Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.02 Encounter

 あたしは小さい頃から父に付いていった。

 父の職業は人の命を助ける医者という偉いお仕事だと聞いた。そんな父は主に治安の悪い国、政情が不安定な国、貧しい国を中心に世界各国を旅して、多くの人たちの助ける力となっていた。

 あたしも父の後を付いていくばかりで、幼い内に色々な国を見て、知ることができた。

 でもあたしは診療所内の片隅でじっとしているだけ。父の仕事を手伝える程の力もないあたしは、父の仕事の邪魔にならない所で静かに待っていることしかできない。

 世界の色々な国を回ることは、色々な国の言葉を知ることも大事だった。だからあたしは行く先々の国の文化や言葉を学ばされた。英語、中国語、フランス語、様々な言語を覚えていく。

 遊びも何も知らないあたしにとって、銃という存在は馴染みが早かった。

 父と共に行く先々の国は、命の価値が弾丸より低い国ばかりだったから、あたしは自分の身を護る力を持つためにも、銃の使い方も覚えさせられた。

 そしてあたしは何カ国もの言語と一緒に興味を覚えたのが、銃だった。

 まともな娯楽も知らないあたしにとって、銃は特別な存在だった。

 

 こんな小さな弾が、人間の命をいとも簡単に奪い去ってしまう。

 

 そう思うと、確かに人の命は、この小さな一発の弾丸より、価値の低いものと言えるかもしれない。

 

 ねえ……

 

 ―――あたしの命は、どれだけの価値があったの?

 

 

 

 「……………」

 ゆっくりと目を開けたあたしの視界に入ってきたものは、辛うじて雲がうっすらと見える夜空。

 あたしは大の字で、地面に転がっていた。

 端から見れば、滑稽な姿だろうな。

 あたしは手に砂利の生々しい感触を味わいつつ、起き上がる。

 辺りを見渡す限り、ここが広大な砂地だというのがわかる。いや……こんな光景を、漫画で見たことがある。

 ここは所謂、学校のグラウンドだ。円にして囲むように描かれた白線、そして先に見える校舎。明らかにここは学校の真っただ中だ。

 グラウンドのど真ん中で寝そべっていたという滑稽な状況。

 手に纏わりつく砂利の感触を確かめつつ、あたしはここがどこなのかを詮索した。

 本当はここがどこなのか、わかっていたのかもしれない。ただ、確証がなかっただけ。だって、この手に纏わりつく砂利の感触や、肌に感じる空気は、あたしが生きていた世界と何ら変わりないのだから。

 だが、はっきりと覚えている――――

 

 いや、はっきりと言えるほど、記憶がしっかりしているわけではない。

 

 土砂に埋まった自分の身体。雪のように冷たくなっていく心。体中の熱が奪われていく感覚は、脳裏に焼き付いている。

 だが、その前の記憶がノイズが走ったかのようにおぼろげだ。まぁ、あんなことになっちゃったんだから、記憶が曖昧になるのも当然か……

 

 「―――く…ッ」

 あたしは、額に手を当てて、肩を震わせる。

 「あーはっはっはっはっ!」

 そして、これ程可笑しいことはないと言いたい風に、大っぴらに笑う。

 淡い月が輝く夜空の下、静寂と共に広大に広がるグラウンドの中で、あたしの笑い声が一層高く響き渡る。

 ああ、可笑しい。

 もしかしたら、ここは……

 「……ん?」

 ふと、あたしは変な音を遠くから耳にする。

 ここはどうやら随分と広い学園らしい。校舎とは別にまた違う建物がある。そして、その向こうから聞いたことがあるような音が聞こえる。

 そう、これは昔、何度か聞いたことがある……

 拳銃の発砲音。

 人が人を撃っているような音だ。

 とりあえず、あたしはその音が気になって、校舎の近くに見える大きな建物の方へと向かった。

 

 つまずきそうになる足。いくら走っても、向こうは歩いているはずなのに、ぴったりと貼りつかれているような感覚を覚える。

 時に振り返り、一発、一発とお見舞いしても、今の彼女にはまるで歯が立たない。

 すぐにその鋭利な刃で弾き飛ばされてしまう。

 「な、なんなんだよそれぇッ!」

 撃ってもまた、彼女の身には届かない。

 俺はライブの喧騒が聞こえる大食堂があるホールへと走る。荒い息を吐きながら後ろを振り返るが、彼女は―――天使はぴったりと追いかけてくる。向こうは歩いているから追いつきこそしないが、奴の右手から伸びる刃が俺に奇妙な威圧感を与えた。

 一度自分の心臓を貫いた刃に対して、自分の身体が拒否反応を示していることは明確だった。

 「くそ…ッ!」

 最初に天使と遭遇した一人が発砲すれば、後のメンバーは気付くと言っていた。きっと、もうすぐ俺の所に他の奴らが増援に来るだろう。

 それまでに、なんとか逃げ……

 「ッ、あ…っ!?」

 俺はホールへの階段の手前で、足を躓くというドジを踏んでしまった。

 階段の段差に思い切り身を倒してしまい、激痛が走る。

 「―――ッ、テェ……」

 だが、涙ぐむ余裕さえなかった。いつの間にか、転んだ俺のすぐそばまで、天使が近づいていた。

 「―――ッ?!」

 無機質な瞳が、じっと俺を見下ろす。俺の手元に、拳銃はない。どうやら転んだ拍子にどこかへ放り投げてしまったようだ。どんだけドジなんだ、俺は。

 絶対絶命。武器も持たない俺に為す術はない。

 天使は無機質な瞳を俺に向けたまま、おもむろにその右手から伸びる刃を上げた。

 「――――!!」

 その刃が振り下ろされた時、俺はまた死ぬことになるだろう。この死なない世界で。

 天使の刃が、無情にも俺に向かって振り下ろされる。

 

 ああ、これで殺されるのは三回目か……などと、呑気に考える俺。

 

 せめて一瞬でも訪れる激痛に耐えようと身構えた時――――

 

 パァンッッ!!!

 

 一発の銃声が、俺の目を開けさせた。

 そして、即座に天使が銃弾を跳ね返す甲高い音。

 俺は呆然と、天使の方を見上げる。天使は、俺ではなく、別の方に視線を向けていた。

 俺もゆっくりと、天使と同じ方向に視線を見やる。あいつらが助けに来てくれたのだろうか?

 いや、違う。

 俺は、あんな娘を知らない―――

 

 そこにいたのは、天使やNPCと同じ制服を着た、少なくともSSSメンバーではない少女がいた。俺が落としたと思われる拳銃を構えた、金髪碧眼の少女は、まるで鷲のような凛々しさを醸し出していた。

 

 それが、俺、音無とあいつの出会いだった―――

 

 


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