Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
天使エリア侵入作戦から数日後。本当に特別な一日となった前回の作戦以来、戦線はこれといった表立った活動は行っていなかった。あの作戦で知り得た情報。天使の武器の秘密と言えるAngel playerというコンピュータソフト。そしてガルデモのボーカル的存在、岩沢の消滅。岩沢は自ら納得して、この世界から成仏してしまった。それは誰もが受け止めざるを得ない、事実だった。
仲間を失うと同時に手に入れた、少し大きすぎた世界の秘密。その手に入れた情報の整理によって、戦線メンバーは大きく動けない事態を余儀なくされた。ゆりの命令により、別命あるまで各々で待機、ということだった。
その間、俺はもはや日課となってしまった沙耶特製の訓練に暇を持て余していた。自分でも既に様になったほど、俺は訓練に慣れていた。普段なら、沙耶が次々と俺に厳しい訓練を強いてくるのだが、あの天使エリア侵入作戦以来、沙耶は最近元気がなかった。
おかげで、俺一人で訓練するというのも珍しくなくなった。
俺一人なのだから、別にしなくても良いのだが、悲しきかな。やっぱり身体が染み着いているらしい。
身体が鈍らないよう、俺は日々自主的に訓練に励んでいた。
橋の下で、俺は的に向かって銃を撃つ。最初は撃つことさえ指が震えていたというのに、今となってはいとも簡単に引き金を引けるようになっている。ある意味、恐ろしいことではあるかもしれないが、この世界において呑気なことは言ってられない。
ほとんど真ん中を射抜いた俺は、一息ついて、銃を持つ手を下した。
「……やっぱ、一人だと気が入らないな」
そんなことを一人でぼやきながら、俺はある所へと向かって、歩き始める。
たった一人の、俺のパートナーの所に。
そういえば、俺は沙耶がどこにいるのかを知らない。
あいつの所へ行こうとして、今気付いたことだが、そういえば沙耶は普段、どこにいるんだ?
「いつもあいつの方から来てるからな……参ったな…」
何故か、沙耶は戦線の活動や訓練以外は、滅多に現れない。
まるでスパイのような隠密さだ。
寮をはじめとして、学校中を探しまわる俺だったが、沙耶の姿はどこにもなかった。
最近、たまに見かけても、沙耶は以前とは考えられないくらい暗い顔をするようになった。きっと、岩沢のことと関係しているのだと思う。
まだ出会って日は浅かったが、沙耶は何かしらの気を岩沢に寄せてい部分があったみたいだし、しかも岩沢が消えた現場に、沙耶は正に目の前にいたのだから。
「おーう、音無じゃん」
俺を呼び掛ける声。振り返ると、手を上げて歩み寄ってくる日向の姿があった。
「なに必死にキョロキョロしてるんだ? 誰か探してるのか」
「お前こそ、何か用か?」
「おう、そうだった。 久しぶりに、ゆりっぺから召集が掛かった」
「ゆりから?」
天使エリア侵入作戦以来の、少しだけ久しぶりの招集だった。
「ん…?」
よく見ると、日向の手に何か丸まったものが握り締められていた。何かのポスターを包まったものみたいだ。
「なんだ、それ?」
「え……あっ! いや、なんでもねえよ。 はは…」
「?」
日向は慌てる風に、それを無理矢理ポケットに押し込んだ。一瞬、“球技大会”という字が見えたが?
「それより早く行こうぜ。 遅刻するとゆりっぺに何されるかわからねえからな」
「あ、ああ。そうだな」
「……そういや、いつもいるあの女はどうした?」
「沙耶のことか?」
「そうそう。 あの、ゆりっぺに似てそうで似てない奴。 容姿や顔は全然似てないんだけど、何故か似てる気がしてならない不思議な奴」
まぁ、確かに……そういえば声は少し似てるかなというのは思ったことがあるが。
「……俺も最近見てない」
「ふーん、そっか。 どこいっちまったんだろうな?」
きっとこのまま探しても沙耶は見つからないだろうな。
それに召集が掛かっているのなら、もしかしたら沙耶も作戦本部に来るかもしれない。
ここは、俺たちも作戦本部に向かった方が良さそうだな。
「仕方ない、後で俺が伝えとこう」
「そうだな。 じゃ、俺たちは先に行こうぜ」
日向の後に続くように、俺もあの校長室へと向かった。
ただその時、日向のポケットから顔を出している、球技大会のポスターが俺の目に止まっていた。
「やっと来たわね、馬鹿ども」
「来ていきなりそれはないだろ……」
「遅刻ギリギリなのが悪いのよ」
いつもの作戦本部に入った俺たち二人に向けられたのは、ゆりの罵倒だった。
「まぁいいわ。 さっさと座って」
ゆりがリーダー格の椅子に移動すると、その後に続いて俺たちも、部屋の真ん中に設けられているソファーに腰を下ろした。ソファーに座り込んで、周りを見渡してみる。いつもの顔ぶれ。だが、ただ一人がやっぱりいなかった。ここにも、沙耶はいない。
「……?」
そしてふと、隣に座る日向の横顔が視界に入った。
その横顔は、どこか考えごとをしているかのような、そんな表情だった。
「まずここに再びみんなを集めたのは他でもないわ。 今後の、あたしたち戦線の活動に関わることについてよ」
気がつくと、ゆりの説明が始まっていた。
他のメンバーがゆりの方に視線を集中させ、俺もそれに倣う。
「トルネード・オペレーション、天使エリア侵入作戦、どれを取っても陽動部隊としての役目を果たすガルデモの存在は、あたしたちにとっては大いなるものだった。 そして、それは今も変わらないわ。 でも、肝心のボーカルである岩沢さんがいなくなってしまった以上、ガルデモのみならず、あたしたち戦線にも重大な障害になる」
ゆりの言葉に、他のメンバーたちが神妙に頷く。
確かに、ゆりの言っていることは間違いではないし、むしろ納得させられる。
「そこで、岩沢さんに代わる新しいボーカルを連れてきたわ」
その時、ざわめきが起こった。
無理もない。俺だって驚いている。岩沢に代わる、新ボーカルってことか?
「入りなさい」
ゆりの言葉によって、場の空気がシンと静まる。そして、皆が注目する中、ゆっくりと扉が開かれた。
そして、そこから現れたのは―――
「―――どうもッ! ユイって言います! よろしくお願いしまッす☆」
突然バーンと勢い良く現れたユイ。ポーズを取り、自分の名前を紹介するが、ユイを目の前にした他の奴らは皆、呆然としていた。
「あ、あれ……?」
予想外の反応の無さに動揺したのか、ユイが慌てて部屋中を見渡した。
その近くで、ゆりがハァ…と呆れたように溜息を吐いている。
「……この娘が、岩沢さんに代わる新ボーカル候補よ」
ゆりの念を押すような言葉に、やっぱりそうなのかと、皆が落胆した雰囲気を露にする。
「ちょ…ッ! な、なんで皆さん、そんなにガッカリしてるんですかぁ~ッ!?」
涙目になるユイに、戦線メンバーからは容赦ない言葉が飛びかかる。
「そいつが岩沢の代わりだと?」
「ありえねえ」
「誰こいつ」
「ちょ、ま…ッ! ほとんど初対面の他の皆さんは良いとして、日向先輩はひどいッすよ! 一緒にガルデモの告知ポスター、貼ったじゃないですかぁ~ッ!!」
「音無、説明を頼む」
「―――って、無視しないでくださいよッ!」
「お前、何も聞いてなかったのか? ガルデモの新ボーカル候補だよ」
「はぁ? ユイがか」
「そうですよ~。 えっへん」
「いや、そこで何故威張る……?」
無い胸を張るユイだったが、やはり皆の反応は良くはなかった。むしろ納得していない。岩沢の代わりは確かに必要だが、よりにもよってこんな女の子?というのが皆の共通した思いだろう。思った通り、ロックバンドであるガルデモをアイドルユニットにでもする気かという声も出ていた。
「―――それでしたら、どうか私の歌を聴いてから判断してくださいッ!」
いつの間に用意したのか、マイクをはじめとした一式が既にそこに設置されていた。
歌う気満々のユイが、マイクを手に、意気揚々と皆の前で立ってみせる。
カチ、とスイッチを入れて音楽が流れ出すと、ユイの雰囲気が一変した。
「それじゃあ、行きます……」
すぅ、とユイが息を吸う。
そして、別人のようなユイの歌声が、マイクを通して部屋中に響き渡った――――
ユイの歌は、岩沢に勝るとも劣らないほどの力はあった。十分、聴き入れられる歌声ではある。
だが、歌を歌い終えると、いつもの感じに戻ったユイが調子づき、最後の最後で台無しになった。
マイクの足を蹴り上げ、天井に突き刺さったマイクのぶら下がったコードに首を巻きつけられ、首吊り状態になった。
「おおっ、何かのパフォーマンスか?」
「デスメタだったのか……」
「Crazy,Baby」
「し、死ぬ……」
「いや、事故のようだぞ?」
なんとか助けてやるが、既に虫の息だった。
とんでもないお転婆娘が転がり込んできたもんだ。クールな岩沢とは大違いだ。
その後、ユイを採用するか一悶着あったが、ユイの必死なアピールによって、とりあえずはユイが新ボーカルとして着任することが決定された。
「それともう一つ、皆をここに呼んだ理由があるわ」
新ボーカルが決定すると、ゆりはすさかず、次の話題へと移った。
「知っている人がほとんどだと思うけど、もうすぐ球技大会が行われるわ」
「球技大会? そんなものがあるのか」
この場にいる奴で、この世界に来たばかりの俺だけは知らなかった。というか、そういう本物の学校の行事らしいことが、ちゃんとこの学校にもあるんだな。
「そりゃあるわよ。 普通の学校なんだから」
「大人しく見学か?」
「勿論、参加するわよ」
「でも、真面目に参加したら消えるんじゃないのか?」
「正式には参加しないわ。 ゲリラ参加よ。 いい、あなたたち。 それぞれチームを組んで大会に参加しなさい。 もし一般生徒より劣る成績を残したら―――」
「残したら?」
「死よりも恐ろしい罰ゲームね」
俺はこれほどまで邪悪な笑みを浮かべたゆりを見たことがないだろうな。
ふと、俺はさっきの、日向が慌てて隠した丸まったポスターを思い出す。
「そうか、球技大会か……」
「なに?」
「いや、なんでもない」
「? まぁいいわ。 じゃ、みんな。 健闘を祈るわよ」
そしてゆりの解散宣言により、俺たちは部屋を出て行った。部屋を出る間際、俺は日向に呼びかけられ、日向のチームとして参加することになるが、実を言うと最初からわかっていたことかもな。
そしてその後、日向と俺はメンバー集めを行うが、日向への人望がどの程度のものなのかがよくわかる過程だった。日向が期待していた者は既にほとんどが他のチームに引っ張られ、結局、アホな奴ばかりが集まる、一番不安なチームが出来あがっちまった。
「だから~私が戦力になりますって~。 ホームラン、打っちゃいますよ~。 こう、ドカーンと!」
「ぶほッ!?」
「あ」
またユイが調子に乗って、日向の懐に渾身の一撃を与えていた。
「て・め・え・は、俺に何の恨みがあるんだぁぁぁッッ!!」
「ぐぎゃああああッッ!! せ、先輩、ごれはシャレにならんでずうぅぅぅ……!! ギブ、ギブッ!」
「知るかあああああッッ!!」
さっきからいつもこれの繰り返しである。
「浅はかなり……」
ちなみに椎名も俺たちのチームに入っている。さっきから人差し指の上にホウキを乗せているが、事情は聞いたとはいえ、突っ込みたい所があるが、どこまでも突っ込んだら負けな気がする。
「……沙耶がいたら、誘おうと思ったんだけどな」
もしここに沙耶がいたら、沙耶も即メンバー入りだっただろう。
というか、ぶっちゃけて言うと、沙耶は俺以外に、ほとんど他のメンバーとあまり接していないからな。唯一気を持っていた岩沢はいなくなったし、今思うと、沙耶は今、どこかで孤独になってるんじゃないのか?
まぁ、俺も人のことは言えたものじゃないけどな。
「しっかし、本当にあの金髪女はどこにいったんだよ。 あいつがいたら即戦力になったんだろうに」
日向も同じことを考えていたそうだ。
確かに、沙耶は運動神経だけは抜群だからな。
しかし、それ以外の意味でも、沙耶も俺たちのチームに入れて参加させてやりたかったと俺は思う。何故なら、こういう学生らしい球技大会に参加することで、沙耶に訪れることがなかった青春の一環を体験させてやれただろうし、運動というのは、嫌なことを忘れさせてくれる絶好のものだからな。
そういう意味では、沙耶には本当に、参加させてやりたいな。
「こういう時こそ、ユイにゃんにお任せなのですよ☆」
「だからそういうのがムカツクんだよッ!」
「あああああッッ!! 先輩、そっちに腕は曲がらな……ッ!!」
しかし、ユイも懲りない奴だな。
「浅はかなり……」
そして俺のそばで、ホウキを指の上に乗せたままの椎名がやっぱりその口癖のような言葉を呟くのだった。