素直に納得してくれる彼が、かわいく思える。その内、取ろうとする人にダメージを与えられるような打球にするための練習だ。と言い出さないか、それだけは少し心配だ。
とりあえず、納得してくれた少年から目を離し、ランボへ目を向ければ、イーピンに怒られているようだ。
「あー!ランボさんの部下!」
「今頃気づいたのか……?」
「みたいだな」
「ランボさんと遊ぶんだもんね!」
「遊ぶのはいいけど、みんなと仲良く遊べよ?」
「えーこいつとー?」
「やるか? テメェ」
「あ、こらこら。喧嘩しないのな。そうだなぁ、勝負すんのはどうだ? 俺が投げるから、遠くに打ち返した方が勝ち、とか」
その提案に、くぐもった声を上げたのは遼太と、少年だった。
「遠くじゃなくて、本数の方がよかったか?」
「そこじゃない! そこじゃない!」
「た、武兄ちゃんが投げるの……?」
「あらら~? ビビってんの~?」
「ビ、ビビ、ビビビビってなんか……」
完全にビビっていた。かつて、山本とキャッチボールをしたことがある彼は、それはもう、一球で泣きそうになったのだから。
できれば、もうやりたくはないのだが、ランボに負けるのは嫌だった。しかし、体は正直なもので、ビビってないとは言えなかった。
「おーしっ! 遼太、キャッチャー頼む」
「キャッチャー必要なレベルのボール投げる気か!?」
飛距離で対決するなら、確実に打てるボール投げるものだ。言ってしまえば、キャッチャーは必要ないはず。
「いや、加減できねぇし……他に頼むのも怖いしな」
「加減できないのわかっててやんの!?」
「心配すんなって! ちゃんとストレートで投げっから」
「そうじゃないそうじゃない! 俺変わるよ!?」
しかし、遼太の意見は聞き入れられず、山本は距離をとると、笑顔で投げるぞーと手を振ってくる。
結局、山本の剛速球を二人共打つことはできず、目の前をすごい勢いで通り過ぎていった球に、小さく悲鳴を上げることしかできなかった。
「お前、ランボさんのライバルに認めてやるもんね!」
「うれしくねーよ! ぜってーお前より先に武兄ちゃんの球打てるようになって、お前のこと見下してやるからな!」
何故か、妙な友情は生まれたので、これはこれでよかったのかもしれない。
「ありがとな。手伝ってもらって」
「気にすんなって。あれくらい」
子供たちを施設に返せば、すっかり陽も傾いてきた。
「そういや、将来の夢の課題進んでるか?」
「あーアレかぁ」
グループで小学生の時に書いた将来の夢の作文から、小学生の夢について調べるという課題だ。
しかし、作文を捨てていたり、恥ずかしい内容だとあまり見せたがらなかったり、なかなか進まず困っていた。
「なんて書いてあった?」
「野球選手」
「あ、俺も!」
「だよなぁ」
他にはパイロットや、サッカー選手。少し、現実味はないものばかり。
「夢か……武はやっぱ、今も野球選手なのか?」
「まぁな!」
あれだけ野球が得意なのだから、野球選手と答えても問題はないだろう。
「遼太もだろ?」
「俺は……さすがに無理だって。野球は続けたいけど、中学までだろうし」
「ぇ……」
「高校行くかはまだ決めてないけど、バイトはしないといけないし、野球できるかわかんないしな」
中学までは義務教育だから、金はそれほど必要ではなかったが、十六になれば、もう働ける歳だ。金銭は自分で稼がなければいけない。
(それに……どっちにしたって野球選手は無理だろうしな)
今の生活を手に入れる代わりに、失ったもの。
「悪ぃ……」
「気にすんなよ。中学だってまだあと二年近くあるんだし、こっそり武のチームに紛れ込むってのもおもしろそうだしな!」
「……なぁ、ちょっとバッティングセンター寄っていかねぇ?」
「お、いいね! キャッチャーだけじゃ、つまんなかったとこだ!」
二人は、帰るのをやめて、足をいつものバッティングセンターに向けた。