Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
―――学習練A練 教室。
俺たちはゆりの言う通りに、各自思いのままに授業に出ていた。勿論、真面目に受けているわけがない。各自で消えない処置のためにそれぞれ不真面目なことをして、適当に授業を受けている。
ある者たちは麻雀に耽、ある者は授業中にお菓子を食べ、ある者は机の上で寝そべり、ある者は筋トレをし、ある者は一分越しにトイレに行き、ある者は教室の後ろで指に色々なものを乗せて異様な光景を見せ付けていたりと、何が何だかわからなくなってくるな。
ちなみに俺は日向とだべっている。
「そういえば沙耶の奴、どこに行ったんだ? あいつ、授業に出てないみたいだけど」
「ああ、あいつは何か別の用事があるみたいで……」
「別の用事? なんだよ、それ」
「俺もよくわからないよ」
嘘ではない。実際、俺も沙耶がどうしているのか、知らない。
今までいなかった所に、突然のように現れたと言う生徒会書記。俺はあまり気にしていなかったが、沙耶は随分と気になったらしい。
―――いや、俺もどこかで気にしてたかもな。何故かあの娘の瞳がどうしても忘れられない。変に聞こえるかもしれないが、ただ純粋に合った視線が、凍てつくように俺の脳裏に張り付いてしまっているんだ。
「ふぅん、音無にもわからないことがあるんだな」
「何がだよ?」
「沙耶のことさ。 お前ら、いつも一緒にいるからな。 パートナーとか言っちゃってるし、お前らは知らないだろうが、ちょっとした噂のネタにもなってるんだぜ?」
「日向……言っておくが、俺たちはそういう関係じゃないんだからな。 勘違いしないでくれ」
「いつも男女二人でいたら、そういう噂が出るのは自然の摂理さ」
「それを言ったら、お前の場合も同じことが言えるじゃないか」
「誰だよ」
丁度その時、ガラッと扉を開けて一人の少女が入ってきた。彼女は俺たちの前を通り、自分の席に座ると、またすぐに「先生、トイレッ!」と手を上げて、呆れた教師の了解を得て再び席を立った。
俺は教室を出ていこうとするユイに、くい、と顎で指した。
「ばっか…! むしろ俺はあいつに暴力でやられては、やり返しの憎たらしい関係でだな…ッ!」
日向が即座に否定するが、その様子が何だか面白くて、俺はさっきの仕返しとばかりにもう一つ言ってやろうとした。
だが、その時―――
「そこまでだ、貴様ら」
教室の扉が開き、そこに姿を現せた生徒会会長代理の声だった。
「来たぜ、直井文人様」
日向がニヤリと笑って、俺にしか聞こえない声で囁く。
直井の登場により、場は一時騒然となる。教室を出ようとした途端に直井と遭遇したユイは、一目散にトイレを口実に脱兎の如く逃げ出し、麻雀に固まっていた松下やTKたちも手早く片付けると、颯爽と教室から飛び出してしまった。高松と椎名もいつの間にか消えていた。
そして教室の中で直井が目を付けたのは、机の上で寝る野田の姿だった。
幾つもの机を横に重ね、机をベッドにして寝ている野田に、直井と取り巻きがゆっくりと近付く。
「貴様、何のつもりだ」
直井の言葉にも、野田は目を覚まさない。
「……聞こえていないようだ。 良いだろう、このまま反省室へ運べ」
直井の言う通りに、取り巻きの二人が寝ている野田に近付こうとした。
その瞬間、野田がいきなり取り巻きを一瞬で薙ぎ倒すと、自慢のハルバートを手に持って立ち上がり、ビシリと刃を向けて叫んだ。
「―――何を反省しろと言うのだぁッ!」
「ひゃあッ!?」
「はッ?」
しかし野田が刃を向けた先には、顔も知らない悲鳴を上げる一般の女子生徒が一人。
そんな野田の背後から、直井が言葉を紡ぐ。
「授業中に堂々と眠り、あまつさえ罪なき一般生徒を恫喝しておいて、よくそんな疑問が浮かびますね」
そして直井は、フッと卑下するように微笑を浮かべて言った。
「ある意味あっぱれです」
その直井の言葉に、とうとう頭に血が昇った野田が、振り返り様に攻撃の構えを取ろうとした。
「なんだとぉ……ッ!」
が、その前に俺と日向が野田を捕まえ、急いで直井の前から走り去った。
「馬鹿ッ! ずらかるぞ!」
「待てこらッ! 逃げるのかぁぁッッ!」
「面倒事は起こすなってーの!」
俺と日向は暴れる野田を二人で抑え込みながら、教室を出て行った。
その後ろで、直井が鋭い視線で俺たちを見詰めていたことも知らずに。
その後、俺は一人で自販機の前にいた。自販機で買ったKeyコーヒーを口にしながら、俺はこんなことをしてどうなるのかを疑問に思っていた。
「……こんなこと続けて、意味あんのか…ッ」
俺は様々な感情が入れ混じる思い、その鬱憤を吹き飛ばすように、飲み干したコーヒーの空き缶をゴミ箱に思い切り投げ入れた。
「……とりあえず、教室に戻るか」
俺は次の授業にも出るために、教室へと戻ってきた。既に直井の姿も無い。日向たちは直井が現れたことによって、別の教室に移ったのか、日向たちの姿もなかった。だが、俺はあえて元の教室にまたやって来た。
「…!」
彼女の姿を見つけると、俺はふらりと彼女の後ろの席にどかっと尻を落とした。
何故だろう。教室の隅の席で、一人でいる彼女を見た時、何故か俺は彼女の近くに居たいと思ってしまったのだ。
チラリと見てみる。小さな背中、その背中を覆うほどの長い髪。トン、トンとペンの先を叩いている。
何かを考えているのか、立華はじっと机の上を見下ろしているみたいだった。多分、ノートかプリントに書かれた問題でも考えているのだろう。いつかのテスト期間の時に、休み時間の合間に勉強をしていた立華の姿を思い出していた。
そう、ああやって真面目に勉強していたのに、俺たちが落としちまったんだよな……
そう思うと、本当に悪い気がしてきた。
罪滅ぼしのつもりかどうかはわからないが、俺は立華にこんな言葉を投げかけていた。
「あのさ、腹減ってないか?」
「……減ってないけど。 こんな中途半端な時間に……」
「そうか……」
確かに、まだ昼までは時間が少々掛かるし、朝飯を食べていればまだ腹を空かせるには足りない時間か。
だけど、これならどうだ?
「学食にさ、辛過ぎて誰も手を付けない噂の麻婆豆腐っていうのがあってさ」
トン、トンというペンの音が止まった。
「試しに食ってみてさ、これが驚くほど美味くてさ」
お、気にし始めた。やっぱり好きなのかな、麻婆豆腐。
「―――あのさ、良かったら奢るよ」
その時、ガタッと立ち上がる立華。
「どう、かな……?」
そして俺の前を通り過ぎ、廊下へと向かった。俺がそれをぽかんと見詰めていると、廊下を出る前で振り返った立華に不意に声を投げかけられた。
「…なにしてるの?」
「あ、ああ。 行くよ…!」
何故、俺は立華を誘ったんだろう。
理由はわからない。ただ、一人寂しそうな立華の背中を見た瞬間、俺は気が付くと立華に声を掛けていた。
何なんだろうな、俺……
自分でもわからないもやもやした気持ちを胸に抱えながら、俺は立華と共に食堂へと向かった。
教室を出て、立華と一緒に食堂へ向かう途中で、隣の教室の前を通り過ぎる時、教室を覗く沙耶と遭遇した。
「(なにやってんだ、あいつ……)」
廊下から教室の中をじーっと見詰める沙耶の姿は、どこからどう見ても不審だった。行き交う一般生徒たちの注目を集めているが、本人は気付いていないようだった。
「あの娘、なにしてるのかしら……」
「さぁな…」
こういう場合は、関わらない方が良いんだと、俺は今までの経験から察することができた。
きっと沙耶は例の調査をしている最中なのだろう、というのは容易に想像できた。これが調査というのも、沙耶らしいなと感じた。
結局、俺は教室を覗く姿に注目を浴びている沙耶をあとにして、立華と食堂へと向かった。
―――学園大食堂。
時間外だからか、食堂には俺と立華の二人しかいなかった。俺たちは食券で買った麻婆豆腐をそれぞれ手に取ると、席に付いて食べ始めた。俺は二度目の邂逅となる真っ赤な麻婆豆腐を、一口放りこんだ。
「ぐ…ッ! やっぱ辛ェ…ッ!!」
口の中を火車のように辛さが覆う感覚は、間違いなくこの世界で一番辛い食べ物であることを実感させられた。
「でもこういうのってさ、ご飯と一緒に食べるもんだよな…!」
「そう…」
「そうって……これだけじゃ、いくらなんでも辛すぎない?」
「別に……ただ…」
「ただ?」
立華は平然と、俺みたいに口元を赤くすることもなく、一口啜った。
「美味いわ……」
「……そっか。 辛いっていうのが好きと言うより、麻婆豆腐が好物なんだな」
俺の一言に、立華は不思議そうな顔をしていた。
「どうした?」
俺は熱くなった口元を潤うために、水を飲む。
そして紡がれる立華の、意外そうな言い方をした言葉。
「……私、麻婆豆腐が好きなの?」
「いや、そんなの俺に聞かれても……」
「初めて知った……」
他人に言われて、自分の好物に初めて気付く立華の表情を見て、俺はつい苦笑してしまった。
立華は一口よそった麻婆豆腐を見詰めていたが、ふと、その視線が別の方へと移される。その直後、俺の右背後から、あいつの声が聞こえた。
「立華さん」
その声だけで、俺はそこにいるのが誰なのかをすぐに知った。
「こんな時間に何をしているのですか……」
「見りゃわかるだろ、食事だ」
俺が代わりに言い返してやる。だが、直井は面倒くさそうな目で俺を一目見ただけで、すぐに立華の方に視線を戻して、再び言い始めた。
「休み時間での食事は校則違反だ」
「……忘れてた」
「ええッ!?」
意外な立華の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「そうだったわね……校則違反だった……忘れてた……」
俺はそんな立華を見て、すぐにわかったことがある。
目の前の立華の様子を見る限り、素で忘れていたに違いない。今は生徒会長を辞めさせられた身とはいえ、元から真面目な生徒として居る立華をここまでにするなんて、好物の麻婆豆腐恐るべしと言う他ない。
そして校則違反とわかるや、素早く麻婆豆腐を食べ尽くす立華の姿もまた、麻婆豆腐愛の深さを垣間見た気がした。
まぁ、そんなことを思っている場合でもなかった―――
「連れていけ」
直井の一言で、俺と立華は囚人の如く、頑強な牢屋に閉じ込められてしまうのだった。
「くそ…ッ! 休み時間に麻婆豆腐食ったからって、これはないだろ…ッ!」
俺は屈強な扉に体当たりするが、肩を痛めるだけで扉はビクともしなかった。休み時間に飯を食べただけでこの仕打ちはあんまりだ。普通のことではない。
「つーか、どこだよここは…! まるで独房じゃないか…ッ?!」
俺たちが放りこまれ、閉じ込まれた場所を見渡してみると、そこは前に一晩過ごされた反省室とは全く違った空間だった。ベッドとトイレという、必要最小限のものしかない殺風景な場所で、まるで囚人が閉じ込められる牢屋のような場所だった。
「眠い……」
「は?」
立華はぽつりと漏らすと、ふらりとベッドへと向かった。そして「眠るわ」とはっきりと言うと、靴を脱いでベッドの上に乗り始めた。
「お、おいおい! そんな場合じゃないだろッ!?」
こういう状況下で寝るなんて、なに考えてるんだ。
「他にすることあるの?」
「おかしいじゃないか! こんな独房みたいな場所に閉じ込められてよぉッ!」
だが、立華は構わずベッドの隅を陣取ると、まるで当たり前のように言い始める。
「それで反省になるのなら仕方ないじゃない」
「いや…! だからって、この状況で寝るか普通…ッ?!」
しかし立華はふぁ…と欠伸をすると、「おやすみなさい…」と言い残し、壁に寄りかかって本当に寝始めた。そんなに時間もかからない内に、立華の静かな寝息が聞こえてくるようになった。
「マジで寝やがった……」
俺は呆れて、思わず溜息が出てしまった。
仕方なく、俺も今は何もできない状況に身を任せることにして、ベッドに座り込んだ。
「(……他のみんなはどうしてるかな、沙耶は……どうだろうな)」
俺と立華が閉じ込められている間、外にいる連中のことなど知る手段もない。そしてその状況下で、俺はある一人のパートナーを思い出していた。
「はぁ……」
こうやって敵に捕まった時に、仲間のスパイが助けに来ないかなという映画みたいなノリを考えて、俺はそんな考えを浮かべた自分に自嘲するように、くくっと笑った。
笑っている場合でもないが、今の状況では立華の言う通り、他にすることがない。
どうやってここから出るかな……というか、果たしてここからいつ出られるだろうか。
そして直井の目的は、何なのか。俺たちをここに閉じ込めるなんて、やっぱりどう考えても異常だった。何か、他に関わりがあるのだろうか。
そんなことを考えている内に、俺はゆらりと波のように押し寄せてきた眠気に覆われ、何時しかその意識を闇の中に沈ませていた―――