Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.21 Expressed Feelings

 どうも。こちら遊佐です。

 戦線の中では影が薄い存在かもしれませんが、私の役目を考えればむしろそちらの方が好都合ですので、意図的にそうしていると考えてください。ええ、きっとそうです。

 何故なら私は云わば通信兵のような存在。戦線に関係する、もしくは必要な情報を伝えるのが私の使命。ゆりっぺさんから譲られたインカムは肌身離さず持ち歩いています。

 そんな私は時にゆりっぺさんのお側役、もしくは陽動班の実況ということでガルデモの方にいることも多いです。

 今日は一般生徒の噂から、立華さんが教師から職員室に呼ばれたという情報を手に、いち早くゆりっぺさんの所に極秘裏に伝えます。いつものようにインカムで、ゆりっぺさんの持つ無線機に通信を繋げる。

 「ゆりっぺさん」

 『ザザ……あら、どうしたの? 何か良い情報でも?』

 「はい。 一般生徒から聞いた話なのですが、目標である天使が職員室に呼ばれたという情報が」

 『ああ、それは沙耶ちゃんから聞いたわよ?』

 「………はい?」

 私は一瞬、ゆりっぺさんが何を言っておられるのか理解できなかった。

 『ついさっき、沙耶ちゃんと……あと音無くんも一緒にいたわね。 二人が、天使が職員室に入っていくのを見たって言いに来てね。 どうやら彼女、生徒会長を辞任させられた線が濃厚みたいなのよ』

 「……そうですか」

 なんと言うことだろう。通信兵ともあろう者が、大将への情報伝達に先を越されてしまうなんて。こんなことは今までになかったので完璧に油断していた。

 『それがどうかしたの?』

 「いえ……既にご存じであるのなら構いません」

 『あ、そうそう。 この事はまだ他のみんなに言っちゃ駄目よ。 まだ会長辞任とか、確定されたわけじゃないからね。 無駄に浮かばせたくもないしね』

 「……了解」

 私は語尾に近付くにつれて声が細くなっていくのを自覚しながらも、最後までゆりっぺさんに気付かれないように努めた。ゆりっぺさんとの通信を切ると、私はふらりとある場所へと足を向けていた。

 

 

 校舎の屋上で、私は一人、そよ風に当たっていた。

 ここは私のお気に入りの場所だ。高い所は遠くまで見渡せるし、索敵範囲も広い。情報を探すにはもってこいの場所だった。

 それと同時に、ここに吹き渡る風が気持ち良いのはちょっとした秘密だ。

 ここで一人になることは、私にとっては唯一の安らぎの時間だ。

 天使との戦いのことも忘れ、平和に溶け込むことが出来る場所。

 「……しかし、中々やりますね」

 だが、今はこんな所にいても頭の中は沙耶さんのことばかり考えていた。

 初めて彼女が戦線に加わった時から、一目見て只者ではないことはわかっていた。彼女には何か秘めたる力があるような気がした。他とは違う、自分たちとは異なるものを持っていそうな。

 「……………」

 私はそっと尻もちを付いて座りこむと、無言で膝に口元を埋めるようにじっとなった。静寂な時間が流れ、心地良い風が私の肌や髪を撫でた。元気がいっぱいの人が多い戦線の中でも、普段から活発ではない自分自身が安らげる、そんな時間。

 長い間静かなゆりかごに身を委ねていると、自分が雲に乗っているような感覚に陥ってしまう。そして気付くといつもうとうととしてしまっている。そのまま気付かずに寝てしまうこともしばしば。でも今日は、遠くから聞こえてきたガルデモの演奏に、目を覚ました。

 「……ユイさんたちですね」

 遠くから勇ましく聞こえてくる演奏。校舎の空き教室でいつものようにユイさんたちが今度の陽動ライブに備えた練習をしている。

 ユイさんが加わって初めてのライブだ。練習もまたより一層熱が入っていることだろう。

 そこで、私はハッとある事に気付いた。

 「新曲……」

 聞こえてくる演奏は、今までに聞いたことのないような新曲だった。

 そして、微かに聞こえてくる歌詞。歌っているのは勿論ユイさんだった。

 「……………」

 私は他人にはわからないほどの微かな笑みを浮かべる。

 他人からして見れば、私は無愛想らしい。昔からよく言われている。自分でも自覚はしている。でも、私はロボットみたいに無感情というわけではない。その時の感情に応じた表情はしているつもりだ。他人に気付かれることは滅多にないが。

 でも、こんな自分の感情に気付いてくれた初めての人―――

 ただ唯一、たった一人を除いては―――

 「あれ」

 「!」

 声のした方に振り向くと、開いた扉に一人の女生徒が立って、私の方を見ていた。彼女は私と同じ制服を着ている。流れた金色の長髪とリボン、そして蒼い瞳。

 「沙耶さん……」

 「あなたは確か……遊佐さんね」

 「はい」

 初めて彼女に名前を呼ばれた気がする。

 彼女は気軽に微笑むと、私の所まで駆け寄ってきた。

 「あなた、屋上で何してるの?」

 「……いえ、特に何も」

 「ふーん」

 こんな風に会話することも初めてかもしれない。それにしても、こうして話してみてわかるけど、声がどことなくゆりっぺさんに似ている気がしないでもない。雰囲気と言い、トーンと言い、ゆりっぺさんに近い。

 「どうしたの? あたしの顔に何か付いてる?」

 「……いえ、何も」

 私はふるふると首を横に振る。

 沙耶さんは首を傾げていたが、ふと顔を上げる。彼女も気付いたようだった。

 「……あ、ガルデモの演奏が聴こえてくるわね」

 校舎から聞こえてくる演奏の音。彼女たちの練習する演奏の音が、風に乗って届けられる。沙耶さんや私の髪がサァッと風に揺られて靡いた。

 「ここで浴びる風は気持ちいいわね」

 「……はい」

 沙耶さんがニコリと笑う。私はそれを見て、一瞬だけその人の面影と重なって見えてしまったことに、思わずどきりとしてしまった。

 やっぱり、ちょっと似てる……

 「沙耶さんはどうしてここに?」

 「あたし? うーん、特に理由はないわよ。 ただなんとな~く、階段を昇っていったら着いちゃったって感じ」

 こういう性格もゆりっぺさんにどことなく似ている。

 「それにしても、ここって案外良い所ね。 隠しスポットって奴かしら。 ここからだと学校中が見渡せて絶景ね」

 そう言って、沙耶さんは柵から乗り上げる勢いで目の前に広がる光景を見渡していた。風に揺られて、ぱたぱたとはためくスカートを抑えようともしない。おかげで座ってるこちらからはあるものが丸見えなのだが、女同士ということがあるからか、どうやら向こうは全然気にしていないようだった。いや、あるいは―――

 「……沙耶さん」

 「ん?」

 「……丸見えですよ」

 「んな…ッ!?」

 私が教えた途端、慌てるようにスカートを引っ掴む沙耶さん。

 ただ単に気付いていなかっただけみたいだった。

 「(別に女同士だからそのままでも良かったのかもしれませんが……)」

 その時、私は頬を赤く染めた沙耶さんが少し涙目でこちらをジッと見詰めていることに気付いて、私は口を開く。

 「……何か」

 「うー……遊佐さん、はっきり言うわね……」

 「すみません。 その場の情報を的確にお伝えするのが私の癖ですので」

 「変わった癖ね……」

 「更に申し上げますと、沙耶さんの今日の下着を見る限り、ピンクでシンプルなものを好んで履いてらっしゃるようで」

 「ふんがぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」

 やっぱり面白い人だった。

 私の淡々と漏らす情報に、沙耶さんは悶絶を繰り返していたが、やがて頭から煙を吐くと沈黙した。そんな沙耶さんに、私は最後の追い打ちと言わんばかりに一つぽつりと思いついたことを漏らしてみた。

 「ちなみに音無さんにも見られ、しっぽりむふふと」

 「な、なな、何で知ってるのよッ!? いや、あたしと音無くんはそういう関係じゃないわよッ!? ただあの時は、訓練中のハプニングと言うか……アクシデントと言うか……事故のようなものでッ!」

 「……すみません、本当でしたか。 いつもご一緒ですから、ちょっと言ってみただけでしたが。 まさか事実だとは」

 「うあああああッッ!! 墓穴掘ったぁぁぁぁ……ッッ!!」

 「……ご安心ください。 この情報は機密にしますので」

 「うううう……」

 少しやり過ぎてしまっただろうか。涙を流しながら、沙耶さんは隅の方に小さくなっていた。

 「……どうせあたしはエロスパイよ……ブツブツ……」

 「あの……」

 隅の方で小さくなり、不穏なオーラを漂わせながらブツブツと独り言を呟いている沙耶さんの背中を、私は小さく呼びかける。

 「すみません、少し言い過ぎました」

 「い、いいのよ……周囲に気を配らないあたしも悪いから……」

 「……………」

 沙耶さんは「いいのいいの」と手を小さく振りつつ、苦笑を浮かべながらゆっくりと立ち上がる。私はそんな沙耶さんをジッと見据える。何だか沙耶さんを苛めていると、ゆりっぺさんを苛めているみたいで……

 ぞくり。

 「……快感ですね」

 「?」

 私が呟いた言葉に、沙耶さんはわけがわからないという風に首を傾げていた。

 「―――にしても、遊佐さんにもそんな一面があるなんてね~」

 「え…?」

 沙耶さんはニッコリと笑って、きょとんとなった私に向かって、言葉を続ける。

 「遊佐さんとはあまり話したことがなかったから、ただ大人しい娘だと思ってたけど、実際話してみれば遊佐さんも色んな顔をするのね」

 「―――!」

 「今まで見れなかった遊佐さんの一面も見られたし」

 「……私、そんなに色々な顔をしていましたか?」

 私の質問に、沙耶さんは「え?」となる。沙耶さんは私が何を言っているのか、一瞬理解できなかったのかもしれない。端から見ればおかしな質問かもしれないけど、私にとってはちょっと違うことだ。

 「遊佐さん、あまり表情を変えない人だなぁと思ってたけど……思ってたよりそれほどでもなかったわね。 確かに顔にはあまり表情は大して変化はないのかもしれないけど、実際に話してみないとわからない、遊佐さんの気持ちがちゃんと伝わってたわ」

 「……!」

 私は沙耶さんのその笑顔と言葉に、ある人の顔と重ねていた。

 それは、かつて“あの人”が言っていた言葉と同じだった――――

 「……………」

 「あ……」

 その時、私の顔を見て、沙耶さんが目を丸くしていた。

 私の今の気持ちが、明確に“表情”に浮かんで相手に伝わった表れと思うべきだろうか。

 沙耶さんが、また笑った。

 そして私も――――微笑んで、彼女と笑顔を向け合わせていた。


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