機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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第EX Plus章 英雄殺しのプロローグ
光の軌跡は新たな旅立ちへ


「親子の方達ですか。仲良いですねっ」

 

 最初はそんな言葉だったと思う。

 私もその言葉を聞いた時は悪い気はしなかったし、そもそれは私に限った事ではないだろう。親子仲が良好なのは良い事だ。

 

「お二人は姉弟ですか?」

 

 仲の良さ。それだけで言えば変わらない。しかし変わったことは確かにあった。

 そう、私は時が流れるのと同時に自然に沿って年を重ね、身体は老いていく。

 

 だけど……あの人は……“父さん”は違った。

 

 あの人は変わらない。

 その外見は私が生を受け、物心がつき、今に至るまで変化がないのだ。

 

 そしてやがて……私達に向けられた言葉は──。

 

「“親子”の方達ですか。仲良いですねっ」

 

 その言葉は私が幼い頃に聞いた言葉と変わらないはずなのに、意味が変わってしまっていた。

 私は何れ自然の流れでその生涯を他の人間と変わらずに終えるだろう。しかしあの人はどうだ?

 

 勿論、あの人にだって寿命があって生涯を終える。

 それは他の人間とは変わらないだろう。

 

 しかしあの人は時間さえ支配できるセンスを持っている。

 

 私の身体が年々衰えを感じて、やがて足腰も不自由になってバリアフリーに頼らざる得ない状況になっていくのに対してあの人は今尚変わらないのだ。

 

 あの人に対して私は老いて枯れていく。

 

 最後に残ったのは悲しみ。

 私がこの世界からいなくなった時、あの人はどうなっていくのだろう。

 

 未来を掴む覇王も輝ける新星も希望の守り手もその生涯を終え、気高き獅子さえ衰え、最強の遺伝子とも言われた私さえもいなくなり、やがてその異常さが広がっていくこの世界はあの人にとって温かな世界なのだろうか?

 

 ……変えたい。

 

 この結末だけは変えたい。変えなくてはならない。

 世界が残酷さを押し付けた結果、英雄が生まれ、答えのない探し物を求めて旅を続けるのであれば、その旅を終わらせるのが世界の役目でもあるのではないか?

 

 安らぎも微睡もあの人にもあるべきものなのだから──。

 

 

 ・・・

 

「──……夢?」

 

 締め切ったカーテンから木漏れ日のような日差しが差し込んでいくなか、ベッドの上で如月奏は目を覚ました。

 

 不思議な夢を見た。

 自分と……父親である如月翔との夢だ。

 はっきりとは思い出せないものの幸せだったその夢が深い悲しみに塗り潰されていくような……。

 

 何故あのような夢を見たのだろうか。

 ベッドから降りて簡単にベッドメイクを行いながらそんなことを考えていた。

 父親である翔に関して言えば最近こそとある理由で一時は行方不明になったりもしたが特に問題なく過ごしている筈だ。

 

「──起きたか?」

「は、はい!」

 

 そんな矢先のこと、ふと奏がいる部屋にノック音が響き渡り、扉越しに聞き覚えのある男性の声が聞こえてくると先程まで物思いに耽っていた奏の意識も急速に現実に引き戻される。

 

「入るぞ」

 

 一言入れつつ部屋に入ってきたのは一矢であった。

 何故寝起きの奏の部屋に一矢が現れたのか。実を言えば今、奏がいる部屋は一矢の、もっと言えば希空の実家なのだ。

 

「昨日のイベント、改めてお疲れさま。お前のお陰で大盛り上がりだ」

「いえ、イベントのゲストとして招待されるだけ光栄ですし、私は私として楽しまさせていただいただけですので」

 

 何故、奏が一矢の家に泊まっていたのか。その理由は一矢の口から放たれたイベントという言葉だ。

 

 奏はボイジャーズ学園を卒業後、進学しつつもガンプラのイベントともなればガンダムブレイカー及びグランドカップ出場者としてゲストに呼ばれることも増えた。最近では動画サイトなどで企業が行う番組にも出演している程だ。

 

 今日もその一環で彩渡街の百貨店のイベントに一矢共々招待され、そのまま一矢の厚意でこの家に泊まった始末だ。

 

「最後のバトルに関して言えば、私としても一矢さんの胸を借りるつもりで挑みましたので、あのイベントの全てが私にとっても充実したものになっています。寧ろ感謝したいくらいです」

「大袈裟な奴だ。だが俺としてもお前とのバトルはすればする度に見違える。俺も良い刺激をもらってるよ」

 

 イベントではガンダムブレイカーである奏と一矢によるバトルもあったのだろう。勝敗に関わらず二人の表情は充実感に満ち溢れた穏やかなものであった。

 

 ・・・

 

 それなら数時間後、近くのゲームセンターには一矢と奏の姿があった。二人の目の前にはガンプラバトルシミュレーターと観戦モニターがあり、そこには先程までバトルをしていたのだろう。リミットブレイカーとブレイカークロスゼロの激しい剣戟の様が映っていた。

 

「お前の本領は近接戦で発揮されるな。射撃もこなせるオールラウンダーではあるが遠距離戦がメインになった際に遅れを取る場合が見られる」

「そうですね。私としても射撃はどちらかと言えば牽制や誘導でそこから自分の距離に持っていく事が多いです」

「俺も同じようなものだ。まあ、だから助言も出来るわけだが」

 

 ガンダムブレイカー達の中でも一矢と奏の戦い方は共通点が多い。それ故、アセンやバトルなど共感し合うことも多いのだろう。

 長くバトルを続けている一矢にとって、まだまだ成長の過程にいる奏には幾らでもアドバイスが出来るのと同時に奏もすんなりと享受することが出来るのだ。

 

「一矢さんのお陰でまた一歩踏み出せそうですっ。先達から学んだことは無駄にはしません!」

「本当に大袈裟な奴だ」

 

 一矢との時間は奏の中でも色濃いものとなっているのだろう。元よりガンダムブレイカーとしての先輩、もっと言えば偉大なファイターとの時間は奏にとって一分一秒たりとも無駄にはしたくないのだろう。終いにはメモさえ取って瞳を輝かせる奏に一矢は苦笑してしまう。

 

(……“アイツ”もこんな気持ちだったのかな)

 

 そんな事はありません、とこの時間の貴重さを力説する奏の真っ直ぐに自分の背中を追いかける姿にかつて兄貴分の背中を追いかけていた日々を思い出しながら苦笑する。最も奏ほど素直に慕う姿を見せられなかったが。

 

「──イッチー!」

 

 そんな矢先、不意に乱入者が現れ、途端に一矢の首元に衝撃が走る。

 

「なになに、おねーちゃんとバトルしてたの? 昨日あれだけしたんなら今日はルティナとして欲しいのにー」

 

 何とか踏ん張って原因に目を向けてみれば、そこには先ほどまで懐かしんでいた日々の中の中心にいた兄貴分の娘であるルティナが無邪気な笑顔で抱きついていたではないか。

 

「こら、ルティナ! 一矢さんに失礼だろ、早く降りなさい!」

「えー? 良いじゃん、アタシとイッチの仲だよ?」

「どんな仲だ! 馴れ馴れしすぎるぞ!」

「イッチはおとーさんの弟子だったんでしょ? ルティナもおとーさんから覇王不敗流を学んだわけだし、イッチはルティナの兄弟子って事だよねっ」

 

 たちまち奏はルティナを離そうとするが、意外にビクともせず、まるで子猫か何かのように一矢にじゃれついている。

 グランドカップへの道半ばで一矢達に負け、Newガンダムブレイカーズでは過去の一矢と覇王不敗流とぶつかり合った件もあったことも相まって今、ルティナの中で一矢への関心が高まっているのだろう。

 

「……別に構わん。それでどうした? バトルでもしに来たか?」

「イッチとバトルしたいっ! ……っんだけどぉ」

 

 一矢としても兄のように慕っていた存在の娘に懐かれるのは悪い気がしないのだろう。ルティナの好きにさせながら用件を尋ねると今のルティナにとってこれ以上なく魅力的な提案に瞳を輝かせるのだが、そうもいかないようで渋々と奏を見る。

 

「私に用か?」

 

 どうやらルティナの目的は奏だったようだ。てっきり一矢とバトルでもしに来たのだろうと考えていたこともあって少々意外そうにするもののどうやらここでは話せない様子のルティナに誘われるまま一矢に別れを告げ、この場を去るのであった。

 

 ・・・

 

「──まさかこうなるとはな」

 

 それから数十分後、ルティナに連れられたのは奏にとって予想すらしていない場所だった。

 そこは確かにコロニーが存在し、一見すれば自分の取り巻く環境と何ら変わりないようにも見える。しかしその根元は大きく変わっていた。

 

「どう、おねーちゃん。“自分が生まれた世界”は?」

 

 そう、ここは奏や一矢達が普段過ごす平穏な世界ではなくルティナやシュウジ達が過ごす修羅の世界だ。今では少しずつ平穏を取り戻しつつあるようだがそれでも過去で生まれた傷跡は今尚生々しく残っている。

 

「ここはね、サイド6って言うんだよ。昔は中立コロニーとして戦火を逃れる為に金持ち達が暮らしてたんだ」

「……一生、この眼で見ることはないと思っていたから変な感じだ。とはいえ長居したくはないな」

 

 一矢達とシュウジ達の世界ではその技術水準は大きく異なる。

 いかに戦火の爪痕が色濃く残る世界といえどその技術は奏が今まで見てきた物の全てを越えており、驚かされるもののこれだけ進歩した技術が自分を“作り出した”と考えると薄気味悪さも感じてしまう。

 

 だからだろう。この世界に来てから、奏はいつもの快活さが鳴りを潜め、ずっと眉を顰めてしまっている。長居したくないというのも半ば本能的なものだろう。その様子に自分の世界ということもあって苦笑しながらもルティナは郊外にある屋敷にまで奏を連れてきた。

 

「ある人がね、どうしてもおねーちゃんに会いたいって言うからさ。少しだけでも良いから話をしてあげて」

 

 あまり人の気配を感じない屋敷の門を開き、そのまま玄関の鍵を開けて、奏を案内するルティナ。どうやら奏に会いたいと願っている人物がいるようだ。元々自分を作った世界とはいえ、一体誰が呼んだのか、その疑問が頭に残るなかルティナはリビングの扉を開き、奏に入るよう促す。

 

「お待たせ、連れてきたよ」

 

 リビングは屋敷の外観に劣らず、上品さを感じる内装になっていた。迷い込んだかのように辺りを見渡していると不意に背後にいたルティナが呼びかけるように声を上げると暫く経ってから奥の扉が開き、屋敷の主が姿を現した。

 

「……アナタは」

 

 そこにいたのはとても美しい人形のような人物だった。奏の周囲には美麗な存在が多くいるが、そんな環境にいた奏が目を奪われる程の人物がそこにいたのだ。

 

「はじめまして、奏……。私はリーナ。リーナ・ハイゼンベルグだよ」

 

 年齢こそ重ねたが、かつてと変わらないナチュラルブロンドの煌めく髪と宝石のような紫色の瞳。そこにいたのは紛れもなくかつてこの世界で作り出され、やがては異世界でもその翼を広げたリーナ・ハイゼンベルグだった。

 

「ごめんね。足を悪くしちゃってて……。治療して良くはなってるんだけど満足に歩くにはまだ心許ないんだ」

 

 しかし大きく変わったのは彼女が今利用している車椅子だろう。すぐにルティナがリーナのサポートに回るなか、出迎えが遅れたことを詫びるリーナの姿を奏は目を逸らすことが出来なかった。

 

『結果的に生まれたばかりで物心つく前におねーちゃんはおねーちゃんにとって姉に近い人にこの世界に暮らす如月翔の元に届けられたんだよ』

 

 かつてルティナから聞いた自身の出自についての話を思い出す。自分をあの世界に届けた人物。それがリーナであることが、そのエヴェイユの感覚を通じて自分に近いものを感じた奏には分かってしまった。

 

「ルティナから話は聞いてる。でも……安心した。少なくともアナタから邪気を感じない。それどころか……うん、太陽みたいな感じがする。翔に託したのは正解だったかな」

 

 リーナの口からも肯定された。リーナもまたエヴェイユとして奏の感覚を感じながら、あの時の赤ん坊を翔に託した行動に間違いはなかったんだと安堵したような笑みを見せる。

 

「……本当はアナタをこの世界に連れてくるつもりはなかったんだ」

「では何故……?」

「……翔のことだよ」

 

 だからこそなのだろう。視線を伏せながら奏を再びこの世界に呼び戻してしまったことを悔いているリーナにその理由を尋ねると今にも消え入りそうなほどか細い声で翔の名前が出てきたのだ。

 

「夢を見たんだ。親子の夢。だけど時間の流れと共に親子は変わっていった。……ううん、父親は変わらず、娘だけは衰えて深い悲しみのどん底に落ちる夢」

 

 普通ならたかが夢で自分を呼び出したのかと呆れるところだろう。だがそうは出来なかった。何故ならばそれは今朝、奏が見た夢と酷似した内容だったからだ。

 

「きっとアレは……。そう、奏。アナタだよ」

「わた、し……?」

「……うん、遠い未来か、それとも平行世界か。どこかのアナタが強く願ったから、それが私達に届いた」

 

 段々と頭が真っ白になっていくのを感じる。荒唐無稽だ。そうやって一蹴することも出来るだろう。しかし奏にとってもリーナにとってもそうしてはいけないと本能的に訴えかけているのだ。

 

「翔はさ、時折この世界にも来てくれるんだ。でもすぐにいなくなる。だってここは翔の居場所じゃないから。でも自分の世界ですら段々と居場所を失ってきている」

 

 あの夢の通りであれば寿命はあるにしろ、肉体は衰え、慕っている先人達は土に還るなかで翔だけは些細な変化に留まっているのだ。それがエヴェイユさえ越えた新種になってしまったからなのかはわからない。しかし翔の理解者がどんどん消えていく世界で変わらない翔を世界は異常な目で見ていくだろう。今でさえ冗談で翔の外見を周囲は揶揄うが、そんな彼らでさえ薄々その異常さに気付いているというのに。

 

「……前に翔は答えのない探し物を求めて旅をしているって言ってた。それが自分の居場所なのか何なのか。それは翔でさえ分かっているのかは分からない。でも……このままじゃいけないのは確か。翔だっていつかは死ぬ。でも私のお姉ちゃん……。シーナ・ハイゼンベルグのようにその魂が宇宙(そら)を漂い、争いを無くすための存在を探して世界を越えたように翔もそうならないとは限らない」

「……ですが私にどうしろと」

 

 翔が何を求めているのか。それは近しい奏でさえ分からない。しかし今の翔は奏から見ても超然的な部分はあるものの今にも消え去りそうな儚さも持っているのだ。しかし翔の為に動きたくてもどうして良いかなど分からなかった。

 

「翔に近いアナタだからこそ翔とは違う可能性を見てきて欲しい」

 

 そう言って車椅子で奏に近づきながらリーナは懐から小さなケースを取り出して開けて見せる。そこにはリーナの瞳にも負けぬ美しい宝石が埋め込まれたバングルがあったのだ。

 

「これはアリスタって言うんだ。アリスタはシーナお姉ちゃんが見つけたものなんだ。これが私達が異世界を渡る技術を手に入れたきっかけであり、翔が今も一人で異世界を渡れる理由」

 

 その宝石の名はアリスタ。アリスタという単語、そしてその名を関する宝石をガンダムシリーズに精通している奏は知っているがまさか同じものなのかとマジマジと見つめるなか、リーナに差し出されたアリスタのバングルを手に取る。

 

『さあ、勝利を組み立てようか』

 

 その瞬間、奏の脳裏に強いビジョンが過ったのだ。それは破壊と創造を行いながらも手を伸ばす青年の姿だ。

 

「アラ、タ……?」

「最近、翔が持っているアリスタを通じて、断片的に翔達とは違う新しいガンダムブレイカーの可能性が見えてくるようになったんだ」

 

 その青年の名を奏は知っている。いや実際に会話をしたことだってある。“ガンブレ学園”。一か月近く行方不明になっていた翔を探して、自分は一時はあの場にいて出会ったのだから。なぜ、そんな青年の姿をアリスタを通じて見たのか、その理由がリーナによって教えられる。

 

「そして最近、もう一つ見え始めた」

 

 そう言って奏が握っているバングルにリーナはその手を包むように両手で持つと再び奏の脳裏に映像が流れ込んでくる。

 

『『俺色に組み上げろ、ガンプラ!』』

 

 それは二人組の柔らかな顔立ちの青年達が今まさにガンプラバトルをはじめようとする光景だったのだ。しかしこちらの二人組に関しては奏も知らなかった。

 

「その子達がガンダムブレイカーなのかは分からないけど共通しているのはガンプラであり、翔は時折その世界にいる。だからアナタにお願いしたかった。アナタの都合がつく時にでもその可能性を翔に近いアナタが見てきて欲しいんだ」

 

 確かにガンブレ学園はガンプラに特化した学園であり、今の二人組もガンプラの単語を口にしていた。ガンプラファイターであり、ガンダムブレイカーでもあり、そして何より“如月奏”だからこそ見えるものがあるのだろうとリーナは奏を選んだのだ。

 

「……旅はどんな形であれ終わるものです。旅の終着点に辿り着いたから、もしくは半ばで諦めたり……。ですがどうせなら父さんに最良な形で旅を終えてほしい」

 

 そう言って奏はバングルを手首につける。アリスタがキラリと輝くなか、精神統一をするようにゆっくり息を吐いた奏はリーナとルティナに向き直る。

 

「私に手を差し伸べて如月奏にしてくれたのは紛れもなく如月翔だ。ならば私は走る。この足がいつかあの人がいる場所に辿り着くように」

 

 それは紛れもなく奏の決意であった。エヴェイユに苦しんだがそれでも如月奏としてあれたのは翔の存在があったからだ。であれば父親の為に動くことに何の問題もない。そんな奏の決意に触れ、リーナとルティナは静かに笑みを零す。

 

「……ありがとう、リーナさん。アナタに会えたのは私にとっても喜ばしいものだった」

「うん……。私も成長したアナタに会えて嬉しかった」

 

 改めてリーナに合わせて膝を折って屈み、視線を合わせると真っ直ぐと感謝の気持ちを口にする。不思議なものでリーナと話していると心地良いものがあったからだ。それはリーナも同じなのだろう。その瞳に薄っすらと涙を見せながら出会いの喜びを噛み締めるなか、奏はこの世界から立ち去るのであった。

 

 ・・・

 

 それから数週間が経った。リーナからも自分の都合で良いと言われたこともあってか、奏はまだあれから異世界には旅立っていなかった。それは何より今、彼女の目の前にあるガンプラが理由だろう。

 

「私は一人じゃない。私が見てきた物の全て……。その集大成。このガンプラは私の翼、刃、そして支えになるだろう」

 

 そのガンプラは奏らしくダブルオーがベースであった。しかし今までのクロスオーブレイカーやガンダムブレイカークロスゼロとは違ったコンセプトがあった。

 

 

 ──争いの連鎖を断ち切る英雄(ガンダムブレイカー0)

 

 

 ──想いを継ぎ、輝きを放つ新星(リミットガンダムブレイカー)

 

 

 ──新たな可能性を創造する天才(ν-ブレイカー)

 

 

 そのガンプラは奏が見てきた全て。その中でも未来を切り開いてきた輝ける翼達。輝きは違えど、強く羽ばたき、見る者を多大な影響を与えてきた。それは奏も例外ではなくそんな翼達が残した羽がこのガンプラに組み込まれているのだ。

 

「ガンダムブレイカー0ビヨンド……。共に光の軌跡を紡ごう」

 

 今、如月翔が託したバトンは雨宮一矢に届き、世代を越え、如月奏に受け継がれ、その想いは今、世界を越えてまた新しいガンダムブレイカーであるソウマ・アラタへと繋がれた。だがそれで奏がガンダムブレイカーとして終わったわけではない。寧ろこれからも歩み続けるのだ。

 

 いよいよ旅立つ時だ。

 準備は出来ている。奏は今、一人で暮らしているアパートを出て、旅立とうとする。

 

「──奏?」

 

 その時であった。

 決して忘れる事はない存在の声が聞こえてくる。その声に心臓が跳ねるような想いで振り返れば、そこにいたのは希空だった。

 

「……近くに寄ったから来てみました。その、どこかに行くんですか?」

「……そうだな。少々遠出をする」

 

 よりにもよって旅立ちの日に希空が来るとは思っていなかった。普段なら今にも抱き着いて頬擦りでもしていることだろうか。しかし今の奏はその様子すらない。いつもの奏とは違う様子に希空は戸惑ってしまう。

 

「……帰ってきますよね?」

「当たり前だろう。お前が存在する限り、私がここにいる理由の一つは消えやしない。なんてたって私はお前だけの奏お姉ちゃんだからなっ」

 

 奏から感じた儚さ。その違和感に思わずそんなことを尋ねてしまう。しかしその質問を聞いた途端、奏は穏やかな笑みを見せながらいつもの快活な様子を取り戻して希空の頭を撫でる。

 

「案ずるな。長い別れではない。何だったら明日にでも戻っているかもしれないしな」

「期間を決めてないんですか?」

「決められんかった……かな。なに、お前を寂しがらせるつもりはない。いや私がいなくて寂しがる希空はそれはそれでキュンキュンするのだが、それはそうとして私がお前を悲しませるなど絶対にあってはならんことだからなっ! その姿だけは妄想に留めておこう!」

「何で思ったことをそのまま口に出すんですか。少しは脳を介して喋ってください」

 

 どうして自分と絡んでいる時の奏はシリアスを続けられないのか、いつも疑問に思ってしまう希空だが寧ろ安定している奏の姿にどこか安堵してしまう。まあそれはそうとその言動に引いてしまうのだが。

 

「……だから私も少しだけ脳を介さずに話します」

 

 とはいえだからこそ彼女は自分にとって“奏お姉ちゃん”なのだ。この場所だけは誰にも譲る気はない。故にその場所を決して手放すまいとするかのように希空は奏の背中に両腕を回して身体を密着させる。

 

「……正直言えば少し寂しい。でも……我慢する。だから……これ以上寂しくならないように早く帰ってきてね、奏お姉ちゃん」

 

 少しだけ、少しだけなら本心を口にしたって罰は当たらないだろう。なに、少しだけ奏と同じことをするだけだ。あぁだがしかし慣れないことはするものではないかな。お陰で顔は熱いし、抱き着いたまま奏の顔が見れない。

 

「行って来る」

 

 様子が伺えない奏から聞いてきたのはこれ以上になく穏やかな声色だった。そのまま顔を上げてみれば、幼い頃無邪気に慕っていた変わらない陽だまりのような笑顔があるではないか。

 

 その言葉を最後に希空の頭を撫でた奏は旅立っていく。自分は長い旅をする気はない。それに万が一、旅が長くなろうとしても自分には自分の生活がある。ちゃんとその都度帰る場所に帰ることだろう。

 

 なににせよ、まずは一歩踏み出すことからはじめよう。

 英雄がかつて異世界で訳の分からない状況に対してまずはそうしたように。

 

 

 ──争いの連鎖を断ち切る英雄。

 

 ──輝ける未来をその手に掴む覇王。

 

 ──想いを継ぎ、輝きを放つ新星。

 

 ──希望の守り手。

 

 ──守護の花を抱きし気高き獅子。

 

 ──目醒めし最強の遺伝子。

 

 ──新たな可能性を創造(ビルド)する天才。

 

 

 そして今、新たな物語の幕が開く。

 

 

 ──不屈の絆を纏う光の奇跡。

 

 

 さあ、Puzzleを自分の色に組み立てろ。


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