機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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真なる心

 バトルステージに選ばれたのは、どこまでも広がる大海原だ。

 揺れる潮を眼下に漆黒の夜空を飛行するのはストライダー形態のNEX。普段の希空ならいざしらず、ヨワイの挑発にまんまと乗せられてしまった。胸の中で蠢く黒い感情は大きくなっていくばかりでそれを表すように希空の表情は険のあるものだった。

 

(……無駄な時間でしかない)

 

 センサーが反応し、モニターに表示されるZマックスを確認しながら希空は目を鋭く細める。ヨワイに吹っかけられたバトルとはいえ、彼女と自分の実力さは分かりきっている。負けるどころか苦戦すらしないだろう。モニターに映るWR形態のZマックスに狙いを定めて、希空は引き金を引き、ハイパードッズライフルの銃口から光芒が発せられる。

 

 だが伸びたビームをZマックスは回避したのだ。すぐに終わる。そう思っていたバトルだが、避けられたこともあり、希空は眉間に皺を寄せる。

 

 とはいえ以前、あのZマックスとバトルをした奏はかなりその動きは改善されていると評価していた。元よりヨワイは希空達の足元には及ばないまでも、その実力は同じ模型部員達の中では最上位に食い込める程の実力の持ち主だ。であればひとえに実力不足とは言えず、回避できたとしても何ら不思議ではないはずだ。

 

 すると今度はお返しとばかりにZマックスから無数のマイクロミサイルが放たれ、すぐさま希空は操縦桿を動かし、大型ビームキャノンを駆使して、必要な分だけ破壊すると、そこを抜け道に突破する。

 

「──っ!」

 

 しかし突破した先には既に希空の行動から動きを読んでいたMS形態のZマックスがビームサーベルを構えて突進してきていたのだ。すぐさま反応した希空はNEXを変形して、ビームサーベルを引き抜くとギリギリで受け止める。

 

「腕、鈍ったんじゃないの? 前より動きが読みやすいけどッ!」

「……調子に乗ってッ」

 

 鍔迫り合いが起き、周囲に激しいスパークを散らす。

 元々、ファイターとしての実力は及ばなくともモデラーとしては十分なのだろう。NEXとの鍔迫り合いでも力負けしない状況でヨワイが通信越しに挑発すると、希空は思わず歯軋りをするも、直後にNEXに衝撃が襲う。Zマックスが大腿部のビーム・カノンを使用したのだ。

 

 ・・・

 

「希空、怒りに駆られて動いては……」

「それこそヨワイの狙いでしょう。実力で劣る分、希空の怒りを誘って、その動きを粗雑にさせればヨワイでもその動きを読むことは出来るでしょうから」

 

 モニターに映るバトルの様子を見ながら希空を心配する奏に神妙な顔つきでラグナは答える。普段の希空であればそろそろヨワイを撃破している頃だろう。しかしそうはならないのは彼女が感情に左右されて、機体の動きに精密さが欠けているからだ。

 

 ・・・

 

 ビームサーベルを二つ使用しての二刀流でZマックスに襲い掛かるNEX。いくら動きを乱そうとしても、そもそもの実力差がある為、損傷の具合は中破しているZマックスの方が大きく、NEXは中破までいかなくても、ある程度の損傷を受けていた。

 

「しぶとい……ッ!」

「違うし、今のアンタが粗末なだけだしッ!」

「粗末……? 私が……!?」

 

 普段は意識していないヨワイとここまでのバトルになるとは思っておらず、希空は仕留めきれない現状に苛立つが、ヨワイはそれさえ挑発する。

 

「──ッゥウ! 私のなにが粗末だって言うんですかッ?!」

「今のアンタのあり方そのものに決まってんでしょうがぁあっ!!!」

 

 怒りで目を見開きながら、怒号の如く叫びながらNEXはビームサーベルを大きく振るう。粗末と言う言葉はそのまま彼女の中の劣等感を大きく刺激したのだ。

 普段の彼女からは考えられないほどに声を荒げる希空に対して、ヨワイは臆することなく真正面からNEXの一撃を受け止めながら負けじと言い返す。

 

「ガンダムブレイカーだか覚醒だか知らないけど、そんなものに囚われてバッカじゃないの!?」

「アナタになにが分かるんですかッ!?」

「拗らせた奴の考えなんか分かるかっつーのッッ!!」

 

 まるで子供の喧嘩のように声を張り上げるヨワイと希空。ビームサーベルを振るうお互いの攻撃の中にも、そのうち手足を交えて攻撃が出される。

 

「アンタにとってガンプラってなんなの!? バトルってなんなの!? アンタにとってただ認められるための手段なの!? 楽しかったから始めたことじゃないの!? いつからアンタは苦しそうな顔するようになったのよッ!!」

 

 互いの損傷が激しくなっていくなか、ヨワイは懸命に叫ぶ。その声は熱が籠もれば籠もるほど震えていた。

 

「一々、覚醒とかがなければアンタは楽しむことすら出来ないの!? そんなの悲しいと思わない!?」

「私はただ……パパ達の娘であることを誇りに思いたいだけで……ッ……あの二人の娘が出来損ないなんかじゃないって認めさせたいだけで……ッ!」

「アンタが出来損ないなら、アンタに勝てないアタシはミジンコだって言いたいわけッ!!?」

 

 やがて激しいぶつかりあいもZマックスが僅かに押していく。それはひとえにNEXを操る希空の心が激しく揺れ動いているからに他ならなかった。そんな彼女からの言葉にヨワイは青筋を浮かべる。

 

「そ、そんなことはありませんが……」

「アンタ、バトルの前にアタシに勝てると思ってんのかと言ってたじゃないのよぉーッ! アンタに勝負事の度に名前弄りされてきたアタシの気持ちが分かるかぁッ!! ヨワイが人の名前で何で悪いんだ! アタシは弱くないよッ!!」

 

 ヨワイのあまりの剣幕に先程の険のある表情から徐々にたじたじになる希空だが何やら怒りが変な方向に飛んでいったヨワイは更に攻勢を強める。

 

「兎に角! アンタはいい加減、何でガンプラを始めたのかを! バトルをした時に感じた純粋な気持ちをッ! 思い出しなさいよッ!」

「それは……」

「楽しかった、じゃないのッ!!?」

 

 ヨワイの言葉に考えるように視線を伏せる希空。そんな彼女はヨワイの言葉に何かに気づいたようにハッとする。

 

 かつてチーム・ダイナミックとのバトルの前にヨワイは相手に集中しろと口にしていた。それは相手への礼節だけではなく、そうする事で何かに囚われることなく純粋にバトルを楽しめという意味が込められていたのだろう。

 

「アンタはね、熱心になるくらい楽しんでる時が一番、輝いて見えるくらい強いのよッ! そんなアンタを知ってるからこそ、こちとら追いつこうとしてんのよッ!!」

「……」

「でも、今のアンタの強さなんて突けば、崩れるくらい脆いッ! アンタが両親の娘だって誇りたいなら、強くなろうとする前にガンプラバトルを楽しむことから始めなさいよッ!!」

 

 ヨワイの無我夢中に出てくる言葉をそのまま吐き出す。それは紛れもなく彼女の本心なのだろう。だからこそ希空は黙って聞いていた。

 

「ぜぇっ……ぜぇっ……」

「……何だか照れますね」

「ぬああああぁぁぅぅうっっ!! こんなことまで言わせてぇっ!!」

 

 激しく捲し立てたため、呼吸を乱すなか、ヨワイの偽りのない本心を聞いた希空の呟きに沸騰したように顔を真っ赤にしたヨワイは照れを隠すように両手で頭を揉みくちゃにしていた。

 

「良い!? 楽しむことも忘れたアンタのままなら、アタシはいつまで経っても負けは認めないからッ!!」

「でも、さっき私に勝てないって認めていませんでしたか……?」

「勝ててないけど、負けてもいませぇぇーんっっ!!」

 

 普段から憎まれ口を叩く分、偽りなく素直に話した分、気恥ずかしさから薄らと涙さえ浮かべるなか、ヨワイは改めて以前のバトルの後に口にした言葉をこの場で口にする。

 

「そうですか……。でも、はい」

 

 そんなヨワイに希空は薄らと穏やかな笑みを浮かべると……。

 

「少しは軽くなった気、します」

 

 その瞬間、先程までの動きと打って変わり洗練された動きを持って、一瞬のうちに二本のビームサーベルを駆使してZマックスを達磨に変え、勝利をするのであった。

 

 ・・・

 

「……まぁクールダウンしたのならこうなるな」

「ええ、特にヨワイは挑発する側なのに最後には心を乱していましたからね。いやはや、若さですねぇ」

 

 希空が険のある表情から微笑を浮かべた瞬間、一瞬で片がついたバトルに奏は頬を引き攣らせていると、ラグナも和やかな表情を浮かべながらヨワイの敗因を口にしていた。

 

(見守るだけではない。突き放すくらいの態度も相手を想ってが故の優しさですね)

 

 シミュレーターから出てきて、先程のやり取りもあってか、頭を抱えて蹲っているヨワイ。そんな彼女に希空が声をかけるが、ヨワイは照れ隠しに叫んでいる。そんな姿を見て、ラグナも笑みを浮かべるのであった。


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