機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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希望は絶望に

「ハッ……わざわざお前の方から出向いてくるとはな」

 

 翔とシュウジの前に現れたクロノが依然として薄ら寒ささえ感じるような笑みを浮かべるなか、驚いていたのも束の間、シュウジは射殺さんばかりの鋭い視線を向ける。

 

「……誰だ?」

「……あの野郎はこれまでのウイルス事件の裏で糸を引いていた奴らの一人です」

 

 しかしそんなシュウジの視線を受けていても、まるで微風を受けているかのような余裕のある笑みを浮かべているクロノの姿に神経を逆撫でされるかのような苛立ちを感じたシュウジは舌打ちをする。

 穏やかでないシュウジの反応に翔も初めて対面したクロノを警戒したように見やりながら尋ねるとシュウジの口から放たれた言葉に驚いている。

 

「安心したまえ、今日はラストステージ……これが最後だ」

「何故、俺達の前に現れた?」

「君達の存在はゲームのバランスを脅かしかねないのでね。特に如月翔……。君の存在が最もだ」

 

 警戒している二人を見ながら、緊張を解させるような和らな口調で話すクロノに翔は自分達の前に現れた理由を尋ねる。これまでのウイルス事件は毎回突発的に発生し、こうして黒幕となる人物から接触することはなかったはずだ。その理由をクロノはシュウジ……そして特に翔であることを口にする。

 

「エヴェイユ……だったかな?」

「……ッ!?」

 

 自分達が脅威なのは単純な実力によるものなのだろうと考えていた二人だが、クロノから放たれたエヴェイユという単語を聞いて驚愕する。

 

「なんでお前がそれを……ッ!?」

「最もな疑問だろうな、キングオブハート」

 

 クロノからエヴェイユの言葉を出されて目に見えて動揺しているシュウジは何故、クロノがその言葉を知っているのか問いただすように詰め寄ろうとするが、その前にクロノが手を突き出してシュウジの動きを止め、またも驚きの発言をする。

 エヴェイユだけではなくシュウジがキングオブハートの紋章を持つ者だと言う事も知っているのだ。もはやクロノが異世界の知識を持っていると見て間違いはないだろう。

 

「後腐れのないように君達には教えておいてあげよう。エンディングを迎えてもプレイヤーが釈然としないのではゲームとしては致命的だからね」

 

 翔とシュウジのクロノへ向ける視線の中には警戒だけではなく、少なからず動揺も滲んでいる。そんな二人の反応を見て、まるで無知なる子供に教鞭をとるかのように物腰柔らかに話始める。

 

「新人類……君達地球の人類は我々をそう呼んでいるのだったかな?」

「なっ……!?」

 

 クロノの口から明かされた己の素性。流石に思いもよらない言葉にシュウジは言葉を失ってしまっている。

 

「新人類だと……?」

「そうだ、如月翔。特に今の君は我々に近い。最も似て非なると言った方が適切だがね」

 

 レーア達と別れと共に地球に迫る脅威について聞いてはいた翔ではあるが、VRとはいえ、目の前のクロノがその新人類だとはにわかには信じられない様子だ。しかしクロノは新人類とエヴェイユから更に進化して覚醒した翔の関係を口にする。

 

「先ほど君自身もプレッシャーを感じただろう? あれは気のせいなどではない。私が君に感応を図ったのだ」

 

 つい先ほどレーアとシミュレーターVRに向かう際に感じた強烈な頭に電流が駆け巡るような感覚。それは気のせいなどではなく、他でもないクロノによって行われたことだったのだ。

 

「その時、私は君の中の力を感じ取った。純粋に驚いたよ。君は時間さえ支配できうるセンスを持った存在であることにね。だからこそ君は特に脅威なのだ。君という存在は人類が持つ可能性を更に飛躍させた可能性を持つのだから」

 

 時間さえ支配できる……。その言葉に真意は翔にもシュウジにも分からないが、少なくとも翔自身、それに近しい現象を幾度となく起こしたことがある。

 

「お前と……そしてお前らの目的はなんだ? この世界で、何より今現在、俺達の地球に一体、何をしようってんだ?!」

「一つ勘違いしているようだ。君達は今更になって我々の存在が地球に迫っている事に気がついたようだが、実際、今よりもずっと前に君達の目を盗んで地球に降り立った者達はいるよ。それこそ地球とコロニーがまだ争っている間にね」

 

 いまだ信じられない思いだが、シュウジは新人類だと口にするクロノに彼自身の目的と共に何故、遥か過去に地球を旅立ったはずの新人類が今になって地球に戻ってきたのかを問いただそうとする。するとクロノは人差し指を立てながら訂正をする。

 

「確かに我々の祖となる者達は進化もせずに争い続ける人類に見切りをつけて外宇宙に旅立った。だがね、適応できる環境がそう易々と見つかる筈がない。いかに進化した人類と言えど閉鎖的な空間で尽きることのない不安は容易く狂わせるものさ」

 

 かつてシュウジ達の世界、その地球でオールドタイプと呼ばれる人類を見限って外宇宙に旅立った新人類達。その気の遠くなる星々の海を渡る航海の話が語られている。

 

「そして我々も根本的には地球に残った者達と何ら変わらない。いくら地球にいた頃は抜きん出た能力を持っていても、それが当たり前の世界ではただの基準でしかなく、優劣が生まれ劣等感と嫉妬が発生する。そして抜き出たセンスは例え口に出さなくてもそれすらも見透かしてしまう」

(……風香のようにか)

「旅立った時に抱いた希望はおどろおどろしい負の感情に変わっていき、それはやがて燻る火種となり、自分達こそが新たな人類だと驕り高ぶった者達は破滅への一歩を踏み出した。例え移住可能の星を見つけたとしても、地球に代わる故郷というものは中々見付からないものでね。結局、地球を抜け出した人々は母なる地球を忘れることが出来なかったのだよ」

 

 新人類が地球を旅立つ際に夢見た栄光と破滅への道のり。それは皮肉なことに抜きん出た能力によるものとオールドタイプを見限った者達と何ら変わりないものであったのだ。

 

「火種は轟々と燃え盛る炎となり、血を血で洗う争いになっていくのにそう時間がかからなかった。地球圏に辿り着いた君たちが言うところのターンXだったかな? あれはまさに新人類が生み出した負の遺産さ。やがて外宇宙に旅立った人類は散り散りとなった。地球への未練を断ち切れぬまま妥協した星での永住を決めた者達、見切りをつけた者達のいる地球に今更戻れないと新天地を求めて更なる旅路に出た者達、そして地球へ戻ることを決めた者達にね」

 

 それが新人類として、外宇宙に旅立った者達の末路であった。人はいくら力を得て、進化した存在となったとしても根の部分はやはり人から脱却出来ないということなのだろうか。

 

「幸か否か、旅路を続けていくうちに培った技術は当時の地球のものよりも遥かに上回り、ぎりぎりのエネルギーと少ない人員ながら悟られることなく地球に帰還を果たした。その頃には私もその中の一人にいたよ。美しかった、生で見る地球と言うのは。例えそれが荒れ果てた世界であろうとね」

 

 そして地球に帰還を果たした者達の中にはクロノもいたというのだ。当時のことを思い出しているのか、その表情はとても穏やかなものであった。

 

「だがやはりいくら年月が経とうと人は争いから逃れることはできない。歴史が物語るようにね。だが地球に帰還した者達はそれさえも受け入れた。ただ地球で静かに暮らせればそれで良い、と。だが私はそうではなかった」

 

 やっとの思いで地球に戻ってきた者達はそれが争いが途絶えない世界でも良しとした。しかしただ一人はそうではなかった。

 

「私はそこまで付き合いきれなかった。だからこそ研究を重ね、世界を渡ったのだよ。如月翔……君は我々の世界に来たように私は君の世界にね」

 

 血で血を洗う争いから逃れるために地球で研究を重ねて、異世界へ渡る技術を確立させたクロノはそのままこの世界に訪れたのだ。

 

「この世界ではまさに0からのスタートだった。だがその一つ一つを得るたびにまるでゲームを攻略してレベルアップしていくかのような面白さがあった。最も到底褒められるような行いではなかったがね。その辺りだよ、私が裏でバイラスと知り合ったのは」

 

 異世界からこの世界での話になり、クロノはこの世界で行ってきたこととあのバイラスとの出会いについても話す。

 

「バイラスとの出会いは偶然ではあるが、彼は私を高く評価してくれてね。彼の協力もあり、黒野リアムという身分の偽造から何まで全てがとんとん拍子に進み、少ない資金ではあるが会社も立ち上げた。小さな会社で十分だったのだが、まさかあぁなるとは思いもしなかったよ」

 

 そして黒野リアムとしての人生を話す。イドラコーポレーションの設立と発展などバイラスなども関与していたとはいえ、そこまでのことが出来たのはクロノの手腕もあるだろう。

 

「この世界は私の世界ではない。だからこそ私にとってこの世界で起こること全てがゲームなのだよ。まさにオープンワールドのように、いくらでも自由に行動できる」

「……これまでの騒動もお前はただの愉快犯だったわけか」

 

 自分の世界ではないから、この世界にいる自分は偽りであり本当の自分ではないから、だから好きなだけ行動ができる。元々、これまでのウイルス事件に高尚な理由など求めていなかったが、クロノの話を聞き、翔は険しい表情で怒りを露にする。

 

「否定はしないさ。さて、そろそろ良いだろう」

「ああ。お前をこの場で叩き潰してやる」

 

 しかし翔の眼光にも余裕の態度を崩さず、表示させた立体モニターを確認したクロノは意味深な発言をすると、シュウジは指を鳴らしながらクロノに向かって行こうとするのだが……。

 

「怖い怖い。私としても君たち全員を相手にするには些か骨が折れる。だから先手を打つことにした」

 

 口角をあげ、歪な笑みを浮かべるクロノはそのまま指を鳴らすと異変は起こった。なんとVRハンガーの天井部分が割れ、かつてのGGF博物館のような歪な空が広がっているではないか。

 

 ・・・

 

「主任、制御が奪われていきます! これは……ウイルスです!!」

「バカな!? 対策は高じていた筈だ!」

「感染なおも拡大! このままでは全ての制御が……ッ!?」

 

 異変はすぐに開発側にも行き届いていた。運営チェックを行っていた部下から切羽詰まった報告を受けて、以前の出来事もあって対策していたこともあって信じられないとばかりに驚愕する開発者だが、事態はどんどん進んでいく。

 

 ・・・

 

「っ……?!」

「なんだこれ……っ!?」

「今日の為にずっと準備は進めてきた。あの世界における君達を含んだ全て調べ上げたりね。だから今回は私としても手応えを感じている」

 

 地面も影が広がり、そこから現れた触手のようなプログラムが翔とシュウジの全身を拘束する。身動き一つとれない状況に翔とシュウジは抵抗を試みるが、全てが無駄になってしまい、その様子を見てクロノはせせら笑う。

 

「最後に一つ教えておこう。今あの世界の地球に迫る者達は恐らくは更なる新天地を求めた過激派の者だろう。新天地は見つからず地球への未練から地球に残り穢し続ける古い人間を絶ち、地球を手に入れようと言うのだろうね」

 

 触手に囚われた翔とシュウジの体は地面に広がる影の中に引きずり込まれる様に沈んでいく。何とか抵抗して抜け出そうとしている二人の姿を見て愉快そうにしながらも今、異世界の地球に迫る者達について話す。

 

「さあ眠れ。幻しかない夢の中に」

 

 やがて翔とシュウジは完全に影に飲み込まれてしまった。

 その姿を見届けたクロノは愉悦に満ちた笑みを浮かべながら、己の搭乗機となる白騎士のようなあの機体へ向かっていくのであった。


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