空中戦艦ーDeus ex machina 出撃する!   作:ワイスマン

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リンガ軍港より報告された深海勢力による反攻作戦の予兆。
 ポート・モレスビー港湾、そして旧オーストラリア・ダーウィン港に集結中の深海棲艦に対し、海上自衛隊作戦本部は、リンガ軍港の司令官の東条遥人少将、そしてタウイタウイ軍港の司令官の橋本銀次少将に東南アジア連合海軍と共同での敵艦隊の撃滅を命じた。




第18話 戦力集結

――――1999年9月19日 リンガ軍港 第三滑走路

 

 

 

 太陽の日差しが照りける中、リンガ軍港に併設された滑走路。

 東条少将とビスマルクは、時折懐中時計を見て、時間を確認しながらある人物の到着を待っていた。

 

 「……来たみたいだな」

 「そうね」

 

 小型の旅客機の姿が空の彼方から現れ、滑走路に向けて高度を下げながらゆっくりと着陸。

 動きを止めた旅客機の側面が開き、タラップが降ろされると同時に、二人の男女が降りてきた。

 

 一人はニコニコと笑みを浮かべているものの細めの吊り上った眼光から狐のような印象を受ける少将の肩章を付けた若い男性、一人は巫女服を改造したような服を身に纏い、全体的に活発そうな雰囲気を醸し出す若い女性。

 

 二人が滑走路の地面に降り立ったと同時に、東条少将とビスマルクは揃って敬礼し、歓迎の言葉を述べた。

 

 「リンガ軍港へようこそ橋本少将」

 「金剛もまた来てもらってすまないわね」

 

 「いや~出迎えありがとうな、東条少将、ビスマルクちゃん」

 「問題Nothing♪ 困った時はお互い様ですからネー!」

 

 歓迎の言葉に対し、答礼しながら、気さくに話しかける二人。

 彼らの名前は、橋本銀次少将、そして彼の秘書艦でもある高速戦艦「金剛」。

 深海勢力の防衛線の一つでもあるタウイタウイ軍港を守護する司令官にして、海上自衛隊、最高戦力の一つでもある空母機動部隊を率いる提督だ。

 

 「だが、本当にすまないな。本来ならばこちらで対処できればよかったんだが……」

 「ええよ、ええよ。

キミ達の所の潜水艦隊の索敵網にはいつもお世話になっとるからね。

これぐらい、軽いもんよ」

 

 親しげに話す東条少将と橋本少将。

 士官候補生の時代からの同期であり、またその時から親交のあった二人は、比較的、拠点の距離が近いという事もあり共同作戦も多く、積極的に情報共有を行い、共に深海棲艦に対し多大な戦果を挙げていた。

 

 「では、早速で悪いが……」

 「そやな。野郎共はいいとしても、こんな炎天下に長いこと美女二人を立たせるわけにいかんからね」

 「もうっ!!テートク♡」

 「よく言うわ、本当……」

 

 滑走路からの移動を促す東条少将の言葉を受け、口説き文句を言いつつ移動を始める橋本少将、全身で喜びを露わす金剛に、あきれた声を出すビスマルク。

 四人で移動を始めながら、橋本少将はいつも通りのニコニコとした笑みを浮かべながら今回集まった目的を宣言した。

 

 

 

 「それじゃあ、害獣駆除の段取りを話し合おか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――同日 3:00 リンガ軍港 会議室

 

 

 

 「深海の屑共が。よくもまあ、こんなにも集まったもんやな」

 

 

 滑走路から提督執務室横にある会議室に移動をし、深海棲艦の反攻作戦の対策を話し合う四人。

 潜水艦隊が集めた深海勢力の戦力の資料を見ながら、橋本少将はいつもの笑みに嘲笑を加え、心の底から軽蔑と侮蔑の意思を込めて吐き捨てるように言った。

 

 気さくな性格より人望の厚い橋本少将だが、こと深海棲艦に対しては強い憎悪を抱いていた。

 

 日本本土進攻作戦時に出撃した海上自衛隊 本土防衛艦隊の数少ない生き残りであり、散っていった仲間達の手向けのために復讐を誓う彼に、深海棲艦に対する容赦は一切ない。

 

 しかし、温厚なだけではなく、敵に対する情け容赦ない、非情なほどの攻撃性、言うなれば闘将としての性質を持ち合わせているからこそ、曲者ぞろいの空母艦娘達、そしてその彼女達に付き従うある人員達を纏め上げることができている。

 

 「ポート・モレスビー港湾に集結中の艦艇は、何とか把握することができたが、旧オーストラリア・ダーウィン港の方は、戦艦棲姫の艦艇が確認され、輸送艦級を中心に集結中ということ以外には分かっていない」

 「輸送艦級を中心とすると、そっちが上陸部隊ですネ?」

 「おそらくね。本当は大型艦艇の正確な数が知りたかったのだけど、深海棲艦の勢力圏である以上、これ以上の偵察は犠牲が出るわ」

 

 会議室のホワイトボードに貼られた地図に、目印をつけていきながら説明していく東条少将に、質問を投げかける金剛、その質問にビスマルクが答えた。

 

 東条少将が指揮する潜水艦隊が集めた情報によれば、ポート・モレスビー港湾には、空母棲姫を基幹とした空母機動部隊が、ダーウィン港には、おそらく戦艦棲姫を基幹とした上陸部隊それぞれ集結中という事が分かっていた。

 

 これまでの深海棲艦の行動パターンから考えれば、作戦目標は、おそらくジャワ島の奪還。

 

 そして二か所に集結中の艦艇たちが動きだすのは、ほとんど同時。

 

 空母機動部隊を持ってして、上陸部隊の邪魔をするであろう、人類側の主力部隊を排除し制海権を確保。

 上陸部隊は、安全の確保された海を航行し、大量の深海棲艦軍を揚陸させるものと考えていた。

 

「じゃあ、ボクら所の駆除対象は、空母機動部隊やね。どうせ向こうもそのつもりやろうし」

「おそらくな」

 

深海勢力の空母機動部隊も、自身の艦隊を排除対象としていることを前提に話をする橋本少将に、おそらくという言葉を使いながらも同意する東条少将。

 

 お互いの勢力にとって敵空母機動部隊というのは、最大の障害であり、最重要排除目標でもある。

 

 移動する航空基地という側面を持つ空母機動部隊。その航空機運用能力は通常の前線飛行場をはるかに凌ぎ、陸上目標の攻撃に於いても有力な陸上の航空基地を圧倒している。

 

 そして、移動するからこそ発揮される機動力、隠密性の高さは、空母自身の脆弱性というデメリットを補ってあまりあるほどのメリットを生み出していた。

 

 だからこそ、深海棲艦、そして人類側は不確定要素の排除のために互いの空母機動部隊の撃滅を図るものと考えていた。 

 

「タウイタウイ方面、空母機動部隊と基地航空隊、それと派遣部隊の準備は来る前に終わらせてきた。

 いつでも行けるで。こっちは?」

「先日のジャワ島奪還作戦の損耗は軽微だったからな。3日後に到着予定の航空機輸送部隊をもって航空機補充は完了する。

 その時に、輸送部隊を護衛していた海上自衛隊1個艦隊がセレクター軍港に留まり防衛。

 ジャワ島方面には、艦娘陸戦隊一個小隊に陸上自衛隊一個旅団、東南アジア連合軍歩兵10個師団と機甲3個師団が島の防衛に付く」

「海上の方は、私達、水雷戦隊と東南アジア連合海軍の高速戦闘部隊が相手をするわ」

 

 橋本少将の確認に、戦闘区域全域の海図に書かれた印を示しながら答えていく東条少将とビスマルク。

 

 「あれ?航空機はほとんど使わないんですカ?」

 

 共に海図を確認していた金剛は、ジャワ島に点在する航空基地に書かれた稼働機数に違和感を感じた。

 各航空基地には、稼働機数が書き込まれていたのだが、基地の規模から考えれば圧倒的に少なく、相手の上陸作戦時にはほとんど、ほとんどの航空機がシェルターに収容される旨が書かれていた。

 

 「上陸部隊や言うても、ゴキブリの如く湧いてくる深海の屑共のことや、かなりの数の空母級をつけてくるで?」

 「ああ、それも分かっているさ。と言うよりも深海棲艦には一度航空基地を破壊してもらい、ジャワ島に橋頭保を築いてもらおうと思っている」

 

 疑問を呈した橋本少将に、東条少将は今回の作戦を話し始めた。

 

 「まず、今回我々の使用しているジャワ島航空基地群は全て深海棲艦が使っていた場所をそのまま使用しているため、全ての場所は正確に把握されている。

 深海勢力の航空機は正確に攻撃を仕掛けてくるだろう。 

 全ての航空基地群を稼働させれば、勝てるだろうが被害は大きくなる。

 それならば、ほとんどの航空機をシェルターに退避させ、一度空戦負けた上で好きなだけ攻撃させ、しかるのちに復旧させる。

 そして、東南アジア連合海軍の主力が沿岸部以外での活躍は望めない高速戦闘部隊という事もある。

 深海棲艦が上陸し、橋頭保を築き、揚陸を始めた夜を見計らい、各小島と入り江に隠蔽された高速戦闘部隊、ビスマルク旗艦の水雷戦隊が出撃。

 それに伴い復旧させた航空基地群より夜間戦闘機を出撃させ制空権を確保。

 動きを止めた上陸部隊に対し、夜戦を仕掛ける」

 

 「……幾ら小型の高速艇や言うても数百隻の船、そして、水雷戦隊の艦艇を隠せるだけの入り江を見つけ隠蔽を施すなんてこの短期間では無理や。

 という事は今回の大攻勢、……読んでたな?」

 

 「ああ、ある程度はな。しかし航空機をここまで温存する必要はないと思っていたんだが……」 

 

 「『亡霊軍隊』ですカ?」

 

 「ああ……」

 

 今回の深海棲艦の攻勢をあらかじめ読み、東南アジア連合軍と共に準備を始めていた東条少将だったが、この

『亡霊軍隊』の出現より、作戦行動が大幅に制限されていた。

 

 強大な戦力を持ち、鉤十字を掲げる謎の集団。

 自衛隊、東南アジア連合の把握している範囲では、彼らの襲撃対象は地上施設のみとなっている。

 しかし、明らかに艦娘の力が関わっていると断定できる現状。

 そして、港湾に停泊していた大量の深海棲艦の艦艇を大破着底させていたことから、相応の対艦攻撃能力を有していると考えていた。

 

 「……海上自衛隊作戦本部では、この『亡霊艦隊』を『陸戦兵力を乗せた空母機動部隊』と考えてるみたいやけど……なんやシックリこうへんな?」

 「今のところはこちらには被害はないが、正体、目的が分からない以上敵と判断するべきだ。

そして最悪、深海棲艦の攻勢に合わせ攻撃を仕掛けてくることを想定して航空機は温存する。

それに、近海ならば座礁すれば、艦娘の命は助かる。

 ビスマルク。君と、そして部隊全員の生存を第一に考えてくれ」

 「ええ、分かっているわ」

 

 今回のすべての作戦の説明を終えた東条少将。

 作戦の説明をしながらもビルマルクを気付かう東条少将に、しっかりと頷くビスマルク。

 言葉など交わさなくとも、お互いのことを理解していると言わんばかりの雰囲気を醸し出す二人に、ニヤニヤと悪ガキのような笑みを浮かべる二人組がいた。

 

 「いや~ついにムッツリ野郎のハルやんに、春が来たみたいやで~金剛ちゃん!!!」

 「Oh……あのヘタレのビスマルクがよくここまでっ……!今日はPartyデース!!!」

 「「なっ!!!」」

 

 小学生レベルのはやし立てをする橋本少将と金剛に、完全に動揺する東条少将とビスマルク。

 

 「誰がムッツリ野郎だ!そしてそのあだ名はやめろ!」

 「ヘタレ……私がヘタレ……」

 

 動揺しすぎて的外れな反論をする東条少将と、ヘタレ扱いにショックを受けるビスマルク。

 二人の反応を見つつ、アイコンタクトにて会話をする橋本少将と金剛は―――

 

 (ん~やっぱりこの二人はいいな~!)

 (この真面目コンビはやっぱり弄り甲斐がありマース!) 

 

 自身の望む反応を返してくれる二人に愉悦し、さらなる攻勢を展開していた。

 

 彼ら橋本少将と金剛に付けられたあだ名は、漫才コンビ。

 いざという時は非常に頼りになり、通常時には場を明るくする芸人の如き働きをする漫才コンビにとって、この気真面目な二人は、お互いの心が分かっていても仕事を優先するヘタレ共は、素晴らしいほどに弄り甲斐のある存在であった。

 

 

 

 

 

――――同日 6:00 リンガ軍港 射撃場

 

 

 

 そろそろ周囲が夕焼けに染まり始めた頃、昼ごろからずっと続いていた射撃音は未だに射撃場の周囲になり響いていた。

 次々と出現する的を淡々と正確無比に打ち抜いていき、最後の的を出現と同時に急所にあて、射撃訓練は終了。

 壁に出された評価はオールA。

 

 「……」

 

 熟練の兵士ですら取る事が難しいその評価に彼女―――グラーフ・ツェッペリンは何の反応も示さなかった。

 

 「チッ」

 

 グラーフは、小さく舌打ちした後、ヘッドセットを乱暴に置こうとし腕を上げた後、物に当たろうとしていた自分に嫌悪し、ゆっくりとヘッドセットを置いた。

 

 「はぁ」

 

 銃を所定の場所に返却し、長い通路を出口に向けてゆっくり歩くグラーフの背はいつもの頼りがいのある冷静沈着な背はどこにもなく、疲れ果てた兵士のような、路頭に迷った子供のような背をしていた。

 

 「……はぁ」

 

 無意識に溜息をつくグラーフは、何も射撃の訓練を行うためにここに来たわけではない。

 喉元に刺さった魚の小骨のような、心に突き刺さる小さな杭のような、心の奥底の渦巻く自己主張するこの何かを振り払うために、射撃場へと赴いていた。

 しかし、どれだけ撃てどもこの自己主張する何かはいつまでたっても消えてくれない。

 

 この違和感の正体は分からない。

 しかし、原因は分かっていた。

 

 そう、この自己主張する何かが現れたのは――――

 

 

 

 

 

 

――――あの巨大な鉤十字を見たときからだった。

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと廊下を歩くグラーフは、思考の海に沈んでいく。

 

 

 

 海上自衛隊、そして東南アジア連合軍の見立てでは、鉤十字を残した『亡霊艦隊』は『陸戦兵力を乗せた艦娘を含んだ空母機動部隊』。

 第二次世界大戦時、空母機動部隊を編成するだけの空母を持っていたのは、大日本帝国、アメリカ合衆国、そしてイギリス帝国。

 

 日本は除くとして、深海勢力の主力の相手しているアメリカ合衆国に、そのような部隊を派遣する意味も余力も無く、となればイギリスか?

 それとも新たな技術を手に入れた第三勢力か?

 

 様々な憶測が飛び交う飛び交う中ででも、ドイツ連邦共和国が作り上げたという意見は出てこなかった。

 

――――鉤十字はただの隠れ蓑。

 

――――その印は、本当の正体を隠すためのブラフにすぎない。

 

 ドイツ連邦共和国の大本、ドイツ第三帝国が空母機動部隊を運用したことなど一度たりともなく、そもそもドイツ連邦共和国にて召喚された艦娘は全て日本政府に引き渡されて以来、一隻たりとも召喚されてはいない。

 

 もし、召喚すれば欧州の監視団が気付かないはずはなく、ましてや空母機動部隊を編成するだけの艦隊を揃えるなど不可能だ。

 

 全ての情報は、ドイツ連邦共和国の潔白を証明していた。

 

 しかし、グラーフは――――ドイツ第三帝国の空母として建造されていたGraf Zeppelinの魂を持つ彼女は、この一件にドイツ連邦共和国、いや違う。

 

 ドイツ第三帝国が確実に関わっていると確信していた。

 

 理由は、ただ一つ。

 

 大半の人々、そして実物を見たはずのビスマルクすらブラフと切って捨てた、あの鉤十字。

 

 あの印を見たとき、強い衝撃を受けたと同時に、自身の艦の魂が生きた第二次世界大戦末期を思い出す、非常に懐かしいあの戦争の、郷愁を感じていた。

 

 

 

 航空母艦Graf Zeppelinは建造中も幾度となく方針の変更で中止と再開を繰り返し、最終的には完成することなくソ連軍に接収されることを恐れ自沈した艦だが、艦には魂が宿っておりその時の記憶もうっすらとだがある。

 

 

 

 

 

 

――――第二次世界大戦末期

 

 

 

 

 その日バルト海沿岸のシュテティンに避難し停泊していた航空母艦Graf Zeppelinは、首都ベルリンへと撤退する大量の車列団を目撃した。

 

 東ではソヴィエト連邦軍に押され、西では連合軍がノルマンディー上陸作戦を成功させ、フランスを解放。

 もはや、両側から追いつめられ、撤退戦を繰り返す車列団の兵士達の顔は焦燥と絶望に染まり、暗い重い空気が漂っていた――――一部を除いて。

 

 車列団最後方、殿ともいえる場所に位置する場所で車列を走らせる者達の顔は――――

 

 

 

――――楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 その者達だけではない、その者達から後に続く全員が、純粋に笑っていた。

 この絶望の戦争を、希望の欠片もない戦争を心の底から楽しんでいた。

 戦闘狂ともいえる狂気を含んだ人でなしのロクデナシ集団。

 

 この後、航空母艦 Graf Zeppelinは自沈し、その車列の兵士達がどうなったのか知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし今、自分の前に現れた印には人でなしの者達と同じ狂気が込められていた。

 

 

 

――――楽しい戦争を

 

 

 

 

 そしてこの印には描いたものの狂気以外にも、この印に対する誇りが込められていた。

 もはや、欧州では口にすることすら憚られ、世界中のすべての人間が忘れ去ろうとしている

ドイツ第三帝国――――ナチス・ドイツ。

 

 世界中のすべてに人間に憎まれ、世界中のすべての人間が否定しようとも、この印を描いた者達は声高らかにそして自信たっぷりに宣言するだろう。

 

 

 

 

――――我らは鉤十字、ハーケンクロイツ集うナチス・ドイツの兵士だ、と。

 

 

  

 ここに来てようやくグラーフこの自己主張する何かの正体が分かった。

 

 それは『羨望』。

 

 ドイツ連邦共和国に召喚され、そして売り飛ばされたドイツ艦娘の一人であるグラーフ・ツェッペリンは、完成もせず一度も戦う事の出来なかった航空母艦Graf Zeppelinは、このナチス・ドイツの残滓を残す集団に対し憧れを抱いていた。

 

 それが分かると同時に、心の中に燻っていたナ二かは嘘のように消え去り、今まで暗く淀んでいた視界が明るくなった。

 長い廊下の端まで到達していたグラーフは、この廊下が苦悩の道のりであり、今この目の前に存在する扉は自身の新たな道に通じるための扉のように感じた。

 

 (……そうだ、今はまだ出会えてはいないが、いつか出会うこともあるだろう。

 その時に聞こう様々なことを!そうすれば、きっっと!!!)

 

 そして、グラーフは、新たな道の扉を開け放ち―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダ メ で す よ ? グ ラ ー フ さ ん ?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その扉の先にはニコニコとした笑みを浮かべるプリンツ・オイゲンが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ!あ、あぁプリンツか。どうしたんだ何か用事か?」

 

射撃場がある建物の扉に開けてすぐ、自身と同郷のドイツ艦娘であるプリンツ・オイゲンと遭遇したグラーフは狼狽えながらも何とか言葉を発することができた。

 

 しかし、プリンツはその問いかけには答えずニコニコとした笑みを浮かべながら、言葉を紡ぎ始める。

 

 「はぁ~情けない話です」

 「一体何の―――」

 「名誉あるドイツ海軍である艦娘が、ナチズムに感化されてしまうなんて。ねぇグラーフさん?」

 「ッ!!!」

 

 自身の考えのすべてをプリンツに見透かされたグラーフは、もはや取り繕うことなどできず、狼狽える事しかできない。

 それと同時に、この目の前のプリンツ・オイゲンに対し得体のしれない恐怖を感じた。

 

 (……これは誰だ!?……いや、()()!?)

 

 姿形、そして笑顔は誰がどう見てもプリンツ・オイゲンのものだ。

 しかし、彼女の纏ってる気配は、到底彼女とは違う。

 この何かが纏っている気配に、艦娘になって様々な海戦を掻い潜り、そして修羅場を越えてきたはずグラーフは、圧倒されカタカタと足が小刻みに震えていた。

 

 もはや、言葉を紡ぐことすらできないグラーフに、このプリンツの皮を被った何かは、出来の悪い生徒に教えを解く先生のように語りかけ始めた。

 

 「いいですかグラーフさん?

 我々はドイツ海軍ですよ? 愚かな伍長閣下の率いたナチスや親衛隊とは違います。

 憧れでも抱きましたか?

 あの戦闘狂、ナチスの残党さん達に?」

 「お前は知ってっ!!!」

 「ええ、知ってますよ? あの印を一目見たときから。

 当たり前じゃないですか。私はあの戦争を最初から最後まで見届けたんですから」

 

 ニコニコとどこまでも、いつも通りに嗤うプリンツに次第に追いつめられていくグラーフ。

 そして、ここに来てようやくこの何かの正体を理解した。

 

 彼女は、重巡洋艦Prinz Eugen。

 

 数々の作戦に参加し、戦果を挙げた屈指の武勲艦であり、第三帝国の栄華から滅び、その全てを最後まで見届けた強運の巡洋艦。

 

 グラーフ、一度も戦争に参加することなかった航空母艦Graf Zeppelinとはすべてにおいて格が違う。

 

 「それは、非常に困ります。

 我々ドイツ海軍…ドイツ国防軍は清廉潔白でなければならないのですから。

 『ドイツ国防軍は国家元首の命令に従っただけで、戦争に関する責任は無い』のですから。

 ここで、私達の中からそれを覆す者が出てしまえば、本当に困ります。

 ドイツ海軍の艦艇の魂を持つ私達の中から、ナチス信奉者が出てしまっては本当に困るんですよ。

 ねえ、グラーフさん?

  分 か っ て い ま す か ?」

 

 あの戦争の空気に触れたことで夢見がちになっていた航空母艦Graf Zeppelinの目を覚ますように古参兵である重巡洋艦Prinz Eugenが告げた言葉の意味は単純明快。

 

 

 

――――余計なことはするな

 

 

 

 すべてにおいて圧倒され、もはや頷くことしかできないの航空母艦Graf Zeppelin姿を確認し重巡洋艦Prinz Eugenは、その身に纏っていた気配をあっという間に霧散させ、いつも通りの、天真爛漫なプリンツ・オイゲンに戻った。

 

 「なら、いいんです! 所でグラーフさん?

 今からビスマルク姉さまとAdmiralさんを誘って夕食を食べに行こうと思っているんですけど、ご一緒にどうですか?」

 「い、いやっ遠慮しておく……」

 「そうですか、残念です……」

 

 先ほどの会話は全てなかったような、本当に夢だったかのような場面の転換。

 しかし、グラーフの心臓は未だにうるさく鳴り響き、冷や汗は止まらないことが先ほど会話が夢ではないことの証明となった。

 

 プリンツ・オイゲンと出会うまで感じていた高揚感はもう欠片も残ってはいない。  

 今グラーフの頭のすべてを占めているのは、一刻も早くこの場を離れたいという感情だけだった。

 

 逃げるように去っていくグラーフの背中を、プリンツはいつも通りニコニコと笑顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――逃げるように去っていったグラーフの背中を見ていたプリンツはふいにその表情の仮面を外した。

 

 その表情は全くの無表情。

 

 しかし、ただの無表情ではない。

 

 喜怒哀楽ありとあらゆる感情が飽和し、一つの感情以外摩耗することによって変化することのなくなった貌。

 

 曇ったガラス玉のような瞳でグラーフの去っていった方向を見つめていたソレは、再度いつも通り、瞳を輝かせ誰もが知る天真爛漫なプリンツ・オイゲンの姿を整え、軽やかな足取りで、提督執務室の方角へと向かっていった。

 

 

 

 

――――人類陣営はこの日より大規模な戦闘準備を開始。

 航空基地の拡張、深海棲艦軍に対するゲリラ戦の準備を、艦娘、高速戦闘部隊共同での軍事演習など戦争の準備を営々と始めた。    

 

 人類陣営、深海陣営が共に戦争の準備を始め、互いの喉元を食いちぎらんとするべく牙を研ぐ現状。

 そしてこの現状に、戦争狂達が反応しないはずはなかった。

 

 

 

 

 

――――1999年9月22日 ミレニアム本拠地 『ヴァルハラ』 会議室

 

 

 

 

 「あぁ、楽しみですわ!本当に楽しみですわ!早くその日が来ないかしらっ!」

 「しかし運が良いですなぁ。この世界での初陣が大海戦になろうとは」

 「しっかり楽しむとしようかねぇ」

 「おいおい、今回は俺らのスポンサーに対するお披露目も兼ねてんだから計画通りに頼むぜ?」

 

 ミレニアムの本拠地『ヴァルハラ』その会議室にて、話す三名を纏め上げるようにマキナは口を開いた。

 

 先ほど話していた三人。

 

 その姿と得物は全員が特徴的だった。

 

 一人は、長い黒髪に黒のスーツを身に纏い、長大なマスケット銃を持つ女性。

 一人は、茶色のスーツにソフト帽を着こなし、手でトランプをいじる男性。

 一人は、短髪で、右半身に奇怪な紋様を刻んでおり、巨大な鎌を手に持つ女性。

 

 そして三人の目線が自分に向いたことを確認したマキナは今回の計画の確認を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――しばらくの間連日のように行われていた深海棲艦との争いが、ぴたりと止まり東南アジア全域が静寂に包まれた。

 しかし、これを平穏と表現するものはいない。

 

 これは、言うなれば嵐の前の静けさ。

 

 静寂の中に際限なく膨れ上がる、双方の殺意と憎悪に人々は恐れおののき、鳥たちは不安の声を鳴らし、獣たちは息を潜めた。

 

 ――――彼らは観客。

 

 彼ら観客に、この戦争という劇を止める力などなく、軍隊という役者達が演じる劇を見守る以外の選択肢など存在しない。

 

 ――――彼らは観客。

 

 ゆえにひたすら待つ。

 劇の開幕を 

 

  

 

 

   ――――かくして

 

 

 

 

――――旧オーストラリア ダーウィン港

 

 「ポート・モレスビーニ伝達。作戦開始」

 

 

 

 

   ――――役者は全員

 

 

 

 

――――リンガ軍港 提督執務室

 

 「深海棲艦が動き出したぞ」

 「よし、それじゃあ始めよか」

 

 

 

 

   ――――壇上へと登り

 

 

 

 

――――空中戦艦Deus ex machina 操舵室

 

 「楽しい楽しい戦争を」

 

 

 

 

   ――――暁の惨劇は幕を上げる

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――

 

 

 

〇人類参加戦力

 

海上戦力

 

 タウイタウイ方面軍

 第一作戦部隊:旗艦 空母 大鳳

         編成 空母   13隻

            戦艦    2隻

            重巡洋艦  4隻

            航空巡洋艦 6隻

            軽巡洋艦  4隻

            駆逐艦   63隻

                       

 リンガ方面軍

 第二作戦部隊:旗艦 戦艦 金剛

         編成 戦艦    2隻

            軽巡洋艦  1隻

            駆逐艦   4隻

            

 ジャワ島方面軍

 第三作戦部隊:旗艦 戦艦 Bismarck

         編成 戦艦    1隻

            空母    1隻

            重巡洋艦  4隻

            軽巡洋艦  4隻

            駆逐艦   20隻

            

            

 東南アジア連合海軍  ミサイル艇 320隻

            高速戦闘艇 400隻

 

 シンガポール方面軍

 第四作戦部隊: 編成 装甲護衛艦 6隻

            護衛艦   6隻

 

 戦闘地域全域     潜水艦   72隻 

 

 陸上戦力

 

 ジャワ島方面軍 

 第五作戦部隊:旗艦 軽巡洋艦 川内

         編成 軽巡洋艦  4名 

            駆逐艦   20名

            輸送ヘリコプター 4機

 

 陸上自衛隊    1個旅団

 東南アジア連合軍 歩兵師団 10個師団

          機甲師団 3個師団

 

 航空戦力

 

 基地航空機         3500機

 

 

 

 

〇深海棲艦参加戦力

 

海上戦力

 

 ポート・モレスビー方面

        旗艦 空母棲姫

           空母級   16隻

           軽空母級  18隻

           戦艦級   12隻

           重巡級   11隻

           駆逐艦級  141隻    

 

 ダーウィン方面

        旗艦 戦艦棲姫

           空母級   15隻

           戦艦級   7隻

           重巡洋艦級 8隻

           軽巡洋艦級 4隻

           駆逐艦級  67隻

           輸送艦級  420隻

 

 陸上戦力   

 

         歩兵師団     40個師団

         機甲師団     10個師団

 

〇ミレニアム参加戦力

 

           飛行船   1隻

           戦闘員   3名 


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