Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.12 My Song

 ―――体育館。

 夜の満月が輝く下で、闇の中で同じく煌々と光を漏らす体育館には、何人もの生徒が集まっていた。その場に集まる生徒の手には、誰もが同じポスターを持っていた。いよいよ、ガルデモの告知した体育館占拠ライブ。すなわち、天使エリア侵入作戦による陽動ライブが始まるのだ。

 「遊佐、どれくらい集まってる?」

 リードギターを肩にかけたひさ子が、ステージの裏から会場を覗く遊佐に問いかける。

 「……少ない」

 「そうか……」

 少しだけ気を落としかけたひさ子だったが、すぐに岩沢をはじめとしたガルデモメンバーが、意気揚々と準備を終えた。

 「私らは精一杯やって、客を呼び寄せるしかないさ」

 岩沢はそれを言うと、生前から愛用していたギターを、そっと大切に扱うように、ステージの奥、真ん中へと置いた。

 「特等席だぜ」

 そっとギターに囁きかけ、微笑を浮かべる。

 そして立ち上がると、自分のポジションへと移動した。

 「さぁて」

 会場からは、待ちわびる生徒たちのざわめきが聞こえる。岩沢は周りでスタンバイする仲間たちに視線を配る。皆、準備OKと言わんばかりに、それぞれ頷き合う。

 「派手にやろうぜ」

 楽しそうに笑みを浮かべ、岩沢はギターを弾いた。それと同時に、ステージの垂れ幕が上がり、生徒の歓声が沸き上がると共に、彼女たちのライブが始まりを告げた。

 

 

 ―――女子寮。天使エリア前

 今となっては、陽動ライブのおかげで大体の生徒が不在の女子寮。その中を、ゆりをはじめとした戦線のメンバーが天使エリアを前に、慎重に事を進めていた。

 天使エリアと称された空間への侵入。周囲の安全を確保し、彼女らは遂に天使エリアの侵入を果たした。

 「天使エリアって……」

 暗闇の中、俺はパチンと壁にあるスイッチを押した。

 それと同時に、この空間―――ただの女子寮の一室が、光に満ち溢れる。

 ぱっと明るくなった部屋の中で、皆の顔が一斉に驚愕の色に染まり、俺の方を見る。

 「ただの女子寮の部屋じゃねえかッ!」

 「馬鹿ッ! 電気を消せッ!」

 日向が慌てて電気を消し、声をあげる俺を松下が後ろから捕まえる。俺は身動きが取れなくなったが、こればかりは言うのをやめるわけにはいかなかった。

 「ここ、あの天使の部屋だろッ!? こんなの、ただの犯罪行為じゃねえかッ!」

 「落ち着きなさい、音無くん。 あたしたちは天使の情報がどうしても必要なの」

 「だからって、勝手に人様の部屋に忍び込むなんて、コソ泥のすることだろッ!」

 「うるさいぞ、黙れッ!」

 野田が俺の首元にハルバートを突きつけてくる。

 ゆりは呆れるように溜息を吐くと、俺に説明を始めた。

 「いい、音無くん? 戦争に何よりも必要なのは、情報なのよ。 情報が無ければ、決して戦争には勝てない」

 そのゆりの後ろでは、パソコンの電源を付け、起動させる竹山の姿があった。

 「あたしたちがより効率的に天使と対抗できるために、こうして天使の部屋に侵入、情報を探すのよ。 天使を打破できるための情報をね」

 「言いたいことはわかるよ……だけど、こんなのって……」

 「黙れと言っている!」

 「もがッ!?」

 遂に、野田のハルバートが俺の口に突っ込まれる。

 「何なら、あなたは部屋中を好きに物色しても構わないわよ。 そこのタンスにきっと天使の下着類があると思うから、それでも漁ってくんかくんかでもしていれば?」

 「フフハハホッ!!(するかアホッ!!)」

 俺の抗議も空しく、ゆりたちは勝手に人のパソコンを起動させて、何かを始めやがった。

 どうすることもできない俺はただ、その光景を見ていることしかできなかった。

 「(くそ…ッ! 沙耶に訓練を受けていながら、なんてザマだ……)」

 いくら沙耶に戦闘用の訓練を受けようが、さすがに松下のようなデカブツに捕まって身動きが取れなければ、どうしようもなかった。

 「(沙耶……あいつはどうしているだろうな……)」

 珍しく、俺と沙耶は今回は別行動だった。当初は共に天使エリア侵入に参加する予定だったが、沙耶自身が、岩沢の援護につきたいと申し出たらしい。俺も付いていこうかと思ったが、沙耶は一人になることを望んだ。おそらく、前の岩沢たちへの自分の行いに、詫びる思いが未だにあるのだろう。

 「(まったく……あいつは……)」

 しかし沙耶が望むのなら、俺は否定することなどできるわけがなかった。

 俺は今は別行動を取っているパートナーに、密かに健闘を祈ることにした。

 

 体育館は一応の盛り上がりを見せていた。ガルデモによるライブが始まると、生徒たちの歓声と熱気が体育館中に立ちこめる。彼女たちの音楽が、場の空気を更に盛り上げた。

 あたしは陰に潜み、ひっそりとライブの模様を監視する。何か不審な動きがないか、彼女たちの護衛として、警戒は怠らない。

 そしてまた一つ、曲が歌い終わる。それでも生徒たちの歓声は収まる事を知れない。

 

 

 一つ曲を歌い終え、私は会場を見渡す。

 告知を見て私たちのライブのために集まってくれた生徒たちが、私たちの歌に歓声を上げ、盛り上がってくれている。

 しかし、まだまだ集まりが少ない。このライブは私たちガルデモの真剣ライブであると同時に、陽動ライブ。どちらにせよ、もっと人が集まってくれなくては、意味がない。

 また一つ、渾身の曲を歌い始める。私が弦を弾き、マイクに歌声を響かせると、生徒たちはしっかりと私たちの歌に付いてきてくれた。

 入口からは少しずつではあるが、人が集まってくる。

 そうだ、もっと来てくれ。

 もっと大勢で、私たちの、私の歌を聴いてくれ。

 もっともっと、盛り上がってくれ。

 

 いや。

 

 そうさせるのは誰でも無い。

 

 ―――私たちの力なんだ…ッ!

 

 

 ―――女子寮、天使エリア。

 ただ、パソコンの画面から灯る光だけが浮かぶ暗い部屋で、俺たちはじっとその作業を見守っていた。

 さすが凄腕のハッカーと言うだけはあるのか、他人のパソコンとは思えない手際の良さで、竹山は作業を進めている。それは、天使の私物と思われるパソコンの中身を解析する、俺たち素人には到底理解できないような作業だった。

 「竹山くん、どう?」

 竹山の後ろから、ゆりがパソコンの画面を覗きこみながら、竹山に問う。

 「順調です。 とりあえず現在はパスワードの解析を行っています。 これさえ開けば、後は自然の流れに従うだけのようなものでしょう。 それから、僕のことはクライストとお呼びください」

 「よし、いいわね竹山くん。 頼んだわよ」

 「ですから……」

 「ふん、少しは使えるようだな」

 野田がいつものように不機嫌そうに鼻を鳴らすが、竹山の実力は認めているようだった。

 その時、ゆりのインカムに通信が入ったようだ。

 「あたしだ」

 『天使、出現しました。 更に教師たちの姿も確認しました』

 「やばいわね……竹山くん?」

 「丁度、解析が終わりました」

 ぱっと表示が変わったパソコンの画面を、ゆりが身を乗り出すようにしながら見た。

 「でかしたわ竹山くんッ!」

 「当然です。 あと、僕のことはクライストと―――」

 「天使も出現したから、そんなに時間は残されていないわッ! ちゃっちゃと済ませましょうッ!」

 「……………」

 「それじゃ、竹山くん。 すべてのデータを移してちょうだい」

 「時間がかかりすぎます。 一時間は必要です。 あと、僕のことはクライストと―――」

 「ハードディスクごと引っこ抜くかッ!?」

 「それじゃあバレるじゃない」

 「じゃあ、どうするってんだよ」

 パソコンの前で、ゆりと日向が竹山を挟みながら揉めあっている。パスワードを解析して侵入できたものは良いものの、肝心なデータは、こっちの手元に渡ることに関しては難しいらしい。

 「もう何でもいいから、怪しいデータを今すぐ見せてちょうだい、竹山くんッ!」

 「クライストです…ッ!」

 竹山がゆりと日向に挟まれながら、苦し紛れにキーボードを指で叩きこむと、画面がまた別のものに変わった。

 液晶に淡く光る画面には、生徒たちの名簿がずらりと記載されていた。NPCだけでなく、俺たちの名前も含まれている。要するに、ただの名簿だ。怪しいデータなんてどこにもない。やっぱりこんなこと、やめるべき……

 「黙れッ!」

 言い終える前に、野田のハルバートを口の中にまた突っ込まれ、強引に黙らされる。

 いちいち強引な奴だ。

 『陽動班、取り押さえられました。 天使、戻ります』

 その時、陽動ライブの方から通信が入った。岩沢たちが捕まっちまったらしい。

 無線機から耳を離す間際、舌打ちするゆり。

 「ここまでね……」

 「今回も得るものなしか」

 日向も残念そうに溜息を吐く。

 ここまで侵入できたのに、結局肝心の情報とやらは一切手に入らず、今回の作戦は打ち上げになりそうだ。

 「退散するわよ」

 我らがリーダーが、あと一歩の所で撤退を悔しげに宣言した。

 

 一方、体育館では騒ぎになっていた。天使と共に現れた教師連中が抗議する一般生徒たちを抑え、ステージに上がった教師陣がガルデモのメンバーを取り押さえた。岩沢さんをはじめ、ひさ子さんたちや遊佐さんも、教師の手に捕まり身動きが取れない様子だった。

 「やめてあげてッ!」

 「俺たちの為なんだよッ! 離してやってくれよッ!」

 一般生徒たちからの度重なる抗議にも、教師たちは耳を貸さない。

 「今までは大目に見てやっただけだが、今回ばかりは見逃せん。 図に乗るなッ!」

 一般生徒の抗議を無視する教師たち。岩沢さんたちが捕まった状況下で、あいつらに対抗できる者は、そこには一人もいなかった。

 「楽器はすべて没収だ」

 言いながら、一人の強面の教師がステージ上を歩いていく。

 「学園祭でも無し、二度とこんな真似はさせんぞ」

 「…ッ!?」

 岩沢さんの前で、そいつはあるものを手に取った。

 それは、岩沢さんのギターだった。

 「ふん。 これは捨てても構わないな?」

 ステージの後ろ、真ん中に置かれていた岩沢さんのギターを手に、吐き捨てるように言い放つ教師。その直後、捕まった岩沢さんの口から、ポツリと何かが漏れ出した。

 「触るな……」

 それは、小さくもはっきりと通った、熱い吐息を漏らしたかのような思いの片鱗。

 

 「―――それに、触るなぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 岩沢さんの想いが、爆発した瞬間だった。

 

 

 教師の手を振りほどき、駆け出した岩沢さんは呆気にとられた教師に体当たりすると、力ずくでギターを取り戻すことに成功した。さらに、それに続いてひさ子さんも教師の手から逃げ、何処へと駆け出していく。そんなひさ子さんを追った教師がいたが、すぐに取り押さえられた遊佐さんのそばで間抜けにも転んでいた。

 教師からギターを取り戻すも、岩沢さんがステージの後方へと追い詰められていく。寄越せ、とゆっくりと近付く教師たちの手から、抱えるようにギターを守る岩沢さんの強固な想いは、決して揺らぐものではなかった。

 きっと、何がなんでも教師たちの手から、そのギターを命がけで守るだろう。そんな強い想いが、今の岩沢さんからひしひしと伝わっていた。

 教師のごつい手が、岩沢さんに忍び寄る。その手が岩沢さんに触れる直前―――

 

 

 あたしは、颯爽とステージへと飛び降りた。

 

 

 周囲から驚きの色が浮かんだ時、あたしは間髪いれず、目の前の教師たちに向かって冷静なる攻撃を仕掛けた。

 懐に忍び込み、その大柄な教師の腹に渾身の蹴りをお見舞いする。教師はその大柄な身体を崩し、後方へと倒れていった。

 その状況に驚き、そして怒りを露にした他の教師たちが襲いかかってきた時も、あたしは冷静さを崩さなかった。教師の飛び出した手を避け、流れるようにカウンターを打ち込む。あっという間に、それを繰り返すことによって、一人一人、片付けていった。

 「ふん、他愛もないわね」

 倒れて動かなくなった教師たちのそばで、あたしは手を払う。

 「あんた……」

 どうやら岩沢さんも驚きを隠せないらしい。むしろ、解放されたガルデモの皆が驚いた表情であたしを見ている。あたしはつい、ぷっと吹き出した。

 「あたしはこういう手に関してはお得意様なのよ。 歌は、あまり歌ったことはないのだけれど」

 あたしがニッと微笑んでみせると、ぽかんと呆けていた岩沢さんも、フッと微笑んでくれた。

 「ありがとう。 助かったよ」

 だが、教師は他にもいる。今まで一般生徒を抑えていた所から、少なからずの人数がステージ上に上がってきた。

 「まったく。 一人の女生徒……しかも大の大人が数人掛かりでいたいけな女の子相手に躍起になるなんてね。 こんな大人には、なりたくないものね」

 そう言いながら、あたしは岩沢さんの方に背を向け、向かってくる教師たちを迎撃する体勢をとった。

 「ここはあたしが抑えとくから、岩沢さんは歌いたかった歌を、歌って」

 「沙耶……」

 「聴かせてね」

 「……わかった」

 頷いた岩沢さんに、あたしも笑顔で頷き返す。

 そして直前まであたしに手を伸ばしかけた教師を前に、あたしは紙一重でそれを避けた。虚空に飛び込んだ教師の腕。あたしはその間抜けな教師の足を払うと、見事に大の大人をまた一人、華麗に地に伏せてみせた。

 そしてまた一人、向かってきた教師を前にあたしが次の迎撃の手を進めようとした所で―――

 

 岩沢さんの弾いたギターの音色が、体育館中に木霊した。

 

 「!」

 その瞬間、その場で動いていたもの全てが、止まった。

 そして全ての視線が、ギターを弾く岩沢さんに集中する。

 

 

 ―――苛立ちを何処にぶつけるか探してる間に終わる日

 

 ―――空は灰色をして その先は何も見えない

 

 ―――常識ぶってる奴が笑ってる 次はどんな嘘を言う?

 

 岩沢さんの歌声が、指の先まで溶け込み、染み込んでいくような歌声が、体育館に収まらず、学校中へと流れていく。

 

 

 ―――それで得られたもの 大事に飾っておけるの?

 

 

 それは、立ち去ろうとしていた天使をも、引き止めるものだった。

 

 

 ―――でも明日へと進まなきゃならない 

 

 それは、学園中へと響き渡る。

 いや、学園というよりは。

 まるで、世界に繋がっているかのような。

   

 ―――だからこう歌うよ

 

 

 それは、一瞬でも聴き惚れるほどのものだった。

 聴こえてきた岩沢の歌に、聴き入っていた俺たち。そしてゆりも、岩沢の歌に聴き入っていたが、ハッと我に返って、パソコンの方に再び身を乗り出した。

 「竹山くんッ!」

 「はいッ! クライストとお呼びください―――!」

 押されるキーボード。

 そして表示される、パソコンの画面。

 その画面には、Angel Playerという文字が刻まれていた。

 人間の図が描かれ、所々に英語が書かれている。その単語を読んでみると、どれも聞き覚えのある単語だった。それは、戦闘の時にいつも天使が口走っている、あの単語の数々だった。しかも、それ以外にも俺たちが知らないものまである。

 「Angel player?」

 それは、俺たちにとってとんでもない情報だった。

 俺たちが今までにない、前代未聞の大きな情報と言えるものを見つけた時も、BGMのように彼女の歌声が聴こえていた。

 

 

 ―――泣いてる君こそ孤独な君こそ

 

 それは、魂の叫び。

 

 ―――正しいよ人間らしいよ

 

 それは、想い。

 

 ―――落とした涙がこう言うよ

 

 その場に、最早動くものは誰もいない。誰もが、その歌に聴き入っている。

 

 歌を聴いて、涙を流す者もいる。

 

 ―――こんなにも美しい嘘じゃない本当の僕らをありがとう

 

 それは、“私の歌”

 

 

 そう、これが私の歌。

 私自身の歌であり、人生なんだ。

 こうして歌い続けていくことが、そうして過ごす人生が、私の生まれてきた意味なんだ。

 

 あの酷い家庭の中から、私が救われたように……

 

 こうして、誰かを救っていくんだ。

 

 

 やっと……

 

 

 

 ―――やっと、見つけた……

 

 

 

 

 最後に聞こえたのは、ギターがステージ上に落ちる音だった。

 

 ゴトン、と落ちたギターのそばに、彼女の姿はなかった。

 あたしの目の前で歌っていたはずの岩沢さんは、どこにもいなかった。

 「岩沢、さん……?」

 彼女を呼び掛けてみても、その呼びかけに応えてくれる者は、誰一人いなかった。

 

 

 

 

 岩沢さんが消えた翌日、あたしたちが知った、この世界の秘密は二つ。

 一つは、天使がAngel playerというコンピュータソフトを使って、自らの武器を生み出していたこと。それは、あたしたちがギルドで土から武器を作るように。

 そしてもう一つは、岩沢さんが消えた理由。あたしたちが考え、そしてその状況から分析して知ることができたことは、岩沢さんが納得して、この世界から成仏してしまったこと。ここは自分の人生に納得できない者が集う場所。そして、そんな者が集うこの世界で、自分の人生を納得してしまうと、この世界から消えてしまう、そんな世界の秘密。

 あの日の作戦で、あたしたちが得た戦果は―――

 

 天使の秘密と、おそらくそれに同等する世界の秘密。そしてそれと引き換えに失った、仲間の存在だった―――


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