Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.34 Treasure Found There

 「いよっしゃ取ったぁぁぁぁッッッ!!!」

 たくさんのぬいぐるみが入ったUFOキャッチャーの前で、あたしは周囲の事など構わず喜色の声をあげた。またUFOが狙っていた獲物を上手く捕えた喜びは何度経験しても計り知れない。あたしは初めて体験するこの気持ちと楽しさに、興奮を覚えずにはいられなかった。

 「あたしって超天才ッ!? もうスパイなんか辞めてこっちに転職しようかしらッ!」

 「さ、沙耶…ッ! そんなこと大声で言ったりしたら……」

 「ほらほら理樹くんッ! 今度はどれが欲しいかしらッ?」

 今日はいつもの地下探索や訓練ではなく、彼とゲーセンという所に来ていた。あたしの意志ではない。息抜きと称した彼の提案だ。だからあたしは仕方なく彼の息抜きに付き合ってあげてるだけ。

 「うーん……それじゃあ、手前にあるストラップを」

 「なーに言ってるのよッ! どうせ狙うなら大物でしょッ!?」

 「じゃあ聞かないでよ……」

 だから言っとくけど、仕方なく付き合ってるだけなんだからね?

 た、楽しんでなんかないわよ!

 「でも良かった……楽しんでくれてるみたいで……」

 「理樹くん、何か言った?」

 「ううん、なんでも」

 あたしは無我夢中で、目の前にあるUFOキャッチャーしか目に入らなかった。

 結局、あたしたちは日が暮れるまでその場で遊び尽くした。気が付いてみれば空はすっかり夕焼けに染まり、目の前にあったUFOキャッチャーの商品もほとんどなくなっていた。あたしは店員から大き目の袋を貰うと、それにどっさりと今日の収穫を入れて、満足げにゲーセンを後にするのだった。

 「~♪ ~♪」

 「ご機嫌だね、沙耶」

 「んふふ、大量大量。 あたしってば、本当に天才なんじゃないかしら? 転職も真剣に考えちゃおうかしら」

 あたしの言葉に、彼は苦笑する。その彼にも又、収穫した商品が山のように入った袋があった。

 「でも悪いわね、理樹くんにまで持たせちゃって」

 「いいよこれくらい。 それに本来、こういう役目は男の僕だし……」

 「理樹くん……」

 彼と、理樹くんと一緒にいるととても暖かい気持ちになる。

 そしていつもあたしは思うのだ。ずっとこの時間が続いてほしい、こんな世界が終わりなく続いてほしいと。

 でもそれは叶わぬことだと最初からわかっているはずだった。だから尚更苦しくもあった。

 それなら、最後まで目一杯この世界を楽しもう。優しさに包まれた、この世界で。

 

 

 人生を終えてから、あたしは未練がましく、偽りの世界で生き続けた。

 そしてあたしはその世界から去った後も、また別の世界で、あたしは生き始めた。

 前の世界での記憶を忘れて、あたしはまた違う世界で生きる喜びを知った。

 死後の世界だと言うけれど、その世界はあたしに生きることの楽しさを教えてくれた気がする。

 虚構の世界での記憶を思い出して、あたしは色んな世界で生きたことを知った。

 大好きな理樹くんと過ごした時間は、とても幸せだった。

 そしてこの世界で音無くんたちに会えたことも、その人たちと過ごした時間も楽しかった。

 

 自分の存在が消える、という感覚がはっきりとわかる。

 先に消えていった岩沢さんも、こんな感じだったのかな……?

 この先のあたしがどうなるのかわからないけれど。

 ミジンコに生まれ変わっても、どうでもいい気分だった。

 最後まで自分勝手だったけど。

 あたしはもう一度、今度こそ、あたしがいるべきでない世界から去るんだ。

 その世界に、あたしはいるべきではないから。

 

 生きる喜びに包まれた、その世界で。

 

 あたしは、さよならをする――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――」

 

 何か、遠くから聞こえたような気がした。

 

 「……?」

 

 音もない闇の中で、あたしはその音が何なのか、一瞬の興味が浮き出てしまった。

 

 それは、どこかで聞き覚えのある声だった。

 

 遥か先から現れた小さな光が、あたしに向かって、徐々に大きくなっていた。

 

 そしてその光が近付くにつれて、『黒』だった周りの世界が、『白』へと変わっていく。

 

 そして、感覚がはっきりしてきた頃、それはあたしの耳元で響いた。

 

 ―――帰ってこいッッ!! 沙耶ぁぁぁぁ―――――ッッ!!!―――

 

 その声があたしの耳元で響き、そして光があたしの身体を包んだ。

 そして、光の中から現れた手が、あたしの手を掴んだ。

 その手に引っ張られ、あたしは光の中へと引き込まれた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたしが光の中へ引き込まれた直後、あたしはそのままその手に引っ張られ、そして抱き締められた。

 あたしの身体をぎゅっと抱き締める優しい暖かさ。その感覚はどこかで覚えた気がした。

 「え……あれ……?」

 あたしは呆然と、辺りをゆっくりと見渡した。そして一番に目が入ったものは、立華さんの姿だった。

 「立華さん……?」

 「良かった、戻ってこれたのね……」

 「戻って、これた……? ――って、立華さん!? 服が…ッ!」

 「え……? ああ……」

 何故か立華さんの制服が、まるで刀にでも斬りかけられたかのように、胸から横腹にかけて一閃に斬られていた。だが、血が服に付着しているだけで、斬られた部分もそこまで酷くはない。斬られた部分に彼女の白い肌が見えるが、傷は無いように思えた。

 「平気よ。すぐに治したから……」

 立華さんが微かに安堵の微笑を浮かべた。

 更にもう一人、意外な人物までそこにいることに気付いた。

 「貴様、僕は無視か?」

 「あ、あんた…ッ!? なんで……?」

 「ふん、僕は音無さんに付いてきただけだ」

 「お、音無さんって……?!」

 目の前にいるのは今まで敵対していたはずの生徒会、その会長代理の直井文人だった。しかも彼まで身体がぼろぼろだった。

 それにしても立華さんは良いとして、何故こんな人物までいるのか理解できない。あたしがいない間に、一体何があったのだろうか。

 「……何よ」

 さっきから彼があたしの方をジトリとした瞳で見詰めている。あたしが問いかけると、彼は憎々しげに漏らした。

 「……貴様、いつまで音無さんにひっついてるつもりだ?」

 「………は?」

 彼、直井文人の言っていることに一瞬意味がわからなかったあたしだったが、ふと自分の身体を包む暖かさと感触に気付いた。あたしの身体はまるで誰かに抱きつかれているみたいに身動きが取れなかった。ゆっくりと首を動かすと、すぐそばに人肌があることに気付いた。

 「ッッ!!?」

 あたしは自分が本当に誰かに抱き締められていることを知った。しかも強く、背中に手を回されてぎゅっと。しかも、そのあたしを抱き締めている人物が―――

 「お、音無くん…ッ!?」

 「沙耶……」

 あたしが彼の名前を驚愕と共に漏らすと、ゆっくりと音無くんが身体を離し、あたしと向き合った。でも、音無くんとの距離はまだまだ近かったため、結果的にお互いの息がかかるほど、お互いの顔が近付いていた。

 あまりの近さにドキリとしたが、音無くんは憔悴しきった表情から、ほっとした安堵に切り替わっていた。

 「良かった……お前、本当に無事なんだよな……」

 「あ、当たり前でしょ…ッ!? い、いいからさっさと離れなさいよッ!」

 「ああ、悪ぃ」

 あたしが慌てて離れるように言うと、音無くんは何の躊躇いも無くぱっとあたしの身体を解放した。ちなみにあたしの顔はまだ熱を帯びたように熱い。

 「(音無くん相手になに顔熱くなってんのよあたし……ッ!)」

 顔を熱くしてしまった自分自身を内心で呪った。

 そんなあたしにお構いなく、音無くんは本当に安心したような、嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

 「でも本当に良かったよ。 沙耶が消えていなくなるかと、本気で心配したんだからな」

 「……ッ」

 あたしはつい、唇を噛んだ。

 記憶を思い出し、自暴自棄になって自ら消えていこうとしたなんて、言えるわけもなかった。

 でも、あたしのせいで音無くんたちに迷惑をかけてしまったことは事実だ。

 あたしはぐっと口元を引き締めた。

 そして、話す決意を固める。

 「……ねえ、みんな。 聞いてくれる……?」

 あたしは真剣な表情をみんなに向けて、これまでの経緯をすべて話した。

 虚しい最期を迎えて人生を終えた後、生前の世界でもなく死後の世界でもない、思い出した虚構の世界で過ごした頃の記憶のこと。そして、あたし自身が消えようとしたこと。

 音無くんたちは途中何も言うことはせず、静かにあたしの話を最後まで聞いてくれた。

 すべてを話し終えた頃には、あたしは彼らのことを直視できなかった。

 失望しただろうか、怒っただろうか。

 そんな不安が胸の中で渦巻く。だが、それも仕方がないことだった。

 「……ごめんなさい」

 あたしは謝った。謝ることしか、できなかった。

 でも、みんなは黙ったままだった。

 ああ、やっぱり怒らせたかな。

 でもその方が良いかな。こんな最低なあたしを罵ってくれた方がまだ楽かもしれない。

 「なんで謝るんだよ」

 「え……?」

 あたしは顔を上げる。音無くんは、特にこれといった感情を表すことなく、ごく普通に言葉を続けていた。

 「いきなり今までの記憶を全部思い出されたんだ。 俺だって今は記憶が無いが、いつか沙耶みたいに全てを思い出した時、今までみたいに平然と過ごせる自信は正直ない。 もし、俺の忘れていた人生に、ゆりや岩沢たちみたいな悲しい過去があったら、俺は耐えられるかな、とかな。 もしかしたら、俺も全てを思い出した時、沙耶みたいになるかもしれない」

 「……………」

 「それに、俺は沙耶が無事だったのならそれでいいと思ってる。 謝る必要なんて、ないと思うぜ」

 「でも……あたし……」

 「なあ、二人だってそう思うだろ?」

 音無くんが後ろにいる二人に声を掛ける。立華さんは微かに微笑んで頷き、直井くんはそっぽを向くなど、それぞれの反応で返した。

 「ええ。本当に無事で良かったわ……」

 「ほら、立華もこう言ってる」

 「ふん。 僕は貴様のことなどどうでも良いと思っているがな」

 「直井……お前…」

 そんな三人を見ていると、あたしはクスリと笑みを漏らしていた。

 「本当に……あなたたちって……」

 あたしの笑みを見てか、音無くんたちも笑った。

 「あたし……まだまだこの世界から立ち去れないわね」

 今のあたしの目の前には、音無くんたちがいる。それは、あたしがここで見つけた大切な存在だ。そして、ここにはいない、あたしを受け入れてくれたもっとたくさんの人がいる。あたしはこの世界で、まだ色々と探すべきものを探さないといけない。

 「お別れなんて、させないぜ」

 あたしの目の前に、差し出される音無くんの手。

 「お前は、俺のパートナーなんだからな」

 最近、音無くんの口からよく聞くようになったパートナー宣言。以前まではあたしの方からばかり言っていたのに、いつの間に彼の方から言うようになったのだろう。それはもう忘れてしまったけど、これからも彼が今のあたしのパートナーであることは一生忘れないだろう。

 あたしは、この世界でまだまだ役目が残っているんだ。

 あの世界のように、既定されたルートも、リプレイも無い。自分自身が決める道だ。

 そして、その道をパートナーと一緒に進もう。

 仲間と共に歩もう―――

 あたしは目の前に差し出された音無くんの手を、強く握り締めた。そして音無くんにまた引かれるままに、あたしはもう一度自分の足で立ち上がり、仲間のもとへと戻っていった。


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