Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.25 Suspicious Existence

 作戦のあった夜、一般生徒たちからの巻き上げで手に入れた食券で飯にあり付けていた俺たちの前に突然現れた、直井という生徒会会長代理が率いる生徒会に、俺たちは全員反省室へと連行された。

 反省室、と名の言う通り、部屋の中は必要以上のものは無く、嫌に殺風景な場所だった。本当に冷たい風が吹いていると思うほど、そこは寂しい空間だ。成程、“反省”をするにはもってこいの場所かもしれない。

 俺やゆりたちは第一反省室へと連れられた。戦線の主要メンバーがここに集められた感じだ。そして、半ば無理矢理座らされた俺たちの前には生徒会長代理様が毅然とした態度で立っている。

 「貴様らがここに呼びこまれたのは他でもない。 今回は時間外活動の現行犯ということで拘束させてもらったが、貴様らの余罪は既に数えきれないほど立証済みだ。 生徒会としては、これ以上低能な貴様らを見逃すことはできない」

 俺たちを座らせて、まるで自分が上にいる立場を誇示するかのように俺たちの目の前に立つ彼は、まるで汚いものを見下すような視線でずっと俺たちを見下ろしている。生徒会長の代理とは言え、こいつの口も相当汚い気もするが。

 「ふーん、で? だから何なのよ」

 だが、そんなことはゆりたちを逆に反発の度合を上げるだけだ。見下すような直井に対して、ゆりは鼻で笑うような態度を取ってみせている。そのゆりの反攻的な態度にも、直井はその目を変えることはなかった。

 「……先も言ったが、僕が生徒会長になったからには、貴様らに甘い選択の余地はないと思え。 僕は、今までのような更に甘い生徒会長のようにはいかないぞ?」

 俺は、一瞬彼女のことを思い浮かべる―――

 俺たちのせいで、会長を辞めることになってしまった、一人きりの少女。

 今、新たに生徒会長に変わった奴の前にいる時も、思える。俺たちのやり方は、本当にこれで良かったのかと。

 「……?」

 ふと、立華のことを思い浮かべた時、俺は視界の隅で立華を見かけた気がした。

 そう思って視線を向けてみると、そこにいたのは立華ではなく、まったく別人の一人の女子生徒だった。

 ショートに切り揃えた緑がかった黒髪に、眼鏡をかけて知的な雰囲気を纏った彼女は、見るからに大人しそうな少女を思わせた。本のようなものを胸に抱え、その腕に付けている腕章には『書記』と書かれている。それを見て、彼女が生徒会の書記であることがわかるが、生徒会書記なんて今まで不思議と見たことがなかった。

 座っている俺から見ても、立っている彼女は小柄な体型をしていることがわかる。背は差ほど大きくはなく、むしろ立華より少しぐらい小さいかもしれない。

 「……………」

 「―――!」

 彼女を見つけてどれくらいの時間が経ったかわからないが、眼鏡の奥にあるエメラルドグリーンの瞳が俺の視線と合ってしまった。俺は内心慌てながら視線を逸らす。変に見詰めてしまった。でも、一瞬だけではあったが、彼女のその瞳はまるで吸い込まれそうなほどで―――

 「出来ることなら貴様ら全員、罪に応じた裁きを今ここで与えてやりたい所だが、ここは裁判所でも刑務所でもない。 ただの学園だ。 よって、貴様らに対する罰は、自らの行いに反省を追求、そして厳重注意だ」

 「あぁら。 言った側から大したこともできないなんて、情けないわね」

 直井とゆりのやり取りに、俺はハッと今この場で起きている事象に意識を復帰させる。二人の間に火花が散っているのが見えてしまうほど、場の雰囲気はぴりぴりとしていた。

 「……しかし、その程度のことしか実行できないのであれば、その程度のものを出来るだけ厳しく締め上げれば良いだけの話だ」

 「?」

 「貴様らには一晩中、この反省室に居させてもらう。 明日の朝まで、みっちりと好きなだけ貴様らを反省させてやる」

 「なにいいいいいいッッッ!!?」

 ニヤリと笑った直井の口から漏れた言葉に、俺たちは一斉に素っ頓狂な声をあげた。部屋中に俺たちの声がびりびりと震えるが、目の前に立つ直井や書記らしい少女はびくともしなかった。むしろ少女は無表情を維持したままで、そして直井も見下すような視線を向けるだけだ。

 こうして、俺たちは一晩中、反省室の冷たい床に横になって寝る羽目となった。

 

 

 「やっっと解放されたぁ……ッ! あんな固ってぇ床に寝かされて首痛ッてぇ……」

 それぞれ固い床で痛めつけられた身体を伸ばしたり回しながら、俺たちは反省室をあとにした。本当に反省室で一晩を過ごし、やっとの思いで解放された俺たちは今回の生徒会の件について話し合いながら廊下を歩いた。

 「何なんだよ、あの連中は。 天使を生徒会から引きずり落とせば、俺たちの天下になるんじゃなかったのかよ」

 日向の言うことは戦線のほとんどのメンバーが考えていた理想だった。だが、結局それはただの理想にしか過ぎなかった。

 「今度あったら天使同様返り打ちにしてくれる」

 「一般生徒だから駄目よ」

 野田の言葉に、ゆりはばっさりと否定した。そう、俺たち戦線は一般生徒には被害を及ばせないことが鉄則だ。だから陽動のためのガルデモがあり、今まで平和的に一般生徒からも食券を巻き上げることができている。

 「沙耶、お前は何だか平気そうだな」

 反省室に連れてこまれた時から、何か考えごとをしているかのように無口だった沙耶。この時も沙耶は何か思い耽っていたような表情をしていたが、俺の言葉に気付いて、普段通りに返事を返してくる。

 「ああ、普段の寝所に比べれば楽なものよ。 それに屋根の下、床がある所に寝られるだけでも幸せなことだわ」

 「お前、ちゃんと寮で寝てるのか……?」

 沙耶は平然と答えてみせた。一体、こいつは普段どこで寝ているのだろう。普段からどこにいるのかよくわからないからこそ、かなり気になる所だが。

 「……にしても変ね」

 俺たち集団の真ん中を歩くゆりがぽつりと漏らした。

 「何がだ?」

 「あたしたちにこんな形で反省を強いる一般生徒なんていなかった」

 「天使が抑止力になってたんじゃないのか?」

 「…そうね。 NPCの行いは、基本的にはあたしたちの為すべき模範だけど、その感情は現実の人間のものと同じもの。 どんな偏屈な奴がいても不思議じゃないってわけか……」

 俺は、ゆりたちと初めて会って戦線に入隊した時、ゆりから聞かされたNPCに関する話を思い出す。

 NPCは元からこの世界にいた模範生徒。つまりゲームで言う所のノンプレイヤーコンピュータなのだが、その感情や行動は俺たち普通の人間と変わらない。見た目だけだと、普通の人間とは見分けがつかないほどに。

 「……つまりは、行き過ぎてた奴もいるってことだな?」

 ―――それが、生徒会長代理。

 「返り討ちが出来ない限り、天使より厄介だぜ」

 「日向くんの言う通り。 状況はやけに複雑だわ」

 「どうするよ、ゆりっぺ?」

 「色仕掛け、いきますか~」

 そう言いながら、ユイはポーズを取ってみせた。何のポーズかは知らないが、それがユイなりの色仕掛けを表すポーズなのだろう。すまないが、全然色の一つもないが。

 「お前のどこに色気があるんだよ」

 それをさすが日向と言った所か。直に口に出して言ってしまった。それに反応したユイがいつものように日向の方に押し掛ける。

 「んだとぉッ!? 見たことあんのかぁッ?!」

 「上着越しでも十分わかるさ」

 「だったら揉んだことあんのかぁッ!?」

 「へー、どれど……」

 と、あろうことか本気でユイの胸に手を伸ばしかける日向。

 「ば…ッ!?」

 まさか本当にやるとは思わなかったが、俺が思わず制止の言葉をかけようとしたその時―――

 「―――って、本当に触ろうとすんなぁぁぁぁッッ!!!」

 「ぐほぉぉッ!!?」

 ユイの壮絶な蹴り上げが、日向の股間に直撃した。

 「おま…ッ! が……ッ!」

 「ふんッ!」

 ぷす、ぷすと頭から煙を噴いて怒るユイの後ろで、股間を抑えて悶える哀れな日向。そんな奴には、同情の必要など皆無だった。

 「……お前が悪いぞ」

 「い、いや、冗談のつもりだったんだが……ッ」

 「……滑稽ね」

 俺と沙耶はそれぞれの言葉を、再起不能と化した馬鹿日向にくれてやった。

 「浅はかなり……」

 

 

 ―――対天使作戦本部。

 根城となる校長室に戻ってきた俺たちは今後の活動に関して話し合われた。結局、ゆりの「一般生徒の邪魔にならない程度に、各自授業に出て好き勝手に行動するように」という方針に皆が納得し、その場はお開きとなった。

 天使……立華が襲ってこなかったのは昨夜の件で実証済みだ。ということは、ゆりの考えは例の生徒会長代理の様子を見ることが目的なのだろう。

 「音無くん、沙耶ちゃん」

 皆が部屋を出た後、俺と沙耶だけがゆりに引き止められた。

 「これ、あなたたちが持っておきなさい」

 そう言ってゆりから渡されたものは、トランシーバー型の無線機だった。通信連絡装置としてはかなり貴重なものだ。

 「そんな貴重なもの、持っていていいのか?」

 「いいから」

 念を押されるように、俺はゆりから無線機を受け取る。続いて沙耶もそれを手に取り、懐にしまい込んでいた。

 「丁度良いわ」

 「? 何がだ、沙耶」

 「ちょっとあたしなりに調べたいことがあってね。 そんな時にコレは役立ちそうだわ」

 「調べたいこと?」

 俺は先程まえの沙耶の様子を思い出す。沙耶は昨晩から反省室にいる時も、ずっと考えごとをしているかのようで、声を掛け辛い雰囲気を纏っていた。それと関係があるのだろうか。

 「そう。 なら、何かわかったことがあったり、何か起こったら連絡を頂戴」

 「任せて」

 「……………」

 そして、俺と沙耶はゆりから渡された無線機を持ってその場をあとにした。

 沙耶と肩を並べて廊下を歩く中、俺は沙耶が何を調べようとしているのかを問うた。

 「一応聞くが……調べるって、何をだ? やっぱり……あの生徒会長代理か?」

 「……それもあるわ」

 「それも……?」

 隣を歩く足音が高く聞こえるのを感じながら、俺は沙耶の方に視線を移す。すたすたと隣を歩く沙耶の足音が、高く、そして微かに早くなっているような気がした。

 「立華のことか?」

 「……いいえ」

 俺は驚いた。あのテスト期間の時から、沙耶は何かと立華のことを気にかけていたみたいだったから、昨晩からのことも、立華絡みのことを考えているのかと思っていた。だが、沙耶は首を横に振ってみせた。

 「それじゃあ、何を気にしてるんだ?」

 「………それは」

 なんだ? この感覚は。

 沙耶が言いにくそうに、唇を噛んでいる。

 こんな沙耶を、俺は初めて見た。

 一体どうしちまったんだ、沙耶。俺にも言えないことなのか?

 沙耶は俺の顔を見ると、ハッと何かに気付いたみたいに表情を変えた。

 「……ごめんなさい。 変に思わせてしまうわね」

 「い、いや……こっちこそ、何だか悪いな。 俺、どんな顔してた?」

 「いえ、あなたは当然の反応をしたまでよ。 悪いのはあたし」

 何なんだこれは。意味がわからない。

 俺自身でもよくわからないけど、何故かざわざわと妙なざわつきを感じる。

 「……そうね、ただ一つだけ言えるとしたら」

 沙耶はぽつぽつと、小さく動く唇から言葉を紡ぐ。

 「立華さんの代わりに立った生徒会長代理――――の、隣にいた彼女。 生徒会書記と思われる一人の女子生徒のことよ」

 「…ッ!?」

 俺は昨晩初めて見た彼女の姿、そして一瞬だけあの吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳と目が合った瞬間を思い出す。

 脳裏から浮かび上がったエメラルドグリーンの瞳が、俺の目から身体全体を吸い込もうとするかのように、深く、そして研ぎ澄まされる感覚。

 「あたしは、前から気になってたの。 立華さんが生徒会長にいた時はいなかった人が、今はそこにいることが」

 「え……ッ?」

 以前(まえ)はいなかった奴が、現在(いま)はそこにいる。

 何故だろう。それだけで、俺の胸が嫌にざわつく。

 「なんだそれ……どういうことなんだ?」

 「わからない。だから、調査する」

 「……俺も、手伝った方が良いか?」

 一応聞いてみた。いつもパートナーとして引っ張り回されてきたが、きっと今回もそうだろう。というよりは、むしろ俺の方から望む所だった。

 だが―――

 「いいえ、ここはあたし一人でやるわ」

 「大丈夫なのか……?」

 「ええ。 ちょっと調べるだけだから、大したことでもないわ。 音無くんは、他のみんなと行動を共にして」

 「……………」

 「音無くん?」

 「……わかった。 ただし、何かあったら俺にも連絡くれよ。 俺はお前のパートナーなんだからな」

 俺がそう言うと、沙耶はぴたりと足を止めた。そして、綺麗に流れる金髪を靡かせ、ゆっくりと俺の方に振り返った。

 「……わかったわ」

 そして凛とした表情で、力強く頷いてくれた沙耶を見て、俺はその場で納得してしまった。

 確かに、これくらいなら沙耶一人で十分だろうな。逆に俺がいたら、足手まといになりそうだ。

 調べるだけ。大したことではない。沙耶の口からもその言葉が出た。俺もその意味は頭の中で理解していた。でも、何故か俺は微かな嫌な感じを知って―――こんなことを口に出していた。

 「―――気を付けてな」

 俺の言葉に、沙耶はもう一度、頷いてくれた。

 そして鳥の羽のようなリボンを揺らした金色の長髪を翻して、沙耶は俺の前からあっという間に消えていった。自称スパイを名乗る彼女は、まるで名乗る姿の如く、颯爽と俺の前から発ってしまった。

 そして俺は、嫌な気を感じた胸をぐっと抑えて、俺は俺のするべき場所へと向かった。


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