「あぁ酷い目に遭った……」
そう呟いたのは人波にさらわれた奏であった。先程の人波で体力を消費したようで、かなりぐったりとした様子だ。
「希空に連絡しようにも充電切れてるし……」
そう言って懐から取り出したのは携帯端末だ。携帯端末には真っ暗な画面が広がるばかりで電源すら入っていないだろう。
「あぁ……移動の間、ずーっとアプリゲーやら動画を見てたしなぁ」
しかも電源を淹れたくともうんともすんとも言わない。それには理由があり、その理由は自分のせいだと理解している為に、へこんだ様子を見せる。
長距離の移動中、暇を持て余したためにずっとアプリケーションゲームや動画を見て、暇をつぶしていたのだがあっという間に充電はなくなってしまったようだ。
「仕方ないんだ、ダブルオーライザーのピックアップガチャがやってたからやらざるえなかったんだ……」
誰も聞いていない言い訳をだらだらとこぼす。バックの中を漁るも携帯用充電器をホテルに忘れてしまい、打つ手なしだ。がっくりと肩を落としながら行く宛てもなく彷徨っていた。
「……ん?」
そうしていると、ふと奏の視界に気になるものがあったのだ。“ソレ”を見た瞬間、思わず足を止めてしまった。
「……ガンプラバトルシミュレーター……?」
それはガンプラバトルシミュレーターであった。しかしただのガンプラバトルシミュレーターではない。これはGGF時代のガンプラバトルシミュレーター……つまりはプロトタイプとなる装置だ。普段慣れ親しんだガンプラバトルシミュレーターよりもその外観にかなり差異が見られる。
しかしただプロトタイプとはいえ、あくまでガンプラバトルシミュレーターがそこに置いてあるだけだ。あまり目ぼしいとも言えず、訪れた人々の関心はあまり引いていないのがその周りを見て、分かる。
「これは……」
だが奏にとってはそうではなかった。何か引力にでも引かれるかのように、それこそ吸い込まれるかのようにプロトタイプのガンプラバトルシミュレーターに歩み寄り、無意識に手を伸ばしてその筐体に触れる。
『なんだ……これ……? なにがどうなるんだ……?』
『この声が聞こえる……貴方なら……どうか……あの争いを……破壊してほしい……!』
プロトタイプのガンプラバトルシミュレーターに触れた瞬間、頭の中に鮮明な映像のようなものが流れ込んできた。驚いて思わず手を放した奏だが、先程の現象が分からず、もう一度触れようとする。
『あの世界に戻れば貴方にとって辛いだけなんだよ……?』
『でも……あの世界には大切な仲間がいるんだ……。俺は彼らを助けたい。アンタに巻き込まれたんじゃない。今度は自分の意志であの世界に行くんだ』
もう一度、触れた瞬間、再び頭の中に誰かの記憶ともいえるような映像が流れ込んでくる。訳が分からぬ現象に脂汗も浮かび、手を放したくなるが、でもそうは出来なかった。
『そう言えば、自己紹介もなにもなかったな……。俺は如月 翔、よろしく』
「……!」
どんどんと奏の息遣いも荒くなっていく。それでもそんな奏をお構いなしに映像上のやり取りは続いていき、ガンプラバトルシミュレーター内のシートと思われる場所に座る自分と同い年ぐらいの若い青年は己の名を名乗り、奏は目を見開く。
『シーナ・ハイゼンベルクだよ、よろしくね、翔』
「──ッ!?」
だがそんな事はどうでも良くなるほどの衝撃が次の瞬間に起きた。ずっとやり取りをしていた青年に答える女性が己の名を口にした瞬間、その名を聞いた奏に異変が起きたのだ。
「ぐっあぁ……ァッ!?」
まるで熱い巨大な釘を頭に強く何度も打ち付けられた気分だ。視界もグニャリと歪んでいき、まともに立っていられなくなった奏はそのままその場に転がり込むように倒れ込む。
「うッ……あぐぅっ……ッ!!」
「大丈夫!? 進、係の人を!」
倒れた奏は頭を抱えて、悶えている。強烈な吐き気にも襲われていたのだ。その間にも奏の瞳の色は今まで以上に目まぐるしく変化していき、スイッチを切り替えるように世界の静止が交互に起きていた。そんな奏を見かねて、来店客の青年が同行していた青年の名を口にしながら指示を出すと、進と呼ばれた青年はすぐに動き出す。
「だ、大丈夫……っ! 私はガンダムブレイカーの使い手……っ! こんなところでリバースしたら諸先輩方に合わせる顔がががががっ!!?」
「なに馬鹿な事言っているんだ!?」
とはいえ、この少女。どこか頭のネジが外れているようで、こんな状況でもいつもと変わらぬ調子で答えようとするものの自身に襲いかかる異変に耐え切れず、痙攣を起こしてしまっている。そんな奏に介抱する青年はツッコミを入れるように注意する。
「大悟さん、今、すぐに担架持ってくるって!」
「ありがとう、進! もう大丈夫──」
そうこうしている間に進が従業員に声をかけてくれたのだろう。戻ってきた進が奏を介抱する青年の名を口にしながら声をかけると、青年は笑みを見せながら奏に向き直ろうとするが……。
「あれ……?」
しかし先程まで腕の中にいた筈の奏の姿はなかった。周囲を見渡しても、奏と思わしき人物の姿は見当たらず、大悟は唖然としながら周囲を見渡すのであった……。
「──とーちゃく、っと……」
大悟と進が唖然とする中、プロトタイプのガンプラバトルシミュレーターの中から一人の人影が現れる。その人物は特徴的な金色の瞳で周囲を見渡すと、その口元に笑みを浮かべるのであった。
・・・
「なんだったんだ、まったく……」
大悟達が探す奏は一人、壁伝いに頼りない足取りで歩いていた。不安定になった己の力で静止したような世界でここまで歩いてきたのだろう。
「人前であんな醜態を晒して……殿方の腕の中にいるなんて……。も、もぅお嫁にいけない……っ」
人前で倒れて転げまわっていた。状態が状態とはいえ、少し恥ずかしさがある。しかも慣れない男性に触れられたことで頬は上気してしまっている。不安定になった力を利用してでもあの場から離れたのは、他人への迷惑と気恥ずかしさもあるのだろう。しかし、己の力は弱まってはきたが、その表情にはまだうっすらと脂汗がかいている。それもそうだ。あんなに不安定になったのは今までになかった。
──シーナ・ハイゼンベルグ
それもこれもこの名前を聞いたせいだ。この名前を聞いた瞬間、まるで魂の奥底にでも隠れていたような自分を引き起こされたような異様な気分になったのだ。この名前だけは到底受け入れられるものでもないようで、今でも思い出すだけで不快感が滲み出る。
(なんなんだお前は……。人を惑わして……ッ!)
シーナ・ハイゼンベルグが何者なのかは知らないし、知りたいとも思わない。だが自分をここまで揺さぶる存在には拒否感が出てしまう。
「私は私なんだ……っ!」
その存在を考えれば考えるほど、まるで別の存在が今の自分がそのまま塗り替えられてしまうのではないかと思うほど不安になってしまうのだ。奏は言い聞かせるように呟き続ける。
「……っ……」
彷徨うように歩いていた奏だが、また再び足を止める。そこは現在開催中の歴代ガンダムブレイカーとのバトルが楽しめるイベント会場であった。
「……ガンダムブレイカー0」
観戦モニターにはバトルの様子が映し出されており、その中には奏の見知ったガンプラが映っていた。始まりともいえるガンダムブレイカー。その姿を見た奏は今まで見てきた中で違った感情が芽生えていた。
(……戦わないと)
何故そう思ったのかは分からない。しかし、奏はガンダムブレイカー0を見て直感でそう思えたのだ。故にその手にはクロスオーブレイカーが握られていた。
妙な言い方だが、会った事もないのに自分とシーナ・ハイゼンベルグは魂で繋がっている気がするのだ。だからこそ自分が自分である為に、その繋がりは断ち切る。
まるで過去への決別を告げるかのように奏はまっすぐモニター上に映るガンダムブレイカー0を見て、イベント会場へと歩を進め、奏もイベントに参加するのであった。