空中戦艦ーDeus ex machina 出撃する!   作:ワイスマン

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 祝!艦これ晩秋~冬イベント『護衛せよ!船団輸送作戦』
 長かったので三分割
 次は早めに投稿できそう(なおイベント)


 前回までのあらすじ!

 赤城  「おーい空母棲姫ー!共闘しようぜ!お前肉壁な!」
 空母棲姫「!?」
 林大尉 「いたぞぉぉぉぉぉ!いたぞぉぉぉぉぉぉ!!」ババババ バババババ(電文連打)



第30話 機械仕掛けの神

――――1999年9月30日 ???? フローレス海域 深海棲艦・上陸部隊

 

 

 

 戦艦棲姫は大混乱に陥っていた。

 

 自身の率いる深海棲艦・上陸部隊にへ向け、接近する正体不明の巨大な飛行船を発見。

 その飛行船が、ここ数か月で、深海棲艦の陣営に対して無視できない損害を与え、あげくの果てにジャワ島における深海棲艦の本拠地『バニュワンギ』を落とした勢力と同一であると判断した戦艦棲姫は、上陸部隊の攻撃隊、そしてジャワ島の爆撃に充てていた航空基地所属の爆撃機編隊の全てに、飛行船の排除を命じた。

 

 青い空を黒く埋め尽くすほどの航空機の群れ。

 

 

 しかし、圧倒的な航空戦力は、飛行船視認の連絡を最後に何の前触れもなくプツリと途絶えた。

 

 上陸部隊の攻撃隊、航空基地所属の爆撃機編隊の全てが、である。

 

 攻撃を受けた様子ではなかった。

 もしそうであれば、誰か一機くらいは攻撃を受けたと連絡してくるはずである。

 しかし、その連絡は一切なく、最後の通信には破壊されたノイズ音すらなかった。

 深海棲艦も使うことのできる視界共有を試みたものの、どれ一つとして反応しなかった。

 

 数百機もの航空隊の一斉消失。

 

 この緊急事態に、しかし戦艦棲姫は有効な打開策を見いだせないでいた。

 

 取り敢えず偵察機を現場へ飛ばしての情報の収集と、飛行船からの反撃を想定して、艦隊上空を守る直掩機を増強しているものの、これもただの対処療法でしかなかった。

 

 各航空基地にも連絡し飛行船からの反撃を警戒する戦艦棲姫。

 

 

 だがしばらくして、情報収集に向かわせた偵察機から耳を疑うような連絡が届いた。

 

 

 全 航 空 隊 無 傷 デ 帰 還 セ リ

 

 

 全滅したと判断していた航空隊が無傷で、しかも帰還中だというのだ。

 

 その連絡に、戦艦棲姫は慌てて、その連絡を寄越した偵察機と視界を共有する。するとそこには、送り出した全航空隊が悠然と帰還している光景だった。

 

 その共有した視界から見るに間違いなく深海棲艦側の航空機だった。

 

 しかし今でも通信は一切できず、なぜか航空隊と視界共有もできなかった。

 

 そしてしばらく上陸部隊の攻撃隊、航空基地所属の爆撃機編隊が集団で飛行すると、当初の予定通りの地点にて散開。

 それぞれの所属する艦や基地へと帰って行った。

 

 やがて戦艦棲姫の肉眼にも、水平線上にこちらに向かって飛行する上陸部隊の攻撃隊が見え始めてきた。

 

 やはり肉眼で見ても、自身に所属する航空隊であり、深海棲艦の航空機に間違いない。

 しかし相変わらず通信は一切できず、なぜか航空隊と視界共有もできなかった。

 

 

 話は変わるが、人類と知性をコンピュータ上で完全に実現する人工知能研究分野における最大の難問の一つに「フレーム問題」というものがある。

 限られた処理能力しかない人工知能は、現実に起こりうる問題すべてに対処することができない、というものだ。

 

 例としては、哲学者ダニエル・デネットが論文で示した例、「ロボットと時限爆弾の問題」がある。

 

 洞窟のなかにロボットを動かすバッテリーがあり、その上に時限爆弾が仕掛けられている。

 このままでは爆弾が爆発し、バッテリーが破壊され、ロボットはバッテリー交換ができなくなってしまう。

 ロボットは「バッテリーを取ってくる」よう指示をされた。

 

 ロボットは、洞窟に入り無事にバッテリーを取り出すことができた。

 しかし、ロボットはバッテリーの上に爆弾が載っていることに気づいていたが、バッテリーを運ぶと爆弾も一緒に運び出してしまうことに気づかなかったため、洞窟から出た後に爆弾が爆発してしまった。

 これはロボットが、バッテリーを取り出すという目的については理解していましたが、それによって副次的に起こりうる事項(バッテリーを取り出すと同時に爆弾も運んでしまうこと)については理解していなかったという例だ。

 

 この例から分かるように、人工知能は何が自身にとって重要なファクターで、何が自身にとって無視してもよいファクターであるのかを、自分自身で自律的に判断することができないことが分かる。

 

 この深海棲姫も同じことが言える。

 

 末端の昆虫のような思考回路を持つ深海棲艦とは違う、感情と云えるものを発露し、学習する生命体。

 しかしその行動は、深海棲艦のとるべき行動指標ともいえる上位命令に完全に支配されている。

 

 

 だからこそ考える能力を持っているにも関わらず、この「フレーム問題」と同一のことが起きてしまうのだ。

 

 戦艦棲姫は、通信は一切できず、なぜか航空隊と視界共有もできなかったことを理解していたし、怪しいとも感じていた。

 

 しかし深海棲艦のとるべき行動指標ともいえる上位命令は、「帰還した自軍の航空隊に燃料、弾薬を補給する」という行動を命じていた。

 

 そして戦艦棲姫の眼前を飛行する航空隊は間違いなく「戦艦棲姫の率いる陸上部隊所属の航空隊」であり、陸上部隊と飛行船の間を往復したために、「燃料、弾薬を補給しなければいけない」。

 

 だからこそ、戦艦棲姫は受け入れた。

 

 上位命令に逆らう発想そのものがないために。

 

 

 かつて深海棲艦の脳にあたる部分を引きずり出し解析しつづけた研究者達はこう結論づけた。 

 深海棲艦の思考回路は、複雑な情緒を生み出す霊長類というよりも、イエスかノーで判断する昆虫のようなものにちかい。

 「特定の条件に対して特定の反応」を数千数万と積み重ねることで、あたかも「複雑に考え情緒のある」ように見えているだけだ、と。

 

 結局のところ、所詮はその程度なのだ。

 

 末端の深海棲艦も。考える知能があり、理解のできる言葉を発し、感情と云えるものを発露する深海棲艦の上位種である棲鬼や棲姫すらも。

 上位命令に完全に支配され、そしてその軛から誰一人として逃れられていない時点で下等。

 人工知能の同レベル。

 

 己で物事を知り、考え、判断する能力を持つ人類―――知的生命には程遠い。

 

 『攻撃隊二伝達、所属ノ空母二順次着艦、燃料弾薬ノ補給ヲ受――――』

 

 

 

 ―――だから、深海棲艦がこの結末を迎えるのは

 

 

 

 【目標発見、攻撃開始】

 

 

 

 ―――当然の帰結にすぎない。

 

 

 

 

 

 

―――1999年9月30日PM 6:00 深海棲艦・攻撃隊上空『林隊』

 

 

 

 「目標発見!奴に接近するぞ!」

 

 『っ!了解!』

 

 第一作戦部隊旗艦の命令に従い、亡霊軍隊の正体を暴くため、南に向かった深海棲艦の攻撃隊を追跡していた、偵察機のパイロットである林大尉とナビゲーターの上田少尉は、ようやくソレ(・・)との遭遇を果たした。

 

 そう声を掛ける林大尉は、少し遅れながらも機首に取り付けられていたカメラで目標を発見した上田少尉が返事を返すや否やすぐにエンジンの出力を上げる。

 

 深海棲艦の攻撃隊の近くを飛んでいたのは、亡霊軍隊を見つける為でしかないのだ。

 それと思しき目標を見つけた以上、もはや追跡する必要もない。

 

 その操作を鋭敏に受け取った一〇〇式司令部偵察機は、先ほどまで一緒を飛んでいた深海棲艦の攻撃隊をその速度で引き離し始めた。

 

 やがて最高まで出力を上げた偵察機は、その速度をもってあっという間に深海棲艦の攻撃隊を後方へと追いやり、逆に目標への距離を詰めていく。

 

 そして目標に近づいたことで、距離が遠すぎて双眼鏡を使っても、朧げながらしか分からなかった、その正体をようやくはっきりと視ることができた。

 

 

 「……これは、飛行船か?」

 

 『……そう、みたいですね』

 

 

 赤と黒で彩られた、特徴のある飛行船の船体を。

 

 双眼鏡を覗きながら、器用に機体を操る林大尉、上田少尉は、その予想外の正体に揃って困惑した。

 

 「しかもこの輪郭………まさか硬式飛行船か?」

 

 『硬式飛行船ですか……。それはまた、何とも古いもんを。

 普通の飛行船ならともかく、硬式飛行船なんて今はどこも建造してないでしょう』

 

 林大尉が漏らした言葉に、上田少尉は何とも言えない返答を返したのも無理はない。

 

 飛行船とは、空気より比重の小さい気体をつめた気嚢によって機体を浮揚させ、これに推進用の動力や舵をとるための尾翼などを取り付けて操縦可能にした軽航空機の一種である。

 

 硬式飛行船とはその頂点。気嚢を船体骨格と外皮で覆い、船体形状を維持することで、大型化、高速飛行を実現した飛行船だ。 

 

 1909年には、世界初の商業航空会社に硬式飛行船が用いられ、第一次世界大戦では、首都ロンドンに対し戦略爆撃を敢行するドイツ帝国飛行船部隊と、それを阻止せんとする迎撃戦闘機隊が、イギリスの上空で熾烈な争いを繰り広げ、戦後にはドイツからアメリカ合衆国や南米を繋ぐ長距離航空路線を維持した。

 

 このように19世紀末から20世紀初頭には、実用的な空の輸送手段として、航空業界を支配した飛行船ではあったが、加速度的に進化していった航空機にその座を奪われ、急速にその姿を消していったのだ。

 

 通常の飛行船―――船体自体が気嚢となっている軟式飛行船自体は、現代でも広告用途などといった形で辛うじて生き残ったものの、硬式飛行船にいたっては、ツェッペリンⅡの愛称で親しまれたLZ 130―――『 Luftschiff Zeppelin (グラーフ・ツェッペリン)』の1940年の解体以来、どこの国でも生産・運用はされてはいない。

 

 そんな歴史の狭間に消えていった飛行船、それも硬式飛行船が唐突に自分たちの前に現れたのだ。

 困惑もしよう。

 

 

 『しかし硬式飛行船なんぞ持ち出して、一体何を……。

 複葉機が主力の第一次世界大戦ならともかく、レシプロ機が相手じゃ的にしかならないってのに』

 

 「全く分からん。

 分からんが……もしかしたら囮かもしれん。

 ともかく今まで全く正体の掴めなかった亡霊軍隊に繋がる有力な手がかりだ。

 もっと近くまでいって調べるぞ、警戒を怠るな」

 

 『了解!』

 

 

 そう言いながらさらに謎の飛行船に近づいていく。

 

 そして肉眼でも見えるようになった時、林大尉は違和感を覚えた。

 

 

 (?……なんだ? 飛行船との距離間が掴めない?)

 

 

 飛行機パイロットは元来、空という目印のない三次元空間を飛行するために高い空間認識能力を必要とする。

 ましてや様々な情報を統合的に集中処理する戦闘指揮所(CIC)や、レーダー管制を使った索敵網と無線誘導による戦闘指揮などの草創期。

 後方からの充分な情報支援が乏しい中を、有視界戦闘で戦ってきたパイロットにとって、己の能力は唯一の生命線にして最大の武器といえる。 

 そんな中で極限まで鍛えられ桁違いの空間認識能力を有するに至った林大尉にとって、目測で対象とのおおよその距離を把握するなど造作もない事の筈だった。

 

 しかし眼前に見える飛行船と自身の操る偵察機との距離が上手く掴めない。

 いや、正確に言えば、おおよその距離は把握できてはいるのだが、自信が持てない。

 

 目測より、随分遠くにいる気がするのだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 林大尉がその違和感の原因を考えている間も、自身の操る機体は飛行船に向かって次第に近づいていく。

 飛行船自体もこちらに向かって進んでいるらしく、その相対速度は800㎞を優に超えていた。

 

 

 

 

 

 

―――近づいて。近づいて。近づいて。

 

 

 「………なに?」

 

 『……え?は?』

 

 

 

 

 

―――近づいて、近づいて、近づいて、近づいて

 

 

 「なん……だと?」

 

 『おいおい……なんですか、こいつは!?』

 

 

 

 

 

―――近づいて近づいて近づいて近づいて近づいて近づいて

 

 

 「……大きい!!!」

 

 『いくらなんでもデカすぎる!?』

 

 

 

 

 

 ようやくその全容を捉えた

 

 

 目測をも狂わすほどの大きさ。

 それはもはや飛行船という分類の島だった。

 

 飛行船の中でも、屈指の大きさを誇る硬式飛行船。ジャンボジェットなど足元にも及ばない200m級の船体をもつ硬式飛行船が、小舟に見えるほどの巨大な船体。

 

 赤と黒で彩られた船体の外皮は、飛行船でよく使われていたドープを塗った木綿ではなく金属。

それも薄い金属板などではなく、重戦車を思わせる装甲板が船体の外殻を構成し、その各所から突き出るように伸びた鉄塔に取り付けられた、無数のプロペラが膨大な推進力を生み出し、巨大な船体を前へ前へと推し進めている。 

 

 船体下部のゴンドラは、豪華客船の上部構造を思わせるほどに肥大化し、船底部には電子戦を意識していると思われる、レーダーといった無数の電子兵装が稼働していた。

 

 浮遊島と見紛うほどの異常な大きさと重装甲、護衛艦を彷彿とさせるような電子装備群。その特異ともいえる造形は、従来の飛行船の設計思想から大きく逸脱していた。

 

 

 「コイツが亡霊軍隊の正体かっ!!!」

 

 『至急、旗艦に連絡をーーー』

 

 「いらん! どうせ視て(視界共有)るんだ、無駄に連絡をいれる必要はない!

 それよりも少しでも多く、このデカブツの情報を記録して持ち帰ることの方が先決だ!」

 

 『了解!』

 

 「さらに近づくぞ、対空砲火に注意しろ!」

 

 

 そう言うと林大尉は、操縦桿を右に傾け、飛行船の側面へ回り込むように距離を詰める。

 

 対空砲火に注意しろ、とはいったものの、正直な所、飛行船に張り付くまでに対空砲火で撃ち落とされることも覚悟していた。

 

 自分たちが生きた第二次世界大戦以降、日本がどのような道を歩んできたかは学んで知っている。

 そして軍事技術の発展の歴史も。

 だから現代の対空砲火がどういったものかは把握しているし、実際に見たこともある。

 

 第二次世界大戦時の日本帝国海軍のような貧弱な対空砲火でも無ければ、米国海軍のような物量に任せた濃密な対空弾幕でもない。

 一発必中、正確無比な対空砲火を撃ち出す、速射砲とCIWSなどの近接防御火器。

 

 もしそれに類似する火器があの飛行船に搭載されているならば、レシプロ機の速度程度では、注意するまでもなく、気付いた時には撃ち落とされていることだろう。

 それを考えれば、距離を取って偵察するという安全策を選ぶこともできた。

 しかし、あの飛行船の性能が不明な以上、どこまでが近接防御火器の射程か分からない。

 もしかしたら、もうすでに近接防御火器の射程圏内に入り込んでいるかもしれないのだ。

 林大尉は、そんな本当に安全かどうかも分からない安全策を選ぶ気はなかった。

 

 林大尉の決死の偵察任務。

 

 たがその予想に反して、近づけども近づけども飛行船はただの一発の砲火も撃ち出すことはなく、沈黙したまま。 

 林大尉の操る偵察機は、呆気ないほど容易く、飛行船の懐へと潜り込めてしまった。

 

 その事に、林大尉は不気味さを覚えたものの、引き返しはしない。

 その段階はとうに過ぎた。

 

 後部座席で上田少尉が撮影機材動かす音に耳を傾けながら、改めて至近距離で飛行船を観察する。

 すると船体の側面にドイツ語の文字が刻まれているのが見えた。

 その刻まれた位置から推察するに、恐らくはこの飛行船の艦名。その名はーーーー

 

 「……Deus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)ーーー機械仕掛けの神ってか?」

 

 設計者がどういった意図でその艦名を名付けたのか知る由もない。

 

 しかしその艦名は林大尉にはひどく納得いくものだった。

 

 まるで自身の操る偵察機が羽虫に見えてしまうほどに規格外の大きさを誇る飛行船。

 400mを優に超えるその船体に並び立てるものなど、空どころか、地上の乗り物や、海上の艦艇ですら、ほとんどいないだろう。

 

 その威容は、まさに【機械仕掛けの神】の名を冠するに相応しい。

 

 飛行船の右側側面から近づいた偵察機は、船体表面を滑るように飛行しながら後方へと抜けていく。

 

 『林大尉!飛行船の尾翼を見てください!』

 

 大きな裁断機のように空気を切り裂きながら回転するプロペラに、気流を乱されないよう機体を操っていると上田少尉の焦ったような声が耳に入った。 

 

 弾かれたように視線を向ける。

 

 飛行船の後部にある縦に列なった三枚の特徴的な尾翼の外側。

 まるで絶壁のように聳え立つその巨大な尾翼の側面には、印が描かれていた。

 

かつての同盟国にして、欧米では現在でもなお、忌まわしき記憶として禁忌されている、ヨーロッパを席巻した強大な帝国の象徴。

 ドイツで生まれた国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の党旗にして、ナチス・ドイツの国旗。

 

 

 「鉤十字(ハーケンクロイツ)か!」

 

 

 赤地と白い円の上に、鉤十字を描いた真新しいハーケンクロイツ旗が描かれていた。

 

 

 『一体いつからここは、あの戦争(第二次世界大戦)の同窓会会場となったんですかね!?』 

 

 

 通信からは上田少尉の苛立たしげな声が聞こえてきていた。

 

 しかし、これで分かったこともある。

 

 ドイツで生み出された硬式飛行船に、ドイツ語で刻まれた艦名、そしてナチス・ドイツの象徴であるハーケンクロイツ。

 その全てがドイツという国を指し示しているのは、偶然ではないだろう。

 それが意味するのはいわゆる本物(・・)による顕示行為か、それともそちらに目を向けさせる為のブラフか。

 本当の所は分かりはしない。

 しかし何れにせよ亡霊軍隊という組織が態々そんなものまで持ち出してきた時点で、それが正の感情であれ負の感情であれ、ドイツというイコンに対し並々ならぬ感情を抱いているということは、容易に想像がついた。

 

 林大尉は、尾翼と接触しないように、偵察機を上手く操りながら飛行船の後方へと抜けると、今度は操縦桿を左に傾けると足元にあるラダーペダルを一気に踏み込んだ。

 操作命令を素早く受け取った機体は、命令通り補助翼と垂直尾翼を駆動させ、旋回飛行を開始。

 バンク角が垂直に近くなるほどに急旋回し、機体の向きを反転ーーーUターンさせると、今度は飛行船の反対側に周りながら、並走するように飛行し始めた。

 素早く機体を立て直しながらも、林大尉は飛行船を観察する。撮影機材を回す上田少尉も同様に。

 

 そして両側から観察した甲斐あってか、いくつか異常ともいうべき箇所を見つけた。

 

 

 「コイツ……近接防御火器どころか、機銃すら見当たらんぞ」

 

 

 そう、この飛行船には速射砲とCIWSなどといった近接防御火器が一切見当たらないどころか、対空用の機関銃の一つすらない。

 本来、戦闘用の硬式飛行船であれば、気嚢を収めた船体上部に航空機を追い払う為の機銃陣地がいくつかあるはずだが、それが影も形もない所を見るに、そもそも設計段階から外されていたであろうことが推察できた。

 航空機に抗うすべをも持たない飛行船が、航空機の飛び交う戦場に現れる。

 そんなのはただの自殺行為でしかない。

 

 それに―――

 

 

 『この飛行船、全く人の気配がありませんよ』

 

 

 色々と異常な部分はあるが、きっとこれが一番の異常だろう。

 

 この飛行船には、人の姿がどこにもなかった。

 

 飛行船の船体下部、五,六階建はありそうなゴンドラ部分には、前方半分に明かりがつき、窓から漏れ出た周囲を煌々と照らしてはいたが、その窓越しに人影どころか何かが揺らめく影が映るということすらなく。

 飛行船の船体上部、広大に広がるその空間には、誰もいない(・・・・・)

 完全な無人船。

 ただひたすらにプロペラだけが無機質に回転し、この無人の飛行船の推進力を生み出している。

 

 それはまさに幽霊船のようだった。

 

 

 『……亡霊艦隊の正体は、ナチの幽霊船だった!って言って信じてもらえますかね?』

 

 「撮影した証拠を持ち帰れば、信じるしかないだろ……。

 しかし、コイツが無人艦だとすると、もしかしたら本当に囮の捨て駒なのかもしれんな」

 

 『ええっ、これが捨て駒ですか?

 それはまた、なんとも勿体ない……』

 

 「……まあ、どちらにせよ、コイツはもう終わりだ」

 

 

 林大尉は、飛行船から視線を外し、正面を見据えながら言い切った。

 彼の視線の先。

 そこには、先ほど速度を以て引き離した深海棲艦の攻撃隊の姿があった。

 ようやく追い付いてきたのだろう数百もの攻撃機と爆撃機、そしてそれを守る護衛戦闘機の編隊は、そのまま飛行船に真っ直ぐ近づくのではなく、飛行船よりも高度を上げながら近づいてきている。

 

 

 「空対空爆撃を仕掛けるか。

 ……そりゃあ飛行船を落とす手段としては最適だが、いくら装甲を張ってあるからってそこまでするか?」

 

 『それだけ深海棲艦共の恨みを買ってるってことなんですかね』

 

 

 空対空爆撃とは、空中戦の戦法の一つで、飛行中の敵の航空機に対し、さらにその上方の航空機より爆弾を投下して攻撃する戦闘手段である。

 係留気球や飛行船を攻撃する手段の一つとして用いられ、第一次世界大戦では実際にドイツ軍の硬式飛行船『LZ37』が空対空爆撃により撃墜されている。

 だから空対空爆撃というのは、的が大きく、なおかつ航空機の機銃では威力が足りず撃ち落としにくい硬式飛行船という存在に対し、有効な攻撃手段ではあるのだ。

 しかし、たかが一隻の飛行船に対し、数百もの攻撃機、爆撃機が空対空爆撃を仕掛けるのはあまりにも過剰すぎる攻撃、オーバーキルだ。

 そこには、この飛行船の存在を欠片も許さず、完全に抹消するという深海棲艦の執念さえ見て取れる。

 

 この攻撃を飛行船が回避するすべはない。

 誰がどう見ても終わり。これは純然たる事実だ。

 この飛行船が生き残る余地は全くなかった。

 

 

 「……………」

 

 

 そう、そのはずだった。

 林大尉自身が、先ほど言い切ったように、彼の理性はこの飛行船の終局を結論付けている。

 しかし―――

 

 

 (本当に、本当に終わりなのか?)

 

 

 彼の数多の戦場を飛び交い、命のやり取りをすることで研ぎ澄まされてきた超人的な直感能力。

  一流と言っても過言ではない豊富な実戦経験と、何度も死に戻りという非常識な体験とをしたことで鍛え上げられた、疑似的な未来予知と呼ばれる領域まで足を踏み込んだ自身の第六感。

 

 その直感は、未だに自身に迫る濃厚な死の気配を告げている。

 

 

 

 まだ終わりではないと

 

 

 

 「………ん?なんだ?」

 

 

 

 その変化に林大尉がすぐさま気が付けたのは、自身の直感を信じて未だに警戒を続けていたからか。

 それとも深海棲艦の戦闘という名の虐殺に巻き込まれないように少しずつ距離を取り、飛行船の全体を見渡せる位置まで離れていたからか。

 

 

 『なにかが開いて?』

 

 

 先ほどまで沈黙を貫いていた飛行船に突然、変化が訪れた。

 飛行船の船体下部のゴンドラ部分。

 明かりのついていた前半部分とは違い、窓すらない漆黒の装甲で完全に覆われたコンドラ後部、その部分がゆっくりと外側に向かって倒れるように開き始めた。

 それはトラックのフロントパネルのようにコンドラ後部全体が開くわけではなく、等間隔に開いた部屋の正面扉が下に開く仕組みになっているらしい。

 

 

 「一体、何をする気だ?」

 

 

 林大尉は機体を、まるで焦らすようにゆっくりと開く扉の中身が見えるように、コンドラ後部へと向かわせる。

 飛行船の動きに少しでも早く対応できるように、その前兆を少しでも早く掴めるように。

 

 

 それゆえに誰よりも早くその中身を盗み見ようとし―――

 

 

 

 

 「っ!?まずい!?」

 

 

 

 

 

 強烈な『死』を垣間見た

 

 

 

 

 先ほどまで濃厚な死の気配など比ではない。

 飛行船全体から漂う(・・・・・・・・・)、死神の鎌をピタリと首筋を当てられたような、具現化した『死』。

 絶望と恐怖が自身を塗りつぶし、直感が、経験が、そして本能が狂乱したかのように自身の死と、一刻も早く、少しでも遠くへ逃げるよう、自身の体に命じていた。

 

 扉の中身は未だに見えてはいない。

 

 しかし林大尉はそれに逆らわなかった。

 

 いや、逆らう逆らわないかを判断する以前にその『死』から逃れるべく、彼の卓越した操縦技能が脳すら介さず無意識のうちに体が動かしていた。

 エンジン出力を最大にし、操縦桿を全力で前に押し倒す。

 その命令を受け取った機体は、最高速度限界まで速度を上げたまま、尾翼の昇降舵の後縁側が下がり、機首を下方向へと押し下げた。

 

 パワー・ダイブ(出力急降下)

 

 降下の角度は、およそ60°以上を示し、機体が急激に降下し始め、体には強烈なGがかかり始める。

 その直前、操縦に集中する林大尉と違い、上田少尉は見た。

 

 

 

 ―――高速で回転するジェットエンジンの光を

 

 

 ―――航空機のようなシャープな輪郭を

 

 

 ―――それと全く同じものが先ほど開いた17の扉すべてに収まっているのを

 

 

 ―――そしてこれが『発射口』であることに気付いた時

 

 

 

 飛行船が黒煙に包まれた

 

 

 

 

 




 戦況報告

   タウイタウイ方面

     人類陣営
      タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

     深海陣営
      ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 
     ミレニアム陣営
      空中戦艦ーDeus ex machina



          戦闘中


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