空中戦艦ーDeus ex machina 出撃する! 作:ワイスマン
――――1999年5月3日 PM4:00 インドネシア 首都ジャカルタ上空
「……
ホントに人類側、生存してんのか?」
「戦争初期に制海権を深海棲艦側に奪われているらしいですから、その時に放棄
され、そのままなのでしょうね」
不明艦を撃沈、再度進路を北に戻し飛行すること約四時間、陸地を確認し、複数の
都市を発見することができたマキナ達だったが、そのどれもが放棄されて久しい
完全に朽ち果てた廃墟ばかりであり、分かったことは現在、インドネシア上空を
飛行しているという事と、インドネシア軍が民衆を引き連れ焦土作戦を行いながら、首都方面に撤退していったことくらいだった。
このままでは埒が明かないと感じたマキナ達は、進路をインドネシア首都ジャカルタに変更し、飛行を始めた。
そして到着した首都だったがここも他と同じく放棄され、廃都と化していた。
しかし、ここがインドネシア軍の最終防衛ラインだったのだろう、至る所の穿たれた
砲撃や銃撃の痕や土嚢の積み上げられた機銃陣地。壮絶な市街戦の痕跡が上空からでも見て取れた。
そして、インドネシア軍と国連から派遣されたのだろう多国籍軍
の戦車や装甲車、迫撃砲などの兵器の残骸、兵士や義勇兵の白骨化した死体、
そして、深海棲艦の軍隊と推測される、第二次世界大戦時の様々な国の兵器の特徴を
悪い意味で合体させたような兵器群と、明らかに人間の骨格から逸脱している、
機械じみた兵士の残骸が大量に遺されていた。
「しかし生きてる者がいないとはいえ、実際に両陣営が争った場所だ。
情報収集にはうってつけだな。U-890、艤装を展開して下に降りるぞ」
「了解です、マキナさん」
「副艦長、しばらく艦を離れる」
「了解ですー」
副艦長に後の事を任せると二人は足早に操舵室を後にした。
船から降りてすぐU-890と二手に別れ、放棄された首都ジャカルタ上空を、ふわふわと浮かびながらマキナは情報源になりそうなものを探していた。
彼は乗り物に乗っているわけでもないのに、当たり前のように空に浮かんでいる。
それは艦娘としての能力の一つだった。
艦娘というのは自身の艦船を手足のように動かせるという能力以外にも、自身の体に
艦船の、縮小化した艤装を纏うこともできる。
その場合、元の艤装と比べ能力は半分程度になるが、それでも、生身で戦車の砲撃に
耐えれる装甲と、凶悪な砲撃力を持っており、戦艦娘に至っては
単独で戦車大隊を相手取ることができるという、性能をもっている。
そして艦娘は、水上艦ならば、水の上を自由自在に滑ることができる、潜水艦ならば、長時間の潜水、空母ならば小型の艦載機を飛ばすことができる、というように、
元になった艦の能力も受け継ぐことができる。
対して、マキナは飛行船の能力
マキナの艤装は、腰の付近に潜水艦の艤装が現れたU-890比べ、赤と黒の格子模様の
巨大な外套が現れただけという非常にシンプルな変化だった。
マキナは外套を風に靡かせ捜索をしていると、道の端に比較的、損傷の少ない
横転した装甲兵員輸送車を見つけた。
空から降りたマキナは輸送車に近づくと、艦娘の艤装の力を使い、横転していた
車両を力ずくで起こし、内部を調査、そしていくつかの書類を見つけると次の場所の捜索を始めた。
――――1999年5月3日 PM6:00
真っ赤な夕日が西の空の沈み始め都市が闇に包まれ始めたころ、
ある程度の情報を集め終わった二人は、廃墟となったカフェの一席を占有し、
集まった情報の整理をしていた。
「『インドネシア軍と国連から派遣された多国籍軍は、深海棲艦軍に対し
水際防衛作戦で対抗するも、上陸を阻止することはできず、失敗に終わり、
その後も各戦線にて敗北。多国籍軍は焦土作戦を行いながら、首都方面に撤退しつつ、国民の国外脱出の時間を稼ぎ、そして要塞化した首都ジャカルタにて両軍激突。
二週間という期間、深海棲艦側の攻撃に耐え抜くも湯水の如く彼方より湧き出てくる陸軍兵力により戦線が崩壊し敗北。』か。
ふーん、数に物を言わせるだけの脳筋共かと思えば、軽戦車級、中戦車級、重戦車級と名称される世界大戦時の戦車を模した機甲師団も扱ってんのか。
…というか他にも豊富な兵科持ってて、何で選択肢が力押し一択なんだよ……。」
「海も似たようなものですね。犠牲を厭わない、圧倒的な物量戦。
露助の好みそうな戦術です」
マキナは陸関係の、U-890は海関係の資料を調べていた。
すると、何かに気付いたのかU-890は一つの資料を手に取りマキナに見せた。
「マキナさん、これ……」
「こいつは……」
U-890が見せたのは、昼間こちら側の通信を完全に無視し、砲撃を開始した艦船と
同じ型の写真だった。
「この資料によると昼間撃沈した艦船の内、三隻は駆逐イ級、一隻は軽巡ホ級
という敵性コードネームをつけられています」
「やっぱり深海棲艦側だったか。となれば、深海棲艦共には昼間の報復を受けて貰わないとな」
「そうですね」
マキナとU-890が笑顔で頷きあったちょうどその時、マキナの脳裏に本艦のレーダー
からの情報が入った。
「っと。北西より不明機の編隊だ。数は44機。このままの進路だとこの真上を
通過するな」
「バレましたか?」
「まだ分からん。だが不明機の姿だけでも確認しておきたいな。
だが、とりあえずは本艦は退避させよう」
マキナは通信で副艦長に指示を出し、二人はその場で不明機の編隊を待ち構えた。
日の沈み始めた夕焼け空に、44機のゴマ粒のような点が見え始めた。
本来なら姿形など到底見えないそれらの姿を、二人は艦娘の能力を使って詳細に
捉えていた。
44機の内35機は、護衛戦闘機だろうか中心部にいる飛行機を守るように飛んでいた。
その機影は奇抜で複数の飛行機のパーツをくっつけたような、航空力学に
喧嘩を売っているとしか思えない外見をしており、中心部にいる飛行機にいたっては
黒い何かに全体を覆われ、表面に赤黒い血管のようなものが走っている様は
見る者に生理的嫌悪を齎す外見をしていた。
「…あのキモい外見、間違いなく深海棲艦側だな。資料に載ってないか?」
「えーと、ちょっと待ってください。…あ、ありました。中心部の機体は、
深海棲艦の陸上爆撃機Ⅱ型、その周囲の機体は戦闘機Ⅰ型と呼称されています」
二人は建物の物陰に隠れながら、空を飛行する編隊の観察をしていた。
すると編隊の中心部を飛んでいた陸上爆撃機Ⅱ型の内の一機が、突如翼部分から炎を
吹上げ徐々に高度を下げ始めた。そして近くを飛行していた爆撃機を巻き込んで大爆発を起こし、空中で四散した。
他の機体もよく観察すれば、大なり小なり機体が損傷しており、戦闘の後だった
ことが窺えた。
爆撃機が墜落し、多少編隊が乱れながらも、残りの機体は東の空へと消えていった。
「……どっかを爆撃した帰りか。それにしてはよく燃える機体だな。
爆弾も積んでないだろうに。だが、あれの後を追いかければ、深海棲艦の飛行場にたどり着けるだろう。今ある物資だけではいずれ枯渇し戦えなくなる。
昼間の報復を兼ねて、飛行場を襲撃し敵の物資を略奪しよう。
「では?」
「我々ミレニアムは深海棲艦の飛行場を強襲する。」
――――1999年5月3日 PM6:00 ジャカルタ タンジュンプリオク港跡
日が完全に沈み周囲が闇につつまれた頃。
かつてインドネシアで最大の国際貨物取引量があったジャカルタにある国際港湾タンジュンプリオク港。
その深海棲艦との戦いで破壊され捨てられた港には今無数の照明が灯され、たくさんの人影が忙しなく動き回り活気に満ち溢れていた。
その活気の中心部。
中央の桟橋の上に鎮座する馬鹿馬鹿しいまでの巨大な飛行船の
ゴンドラ後部のハッチから、台車の上にしっかりと固定されている一隻の
潜水艦が傾斜に沿って慎重に降ろされようとしていた。
そして、静かに海面にその船体を浮かべると同時に潜水艦を固定していたロープが一斉に外され、ゆっくりとタグボートに押され、飛行船から離れていった。
飛行船からU-890の船体を降ろす瞬間を離れた場所から見ていたマキナはU-890と共に盛大な溜息をついた。
「何とか降ろすことができたな」
「そうですね。というか飛行船に潜水艦を乗せるということ自体が無茶のような
気がしますが……」
一つの懸案事項を解決した二人は、今後の作戦計画を立てるために飛行船へと歩みを
進める。その過程でたくさんの人影が動き回っている作業場の傍を横切った。
そこで作業をしていたのは妖精さんではなく、ドイツ軍の軍服を身に纏った軍人たちであった。
作業場を通る瞬間、マキナは呟くように言葉を発した。
「さぁ、もう一度戦争をしよう」
本来ならば雑音にかき消され到底聞こえないはずの声に、その場にいた軍人たちは
全員反応し、赤い目を輝かせながら、頬を歪ませ笑みを浮かべた。