Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.37 Remember

 夕日が学園にオレンジ色の世界を与える。そんな光景を見渡せる屋上で、あたしは一人たそがれていた。

 涼しげな風があたしの髪を撫で上げる。あたしはずっと、そこで無駄に時間を浪費していた。

 

 音無くんも、記憶を取り戻した。

 

 つい前まで、あたしも経験したことだった。失っていた記憶を取り戻すということは、予想以上に自らの身体と心に大きなショックを与える。自分の記憶であるはずなのに、その記憶が自分を深く抉るのだ。音無くんの気持ちは、今のあたしには痛いほどわかっていた。

 人の記憶は、時に自分への凶器となる。人は誰しも、思い出したくない過去や、暗い過去を持っていないわけではない。それを思い出せば、今の自分が当時の痛みを思い出してしまうこともある。それと同じように、失っていた過去に押し潰されそうになった自分がいた。そして、今の音無くんも、その過去と記憶の重圧に苦しんでいる。

 そして、その記憶に大切な存在が関わっていれば尚更、その記憶の意味は深まり、そして増える。その意味を受け止め、認めることで人はやっとその記憶と共に再び生きていくことができる。

 「……!」

 後ろからの気配を感じて、あたしは振り返った。

 「音無くん……」

 あたしは、現れた彼にそっと言葉を投げかける。

 「…落ち着いた?」

 「ああ」

 そんなあたしの投げかけた言葉を、音無くんはちゃんと受け止めて返してくれた。

 あたしの隣まで歩み寄ってきた音無くんは、手すりに身体を寄せて、夕日に染まる情景を見渡した。

 「記憶が戻って……しばらく心が不安定になるかもしれないけど、直に慣れてくるわよ」

 経験者からの証言だから間違いない。それを音無くんもわかっているからか、「ああ」と素直に頷いてくれた。

 そう。あたしも、同じ苦しみを経験した。

 あなただけじゃない。

 そう、伝えたい。

 「……俺は弱いな」

 「え…?」

 「沙耶は、本当に強いんだな。 俺なんて、記憶を取り戻した途端にこれだ。 沙耶の方が、俺なんかよりずっと……」

 「そんなことないわよ。 あたしなんてこの世界から消えてしまいたいと思ったんだから、あたしの方が断然弱いわよ」

 「いや……俺が…」

 音無くんの言葉が漏れるのを許さないように、あたしはぴしゃりと言い放つ。

 「あたしは強引ではあったけど、全ての記憶を取り戻した。 そして、あたしは笑っちゃうぐらい情けなくなるほど自暴自棄になって、消えてしまおうと思った。 でも、そんなあたしを救ったのは誰だった? あなたよ、音無くん。 あなたがいなかったら、あたしは惨めにこの世界からも消えていたわ……」

 「沙耶……」

 「だから、あなたには感謝してる。 そして断言する。 音無くん、あなたは今まであたしが出会ってきた人間の中で、一番強い心を持っている」

 「俺が……?」

 「ええ。 あたしは、今まであなたを含めて、二人のパートナーと共にしたことがある。 音無くんとは別の、もう一人のあたしのパートナーだった彼は、あたしのことを思い出してくれた。 最初は頼りなかったけど、少しずつ成長していって……そして最後は、あたしのことを思い出してくれた」

 繰り返されていく世界の中で、最初に戻るたびにリセットされても尚、彼はあたしの存在を覚えてくれていた。

 彼が教えてくれた。

 彼がいたから、あたしはそこにいた。

 そしてそれと同じように、今のあたしがここにいるのは、音無くんがいたから。

 「人は誰かに忘れられたら、生きているとは言えないのよ。 だから……」

 あたしはふわりと、髪を揺らしながら、あたしの方を見据える音無くんの方に振り向いた。

 夕日に染まるあたしは、微笑を浮かべて―――呆けた表情を浮かべる音無くんに、言った。

 「忘れないで、あたしのこと」

 人は記憶の中にいられることで、生き続けることができる。

 あたしたちは実際には既に死んでしまっているけど―――

 記憶というものの中では、あたしたちは確かに生きているのだ。

 「……ああ。 と言っても、とっくに死んじまってるけどな」

 「そうね」

 音無くんと二人で、あたしたちは笑い合う。

 そして笑い終えた音無くんは、吹っ切れた表情を浮かべて、「よし」と意気込んだ。

 「俺、これからも戦線に居続けるよ。 勿論、お前のパートナーとしても」

 「そっ。 あなたにもようやく目標が生まれたってことかしら」

 「そうだな。 それに、このままじゃ死に切れねえし」

 「そうね」

 「改めて、これからもよろしく。 マイ・パートナーさん?」

 音無くんから差し出される手。その男の人の大きな手に、あたしはしっかりと自分の手で握り返した。

 「こちらこそよろしく、マイ・パートナー」

 


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