Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.22 The Cute

 テスト期間終了後。私たちの敵、天使が生徒会長を辞任したと聞いた後のことでもあるが、大山の調子がおかしかった。あのテスト期間に行われた作戦に大山も参加していたと聞いたが、それと関係があるのかは私にはわからない。

 「はぁ……」

 そう。こうやってまた溜息を吐いては……

 「あは……ははは……」

 何かを悟るように、遠い目をして笑っている姿など、不気味にも程があった。

 だが、どうしたとか、そういうことを私の方から聞くことは決してしなかった。私はいつものように隅の方で腕を組んで立つだけだ。

 「おい、椎名」

 目を開くと、目の前に木刀を持った藤巻が立っていた。相変わらず目つきの悪い目で、人を見てくる。

 「何だ、藤巻。 何か用か」

 「用っちゃ用だけどよー……まぁ、大山のことなんだけどよ」

 私は不意にぴくりと反応してしまうが、興味が無いように装う。

 藤巻がそんな私をジッと見詰めてくるが、気のせいだと思っておこう。

 「……大山がどうかしたのか」

 「最近あいつ、元気ねーじゃん? 親友の俺が慰めようとしても、あの状態だ。 椎名、お前、大山のこと励ましてやれよ」

 「……何故私が」

 そこで何故自分にその役を任せられるのかがわからない。

 大体、親友と言う藤巻が無理だったのなら、私なんてもっと無理に決まっているだろう。

 「……関係ない」

 「んなこと言って……前から元気ない大山のこと、気にかけてくれてるくせによ」

 「!!」

 最後の方で、藤巻は周りに聞こえないような小さな声で言ったが、私は不覚なことに、動揺してしまった。

 「……な、何を言う」

 藤巻が何故か溜息を吐く。それが何だか私にとっては無性に気に障っていた。

 「く……貴様」

 「あーいいやいいや、何も言わなくていい。 けどよ、大山のことはお前に任せたぜ。 あいつにはお前が適任だ」

 「……本当にさっきから何を言っているのだ、貴様は」

 「それにああいう状況の男に声を掛けてやれば、お前のポイントもぐっと上がるぜ」

 「……殺すぞ」

 「んじゃ、後は任せたぜ~」

 背を向けると、藤巻はひらひらと手を振りながら部屋を去っていった。一人取り残された私は、黙って立ち尽くしていたが、また大きな溜息を吐いた大山の方を見てしまって、思わず足が大山の方に向かってしまった。

 

 

 「……どうした、大山。 最近様子がおかしいぞ」

 「あ、椎名さん……」

 対天使作戦本部。元は校長室だった僕らの根城。その部屋のソファーに座って溜息を吐いていた僕に、隅の方からやって来た椎名さんが僕に声を掛けてきた。

 「僕、そんなにおかしかったかな……?」

 「ああ。 不気味なほどに」

 「あはは、そんなに僕、変だったんだね……」

 椎名さんのはっきりとした返答に、僕は苦く笑った。

 「……まさか落ち込んでいるのか?」

 「う、うん……まぁ、色々あって……」

 「色々? もしや、前の作戦に何かあったのか……?」

 図星をつかれた僕は、椎名さんの言葉にギクリとなった。普段から色々と鋭そうな椎名さん。今のわかりやすい僕の反応にも、椎名さんはきっと気付いただろう。隠しても仕方ないし、ここは正直に話そうと思った。

 「ちょっと、聞いてくれるかな……」

 「……ああ」

 「えっと……テストの時の作戦はどういう内容だったか知ってるよね。 天使のテストを赤点にする作戦」

 「ああ、聞いている」

 「天使のテストを赤点に仕向けるために、偽物を取り替えるためにクラス中の気を引かなくちゃいけなくってさ。 それで、僕を含めて日向くんや高松くんたちも、周りの気を引こうと色々と頑張ったんだよね」

 「うむ」

 「でね……それで僕、天使に『好きです』って告白しなくちゃいけなくなって」

 「……ッ!?」

 「?」

 「…ッ! 続けろ……」

 一瞬、あのいつもクールな椎名さんが動揺したかに見えたけど、きっと僕の見間違いだろう。それに天使に告白するなんて誰が聞いても動揺するというか、驚くことだろうし、僕はそう思って言葉を続けた。

 「それで、テストが終わった時に、本当にクラス中のみんなの前で天使に告白してね」

 「ほ、本当にしたのか……」

 「あはは、残念なことだけど、ノンフィクションだよ……」

 「……そうか。 ……で?」

 「え?」

 「え、じゃない。 それで、どうなったのだ。 その……天使からの返事だ。 了承したのか?」

 何故か椎名さんがいつもの冷静さを崩して、少し頬を朱色に染めて慌てるように僕に聞いてくる。こんな椎名さんを見るのは珍しいなと思いながら、僕は答えた。

 「い、いや……勿論、振られたよ。 僕の初めての告白だったけど、あっさりと終わったよ」

 「そうか……振られたのか」

 僕がそう言うと、一瞬だけホッと胸を撫で下ろしている椎名さんがいた。いつものクールな椎名さんにしては珍しい所を目撃した僕は、首を傾げた。

 「何で僕が天使に振られると、椎名さんが安心するの?」

 「…ッ!」

 僕が首を傾げて、「なんで…?」と椎名さんの顔を下から覗き込むように聞いてみると、何故か椎名さんはそんな僕を見て、ぼっと顔を真っ赤にした。ここまで動揺する椎名さんを見るのは、初めてのことかもしれない。

 「か、かわ……」

 「え?」

 「―――ッ!」

 椎名さんは言いかけた口を腕で覆うと、ズザッと後ずさった。「え? え?」と状況に理解できない僕が戸惑っていると、顔を赤くした椎名さんはぷるぷると震えだすと、背をくるりと振り向かせて全力疾走していった。

 「浅はかなりぃぃぃ……ッッ!!」

 「ええええッッ!?」

 椎名さんはいつもの口癖を叫ぶと、ものすごい速さで部屋から出て行った。

 

 

 「ゼェ……ハァ……」

 部屋から走りだした私は、遠くまで辿り着くと足を止めた。心臓がばくばくと鼓動を打っているのは、今まで全力で走っていたからか。

 「………何なんだ、私は」

 自分の行動が理解できない。何故、私は動揺し、そして大山の前から逃げてしまったのか。

 醜態の姿を晒してしまった。いつもクールな姿でいる私が、こんな羞恥の姿を見せるなど……

 「……不覚」

 私はいつもの自分に戻すために、落ち着きを取り戻そうと深呼吸した。自分という者が、他者のことでここまで心を惑わせられてはまだ未熟。これほどまでに動揺したのはこの世界に来て如何程かあっただろうか。

 「大山……いつか必ず……」

 ハッと気付く。自分は何をする気なんだろう。

 今日の自分は何だかおかしい。

 今日はもうあの部屋には行かないことにしようと心に固く決めた私は、ふらりとした足取りでその場から歩を刻み始めるのだった。

 

 

 

 「うーん、一体どうしたんだろう。 椎名さん」

 取り残された僕はソファーの横で、椎名さん持参の可愛い動く犬のぬいぐるみで遊んでいた。背中のネジを動かし、何匹も、玩具の犬がぴこぴこと目の前を適当に歩いている。僕はその光景をぼーっと眺めていた。

 前から知ってるけど、どうやら椎名さんは可愛いものが好きみたいだった。僕は自分自身が女の子みたいだと他人によく言われるけど、僕はそれが嫌だけど、でも僕自身は可愛いものは確かに好きだった。だから椎名さんの可愛いもの好きには気持ちがわかる気がした。こうして椎名さんと可愛い物で遊ぶこともたまにあった。僕が「可愛いね」と言って、椎名さんがクールに「浅はかなり」と返すだけの変なやり取りだけど。

 「うお。 戻ってみれば、大山が椎名の玩具を前にぼーっとしている姿は何だかシュールだぜ」

 「あれ。 おかえり、藤巻くん」

 藤巻くんはぴこぴこと動く玩具たちの前で足を止めると、僕を見下ろすような形で、僕に聞いてきた。

 「椎名はどうしたんだ?」

 「あ、それがね。 聞いてよ、藤巻くん」

 僕はあらかたの経緯を藤巻くんに説明した。説明を終えると、何故か藤巻くんは「テメェらは……」と呆れがちに呟くと大きな溜息を吐いた。

 「大山、テメェ鈍すぎるぜ」

 「えっ? 鈍い? 何が?」

 「いや、まぁ俺が口を挟むことでもねえんだけどよ。 ま、俺も大きなお世話だったかもな」

 「???」

 「なんでもねーよ。 あばよ、大山」

 「え。 う、うん……」

 そう言って、藤巻くんは一つ溜息を残していくと、部屋を立ち去ってしまった。

 「藤巻くん、何しに来たんだろ……」

 藤巻くんの言葉が若干気になるけど、考えてもやっぱりわからなかったので、気にしないことにした。

 

 

 「それじゃあ、配置は各自伝えた通り。 作戦開始時刻もさっき説明した通りよ。 じゃ、解散」

 今夜行われるオペレーション・トルネードの作戦会議を終えて、僕は部屋を出て、校舎の廊下を一人歩いていた。

 「椎名さん……どうしちゃったんだろ」

 僕はさっきから椎名さんのことばかり気にかけていた。

 多分だけど、心配をかけて僕に声を掛けてくれた椎名さん。あれから僕は椎名さんと会うことはなかった。さっきの作戦会議も、椎名さんはいつものように隅の方で腕を組んで立っているだけだった。僕は何度か椎名さんの方に視線を向けたけど、一度だけ目が合ってしまった瞬間、一瞬だけ身構えた椎名さんはそれから二度と僕と視線を合わすことはなかった。

 僕、何か椎名さんに失礼なことをしちゃったかな……

 あの椎名さんを怒らせるなんて、僕はなんてことをしてしまったんだろう。

 折角、落ち込んでいた僕に声を掛けてくれた人だというのに。

 「ん……?」

 いつもガルデモが演奏の練習をしている空き教室の前で、楽しそうに話している二人の女の子を見つけた。彼女たちは、ガルデモのメンバー、関根さんと入江さんだった。二人は、抱いている一つのぬいぐるみを巡って、きゃぴきゃぴと楽しそうに話していた。

 「ねえ、何してるの?」

 「あ、大山くん」

 「それは?」

 「これ、クマのぬいぐるみなんだけど、今女子の間で流行ってるのよ」

 「クマのぬいぐるみ?」

 「うん……見てみる?」

 入江さんが抱き抱えているクマのぬいぐるみ。僕は二人に薦められて、譲られたクマのぬいぐるみを抱いてみた。ふかふかしていて、抱き心地がとても良かった。

 「ねっ、可愛いでしょ?」

 「う、うん」

 「これ、可愛いし触り心地が凄い良いから、女子の間でいくつか回されてるのよ。 で、私たちのファンがこれをプレゼントしてくれてね」

 「へぇ、そうなんだ」

 女子と言っても、一般生徒のことだ。一般生徒とあまり関わらない者が多い僕たちは、学園で流行っているものがあっても、自力でそれを知ろうとしない限りは、あまり関わることはない。

 一般生徒から大きな人気を勝ち得ているガルデモは、一般生徒のファンを持っているので、一応こうして一般生徒と関わりを持つことは珍しくなかった。ファンレターやプレゼントだって貰うこともあり、ガルデモの人気の高さが伺えた。

 「(でも、本当に可愛いな……流行るのもわかるかも)」

 僕はふにふにとクマのぬいぐるみを触ってみる。可愛くて、しかも触り心地が良い部分は、見事に女子の気持ちをキャッチしている。これなら、椎名さんも喜びそうだな―――と、ふと思い至って、僕はハッとなった。

 「(そうだ…ッ! これ、椎名さんにどうかな……!)」

 名案とばかりに思いついた僕は、すぐに関根さんと入江さんに、このクマのぬいぐるみがどこで手に入れられるか聞いてみた。

 「うーん、そもそも出所は私たちもよく知らないからなぁ。 それだって、ファンの娘から貰ったものだし」

 「そ、そうだよね……」

 それに、女子の流行りものを男子の僕が欲しがるなんてのも変な所だ。やっぱり、諦めた方が良いのだろうか。

 残念だな、と頭を垂れた僕を見て、関根さんと入江さんがチラリと顔を見合わせていた。

 「欲しいのなら、あげようか?」

 「え…?」

 関根さんの言葉に、僕は驚きを隠せない表情で顔を上げた。

 「でも……ファンの娘から貰った大事なものなんでしょ?」

 「それもそうだけど、ほら、私たちは練習があるからさ。 次のライブも、特にユイが加わって初めてのライブだからより一層熱が入ってるのよね。 あまりそのぬいぐるみにも構うこともできないし」

 「それに……本当に大事にしてくれる人が貰ってくれれば、そのぬいぐるみさんも嬉しいと思うよ」

 関根さんと入江さんはそれぞれの言葉を僕に伝え、笑顔で頷いてくれた。

 僕は抱いていたクマのぬいぐるみを見下ろす。これをプレゼントすれば、椎名さんも喜んでくれそうだ。

 「二人とも、ありがとう……!」

 「それじゃあ、私たちは練習があるから」

 「うん、頑張ってね」

 「じゃあね……」

 そう言って、関根さんと入江さんは僕にクマのぬいぐるみを譲ると、練習に戻るために教室へと入っていった。

 クマのぬいぐるみを貰った僕は、それを持って、僕が行くべき場所へと足早に向かった。

 

 

 「ねえ、椎名さん。 ちょっといいかな」

 「……構わん。 何だ」

 対天使作戦本部に入ると、いつもの隅の方に椎名さんは腕を組んで立っていた。僕が近付いて話しかけると、椎名さんは一瞬警戒するように身構えたが、すぐにそれを解いて僕の話を聞いてくれた。

 僕は背中に隠しているものを、いつ椎名さんに渡そうかタイミングを計っていた。

 「その……さっきは何か怒らせちゃったみたいで、ごめん」

 「……………」

 「それで、お詫びと言ってはなんだけど」

 「……?」

 僕はゆっくりと、背中に隠していたもの―――可愛いクマのぬいぐるみを椎名さんの前に差し出した。

 椎名さんはそのぬいぐるみを見て、目を丸くした。

 「これ、今女子の間で流行ってるんだってさ。 可愛いから、椎名さんにあげようと思って」

 椎名さんの目の前に、例のクマのぬいぐるみを差し出すと、椎名さんはジッと鋭い視線でクマのぬいぐるみを見詰めた。

 そして顔を下げてマフラーの下に口元を隠すと、前髪で隠れた表情で、何かをポツリと呟いていた。

 「……なり」

 「え?」

 顎を下げて、ぽつりと呟いた椎名さん。

 小さい声でよく聞きとれなかったため、僕はクマのぬいぐるみを持ったまま、椎名さんの顔を覗き込んだ。

 「浅はかなりッッ!!」

 「ええええッッ!?」

 椎名さんは勢い良く僕の手から、クマのぬいぐるみを奪い取ると、今の勢いはどこへやら。今度は優しく扱うように、そっとクマのぬいぐるみを足元に置いていた。

 そして屈んだ椎名さんは、無言・無表情のまま、そっとクマのぬいぐるみを撫でた。今度は指を立てて、クマのぬいぐるみの頬を触った。ふにっとした柔らかい感触で、椎名さんの指を包んだ。クマのぬいぐるみの生地はとても柔らかいので、触り心地が良く、抱き心地も好評である。それが流行っている理由の一つでもあった。

 「……………」

 一瞬、椎名さんがとても表情をほわっと柔らかくした。

 そしてまた、ふにふにと連続でぬいぐるみの頬を指で触って、その指が生地に沈む感触を味わっていた。

 うっとりするような横顔で、椎名さんはクマのぬいぐるみをふにふにと弄り続けている。僕はそんな椎名さんの姿を見ていて、何だか微笑ましくなってしまった。

 「あの……椎名さん、気に行ってくれたかな?」

 「…!」

 僕に言われて、椎名さんはハッと我に返ったようだった。

 そして普段通りのクールな表情で僕の方に振り返るが、その頬はほのかに朱色に帯びていた。

 「……ああ」

 「良かった。 椎名さん、こういう可愛いもの好きだからどうかなって思って。 えっと、ど、どうかな……」

 僕はおそるおそる椎名さんに聞いてみる。

 椎名さんは普段と変わらないクールな表情で、僕をジッと見詰めていたが、やがてその固く結ばれていた口をゆっくりと開いた。

 「……大山」

 「あ、な、なに? 椎名さん」

 「……ありがとう。 これは必ず大切にする」

 椎名さんから出た意外な言葉に、僕は正直驚きを隠せなかった。

 微かに微笑んで、お礼の言葉を言ってくれた椎名さんの表情を見て、僕の胸がドキリと高鳴った。

 椎名さんも、こんな顔をするんだな……

 僕の知らない椎名さんの一面が垣間見えた気がする。

 そして心の中が暖かいものに満ち溢れてくるのを感じて、僕はその暖かい気持ちが何なのか、よくわからないけど、それによって素直に安心して、言葉を返すことができた。

 「そっか。 それは嬉しいよ」

 「……うむ、感謝する」

 「いいよ。 そもそもそれはお詫びの印と言うのもあれだけど、そのつもりだったからさ」

 「……違う」

 「え?」

 「……私は怒ってなどいない」

 「え、ええッ!? そ、そうだったのッ?!」

 「……すまない」

 椎名さんは申し訳がなさそうに、頭を下げた。

 でも、僕は椎名さんが本当は怒っていなかったことに何だかまた一つ安心していた。

 「そっか……てっきり、僕が椎名さんに何かしたのかと」

 「……いや、そんなことはない。 変な勘違いをさせてしまった私が悪い」

 「そんなことないよ。 僕の方こそ、ごめんね。 それにさ、椎名さんは僕のこと、心配をかけて話しかけてくれたんでしょ?」

 「……ッ!」

 椎名さんはギクリと震えて、顔を微かに赤くして、目を大きく見開かせて僕の方を見た。

 「心配かけてごめんね。 そして、ありがとう。 椎名さんにプレゼント渡せて、僕も嬉しかったよ」

 ニコリと微笑んで、僕も椎名さんにお礼の言葉を伝える。

 「……………」

 それを見て何故か顔を赤くした椎名さんは、小さく咳払いすると、普段のクールさに満ちた表情に戻った。

 「……ああ。 私の方こそ、感謝する」

 そう言って、椎名さんはクマのぬいぐるみをきゅっと抱き締めた。

 ぬいぐるみを抱く椎名さんはどこか嬉しそうだった。見ているだけでも、抱き心地が気持ち良さそうな光景だった。

 「うん。 それじゃあ、今日の作戦また頑張ろうね。 じゃあね、椎名さん」

 「……ああ」

 そして、僕はどこか吹っ切れた気持ちで椎名さんと別れた。椎名さんはいつまでも、僕がプレゼントしたクマのぬいぐるみを抱き締めていた。

 

 

 

 彼は私にクマのぬいぐるみをくれると、笑顔で立ち去っていった。

 いつも軟弱な笑顔を浮かべる奴だが、私も彼のように、もっと素直になった方が良いのだろうか。

 たまにそう思うことがある。

 だが、それはこれ。私は私、彼は彼だ。

 この私が私であることは、分かりきったことだ。

 私は―――

 

 私は、可愛いものが好きだ。

 それが動物であれ、玩具であれ、ぬいぐるみであれ、それらの可愛いものはすべて好きだ。

 私は渡された可愛い宝物を、ぎゅっと抱き締めた。

 この宝物を私にくれた彼は、相変わらず軟弱な―――可愛い顔を向けて、私の前から立ち去っていった。

 私が好きなものは―――可愛いもの。

 また一つ増えた宝物。

 私はこれを、今抱くこの気持ちと共に、大切にしていこう。

 これが私にとって一番の宝物となるものを、もう一度ぎゅっと抱き締めて、感触を味わいながら、そう思った。


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