Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
俺がこの世界で目を覚ました時、早速と言わんばかりに心臓を一突きにされた。
怪しい集団に勧誘する変な女と、自称生徒会長を名乗る女。
俺はこの世界に来て、変な女ばかり遭遇している気がする。
この、死後の世界で。
そして、今回もまた―――
「な……ッ」
俺の目の前で、振り下ろされたと思われた天使の刃が、別の方向へと向けられていた。
既に、天使の興味は俺ではなく、あの少女に向けられている。
火薬の匂いを漂わせる拳銃を構えた、一人の女。彼女が天使に向かって、撃ったのだ。その一発の銃弾を、天使が即座に反応し、弾き返した。
俺は、助けられたのか?
だけど、あの少女はまた初めて見る顔だ。メンバーを紹介された時にも、こんな顔は見たことがない。そもそも、彼女が着ているのはあいつらの独自の制服じゃない。目の前にいる天使や、ゆりが言っていたNPCとかいう他の連中と同じ制服だ。
「な、なんなんだ……?」
ワケがわからない。
あいつは、敵なのか味方なのか?
「ちょっと、そこのあなた」
「…ッ?!」
拳銃を構え、天使と対峙したまま動かない少女は、おそらく俺に向かって声を掛けたのだろう。
「あたし、実を言うとこの状況がよくわからないんだけど、こういう場合はどうした方がいいのかしら?」
それはこっちのセリフだ。
つーか、状況もわからないで引き金を引いたって言うのか、あいつは。
どんな精神してるんだ。
「えーと、まぁ」
とりあえず、この場の最善の打開策と思われる方法を伝えといてやるか。まぁ、実用性は疑わしいけど。
「逃げたほうが、いいぞ?」
「はぁ?」
拳銃の矛先を俺の目の前で背後を見せる天使に向けたまま、少女は間の抜けた声をあげた。
「お前、知らないかもしれないが、相当やばい事に首突っ込んでるから」
人のことが言えた口かよ、俺。
たかだかこの世界に来てまだ日が浅い、記憶すら無い俺が何を先輩面するように言ってるんだか。
「……………」
少女はじっと、俺や天使の方を交互に見渡している。天使の右手から生える光の刃。弾が当たった天使の腹に滲む、血。それらを見て、これが普通ではないことぐらい、わかってくれたことだろう。
「……あなたこそ、ここから逃げるべきじゃない?」
「ごもっとも」
それにしても、あいつ、誰かに似てるな……
それも、つい最近出会った奴に。
「……ねえ、ちょっと聞いてくれる?」
「なんだ。 あまり長いのは勘弁してくれよ」
この状況だしな。
幸い、天使も動きを止めているから良いとして。
「あたし、ここに来たばかりで右も左もわからない有様なのよ。 だから……あなたには色々と聞きたいことがあるの」
「……………」
驚いたな。この世界に来たばかりだって?
俺と同じ……いや、俺と違って、この世界に来たばかりのくせに、あいつは自分でも知らない間に、この世界に順応している。
なんだか、ちょっと可笑しいな。
「あたしはあなたに聞きたいことがある」
一歩、彼女の足が前に出る。
「―――!」
同時に、目の前の天使も遂に動き始めた。
「だから―――」
次の瞬間、ほぼ同時と言ってもいいように、双方がお互いに向かって駆け出した。
一直線にお互いに向かって走り出す二人。彼女は走りながら、拳銃の引き金を何度も引く。
天使もまた、それらの銃弾を適当に弾きながら、刃の矛先を彼女に向けていく。
遂に二人が衝突、天使の刃が彼女の心臓目掛けて振りかぶった時――――
「ふ―――ッ!」
「―――!」
天使の視点からだと、目の前から忽然と彼女が消えたと思っただろう。
だが実際は、天使の一閃を、少女が上半身を仰け反らせて巧みに避けていた。滑り込むように、天使の脇を通り抜けて、少女は地を足で蹴り、天使から一瞬にして距離を取った。
「すごい……」
感心している俺の袖を、彼女がぐいっと引っ張る。
「なにぼーっとしてるの。 行くわよッ!」
俺は金髪を翻す、空のように蒼い瞳を宿した少女に袖を引かれ、ホールへの階段を少女と共に駆け上がった。
ライブの喧騒が響くホールの前、足を止めた俺たちは、振り返り、少女が俺の前に立って、天使の方に拳銃を構えた。
階段を昇って、天使がゆっくりと姿を現せる。
「あの子は何者なの…?」
俺からして見れば、お前の正体も知りたいが……
「生徒会長、らしい」
天使だと言っているのはあくまであいつらだけ。俺はまだ新米だから、天使と口ではっきり言うのは抵抗を少し覚える。仮に、天使と呼んでいるのは確かだけどな。
「はぁ??」
また、今度は一層大きな声で。
「あなた、あんな小さな娘……それも生徒会長を相手にあんな無様な姿を曝け出してたの?」
「酷い言われようだな……」
「事実でしょ」
言っていることは間違いではないから、言い返す言葉が見つからない。
「ていうか、本当にあいつ何者よ……銃弾を跳ね返すなんて普通じゃない……何なのよ、もうっ」
ここであいつがいたら、きっとこう言うだろうな。
順応性を高めなさい。
だが、こいつはとっくに順応している。初対面の小さな女の子に銃を向けるどころか、俺を助けるためだったとは言え、引き金まで引いたんだ。
既に、彼女は俺たちと同じポジションにいる。
「とりあえず、もうすぐ俺の仲間が応援に来る。 だからそれまで――――」
俺が言い終える前に、俺と彼女の横から、何かが飛び込んできた。
それは風を切りながら、その回転する鋭利な刃で天使に斬りかからんとしたが、寸前の所で天使の刃に跳ね返されてしまった。
遠くで、跳ね返されたものがボチャンと水の中に落ちる音が聞こえた。
と、同時に俺たちの背後から舌打ち。
「ちっ、はずしたか」
いつもやたらでかい武器を持っていた、俺に因縁をつける男だ。奴に続いて、続々と戦線のメンバーが俺たちの周りに集まってくる。
「音無、無事かッ!?」
俺に声を掛けた日向は、俺のそばにいる少女を見て、ぽかんとなる。
「誰だ、その娘? なんで音無がNPCと一緒にいるんだ?」
「まさか、巻き込まれた一般生徒か? ほとんどの一般生徒は陽動のライブにいるはずじゃ……」
「NPC? 陽動、ライブ?」
何の事かと言わんばかりに、首を傾げる少女。
「その話は後だッ! 天使が来るぞッ!」
一瞬、顔も知らない少女の存在に意識を持ってかれた戦線メンバーだったが、俺の声にすぐに本来の目的を思い出した。
一斉に各々の武器を構える。様々な重火器を目の前にした天使は、立ち止まると小さな声で紡いだ。
「…ガードスキル、ディストーション」
かき消えそうな声で小さく呟いた天使は、その身を淡い光が一瞬にして包み込んだ。
その直後、一斉射撃の号令がかかる。
「撃てぇッ!」
度重なる一斉射撃。幾重もの火線が天使に襲いかかるが、天使は突っ立っているだけで、弾はすべて弾かれている。まるで効果があるようにはまったく見えなかった。
「音無! お前はその一般生徒と一緒に後退しろッ!」
「わかった…!」
日向の提案に、俺は素直に同意する。いきなり何人もの人間が現れ、一斉に戦闘が始まったものだから、さすがの彼女も混乱しているようだった。
せめてこういう時だけは、俺も役に立たないと…!
「こっちだ!」
「な、なんなのよ一体…ッ!?」
少女の腕を掴み、俺は度重なる銃撃音を背後にして、後方に駆け出した。
「え、ちょ、マジ―――ッ?!」
「は…?」
後ろの戦闘に視線を向けていた少女が驚きの声をあげる。俺も彼女の声につられて後ろを振り返るが、同時に強烈な爆風が襲いかかった。
「うわッ!?」
松下と名乗っていたデカブツの男が、肩に添えたロケット砲をぶっ放したようだ。戦車一つをまるごと破壊できるような爆発が一発に終わらず、二発、三発と、その小さな目標に着弾する。
「ちょっとちょっと! RPG7はいくらなんでもやりすぎじゃないのッ!?」
だが、それでも―――
もうもうとする黒煙の中、何事もなかったかのように立ち上がる天使の姿があった。
「くそッ! まだかよ巻きあげはッ!」
再び始まる一斉射撃。ただの時間稼ぎが、まさかこんな壮絶なことになるなんて……
「あなた……随分と呆気に取られてるわね」
ハッとなる俺。声を掛けたのは、どこかの誰かさんに似ている、目の前にいる彼女だった。
「あたしより随分と驚いているみたいだけど……あなたの方が、この状況を知り得ているんじゃないの?」
「確かに、な……」
実は俺も、今回が初参加なんだよ。
なんて言えるかな。
「………?」
ふと、少女がその蒼い瞳を仰いだ。俺も、空の方を仰いでみる。
きらきらと、ホールの方から白い雪が降ってくる。
いや、それは雪ではなかった。
手元に落ちてきたもの―――
それは、食券だった。
俺の手元に落ちてきた“肉うどん”と書かれた食券。そして、少女の手元にも食券があった。
「それでいいのか? 行くぞ」
退散していく戦線のメンバー。俺も日向に誘導され、食券を手に握り締め、後に続く。
「行こう」
勿論、彼女も一緒に。
俺は少女の手を引き、ホールの方に逃げるみんなの背中を追いかける。ふと、俺は手を引く少女の方を見た。彼女の吸い込まれそうな蒼い瞳には不安の色も伺えたが、この先、彼女も俺と同じことになるだろう。でも、彼女ならこの世界でも大丈夫なような気がする。何故なら彼女は、いきなりあの天使と正面で向かい合ったのだから。
少女の背後、そのずっと向こうには、舞い落ちる食券と共に、一人の女の子が佇んでいる。
手には、彼女の温もり。不思議と、暖かい。
この先、俺とこの少女にどんな運命が待っているのか、俺はこの時知る由もなかった。この時、彼女の手の温もりが、不思議なくらいに暖かすぎることを知っていながら。