生きるとは一体。 作:ホットケーキで殺人
◇◇◇◇
『……痛ましい事故を、お伝えいたします。
フランス、パリのレストランにて、爆発事故が発生しました。
店内に居た従業員、また客に、生存者はいない、とのことです』
爆☆殺。
ドロイドは無事任務を果たしたようだな。
昨日はトイレでちょっとしんみりしていたが、やっぱり人生こうでなければ。
まあ実際のところ、暇だから仕事を下さい、と連絡してきたNo.7に遠隔操作させていたから、彼女の手柄のようなものだが。
再調整したことによって、爆破後は残骸が粉状になる。
しかも爆心地がキッチンともなれば、証拠は残るまい。
ハッキングによって監視カメラの映像も残っていないはずだ。
素晴らしい成果である。
報酬に伊達メガネを送ってやろう。
いつもと違う私、というのをNo.18にやってみるといい。
「おや?」
教室に入ると、何やら重たげな雰囲気を感じる。
机に突っ伏して泣きながら笑っているシャルロットの周りで、一夏と箒、オルコットがどうしたものかと立ち尽くしていた。
近くに居た本音に状況を教えてもらうと、
一夏が俯いたシャルルの手を引きながら入ってきて、席に座らせたはいいが、ずっとあの調子だという。
あれだな。
同じ様な泣き笑いって訳じゃないが、研究所を出た時のNo.18とNo.7に近いな。
諦めていたものが手に入った、とか言って涙を流していた。
自由を得て嬉しいのなら、何故俺に付いてきたのかはイマイチ理解出来ないが。
まあシャルロットもこれで自由だ。
良かったね。
「ゆっきー、どうして笑ってるの?」
「ふふ、友達が嬉しそうだと、つい笑っちゃうんだ」
「……」
「ところで、本音っちぃに聞きたいことがあるんだが」
「何々~?」
「最近、かんざっしーの制服にゴミがよく付いているんだが、
男の俺では取るのも指摘するのも憚られる。
友人の君に頼みたいんだが、どうかな?」
「……うん、任せてよ~」
◇◇◇◇
シャルロットがこの調子なので、傍にいてやるために一夏は訓練は休むという。
その際に意味有りげな視線を俺に向けてきたが、姉と同じでそういうのは理解不能だ。
言いたいことがあるなら、はっきり口にして欲しい。
もっとも、爆破はお前がやったのか、なんて言われたら困るんだけどね。
スマートな解決には爆薬が必要なのだよ。
一夏に合わせて箒や鈴も休むと言うので、残ったオルコットと共にアリーナへ向かう。
「オルコットも一夏に合わせて休むと思っていたが、意外だな」
「余り大勢で押しかけては迷惑ですわ。 まあ、あの二人がいるので騒がしくなるような気がしますが……」
「さすがに空気ぐらい読めるだろう」
「だとよろしいのですが……」
あの調子ではすぐにボロを出して、明日にはシャルロットの秘密も明かされているかも知れんな。
義母が死んだ以上、デュノア社が浄化されるのも時間の問題だ。
隠すより明かした方が楽だと思うがね。
『ステンバーイ……ステンバーイ……ゴウ!』
アリーナにてオルコットを待っていると、八時の方向から銃弾が飛んできた。
ハイパーセンサーとシルバークローズを通じて狙われていることは分かっていたので、半身になることでそれを躱す。
『Dub……』
そこはカタカナじゃないんだな。
まあ俺を狙うのなら、下手に銃弾がブレないものよりも、ブレてバラけるタイプがおすすめだ。
接近してソードオフ・ショットガンを撃つとかね。
「男のくせに専用機なんて生意気なのよ」
「オルコットさんに勝てたのも機体のお陰なんでしょ」
「さっさとその機体をこっちに渡しなさい」
アリーナでの訓練は今回が初めてではない。
だが今日に限って三人に絡まれるとはな。
知らない内に、一夏達が抑止力となっていたようだな。
織斑姉弟に頭が上がらない。
『なおフランスは爆破した模様』
バレなきゃ犯罪じゃないんだよ。
「無視してんじゃないわよ!」
右にステップすることで三点バーストを躱す。
左前方、右前方へ、時にフェイントを混ぜ、連続して放たれる射撃を掻い潜りながら接近していく。
「なんで、当たらないのよ!」
「こんなの絶対おかしいわ!」
フルオートで弾幕を晴れば少しは被弾しただろうがな。
バースト射撃の合間を縫うのは難しいが、出来ない訳じゃない。
ISには高水準かつ三次元的な機動力とPICによる慣性制御がある。
求められるのはタイミングだけだ。
そうこうしていると二人揃って弾が切れたので、一気に距離を詰める。
するとラファールを纏った二人と違い、一人だけ打鉄を纏った女子生徒がブレードを手に前へ出てきた。
その機体を寄越せ、といっていた奴か。
横薙ぎを跳躍して飛び越え、右手で頭頂部を掴み、跳躍の勢いとPICを使って逆立ちとなる。
『上から来るぞ、気をつけろ!』
この状態から片側のスラスターを使って瞬間加速することで回転し、
首を捩じ切る──はずだったが、シルバークローズからのお茶目な警告を受けて離脱する。
するとレーザーが通り過ぎていった。
上じゃなくて横かよ。
『サーセン』
このうっかりさんめ。
周囲を確認すると、どうやら狙撃したのはオルコットのようだ。
地上には日本刀を手にした千冬さんがいる。
残念、あと一歩で仕留められたのだがね。
「三人は私と来い。 オルコット、鬼道を見張っておけ。 何かするようなら構わず撃て」
「了解ですわ……当たらないでしょうけど」
「牽制にはなる。 お前たちも命が惜しければおかしな真似はするなよ、口を閉じてろ」
あらら、なんか殺伐な空気。
千冬さんの後ろ歩く三人の顔色は優れない。
打鉄を纏っている生徒なんかは真っ青で分かりやすい。
ほぼ一瞬のような出来事だったが、あのあとの自分がどうなるかぐらいは理解出来ているようだな。
死んだことの無い人間が死を恐れるというのが、俺には理解出来ないけどな。
「有機さん、一つ聞いてもよろしいですか?」
銃口を向けながら質問とは、様式美が分かっているね。
「何をだ」
「もし私が撃たなかったら……あの生徒を、殺していたのですか?」
「もちろんだとも。
もっとも、絶対防御が発動していたかも知れんがね」
「何故、殺そうとしたのです?」
「俺にとって人を殺すというのは、毎週水曜日に週刊誌を立ち読みするようなものだ。
別に理由なんてない。
読みたいと思ったら読むし、殺したいと思ったから殺すのだよ」
「答えになっていませんわ」
「では正当防衛と答えようか。
殺して無力化する、それが一番手っ取り早い」
「……とても、信じられませんわ。
何か弱味でも握られているのですか」
『弱味を握っている。 主に体調管理で』
その点、シルバークローズには感謝している。
機械化された部位の調整は得意だが、生身の調整は苦手でな。
「本当のことを言って信じて貰えないのなら、俺は本当のことを言うだろうな」
どうせ長く生きられないんだから、派手に生きたいものだ。
さて、千冬さんが帰ってくるまでまだ時間がある。
俺が動くとそれを追ってくるライフルの銃口を逆手に取って、ゆっくり円を描くように歩く。
撃つかと思ったが、やはり一夏と同じで手温いな。
箒や鈴なら容赦無く斬りかかって来そうなものだが。
オルコットは黙り込んだまま、動く俺に銃口を合わせ続ける。
自分が緩やかに右回転していることも知らずに、回り続ける。
少しずつ、少しずつ歩く速度を上げていく。
何だか楽しくなって来たぞ!
「何をやってるんだか……」
千冬さんが来る頃には、高速ステップとフェイントで背後を取ろうとする俺と、
そうはさせじと偏差射撃やピット射撃による牽制を混ぜて応戦するオルコットがいた。
途中から普通に訓練になってたわ。
いい汗掻いたぜ。
オルコットも笑顔を浮かべている。
これがスポーツによる雑念の昇華というやつか。
一つ賢くなったな。
◇◇◇◇
学園側は俺の殺人未遂行為を無かったことにするらしい。
二人しかいないISに乗れる男が殺人未遂となれば、いろいろ騒がしくなるからだろう。
既に何人か殺してるが、物的証拠が無い限り無意味だ。
日本は過ごしやすくていいね。
「カツ丼あります?」
「……ここは取調室ではない。
生徒指導室だ」
残念、憧れていたのに。
裏切られた気分だ。
千冬さんは俺の正面に座ると、疲れたように両肘を付いて手を組んだ。
「有機……私には、お前が分からない。
お前は何者なんだ」
哲学かな?
まあそういう意味ではないだろうが。
「束さんから聞かされていないのですか?」
「……人造人間ということは聞かされている。
だが詳しくは知らん。
気がつけば道場にいて、気がつけば道場から消え、そして気がつけば一夏と共にいた。
私が知っているのはこれくらいだ」
「へぇ、案外知られていないものですね。
テレビ局や企業を潰したことぐらいはバレていると思っていたのですが」
「そんなことをしていたのか?
くくく、まるで束のようだな」
「光栄なことです。
個人的に束さんのことめっちゃリスペクトしているので」
「そうか、お前は束に影響を受けてしまったのだな。
束と違って無関心というよりは過激なようだが……とりあえずルールは守れ。
時に破る必要があったとしても、公然と人を殺すのは避けろ。
弟の友人を失いたくはない」
「言われなくとも、私は友人のつもりですよ。
向こうはどう思っているか分かりませんがね」
「一夏も友人だと思っているはずだ。
音楽プレイヤーを手放さないのがいい証拠だ」
「だと良いんですけどね」
一夏を善悪で判断するなら、間違いなく善だろう。
俺が無関係な人間を殺したと知れば、マッハで敵対するに違いない。
そして姉は一夏の味方。
想い人達も同様で、そこに妹がいる束さんも味方になるだろう。
束さんが敵となれば、シルバークローズが抑えられる可能性大だ。
あれ、もしかして俺一人……?
◇◇◇◇
反省文を書き終えて自室に戻る頃には、既に夕食の時間は過ぎていて、就寝まで一時間といったところだった。
まあかんざっしーはいつも遅くまで作業しているので、部屋は変わらず明るいままだ。
暇さえあれば演算や設計を繰り返すその姿は、対暗部の暗部組織当主である姉とは似ても似つかない。
本音曰く姉妹関係は不仲だと言うし、一夏のことも余り好きではないようだ。
白式が優先されたことで、自分の専用機が後回しにされているのが原因だったかな。
不運だね。
まあ映画やアニメを楽しんでるあたり、割と余裕なんじゃないかと思うが。
代表辞めて整備士になった方が幸せかもね。
「おかえり」
「ただいま」
何気なく言葉を交わしたが、同室になったばかりの頃は無視されていたな。
これが慣れってやつか。
おや、今日はかんざっしーの制服にゴミが付いていないようだな。
残念だ。
付いてたら布仏の実家にドロイドを郵送してやろうと思っていたのに。
「専用機の方は順調かい?」
「うん、順調……もしかして皮肉で言ってる?」
「そんなつもりじゃないさ」
「うん、分かってた。
少しは慌ててくれるかなって思ったけどダメみたい」
「そういうのは俺以外とやってくれ。
脳味噌の仕組みが違う」
「ちょっと興味があるかも」
「死体の解剖がお望みかい?」
「それはちょっと……」
冗談で言ったとはいえ、劣化が思ったより早い。
俺がクローンであればオリジナルの遺伝子を使って再調整が出来たのだが。
受精ってのは残酷だな。
名も顔も年も知らない両親が憎いぜ。
見つけたら脳だけにして何度も絶命体験させてやる。
脳細胞が劣化して崩れるその日までずっとな。
◇◇◇◇
俺は今、アリーナにいる。
時刻は早朝、まだ空が薄暗い時間帯。
対峙するのはどうみてもエネルギーパックをケチられて小さく育った人造人間、ラウラ。
専用機、シュヴァルツェア・レーゲンを身に纏うと一層小さく見える。
どういう交渉のしたのかは分からないが、無人かつこんな時間のアリーナの使用許可を得たらしい。
「健康的だな、こんな早朝から模擬戦とは」
「本来なら日課の訓練に当てている時間帯だ。
私にとっては早起きでも何でもない」
「皮肉で言ってるんだよ」
「……」
無言でカノン砲がこちらを向く。
審判はいない。
管制室は無人だ、警備員も眠らせてある。
砲弾が放たれると同時に模擬戦が始まるだろう。
だが、ラウラはそうしなかった。
「戦う前に、聞きたいことがある」
既視感のある顔だ。
真面目モードの織斑姉弟に類似している。
「貴様にとって、ISとは何なのだ?」
「機械だな」
「……即答とはな。
それも兵器でもファッションでも無く、機械だと?」
「そうだ、機械だ。
人が人の為に生み出した道具に過ぎん。
だがまあ、これは少し冷たい言い方だな。
いくつか付け足すとしたら……そう、機械と生物の狭間に生きる俺にとっては友人のようなものだ。
兵士が小銃に愛着を抱くように、俺はISを受け入れる。
ただそれだけのことだ」
『相棒ですな』
まさしくその通り。
「……なるほど。
やはり他の生徒とは違うな」
そう言って、ラウラはカノン砲の砲身を下げた。
シュヴァルツェア・レーゲンの漆黒の手を、まるで握手をしようとでも言いたげに差し出してきた。
「何のつもりだ」
「貴様を遊ばせて置くなど愚策だ。
例えサイボーグだとしても構わん。
ドイツへ来い」
「ふふふ、広報活動とは、随分と職務に忠実じゃないか。
一夏への怒りで頭が一杯だと思っていたぞ」
「奴は必ず潰す。
だが私の怒りとは別に、貴様には価値があるのだ!」
「真正面からそう言ってきたのはお前が初めてだぞ。
中々好印象だが……答えはNoだ」
「生まれ故郷からは離れられないか」
「それは違うな。
こんなクソみたいな島国に愛着などない。
便利ではあるがな」
「……ならば何故、ドイツを拒絶するのだ」
シルバークローズの腕を振るう。
掌に展開していた刃状の装甲が手裏剣のように投げ放たれ、ラウラはそれを手刀で弾いた。
弾かれた刃が制御コアからの電波を受けて、俺の手元へと戻り、再び装甲としての役割へと戻る。
「知りたければ俺を倒すことだ。
実に青春的だろう?」
「──面白い!」
◇◇◇◇
銃口を視界に捉えている限り、銃弾を避けるのは難しいことじゃない。
銃弾を掴みとるのは難しいが、出来なくはない。
切り払うのは比較的簡単だが、弾種によっては破裂したり跳弾して予期せぬダメージを負うことになる。
では砲弾はどうだろうか?
レールカノンという特性上、弾速は銃弾と比べ物にならない。
射線に立たなければ問題ないとはいえ、着弾時の爆風が厄介だ。
掴みとるのは難しい、というか無理だ。
運動エネルギーが銃弾とは比べ物にならない。
切り払うのも難しい。
ならばどうする?
「ぐっ、馬鹿な!?」
答えはぶっ壊すだ。
なんてことはない。
連射される砲弾の中をステップとフェイントで潜り抜け、AICの有効範囲すれすれで加速。
AICが発動されるより速く刃状に変化させた腕部装甲でカノン砲を切り裂き、走り抜けたまでのこと。
本来なら単なる物理的な斬撃などシールドエネルギーに阻まれ、数値を減らすだけだ。
だが、刃部分に極小の刃群を形成し、それをチェーンソーのように高速で動かすことでシールドエネルギーもろとも実体を斬り裂くことが出来る。
卓上の理論であったが、以外とやれば出来るものだ。
精密かつ並列動作が多く、斬り裂いた時に幾つかの刃がダメになるのが問題点だがな。
零式白夜が羨ましい。
『勝てばよかろうなのだ』
全くもってその通り。
さて、レールカノン砲は根本付近の機関部を損傷させたので、もう使い物にはならないだろう。
追撃と行こう。
言葉の、な。
「遅いな。
一夏なら反応出来たかも知れないぞ」
「黙れ!」
プラズマ手刀とワイヤーブレードが展開され、こちらへ向かって低空を飛翔してくる。
シルバークローズの右腕を左肩まで振りかぶり、体の捻りを加えて一気に振りぬく。
「無駄だ!」
五指から伸びた糸状の装甲がシュヴァルツェア・レーゲンを斬り裂く、と思いきや手前の方で糸が止まってしまう。
かなり細くしたはずだが、認識されてしまえばAICの前には無力か。
それに糸とはいえ装甲は装甲、本体と繋がっている。
糸を切り離す必要がある。
ブチっとな。
『あぁジェニファー! ローレン! アニス! ファットン! レニー!』
こいつ糸一本一本に名前付けてやがった。
何に影響を受けてしまったのやら。
距離を取って戦ってもいいが、最終目標のことを考えるとチマチマしたことは避けるべきだ。
こちらも装甲を変化させて擬似的なワイヤーブレードを展開し、迎え撃つ。
ワイヤーブレード同時がぶつかり合って弾かれ、絡み合い、本体へ向かってくるものは互いに切り払う。
距離が詰まればプラズマ手刀と腕部装甲刃がぶつかり合った。
僅かに刃が手刀に食い込むが、プラズマの影響か極小の刃群があっと言う間に破壊されてしまったようだ。
邪魔なワイヤーブレード擬きを切り離し、近接戦闘を開始する。
『エネルギー残量にお気をつけください』
近距離に置ける高速戦闘にシルバークローズは充分に応え、横から、後ろから、時に上から斬撃のみならず蹴撃をラウラに浴びせていく。
AICを避けるため、正面には立たず、決して集中させない。
回避と同時に装甲刃を投擲し、攻めて攻めて攻めまくる。
AICで捉えるより早く攻撃を加え、翻弄するのだ。
「っ、おのれ!」
ラウラは防御に手一杯となり、悪態を吐いた。
「ハハハ! もっとよく狙わなければ当たらんぞ!」
『貴様に足りないものそれは!
情熱理念──』
cut。
まあこっちの加速用エネルギーも後僅かなので言うほど余裕はない。
加速の度に取り込むようではAICに捕まってしまうだろう。
そろそろ次の段階へ進むか。
新しい心臓を使ってもいいが、あれはISの出力とは関係がない。
使っても意味がないだろう。
今はお前が主役だ!
来い、ジェニファー!
「っ、うぁっ」
糸は音もなく、俺にラウラの首に巻き付いた。
シールドエネルギーは外部からの運動エネルギーに対しては効果的だが、衝撃や拘束時の締め付けなどには対応していない。
掴まれたり、拗じられたりすると本体が非常に危ないことになる。
それにしても、中々楽しませてくれる喘ぎ声だ。
思わず笑顔。
ラウラの首は細い。
『いいぞジェニファー! そのままセリヌンティウスを絞め殺せ!』
セリヌンティウスに何の恨みがあるのやら。
まあ楽しそうなら構わん。
膝を付いて首を抑えるラウラの姿は、普段の強気な姿を知るだけに見ていて飽きない。
ISのパワーなら装甲が変化したものとはいえ、糸を振り解くのは簡単だ。
だが首を締められながらではそうもいかないようだ。
また一つ賢くなったな、鬼道有機。
『知力がアップ!』
どれくらい上がったかを教えてほしいぜ。
まあ数値化されても面白くないのだが。
少し糸を緩めてやる。
「カハッ、はぁ、はぁ、ゲホッゲホッ!」
ラウラが苦しんでいる。
やはり人間だな。
人造人間の反応ではない。
俺のクローンは悲鳴など上げないし、それはNo.18とNo.7も同じ。
ドイツ軍と千冬さんには子育ての才能があるようだ。
ある程度呼吸を整えたラウラの目には、怒り以外に恐怖のようなものが浮かんでいた。
──頃合いだな。
「危ないところだった……君の奮闘を称え、先程の質問に答えてやろう」
「……」
心にもないことを、とでも言いたげな目だ。
俺も目に込められた感情を理解出来る程度には成長したらしい。
「それはな……お前がいるからさ」
「な、何?」
「お前は倫理から外れて生み出されたというのに、倫理を破ることを恐れている。
軍属であること、また教官役の千冬さんの影響だろうが、それでもお前は誰の許しが無くとも、倫理の枷を踏み越えて行ける存在だ。
だが、お前はそれを躊躇っている」
「私は私のやり方で自らの望みを叶える。
法を犯す必要はない!」
「法とは他人の目と耳だ。
お前はそれを恐れている。
他人とは違うはずなのに、他人と同じでいたいと思っている」
「恐れてなどいない!
私は私だ!」
「だが何度も迷っただろう?
躊躇しただろう?」
「……っ」
「だが答えなど出なかったはずだ。
そして答えてくれる人間も居なかったはずだ。
だから妥協をした」
「妥協、だと?」
「織斑千冬への依存がそうだ。
自らではなく、お前は他者を主とすることで──楽をしている。
そんな妥協を繰り返して来たのが今のお前だ」
「違う! ガッ」
シルバークローズの大きな手が、ラウラの首を掴んだ。
そのまま持ち上げれば、苦しみと怒り、そして焦りが顔に浮かんできた。
拷問やSMプレイは趣味じゃないが、中々興味深いな。
「人として二流、人造人間としても二流。
そんな人のような人でない者のいる国になど、誰が行くものか」
──失敗作め。
「違う、違う、違う!
私は、私は、っ!?」
ラウラが狼狽した様子を見せる。
シュヴァルツェア・レーゲンから黒い泥のようなものが溢れだし、ラウラ諸共包み込んでいく。
「来たか」
ラウラを泥ごと投げ捨て、拡張領域から目的の武装を現出させる。
灰色の刀身に光沢は無い。
波紋も無い。
鍔も無い。
刀身と柄、ただそれだけだ。
「戦乙女の模造品、試し切りには相応しい相手だ」
形成されていく漆黒の戦乙女。
いや、暮桜だったか?
まあ些細なことだ。
大切なのは程よい大きさだ。
「喜べ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
お前を悲劇のヒロインにしてやる」
生きていれば、な。
◇◇◇◇
好きな子ほど苛めたいって言うよね。