Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.03 Girl

 俺がこの世界で目を覚ました時、早速と言わんばかりに心臓を一突きにされた。

 怪しい集団に勧誘する変な女と、自称生徒会長を名乗る女。

 俺はこの世界に来て、変な女ばかり遭遇している気がする。

 この、死後の世界で。

 そして、今回もまた―――

 

 「な……ッ」

 俺の目の前で、振り下ろされたと思われた天使の刃が、別の方向へと向けられていた。

 既に、天使の興味は俺ではなく、あの少女に向けられている。

 火薬の匂いを漂わせる拳銃を構えた、一人の女。彼女が天使に向かって、撃ったのだ。その一発の銃弾を、天使が即座に反応し、弾き返した。

 俺は、助けられたのか?

 だけど、あの少女はまた初めて見る顔だ。メンバーを紹介された時にも、こんな顔は見たことがない。そもそも、彼女が着ているのはあいつらの独自の制服じゃない。目の前にいる天使や、ゆりが言っていたNPCとかいう他の連中と同じ制服だ。

 「な、なんなんだ……?」

 ワケがわからない。

 あいつは、敵なのか味方なのか?

 「ちょっと、そこのあなた」

 「…ッ?!」

 拳銃を構え、天使と対峙したまま動かない少女は、おそらく俺に向かって声を掛けたのだろう。

 「あたし、実を言うとこの状況がよくわからないんだけど、こういう場合はどうした方がいいのかしら?」

 それはこっちのセリフだ。

 つーか、状況もわからないで引き金を引いたって言うのか、あいつは。

 どんな精神してるんだ。

 「えーと、まぁ」

 とりあえず、この場の最善の打開策と思われる方法を伝えといてやるか。まぁ、実用性は疑わしいけど。

 「逃げたほうが、いいぞ?」

 「はぁ?」

 拳銃の矛先を俺の目の前で背後を見せる天使に向けたまま、少女は間の抜けた声をあげた。

 「お前、知らないかもしれないが、相当やばい事に首突っ込んでるから」

 人のことが言えた口かよ、俺。

 たかだかこの世界に来てまだ日が浅い、記憶すら無い俺が何を先輩面するように言ってるんだか。

 「……………」

 少女はじっと、俺や天使の方を交互に見渡している。天使の右手から生える光の刃。弾が当たった天使の腹に滲む、血。それらを見て、これが普通ではないことぐらい、わかってくれたことだろう。

 「……あなたこそ、ここから逃げるべきじゃない?」

 「ごもっとも」

 それにしても、あいつ、誰かに似てるな……

 それも、つい最近出会った奴に。

 「……ねえ、ちょっと聞いてくれる?」

 「なんだ。 あまり長いのは勘弁してくれよ」

 この状況だしな。

 幸い、天使も動きを止めているから良いとして。

 「あたし、ここに来たばかりで右も左もわからない有様なのよ。 だから……あなたには色々と聞きたいことがあるの」

 「……………」

 驚いたな。この世界に来たばかりだって?

 俺と同じ……いや、俺と違って、この世界に来たばかりのくせに、あいつは自分でも知らない間に、この世界に順応している。

 なんだか、ちょっと可笑しいな。

 「あたしはあなたに聞きたいことがある」

 一歩、彼女の足が前に出る。

 「―――!」

 同時に、目の前の天使も遂に動き始めた。

 「だから―――」

 次の瞬間、ほぼ同時と言ってもいいように、双方がお互いに向かって駆け出した。

 一直線にお互いに向かって走り出す二人。彼女は走りながら、拳銃の引き金を何度も引く。

 天使もまた、それらの銃弾を適当に弾きながら、刃の矛先を彼女に向けていく。

 遂に二人が衝突、天使の刃が彼女の心臓目掛けて振りかぶった時――――

 「ふ―――ッ!」

 「―――!」

 天使の視点からだと、目の前から忽然と彼女が消えたと思っただろう。

 だが実際は、天使の一閃を、少女が上半身を仰け反らせて巧みに避けていた。滑り込むように、天使の脇を通り抜けて、少女は地を足で蹴り、天使から一瞬にして距離を取った。

 「すごい……」

 感心している俺の袖を、彼女がぐいっと引っ張る。

 「なにぼーっとしてるの。 行くわよッ!」

 俺は金髪を翻す、空のように蒼い瞳を宿した少女に袖を引かれ、ホールへの階段を少女と共に駆け上がった。

 ライブの喧騒が響くホールの前、足を止めた俺たちは、振り返り、少女が俺の前に立って、天使の方に拳銃を構えた。

 階段を昇って、天使がゆっくりと姿を現せる。

 「あの子は何者なの…?」

 俺からして見れば、お前の正体も知りたいが……

 「生徒会長、らしい」

 天使だと言っているのはあくまであいつらだけ。俺はまだ新米だから、天使と口ではっきり言うのは抵抗を少し覚える。仮に、天使と呼んでいるのは確かだけどな。

 「はぁ??」

 また、今度は一層大きな声で。

 「あなた、あんな小さな娘……それも生徒会長を相手にあんな無様な姿を曝け出してたの?」

 「酷い言われようだな……」

 「事実でしょ」

 言っていることは間違いではないから、言い返す言葉が見つからない。

 「ていうか、本当にあいつ何者よ……銃弾を跳ね返すなんて普通じゃない……何なのよ、もうっ」

 ここであいつがいたら、きっとこう言うだろうな。

 

 順応性を高めなさい。

 

 だが、こいつはとっくに順応している。初対面の小さな女の子に銃を向けるどころか、俺を助けるためだったとは言え、引き金まで引いたんだ。

 既に、彼女は俺たちと同じポジションにいる。

 「とりあえず、もうすぐ俺の仲間が応援に来る。 だからそれまで――――」

 俺が言い終える前に、俺と彼女の横から、何かが飛び込んできた。

 それは風を切りながら、その回転する鋭利な刃で天使に斬りかからんとしたが、寸前の所で天使の刃に跳ね返されてしまった。

 遠くで、跳ね返されたものがボチャンと水の中に落ちる音が聞こえた。

 と、同時に俺たちの背後から舌打ち。

 「ちっ、はずしたか」

 いつもやたらでかい武器を持っていた、俺に因縁をつける男だ。奴に続いて、続々と戦線のメンバーが俺たちの周りに集まってくる。

 「音無、無事かッ!?」

 俺に声を掛けた日向は、俺のそばにいる少女を見て、ぽかんとなる。

 「誰だ、その娘? なんで音無がNPCと一緒にいるんだ?」

 「まさか、巻き込まれた一般生徒か? ほとんどの一般生徒は陽動のライブにいるはずじゃ……」

 「NPC? 陽動、ライブ?」

 何の事かと言わんばかりに、首を傾げる少女。

 「その話は後だッ! 天使が来るぞッ!」

 一瞬、顔も知らない少女の存在に意識を持ってかれた戦線メンバーだったが、俺の声にすぐに本来の目的を思い出した。

 一斉に各々の武器を構える。様々な重火器を目の前にした天使は、立ち止まると小さな声で紡いだ。

 「…ガードスキル、ディストーション」

 かき消えそうな声で小さく呟いた天使は、その身を淡い光が一瞬にして包み込んだ。

 その直後、一斉射撃の号令がかかる。

 「撃てぇッ!」

 度重なる一斉射撃。幾重もの火線が天使に襲いかかるが、天使は突っ立っているだけで、弾はすべて弾かれている。まるで効果があるようにはまったく見えなかった。

 「音無! お前はその一般生徒と一緒に後退しろッ!」

 「わかった…!」

 日向の提案に、俺は素直に同意する。いきなり何人もの人間が現れ、一斉に戦闘が始まったものだから、さすがの彼女も混乱しているようだった。

 せめてこういう時だけは、俺も役に立たないと…!

 「こっちだ!」

 「な、なんなのよ一体…ッ!?」

 少女の腕を掴み、俺は度重なる銃撃音を背後にして、後方に駆け出した。

 「え、ちょ、マジ―――ッ?!」

 「は…?」

 後ろの戦闘に視線を向けていた少女が驚きの声をあげる。俺も彼女の声につられて後ろを振り返るが、同時に強烈な爆風が襲いかかった。

 「うわッ!?」

 松下と名乗っていたデカブツの男が、肩に添えたロケット砲をぶっ放したようだ。戦車一つをまるごと破壊できるような爆発が一発に終わらず、二発、三発と、その小さな目標に着弾する。

 「ちょっとちょっと! RPG7はいくらなんでもやりすぎじゃないのッ!?」

 だが、それでも―――

 

 もうもうとする黒煙の中、何事もなかったかのように立ち上がる天使の姿があった。

 

 「くそッ! まだかよ巻きあげはッ!」

 再び始まる一斉射撃。ただの時間稼ぎが、まさかこんな壮絶なことになるなんて……

 「あなた……随分と呆気に取られてるわね」

 ハッとなる俺。声を掛けたのは、どこかの誰かさんに似ている、目の前にいる彼女だった。

 「あたしより随分と驚いているみたいだけど……あなたの方が、この状況を知り得ているんじゃないの?」

 「確かに、な……」

 実は俺も、今回が初参加なんだよ。

 なんて言えるかな。

 「………?」

 ふと、少女がその蒼い瞳を仰いだ。俺も、空の方を仰いでみる。

 きらきらと、ホールの方から白い雪が降ってくる。

 いや、それは雪ではなかった。

 手元に落ちてきたもの―――

 

 それは、食券だった。

 

 俺の手元に落ちてきた“肉うどん”と書かれた食券。そして、少女の手元にも食券があった。

 「それでいいのか? 行くぞ」

 退散していく戦線のメンバー。俺も日向に誘導され、食券を手に握り締め、後に続く。

 「行こう」

 勿論、彼女も一緒に。

 俺は少女の手を引き、ホールの方に逃げるみんなの背中を追いかける。ふと、俺は手を引く少女の方を見た。彼女の吸い込まれそうな蒼い瞳には不安の色も伺えたが、この先、彼女も俺と同じことになるだろう。でも、彼女ならこの世界でも大丈夫なような気がする。何故なら彼女は、いきなりあの天使と正面で向かい合ったのだから。

 少女の背後、そのずっと向こうには、舞い落ちる食券と共に、一人の女の子が佇んでいる。

 手には、彼女の温もり。不思議と、暖かい。

 この先、俺とこの少女にどんな運命が待っているのか、俺はこの時知る由もなかった。この時、彼女の手の温もりが、不思議なくらいに暖かすぎることを知っていながら。


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