Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.45 Dancer in the Dark

 ―――体育館内。

 広い体育館に降り立っていた静寂が破られる。普段は生徒たちの授業や休み時間などに使われる体育館は、今やその大きな佇まいを静寂に身を委ねているだけだった。そこに俺たちが集まったことで、その静寂は追い払われる。俺たちは体育館のステージ前に集まると、視線をただ一人の人物へと向けた。

 「迅速に集められた情報から、幽閉場所はギルドの可能性が高いということがわかったわ」

 ゆりの指示により、戦線のメンバーによって集められた奏に関する情報。その齎された情報により、奏を攫った分身の尻尾をようやく掴んだ俺たちは、ギルドの入口となる、体育館にいよいよ足を置いていた。

 「――となれば、その最深部ね」

 ギルドの最深部。そこに、攫われた奏がいる。

 でも―――

 「だけど、あの爆破した場所に、か……?」

 ギルドは戦線最大の武器や弾薬の生産機能を果たす代物だったが、前のギルド降下作戦の際に爆破してしまっている。今や戦線の武器や弾薬はオールドギルドで賄われているが、爆破されたギルドはそのままに残されている。

 「そう。 罠(トラップ)も稼働したまま、最も危険で、最も離れた場所……ってことね」

 「またここに潜れって言うのかよぉ」

 「前回はほぼ壊滅状態だぜ」

 ゆりの言葉を聞いた日向と藤巻が気が重たそうに口から漏らす。

 「ふん、何を臆しているのだ?」

 「真っ先にやられてたのはお前だろ……」

 前回の自分を棚に置いた発言を口にする野田に、藤巻が的確なツッコミを入れていた。

 「皆さんのために漏らしながらでも歌い続けます……! 根性見せます……ッ!」

 そして日向の隣では、ユイが涙目になりながらもユイなりの決意を露にしていた。

 「あんなのが来たら、陽動なんて瞬殺よ」

 しかしそんなユイの決意も無碍に蹴るように、ゆりは陽動の必要性を否定した。あんな凶暴な分身にいつもの陽動など無意味だと言うゆりの言葉は、俺も同意見だった。

 「あ、じゃあ私、漏らさなくて良いんですね……? 良かったぁ……」

 「お前も付いてくるんだよ」

 「やっぱ漏らしますうううッッ!!」

 ユイの悲鳴が響き渡る。

 それに構わず、ゆりは凛として作戦の概要の説明を続ける。

 「という事で今回は陽動無しで正々堂々と行くわよ」

 「天使と戦いながらか?」

 「そうよ」

 不意にかけられた質問にも、ゆりは毅然と答える。

 「作戦はギルドを降下して、その最深部にて無事天使のオリジナルを保護すること」

 作戦の概要が明かされ、戦線メンバーの表情が一様に鋭くなる。

 ゆりはそんな俺たちの顔を見渡して、いつものように、そしてはっきりと、口火を切る。

 「―――オペレーション、スタート!」

 

 

 俺たちが歩くギルドの道はどこか懐かしさを覚えさせた。何故なら、あの時の痕跡がそのままに残されているからだ。

 「前のトラップはそのまま放置されてるな。 ラッキー♪」

 そのままに晒されているトラップの数々を眺めて歩きながら、日向が言う。

 その日向の後ろには、小動物の如くユイが日向の裾をちょこんと摘んで歩いている。

 「あ、あの……こんな所で天使なんかと出くわしたら、どのみち漏れそうなんですけど……」

 「構わん」

 「構ってくださいよぉッ!」

 日向とユイのいつものやり取りが交わされた矢先に、先頭を歩いていたゆりが前方に何かを見つけて立ち止まる。

 それに続いて俺たちも立ち止まると同時に、視線を前方の遠くへと向けた。

 「ひぃッ!?」

 ユイが短い悲鳴をあげる。俺たちは、遂にあいつと遭遇してしまったのだ。

 俺たちの進路を立ち塞がるように、赤い瞳を宿した分身がゆっくりと闇の中から姿を見せた。

 分身の姿が明確に全員の目に確認された時、俺たちの警戒の糸がピンと張り詰められる。

 飛び上がらんばかりにおびえたユイの気配を察知した日向が「構わん」と口にする。それに対してユイが分身に対する恐怖を紛らわせようとしているのかどうかはわからないが、「構ってくださいよぉッ!」と一際大きい声で言いながら日向の背後の方に隠れる。

 「早速現れたわね……撃てッ!」

 だが、ゆりの号令より早く分身は足で地を蹴り、ロケットの如く突っ込んできた。その余りの速さと勢いに、俺たちは動揺を覚え、隙を与えてしまう。

 「うわッ!?」

 「……ッ!!」

 分身が疾風の如く俺たちの間を通り過ぎると、まるで手品のように、俺たちの武器が一瞬にしてロールケーキのように分割されてしまった。

 「くそッ! 速ぇッ!」

 ばらばらにされた武器はもう使えない。吐き捨てる周りの中で、ゆりが冷静に事を構え、対抗に出た。

 「まだハンドガンがある…ッ!」

 ゆりがおもむろに手に持った手榴弾を分身に向かって投げ出す。

 しかし分身は―――

 「ガードスキル、ディストーション」

 ゆりの投げた手榴弾は光に包まれる分身の額に触れる。その瞬間、ギルドの道を覆うほどの爆煙が吹き荒れる。人間一人なら簡単に肉魂と化す爆発が起こり、ギルドの道を小さな地震のように揺らすが、それだけでは終わらせない。

 「総員、各個射撃ッ!」

 ゆりの手が振り下ろされると同時に、俺たちの手に握られた拳銃(ハンドガン)の引き金が一斉に引かれていく。無数の火線が分身を濃く包む黒煙の中に吸い込まれる。

 「意外と早くケリが付きそうね……」

 ゆりは希望を染めた言葉を口にする。

 だが、後ろから聞こえた絶望の音に、俺たちは振り返り、そしてソイツと出会ってしまうことになる。

 「ぐおぁッ!?」

 悲鳴。そこへ向かッて振り返った俺たちが見た先には、心臓から見覚えのある白い刃を生やした野田の姿があった。

 「な……にぃ……」

 刃を胸から生やした野田のすぐ後ろには、もう一人の分身の姿があった。

 俺は沙耶が言っていた事を思い出す。

 分身は、二人以上いる……と。

 「やっぱりもう一人いた……ッ!」

 「敵が増えているという予想は、最悪にも当たってしまったという事ね…ッ!」

 沙耶の言っていたことは間違っていなかった。分身は増えている。それが確かに事実であることが判明される。だが、だからといって明確な対処方法が見つかるわけでもない。

 今回も真っ先にやられた野田が無造作に放り投げられる。赤い液体が付着した刃の先が、次なる獲物を求めているみたいだった。分身の赤く鋭い瞳が、俺たちを映しだし、次の獲物を狙い定める。

 「くそ……撃てッ!」

 ゆりは目の前の分身への攻撃を至極当然のように選択するが、俺たちの後ろにはもう一人敵がいることを忘れてはならない。とりあえず目の前の敵を、と攻撃するが―――

 「……忙しそうね」

 「…ッ?!」

 先に俺たちと対峙したもう一人の分身が、何事も無かったかのように晴れる煙の中から立ち上がる姿が見えた。その身に傷は一つも無い。目の前にも敵、後ろにも敵。正に板挟み状態だった。

 これでは勝ち目なんて無い、と思う。だが、ゆりは何かに気付いたのか、ハッとした横顔を浮かべた。

 「入口を塞ぐわ! 付いてきなさいッ!」

 ゆりが見つけたのは、前方に続く通路とは別の通路を示す壁の入口だった。そこに突入し、入口を塞ぐことでこの場から逃れるという事だろう。「行くわよ!」というゆりの号令のもと、俺たちは一斉に駆け出す。それとほぼ同時に、手榴弾が分身に向かって投げ込まれる。

 分身に触れ、爆発。辺り一面を濃い土煙が覆うが、その中を突き抜けるように俺たちは入口に向かって走る。

 入口に辿り着くと、すぐさま入口の扉を開く。

 「十秒以内に入りなさいッ! 間に合わなかった者は残っていく!」

 猶予は十秒間。その間に、全員が入口へと入り込まなければならない。

 「十! 九!」

 カウントダウンを始めながら、少しでも分身の足を止めるために射撃を行うゆり。その間に、メンバーが次々と入口へと逃げ込んでいく。

 ゆりのカウントダウンが尽きる前に分身が追いつくのが先か、俺たちが逃げ込むのが先か。

 緊迫した十秒間があっという間に零に迫った直前、最後まで残ったゆりが遂に入口へと足で蹴る。

 「二、一……ッ!」

 素早い動きで迫る分身。飛び込むゆりの手に向かって、俺の手が伸びる。

 「零――――!」

 その瞬間、扉が閉まる。

 そして、俺の手はしっかりとゆりの手を掴んでいた。

 扉が閉まり、分身の姿はもう見えない。そしてその場にいるメンバーに、残された者はいなかった。

 先にやられてしまった野田以外、メンバーは無事に最初の分身の脅威から逃れることができたのだった。

 

 

 遭遇した二体の分身から逃れた俺たちは休憩を挟み、今後の予測を協議し合う。先の戦いで、二体の分身がいることははっきりと確認された。つまり、それ以上の個体もこの先にいる可能性が高いということも。

 「聞いていた通り、本当に分身が二体いやがるとはな……」

 「だから言っただろう、愚民ども。 いいか、もし僕たちがここに乗りこんでくることがわかっていて、既に分身を量産し、このギルドに配置させているとしたら、これは罠だ。 既に僕たちの背後には二体いる。 そしてこの先も……」

 直井の状況説明はほとんど間違っていない。むしろその通りだった。重い空気が辺りに降りるが、俺は決して諦めようとはしなかった。

 地上に戻ることも、武器の補充も敵わない。このまま先を進んで奏を救い出し、分身を全部消す事しか俺たちが勝つ方法はないからだ。

 「だけど、俺たちがこの状況を切り抜ける方法は、このまま先を進む事しかあり得ない。 行こう」

 「……そうね、音無くんの言う通りだわ。 どのみち今更引き返すこともできないし、このまま前に進むだけよ」

 俺の進言に、ゆりも乗ってくれた。そして、周りのメンバー全員も頼もしい頷きを見せてくれる。

 俺たちはこの先に訪れるだろう数々の困難に立ち向かうため、再び足を前に進めることを始めた。

 

 ―――ギルド連絡通路 B10

 俺たちが進む先は、何時しか静寂ばかりになっていた。慎重に前に進む俺たちの口は紡がれたまま、誰も語らない。張り詰めた緊張感と共に、俺たちは静寂の中を構えて歩を刻んでいた。

 そしてそんな俺たちの静寂を壊すように、“音”が戻ってきた。滴る水の音は、音と共に俺たちに別のものがまた舞い降りてきたことを知らせた。水がまた一つ、落ちていく。そして、その先には一つの人影が立っている。

 「また現れた……」

 「三体目かよ…」

 やはり分身は増えている。三体目の登場に、俺たちは身を構える。

 ゆりが構えた銃身を、大きな手がそっと覆い、下ろした。

 「…ッ?」

 「――弾が勿体なかろう…」

 そう言って、一歩前に出たのは大きな体躯を有した男。俺たちが敬意を表して呼ぶ五段の異名を持った松下五段だった。

 「おい、何する気だ……?」

 俺たちが一人だけ前に出ていく松下の行動に戸惑っている内に、松下は突然大きな雄叫びと共に分身に向かって走り出した。

 「うおおおおおおッッ!!」

 松下五段は分身に向かってその大きな身体を投げ出した。そして、その背中から無慈悲にも鋭い刃が突き破った。

 「「「松下五段―――ッ!!」」」

 「行けぇ…ッ! 俺の意識がある内に……行けぇぇぇ……ッッ!!」

 身を投げ出して分身を抑え付ける松下五段の姿に唖然とする俺たちを、いち早く松下五段の意図を知ったゆりの「急いで!」の掛け声が投げられる。

 「今の内に行くわよッ!」

 「あ、ああ…ッ!」

 「耐えろよ、松下五段ッ!」

 ゆりに手を引かれるように、俺たちは必死に分身を抑え付ける松下五段の勇姿の横を通って、その場を潜り抜ける。

 「後は任せたぞ……みん…な……ッ」

 分身を抑え付ける松下五段をあとにして、俺たちは走り去る。

 十分に距離が離れた所で、俺は走り際にふと背後の方を振り返った。そこには仲間のために自分を犠牲にし、最期の瞬間まで身を投げ出した一人の勇士の姿があった。彼は背中から刃を生やしても、ぴくりとも動かなくなっても、それでも敵を下敷きにし、その責務を全うしていた―――

 

 

 「松下くんの犠牲は無駄にしない……」

 勇気ある一人の自己犠牲によって一つの難関を潜り抜けた俺たち。また一人、仲間が減ってしまったが、それにより一つわかったことがあったとゆりは言う。

 「先に進むにはあれが一番良い方法かもしれないわ。 天使は身体が小さいから、動きを封じるにはあれが一番だから」

 「いくら天使の馬鹿力でも、柔道の抑え込みなら通用する……ってか?」

 「そういうことよ。 松下くんに教わった柔道が活きる日が来たわね」

 「マジか……」

 そう考えると、つまりこの先を進むには一人一人が犠牲にならなければいけないという事だ。

 だが、一人一人の犠牲で済むと言っても……

 「あたしたちがオリジナルを助け出せれば、彼らも助け出せれる」

 俺の心情を読んだかのようなタイミングで、ゆりが言葉を漏らす。

 「……急ぎましょ」

 「……………」

 一人一人の犠牲で済む。だが、それを快く思っていないのはゆりも同じ。しかし、それが一番の方法であることも、ゆりはわかっていた。

 前のギルド降下作戦の時、仲間を次々と失ったゆりのリーダー故の、自分への怒り。仲間を失っていく事態になった自分への不甲斐無さに唇を噛んでいたゆりを思い出す。

 だけど今回は、そんな姿は一瞬も見せてはいなかった。ゆりはリーダーとして、更に大きくなっていた。そして、結果的に良い方向に進むために躊躇しない強さも身につけている。

 俺はそんなゆりを信じなければならない。リーダーへの信頼を、俺はゆりに委ねる。奏を救い、そしてみんなを助けるためにも、俺たちは前に進まなければならない。

 まだまだ難関は続いていく。再び俺たちは先を進む。一人、また一人と消えていくギルドの最深部に向かって。

 

 

 ―――ギルド連絡通路 B12

 「Foooooo!!!」

 飛行機のように颯爽と飛び出していくTK。そして見事な跳躍を披露すると、そのまま四体目の分身に向かって降下し―――

 「Oh!」

 分身を下敷きに抑え込みながら、串刺しにされた。

 「「「TKェェェェェ――――ッ!!」」」

 「おい! 何だよこの少年漫画の最終回近い展開はぁッ!?」

 「いいから、どんどん行くわよ!」

 ゆりの言う通り、この先次々と戦線メンバーは特攻を始めることになる。

 

 

 「この肉体、見せる時が来……ぶふッ?!」

 「「「高松―――――ッッ!!」」」

 筋肉を誇る肉体を見せ付けていた高松も。

 

 

 「へへ、びびってられるかッてんだ……うおおおらああああぐはぁッッ!?」

 「「「藤巻ぃぃ――――ッッ!!」」」

 ここぞとばかりに見せ場を喜んで見せ付けた藤巻さえも。

 

 

 「浅はかなり……浅はかなりぃぃッッ!!」

 「「「椎名ぁぁ――――ッッ!!」」」

 犬の玩具を遺品にして俺たちに託し、飛び出していった椎名も。

 

 「さぁ……気付くんだ。 お前はピエロだ。 ほら、あんな暗い所に寂しそうにしている女の子がいるよ……?」

 「あぁ~本当だ~。 僕が慰めてあげ……(ガクリ)」

 「「「大山ぁぁ―――――ッッ!!」」」

 直井の催眠術で操られた大山さえも。

 「ていうかお前、最低だな……」

 「違うんですよ音無さん! 今度は僕が行きますから!」

 

 

 「音無さん万歳…ッ! がは……」

 「「「……………」」」

 「……おい、誰か何か言ってやれよ」

 「いや、私直井先輩の名前知らないですし」

 「……………」

 「……行きましょう」

 名前さえ呼ばれず、直井は無言で自らの屍で分身を抑えてくれた。

 

 

 ―――ギルド地下通路 B15

 仲間たちの犠牲を一人一人捧げる内に、随分と先に進むことができた俺たちだったが、最深部を目前にして再び何体目かわからない分身が俺たちの前に現れた。

 「これで何体目よ……」

 「わからねえ。 もう数えてねえよ……」

 ゆりが唇を噛み、日向が溜息を吐きながら答える。

 俺はゆりたちの横で、ぐっとさっきから固めていた決意を露にしようとする。

 「―――今度こそ俺が行く」

 今までみんなが自ら犠牲に走ってくれたんだ。今度は俺も、みんなの後に続かなければいけない。

 だが、そんな俺を呼び止めるように、日向が俺の肩を叩いた。

 「待て、俺の番だ。 お前は最後まで残れ」

 「な、何で……」

 俺を置いて、日向は前に出る。そして俺に背を向けたまま、日向は微笑を浮かべながら言葉を紡ぐ。

 「あの娘はお前を待っている。 そんな気がするからだ」

 「…!」

 「だからお前は進むんだ。 いいな?」

 「日向……」

 日向は俺に背を向けたまま言葉を並べるが、まるで日向の言葉が水のようにするりと俺の中に入ってくる。背を向けているが、日向の表情は笑っているように見えた。

 「あともし……」

 日向がチラリと俺―――いや、俺のそばにいるユイの方を見た気がする。だが、そのユイは日向の方に飛び出していることに、俺は気付いた。

 「行くんだったらさっさと行けやごらぁぁぁぁッッ!!」

 「ぐぼぁッ!?」

 しかし虚しくも言葉の途中で、ユイの蹴りによって日向が分身の方へと突き飛ばされた。

 「ユイ、てめぇぇぇ……ッ! 何す……ぐはぁッ!?」

 ユイへの禍根を残して、日向は分身を身体で抑えながら突き刺されるのだった。

 「待ってて……先輩……私も、後を追いますから……」

 「お前……あいつの事が好きなのか嫌いなのか……?」

 

 

 仲間たち一人一人の犠牲によって、俺たちは遂にギルド最深部へと辿り着いた。結局、最後まで残ったのはゆりやユイも含めて、俺たち三人だけだった。

 かつて巨大な工場があった場所は大規模な爆発によって跡形も無くなっていた。大きなクレーターを中心に、荒れ果てた土くれが広がっている。ここのどこかに、奏がいる。

 「ギルド爆破の跡……ここから一気に最下層に降りることになるわね」

 大きな爆心地として深く残されたクレーターの下へと降りる。そしてそこで俺たちは奏を見つけ、助け出す。だが、そこにはきっと分身もいるだろう。

 「音無くんとユイはオリジナルを捜して。 見つけ次第、ハーモニクスの発動を促すこと」

 「俺が戦った方がいい」

 ゆりの命令に、俺は自分の意見を具申する。だが、それはあっさりと却下された。

 「日向くんも言ったでしょ? あの娘はあなたを待っているのよ」

 「じゃあ私が戦いますッ!」

 「弱過ぎて話にならない」

 「話にしてくださいよぉッ!」

 ユイの具申は更に却下される。

 「じゃ、行くわよ。 これが最後の作戦になると良いわね……」

 「だな…」

 ゆりと俺の後ろで、ユイが変なアピールを始めたが、俺たちは構わず爆心地の最下層へと降りるために、クレーターの斜面へと滑りだす。

 「あッ! ま、待ってくださよぉ…ッ!」

 その後をユイが慌てて斜面を滑りだした俺たちの後を追ったが、それを最後に、俺たちが最下層に到着した頃には、ユイの姿はどこにも見られなかった。

 「あれ? ユイは?」

 「何か、短い悲鳴が聞こえたような……」

 滑り降りる時、近くから「ぎゃッ!」と言うユイらしき短い悲鳴を聞いた。もしかしたら、分身にやられたのかもしれない。

 「可哀想に……でもすぐに助けてあげるわ」

 これで、最終的に俺とゆりの二人だけが残ってしまった。

 まるで、前回のギルド降下作戦の時と同じだった。

 いや……あの時は沙耶もいたから、同じというわけではないな。

 「まるで前回の時と似てるわね……」

 「そうだな……」

 俺とゆりは爆心地の中心に向かって歩いていく。三六〇度の周りには、荒れ果てたガレキと土くればかりが広がっている。ここが最深部であり、最後の場所にふさわしいとも言える光景だった。

 そして―――遂に、目の前に最後の分身が現れる。

 赤い瞳を宿し、刃を宿した、奏であり、奏ではない偽物の分身。

 最初に俺たちを襲った、凶悪な分身。

 「ほら、あなたはさっさとオリジナルを捜す」

 「あ、ああ……」

 ゆりに言われて、俺はその場から駆け出した。奏を捜すために。

 そして、その場から離れる俺の後ろで、銃を構えたゆりが呟いた。

 「……さぁ、最後の戦いと行きましょうか。 天使」

 「……………」

 銃を構えるゆり。刃を宿す分身―――天使。

 荒れ果てた爆心地の中心で、二人の少女が対峙する。そして土くれの上を走る俺の後ろ、遠くから乾いた一発の銃声が轟いた。


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