鎮守府は、眠らない。
出撃や帰投は昼とは限らず、深夜や払暁という事も珍しくはない。
昼夜を問わずという点で、出撃のない艦娘達もまた例外ではない。
その中でも、特に忙しく働いている艦娘。
工作艦『明石』。
彼女は戦闘を主目的とした軍艦ではなく支援に当たる特務艦艇ではあるが、歴とした海軍の一員である。
その能力は優秀の一言に尽き、存在意義はとても大きい。
「……う~ん。そろそろ、終わりにしようかな?」
手にした工具を傍らに置くと、明石は大きく伸びをした。
彼女の前には、様々な部品が散乱していた。
それを一つ一つ、決められた箱に片付けていく。
地味な事ではあるが、部品や工具は決められた場所におかないと後々で面倒な事になる事がある。
特に艦娘の艤装は特殊な物で、そう簡単に替えは利かない。
例えボルト一本、スパナ一本と言えどもぞんざいには扱えなかった。
その管理や整備を一手に担っている彼女には、これも大事な仕事の一つであった。
「それにしても……」
明石は、工廠の中を見回す。
大なり小なり、破壊された艤装が山積みになっている。
これらを完全な状態に仕上げない限り、艦娘は戦場に赴く事が出来ない。
艦種が同じであればある程度共有する事も可能ではあるのだが、それにも限界はある。
平時であれば哨戒任務中の小規模な戦闘が精々であり、明石の仕事もそう多くはない。
が、攻略作戦などが始まればそうも言ってられない。
入渠ドックはすぐに満杯となり、艤装の修理もそれに伴い激増する。
そして、明石独自の能力でもある艦娘自身修復作業。
ただし、小破程度の損害という条件付きではあるのだが。
ともあれそうなれば寝る暇どころか、ブラック企業真っ青の過労死寸前という状態になる。
まさに二十四時間戦えますか、を地で行く有様。
「仲間が欲しいなぁ。夕張さんも今遠征中だし」
軽巡洋艦『夕張』は艦種こそ軽巡だが、燃費も悪く速力も劣る為に第一線で戦うにはやや厳しい存在でもある。
その反面、兵器開発や改修などで手腕を発揮する事が少なくない。
多忙な明石にとっては、夕張が鎮守府にいる時はかなり助かっているのが実情だったりする。
とは言え夕張も巡洋艦である以上、当然海戦に出撃する機会もある。
彼女特有の能力として、一定の兵装を数多く積載する事ができるという特徴もあった。
輸送用ドラム缶を満載の上、資源確保の為に遠征の旗艦を務める事も多い。
資源がなければ艦娘と言えども戦えなくなるので、これもまた重要な任務となる。
「ま、仕方ないか。私は戦闘で活躍できる訳じゃないしね」
明石は頭を振ると、整理した工具類を仕舞い始めた。
「あら、いらっしゃい」
「こんばんは」
着替えて汗を流した明石は、鳳翔の店に姿を見せた。
「今日もお疲れ様でした、おしぼりをどうぞ」
「ありがとうございます」
いつも変わらない鳳翔と店の佇まいは、提督や少なくない艦娘の癒やしとなっている。
明石もここでは思う存分気を抜くが、それを咎め立てする者などいない。
「粕取り焼酎のいいのを見つけてきたんです。如何ですか?」
「じゃあ米焼酎、ですか。珍しいですね」
「ええ。でもきっと、明石さん好みだと思いますよ?」
鳳翔の言葉に、明石も相好を崩す。
「鳳翔さんがそこまで仰せなら、是非お願いします」
「ふふっ、畏まりました」
薬罐に水を入れ、火にかける。
沸騰はさせずに止め、四十五度ぐらいまで冷ます。
グラスに焼酎を半分ほど注ぎ、先ほどのお湯を注いで少し馴染ませる。
その手順を踏んでから、鳳翔は明石の前にグラスを置いた。
「お通しはウドの酢味噌和えです、どうぞ」
「わあ、美味しそうですね。いただきます」
明石はまずグラスを手に取り、一口飲んでみた。
「……え? これ、米焼酎ですよね?」
「ええ。アルコール度数は三十度ありますけどね」
「道理で濃い訳ですね。でも、くどさはなくすっきりしていて……美味しいです!」
「ええ。芋焼酎だと匂いが苦手という方もおられますけど、これなら大丈夫だと思いますよ」
「それに、焼酎なのに上質の燗酒を飲んでいるみたいな感じがします」
明石は、ホッと溜息を漏らした。
「懇意にさせていただいている酒蔵の方から、こんな商品を作ったと教えていただいたんです。これ、まだ試作品らしいですけど」
「絶対売れますよ、これなら。他の娘達はどう言ってました?」
鳳翔はニッコリと笑って、
「それ、明石さんが初めてですね。まだ口開けしたばかりなんです」
「そうなんですか。へえ、何だか嬉しいな」
「……ちょっとだけ、私が味見させて貰ってますけどね。流石に、味がわからないのをお出しする訳にはいきませんから」
「それ、初めてじゃなくなってませんか?」
「細かい事は気にしない方がいいですよ、お酒は美味しくいただければいいのですから」
「そりゃまぁ……そうですけど」
明石は苦笑しながら、グラスを傾けた。
「鳳翔さん。何か、お腹に入れたいんですけど」
「そうですね……。では、天婦羅ご用意しましょうか」
「あ、いいですね。是非!」
「で、私は言ったんですよ。戦果をあげるのはいい、でも艤装を壊し過ぎだって」
「それで、どうなりました?」
「激しい戦闘にばかり駆り出されてるから仕方ないとか、深海棲艦の数が増えてるからとか。それはわかるんですよ、わかるんです!」
明石は杯を重ねて、かなり酔いが回っている。
それでも潰れずにいるあたり、かなりの酒豪と他の艦娘から評されるだけの事はあるようだ。
「でも、です。私が毎日遅くまで丹精込めて整備と修理した艤装を、出撃する度に当たり前のように壊して戻って来るんですよ? 酷いと思いませんか?」
不機嫌そうに、明石は空になったグラスを見つめる。
「確かに、明石さんのご負担はなかなか軽くなりませんよね。私達、艤装がなければ戦えませんし」
「そうなんですよ、そう! 私は工作艦ですし、別に整備も修理も嫌じゃないんですよ?」
頷く鳳翔。
「でも、もっと大事に使って欲しいんです! 壊して当たり前みたいなんておかしいんですよ!」
日頃の鬱憤が溜まっているのか、明石の愚痴は止む気配もない。
鳳翔はそんな明石に嫌な顔一つせず、水の入ったグラスを差し出した。
「喉、乾きませんか? 和らぎ水も必要ですよ」
「あ、はい。いただきます」
やや温めの水を、明石は一気に呷った。
「ふう……。鳳翔さん、もう一杯下さい」
「はい、いいですよ」
空になったグラスが満たされ、また明石は飲み干した。
「あれ? この水」
「どうかしましたか?」
「随分甘く感じますね。砂糖水ですか?」
「いいえ、何も入れていませんよ」
「そうなんですか? 私、舌がおかしくなったのかと思っちゃいました」
首を傾げる明石。
「それ、酒蔵からいただいた仕込み水なんですよ。そのせいかも知れませんね」
「……相変わらず、サラッと凄い事言いますね。生水ですよね、これ?」
「ええ。ですから、一度煮沸してから冷やしてありますよ」
そんな鳳翔を、明石はカウンターに顎を載せて見上げる。
「鳳翔さんって、何でそんなに凄いんですか?」
「え、私ですか?」
「そうですよ。料理の腕は確かだし、お酒の目利きもバッチリ。それだけじゃなくこうやって聞き上手だし、誰からも好かれてるし」
「ふふ、ありがとうございます。褒めても何も出ませんよ?」
鳳翔の答えが不満なのか、明石はプッと頬を膨らませた。
「本心から言ってるんですけどね。誰に聞いても同じ事言いますから」
「そうですか。私は実戦ではあまりお役に立てませんし、せめて自分で出来る事をしたいだけです」
「それって、哀しくないですか?」
ポツリと明石が呟いた。
「だって鳳翔さんと言えば、世界初の正規空母じゃないですか。そりゃ、加賀さんや大鳳さんとは違いますけど……」
「そうですね……。第一線で活躍出来ないのはちょっと寂しくはありますよ。でも、艦娘全部が第一線で働けなければいけない訳じゃありませんから」
「……いいんですか、それでも?」
「ええ、明石さんは勿論ですが、間宮さんや伊良湖ちゃん、大鯨ちゃん、香取さん……皆さんがいてこその艦隊ですから」
「……鳳翔さん、やっぱり凄いなぁ」
「凄さで言えば、明石さんの方が余程上ですよ。工廠でさえない工作機械が装備されてますし、しかも自走出来るからどんな場所でも活躍出来る。それだけで、どれだけ私達の支えになっている事か」
「な、何だか照れますね」
鳳翔は微笑むと、空になったグラスを持った。
「この焼酎、ロックでも美味しいんですよ。如何ですか?」
「いただいちゃいます、もう!」
「そうか。明石が、な」
「私達達が不甲斐ないばかりに、御苦労させてしまっているようですね……」
二時間後、客は入れ替わっていた。
明石は酔いが回った上に昼間の疲れが出たようで、自室へと戻って行った。
今は執務と会議を終えた提督、そして秘書艦を務める重巡洋艦『妙高』が並んで腰掛けている。
もう勤務時間外であり、秘書艦が提督に付き合う義務はない。
提督はプライベートの過ごし方まであれこれ干渉するような真似はしないが、共に杯を傾ける事を望むなら拒むような事もない。
酒を嗜む艦娘であれば、寧ろ進んで同席する事の方が多いぐらいだった。
提督も妙高も、明石と同じ米焼酎のお湯割りを片手に鳳翔の話に耳を傾けている。
鳳翔も決して口が軽い訳ではないが、艦娘らの悩みは提督に知らせる事がままある。
これは提督から鳳翔に頼んでいる事の一つ。
提督は艦隊の指揮を執るだけではなく、海軍の高級官僚でもある。
会議や事務仕事も多く、なかなかに多忙な毎日。
艦隊の規模が拡大するにつれ、目の届かない場所も増え続けているのが現状だった。
それだけに、鳳翔や間宮のように艦娘らの本音を知る存在は提督に取っては頼りになる存在である。
彼女らもまた、多忙を理由に艦娘らの事を放置する事のない提督には積極的に協力していた。
「提督、何とかならないでしょうか?」
「……難しいな。艦艇の設計や開発が私の一存で出来る訳がない。そもそも艦娘自体が特殊な存在だしな」
鳳翔の言葉に、提督は無念そうに頭を振る。
「それに、工作艦というカテゴリでは明石は飛び抜けた存在だ。明石には悪いが、あの仕事を肩代わり出来る艦娘という時点で無茶とはしか言えん」
「困りましたね……」
妙高も眉間に皺を寄せて宙を睨んだ。
「夕張を作戦中だけでも出撃メンバーから外すか」
「提督。それでは作戦に支障を来しませんか?」
「いや、他の軽巡らとの相談次第ではあるが何とかなるだろう。明石がオーバーワークで倒れでもしたらその方が一大事だからな」
「それはそうなんですが……」
妙高の表情は曇ったまま。
既に作戦は発動し、艦娘らは定められた編成で動いている。
それを動かすとなれば、多少なりとも混乱が生じるのは避けられない。
結果、作戦全体が頓挫してしまう可能性すらあり得るのだ。
そうなれば、提督の責任問題になってしまう。
最悪、降格や予備役編入という処分が下されてしまう……艦娘らに取っては最も望まない事だ。
「不安か?」
「当然です。提督に何かあったら、私……い、いえ。私達はどうしたらいいんですか!」
妙高は叫ぶように言うと、グラスを一気に干した。
「鳳翔さん、お代わり下さい!」
「はいはい。でも、大丈夫なんですか?」
「大丈夫です!」
鳳翔は苦笑しながら、酒瓶を手に取った。
ちなみに提督と妙高が呑んでいるのは、先ほど明石が半分ほど空けていった焼酎。
提督はお湯割りで、妙高はロック。
当然、妙高の方が度数が高い飲み物となる。
それを一気に呷ればどうなるか。
……案の定、妙高はグラグラし始めた。
「妙高さん、やはり止めておいた方が」
「だ、だいじょうぶれすって」
「……いいから水を飲め。ほら」
提督が冷水を注いだグラスを差し出すと、不意に妙高はその腕に抱き付いてきた。
「ど、どうしたんだ?」
「提督はなんれそんらに優しいのれすか?」
「優しいとかどうでもいいから。というかもう酒は呑むな!」
「なんれすか、提督はわらひの旦那様だとでも言うのれすか。それならわらひとけ、け……」
と、妙高が何やら苦しげな表情になった。
「ま、不味い! 鳳翔!」
「は、はい!」
慌てて提督は妙高を店の外に連れ出す。
そして妙高は……盛大にぶちまけてしまう。
「提督。後は私が」
「済まんな」
「いえ、慣れていますから」
そう言いながら、鳳翔は水を入れたバケツとデッキブラシを手に店から出てきた。
「さて、じゃあ俺は部屋に運んでやるとするか」
「ええ。その後でまた来られますか?」
「いや、秘書艦殿がこの有様で飲み直しも厳しいだろう。また明日、出直すとする」
「わかりました。それでは、おやすみなさい」
「ああ」
提督は寝息を立て始めた妙高を背負うと、歩き始めた。
「ほら、しっかりしろ妙高」
「ふにゃあ……。れーとく、おしたいしてるれす……」
「呂律が回らん寝言だから何言ってるのかわからんな、全く」
鳳翔はその後ろ姿を、微笑みながら見送った。
「さて、ちゃっちゃと片付けちゃいましょうかね」
そして、翌日。
「済まんな、夕張」
「いいえ。こっちはこっちで慣れていますから」
工廠に、夕張と提督の姿があった。
夕張は偽装を外し、ツナギ姿で手を動かしている。
「それにしても珍しいですね。明石さんがダウンだなんて」
「まぁ、あいつにもいろいろあるって事だろうさ」
「ここのところ忙しかったから、ちょっと休んで貰うのもいいかも知れませんね。そう言えば、今日は妙高さんもお休みとか?」
「……まぁ、な」
執務室では、ピンチヒッターで彼女の姉妹艦『那智』『足柄』『羽黒』が書類と格闘している。
最初は那智だけが代理でやって来たのだが、あまりの膨大さに急遽三人がかりとなった次第。
それだけ、妙高が優秀な証拠とは言えるのだが。
「でも、お二人とも明日には復帰していただかないと。艦隊が大変な事になっちゃいます」
「全くだ。……とは言え、やれる事はやっておかんとな」
「そうですね」
「では、頼んだぞ。これから作戦会議だ」
そう言うと、提督は腰を上げた。
「お願いしますね、提督。私も他のみんなも、提督を頼りにしているんですから」
「ああ、任されよう」
「あ、そう言えば」
何かを思い出したように、夕張が呟く。
「明石さんがあの調子ですけど、アイテム屋はどうなったんですか?」
「ああ、それなら問題ない。そっちにもピンチヒッターがいるからな」
「ふふ、慣れないけれどこれもなかなか新鮮でいいかも知れませんね」
鳳翔が、アイテム屋のカウンターを拭きながらそう独りごちていた。
ストックはありません。
ガルパンの方を進めながら、合間に更新できれば……と思っています。