空中戦艦ーDeus ex machina 出撃する! 作:ワイスマン
内容に悪戦苦闘してたらこんなにも遅くなりました(白目)
あ、あと感想と誤字訂正いつもありがとうございます
返事は返せてませんが、いつも励みになっております!
今後ともよろしくお願いいたします!
――――1999年9月30日 PM 5:00 インドネシア マカッサル海峡海底
インドネシア中部、ボルネオ島とスラウェシ島との間にありジャワ海とセレベス海を結ぶマカッサル海峡。
長さ約 800km、幅130~370km。多数の島があるものの水深は大きく、50万tタンカーが航行可能であるため、深海棲艦に制海権を奪われるまでは南方のロンボク海峡とともに、インド洋と太平洋を結ぶ重要な海上交通路となっていた。
そのマカッサル海峡の最狭部の海底にて。
『ねえねえねえ!退屈なんだけどー!』
少女が発する相互通信が響き渡った。
彼女の名は伊26。巡潜乙型7番艦の潜水艦娘であり、現在『ジャワ島防衛作戦』完遂のため、南アジア全域に展開、海峡などの要所に無音潜航し、海上、そして海中に監視の網を張り巡せている潜水艦隊の一人である。
彼女は現在、自身の担当区域であるマカッサル海峡海底の砂地に寝そべりながら、頬を膨らませ相互通信の相手に不満を漏らしていた。
『はっはっはっ!まぁまぁニム殿。哨戒も立派な任務、仕方ないのであります』
伊26の不満に対し、通信相手である揚陸艦の艦娘―――あきつ丸は、からからと笑いながらそう答えた。
そのあきつ丸の、ちゃんと聞いてるんだか聞いてないんだか分からない適当な返答は、伊26のお気に召さなかったらしく、膨らませた頬をさらに大きくし、不機嫌そうに足をバタつかせれば、近くを泳いでいた魚たちは驚いて慌ただしく離れていく。
本来なら、人の侵入を拒む海の底も、潜水艦の権能をもつ彼女にとっては、日当たりのいい芝生の何ら変わりはないということなのだろう。
通信越しからでもその姿が容易に感じ取れたあきつ丸は、微笑みながら空調の効いた部屋で緑茶の味を楽しんでいた。
あきつ丸のいる場所は、伊26と違い陸上、ボルネオ島にある通信基地。ここから自分の管轄の潜水艦娘から相互通信にて定時連絡を受け取り、ジャワ島作戦本部へ、その情報を送信するという任務を帯びていた。
相互通信は、艦娘だけが使う事の出来る、離れた相手と自由に会話することができる能力だ。
ある種テレパシーの一種であるため、物理的な距離以外に疎外される要素はなく、技術に依存しない、能力であるために探知される恐れもない。
相手が海底深くに、潜航している艦娘であってもそれは例外ではなく、通信をとるために海面近くにまで毎回浮上せずとも、海中の水に通信を阻害されることなく、自由に連絡を取ることができるのだ。
そんな潜水艦にとって革新的な能力であっても、今この場においてはただの会話ツールとしてしか使われていない。
それどころかあきつ丸は、伊26としか相互通信を開いておらず、自身の管轄である他の潜水艦娘に連絡を取ろうとする気配すらいなかった。
その理由は、伊26がこれほどまでに不機嫌な理由とも関係している。
『ニムも、フローレス海の追撃戦に参加したかったー!!』
『はっはっはっ!』
つまりはそういうことである。
あきつ丸の管轄である三隻の潜水艦娘、伊13、伊14、そして伊26は、このジャワ島防衛作戦において、マカッサル海峡付近の哨戒任務を任されていた。
その任務を遂行するべく、彼女たちはマカッサル海峡に均等に散らばり、監視網を引いていたわけだが、ちょうどその時に、深海棲艦・上陸部隊壊滅の知らせが届いたのである。
ジャワ島作戦本部は、壊滅した深海棲艦・上陸部隊の追撃を決定。航空基地の爆撃機編隊と第五作戦部隊に出撃命令が下されると同時に、フローレス海近辺で哨戒任務にあたっていた潜水艦娘たちにも、集結命令が下った。
当然フローレス海から程近い彼女達にも、その命令は届いたのだが、しかしその命令には『監視任務に支障をきたさない範囲で』という文言が付け加えられていたのだ。
その文言のせいで、マカッサル海峡の北側、つまり命令の下った三人の中で集結地点である南側から最も遠い海域で哨戒任務に当たっていた伊26が、監視網維持の為に置いて行かれることに相成ったのである。
何が悪かったといえば、運が悪かった。
そのような経緯で、彼女だけ留守番をする羽目になったのだ。第二次世界大戦時、通商破壊において輸送船やタンカーなど12隻、総排水量5万トン近くを葬り、敵空母を中破させ軽巡も沈めた、歴戦のハンターである伊26にとって、絶好の狩場であるフローレス海の追撃戦に参加できないということは、彼女の機嫌を大きく損ねるに値する事態だったのだ。
それはもう一人だけ遠足に置いて行かれた子供と同じように。
『……ねえねえねえ、フローレス海で深海棲艦の上陸部隊を襲った亡霊軍隊?ていうのがここを通ったりしないかなー』
『亡霊軍隊が、でありますか?』
『うんっ、もしかしたら亡霊軍隊が、タウイタウイ方面にちょっかいを出すかもしれないでしょ?そしたらフローレス海からタウイタウイに抜けることができる、この海峡を通らないかなーって!』
しかし、フローレス海の追撃戦に参加している仲間たちに羨望の念を向けるものの、伊26は未だ諦めてはいなかった。
たしかにフローレス海の追撃戦に参加している仲間たちのように、艦艇を沈めて戦果を上げることなどできはしない。
だが、潜水艦の功績はなにも艦艇を沈めるだけではないのだ。
敵艦の発見。それも立派な任務であり功績なのである。しかも、もしここで、深海棲艦・上陸部隊を潰走に追い込んでなお、姿の確認できない『亡霊軍隊』を発見することができれば、それは追撃戦での戦果に匹敵するほどのものになるだろう。
伊26はその発見にかけた。もし『亡霊軍隊』がタウイタウイ方面に仕掛けるのならば、必ず、島々の狭間にある、どこかの海峡を通って南側から北側へと抜ければならない。
そして先の戦場となったフローレス海から最も近く、タウイタウイ方面に抜けることができる海峡こそが、このマカッサル海峡なのだ。
そのことを考えれば、『亡霊軍隊』通る可能性が最も高い海峡といえるだろう。
伊26がかけた一縷の望み。
『それはないのであります』
あきつ丸は、その望みをバッサリと切り捨てた。
『……それはこの海峡を通る可能性が、ってこと?』
『いえ、亡霊軍隊がタウイタウイ方面にちょっかいをかける、という前提自体がであります』
そういうとあきつ丸は自分の考えを説明し始めた。
『深海棲艦・上陸部隊の陸上戦力、艦隊戦力、敵基地航空隊の航空戦力との交戦が予想されたために広範囲に戦力を分散させる必要のあったジャワ島方面とは違い、タウイタウイ方面は、深海棲艦・空母機動部隊と交戦する第一作戦部隊と、その支援をする基地航空隊という、構図そのものは非常にシンプルなもの。
空母機動部隊という一大戦力を、撃滅せんが為に配置された全ての味方戦力は、互いに支援しやすいよう、タウイタウイ軍港の周辺海域に重点的に配備されているのであります。
タウイタウイ方面の全戦力が一か所に集結し、そして全力稼働している以上、奇襲は通じないでありましょう。
どこかにちょっかいを出そうものならその瞬間、すぐさま探知され、返す刀で袋叩きにされるのでありますから。
ただでさえジャワ島方面での攻勢で、戦略物資をすり減らした状態で。
タウイタウイ方面軍に仕掛けるなど、ただの自殺行為であります』
『……ううう』
『そして、これが最も大きいのでありますが―――』
『まだあるの!?』
『単純に遠すぎるのであります。
亡霊軍隊が現れたフローレス海と、戦場であるタウイタウイとの距離は、直線距離でも700浬(1296.4㎞)。海峡を通るのならばおおよそ五割増しといったところでありましょうか。艦隊の船足では到底終わるまでにはたどり着けないのであります。
航空機によるアウトレンジ攻撃も同様。空母の理想の攻撃距離は200浬(370.4㎞)から多くとも250浬(463㎞)以内。500浬(926㎞)で『マリアナの七面鳥撃ち』になったことを鑑みるに、妖精殿の力を以てしても、700浬先への有効的な攻撃は、陸上攻撃機でもない限り不可能であります。
……まぁ『じぇっと戦闘機』を用いれば、その限りでありませんが、それでも敵陣の真っただ中で、一時間近くも、航空母艦を放置するリスクを冒してまで、ちょっかいを出す必要があるのかと言われると……』
『………あぅ』
『まぁ、いずれにせよ、攻撃方法が航空機に依存する以上、この海峡に亡霊軍隊の艦艇が現れる可能性はほぼゼロでありますな!』
『………』
あきつ丸の論理的かつ容赦のない反論。もはやぐうの音も出ないほどに叩きのめされた伊26は、砂地の上に、のの字を書き始めた。
完全に臍を曲げてしまった伊26を尻目に、緑茶を味わっていたあきつ丸だったが、不意に机の上に置かれているタイマーが鳴り響いた。
『んっ?もう時間でありますか。さあさあニム殿!定時連絡の時間であります!』
『……了解ー』
あきつ丸の腹が立つほど溌剌な掛け声に、しぶしぶ反応した伊26。
やる気のない返事だがその実、伊26は、哨戒任務に一切の手を抜いていなかった。
マカッサル海峡の最狭部。その両端に伊26と、そして自身の船体が潜航し、共に索敵能力を行使することで、その区間全域をカバーしているのだ。
先ほどのおちゃらけた会話の最中も、一瞬たりとも監視網を途切れさせてはいない。
そして、先ほどの定時連絡から、今までソナーに一切の反応はなかった。この区域には、自身以外の潜水艦そして水上艦は、存在していないと自信を以て断言できる。
念のために再度確認。ソナーから聞こえる海中の声。そこには透き通った水のさざめきしかなく、スクリュー音などといった調和を乱すような不快な音など僅かたりとも存在しない。
哨戒任務としては最良であり、しかし敵の発見という功績からはかけ離れた結果に、伊26は半ばやけくそ気味に返答を返した。
『
PM 5:00 タウイタウイ沖 深海棲艦・空母機動部隊上空 『林隊』
タウイタウイ沖にて発生した、海上自衛隊タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊と深海棲艦・空母機動部隊との戦闘。
第一作戦部隊と深海棲艦・空母機動部隊の熾烈な航空戦は、戦闘開始より九時間も経過しているにもかかわらず、微塵も衰えることはなく、それどころか、本隊より分離し深海棲艦・空母機動部隊へと、突貫する第七、第八艦隊上空の制空権争いが追加されたことで、混沌とした戦場はさらなる広がりを見せている。
その中で、一〇〇式司令部偵察機で構成された偵察隊である『林隊』は、第一作戦部隊と第七、第八艦隊、そして深海棲艦・空母機動部隊上空と三つに分かれた戦場で、監視任務に就いていた。
彼らの集めた情報は随時、第一作戦部隊の総旗艦である大鳳に送られ、彼女がすべての戦場の動向を正確に把握し、決断を下す助けになっている。
そのうちの一つ、『林隊』のリーダーであり、パイロットの林大尉と、複座式である一〇〇式司令部偵察機の後席に乗り込む、ナビゲーターの上田少尉のコンビは、深海棲艦・空母機動部隊を担当。
艦隊の遥か上空を飛びながら、己の任務を全うしていた。
『……深海棲艦の奴ら、陣形こそ変更したものの、艦隊を分離させる様子はないですね。空母級くらい後方に下げりゃいーのに』
「作戦目標の達成こそ絶対。端から生存を考えてない奴らにとって、艦隊を分ける必要性を感じないんだろうよ。艦隊が一塊となって突っ込めば撃滅は難しくなり、目標達成の成功率が上がる。
それくらいしか考えてないだろ。
……それこそ、最終的には空母級諸共タウイタウイ軍港に突っ込んで、僚艦ごと自爆すんじゃねーか?」
『うへぇ……』
艦隊の動向を監視していた上田少尉に、林大尉の考えを聞かせると、嫌そうなうめき声が返ってきた。
林大尉が操縦席の足元にある小窓を除けば、そこには戦闘開始時に比べれば、大幅に数を減らした深海棲艦・空母機動部隊と、そのすぐ近くで航空戦を行う集団が見て取れた。
艦隊攻撃の為に低い高度で飛ばなければいけない攻撃機や、それを守る護衛戦闘機。そして攻撃機から艦隊を守る迎撃戦闘機と違い、敵艦隊の監視任務が主である彼らは、態々低い高度を飛ぶ必要はなく、熾烈な航空戦が行われている空域よりもさらに高い、比較的安全な空域に陣取り、監視任務を行える。
もちろん、比較的安全というだけで、深海棲艦・空母機動部隊から打ち出された対空砲弾の流れ弾はかなりの頻度で飛んでくるし、監視の目を排除しようと敵戦闘機も上がってくるが、それでも『下』の凄惨な戦場に比べれば、はるかにマシといえるだろう。
林大尉は、戦闘空域を避けつつ、深海棲艦・空母機動部隊の上空を旋回。
その間に、上田少尉は撮影機材も操作し、今現在の戦況をデータに残していく。
総旗艦である大鳳に送る情報は、この機体にも同乗している妖精さんの『目』を通じてリアルタイムに送られているので、特別に何かする必要はない。
だから上田少尉が記録しているデータは、大鳳に送るためではなく、深海棲艦に対する研究資料としての意味合いが強い。
『進路を左へ10度修正してください』
「了解、左へ10度」
上田少尉のナビゲートに応じて、機体を動かす林大尉。
彼らは、時折、監視の目を排除しようと敵戦闘機を蹴散らしつつも、己に与えられた監視任務を忠実に滞りなく遂行していく。
今のところ、問題はなく、何の異常もない。
だからだろう。
最初に、異変を察知したのも彼らだった。
『……ん!? あれ!?』
「なにか問題か?」
突如として、素っ頓狂な声を上げた上田少尉に、林大尉は機内無線で呼びかけた。
しかし上田少尉は、すぐには返答しなかった。
林大尉が機体を操縦するコックピット部分と、上田少尉が機材を回している偵察席は離れている。
なので直接確認することはできないが、物音と気配から察するに、上田少尉はなにかを確認しているのか慌ただしく機材を操作しているようだった。
それからしばらくのち、上田少尉は、確認がとれたのか、しかしそれが未だに信じられないという疑念を滲ませた声色で、総旗艦である大鳳と通信、そして林大尉に報告する。
『
「はぁ???」
その報告を聞いた林大尉は、思わずそう声に出しつつも、慌てて足元の小窓を確認する。
そこには、遥か下、海面にいくつもの軌跡を描く深海棲艦・空母機動部隊が、進路を西から南西へ変更する様子が見て取れた。
「なんで今頃になって進路を……。しかも東へ変更して撤退するんじゃなく、南西なんて中途半端な進路をとっているんだ?」
『いままでタウイタウイ軍港のある西にピタリと進路を合わせていたのに。……南西なんて軍事拠点どころか、島すらもありませんよ』
損失の一切合財を無視し、作戦目標であるタウイタウイ軍港を目指して、愚直なまでに突き進んでいた深海棲艦・空母機動部隊が、その手にかけようという最後の段階になって、よりにもよって作戦目標などなにもない南西に進路を変更する。
彼らでは、この深海棲艦の艦隊が現在進行形で行われている、奇行ともいうべき行動に対して自身を納得させるだけの答えを見つける事はできなかった。
「……第一作戦部隊にこのことは?」
『伝えました。この光景も
「ならこのまま監視任務続行だ。いいか?僅かな異変も見逃すなよ」
『了解』
◇
同時刻 空母「赤城」所属 『志摩隊』
深海棲艦の攻撃機編隊を迎え撃つ、迎撃戦闘機隊の一つである『志摩隊』。
その隊長である志摩中尉は、もはや自分でも把握していない撃墜記録を新たに更新しつつも、自身が従える編隊に指示を出していた。
志摩隊の担当空域に侵入した攻撃機編隊を根絶やしにした時に訪れる僅かな空白。少し離れた空を見渡せば、別の深海棲艦の攻撃機編隊と迎撃戦闘機隊が、弾丸と鉄屑をまき散らしながら食い合う光景がそこかしこに広がっている。
その中にあって志摩隊は、まるでその凄惨な光景から切り取られたような、静謐に満たされた空を飛んでいた。
キャノピー前面に広がる航空戦の一大パノラマ。
迎撃の為に急降下した高度を稼ぐため、自身の編隊を引き連れ上昇していた志摩中尉は、その光景を映画を鑑賞するかのように、落ち着いてみることができた。
だからこそ。
その異変に気付くことができたのだ。
「なんだ?
懐にしまっていた空路図を開き、現在地と見比べていた時に気付いたズレ。
空路図には当初予想されていた深海棲艦・空母機動部隊による攻撃機編隊の侵攻ルートとそれを迎撃する迎撃戦闘機隊の担当空域が書かれている。
それによれば、この空路図に比べれば、なぜか戦闘空域は南にズレ始めていた。
遠くに見える他の迎撃戦闘機隊を見ても、自分達が担当空域を大きく逸脱して、他の空域を侵食している様子はない。
ということは、つまり。
敵攻撃機編隊と迎撃戦闘機隊の戦場そのものが、南にズレ始めているということに他ならない。
「どういうことだ?深海棲艦の奴ら何を考えている」
迎撃戦闘機隊はあくまで受動的。
深海棲艦の攻撃機編隊に対するカウンターである以上、自分達が戦場を移動させることはできない。
となれば、この戦場を南にズラし始めているのは、深海棲艦・空母機動部隊による意思ということだ。
志摩中尉は、この深海棲艦の不可思議な行動に考えを巡らすものの、すぐに諦めた。
あまりにも情報が少なすぎる。
所詮、自分は幾つも配置された迎撃戦闘機隊の一隊長に過ぎない。
その程度の権限しか持たない者が得ることが出来る情報などたかが知れており、ましてや1区域といった情報ならともかく、戦場全体の動きといった知り得る筈もない。
それに戦場を南にズラしているのは、深海棲艦の意思だが、その動きに対応すべく迎撃戦闘機部隊を配置しているのは、第一作戦部隊の指揮官である。
自分よりも遥かに多くの戦術情報に触れ得ることの出来る指揮官が、そう命令を出している以上、兵士はただ従うだけだ。
『志摩隊、敵5機の1個編隊。10時下方 距離6千』
「了解。各機、2機編隊!かかれ!」
新たな敵機報告に、志摩隊長は先ほどまでの思考を切り替え、隷下の部隊に素早く指示を出すと、自身の役割を果たすべく戦場へと舞い戻った。
◇第一作戦部隊 旗艦『大鳳』
『第11航空隊、攻撃機未帰還機多数!』
『こちら航空母艦天城です、うぅ…やられました…艦載機、発着艦不能です…』
『敵本隊は進路変更、依然そのままの進路を――――』
『第25航空隊、攻撃隊被害甚大!』
『第15航空隊、これより帰投する』
『燃料タンクに被弾、早期の着艦の承認を――――』
『こちら江室隊、敵攻撃機が3機が抜けた、そちらに行くぞ!』
『整備班より連絡、現時点での稼働機は―――』
深海棲艦・空母機動部隊との戦闘中である、海上自衛隊タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊の旗艦である航空母艦大鳳。
そのCIC室には、タウイタウイ沖にて繰り広げられる第一作戦部隊と空母・機動部隊との戦闘で生じたすべての戦術情報が、ここに集められていた。
第一作戦部隊の各艦隊からの戦況報告や、周辺の航空基地から航空支援の稼働状況、そして自身に属する航空隊からの要請など、膨大な情報が続々と送られてきている。
もはやこの情報の嵐の中では、常人では意味のある一文すら、聞き取ることが難しいだろう。
ふつうならば、司令部を立て、何十人ものオペレーターと情報将校が対応する必要がある案件。しかし、
『了解。第11航空隊は、第五航空基地に帰投後、第21航空隊と合流してください』
『では天城さん隷下の航空隊に対する補給は―――『こちら航空母艦葛城!天城姉ぇの航空隊は、私の方で受け入れるわ!』では葛城さんお願いします』
『こちら旗艦大鳳、了解。そのまま監視を継続してください』
『第25航空隊は、第2航空基地に帰投。第5、第17、第23航空隊の残存機を組み込み、航空隊を再編します』
『第15航空隊、了解です』
『こちら大鳳。現在、網代隊が発艦中です、後方上空にて待機願います』
『凪隊、敵3機。3時下方 距離6千』
『確認しました』
少女以外誰もいないはずの、がらんどうのCIC室で。
対応するオペレーターすらいないにも関わらず、すべての報告や要請に、独りでに、そして的確な返答が返されていた。
あまりに不可思議な光景。
だが何てことはない。不可思議な光景はすべて、その中心部に立つ少女が成し得ているのだから。
そして、それだけではない。
彼女はそれ以外にも、第一作戦部隊の麾下である各艦隊に対する命令や、自身の空母に所属する全ての航空隊の戦闘指揮、そしてその航空機に乗り込んでいる数百にも及ぶ妖精さんとの視界共有を、全て一人で、そして同時に対処している。
人間では到底不可能。艦娘でも出来うるものは多くない。
しかし彼女はできる。
彼女の名は大鳳。航空母艦『大鳳』。
翔鶴型の発展系。不沈空母として建造された日本海軍機動部隊最後の切り札。
日本の空母発展史上、就役した艦としては、技術的に最も発達を遂げた空母。
かつての第一機動艦隊の膨大な戦闘データの叩き台とし、航空機の艦隊運用に特化した彼女は、日本の空母艦娘の中で最も優れた情報処理能力を持っている。
その能力を以てすれは、タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊を完璧に統率することなど造作もないことだった。
その彼女は現在、大きな机の上に広げられたタウイタウイ方面の海図を見据えている。
その海図には、航空基地や戦闘空域、そして敵味方の艦隊に見立てた駒がいくつも配置されており、一目で現在の戦況が変わるようになっている。
しかしその表情には、困惑の色が浮かんでいた。
大鳳の視線は、敵味方の航空機が入り乱れて戦っている戦闘空域、そして深海棲艦・空母機動部隊に見立てた駒に向けられていた。
「……敵艦隊が南西に進路を変更? 戦闘空域が南にズレ始めた?
なぜ今になって、こんな動きを……」
深海棲艦・空母機動部隊の唐突な進路変更と、戦闘空域の南下。
「撤退しようとしている?……それにしては退路である東に向かわず、ただ南西方向に直進するだけ。
それに、わざわざ大周りしてまで、戦闘空域を南にずらす意味が……」
その全く脈絡のない、突拍子な行動を取り始めた深海棲艦に対し、その理由を探してみるものの、その行動を説明できる理由は見つからなかった。
「赤城さん、少し相談が」
『はい、なんでしょうか』
このままでは埒が開かないと判断した大鳳は、赤城に助言を求めた。
元々この第一作戦部隊の旗艦に抜擢されたのも、その情報処理能力を買われてのことである。
統率をとることはできても、その思考に柔軟性が欠いていることを自覚している大鳳は、
当時世界最強の空母機動部隊、第一航空艦隊の旗艦であり、艦艇として、そして艦娘として戦闘経験豊富なベテランであり、司令部が彼女の補佐としてつけた、航空母艦『赤城』を頼ることに抵抗はなかった。
大鳳は、深海棲艦・空母機動部隊の急な進路変更と、戦闘空域の南下を説明。赤城に意見を求めた。
『これは……囮?でも司令部から近海で別働隊を発見したという報告もありませんし……。
となれば時間稼ぎ?……といっても周辺海域に何もない以上、第一作戦部隊を拘束したところで、何のメリットもありませんし、仮にそうだったとしても、破壊目標であるタウイタウイ軍港から進路をそらす必要など、どこにも―――』
だが、彼女を以てしても、この深海棲艦の艦隊が現在進行形で行われている、奇行ともいうべき行動に対して、納得できるだけの答えを見つける事はできなかった。
しかし、彼女たちはこの第一作戦部隊を率いる指揮官とその補佐である。
そして司令部からは、作戦を逸脱しないレベルでの、タウイ方面軍全軍の自由裁量権を与えられている。
深海棲艦・空母機動部隊が、当初の予定とは違う、南西方向へ進路をとった以上、その行動に対応し、判断を下さなければならないのは自分達だ。
『……この行動にどういう意図があるのか分かりませんが、深海棲艦・空母機動部隊が、舵を南西に向けたのならば、砲雷撃戦を仕掛ける第七、第八艦隊と、それを援護する第一作戦部隊本隊の進路も変更しなければなりませんね』
「このまま東から回り込んで、第七、第八艦隊に、深海棲艦・空母機動部隊の側面を攻撃させますか?」
『たしかにこちらの優位に事を運べますが、やめておいた方がいいでしょう。
下手をすれば第七、第八艦隊が側面から攻撃を仕掛けた瞬間に、一塊になっている深海棲艦・空母機動部隊がばらけます。
最悪の場合、第七、第八艦隊の攻撃から逃れた深海棲艦の艦艇が、再度進路を変えてバラバラにタウイタウイ軍港に突っ込んでくるでしょう。
タウイタウイ軍港の防衛が第一作戦部隊の勝利条件である以上、わずかなリスクも背負うべきではないかと』
「そうですね、では万が一にもタウイタウイ軍港に通さないよう、深海棲艦・空母機動部隊の頭を押さえるとましょう。
第一作戦部隊本隊及び、第七、第八艦隊に伝達―――
◇ 同時刻 第32観測所
索敵網のため、各所に点在するレーダー観測所の一つ。ウイタウイ周辺の海域に点在する小島の一つに建設された第32観測所。
『ジャワ島防衛作戦』の初期にて、タウイタウイ軍港へと向かって進撃する深海棲艦・空母機動部隊を真っ先に発見するという、大変ありがたくない名誉を賜った第32観測所内には、その時の極限なまでの緊張状態とは違い、非常に弛緩した空気が流れていた。
それは深海棲艦・空母機動部隊という間近に迫った脅威が遠ざかったことへの、反動と言うべきだろう。
「……角野中尉、まだ作戦は完了していないというのに、この空気は些か問題では?」
「そういうな早川曹長。少し前までこの地下シェルターごと吹っ飛ばせる化け物艦隊がうろついて気を張ってたんだ。任務に支障をきたさない範囲での気の緩みくらいは許容するさ」
第32観測所の心臓部、地上レーダーから送られてくる情報を整理、作戦本部へと送信する地下モニタールームでも例外ではなく、規律の乱れこそないものの、緩んだ観測所内の雰囲気が目立つ。
それに苦言を呈する早川曹長を、この第32観測所の所長である角野中尉は、そう言って宥めた。
「しかし、勝って兜の緒を締めよ、という諺もありますし」
「家康か?でもあの狸爺、東軍の家臣にはそう言ったくせに、隠れて勝利の酒盛りしてたらしいじゃねえか」
「北条氏綱だけじゃなくて家康公も言ってたんですねその言葉。……というかえらく家康公に対して辛辣ですね」
「俺、
どことなく気の抜けた会話をしている最中も、第32観測所は任務を忠実に遂行していた。
といっても深海棲艦空母機動部隊の捕捉という、一番重要な任務を達成したことで、彼らの任務は、おおよそ普段通りの、レーダーによる監視任務に戻っている。
いつも通りの日常、彼らにとっての業務が戻ってきたことによる、多少の気の緩みはあっても。
いつも通りの日常であるからこそ、彼らの監視網に隙などなかった。
だが、そのいつも通りの日常は、突然の非日常によってたやすく崩れ去った。
「え、あっ、ちょっ!!!」
「ん、どうかした―――敵襲か!?」
突然、レーダーのスコープを監視していた隊員が驚いた声を上げたと同時に、敵発見を知らせる警報音が鳴り響いた。
敵襲。
その非常事態を知られる音色に、先ほどの緩んだ空気は、速やかに一掃される。
だが警戒する隊員達の目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。
「なんだぁ、こいつは!?」
そして地下モニタールーム中央に設置された巨大画面、第32観測所周辺を映し出すレーダーチャートの全域に突如として、何の前触れもなく大量の所属不明の機影を示すシンボルマークが現れのだ。
「レーダーの故障か!?」
直前まで探知できていなかったにも関わらず、いきなりそのような機影が出現するなどあり得ない。だからこそ真っ先にレーダーの故障を疑った。
「これはっ!!!」
この異常の原因を探るべく、角野中尉が警報が鳴る前に声を上げた隊員に駆け寄り、彼が監視していたスコープ画面を覗き込む。
するとスコープ画面の中央がインクをばらまいたように、光り輝く何か―――ノイズに塗りつぶされていた。
おそらく、このスコープ画面に映るこの何かのせいで、レーダー情報をレーダーチャートに変換処理する過程で物体を認識できずに、エラーを吐き出しているのだろう。
実際に機影か現れたわけではない。
だがこのスコープ画面を見たとき、角野中尉はとんでもない衝撃を受けた。レーダーの故障だった方が、マシだと思えるほどに。
―――そんな馬鹿な。 ありえない。
否定的な言葉が角野中尉の思考を埋め尽くす。
角野中尉はレーダーの故障以外で起きる、この現象を、いや【攻撃】を知っている。
だがそれと同時に、今はもう起こし得るはずもない攻撃だということも、知っていた。
角野中尉から、少し遅れてスコープ画面を覗き込んだ早川曹長が息をのんだ。恐らく角野中尉と同様の結論に至ったのだろう。
「……角野中尉、これ、これは
その一言に、地下モニタールームに緊張が走った。
電子攻撃とは、レーダーや通信といった、敵が利用する電磁波の周波数(または波長)帯域―――電磁スペクトルを妨害するための活動のことだ。
その攻撃の中でも、ノイズ・ジャミング、またの名を電力妨害とも呼ばれる、レーダー波の使用する電波に強いノイズ電波を放射し、本来の目標物からの反射波をノイズで隠蔽するもの。
それにこの現象は酷似していた。
「……だが、だが
「それは……」
早川曹長は、角野中尉からの問いかけに答えることができなかった。
ありえないのだ。この攻撃を起こせること自体が。
深海棲艦出現と同時に、全世界を覆い尽くした深刻な電波障害。今もなお改善の兆しを一切見せないソレによって、従来のレーダーや通信といった電子機器がまともに運用できなくなった時点で、対抗手段である電子攻撃も消滅した。
それもそうだろう。
電子攻撃とは、簡単に言ってしまえは、電子機器で電子機器を妨害する行為だ。
その電子機器自体が、両者共使えないのならば、そもそもの前提が成り立たない。
全世界が現在進行形で強力なジャミングを食らっているようなものだ。
さらにいえば。
今使っている電子機器も、妖精さんの開発した機器を組み込み、電磁スペクトルを変質させることによって、電波障害の影響を受けないようにしているのだ。
変質させている以上、従来の電子攻撃などでは、干渉することはできなくなっている。
もし電子攻撃をしたければ、変質した電磁スペクトルに干渉する方法を新たに確立しなければならないのだ。
さらにいえば、これらは必要に迫られて、無理やり使えるようにした言わば劣化品。
まだ研究も途上であり、十全に使いこなせているとは言い難い。
理解も乏しく、しかも精度も出力も範囲も大幅に劣化した紛い物で、現代戦闘の極致ともいえる電子戦など出来得るはずもない。だが―――
(まさか、亡霊軍隊か?)
角野中尉は、これを起こせる可能性を持つ、勢力を一つ知っていた。
強大な戦力を有する謎の勢力『亡霊軍隊』。
数ある末端の観測所であるため、詳細な情報こそないが、それでもこの『ジャワ島防衛作戦』に出現。
フローレス海域にて、ジャワ島に向け進軍していた深海棲艦・上陸部隊を襲撃。
壊滅的な被害を与え、友軍に発見されることなく姿を消した、という情報は把握している。
それから『亡霊軍隊』を発見したという情報はない。
ということはつまり、このジャワ島防衛作戦において『亡霊軍隊』の存在は完全に浮き駒となっているのだ。
そしてこの存在が、更なる戦果を欲し、手近な獲物を襲う可能性も十分にある。
そう、例えば『援軍に時間のかかる、早期警戒線の外周部に位置する観測所』など最適な獲物といえるだろう。
(おいおい、また俺たちが『当たり』を引いたってか!?全然嬉しくねえぞこんなもん!?)
角野中尉が、心の内で毒を吐くものの、都合よく現実は消えてなくならない。
今ある手札でこの理不尽な現実に立ち向かうしかなかった。
(もし、これが亡霊共の襲撃だとするなら、レーダーという『目』を潰したのならば、次は『声』。作戦本部との通信を絶つはずだ!)
非常事態が、亡霊軍隊の攻撃と想定し、次に打ってくるであろう手を読むべく思考をフル回転させる角野中尉―――
「通信班!本部との通信は!?」
「通信感度良好。異常ありません!」
「……ん?」
―――だったが、その予想外の返答に、思考が停止してしまった。
作戦本部との通信。これは有線ケーブルで繋がっているために、妨害電波の影響を受けることはない。
のだが、空爆などの影響で簡単に断線しないよう地面深く埋めているとはいえ、所詮は有線。
それなりの知識があれば、探し出すことは容易く、
海側に至っては、ほぼむき出しのケーブルが海底を這っている。
悪意ある者が、断線させようとすれば簡単にできてしまう程度でしかないのだ。未だに全容を把握できないほど、執拗に痕跡を消している亡霊軍隊が、その程度の手間を惜しむとは思えなかった。
(……援軍が来るまでに、潰せる自信があるってか?なめやがって!
こうなりゃ、意地だ。奴らの情報を死ぬまで送り続けて、刺し違えてやる!)
「地下モニタールームより地上監視班、周囲に敵影や艦影は確認できるか!?」
角野中尉は、そう思い立つと、地上監視班へと連絡を取った。
電子の『目』は潰されても、まだもう一つの『目』は残されている。
第32観測所の地上部、小高い丘の上に隠されるように設置されたレーダー基部の周辺には、双眼鏡を使って周辺を警戒する地上監視班が配備されている。
電子の『目』は誤魔化せても、
彼らを使って、亡霊軍隊の情報を少しでも掴もうとしたのだが――――――
『こちら地上監視班。
「…………ん????」
その報告に先ほどの緊張した空気とは打って変わって、微妙な空気が漂い始めた。
どう考えても、おかしい
これが亡霊軍隊の攻撃だとして、攻勢の最初の段階である電子攻撃で終わるなどありえない。
電子攻撃で出来た穴を狙い、間髪入れずに本命の攻撃を加えるのが、普通なのだ。
だがしかし、しばらく待ってみても通信回線が切断されたということもなく、敵機を発見したという報告もなかった。
(……まさか亡霊共の目的は電子攻撃を用いての監視網の突破だった?)
亡霊軍隊の目的の候補を思いついたものの、すぐにありえないと考え直した。
電子攻撃を用いてレーダーを無力化し、監視網を突破する。たしかに考えられそうな目的ではある。
だが、レーダー等のセンサー類から探知され難くするステルス技術を用いるのではく、ノイズジャミングを用いている時点でそれはあり得ない。
ノイズジャミングとは、レーダー波の使用する電波に強いノイズ電波を放射し、本来の目標物からの反射波をノイズで隠蔽するものだ。
たしかにそれを使えば、自分の位置を相手に探知されることなくなる。
しかし逆に言えば、『レーダーが無力化された範囲に敵がいる』ということを相手に教えているにほかならないのだ。
まさに潜入任務の最中で、物音を隠すために警報を鳴らすような所業である。
監視網を突破するならば、居場所を探知されなくとも、敵が来たことを知らせるノイズジャミングではなく、そもそも敵が来たことを悟らせないステルス技術を用いるはずである。
それにもっと言えば、レーダーの性能が悪さをカバーするために、監視網を構成する観測所は数多く建設されている。
たかが、そのうちの一つの観測所レーダーを無力化したところで、綻びが出るはずもない。
この不可解な状況を説明できるだけの内容を思いつかず、頭を抱える角野中尉だったが、突如として彼の脳裏に電撃が走った。
(……レーダーの不調以外に、一切の異常はなし。いったい何を狙って…………ん?待てよ?そもそも、最初からこれは電子攻撃だと俺たちが思い込んだだけであって、本当にそうだとは誰も……もしかして――――)
「……電子攻撃ではなく、ただのレーダー故障?」
真っ先に、電子攻撃を疑った手前、非常にバツが悪そうに早川曹長が、今考えられる一番の可能性を挙げたと同時に―――――場の空気が白けた。
「……………いや、故障ならいいんだ。うん!問題ないわけではないが問題ない!
修理班に連絡して、レーダーを見てもらってくれ!急いで直さんとな!」
「「「……了解!」」」
角野中尉のわざとらしい切り替えに、反対する者はいなかった。
誰も、好き好んで先走って勘違いした事実という名の傷口を広げたくはないのである。
「後、修理が完了するまで地上監視班の増員と……ああ、作戦本部にレーダーが使用不能になったことを報告しといてくれ。
一か所ぐらい欠けても、監視網にさほど影響はないだろうがな」
「第一作戦部隊には伝えますか?」
「いや、いい。レーダーは使えなくなったが監視自体はできている。もし何かあれば、作戦本部の方から伝えるだろ。流れを遮ってまで報告する内容でもないだろ」
一つ一つでは何の意味も持たないゆえに、見過ごされてきた小さな欠片達は、いくつも寄り集まることで、本来の作戦の本質を変質させていく。
――――1999年9月30日 PM 5:00 リンガ軍港 作戦司令部
作戦司令部に大混乱に陥っていた。
―――………なんだ
『第32観測所より連絡、レーダー使用不能!』
『なんだと?原因は!』
『原因不明、電子攻撃と酷似した現象が現れレーダーが使用不能になったと……』
『電子攻撃だと?敵襲か!?』
『いえ、それが地上監視班の報告では、周囲に敵影は確認できないとのことで―――――』
『第31、30、18観測所より連絡、レーダー使用不能!』
『第17観測所もダメです!』
いくつもの危機を知らせるオペレーターの報告に、急拡大する異常事態。
―――……なんだ、これは
『ッ!また新たに第29、16、8観測所も、レーダー使用不能との連絡が!』
『第16、第7観測所もやられました!』
『くそ、そっちもか!敵の影は!』
『いずれの観測所も、確認できていません!』
『ええい、地上監視班の連中は、なにをやってるんだ!』
いくつもの怒号と叱咤が飛び交い、混乱に拍車をかけていく。
誰も彼も、今の状況を理解できていなかった。
―――……我々は、一体
「なにをされている!!!!!」
東南アジア連合海軍の大将にして、ジャワ島奪還作戦の総司令官でもあるカルロ・レジェス大将の問いかけに答えることのできる者は、この場にはいない。
◇
それは何の前触れもなく、突然始まった。
早期警戒線を構成する、観測所レーダーの不調。
電子攻撃と酷似したその現象は、第32観測所を皮切りに爆発的に広がり始めた。
その現象により、まるで感染が広がるかの如く、次々と観測所のレーダーはその機能を停止。
作戦司令部中央に設置された巨大モニターを見れば、南東より広がるそれによって、観測所の正常稼働を示す光点は次々と消え失せ、止まることなく今なおその範囲は徐々に広がっていることが分かる。
このままいけば、早期警戒線自体が消滅するのも時間の問題だろう。
これだけ連鎖している以上、単なるレーダーの故障ではない。
何者かの攻撃ということはあきらかだった。
そしてこれだけのことを、しでかせる可能性を持つ組織にも心当たりがあった。
「亡霊共の攻撃か!奴らめ、今更何しに来やがった!?」
橋本少将は、その組織―――『亡霊軍隊』に向けてあらん限りの呪詛を吐いた。
しかし、いくら罵詈雑言を言ったところで、自体が沈静化するわけでもない。
この現在進行形で悪化する状況に対し、手を打たなければならなかった。
「……まずはこの攻撃の発信源を特定しましょう。この広範囲におけるレーダーの異常、恐らくは、ノイズジャミングの中でも、広帯域雑音妨害による攻撃と思われます」
東条少将は、そう冷静に分析した。
ノイズジャミングにはいくつか種類がある。
レーダーが送信する電波の周波数は、いわゆる周波数帯の中のごく一部、狭い範囲でしかない。
そこを狙って、特定の周波数帯をピンポイントに狙った妨害電波を発するのが狭帯域連続波妨害―――スポット・ジャミングである。
それに対して、敵のレーダーが使いそうな周波数帯に対して、広く投網をかけるようにして妨害電波を発するのが広帯域雑音妨害―――バラージ・ジャミングである。
今回、一か所ではなく、違う周波数帯を使う、複数のレーダーが同時に妨害を受けていることから、この攻撃はスポット・ジャミングではなくバラージ・ジャミングであると、東条少将は判断したのだ。
「広帯域雑音妨害!?これだけの広範囲に散らばる観測所に同時に、しかも一か所もバーンスルーを起こさせずにか!?」
しかしレジェス大将は驚きの声を上げた。
それもそうだ。
相手の使う周波数帯のみを狙って干渉するために妨害電波の送信出力が少なく済むポット・ジャミングと違い、全周波数帯に押し潰すように妨害電波を発するバラージ・ジャミングは、その送信出力は跳ね上がる。
それが早期警戒線を無力化するほどの広範囲となれば、その送信出力は桁違い。
もっと言えば、ポット・ジャミングもバラージ・ジャミングも、基本は一対一であって、広範囲に散らばる複数のレーダーを同時に相手にすることなど想定していない。
そして、いくらこちらのレーダーの出力が貧弱とはいえ、レーダーの出力が妨害電波を上回り、妨害を突破するバーンスルーが一か所も起きていないのだ。
はっきり言って異常だった。
「一体それほどの強力な妨害電波を発しているというのだ」
「変質した電磁スペクトルに効率的に干渉する方法を新たに確立したか、それとも送信出力のごり押しか。いずれにしろ電子技術に関して我々よりよほど深い造詣をもっとるようですな。
しかも、レーダーの被害範囲の広がり方を見るに、対象は明らかに動いている。
全く、陸上拠点に頼らずこれほどの出力を出せるとは……」
「……しかしこれほどの広範囲に妨害電波を発信している以上、送信出力を上げるための消費電力も莫大。
飛行機に積める程度のエンジンの電力程度では、到底賄えません。
艦艇……いや、大型艦に積んでる主機クラスから供給されるレベルの電力が必要です」
「ということは、この妨害電波は亡霊軍隊の水上艦が出しているということか」
「それならば地上監視班が発見できなかった説明もつきますな。観測所から30㎞も離れていれば監視員には発見できません」
橋本少将、東条少将は、現時点で読み取れる情報から、亡霊軍隊の戦力の予想を立てた。
「……ふむ、仮に亡霊軍隊の水上艦がこの妨害電波を出しているとして、その目的は?」
「現時点では、何とも。そもそも亡霊共がこの局面で仕掛けてきたこと自体がこちらの想定外でした。
……まぁこの妨害電波を出してる水上艦は囮でしょうな。
早期警戒線内のどこかの施設の襲撃か。それとも別の目的があるのか。
しかし、こちらは乗らざるをえない。奴らの目的が何であれ、早期警戒線を無力化しつつあるこの存在を放っておくことはできません。
敵に対する牽制と揺さぶり。全く、典型的な軍事的示威活動ですなぁ」
「無視することはできんか。しかし相手が艦船ならば、潜水艦隊の監視網に引っかかっているはずだ。そこからある程度の範囲を特定することは――――――」
レジェス大将が言いかけた時、司令部に小さな電子音鳴り響いた。
それは潜水艦隊からの定時連絡を知らせるアラームだ。
この喧騒の中ではかき消されてしまうであろう小さな音も、ちょうど待ち望んでいたゆえ聞き逃すことはなかった。
小さな電子音と共に、いくつもの緑色の光点が瞬いていく。
この司令部を取り仕切る三人は、少しでも早く対策を立てるため、その巨大なスクリーンを注視していた。
他の者達も、無意識にこの異常事態の袋小路から抜け出す情報を求めて、スクリーンを見上げた。
奇しくも、この司令部全員がスクリーンを見ることになったのだ。
だからだろう。映し出された結果を見たとき―――――
「……………………………………は?」
司令部内に静寂が訪れた。
別に潜水艦隊から連絡がなかったわけでも、監視任務を放棄していたわけでもない。
彼女たちは任務を果たした。完全に。完全に、だ。
深海棲艦・上陸部隊を攻撃中の艦隊を除いた潜水艦隊。
東南アジア全域に展開、海峡などの要所に無音潜航し、海上、そして海中に監視の網を張り巡せている全ての潜水艦娘から、一人の欠けもなく、全員から同様の報告をしていたのだ。
東南アジア全域を映し出したスクリーンに広がる、正常であること示す緑色の光に、誰もが絶句した。
「異常なし?異常なしやと!? そんなはずあるか!なぜ、なぜ誰も亡霊共を見つけられない!? 」
「……なんだ、なんなんだ、こいつらは!!? 」
レジェス大将のその声には、畏れが混じり始めていた。
司令部内の他の者たちも呆然とした状態から何とか立ち直り、職務を全うしているものの、その中には動揺が見て取れた。
しかし彼らの動揺をよそに、この異常事態はついに最終局面へと到達した。
「偵察機だ!偵察機を総動員してこいつらを探し出せ!」
『第16、15、7観測所より連絡、レーダー使用不能!』
「…………!?橋本少将、第一作戦部隊に指示を出せ!!」
「あん?東条少将どうし―――!?ああ、まずい!?」
東条少将の鋭い声に反応し、スクリーンを見たとき、全てを理解した。
なぜ亡霊軍隊がいまさら出てきたのか、そして何をしに来たのか、そしてその目的を。
今まで南東方向から広がりを見せていたレーダーの停止現象は、その広がりを全体へと広げず北方向へのみ広がりを見せた。
―――まるでその
―――その直後、深海棲艦・空母機動部隊は南西方向へ進路を変更
―――タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊は、その動きに対応すべく南東方向へと艦隊の進路を向け、それに引きずられるかのように、戦闘空域も南下を始めた
「っ!第一作戦部隊に伝達!今現在、貴艦隊にUnknownが接近中、全艦隊は深海棲艦・空母機動部隊への突撃を中止、艦隊を再編しUnknownの襲撃に備えよ!
戦況報告
タウイタウイ方面
人類陣営
タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊
深海陣営
ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
ミレニアム陣営
空中戦艦ーDeus ex machina
戦闘開始