Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
学園の奥深くの空間で、俺たちは沙耶を見つけることができた。だが、俺たちが見つけた時には、沙耶の身に何かが起こっていた。
「沙耶ッ! 返事しろ、沙耶ッ!」
俺は沙耶の肩を掴み、必死に呼びかけるが、沙耶は目を閉じたままうんともすんとも言わない。それどころか、沙耶の身体が少しずつ透けていくのがわかった。
「なんだよ、これ……」
俺は愕然とした。まるで死んだように目を覚まさない沙耶の存在が、少しずつではあるが、徐々に俺の目の前で消えていく。沙耶が消える。それだけが、理解できた。
「くそ…ッ! 何なんだよ、これは……ッ!」
沙耶の身に一体どんなことが起こっているのか、まったくわからない。何か異常なことが起きているのは確かだ。だが、俺はこの時どうすれば良いのか、何をすれば良いのかがわからない。
「音無さん……」
直井が神妙な面持ちで、静かに俺に言葉をかける。俺は思わず、「なんだよッ!」と怒鳴り気味に返してしまう。
「直井ッ! 一体何がどうなっているんだっ?! 説明してくれ…ッ!」
俺は自分でも抑えきれないぐらい熱くなっていた。直井は戸惑ったような表情を向けたが、口もとをぎゅっと紡ぐと、やや真剣な面持ちで答えた。
「音無さん、彼女は……成仏しかけています」
「成仏……だと…」
その時、俺の頭の中でとある記憶が思い起こされる。
消えた、岩沢の面影。
「――――ッ!」
まさか、岩沢が消えたように、沙耶もこの世界から消えちまうってことなのか?
冗談じゃない……!
「なんでだよ……なんで成仏しようとしてんだッ!? 沙耶は、何か報われたのかッ? 見ろッ! こいつ、眠ったまま起きないじゃないかッ! 眠ったまま成仏するなんて、どう見てもおかしいだろッ?!」
「おそらく……外部からの干渉によって強制的に成仏へと促されている可能性があります。 催眠術で僕がしようとした事のように……」
直井が言いにくそうに、そうやって言葉を一つ一つ紡いだ。
「じゃあ誰だよ……誰が、沙耶を……」
「……………」
その時、立華はジッと、俺たちの周りで青白く光るパソコンの画面を覗きこんでいた。俺は、立華の視線を辿った。そして、画面に映るものが、青白い光の中に刻まれた文字が俺の視界に飛び込んだ。
ANGEL PLAYER
そんな文字が、パソコンの画面に刻まれていた。
「Angel player……?」
俺は、その言葉をどこかで聞いたことがあった。
そして、そばにいる立華を見て、俺は思い出す。
天使エリア侵入作戦の時、立華の部屋に忍び込み、部屋のパソコンをゆりたちが起動させた時に見つかった謎のコンピュータソフトの名前。立華のパソコンにあったコンピュータソフトも、確かこれと同じ名前だったと思う。
「なあ、立華……これが何なのか、お前は知っているんじゃないのか……?」
「……………」
「なあ、頼む。 教えてくれ。 これが何なのか、お前が知っているのなら、今沙耶に何が起こっているのかわかるはずだ。 頼む…!」
俺は頭を下げ、立華に懇願する。シンと静まった時間の後、立華はスッと口を開いた。
「……これは、物を作ったり作り変えたりできるもの。 だけど、私はそれぐらいしか知らない」
立華は説明する。立華が俺たちと戦う際に使っていた武器は、すべてこのAngel playerというソフトを使って作っていたと言う。ただし、立華はこのソフトを偶然見つけただけなので、そのソフトの原理はわからないのだと言う。
「成程、だが単に武器を創造や改変をするだけではないというのは確かだな」
立華の説明を聞いていた直井は、納得するように頷きながらも気になることを言い出した。
「どういうことだ……?」
「このソフトの原理自体、利用していた立華さんさえ知りえないことだ。 つまり、このソフトの本当の意味を知っているのは、このソフトの開発者だけ。 まぁ、こんな世界ですから、開発者がいるのかさえ疑わしいですが」
単に物を作ったりするだけなら、ここにあるAngel playerとは何なのか。
そんな疑問が確かに思い浮かぶ。
「つまりですね、もしかしたらこのソフトは色々な使い道があるんじゃないですかね。 我々にはよくわからないソフトですから現時点では何とも言えませんが、このソフトがこの女に何かしらの影響を与えているのは確か」
「なら……このパソコンの山をどうにかすれば」
「……!」
「? どうした、立華」
何かの気配を察したように、ピクリと反応した立華が踵を返して振り返った。俺や直井も、その気配に気付く。明らかに、人の気配が俺たちのもとに近付いていた。俺たちがその近付いてくる気配の方向を警戒して見据えていると、闇の中から、一人の女子生徒が現れた。
その女子生徒の腕には、『書記』と書かれた腕章が目立っていた。
「あいつは……!」
とうとう見つけた。生徒会書記。
しかもここにいたということは、今起こっている事態に関してはクロだということか。
とりあえず俺たちは歩み寄ってくる生徒会書記に対して、身構える。俺は自分の銃に手を据えた。
「……………」
ぴたりと立ち止まった生徒会書記は、ジッと眼鏡の奥にあるそのエメラルドグリーンに輝く瞳で俺たちを見詰めてくる。また、あの瞳に吸い込まれそうな錯覚に陥る。
「……ガードスキル」
「えッ!?」
俺は咄嗟に横にいる立華の方を見る。だが、今の声は明らかに立華ではない。
まさか、本当にあいつが―――
「ハンドソニック」
そう言って、生徒会書記は掲げた右の手から、光の刃を出現させた。
「なんであの女が立華さんと同じ技を……ッ!?」
直井も驚愕する。当たり前だ。今まで立華の専売特許として見ていた武器を、いきなりあいつが出しちまったら俺だってかなり驚く!
ハンドソニックを構えた彼女は、足で地を蹴り、ロケットの如く俺たちに向かって突貫してきた。
だが、俺の横を同じくロケットが飛び出した。
「あ…!? 立華…ッ!」
立華が彼女と同じようにハンドソニックを構えて、突貫してくる彼女と真っ向から立ち向かっていった。立華と生徒会書記が激突する。お互いの刃が火花を散らし、激しい近接戦があっという間に始まった。
「くそ…ッ! 何なんだよあいつはぁッ!?」
俺は銃を構えるが、あの時、ギルドでゆりと立華が戦っていた時と同じだ。近接戦を戦っている二人に銃口を向けても、立華に当たってしまいそうで狙いが定まれない。
「あの女も、Angel playerを使っているようですね……」
「なんであいつまで……まさか…」
俺はハッとなって、パソコンの方を振り返った。
このパソコンのAngel playerは、やっぱり彼女のものなのか―――?
「ハンドソニック、バージョン2」
その時、何かがくしゃりと潰れるような音が聞こえた。
立華の方に視線を向けると、一際伸びた立華の刃が、彼女の腕を串刺しにしている光景が目に入った。
刃を貫かれた彼女は、特に表情を歪めることもなく、ただ血飛沫をあげて、ごろごろと転がった。
「やったか…!?」
ぱたりと地に伏せる生徒会書記。
立華もジッと、倒れた彼女を見据えている。
だが、彼女は動いた。
「……………」
ゆっくりと立ち上がると、彼女は平然と俺たちの方に向き直った。落ちた眼鏡を拾い、それを掛け直す。
立華に刺され、だらりと下げた腕からは、大量の血が滴っていた。
「駄目か……」
直井が苦虫を噛み潰した表情で呟く。
「……くそ!」
「あっ! 音無さん!?」
俺は駆け出すと、立華の前に立ち塞いでいた。俺は背中で立華を守るように立ち、腰にあった銃を抜いて、彼女の方に構えた。
「……!」
背中から、立華の微かに驚いた気配が伝わる。
「動かないで、俺の話を聞いてくれ! お前は一体、沙耶に何をしようとしているんだッ!?」
「……………」
彼女は沈黙を保つ。やっぱり簡単には答えてくれないのだろうか。
だが、意外にも彼女は質問に答えた。
「……私は、この世界の均衡を保つためにイレギュラーな存在を消去しようとしただけ、なの」
「均衡……? イレギュラー? 消去…?」
「彼女は本来この世界に来るべきではなかったイレギュラーな存在。 だから私は、その部分を消去するなの」
「沙耶がイレギュラーな存在……?」
「だから消去。 それだけ、なの」
「たったそれだけのために、沙耶を無理矢理にでも消そうとしているのか……?」
俺は、歯を強く噛み締めていた。
本来はこの世界に来るべきではなかったからって、無理矢理その存在を消してしまおうとしているってことか?
こんな世界、誰だって来たくて来たわけではないはずだ。なのに、この世界の均衡だとか、イレギュラーだとか、そんなわけのわからない理由のためだけに、沙耶は消されるっていうのか?
人生を終えて、本来来るべき場所ではなかったこの世界に来て、挙句に消されるなんて酷過ぎやしないか?
ふざけるな。
この世界に来て、違ったから消えろというのは余りにも理不尽だ。
死んだ後も報われない最後を迎えるなんて、酷過ぎるだろう。
世界の均衡だとかそんなのは知ったことではない。
俺は単に、許せない。
出会っちまったからには、そんな扱いや、別れ方は許されない…!
そして何より―――
「俺は沙耶のパートナーだ! 沙耶に何かするんだって言うなら、この俺が立ち塞がってやるッ!」
「………そう、なの」
彼女は一息置くように、静かに瞼を下ろして顔を下げた。
そして。
「………新たなイレギュラーを確認。 これより確認された二つのイレギュラーを同時に排除します」
彼女の声は、顔を上げると同時に機械的なものへと変わっていた。そして、エメラルドグリーンに輝いていた瞳は赤黒く染まっていた。
「…ッ!?」
と、その瞬間。彼女は信じられない速度で飛び出すと、俺に向かって刃を振り下ろしてきた。目で追えないほど早かった。俺の身体が一閃されると知った。だが、避けようがなかった。
「!?」
だが、俺の身体は何かに押されたように、一瞬だけ無重力に放り出されていた。そしてすぐに、身体が床に接触して、皮膚が熱に覆われた。誰かに背後から横に吹っ飛ばされたのだと理解できた。そして、目を開けると、そこには振り下ろされた刃を受け止めていた立華の刃が、0と1の羅列に分裂して散っていく光景が目に入った。
「た、立華ぁぁぁぁぁ――――――ッッ!!?」
次の瞬間、立華の粉々に砕けた刃が粒子となって舞い散る中、立華の身から血飛沫があがった。
赤い血飛沫をあげて、立華の身体が倒れる。
そして、禍々しいほどに形を変えた刃を持った彼女の瞳が、俺の方を見据えた。
「音無さんッ!」
直井の声が聞こえる。
「貴様! 音無さんから離れろぉぉッ!」
「駄目だッ! 来るな、直井ッ!」
「――――」
ものの数秒で、駆け付けてきた直井の身体が彼女の刃に一閃された。
「直井ぃぃぃッッ!!」
俺の目の前には、倒れた立華と直井の姿があった。そして、それらの光景を無愛想に見詰める彼女の姿。
「くそぉぉッッ!!」
俺は銃を構え、躊躇無く引き金を引いた。だが、彼女はいとも簡単に弾丸を弾いた。
俺は立ち上がり、無我夢中で引き金を引いた。だが、彼女の身にその弾丸が届くことはない。
俺の射撃する弾丸を弾きながら、彼女はゆっくりとした足取りで俺に近付いてくる。
「沙耶……」
近付く彼女の背後には、倒れ伏す立華と直井。そして、パソコンに囲まれた沙耶の姿が目に映る。
沙耶は、既に周りの物がうっすらと見えてしまうほど透けていた。
「駄目だ……消えちまうなんて駄目だ……」
沙耶はすぐには消えない。沙耶も、沙耶なりに抵抗しているのだろうか。
何せ強制的に成仏されそうになっているんだ。俺なんかよりずっと強い沙耶が、簡単に消えてしまうわけがない。
「帰ってこいッッ!! 沙耶ぁぁぁぁぁ―――――ッッッ!!!」
俺は思いの丈を叫ぶと同時に、一発の引き金を引いた。だが、それを彼女は弾かなかった。何故なら弾丸の通行路には、彼女の身から微かに逸れていたからだ。彼女の脇を通過した弾丸は、そのまま沙耶のそばにある一台のパソコンの画面を撃ち抜いた。
派手な音を立てて、画面に小さな穴を開けたパソコンは死んだ。
それとほぼ同時に、彼女の足が止まった。
「……………」
「……?」
彼女は一瞬、足を止まらせ、背後にあるパソコンの方を振り返った。死んだ一台のパソコン。そのパソコンが、ぐらりと傾いて、他のパソコンを巻きこみながら床に落ちた。その衝撃で、また数台のパソコンが死んだ。
「データリンク、複数個所の損害を確認。本ソフトの機能低下を確認」
彼女の口から淡々と機会染みた声色で言葉が紡がれる。
彼女の足は、完全に止まっていた。
俺は、さっきの直井とのやり取りを思い出していた。もしかして、あのパソコンの山をどうにかすれば良いんじゃないか、俺自身がそう言った。
「俺たちは、イレギュラーだとか、そんなコンピュータ染みたものの存在なんかじゃない。 お前とは違う」
「……………」
ゆっくりと彼女が俺の方に振り返る。だが、その足は二度と動くことはない。
「俺たちは、理不尽なことや理解できないことに抗い続ける人間なんだよッ!!」
俺はそう叫び、引き金を引いた。
何発も、何発も。
彼女ではなく、パソコンに向かって。
沙耶を囲むパソコンをすべて撃ち抜いていく。一つ、また一つと、画面に穴を開けて、青白い光を奪っていく。
彼女は動かない。ただその光景を眺めているだけだった。
そして俺はすべてのパソコンを撃ち抜くと、俺の方をじっと見据え始めた彼女に、銃口を構えた。
「……………」
一拍置いて、沈黙する彼女に向かって、俺は引き金を引いた―――