Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.42 Abduction

 天使の分身の出現という事態に、戦線はその対処に乗り出すために行動を始める。リーダーであるあたしの指示により、戦線の各メンバーは偽造的な行いで授業に出ていた。

 

 各メンバーが授業に出ている頃、あたしは天使の部屋に再び侵入し、例のパソコンを起動させていた。

 前の侵入作戦で解明したパスワードを入力し、難なくAngel playerを立ち上げる。

 表示される天使の攻撃手段の一覧。その中から問題の「harmonics」を選択する。

 だが、画面に明かされる内容は、簡潔なものでしかなかった。

 「――もうっ! 分かれるのはわかったから、どうにか片方を消す方法を見つけられないかしら」

 今回の目的は、どうやって分身を消すか。

 天使本人はあの状態だから、自分たちで探し出すしか方法はない。

 天使の分身という存在は、あたしたちにとって極めて危険で厄介な存在だ。

 もう一度ソフトの中身を見てみれば、何かわかるかと思っていたが―――

 「…ん?」

 ふと、ハードディスクの横にあった一冊の分厚い本を見つける。手に取って見てみると、その表紙から「Angel player」という文字があたしの視界に飛び込んできた。

 「(もしかしてこのソフトのマニュアルとか、そういう類のもの?)」

 ぱらぱらとページを捲っていくが、紙面を埋め尽くすものは全てが英語だった。見ているだけで頭が痛くなるほどの量である。この分厚さでほとんどが英語なのだから、当然と言えばそうかもしれない。

 「ただでさえ時間がないって言うのに…ッ!」

 だが、だからといって簡単に諦めるわけにはいかない。何とかわかる範囲で、もしくは手当たり次第に手を動かしてみる。大体は後者であったが。

 色々と、一方で慎重に操作を試みる。様々な道を渡り歩いた結果、遂にそれらしいものに辿り着く。

 「なにこれ……?」

 そこには「absorb」という文字が浮かび上がっていた。何気なくマウスをそこへ誘導し、クリックしてみると、驚くことが目の前で起こった。

 画面にあった、二つに分かれていた分身が、本体へと一つに戻ったのだ。

 あたしは、これが元に戻す方法だと知る。

 「やった、これだ…! 本来はこの命令に繋がって、勝手に消えるはずだったんだ」

 では、その発生条件は何か――?

 すぐにその疑問に辿り着き、あたしは例によって英語ばかりの意味不明のマニュアルのページを捲る。

 そして、すぐに本を閉じる。

 「……わからない」

 頭を抱えるとは正にこの事だった。折角手掛かり的なものを見つけたというのに、障害はまだ立ちはだかる。

 いっそのことパソコン自体を壊してしまうかと考えたが、それは愚かな行為だと自分自身に叱り付ける。それでは根本的な解決にはならないことはわかっている。

 「だぁーもうッ! こうなったらわかりやすいプログラムに書き換えてやるッ!」

 あたしは勢いのままに、勝手に操作を始める。とにかく危機感を特に持たずに、プログラムを全く別の新しいものへと書き換えた。

 とっとと消えろ…!

 素直な願いを込めて。

 「タイムウエイトは十秒! どうだ…ッ!」

 思いのままに、エンターキーを押した。

 直後、画面には再び分身が現れた。すぐにタイマーが表示され、カウントダウンが開始される。

 「十秒って待ってる間は長いわね……何で十秒以下に設定できないの?」

 コンピュータ類にありがちな苛立ち要素を呟きながら、あたしはジッと零秒に刻々と迫りつつあるタイマーを凝視する。

 そして遂に十秒が経過すると、分身は元の一体に戻った。

 それを見届けて、ほっと一息付く。

 「…よし、何とかなった。 ……ッ? なにこれ…ッ?」

 あたしは画面から浮かび上がる微かな違和感に気付く。

 天使の持ちうる攻撃手段、武器。その一覧に表されている内容がどこかおかしい。

 「増えてる……!?」

 今まで気付かなかったが、見たことがないようなものがそこにあった。前に見た時はなかったものだ。分身が作ったのかどうかは知らないが、その不確定要素が嫌な気を与えてくれる。

 消してしまうか……?

 いや―――

 「ここまで周到にやってきたのだから、最小限の修正に留めないと……」

 分身にバレたら終わり。今までの努力が無駄になる。

 それだけは避けなければならない。何事も慎重が大事なのは、今まで戦ってきて自分がよくわかっている。

 「これでよし。 後はあの娘がもう一度ハーモニクスを使ってくれれば、アブソーブのスキルが発動して、分身は本体に戻るわね」

 これで問題はほとんど解決だと思っていた。

 だけど、その考えは甘かった。

 あたしたちを取り巻く今の状況が、更なる追い打ちをかけてくることを思いもしなかったのだ。

 

 この事をみんなに伝えようと、あたしは授業が終わった後、天使が眠る医務室へと軽い足取りで向かった。問題が解決の方向にある事が、あたしの行き脚を軽くした。だが、医務室に辿り着き、そこでみんなの愕然とした雰囲気と遭遇して、その軽い気持ちはすぐに砕け散った。

 「しくった…ッ」

 こみ上げてくる悔しさと、甘く事態を考えていた自分自身への怒り。それらが混じり合い、複雑な気持ちがあたしの胸の中をぐるぐると駆け回る。

 酷い有様だった。荒れ果てたベッドに、天使の姿はどこにもなかった。

 「ど、どこかに出かけたんじゃないの?」

 大山くんの発言に、すぐに否定したのは音無くんだった。

 「それはない! 奏は、俺たちとずっと一緒にいるって約束したんだ…ッ!」

 「…そんな約束したの?」

 「……あ、ああ」

 前から思ってたけど、音無くんは随分彼女と仲良くなったみたいだ。

 まぁ、あたしにはどうでもいいことだけど……

 「この乱れ様は攫われたとしか思えない」

 直井くんの言う通り、目の前に広がっている荒れた光景から察すると、分身が彼女に襲いかかり、拉致したとしか考えられない。

 ふと、直井くんからあたしを見据えている鋭い視線に気付く。

 「……貴様、何をした?」

 みんなが授業に出ている間、あたしだけ何かをしていたことは、直井くんは知っているようだった。

 だからと言って、変な疑いをかけられても困るけど。

 「貴様って、あなた……」

 あたしは溜息を吐くと、みんなにはっきりと聞こえるように説明を始めた。

 「プログラムの書き換え。 もう一度あの娘が同じ力を使えば、追加した能力が発動して、分身は本体に戻るはずだった」

 「そんなことが……?」

 「付け焼刃だったけどね。 でも敵の動きが予想以上に早かった。 あの娘を隠されたら、打つ手がない……」

 「どうするんだ?」

 「探すしかないわ。 たとえ凶悪な天使の目を逃れながらでも」

 彼女を探し出さなければ、あたしたちは分身の脅威から永遠に逃れることはできない。

 何としてでも、探さなければいけない。

 「……ところで、沙耶ちゃんは? 見かけないけど……」

 あたしがふと沸いた疑問を投げかけると、みんなの表情が僅かに落ち込んだ。

 その中から、一人答えたのは音無くんだった。

 「ゆり、沙耶は……」

 「音無くん? 沙耶ちゃんが、どうかしたの……?」

 あたしはまさか、と嫌な予感を感じる。戸惑いつつも、音無くんははっきりとあたしに言う。

 「攫われた奏を守ろうとして、分身に……」

 「―――ッ!?」

 嫌な予感が的中し、あたしの足が一瞬揺らぎそうになった。だが、あたしはそれをぐっと堪えて、更なる追求を投げかける。

 「それで、沙耶ちゃんは……?」

 「沙耶は……」

 音無くんが言いかけた時、突然、隣のベッドを覆うカーテンが開いた。

 「あたしはここにいるわよ」

 「沙耶ちゃん…ッ?!」

 少しだけ掠れる声に視線を向けると、そこには脇腹を手でおさえた沙耶ちゃんがいた。沙耶ちゃんを見てあたしより驚いた音無くんが「沙耶ッ!?」と、慌てて沙耶ちゃんの方へと駆け出していた。

 ふらついた沙耶ちゃんを、音無くんが咄嗟に支えた。

 「馬鹿! 一人で満足に立てる状態じゃないのに、無茶するな…ッ!」

 「あたしはいつだって無茶はするわよ……?」

 苦悶に歪める表情の中でも、沙耶ちゃんはにやりと笑みを浮かべていた。だが、その肌からはぷつぷつと玉汗が浮かんでいる。

 立っているのも音無くんに支えられてやっとだった。相当分身に手酷くやられたことが伺えた。

 「どうして、こんな……」

 「沙耶は、眠っている奏を守るために一人ここで隠れてたんだ」

 「え…ッ?」

 あたし以外のメンバーは授業に出るように命令したはずだ。でも沙耶ちゃんは独断で彼女の護衛をひっそりと行っていたらしい。

 「どうして、そんな事を……」

 あたしの疑問に、沙耶ちゃんは苦悶の中で無理に笑うように言った。

 「だって……あたしたちを守るために傷ついた立華さん一人を、放っておけるわけがないでしょ……?」

 「―――!」

 あたしは、何も言うことができなかった。

 ただ、彼女の真っ直ぐな瞳を見詰める。

 「まぁ、こんな無様な有様だけど……」

 あんなに苦しそうなのに、彼女は笑っている。

 その理由がわかった気がした。

 「……沙耶ちゃん、その時の状況を詳しく教えてくれない? とりあえず、寝ながらで良いから」

 「……ええ」

 音無くんの助けでベッドに戻った沙耶ちゃんは、みんなの注目を浴びる中で、一人淡々と語り始めた。眠った天使を分身から守ろうとした、彼女の奮闘記を―――


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