Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.14 Day Game

 真っ青な空と、降り注ぐ灼熱の太陽の光。日の光を浴びた地面からはじりじりと熱気が帯び、汗が絶え間なく流れ出る。あまりの暑さに、何故俺はそこに立っているのか、そんな疑問が浮かんでしまうほど、頭がおかしくなってしまいそうだった。

 ただ荒い呼吸を繰り返し、俺は定位置に立ち続ける。

 頭上からは灼熱のような日の光を受け、下からはじりじりと焦がすような熱を浴びながら。

 

 ―――キィンッッ

 

 その音が、俺に本来の役割を思い出させた。

 俺は咄嗟に顎を上げ、太陽が眩しい青空を見上げる。その光に隠れるようにして、一つの白球が高く売り上げられていた。

 ほぼ定位置。

 俺は、何故ここにいるのか。

 それは、あのボールを捕るためだ。

 汗が伝う中、俺は高く打ち上げられたボールがゆっくりと落ちてくるのを待ち構えるように、グローブを上げた―――

 

 

 「日向ッ! 行ったぞ!」

 「―――ッ!」

 ハッと我に返る。

 そして飛び込んできたボール目掛けて、俺は咄嗟にグローブを伸ばす。グローブの真ん中にしっかりとボールが収まった。

 「ナイス! 日向」

 ピッチャーの音無がマウンドから俺に呼びかける。俺は返事代わりにボールを収めたグローブを上げてみせ、ガッツポーズをして見せた。

 「あぶね……危うく取り逃す所だった……」

 「?」

 俺は誰にも聞こえないような小声でそんなことを呟いていた。マウンドに立つ音無が不思議そうな顔をしていたが、気付いていないフリをしておこう。

 

 俺たちは今、球技大会にゲリラ参加を果たし、初めての試合(ゲーム)を行っていた。他の戦線メンバーのチームも、それぞれ既に順調に勝ち進んでいる。その後に続くために、俺たちは必死になってボールを追いかけていた。

 音無がピッチャーを担当し、セカンドの俺をはじめとして、メンバーそれぞれがポジションに付いている。案外、俺たちのチームも中々のものだった。ユイや数合わせで入れた一般生徒三人組を除いてな。

 野球経験がある俺の目から見ても、音無は大した肩を持っていて、敵バッターと正面から戦うのに十分な腕前を持っていた。さすが親友。俺の見込んだ通りの男だったぜ。

 「音無、お前は安心してボールを投げろッ! 俺たちが守ってやるからよッ!」

 「―――頼む!」

 マウンドに立った音無は、またボールを投げる体勢に入る。

 俺も、いつ来ても良いように、身構えておく。

 こういうのは、久しぶりだな……

 つい、昔を思い出してしまう自分がいた。

 

 

 日向の奴、何かいつもと様子が違うような気がするけど、どうしたんだ……?

 球技大会直前から見られた日向の様子。だが、気にしているだけでは仕方がない。今は試合中だし、日向もしっかりとサポートしてくれている。俺は、それに応えなければいけない。

 沙耶との訓練で鍛えた身体が、思いも寄らなかった場所で発揮したのは強みだった。最初は少し不安があったが、日向の言葉を受けてから、俺の投げるボールのほとんどがストライクに入り込んだ。そして、相手から三本のアウトを取り、攻守交代の時が来た。

 

 

 「よし、音無が一番だ。 頼んだぜ」

 「先輩、ふぁいとぉぉぉッッ!」

 俺とユイに見送られ、音無はバットを持ってバッターボックスに立った。バットの握る感触を確かめつつ、しっかりと身構える音無。

 まず初球。スパン、と良い音で、ボールがグローブの内に収まった。まずは見送る。

 二球目。これは案の定、ボールだった。

 三球目、バットを振る。当たったが、ファウルだった。

 よし、慣れてきたみたいだな。

 次で―――打つ。

 まずは塁に出てくれれば良い。

 こういうのは始めが肝心だからな。

 相手ピッチャーが振りかぶって、投げた。真っ直ぐ。ストレートだ。音無は思い切り、バットを振った。

 ―――キィンッ!!

 当たった!

 ボールはレフト方向へワンバウンド。よし、ヒットだ!

 「うおおおおおおッッ!!」

 「!?」

 何故か、そのボールに飛び出してきたのはハルバートを手に持った野田だった。野田は音無が打ったボール目掛けて、あろうことかハルバートで弾き返した。

 「どうしたぁッ! お前の実力はそんなもんかぁッ!?」

 「なんだと、このッ!」

 野田と音無の間で打ちあいが始まり、無限コンボが炸裂を続ける。

 「そんな競技は存在しねえッッ!!」

 さすがに俺も声をあげるが、その間に一本、アウトを取られてしまう。

 「アホですね……」

 「浅はかなり……」

 ベンチに座るユイと椎名が俺の後ろでそれぞれの感想を漏らしていた。

 

 

 次は野田だ。バットを引きずり、如何にもやる気のなさそうな雰囲気を醸し出していたが……

 「せやッ!」

 片手でホームランを打つという荒技をやってみせやがった。

 「ふん」

 鼻を鳴らし、野田はテキトーに走りながら一周を終える。まずは一点先制だ。

 そして攻守交代。

 

 

 「音無、野田がホームラン打ったんだから、今度はお前がもう一回0点に抑えて巻き返せよ~」

 「俺たちは誰と戦ってるんだ……」

 ピッチャーは音無。さっきも見事に0点に抑えてくれたんだ。今回もいけるだろう。

 「こぉぉいッ!」

 しかし相変わらず野田(キャッチャー)はいちいち迫力を付けるな。

 予想通り、音無の投げるボールはしっかりとキャッチャーのど真ん中に入り込んでいる。相手は空振り。ストライク一本のはずだが、何故か野田が目をカッと見開いて、立ち上がった。

 「そんなものかぁッ!」

 いきなり音無にボールを投げ返す。それを受け止めた音無も、同じことをやり返し、またしても無限ループ突入。

 「だから二人だけでやるなぁぁぁッッ!!」

 「アホは死んでも治らないんですね」

 またしても俺がツッコミの声をあげ、ユイがさすがに呆れた表情をしていた。

 

 

 「アホな先輩たちには頼れません。 ここは私に任せておいてくださいッ!」

 「あ~……頑張れよー……(棒読み)」

 「もっと本気で応援してくださいよぉッ!!」

 バットを威勢良い振ってみせるユイだったが、対して俺は期待度ゼロを隠さずに返した。ユイは悔しげに俺を睨んでいたが、「ふんッ! 必ずホームラン打って、先輩をぎゃふんと言わせてやるんですから!」という苦し紛れの言葉を残して、ベンチから飛び出していった。

 「ストライク、バッターアウト!」

 「あれぇ~?」

 「やっぱりな……」

 あっという間に、ユイは三振を取られていた。

 ちなみに次のユイの打順の時も、ユイは見事にバットを三回連続で空振りしたのは言うまでもない。

 

 キィン……ッ!

 今度は打たれた。やばい、椎名が走りだしているが、さすがにあれは追いつけな―――

 「え?」

 その時、ボールは何か小石が当たったかのように、奇妙な軌道変化を見せて、走り出していた椎名のもとに向かっていった。

 そのボールを、駆け出した椎名が大胆にスライディングしながら受け取った。指の上にホウキを乗せたまま。

 「うわ、アホだ……」

 今日ばかりは、ユイの口癖のようにいつも言っているその言葉に、俺は同意するしかなかった。

 しかし、さっきのは何だったんだろうな。

 何か小石でも当たったのか。

 そんなことを疑問に浮かべる日向、そして音無だったが、遠く離れたグラウンドの片隅で、陰から何かが動いたのを、誰一人知る由もなかった。

 

 

 結果的に日向チームはコールド勝ちで初戦を勝ち進むことができた。そして大会が行われているグラウンドの片隅で、オペレーター担当と言うべき存在である遊佐が戦況をゆりに報告していた。

 「日向チーム、三回、コールド勝ちです」

 そんな遊佐の報告を聞きながら、ゆりは校舎の窓から大会の様子を双眼鏡で高見の見物をしていた。

 「よし、戦線メンバーは順調に勝ち進んでいるみたいね。 みんな、死より恐ろしい罰ゲームとやらを恐れて必死ねぇ。 滑稽だわ」

 『戦線ではゆりっぺさんの罰ゲームを受けた者は発狂し、人格が変わると有名ですから』

 「そうねぇ……―――って、どんな罰ゲームよッ!」

 『いや、私は受けたことがありませんので』

 「あたしだって介したことな―――おっと」

 あるものを見つけて、ゆりは遊佐との会話を中断する。双眼鏡の先に見えるのは、遂に現れた天使率いる生徒会のメンバーだった。

 「あぶり出しに成功ねぇ。 こっちは武器も無し。 あるのはバットにグローブ」

 にやり、とゆりは楽しそうに笑う。

 「果たしてどんな平和的解決を求めるのかしら。 見ものだわ」

 

 

 日向チームの前に現れた天使たち。真正面から対峙する双方だったが、先に口を開いたのは天使の方だった。

 「あなたたちのチームは参加登録していない……」

 「別にいいだろ。 参加することに意義がある」

 ぴしゃりと、俺は即答する。

 だが、その俺の言葉に答えたのは、天使の隣から前に出てきた副生徒会長様だった。

 「生徒会副会長の直井です。 我々は生徒会チームを結成しました。 あなたたちのチームは我々が正当な手段で排除していきます」

 「なに? そっちはメンバー全員が野球部のレギュラーってわけ?」

 その横暴さに、俺は口端を引きつらせる。その隣でむっとするユイ。

 天使が肯定するように頷く。それを見て、本気(マジ)だと知った俺は、はは…と呆れた笑いをこぼした。

 「いくらなんでも勝てるわけないじゃん……」

 素人の中でも中々の運動神経を持つ音無たちと、経験者である自分がいても、相手チームが野球部のレギュラーだとすると、あまりにも分が悪すぎるのは容易に想像ができる。それ以上物が言えない俺の代わりか知らないが、ユイがいきなり前に出てきた。

 「はんッ! アッタマ洗って待っとけよなぁッ?!」

 だが次の瞬間、俺は生意気にも敵を挑発しやがった小娘を容赦なく締めつけた。

 「お前は二三振だったろうがぁぁぁッッ!!」

 「イ、イダイですぅぅぅぅッッッ!!」

 「お前ら、ここまで来て……ん……?」

 ふと、グラウンドの片隅に何か見つけたのか、音無は怪訝な表情を浮かべてそっちを見やった。

 「どうした? 音無」

 「えっ? あ、いや、なんでもない」

 「?」

 突然俺の声に驚いたかと思うと、音無は苦笑いを浮かべてわざとらしく首を振った。俺は気になって音無が見ていた方向に視線を向けようとするが、音無が慌てて俺の目の前の視界を遮った。

 「日向、こうなったら何が何でも勝ちにいこうッ! なッ!」

 「あ…? あ、ああ……」

 「よし、そうと決まれば早速気合い入れて行くぞッ!」

 いきなり気合いを入れて、俺の肩を抱いて次の試合に俺たちを向かわせる音無。明らかに怪しい素振りを見せる音無に不審を抱きながらも、俺は次の試合のことを考えるしかなかった。ただ、グラウンドの片隅にぽつんとあった、奇妙な樽が見えたような気がしたが、あれは何だったんだろうな。

 

 

 そして、それからは戦線チームの悪夢が始まった。

 メンバー全員が野球部のレギュラー陣なのは、戦線チームにとってはあまりにも強敵過ぎた。いくら一般生徒を抑え、勝ち進んできたとはいえ、所詮は素人。日々汗水流して練習に励み、バットやグローブに馴れしたんだ彼らの力の前に、戦線チームは次々と脱落していった。

 「竹山チームに続き、高松チームも二回コールド負けです」

 遊佐の報告に、ゆりは下唇を噛まずにはいられなかった。

 「く~ッ! あんなの反則じゃない……ッ」

 これで残りは1チーム。

 戦線にとっては、天使にぎゃふんと言わせる最後の希望だ。

 「で、最後はどこのチーム?」

 『日向さんのチームです』

 「く…ッ!」

 くそ、最後の希望が一番のアホアホチームだなんて…ッ!

 「天使にぎゃふんと言わせるつもりが……ったく、使えない連中ねッ!」

 先に敗れていったチームと、まだ戦ってもいない日向チームへ、ゆりが罵っている頃、既にグラウンドには天使率いる生徒会チームと日向チームが整列していた。

 

 

 互いに顔を見合わせ、整列する面々。キャプテン同士として、俺はニヤリと笑って、挑発するように目の前にいる帽子をかぶった天使に挨拶の言葉を投げかけてやった。

 「遂に来てやったぜ……?」

 「……………」

 だが、天使は無反応。そして審判の合図により、双方は挨拶を交わすとそれぞれのベンチへと向かった。

 「可愛くねえな……挑発の一つでもしてみろってんだ……」

 初めて出会った時は、問答無用でわけのわからなかった俺を登校に連れていきやがったくせに……

 あの時と、まるで変わっていないような無愛想さだった。

 

 

 遂に試合が始まる。これに勝てば、俺たちの優勝だ。

 戦いは熾烈を極めた。俺、椎名、野田がヒット、そしてホームランをあげ、なんとか野球部のレギュラー相手に点を取り、善戦してみせた。だが、さすがは野球部レギュラー。喜ぶ間をそんなに長くは与えてくれず、すぐに巻き返してきやがった。

 ユイ親衛隊の一般生徒たちの方にボールを打ったりと、姑息にも弱点ばかり狙ってきやがる。

 1回の裏が終わった時点で、4対3。

 2回表、俺たちの攻撃だ。

 だが、これまでの試合とは一味、いや、かなり違う。俺はマウンドに立つ音無のことを思い、「タイム!」と呼びかけた。

 音無のもとに駆け寄りながら、俺は言う。

 「やべえな、さすがに野球部相手じゃ、抑えきれねえ」

 一応今の所は点数的に言えばこちら側が1点リードしているとはいえ、たったの1点だ。野球というのは何が起こるかわからないし、1点なんてすぐに取り返せる場合だって普通にある。しかも相手は全員がレギュラーだ。そのうち逆転される可能性は十分あるだろう。

 「特にウチの外野はザルだから……」

 と、言いつつ外野をチラリと見た俺だったが、一瞬、何かが視界に映ったかのような……?

 思考が追いつき、そして気付く。

 まさか―――!?

 「―――うおおッ!?」

 間違いない!そう思って、俺はもう一度外野の方に振り返る。そこには、何故かチームのメンバーでもない奴が一人いた。道着姿に、肉うどんを啜っているという、その重なるような場に似合わなさ、松下五段の姿があった。

 状況が理解できない俺に、音無がサラリと言ってみせた。

 「ああ、食券が余ってたから奢ってやったんだ」

 「お前かよぉッ!」

 俺は思わず、音無の両肩を掴むと―――

 「よしよくやったぁッ! あいつは食い物の義理は忘れない、これで外野も守備もバッチリだぜッ!」

 近くにいたユイに卍固めを決めていた。

 「イダダダダダダッッ!! ギブギブッ! アアアアァァ……ア ト デ コ ロ ス …ッ!!」

 

 

 それからの松下五段の活躍っぷりは期待通りだった。この試合中に、グラウンドで肉うどんを立ち食いしてるだけあるぜ!

 そこに飯があり、食事中であろうが、それでもボールを取ってみせる松下五段の姿に痺れるぜ…!

 「いいぞぉ、松下五段ッ!」

 「もう野球チームというより、雑技団だな……」

 それからも松下五段の活躍により、見事スリーアウトチェンジ。攻守交代だ。

 その時、攻守交代の間際、ベンチで腕を組んで見守っていた天使がぽつりと呟いた。

 「……ピッチャー交代よ」

 

 その後も生徒会と日向チームは点を取る取り返されるの繰り返しを披露してみせた。互角の戦いを見せる両チームの試合に、観客は次第に集まっていく。

 その観客に紛れて、遊佐が戦況を報告する。

 それを聞いて、一人飛び上がる少女が一人。

 「この調子なら勝てるッ! やるじゃない連中、こんなにフェアなのよ。 天使の思うままにならないことなんてかつてあったかしらぁ」

 喜色に満ちた瞳で見上げ、手を合わせるゆり。

 「良い気味ねぇ……うふふ……」

 ふふ、ふふふ……と肩を震わせるゆりだったが、遂に堪え切れないと言わんばかりに、胸を張り上げて思う存分笑いだした。

 「あーはっはっはっはっ」

 『ゆりっぺさん、悪役のようですよ』

 通信機の向こうで、遊佐のツッコミがあったが、今のゆりの耳には届いてさえいなかった。

 

 

 9回裏、この時点で7対6。

 もしかしたら勝てるかもしれない。

 最終回、一点差……

 ツーアウトランナー、二、三塁。

 「ターイムッ!」

 さすがにここまで来るとかなりのプレッシャーだ。体力も相当削られたし、ここはやっぱり、経験者らしい日向に譲る方が良策かもしれない。

 「やべえ、抑える自信ねえよ……なあ、ピッチャー代えてくれ……」

 その時見た日向の表情は、どこかうわの空だった。

 さっきも感じた違和感。俺は、ここに来てようやく、この違和感の正体を突き止めるために、日向に声をかけた。

 「どうした、日向?」

 俺の声に、ようやく我に戻った日向。俺への返答に、日向はしどろもどろだったが、なんとか言葉を紡いでいた。

 「いや……昔、生きていた頃に、似たようなことがあったけ……ってな」

 生前のことを思い出していたのか……

 ということは、さっきも、試合の前の時も?

 「すげぇ大事な試合だったんだ……」

 俺は、日向の腕を見て―――

 「―――お前、震えてるのか……?」

 「え…ッ、そっか……?」

 参ったなと言わんばかりに、苦笑いする日向。そしてどこか自嘲するような、寂しそうな微笑を浮かべて、日向は自分の左手に嵌めたグローブを見詰めた。

 「変だな……」

 と言っても、日向の震えは止まらない。

 「何が、あったんだ……?」

 「……わかんねえ。よく、覚えてねえんだけどさ……」

 そうして、日向は昔話を語り始める。あの死にそうな真夏の日で、よく覚えている、あの瞬間のことを―――


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