Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.10 Music

 ガルデモのポスターを貼っているユイと別れた後、あたしは音無くんの奢りでKeyコーヒーを手に入れた。ちなみに音無くんには最近導入されたと噂されていた濃厚ピーチ味を選んであげた。

 「ぐお……なんという独特な飲み心地…ッ! だけど口内に広がるピーチの潤しさと甘さが、どろりとした触感に絶妙なマッチを与えていて、何とも……」

 「へぇ、そんなに美味しいの?」

 「お前も飲むか?」

 「遠慮しとくわ。 あたしはこのコーヒーで十分……あら?」

 「どうした?」

 遠くから聴こえてきた音楽に、あたしは自然と足が止まった。

 「音楽……?」

 音無くんも気付いたみたいで、あたしと同じように遠くから聴こえてくる音楽に耳を澄ます。聴こえてくるのは、勇ましくもどこか優しい音楽であった。そして誰かが歌っているようにも聴こえる。

 「軽音楽かな……」

 「行ってみましょ」

 あたしはその音源が気になって、音無くんと共に音楽の聴こえる方へと歩を進めた。

 

 ―――学習練A練 空き教室

 音源はこの空き教室のようだった。覗いてみると、四人の女生徒が各々の楽器らしきものを持って、音楽を奏でていた。彼女たちが着ている制服から、全員がSSSの一員であることがわかった。

 「ねえ、彼女たちが持ってるあれ。なんていう楽器なの?」

 「ギターやベース、ドラムだな……あれがユイが言っていたガルデモっていうバンドだと思うぞ」

 「へぇ……」

 音無くんが教えてくれた、ギターとベース、ドラム。それぞれに役割分担があって、それらが一緒に奏でることによって、一つの音楽を形成するらしい。そして真ん中で歌っているのが、ボーカルという役目。バンドの中では主役と言っても良いそうだ。

 「それにしても、凄いな……」

 音無くんの感嘆に漏れた言葉には、あたしも同意する。楽器の名前すらまともに知らない、そんな無知なあたしが聴いても、彼女たちの音楽は、何かを訴える力があるとすぐに感じられるほどだった。

 彼女たちはそれぞれの楽器から一息つく。その中の一人、真ん中にいた赤い髪の少女があたしたちに気付いた。

 「おや、噂の新人コンビじゃないか。 どうしたんだい、こんな所に」

 彼女の親しみに近い言葉に、他の三人もあたしたちの存在に気付き、一斉に視線を向ける。

 「悪いな。 演奏を止める気はなかったんだが……思わず、聴き入っちまった」

 「いいよ。 丁度、私たちも休憩しようとしていた所だった」

 「……………」

 音無くんとボーカルとギター、両方を兼ね揃えていた彼女が言葉を交わす隣で、あたしは未だに呆然としていた。

 「そちらの方も、私たちの音楽に聴き入ってくれたみたいだね」

 彼女の声に、あたしはハッと我に返る。

 思わずぼうっとしてしまった自分を恥じながら、あたしは彼女との会話の輪に自分も加わることにした。

 「あたし、こういうの初めて聴いたから……思わず、固まっちゃった……」

 恥ずかしげにあたしがそう言うと、何故かあたし以外の全員がきょとんとした表情になる。

 そして次の瞬間、彼女が笑いだすと、後のバンドメンバーも可笑しそうに笑いだし、挙句の果てには音無くんにまで吹かれてしまった。

 「あははは。 そうか、私たちの音楽に固まっちゃったか……そういうことを言ってくれた人は、あなたが初めてだよ」

 「え、えっ、え……?」

 ますます、あたしは恥ずかしくなる。

 何で笑われているのかわからない。

 「なんで音無くんまで笑ってるのよッ!」

 「はは…ッ。 悪い悪い」

 「む~~~~~ッッ!!」

 あたしが顔を真っ赤にして下唇を噛み締めていると、あたしのもとに、彼女が歩み寄って手を差し伸ばしてきた。

 「私は岩沢。 このガルデモのボーカル兼ギターを務めている。 よろしく、新人コンビ」

 「あ、あたしは沙耶。 こちらこそ、よろしく…ッ」

 あたしは慌てて、岩沢さんの手を握り返し、握手する。

 あたしの手を握って、岩沢さんはニコリと微笑んだ。

 「あなたの手は、不思議と暖かいね」

 「え……?」

 「優しい暖かさだ」

 そう言い残すと、岩沢さんはあたしから手をゆっくりと離した。そして今度は、あたしの隣にいる音無くんの方に向かった。

 「俺は音無。 よろしくな」

 「話は聞いてる。 あんた、記憶が無いんだってね」

 「……まぁな」

 「そう。 そりゃ、幸せだ」

 「……………」

 一瞬、ふとした表情を見せた音無くんだったけど、岩沢さんと握手することによって、微笑を浮かべた。

 「よろしく」

 「ああ」

 「それじゃあ、今度は私たちバンドメンバーを紹介しようか」

 そう言って、岩沢さんは三人の方に手を広げてみせた。

 「リードギターのひさ子。 ベースの関根、そしてドラムの入江だ」

 岩沢さんが簡単にメンバーを紹介すると、紹介された彼女たちは各々であたしたちに会釈をしてくれた。

 「よろしくっ、新人ども」

 ギターを肩にかけたポニテの少女、ひさ子さんがニカッと笑って手を上げる。なんだか気が強そうで、頼もしい雰囲気がある。あと、胸が大きい。

 「まぁ、お互い気楽にいこうよ」

 ベースの関根さんが、ニコニコと首を傾げて親しみやすく言ってくれる。見た目、元気がありそうな娘だが、実際その通りみたいだった。

 「よろしくね」

 ドラムの入江さんが儚げに、ニコリと微笑む。さっきまで勇ましくドラムを叩いていた時とはまるで別人のような儚さだった。

 「とまぁ、こんな感じだよ。 私たちガールズ・デッド・モンスターをよろしく」

 「ああ、勿論」

 四人の女の子が結成するバンド組織。それが、Girls Dead Monster。略してガルデモ。そのガルデモの存在意義、そして陽動と同時に好きな音楽にひたむきに取り組む彼女たちの気持ちに、あたしは理解しようとした。

 「それにしてもさっきの歌、凄く良かったわ…! 岩沢さん、本当に凄い」

 「お前、さっきから凄い、凄いしか言ってないだろ」

 「だって本当に凄かったのよ? 一般生徒が熱中するのもわかる気がするわ」

 「まぁ、確かに……」

 「それはどうも」

 岩沢さんがニコリと笑ってくれる。

 そして他のメンバーも、顔を見合わせて嬉しそうに笑っていた。

 「しかし沙耶の言う通り、良い曲だったよ。 今度の陽動ライブが楽しみだ」

 「今回の作戦は、私たちにも大きく懸かってるからね。 精一杯、いつも通りにやらせてもらうよ」

 「ああ、期待してる」

 音無くんと岩沢さんが話している一方、あたしは他の三人の輪に入り、それぞれの楽器を触らせてもらうことにした。

 「わ、凄い張り具合……これで弾き続けて、指とか痛くならないの?」

 「最初は誰もが通る道さ。 そのうち指の皮膚が硬くなって、慣れて行くものなのさ」

 「へぇ~……ほぉ~……」

 あたしはひさ子さんのギターを触ってみる。時折、指で弾いては、その音と指にピンと来る感触に、興味がますます増す一方だった。

 「私のも見てみる?」

 今度は関根さんのベースを堪能させてもらう。素人目から見ると、さっき見せてもらったひさ子さんのギターと、今目の前にある関根さんのベースが、そっくりで変わらないように見えるが、違いは何なのだろうか。

 「ギターとベースの違いは、素人から見れば大して変わらないように見えるけど、実は結構違うものなんだ。 ベースはギターよりも低い音域をカバーするもので、そのために一般的にはギターよりもスケール……ああ、これは弦の長さっていう意味ね。 そのスケールが長くて、楽器は大きめ、長めのものが多いの。 ベースパートは現代音楽では音の厚みやコード感に大きく影響を及ぼす重要なパートで……」

 「ほらほら関根。 あんまり無遠慮に説明を連ねるもんだから、彼女、煙出しちゃってるよ」

 「ありゃ。 これは失敬」

 「……………」

 あたしには到底理解が及ばないものが、そこにはあるらしい。頭からプシュ~と知恵熱を放出していたあたしだったが、頭を振って我に返る。

 今度は入江さんのドラムに向かう。

 「こっちのドラムっていうのは、なんだかインパクトがあるわね」

 「そう、かな……まぁ、そうかもね……」

 「へぇ~……ほぉ~……」

 「……………」

 あたしが興味津々に、ドラムの至る所を見ていると、ドラムの前に座っていた入江さんはボソリと小さな声で呟いた。

 「……触って、みる?」

 「へ?」

 あたしはつい、顔を上げた。丁度、座っている入江さんと同じ高さで顔を合わせ、入江さんの顔をまじまじと見詰めてしまった。

 「ギターやベースとはまた違うけど、ドラムも面白いよ」

 「い、いいの…? あ、ありがとう……」

 ドラムを叩く棒のようなものを渡され、あたしはおそるおそる、それでドラムをちょんと叩いてみる。それだけでドラムが異様に揺れ、騒々しい音を奏でた。

 「わ、面白い……」

 あたしはつい楽しくなって、今度はもう少し強く叩いてみることにした。

 ジャァァァン、という、豪快な音が鳴り響く。

 ぱぁっと、あたしの顔が太陽のように明るくなった。

 「これ、楽し~!」

 身体の奥から沸いてくる高揚。それは何だか久しぶりな気がする感覚だった。そしてその感覚が嬉しくて、沸き立つ高揚に浮かれ、遂にあたしは調子に乗って、演奏するようなフリでドラムを叩いてみた。

 「あ、それは……」

 入江さんが何かを言いかけたが、その時のあたしは誰の声も届いてはいなかった。

 思い切り叩いてみると、棒がすっぽりとあたしの手から抜け出した。おまけに、叩かれたドラムは激しく揺れ、飛び出した棒を弾くと、あたしの顔面目掛けて、その棒が矢の如く突き出してきた。

 「きょげッ!?」

 ドラムに弾かれて戻ってきた棒があたしの顔面を思い切り叩いた。あたしはそのまま鼻血を噴き出しながら、後方へと倒れてしまった。

 一瞬、どよめきと微かな悲鳴があがる。

 「お、おい。 大丈夫かッ!?」

 「あはは、やるねぇ~」

 ひさ子さんが心配の声をあげて駆け寄り、その後ろでは関根さんが可笑しそうに笑っていた。そして一部始終を目の前で目撃した入江さんは、驚きを隠せない様子で倒れたあたしを呆然と見下ろしていた。

 そんな小さな騒動が、ガルデモの休憩時間を更に潰すと同時に長引かせてしまっていた。

 

 「何をやってるんだ、お前は……」

 「反省しております……」

 鼻にティッシュを詰めた情けないあたしは、音無くんの前で正座する。

 音無くんは怒りを通り越して、呆れて物が言えない様子だった。

 今回ばかりは、浮かれていたあたしに非があると思った。

 でも……

 「つい、浮かれちゃったわね……」

 「……まぁ、な」

 「……本当、ごめんなさい……」

 「……………」

 生徒が学校で、友達で集まってバンドをする。

 それは青春の一ページでもあった。

 しかしあたしはそれも知らない。つい、そんなかけがえのない青春の端を見つけてしまって、浮かれてしまった自分がいた。

 でもそれがただのあたし一人の事で、音無くんや岩沢さんたちには関係ない。あたしが勝手に一人で浮かれてしまったことが、原因なのだから。

 「私も……」

 ふと、誰かが口を開いた。

 それは、机に寄りかかり、水を飲んでいた岩沢さんだった。

 「私も、初めて音楽を知った頃は、似たような感じだったよ。 だから、あまり気にすることはない」

 「岩沢さん……」

 「音楽は、自分を虜にしてしまうからね……」

 儚げな表情を微かに浮かべ、岩沢さんはフッと微笑むと、水をくいっと喉の奥に流し込んだ。

 「私は好きな歌を歌えなかった。 だから、ただそれだけの理由でここにいる」

 ここの世界に来る者は、皆何かしらの生前の事情があったから。

 岩沢さんの人生にも、きっと音楽に絡んだ何かがあった。

 いくら馬鹿なあたしでも、それくらいはわかる。だが、人の過去を詮索することは賢明な判断ではない。彼女自身が語らぬ限り、自分はその人の過去を知る権利はない。

 「(岩沢さんの人生にも、それなりの過去があったんだ……)」

 岩沢さんは好きな音楽を歌い続けている。

 そしてこの世界に居続けている。

 

 ―――あたしは本当に神がいるのなら、立ち向かいたいだけよ。だって理不尽すぎるじゃない。悔しすぎるじゃない―――

 

 あのギルド降下作戦の時、ギルドを目前にしてあたしたち三人になった時、ゆりっぺさんが明かした、ゆりっぺさんの過去。

 あの時に聞かされたゆりっぺさんの生前の酷い記憶が、この世界で反逆を続ける行動原理になっている。そしてあたしは改めて明確に知ったんだ。皆が皆、それぞれの記憶を持って、神に抗っているんだということを。

 「ご、ごめんなさい……本当に……」

 「もういいって。 な、みんな」

 「そうそう。そんなに気に病まなくてもいいよ」

 「失敗は誰にでもあるものだしね~」

 「……関根さんの場合は、失敗のし過ぎでその上反省がないけどね」

 「みんな……」

 こんなあたしに、四人とも優しい笑顔を向けてくれる。

 何だか、とても暖かい。

 「沙耶も、そろそろいいだろ? ほら、立てよ」

 音無くんは微笑を浮かべ、肩をすくめる。そして正座するあたしに手を差し伸べ、掴んだあたしを手で引いて立ち上がらせてくれた。

 これ以上、ここに長居するのも迷惑だと思い、あたしは音無くんと一緒にここをあとにすることにした。岩沢さんたちにお礼とお詫びを言いつつ、その場をあとにする。

 「また聴きに来てくれ」

 教室から出ようとしたあたしたちに、岩沢さんが言葉を投げかける。

 そして思わず、次の言葉を聞いて、あたしは涙腺が緩みそうになってしまった。

 

 「私たちは、いつでも歓迎するぜ」

 

 


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