Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.40 First Name

結局、ゆりの承諾もあって立華を無事メンバーに入れて、俺たちは目的地である川に辿り着いた。

 「そういえば、みんな手ぶらじゃないか?」

 俺はふと沸いた疑問を口にした。今更ではあるが、俺たちは川釣りに来たんだ。だが、釣り道具がないと川釣りはできない。その疑問に対して、「既にギルドにも連絡が行ってるから大丈夫なはずさ」と日向の答えが返ってくる。

 「何故、ギルドなんだ?」

 「そういうマニアもあそこにはいるってことさ」

 「マニア?」

 「あれだよ」

 俺は、日向が指をさす方向に目を配った。そこには、岩の上に座って釣りをしている男がいた。

 しかもその男は俺たちが見ている前で、いきなり大物の魚を豪快に釣り上げていた。

 「「「おおおおッ!」」」

 周りからみんなの歓声と拍手が沸き起こる。

 「…彼は?」

 「斉藤って奴だ。 銃にも詳しいが、ギルドでは『フィッシュ斉藤』と呼ばれる釣りマニアでねぇ」

 ギルドにも色々な奴がいるんだなと思った。

 「ふ」

 クールな微笑を浮かべながら、斉藤は俺たちを歓迎(?)した。

 「このオペレーションの時だけは、大量の釣り道具をギルドから荷車で積んできて地上に上がってくる」

 「あの距離をかっ!?」

 実際に地上から地下のギルドに向かって潜り抜いた経験を持っているからこそわかる。だからこそ、彼がどれだけ凄い男なのかも、同時に知らしめられることになった。

 ていうか―――

 「どんだけ釣り好きなんだよ……」

 「要はアホですねっ!」

 日向の隣で、ユイが楽しそうにそんな事を言っていた。

 「ようし、では始めるか!」

 「「「おおおーッ!」」」

 こうして、俺たちの川釣りは始まったのである。

 

 

 みんなそれぞれの道具を持って釣りを始めている。中でもゆりたちが良い仕事をしている。ゆりは次々と魚を釣りあて、その度に感嘆させられる。野田もハルバートで地味に川の真ん中で魚を串刺しては、一応収穫してくる。椎名はある意味凄いが、あえて触れておかないことにしよう。

 「俺もやるか……」

 斉藤から借りてきた釣り道具を揃えて置くと、そばに沙耶が川をジッと真面目に見詰めている姿を見つけて、思わず声をかけていた。

 「何してるんだ、沙耶。 釣りしないのか?」

 「するわよ。 ただ……」

 「ただ?」

 「川の主がどの辺りにいるのかって思ってね……」

 「やる気満々だな」

 主など居るとは思えないほど静かに水面が流れる川を見据えながら、沙耶が不敵に笑った。その手には釣り竿ではなく銃が握られていた。

 「一応言っておくが、普通に釣れよ……」

 「わかってるわよ」

 本当か?と思った俺だったが、沙耶は銃を懐に戻すと、そばに置いてあった自分の釣り竿を手に持った。釣り竿を持った瞬間、何を思いついたのか、沙耶が良い事を思いついた!と言わんばかりに口を開いた。

 「そうだわ音無くん! 勝負しない?」

 「勝負?」

 「どっちが多く魚を獲れるか。 そして大きな魚ほど、高いポイントが付くのよ。 だから大きな魚を多く釣り上げるほど、ポイントは上がるわ。 合計得点で負けた方が罰ゲームね」

 「なんだそりゃ……」

 俺が呆れていると、沙耶は無邪気な笑顔を浮かべながら一方的に捲し立てる。

 「それじゃ勝負開始ね。 ゲームスタート!」

 「ええッ!? ちょっと待てよ…ッ!」

 沙耶は俺の意思もお構いなしに勝負の開始を宣言すると、釣り竿を思い切り川の方に振り投げた。

 どうやらやるしかないらしい、と俺は溜息を吐くと、用意された釣り道具を持って仕方なく沙耶の勝負に付き合おうとすると―――

 

 俺はその時、近くにいた立華の存在に目を向けた。立華はその場に立ち尽くし、ジッと水面が流れる川を見詰めていた。その何とも言えない横顔を見て、俺は立華と二人で閉じ込められた時の記憶を思い出した。

 

 ―――この世界で俺は、お前の味方でいたかもな―――

 ―――そんな人はいなかったわ―――

 ―――いてもいいじゃないか―――

 

 ―――いないわ。 いたとしても、みんな消えちゃうもの―――

 

 

 これまで、立華はどれだけ寂しい思いをしてきたのだろう。

 それに俺なんかがわかるはずもない。だが、だからといって何もしないというわけにはいかない。俺は、立華に何かをしてやりたかった。何かを、伝えたかった―――

 「立華」

 俺の呼びかけに、立華は振り返った。

 俺は、その無表情な表情を浮かべる彼女に、伝えたいことを口にして、彼女にはっきりと言った。

 「俺たちは消えない。 だから、仲良くしてもいいんだよ」

 そして、俺は手に持っていた釣り竿を立華に手渡す。

 「ほら、みんなと一緒に釣りしよう」

 立華は俺の顔を、そして釣り竿を見詰めると、静かにそれを受け取った。

 そしてそれを川に思い切り投げ入れるために、後ろに向かって振り上げる。

 「ヒハハハハハハ!?」

 魚を釣る前に、日向が釣れた。

 「ここから先はどうするの…?」

 「違う違う」

 とりあえず日向を解放して、俺は立華に釣りの知識を最低限でも教えることにした。どうやら、立華はあまり釣りに関しては知識や経験もないようだ。俺は一式の釣り道具を並べると、一つ一つを立華にわかりやすいように説明する。説明を終えると、早速釣りの準備を始めた。

 「まずはルアーか。 餌を針の先に付けるんだ」

 「さっきの日向くんみたいに……?」

 「あーいや……あれは餌というよりは、釣れた魚そのものだったな……って、そうじゃない!」

 俺まである意味つられそうになったが、何とか立華の釣り竿の針に餌を取り付ける工程を始めることにした。餌を針の先に付けると、立華は針の先でニョロニョロと動くグロテスクな餌をジッと見据えていた。

 「お前、虫平気なんだな……」

 「次は…?」

 俺は立華に応えるように、そして次の行動を教えるために、ジェストチャーをして見せながら言う。

 「川に向かって、竿を思い切り振ってみろッ!」

 立華は俺に言われたままのことを実行する。

 後ろに力強く、片方の足を踏みしめると、その小さな身体で思い切り後ろの方に竿を振り上げた。

 そして、川に向かって思い切り振った―――!

 

 しかし、その先は川ではなく天空へ向かっていった。しかもその針の先には―――

 

 「うわああああああああ………ッッ!!!」

 

 悲鳴と共に竹山が一人、空に向かって吹っ飛んでいく光景が見えた。

 「竹山ぁぁぁぁぁッッ!?」

 「クライストとぉぉぉぉ……!?」

 そして、尚も呼び名の訂正を求める声を発しながらも、竹山は星となって消えるのだった。

 俺が竹山が消え去った空を呆然と見詰めていると―――

 「音無くん、竹山くんのポイントは-5点よ」

 「今のポイントになるのかッ!? ていうかひでえッ!!」

 沙耶の発言に対して色々と突っ込み所満載で少し混乱してしまったが、兎も角、俺は立華の方に関心を戻すことにした。

 「つかお前、物凄い怪力だな……」

 こんな華奢な細腕に、あんな力があるとは思えなかった。

 「オーバードライブはパッシブだから……」

 「パッシブ?」

 立華が放った単語がよくわからない俺だったが、「もしかしたら……」と言う後ろから掛けられた男の声に振り返る。

 「もしかしたら、あんたならいけるかもしれないな」

 そこには、フィッシュ斉藤と呼ばれる男が立っていた。

 「? 何がだ?」

 「主を釣り上げるってことよ。 そいつは、オペレーションネーム通りの化け物なのさ」

 「……?」

 俺が彼の言っていることに首を傾げていると、不意に立華からぽんぽんと肩を叩かれた。

 「……何か引いてる」

 「え…?」

 俺が視線を向けると、確かに立華の竿がぐいぐいと川に引かれているようだった。

 そしてその竿が、ねじ曲がるように形を変え、かなり強い力で川から引っ張られ始めた。

 それを見た斉藤の目が光る。

 今まで太陽の光に反射し、爽やかに流れていた水面も、以前と打って変わってみるみるうちに雰囲気を変貌させていった。どす黒い空気が辺りを包み込み、川の中心、立華の釣り竿の先で、不気味な渦が巻き起こった。

 「モ、モンスターストリーム……ッ!」

 「こ、これが…ッ!?」

 「本来モンスターストリームは主の怒りの証…ッ! これが起きたら即全員離脱! だが―――」

 言いかけて、斉藤の目が立華に向けられる。

 「その娘なら、もしや…ッ!」

 立華は竹山をも吹っ飛ばした怪力で何とか釣り上げようとするも、やはりこのままでは無理があった。立華の足がずるずると川の方に引き寄せられていく。逆に釣り上げようとしている立華を、川の主が引き寄せようとしているかのようだった。

 だが、それでも立華は釣り竿を離そうとしない。俺はその光景を見かねて、立華へ加勢に入る。

 「マジでやんのかよ……ッ!」

 立華の身体を抱くようにして、一緒に釣り竿を引き上げようとする。だが、俺の力が加わってもビクともしない。釣り竿は一向に川に向かって引っ張られるばかりだった。

 「どんだけデカいんだよ…ッ! 竿が折れるぞッ!」

 「オイラの腕を侮ってもらっちゃ困る!」

 そう言って、斉藤も加勢に入る。

 「主にも耐えられる特製だぁッ!」

 「だとしてもこれじゃあ絶対無理だぁ…ッ!!」

 確かに竿は普通ではなかった。これだけ強大な力に引っ張られても全く折れる気配がしない。だが、逆に釣り上げることは叶わない。

 「音無くん…!」

 「沙耶……お前も加勢してくれ…ッ!」

 「わかったわ!」

 「何だよ、主をやるつもりか? 正気じゃねえな…ッ!」

 やがて沙耶と日向をはじめ、他のみんなも加勢に入ってくれる。あっという間に、ほとんどのメンバーが前にいる者を引っ張って、列となって懸命に川に引きこまれようとする力に抗うように引っ張り続ける。

 俺たちは一丸となって、主を釣り上げようとする。巨大な力が俺たちを取り込もうとするが、俺たちは力を合わせて対抗した。やがて俺たちの懸命な努力の甲斐あって、向こうに一瞬の隙が生じた。

 「―――今だッ!」

 その隙を見極めた斉藤が咄嗟に叫ぶ。その声に応えるように、立華が足で地を蹴り、俺たちごと跳躍した。

 「「「うおおおおおおッッッ!!?」」」

 その勢いに乗るように、遂に川の主が正体を現した。

 想像を遥かに超える巨大な魚が、空中でその身を翻した。

 「釣り上げやがった…ッ!」

 「俺たちごとかよッ!?」

 「どっちがモンスターだよ……ッ!」

 「何この状況ッ!?」

 「まずいですね…!」

 同じく空中に投げ飛ばされた俺たち。そして、そんな俺たちに向かって主がその洞窟のような巨大な口を開いた。

 「このまま落ちたら食われるぞッ!」

 「Crazy for you!」

 「神は落ちない…!」

 とは言うも、空中に投げ出されてしまっては、落ちるのは避けられない。しかも、俺たちが落ちる先には胃袋という名の地獄しかない闇の洞窟があった。

 「(く…ッ! こうなったらイチかバチか……)」

 落下する俺の視界に、先に落ちていく沙耶の姿が映った。沙耶は懐から手榴弾を手に持とうとしていた。まさかあの主の口の中に投げ込む気か……!?

 ちょっと待て。それが出来たとしても、その先に落ちる俺たちの身の安全は―――

 「待てッ! 沙―――」

 「……助けなきゃ」

 「え……?」

 微かな声を聞いた直後、落下する俺の横を一直線に、何かが通り過ぎた。

 「立……華……?」

 それは、刃を手に宿した彼女の姿だった。

 彼女は自ら一番に主のもとへと特攻すると―――

 「―――!!」

 立華は―――主に食われることはなく、地上に着地した。

 そしてほぼ同時に、主の身体が切り刻まれて、大きな肉塊と化した―――

 

 

 「なあ……これあったら、しばらくトルネードしなくていいんじゃね?」

 「え…!? 毎日これ食べるの?」

 「いや、それ以前にどうやって保存するんだよ」

 「うーん、棄てるのも何だしな……」

 難を逃れた俺たちの前には、主の切り刻まれた肉が山積みされていた。一目見渡すと、本当に山のようなご馳走だ。保存が出来ればの話だが、相当長い間持ちこたえられる食糧になり得るだろう。

 だが、これほどまでになっては残せる方法はない。手っ取り早く食ってしまうのが得策だ。

 「何なら、みんなで分ければいいんじゃない?」

 沙耶の提案に、俺も頷いた。

 「そうだな。 一気に料理して、一般生徒にも分け与えるか」

 こうして、俺たちは立華のおかげで手に入れることができた食糧の山を、どうにか手分けして学園まで持ち運ぶことにしたのだった。

 

 学園に持ち寄った食糧は、戦線メンバーでいっぺんに料理をすることになった。やがてグラウンドには呼んでおいた一般生徒たちが押し寄せ、多くの人たちに料理を分け与えていた。

 これでは戦線ではなく何かの奉仕団体だ。誰かがそう言ったのを、俺は密かに同意していた。

 「こうして多くの人に振る舞うのもいいわね。 自分のお腹も、そして他のより多くの人たちのお腹も膨れて、まるでラッキースパイラルね」

 「……そうだな。 そういえば沙耶、結局お前が言ってた勝負の件はどうなったんだ?」

 「ああ、あれ? あんなの無効に決まって……いいえ、みんな、というよりは……立華さんが釣り上げたから、立華さんの一人勝ちかな?」

 「……私も参加していたの?」

 「ああいや、立華は別に気にしなくていいぞ」

 俺は苦笑して、首を傾げる立華に返した。立華は「そう…」と呟くと、手を動かす作業に戻った。

 「(でもまさか……こんな時間が来るとは思わなかった……)」

 俺は、隣で料理を手伝う立華の横顔を見詰めながら、そう思った。

 そして、俺はこんなことを立華に言っていた。

 「なあ、立華。 今度から下の名前で呼んでいいか?」

 俺の言葉に、立華ではなく沙耶が「ぶっ!」と吹き出す反応を見せていた。俺はジトリと沙耶の方を一瞥する。吹き出した沙耶は俺の視線に気付くと、嫌な笑みを浮かべ始めた。

 「……どうして?」

 ニヤニヤしている沙耶の顔から視線を離した俺に、立華が問いかけてくる。

 俺ははっきりと答えた。

 「親しくなったからだよ」

 「なった…?」

 「なったじゃないか。 一緒に釣りして、一緒に料理して、それに……最初から思ってたんだよ」

 俺は隣に沙耶がいることも忘れたように、一拍置いて、次の言葉を正直に告げていた。

 「―――綺麗な名前だな、って」

 隣で沙耶が「きゃ~」と俺の方を思い切り見てたのは無視しておこう。

 「好きだよ、お前の名前……」

 立華の手が、いつから止まっていたのかは、俺は知らない。

 「奏(かなで)って、“音を奏でる”って意味だろ?」

 「あなたがそうしたければ、どうぞお好きに……」

 彼女は承諾してくれたと解釈して、俺も自分の名前を教える。

 「俺の名前は、弦を結ぶと書いて結弦(ゆづる)。 そう呼んでくれていい」

 「…うん」

 立華も頷いてくれた。俺たちはこれで、下の名前を呼び合うほど親しくなったと考えて良いのかもしれない。

 「じゃあ、奏。 聞いてほしい頼みがあるんだ」

 「何……?」

 「これからも、みんなと一緒にいてくれ」

 「……どうして?」

 「もう誰とも、戦ってほしくないから……みんなと楽しく過ごせてほしいから」

 これは嘘のない、俺の正直な思いだ。

 「それに、その……」

 そして、もっと嘘ではない思いを、俺は紡いだ。

 「俺もお前と一緒にいたいからな」

 立華と一緒にいたい。その思いが、俺の胸の内には、確かにあった。

 いつもずっと孤独だっただろう少女。そんな彼女を孤独から救ってやりたい。世界のふざけたシステムに縛られた一人の女の子を、他のみんなと同じように楽しく過ごさせてやりたい。そして、俺自身が、彼女と過ごしていきたい。

 そんな様々な俺の想いが、その一つの言葉に詰まっていた。そんな俺の想いが届いたのかはわからない。だが、立華―――奏は、はっきりと返してくれた。

 「そう……あなたがそう言うのなら、そうする……」

 立華は、了承してくれた。

 俺は、もう孤独じゃない彼女の横顔を、微笑むように見詰めた。

 やっぱり俺は、こいつと過ごしていきたい。

 「それじゃ、約束な……」

 俺は今の事を絶対に忘れない。今までの事も、そしてこれからの事も。

 彼女は、またはっきりと―――

 「うん…」

 と、答えてくれた。

 

 

 日が落ちて、世界にはすっかり闇が降りていた。

 俺たちは後片付けを済ませている真っ最中だった。

 「音無くん」

 「何だ、沙耶」

 生徒たちが食べ尽くした食器を集めていると、不意に沙耶が声をかけてきた。

 「何だよ……」

 沙耶はにんまりと笑みを浮かべたまま何も言わない。

 「あなた、やるじゃないのよ。 すぐ隣にあたしがいるっていうのに、二人ともおかまない無しなんだから~」

 そう言って、沙耶はからかうように肘を俺に突っついてくる。

 「お前……」

 「?」

 俺のすぐそばで一緒に片付けを手伝ってくれている奏が、首を傾げていた。

 「でも見直したわ、あなたのこと」

 「沙耶、お前な……」

 「何も言わなくていいわ、あたしはわかってるから」

 何をわかっているのか知らないが、沙耶はニコニコとした笑顔で俺と奏の両方を見比べている。

 「あーあ、あたしにもいたのにな、そういう存在(ひと)……」

 一瞬、寂しげな表情を過ぎらせた沙耶が、ボソリと何かを呟いていた。

 だが、それが俺の気のせいだったのかと思うくらい、沙耶は満面な笑顔を瞬時に浮かべた。

 「まっ! 頑張りなさいよ!」

 沙耶は俺の背中を思い切りバンッ!と叩くと、「あたしはお邪魔みたいだから行くわね!」と言い残しながら一目散に駆け出していった。

 「……彼女、どうしたの?」

 「俺が知りたい……」

 変な気遣いをされたらしいが、パートナーと言えど、お節介と言うか何と言うか。

 深く考えると、顔が熱くなってくる。

 「どうしたの、結弦? 顔が赤いわよ……」

 「な、何でも無い…! それより皿、流しに持っていこうぜ!」

 「うん…そうね……」

 俺は誤魔化すように、集めた皿を手に持って奏と一緒に流し台へと向かうのだった。

 流し台に辿り着くと、野田や藤巻たちが何か話をしていた。

 「そういえばゆりっぺは?」

 「言われてみれば見かけてねえな」

 「どうせどっかで高見の見物だろ? こんな奉仕活動みたいな事に参加するたまかよ。 つかテメェも手伝えッ!」

 話を聞いていて思ったが、確かにさっきからゆりの姿を見かけていなかった。

 どこに行ったんだろうな―――と思っていた矢先、何かが倒れる音を聞いた。

 その先には、ゆりが倒れていた。

 「ゆりっぺ…ッ?!」

 一斉に倒れたゆりの周りに駆け寄る俺たち。抱き起こすと、ゆりの身体はボロボロだった。

 誰かにやられたのか……!?

 「ゆりっぺ! 誰にやられたッ?!」

 野田が血相を変えて、ハルバートを握り締めて吠える。

 ゆりは声を振り絞るように、俺の耳を疑うような返答を洩らした。

 「天使……ッ」

 「天使ッ!?」

 天使と呼ばれる存在を、俺は一人しか知らない。

 皿を持ったまま俺たちの方を見据えていた奏の方に咄嗟に振り返るが、奏がゆりを傷つけたとは到底思えなかった。

 何故なら、奏は―――

 「待てよ…! 奏は俺とずっといたぞ…!?」

 だが、ゆりは言葉で返す代わりに、キッとある方向へと睨みを飛ばしていた。

 ゆりが睨みを据える方向に誰もが視線を向けると、そこには信じられない人物が立っていた。

 青白い月に、くっきりと浮かぶ人影。

 そこには―――奏が、いた。

 しかしそれは“奏”ではなかった。

 正に、俺の口から漏らしたそのものだった。

 「天…使……ッ」

 天使。

 月面に浮かぶ一人の少女。驚きを隠せない俺たちを、不気味に光る冷酷な瞳で見下ろしているそいつは、確かに奏ではないが、奏に似ている一人の少女であった。


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