『今日は午後から雨が降るでしょう。傘の持ち忘れにご注意ください』
「最っ悪……」
ガンプラ大合戦まで一週間余りがあるが、刻々と日にちは迫っていた。
リビングで出かける準備をしていた夕香は何げなく見ていたテレビに流れる天気予報に憂鬱げにため息をつく。
「出かけますの?」
「知り合いが多く参加するみたいだから、アタシもちょっと調整がてらバトルでもしようかなってね」
準備を終えた夕香にソファーで模型雑誌を読んでいたシオンが声をかける。
ガンプラファイターは日々進歩するものだ。ガンプラ大合戦の日にちも迫る中、知り合いの前で醜態を晒すつもりはない。その為に調整をしようと言うのだ。
「ねぇ、アンタもあのイベントに参加するの?」
「わたくしが? 大合戦なんて少々、優美さに欠けますわね」
シオンもまたガンプラファイターだ。
ならばガンプラ大合戦にも参加するのっではないかと考え、話を振ったわけだが、名前は聞いているシオンは鼻で笑いながらやれやれと言った様子で肩を竦める。
「ま、まぁでもぉ? アナタがどぉぉぉぉしても参加して欲しいと言うのであればぁっ? ライバルとしてぇ?考えてあげないわけでもぉ?ありませんのよぉっ? まぁライバルのアナタの頼みであれば仕方なく? 仕方なぁぁぁぁくぅ? アナタや参加者にエレガントなガンプラバトルというものを教えて差し上げないわけでも───」
雑誌を持つ手を震わせ、声を上擦らせながら何か期待するように視線を彷徨わせるシオン。しかしいくら言葉をまくし立てようが、一向に夕香からの反応はなく聞こえるのはテレビの音声だけだ。
「あれぇー……?」
雑誌を下して周囲を見れば、もう既に夕香はこの場にはおらず、遠巻きに玄関の開閉音と去っていく足音が聞こえるのみだ。
テレビの音声と夕香の母親が家事をする生活音が聞こえる中、シオンの唖然とした呟きが雨宮宅のリビングに響くのであった。
・・・
「やだぁ……。もうお終いよぉ……」
ゲームセンターで軽くバトルを行った夕香が次に訪れたのはブレイカーズであった。
あやこ達に軽く挨拶をして、そのまま作業ブースにまで足を運んだ夕香は一足先にこの店に訪れていた裕喜達を見つけ声をかける。
何やら裕喜は頭を抱えており、近くにいる秀哉達は苦笑いを浮かべていた。
「どっしたの?」
「裕喜がガンプラ大合戦用に新しくガンプラを作ってるんだけどな……。まぁ見ての通りなんだ」
あまりの様子の親友の姿を見て、何が起きたのか秀哉に尋ねる夕香に特徴的なハーフアップの髪を揺らしながら頭を抱える裕喜を見て、今までの様子を見ていたために苦笑混じりに説明する。
「こんなのマスキング地獄よぉ……!」
「だったらそのガンプラ止めりゃ良いじゃん」
「やだやーだ! 絶対にこれを完成させるんだもんっ!!」
裕喜が作成しているのは以前、ジャパンカップで作成したグシオンリベイクとは似ているもののまた違ったガンプラであった。
しかし塗装をして仕上げるつもりなのだろうが、どうにも行き詰っているようでそもそも初心者であれば背伸びしなければ良いのにと呆れている夕香の言葉に駄々っ子のように首を横に振る。
「あっ、夕香! いたいた!!」
「なんだ、ガンプラでも作ってるのか?」
そんな夕香達に混じるように来店してきた龍騎と炎が声をかける。
二人が合流する中で屍のような裕喜やその前に置かれている作りかけのガンプラを見やり、話の種になる。
「俺達、ガンプラ大合戦に参加する予定なんだ」
「聖皇学園のガンプラチームも参加するって話だぜ、楽しみだなーっ!」
「ああ、それならアタシにも連絡来てるよ。まなみん達は強いよ?」
そのまま話題はガンプラ大合戦へ。龍騎が己と炎を指しながらガンプラ大合戦への参加を明かすと、炎も心底楽しそうに聖皇学園……つまりは真実達の参戦を教えると真実自身から連絡が来ていたのだろう。
夕香が闘争心を焚き付けるように挑発的に笑い、ブレイカーズの作業ブースは若きファイター達によって大きな賑わいを見せていた。
・・・
「それじゃあ裕喜、頑張ってねー」
「うん、バトルの練習もちゃんとしなきゃだしね!」
あれから数時間も経ち、そろそろブレイカーズを去ろうとする夕香はもう少し作業をする予定の裕喜に激励を贈り、知り合い達からアドバイスを受け、作業を進められたのだろう。晴れやかな笑顔を浮かべながら夕香を見送る。
「……」
夕香がブレイカーズから出ていったのを物陰から見ていた者がいた。
淄雄だ。一人で歩き去っていく夕香の姿を見て、口元に歪な笑みを浮かべると、手にした携帯端末を操作する。
・・・
「夕香ったら随分遅いわね……。雨降る前には帰ってくるとは言ってたから傘を持ち合わせてはいないと思うけど……」
「雨に濡れて体調を崩せば、参加するイベントに影響が出る事は分かっているとは思いますが……」
雨宮宅では家事が落ち着いた母がハンドタオルで手を拭きながら娘である夕香がいまだに帰ってこない事に心配している。
そろそろ雨が降る頃だ。
なのに夕香はいまだに帰ってこない。母の言葉に頷きながらシオンは窓から見える曇り空を眺めると立ち上がる。
・・・
「──アンタ、待ちなよッ!!」
その話題となった夕香は彩渡街を必死の形相で走っていた。
額には汗が浮かび、まさに全力疾走である事に違いない。その視線は目の前を走る帽子やマスクで顔を隠した男のみを見ている。その男の手には夕香の2wayバックが。
引ったくりだ。
あの中には財布や携帯だけではなく、自身のバルバトスが入ったケースも入っている。簡単に諦めるわけにはいかなかった。
「楽な仕事じゃねぇな……っ!!」
引ったくりの男はいまだ長時間、追いかけまわしてくる夕香を見やりながら忌々しそうに歯ぎしりをする。そのまま2wayバックの中身を漁り、目当てのものを見つける。
「!?」
息を荒げながら追いかけていた夕香は男の不審な行動に目を細める。
何と自身の2wayバックを投げ捨てたではないか。財布を抜き取ったわけでもなく、金目のモノが目当てでないのならば何が目的か。男が引き抜いたものを見やる。
「止めて……っ!!」
それはバルバトスであった。
ケースも捨てられ、力いっぱいに握られたバルバトス第六形態を見て、夕香は一抹の不安を覚える。
胸騒ぎがするのだ。
思わずポツリと言葉が漏れる。
不安は的中した。
男はそのまま無造作に乱暴にバルバトス第六形態を地面に投げつける。
地面に叩きつけられ、強い衝撃を受けたバルバトスは地面を跳ねて破損したパーツは周囲に飛び散る。
夕香の目が見開き、絶望で瞳が揺れる。
しかしそれだけでは終わらなかった。
破損したバルバトス第六形態を念入りに潰すかのようにその男は足で力強く踏みつけ、破損したパーツはバラバラに吹き飛ぶ。
「っ……!?」
その様を見ていた夕香はやがて失速し、男はそのまま逃げ去る。
もう男には眼中になくそれどころではない夕香は糸が切れた人形のように破壊されたバルバトス第六形態の前でヘナヘナと力なく崩れ落ちた。
・・・
「ご苦労さま。しっかり見させてもらったよ」
引ったくりの男は河川敷の下で淄雄に会っていた。
淄雄は万札を取り出し、男に報酬として手渡す。男の言葉通り、これは依頼された仕事に過ぎない。万札をもらった男は喜んで去っていく。
「目障りなんだよ。あいつらの関係者がこっちの敷地で好きにやられるのは……」
去っていく男に面識はない。
そこら辺のチンピラに適当に声をかけただけだ。これからもう二度と会う事もないだろう。
淄雄は携帯端末で撮った夕香の写真を見ながら、目の敵にする彩渡商店街の関係者の絶望する様を見れてストレスが解消されたように歪な笑みを浮かべる。雨がぽつりぽつりと振る中、この場を去っていくのであった。
・・・
──雨が絶え間なく降っていた。
それはまるで一人の少女の悲しみを表すように、世界を冷たく覆っていく。
夕香はあの場からいまだに動いていなかった。
どれだけ雨に打たれ、服を濡らしてもバルバトス第六形態を胸に抱き蹲っていた。前髪で隠れた表情は伺えず、その頬を伝うのは涙か雨かは分からない。
バルバトスは初めて作り、パーツだけを取り付けて第六形態にカスタマイズもした。
言ってしまえば、これまでの夕香のガンプラに関わった時間と誇りを表すガンプラだ。
一矢はバトル内で武器を破壊されただけだが、現実で己の誇りが無慈悲に破壊されればその心境は計り知れない。
「アタシって……こんなに好きだったんだ……っ」
夕香はいつも飄々としている。
だが今だけは違う。両手の破壊されたバルバトスを見て、ここまで心が乱れるほど改めて実感したガンプラへの想いに悲し気に笑うが、それでも現実に破壊されたバルバトスを見て、悲痛な面持ちのまま蹲る。
「えっぐ……っ……」
雨の音にかき消されるかどうかくらいの嗚咽が響く。
それ程までこの出来事は夕香の心に大きな傷を刻み付けた事に違いはない。
雨はまるで傷口を広げるかのように冷たく降り注ぐ。
あまりにも無慈悲に、あまりにも無差別に。
だが、不意に自身の体を冷たく打ち付ける雨がパタリとなくなった。
「──……風邪を引きますわよ」
おもむろに顔を上げてみれば、そこには傘を差して自身を見下ろすシオンが。
予備の傘を持っていることから、あれから雨も降り、夕香を探していたのだろう。そのまま蹲る夕香に合わせてしゃがみ、冷え切った夕香の体を温めるように抱きしめる。
「なに、すんのさ……」
「……勘違いなさらないでくださいましね。ライバルであるアナタを慰めるわけがありませんわ。抱き枕が欲しかっただけですの。だからアナタはこうされてれば良いんですわ」
かじかみ震えた唇で問いかける中、夕香を抱きしめるシオンは静かに目を閉じながら、素直にはなれない為か、夕香を気遣わせない為か、それとも本心か、そう言葉を残し、夕香の体の震えが収まるまでは抱きしめている。
冷えた体にシオンの体温が心地よささえ感じ、鼻にはシオンの甘い香りがくすぐるなか、今ならば雨の音にかき消されるであろう。夕香はここで吐き出すようにそのまま泣き続けるのであった。