Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.16 Angel's name

 行事の一つとして生徒たちの間で盛り上がった球技大会は、正式な参加登録をしていない生徒たちのチームが優勝するという破天荒な結果で終わりを告げた。

 途中から野球部レギュラー陣を揃えた生徒会チームが参入したにも関わらず、彼らは決勝戦でそれに打ち勝ち、優勝トロフィーを我がものにした。

 数々の試合を仲間たちと共に勝ち進み、優勝を手にした喜びは生徒にとっては最も価値のある経験だろう。仲間たちと協力し、絆を深め合う。仲間たちと思い出を作る。それらこそ、学園行事の目的の一つでもある。

 しかし彼らは正式な手続きを取らずにゲリラ参加した面々。模範としては、それは優勝以前の問題だ。

 しかも生徒たちの模範となる代表的な生徒会が、そんな彼らに敗れたのである。彼らは今までも数々の容疑がある常習犯たち。生徒会としては、それは決して許されることではなかった。

 これではますます彼らを調子づけてしまうだけだ、と思うのも無理はない。

 正に、副生徒会長である直井文人はそんなことを考えていた。

 「このまま奴らの行いを許してしまえば、この学園の秩序が崩壊する。 先の我々の敗北は、模範足る生徒会の尊厳を損なわせる失態だ」

 生徒会長と副生徒会長の二人しかいない、少し暗い空気が降りた生徒会室で、直井は日の光が射す窓からグラウンドを見渡しながら呟いていた。グラウンドには、部活動をする生徒たちの姿が目立つ。

 「生徒会長、あなたはどうお思いですか」

 「……………」

 一方では生徒会長、そしてもう一方では天使と呼ばれた彼女は、無言で生徒会室に置かれた椅子に座り、机の前で何かを行っていた。

 「生徒会として、今後彼らに対する………」

 「……………」

 黙々と、何かを書き続けている。

 「……何をしているんです?」

 遂に、直井は何か作業をしている生徒会長に問いかけてみた。

 「……え?」

 今、気付いたかのように、生徒会長は顔を上げて、直井の方を見た。

 「……なに、直井君」

 「何をしているのかと伺ったのですが? ……それは?」

 「ああ、これね……」

 生徒会長である天使は机の上にノートと教科書を広げていた。一目見て、彼女がテスト勉強をしていることはよくわかった。

 「ほら、もうすぐテストじゃない……? 勉強、しておかないと……」

 「……ああ、そういえば」

 「忘れてたの……?」

 「いや。 僕の頭脳に掛かればここの試験など造作もないことだからな。 その程度のことだったから、今まで気にも留めなかった」

 そう言って、不敵な笑みを浮かべる直井に、天使は「そう……」と返すだけだった。

 天使は再び、テスト勉強に戻ってしまった。

 「……しかし我々は生徒の模範となるべき存在です。 生徒会の代表たる生徒会長と副生徒会長が学校の試験ごときで一般生徒より劣る成績を見せてしまっては元も子もないですからね。 そこの所、十分おわかりですよね? 生徒会長」

 「……ええ、わかっているわ。 だから、こうして勉強しているの」

 「……これは失礼」

 直井は帽子の鍔を掴むと、そのまま天使のもとから立ち去ろうとする。

 「生徒会長の勉強を邪魔になるのも避けたいことですから、ここで僕は立ち去ることにします」

 直井の言葉が届いているのかどうかわからないが、既に天使は黙々とノートに向かっていた。そんな彼女の横顔を見て、直井は小さく息を吐いたが、無言で生徒会室から退室していった。

 そしてそこには、ひたすら一人でテスト勉強に励む生徒会長・天使だけが残っていた。

 

 

 同じ頃、対天使用作戦本部。

 今日もまた、戦線メンバーたちが校長室に集まっていた。

 「遂に……この時がやってきたか」

 校長室の窓から外を見詰めながら、この戦線のリーダー的存在であるゆりが真剣に呟いた。

 「何だ? 何か、始まるのか」

 それを聞いた俺は、その言葉が気になって、ゆりの背中に問いかけてみた。

 そして俺の疑問に対して、ゆりは静かに答えた。

 「天使の猛攻が始まる……」

 「天使の猛攻……ッ?」

 俺は、頭の中で何故かたくさんの天使が俺たち戦線と壮絶なる戦いを繰り広げている構図を思い浮かべた。

 あの宿敵足る天使の猛攻とは一体どんなものなのか、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。

 「て、天使の猛攻って……どうしてなんだ?」

 俺は思わず、緊張の息を微かに漏らした。

 そして、変わらないゆりの真剣な答えが返ってきた。

 「―――テストが近いから」

 「……………」

 一瞬、俺の緊張は思わぬ所へ吹っ飛んでしまった。

 というか、拍子抜けしたような気分に陥る。

 「あー……何故?」

 「考えればわかるでしょう」

 俺の間抜けな声に、高松が即答してくれた。

 「授業を受けさせることも大事ですが、テストを受けさせて良い点を取らせること。 それも大事なことです。 天使にとっては」

 俺のさっきまで思い描いていた恐ろしい構図があっさりと崩れ落ちる。

 だが、ゆりが振り返りながら言葉を紡いだ。

 「けどこのテスト期間、逆に天使を陥れる大きなチャンスになり得るかもしれない」

 それは、何かを思いついたかのような表情と言い方だった。

 「それは……何故?」

 俺のそばで腕を組んで今まで黙っていた沙耶が、チラリとゆりのことを一瞥しながら口を開く。

 「天使のテストの邪魔を徹底的に行い、赤点を取らせまくる。 そして校内順位を最下位まで落とさせる」

 それはまた、容赦ないな……

 ある意味恐ろしい作戦だ。

 しかし、それが何になるのか。

 「名誉の失墜。 生徒会長としての威厳を、彼女は保っていられるかしら」

 なるほどな……

 「でも、それが何の効果になるの?」

 沙耶が再び聞いてみる。

 「少なくとも教師や一般生徒の彼女に対する見る目が変わるわ。 その行いには、今までになかった変化が生じる」

 「どんな?」

 「さぁ、そこまではあたしにもわからない。 でも、先日の球技大会で、彼女はあたしたちに負けた。 あれ以来、生徒会に対する変化は少なからず生じているわ」

 前に行われた球技大会は、奇跡的にも俺たちの優勝で終わった。だが、正式な手続き無しの行いで参加した俺たちに負けた生徒会としては、その顔に泥を塗ったような形になっただろう。しかも正当なルールで俺たちを排除するつもりが、逆に返り打ちにされたんだ。それを目撃した生徒、あるいは知った生徒は、そんな生徒会をどう思い、見るのか。それなりの影響は生じただろう。

 「更にここであたしたちは追い打ちをかける。 ここで完全に、天使の名誉を地獄の底に突き落としてみるのよ」

 

 それに、もし……天使が神による創造物でなく、鋼のような精神でもなく、自分たちと同じ人の魂だったとしたら。

 その名誉の失墜は、彼女の精神に打撃を与えることになる。

 

 

 そしてテスト当日。戦線はゆりの意向に選ばれた者たちによって、作戦を実行することとなった。

 テストが始まる前、ゆりをはじめとしたメンバーが天使がいる教室に侵入。

 作戦を円滑に進めるため、天使の近い席を求めることとなった。

 テストの席順はくじ引きで決められるため、メンバーは天使の近い席を狙ってくじを引く。だが、誰もが一向に天使の近い席を当てる様子は見られない。

 ゆりは一番を引いて喜びの声をあげていたが、それがすなわち作戦に一番ほど遠い意味の無いくじであることに気付き、思い切り怒りに任せてそのくじを床に叩きつけていた。

 結局、メンバーの一人である竹山が天使の前の席を手に入れ、そして―――

 

 「あ、あたし。 天使の後ろ」

 作戦に志願した沙耶が、天使の後ろの席を当てていた。

 沙耶が天使の後ろの席を獲得したことにより、俺たち戦線が天使を前後挟み打ちにした形になる。

 そもそも、何故沙耶がここにいるのか。

 実を言うと、沙耶は今回の作戦には含まれないはずだった。だが、沙耶は俺のパートナーであることを強調し、パートナーは一心同体であると豪語し、無理矢理作戦に志願したのだ。

 沙耶は前回の作戦(球技大会)の功労者だったこともあって、さすがにゆりも無碍には却下することはできなかった。

 こうして、沙耶を含め、俺・ゆり・日向・大山・高松・竹山による選ばれたメンバーで作戦は開始された。

 ちなみに作戦はこうだ。

 「答案用紙が配られる際、二枚持っていきなさい。 その一方を、回収する際に天使のものとすり替える。 そっちの答案用紙は白紙だと逆に不自然だから、馬鹿みたいな答えを並べておいて」

 そしてそれは天使の前の席を獲得した竹山の仕事になる。

 しかし馬鹿みたいな答えと言われても、どんなことを書けば良いかわからないと申し立てる竹山に対し、ゆりは簡単に答えてみせた。

 「将来なりたいものでも書き連ねておきなさい」

 「物理のテストですが……」

 「いいのよ。 飛行機のパイロット~♪とか、イルカの飼育員~☆とでも書いておきなさい」

 「相当な馬鹿だな……」

 物理の答案に将来なりたいものを書くのも、不自然以前の問題だぞ。

 「回収する時はどうするんです?」

 高松の問いに、ゆりは不敵な笑みを浮かべると、ビシッと日向の方を指差した。

 「日向くんッ! タイミングを見計らって、アクションを出しなさい! 全員がそっちに注目するように」

 「そんな無茶な……」

 さすがに日向も苦笑を浮かべ、呆れた風に言うが……

 「あなたを何のためにここに呼んだのよ」

 「はぁッ!? まさかそんな道化師役とは……ッ!」

 ゆりの驚くような新事実に、日向は額に手を当てて、がっくりと項垂れた。

 「で、その瞬間を見計らって竹山くんが後ろの回収し終えた答案用紙から天使の答案を引き抜き、偽物とすり替える」

 「……………」

 「とにかく、想定外のことが起きてもみんなでフォローし合うのよ。 いい?」

 全員がとりあえず頷く。

 色々と無茶かもしれないが、やるしかなさそうだ。

 だが、ここで最も重要な疑問にぶち当たる。

 「あ、待ってください。 名前の欄にはなんて書きましょう」

 竹山の質問に、その場にいる全員がはたと気付く。

 「天使」

 「アホか」

 高松が真剣に答えを返すが、日向に一蹴りにされる。

 「生徒会長、で通るんじゃね?」

 「そうだよね。 どうせイルカの飼育員って言う馬鹿な答えを書くぐらいだから」

 日向の言葉に、大山が同意するが、俺はどうしても納得いくはずもなかった。

 「いやいや、自分の名前ぐらい書けないとアホすぎるだろッ!」

 「というか、あなたたちが今まで名前を知らなかったのが驚きだわ……」

 沙耶の意見に、俺も激しく同意だ。

 よくもまぁ、敵の名前も知らずにこいつらは今までよく戦ってたもんだな。

 「知る機会なんてなかったもの」

 「よくなかったなぁッ!」

 「じゃああんた調べてきてよ。 職員室の名簿見てきて」

 俺は仕方なく、職員室に行って天使の本名を調べるしかなかった。

 「あっ、音無くん。 諜報活動ならあたしが得意だから、あたしが――――」

 沙耶が後ろで何かを言いかけていたが、それとは別の何かが、俺を引き止めていた。

 「―――っと?」

 振り返ってみると、俺の裾を小さく摘む天使の姿があった。

 「……どこ行くの? テスト始まるわよ」

 「あ…いや……ッ! 緊張してきて……」

 つい、下手な答えを返してしまう。落ち着け、俺。

 くそ……どうしよう。

 名前が生徒会長で提出されるなんて可哀想じゃないか。

 いやいやそれどころか……

 

 問い:20Ωの抵抗に3.0Vの電圧を加えた時、電流は何Aか。

 

 答え:電車の車掌さんアンペア~☆

 

 ―――なんて答えがぁぁぁ……ッッ!!

 

 「そんなに不安……?」

 「えっ? あ、いや……そういうわけではなく」

 「落ち着いて、大丈夫よ」

 アホなことを頭に浮かべていた俺を、本当に心配をかけるように話しかけてくれる彼女に、俺は良心が痛くなる。

 俺たちがこれからしようとしていることを思うと、正面から彼女を見ることができないな……

 「えーと……」

 天使が首を傾げている。

 何を悩んでいるのかと一瞬思ったが、もしかしたら俺をどう呼んで良いかわからないのかもしれない。

 そういえば自己紹介はしたことがないな。

 「あ、ああ……音無……」

 少し口が上手く動かせなかったが、とりあえず名前は言えた。

 「音無くん」

 そんな俺の名前を、彼女は確認するように言ってくれた。優しく呼びかけるように。

 俺の名前を言ってくれる彼女を見て、俺は自然とその言葉が漏れた。

 「俺も……あんたの名前、知らない」

 「私? ……立華」

 「下は?」

 「下……奏」

 「立華、奏……」

 俺はその彼女の名前を呟いてみた。

 美しい響き。

 名の通り、音を奏でるような、良い名前だと思った。

 「……ありがとう。 立華のおかげで、落ち着いたよ」

 「じゃあ、頑張って」

 その時のニコリと微笑んだ、立華の天使のような笑顔を、俺は忘れない。

 

 俺は彼女の名前を持って、ゆりたちのもとに帰ってくる。

 「立華奏、だとさ」

 「ああ、そんな名前だったわね」

 「…ッ!? 知ってたんじゃねぇかよッ!」

 「忘れてただけよ」

 何故か、その時のゆりはそっぽを向いていた。

 「くそ……なあ、沙耶。お前も何か……って、どうした?」

 沙耶の方に振り返ると、沙耶も何故か不機嫌そうな表情で、しかも銃の手入れをしていた。

 「ん~? なに、音無くん」

 「お前、なにやってんだよ!? そんなもんしまえッ!」

 「……あら、ごめんなさい。 銃って定期的に点検しないとすぐに錆び付いちゃうからね。 いつでも使える状態にしておかないと……」

 何故か最後の言葉で嫌な悪寒が走った。

 まったく、女というのはよくわからん……

 俺がそう思っていた頃、丁度教室に教師が入ってきた。そして、俺たちは各々の席に座り、遂に作戦実行の時がやって来たのだった。


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